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ボルトキープの再開


◆     ◆

 ――音は全てを支配する。
    世界を、時間を、空白を。
     絶望を、思想を、感覚を。
      機会を、景色を、星々を。
       了解を、殺戮を、指先を。
        過去を、契機を、順番を。
         知識を、蒙昧を、恋愛を。
          人間を、人間を、人間を。
           曲がることなく、支配する――

◆     ◆

 そして。
 そして、その部屋に余韻だけが残った。
 ついさっきまで演奏されていた、音楽の残滓だ。
 文字通り鼓膜を太鼓にするような、つまり耳の中で演奏された様な、そんな錯覚さえ抱いてしまう音楽である。
 びりびり、とは違う。
 ぶるぶる、とも違う。
 強いていうならば、いんいん、と。または深々と、といった具合にその音楽は演奏されていた。
 だがそれはもう無い。
 無いのである。
 終わったのだ。
 後に残されたのは、僅かばかりにそれを匂わせる余韻だけだった。
 余韻だけが、その部屋に響いている。
 いんいん、と。
 深々、と。
 だが、あるいは、もしこの場面に、たった今に聴衆が来たと仮定するのならば、その人々はこう言うだろう。
 ――余韻? 冗談じゃない、これが演奏なんだろう?
 そんな風に言うに違いない。
 そんな風に言わせるに違いない。
 この余韻は。
 ひょっとしたら、本演奏を聴いていた人間でさえも、まだ演奏の最中なんじゃないか、と思わせてしまうに違いない。
 それだけ、それだけこの余韻は、
「悪くない」
 そう、悪くない。
 響く感じが。
 浸透する感じが。
 まるで体が水を吸うスポンジになった様な気がして。
 心や感情の波が凪いでいく。
 意思が平静になっていく。
 これが音楽の醍醐味か。
 心に作用するそれ。
 だから。
 だから。
 そう、本当に、
「――悪くない」
 これを再び行う事が出来たのならば。
 これを再び感じる事が出来たのならば。
 零崎一賊の一人であり、また三天王の一角。
 『少女趣味』、そう呼ばれた少女限定の殺人鬼。
 つまりはこの零崎曲識――生き返るのも、そう悪くない。
 女性を思わせるウェーブのかかった長髪が、背中と前後になって、腰掛ける椅子の背もたれを挟んでいる。普段着にして戦闘服でもある燕尾服は皺一つない。日常的に着ていれば自然と身に付く座り方だった。
 仰向けになる様にして、端正な顔立ちが、その一室の天井を見上げている。
 曲識は喋らない。
 余韻は響いている。
 それが終わるのを待っているのか。
 曲識は喋らない。
 事実、彼の薄い唇が開いたのは、余韻が終わって数秒後だった。
 「殺し合い」
 零崎曲識という人間は、否、殺人鬼は音使いである。
 それも催眠効果も衝撃波も、時と場合によっては楽器を武器にする事も出来る、音を使ったプレイヤーとしては異常と言っても良い実力の持ち主である。
 だからこそ、その美声は、武器として磨き上げられたものなのだ。
 声である以上、さっきまで演奏されていた音楽ほどではない。しかしそれでも、聴いてしまえば聞き惚れる、聴き続ければうっとりしてしまう、それこそ楽器と呼ぶに値する音色なのである。
「バトルロワイアル、総当たり戦、虐殺、謀略、謀殺、裏切りと友情……それが、僕に押し付けられた現状」
 つらつらと、美声に似合わぬ殺伐とした単語を並べる曲識であった。
「だが零崎一賊である僕にとってそれは元より日常的なものであり、それを押し付けられたのだと言っても、悪くない」
 だからそれは気にならない。
 気になる事は別にあるのだ。
 曲識がらしくもなく取り乱し、今の今まで鎮静効果の音楽で感情を抑えた、それだけの事実がある。
 まず第一に、
「どうして僕はここにいるのだろう」
 敢えてここで注意させて頂きたい事であるが、まかり間違ってもこの言葉は、彼が殺し合いの場にいる事に困惑しているのではない。これまでの彼の挙動と地の文を読めば、賢明な読者諸君は言うまでもないだろう。
 だからこれは、どうして自分が生きてこの場にいるのだろうか、という意味なのだ。
「僕は確かに死んだ」
 覚えている。
 忘れる筈が無い。
 死んだ瞬間だから、なんて安っぽい理由じゃない。
 死ぬ寸前に彼女が現れてくれたからだ。
 そんな彼女が自分を殺してくれたからだ。
 赤過ぎるほどに赤い彼女が。
 《人類最強》
 哀川潤。
 彼女が、殺してくれたから。
 だというのに。
 どうして。
 どうして。
 ああそうだとも、どうして、
「どうして僕は……生きてしまっている?」
 あそこで死んだから。
 あそこで死ねたから。
 だから僕は。
 だからこそ僕が――零崎曲識だというのに!
「……………………」
 心当たりは、ある。
 どうして自分が生きているのか、その心当たりが。
 その言葉を真に受けるなら、だが。
