5話
少年は夜の学校に立っていた。校舎らしき建物の下だった。
少女は窓辺に立っていた。校舎らしき建物の、二階だった。
広大な敷地を持つこの学校の名は、『澄百合学園』――表は上流階級専門の名門お嬢様学校、裏は神理楽と四神一鏡をバックにした傭兵育成学校。しかし、そこで学んでいる生徒の影は今はない。真夜中の、無人の学校。
そこが、少年と少女にとって二度目の“気がつけば”の舞台だった。
少年は少女を見上げ、
少女は少年を見下ろす。
一度目の“気がつけば”の場所、気を失わされた記憶もなく、気配の近づいた感覚もなく、連れ去られたという認識もなく、気がつけば居たあの白い部屋で、殺し合え、と姿を見せない声は言った。
――殺し合わなければ皆殺しだ最後の一人になるまで殺し合えそうすればどんな望みでも叶えてやる。
「全く――」
少年が口を開く。
「――心の底から、傑作だぜ」
男子としては背の低い、少年だった。染めた髪を後ろでくくっている。耳を飾るのは三連ピアスや携帯電話のストラップ。何より目を引くのは、スタイリッシュなサングラスの奥、顔面に施された禍禍しい刺青だ。
少年――
零崎人識は、その刺青を歪ませて、「かはは」と愉快げに笑った。
無邪気な笑顔を浮かべた。
楽しそうな笑顔を浮かべた。
人を殺しそうな笑顔を、浮かべた。
「いーちゃんならこう言うよ」
少女が返す。
「――なんて酷い、戯言だ」
幼い背格好の、少女だった。誰もこの少女を見て、彼女が十九歳だとは思わないだろう。驚くほど自然な青色の髪に、同じ色の目をしている。
少女――
玖渚友は、人識の笑顔に、満面の笑みで答えた。
無邪気な笑みだった。
幸せそうな笑みだった。
どこまでも青くて青い、笑みだった。
そもそもは、人識が敷地を適当にうろついていた時、玖渚の方から声をかけてきたのが始まりだった。
「んで、そういやお前、玖渚? 玖渚機関かよ、あいつも顔が広いな」
頭上の青い少女に声をかけられてから、どの程度時間が経過したのか人識には分からなかったが、しかし気にする事もなく彼は玖渚との会話を続けていた。
「それは僕様ちゃんの台詞だよ。玖渚機関はまだ、普通の世界に深く関わってるからね。《殺し名》に友達がいるっていう方が、普通びっくりなんだよ。あ、友達じゃなくって、反対側?」
開いた窓から顔を出し、玖渚が首を傾げる。
人識は「まあな」と返した。
彼はそれほど、あの欠陥製品との間柄を示す言葉に深いこだわりはなかったが、遠い物と近い物を並べられれば近い物を選ぶ。
「ふふふ、いーちゃんの反対側、反対側か。面白いね。欠陥製品っていうのも、うん、欠点だらけのいーちゃんをよく表してるよね。僕様ちゃんはそんないーちゃんが大好きなんだよ」
「俺は好感が持てる程度には大嫌いだけどな」
欠点とは普通足りない所ということで、本来そこは好かれるポイントではないはずだが、人識は突っ込まなかった。
実際あの欠陥製品は、人識が関わっていた時にも、ある一人の少女から好意を寄せられていたようだったから、まあ、そういうものなんだろう。
最近人識は好みのタイプの女性と縁が薄い(敵除く、誰とは言わない)わけだが、それはそれとして。
「んで……お前、これからどーすんだ?」
人識が尋ねると、玖渚は少し真面目な表情を浮かべた。
「いーちゃんを探そうと思ってるよ。ここには髪の毛でも結び付けておけば、目印になるだろうし。
いーちゃんは、僕様ちゃんがここにいるって分かったら探してくれるだろうけど、分かんなかったら……んー、違うな。
分かりたくなかったら、僕様ちゃんがここにいるなんて思いたくなかったら、探してくれないだろうし。そっちの方が、多分確率としては高いだろうしね」
「お前は欠陥製品がどっかにいるって知ってんのか?」
当然の疑問を、人識は口にする。
玖渚ははじけるような笑顔に戻った。
「だって、いーちゃんだよ? 僕様ちゃんですらこんなとこ来ちゃってるのに、いーちゃんが巻きこまれてないなんてありえないんだよ」
「なんだっけそれ、事故頻発性体質ってやつ? ま、そりゃ確かに同感だな」
なかなか酷い言われようではあったが、事実は誰にも覆せない。あっさり玖渚の『根拠』に納得して、人識は「かはは」と笑った。
「他にも色々やりたいことはあるんだけど……ここにいる理由とかどうやったのかって方法とか、知りたいんだけど。
でも、いーちゃんがいなくちゃ始まらない。僕様ちゃんにはいーちゃんが足りない。“足りなさ”が“足りない”から、このままじゃ駄目なんだよ。で、それに当たって、問題が一つ」
再び玖渚が真剣になる。窓から身を乗り出すようにして、人識を見つめる。
「頼みごとをしたいんだよ、人識君」
「言うだけ言ってみろよ、玖渚友」
「降りらんない。降ろして」
結局人識はわざわざ玖渚を迎えに行き、戻って来て先ほどの場所に今度は二人。我ながら面倒見のいい奴だと、人識は思う。
玖渚は人識を見上げて、にっこりと可愛い笑顔を浮かべる。
「ありがとしーちゃん」
殺そうかと思った。
一応欠陥製品の友人らしいし、ついうっかりやってしまわないように固めた殺さない決意が、ぐらついた。
ちなみに冗談だ。
「……なんだよその呼び名」
「うに。人間失格のしーちゃんなんだよ」
失格のしーちゃん。一番嫌な所から取りやがった。だからってにーちゃんとか言われても困るわけだが。
「駄目?」
「駄目だ」
「何でさ」
「お前、俺を何だと思ってんだよ」
「可愛いのに」
「可愛くてどーすんだよ」
「あう」
一応玖渚は納得したらしい。何だか疲れた人識だった。
それにしても、と人識は思う。この見るからに弱そうな青い少女は、その予想を裏切らず運動能力は皆無に近いらしい。
「高い能力を制限しといて低いのの底上げはしないなんて、僕様ちゃんみたいに偏った能力の持ち主には敵視すべきプログラムなんだよ。頭が制限されなくて良かった」というのが彼女の言だが、それにしても偏り方が半端ではない。
こいつ、生きていけるのか?