 死んでも生き返らせる事が出来ると言った、その言葉を真に受けるなら。
 あいつの言った事を信じるのだとしたら、だが、曲識はとある理由によって信じる事にしている。
 故に、こう言える。
 それが出来る存在を一人だけ知っている、と。
「水倉神檎」
 あの光だらけの部屋で、何十人も集められた部屋で、魔法なる力で自分達の身動きを封じて、影谷蛇之なる人間の口を借りて自分達に殺し合いを押し付けた――およそ人と思えぬ、何か。
 殺す事も。
 生かす事も。
 生き返らせる事も。
 出来ると言った何か。
 曲識も暴力の世界に身を置いて長いが、水倉神檎という名前は過分にして聞いた事が無い。だがそれでも曲識は彼の言った事を信じている。
 それは、あの時聞いた水倉神檎の声にそれだけの力を感じたから。
 ではない。
「アスと……レンがいた」
 あの部屋にいた人間は、どうやら面識のある者同士である程度まとめられていたらしい。見せしめの様に殺された奇抜な衣装の集団、彼等と同じ様に、自分の周囲には同じ集団に属する者達が立っていた。
 それがアス、『愚神崇拝』ことシームレスバイアスと呼ばれる零崎軋識である。
 それがレン、『自殺志願』ことマインドレンデルと呼ばれる零崎双識である。
 二人は、『少女趣味』ことボルトキープとしてトキと呼ばれる自分も含め、零崎三天王と呼ばれるプレイヤーである。また血ならぬ流血を分けた『家賊』であり、他の零崎と一線を引く本当の意味で家族だった。
 そんな二人が、あの部屋にいたのだ。
 軋識は、まあ良い。
 彼は曲識が死なせない為に逃がしたのだ。その代わりに曲識は死んだが、哀川潤と再会出来たのだからそれは悪くない。彼があの部屋にいたのは、逃げた後に水倉神檎に捕まったとも考えられる。
 問題は、双識が生きてあの場所にいた事だ。
「僕はお前が死んだと思っていたよ」
 橙色の暴力。
 軋識がそう称した、まるで哀川潤のようなそれに、零崎一賊の殆どが殺された。それから逃がす為に自分は戦い、軋識を逃がした。
 だがその時、双識は現れなかった。
 零崎一賊の長男、実質的なリーダー、零崎で唯一『人間としての名前』を持たない、最も零崎という家賊を愛する男。そんな男が『橙色の暴力』の時には現れなかった。
 だから曲識は、あれが現れる以前にどこかで死んだのだと思ったし、軋識もそう思っていたらしかった。
「けれども、生きていた」
 零崎双識は生きていた。
 生きてあの部屋にいた。
 もしも水倉神檎が人を生き返らせられないなら、双識は生きていたにも関わらず、零崎一賊の危機に現れなかったという事になる。家賊の危機に何も行動しなかったという事になる。
 零崎双識という、あの男が。
 それは認められない事で。
 同時に有り得ない事だった。
 だから曲識は、自分がこうして生きている事と合わせ、それらを理由にして水倉神檎の言葉を信じている。
 水倉神檎。
 奴には、人を生かすも殺すも、生き返らすも出来るのである、と。
 そして、それ故に曲識は遂行すべき目的が生じるのであった。
「レンとアスが死ぬとは思わない」
 だが、
「だからと言って彼等の危機を放置するほど……僕の性根は、悪くない」
 ランドセルランドの時の様に。
 双識が匂宮の分家に狙われた、時の様に。
 たとえ家賊の安全を確信していたとしても、その危機を放置するほど曲識の心は――鬼ではない。
 それに、まだあるのだ。
 曲識には、もう一つやりたい事がある。
 第二の、または、第一の目標が。
「……彼女が」
 いたんだ。
「彼女が」
 あの部屋に。
「哀川潤」
 見たんだ。
 双識や軋識ほど近くはない、だが確かに、彼女の姿を見たのだ。
 自分を殺してくれた、大人になった彼女の姿を。
 《人類最強》、その赤過ぎるほどに赤い赤を。
「……彼女も、この殺し合いに」
 巻き込まれているのだろう。あの場所にいたという事は。
 彼女が死ぬ、その未来は、双識や軋識以上に想像出来ないものだ。勿論、だからと言って彼女の危機を見過ごすつもりはないが。
 だからこその、もう一つの目的だ。
「会いたい」
 哀川潤と、再会する。
 双識と軋識、それに加えて彼女も探す。
 それこそが。
 生き返ってしまった。
 自分に出来る事、するべき事、だ。
「哀川潤」
 再び曲識は呟く。
 哀川潤。
 哀川潤。
 哀川潤。
 哀川潤!
 《人類最強》、そう呼ばれる彼女だが、だが曲識が始めたあった時はまだそう呼ばれていなかった。それどころか、自分の名前すらも持っていないようですらあった。
 しかし、後に彼女が《人類最強》哀川潤という名前を手に入れた、それを知った時。
 ああ、そうだろうな。
 彼女ならそれもありだろう。
 そう思った。
 そう思えるだけの少女だった。
 それでこそが、
「哀川潤」
 だから曲識は、少女しか殺さない事を決意した。
 彼女を。
 彼女の鮮烈な赤を。
 自分の深い所に刻んだから。
 零崎一賊唯一の菜食主義者、『逃げの曲識』、《少女趣味》。