要するに人識が抱くのは、そういう思いだった。
勿論、この島に送りこまれた全員が殺人者として行動する、などとは思っていない。《殺人鬼》零崎一賊である人識自身も、そこは適当に気分でどうにでもするつもりだった。
しかし、誰も殺人をしないということもないだろうと人識は思っている。
状況があり、武器がある。
必要なのは、殺す決意――いや、決意などもう要らず、あと一歩進んだ状況があれば、誰でも人を殺しうるだろう。
零崎人識のデイバッグに入っていたのは、日本刀だった。どこからどう見てもマジモノの日本刀だった。明らかにデイバッグの全長よりも長いことには目を瞑っておくとして、今はベルトに引っ掛けてある。
得意な武器では、ない。しかし得物のナイフが全て持ち去られ、ご丁寧なことに曲絃糸まで回収された現状、これが唯一の刃物だ。
零崎である以上、刃物に頼らなければ殺人ができないというわけではないが、あった方が何かと便利だ。ないものを使うことはできないが、あるものは使うことも使わないこともできる。
尖って光ってるし。
「……てか、お前ずっとあの階にいたのか?」
一人では上下運動ができない。それは玖渚の持つ病気らしいが、人識が玖渚に出会うまでには、そこそこの時間があったはずだ。
「ん? うん、コンピュータがあったからね。スペックが低くて大したことできなかったけど、情報収集したり、色々と。それで、あらかた終わってどうしよっかなー、って思ってたらしーちゃんを見つけたんだよ」
「しーちゃんじゃねえよ」
「そうだっけ」
かなりの確率でわざとだと思った。
「あ、それから首輪についても考えてたんだよね」
玖渚が、人識の首元に視線を注ぐ。
言われて、人識も軽く首に手を触れた。首に馴染み始めてはいるが、いまだ違和感のある金属の感触。外すための繋ぎ目のようなものは、感じ取れない。
「まにわ君達のこと考えるとさ……邪魔だよね、これ」
「まにわ?」
「……人識君の記憶力はいーちゃん並なのかな?」
なぜか冷たい視線を注がれた。
慌てて人識は首を横に振る。
「あいつでも忘れるわけねえだろ。雑魚キャラが雑魚キャラ殺して、自分も首輪の爆発だかで殺されたっつーこと言ってんだろ?」
「そうそう、それだよ。材質はだいたい見れば分かるし……やっぱりこれ、材質とサイズにしてはちょっと重いんだよね。
首を吹き飛ばすための火薬が入ってるのは分かるけど、そんなの最低限の量でいいだろうし、他にも何かあるんだ。
他にも考えてたことはいっぱいあるよ。まにわって人達の事を全然聞いた事がないのはおかしいとか、そもそもマンションに居たはずの僕様ちゃんがなんであんなところにとか、さ。
意識消失のほんとに直前まで、記憶遡ってみたり」
それだけのことを同時に思考しても、彼女の脳はフル回転しているわけではないのだろう。おそらく。
「考える事自体は、難しくないんだけどなあ」
立て板に水といった様子で話し続けていた玖渚は、そこで言葉を区切って困ったように笑った。
困っていてさえ、その表情は笑顔だった。人識もよく笑う殺人鬼だが、玖渚友は、既に笑顔がデフォルトと言っても過言ではなさそうだ。
「人識君は、これからどうするの?」
「んあ?」
言われてようやく、人識はこれからのことを考える。
一定時間耐えぬけば解放、というルールではない以上、遅かれ早かれ何らかのアクションを起こさなければならなくなる。ならば、目的はあった方がいい。
目的。
目する、的。
「んー……妹、かな」
思い浮かんだのは、つい最近零崎に目覚めた《妹》、無桐伊織のことだった。これまでも頭に過らなかったわけではない。人識がここをうろついていたのは、もし伊織が近くにいるなら向こうから来るだろうという読みがあったからだ。
彼女は今、両手を失っている。
人識が全てのナイフを奪われてしまったことを考えると、彼女の《自殺志願》(マインドレンデル)もまた、回収されているだろう。
兄から頼まれているという探す理由はあるが、目的のない状況下、探さない理由はない。
「ほっとくわけにもいかねーしさ、探さねえと」
「両方とも、目的は人探しってわけだね。だったらさ、どっか途中まででいいから、僕様ちゃんも連れてってくれないかな」
唐突、とは言い切れない提案だった。ここに至るための微妙な伏線は貼ってあったのだろう。
人識にはこの少女が自力で欠陥製品を探し出せるとはとても思えなかったし、だから驚かなかったというのも理由ではある。
「途中って、どこまでだよ」
「どこまででもいいよ。人識君が妹さんと会うまででも、どっか目的の場所決めて、そこに着くまででも。はぐれるまででも、それはそれでいいしね」
明るい口調で話してはいるが、玖渚の目は真剣だった。
「僕様ちゃんとしても、できるだけ、迷惑はかけたくないんだけど。これでも苦渋の選択ってやつなんだよ」
そこで、急に玖渚は自分のデイバッグの前にしゃがみこんだ。中に手を入れて、取り出したのは。
それは大振りなナイフだった。
刺々しい形状。
禍禍しいデザイン。
見る者に危険を意識させるような、ナイフ。
一般には、というよりは知っている者には、グリフォン・ハードカスタムとして知られているナイフだった。
「僕様ちゃんには、どうせ使えないからさ」
玖渚は、それを人識に差し出す。
「あげるよ。僕様ちゃんなりの誠意、もしくは前払いのお礼ってとこ」
実用性は低そうなナイフだが、熟達したナイフ使いにとってそれは本当に小さな枷でしかない。
扱い慣れない日本刀よりも、ずっと扱いやすいものだ。
零崎はそれを、無造作に受け取る。
鉛筆でも回すかのようにくるくると器用に扱って、ぱしんと止めた。手
鉛筆でも回すかのようにくるくると器用に扱って、ぱしんと止めた。手に、馴染ませるように。
「いいのか? お前。俺は、殺人鬼の零崎だぜ?」
殺されるかもしれないぜ――と、人識は笑う。
玖渚は軽く首を傾げて、それからその首を横に振った。
「いいんだよ、それは」
それはいいんだよ。
人識君に殺されるのは。
それはそれで、構わないんだよ。
玖渚は、そう言った。
「生きるか死ぬかっていうのなら、僕様ちゃんいつもそこにいるようなものだしね。僕様ちゃんが嫌なのは、さ」
じわりと、玖渚が、笑う。
「いーちゃんが、僕様ちゃんが死んだっていうのを聞いて、自分のせいだと思っちゃうことなんだよね。それは困るんだよ。それは全然、違うんだからさ。死んだらそれを、違うよって言うこともできない」
「別の意味で、死人に口無しか」
「それは間違った意味なんだよ」
突っ込まれた。
――だから、と玖渚は言葉を繋ぐ。
「人識君が僕様ちゃんを殺すなら、それは完全に人識君のせいだし、それは多分いーちゃんの耳に入ると思うんだ」
「なんだそりゃ。勘か?」
「うに。信じてるんだよ。いーちゃんのことと、人識君のことをさ」
「信じてる、ねえ……」
人識は見比べる。
手の中のグリフォン、目の前の少女。
そして。
「――傑作だな」
シニカルに笑って、ナイフをポケットへ放りこんだ。
青い少女と、殺人鬼。
どこまでもどこまでも、傑作だ。
「かはは、契約成立ってやつか?」
人識は笑い、
「よろしくなんだよ、しーちゃん」
玖渚も笑った。
「だから何でしーちゃんなんだよ」
「あ、ごめんごめん」
――こうして、奇妙なペアが成立した。
【1日目 深夜 G-7】
【零崎人識@零崎一賊シリーズ】
[状態] 健康
[装備] 日本刀(もしかすると誰かの物か? 遭遇する人物によっては分かるかもしれない)、グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1~3)
[思考]
基本 無桐伊織を探す。気が向いたら誰か殺すかもしれない
1 早いとこ、妹か欠陥製品、どちらか見つけたい
2 一応、玖渚は守ってやった方がいいな
【玖渚友@戯言シリーズ】
[状態] 健康
[装備] なし
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1~3)
[思考]
基本 いーちゃんに会って、ここで起きてることを考えたい
1 今は人識君と行動
2 この島で起きてることの、方法と理由が知りたい
首輪に関して、ある程度の観察ができているようです。何かに繋がるかどうかは、後の書き手さんにお任せします。
何か情報を入手しているかもしれません。この辺りもお任せします。
最終更新:2009年03月08日 21:45