 どう呼ばれようと気にならなかった。
「そうだとも」
 僕が生きているのなら。
 君が生きているのなら。
 僕と君が、離れ離れなら。
 ああ、そうだとも。
「《少女趣味》に戻るのも――悪くない」
 僕か。
 君か。
 死が二人を分つまで。
 少女だけを殺すのも悪くない。
「レン。アス。哀川潤」
 君達を探す。
 彼等と合流する。
 彼女と、再会する。
 それこそが曲識という生き返った殺人鬼の目的――!
 ああ本当に、
「――悪くない!」
 だから曲識は出発する事にした。
 だから動き出す事にした。
 だから席を立った。
 だから。
 だから。
 だから。
 だからだからだから、だからこそ――このピアノバー・クラッシュクラシックを出ていく事にした。
「やはりこれも……水倉神檎の力と納得するべきなのだろうな」
 曲識が音楽家として手に入れた、念願の居城。
 そして今、あの光だらけの部屋から送られた先でもあった。
 視界の先にあるドア、その向こう側がクラッシュ・クラシックのあるあの街だとは思っていない。人間を蘇生したり瞬間移動させたり出来る存在だ、建物をまるごと別の場所に移す事ぐらい出来るのだろう。
 人が生き返るのも、瞬間移動されるのも、自分の居城が何故かここにあるのも、全てが異常事態だ。
「しかし僕は……返す返すも零崎だ」
 殺し合いは日常。
 殺人は本能。
 人を見たら殺そうと思え。
 押し付けであっても悪くはない。
 曲識は席を立ち、視界の先にあるクラッシュ・クラシックのドアへと歩み寄っていく。
 先ほどまで使用していたグランドピアノ、鍵盤を隠す蓋の下ろされた巨大な黒い塊を背後にして、席を立ったのだ。
 革靴の固い足音が連発する中、ふと曲識は思う。
「……そういえば、人識はいるのだろうか」
 それは自分と同様に零崎に属する殺人鬼、しかし曲識達とは一線を画する少年だった。顔の半分に入れ墨を入れ、髪をまだら模様に染めた風貌。双識が弟としてやたら構うので、曲識は彼と付き合いがあった。
「僕がいて、レンがいて、アスがいて、哀川潤もいて……ならば人識がいても悪くはない」
 あの部屋にいた時は魔法なる力で身動きを封じられていたため、誰がいたのかまでは正確に把握しているわけではない。ただ、偶然なのか図られたのか、三人は見えたが人識の姿は確認出来なかった。
 だから、ひょっとしたら人識がいるかもな、とは思う。
「いるのなら、助けてやるのも悪くない」
 曲識にとって、家賊として適用されるのは双識と軋識だけで、人識はそれほどの重要人物ではない。
 ただだからと言って見捨てるほどの間柄ではないし、死ねば双識も何か思うだろう。ならば、いるという確証があった上で余裕があるならば、ついでに助けてやるのも悪くない。
「最後に見た……あいつの変わり様にも思う所があるしな」
 と、言った言葉が反響して顔面に返ってきた。
 元々大して長くもない道のりだ、曲識の目の前にクラッシュ・クラシックのドアがある。考えている間に到達したらしい。
「この向こうが、殺し会いの場か」
 あの部屋にいた人間、正確には把握出来ないが、およそで50人前後といったところだろうか。
 見せしめに殺された奇抜な格好の集団、忍者であるらしい彼等の生き残りもそれなりに出来るプレイヤーに見えたし、加えてここには零崎一賊三天王が勢揃いしている。
 水倉神檎は制限や支給品があると言ったが、その程度で覆るなら世界は4つに分かれない、曲識はそう思う。
「誰も死ななければ皆殺し、か。だからと言って僕は主義を曲げるつもりは無いが……まあ、もう誰かが死んでいても可笑しくはないだろうな」
 ただまあ、
「念の為……少女がいたら一人ぐらい殺しておくとしよう」
 うん。
「零崎を始めるのも、悪くない」
 そして。
 零崎曲識という名の、『少女趣味』と呼ばれるその殺人鬼は。
 ピアノバー・クラッシュクラシックのドアノブを握り、その扉を開いた。

 ――その向こうに誰がいるのか、それは定かではない。




【1日目 深夜 H-6 ピアノバー・クラッシュクラシックの中】

【零崎曲識@零崎一賊シリーズ】
[状態]健康
[装備]無し
[道具]支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考]
基本 他の零崎一賊と合流する、哀川潤と再会する
 1 とりあえず双識と軋識を探す
 2 出来る限り哀川潤と再会したい
 3 人識がいる場合、余裕があれば合流する

哀川潤と再会(または自分か彼女が死亡)するまで、少女しか殺さない決意をしています。少女の定義は後の書き手さんに任せます

自分や零崎双識は水倉神檎に蘇生されたものと考えています

零崎人識がいる事を知りませんが、参加している可能性はある、とは思っています



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最終更新:2009年03月08日 22:10