16話
1.
なぜ、どうして、僕はここにいるのだろう。
ひょんなことから病院坂とのロンドン旅行が中止になって。
仕方なしに家に帰って、上記の旨を両親と夜月に伝えたあと、
(色々な意味で)疲れた体を癒すために、早々にベッドに入った、そのはずだった。
しかし、目覚めた僕の目の前に広がっていたのは見慣れた天井などではなく。
あまりにも唐突な、冗談みたいな殺し合いの開幕宣言で。
そして。
誰かが死んで、また誰かが死んで。
一瞬のホワイトアウトの後、今度はホワイトな雪山に立っていて。
学生服では寒さに耐えきれないのは明白だったので適当に下山した結果、僕は神社を訪れていて。
その神社の境内では——夜月が死んでいた。
2.
目の前にあるのは、血溜りと、死体。
どんな手段を用いたのか、その体は何かに喰われたかのように大部分が消失していて、
その大きな傷口から流れ出た血液は、地面に広がり石畳を赤く染めあげていて、
もうどうやっても夜月が助からないことを、僕がここに来るのがあまりにも遅すぎたことを、如実に物語っていた。
「夜月……ごめんな、怖かったよな。こんな状況で一人にするなんて、僕は悪いお兄ちゃんだよ」
しゃがみこんで、すっかり血色を失ってしまった、夜月の小さな顔に触れる。
途端、子供の頃からの、夜月と過ごしてきた時間の記憶が脳内にフラッシュバックし、
そして——思う。
「……これじゃ、あのときと同じじゃないか」
あのとき。
僕がまだ小学校三年生で、夜月がまだ小学校二年生だったとき、夜月を襲った級友からの苛め。
僕が気付くのが遅かったばっかりに——夜月の心は、歪み、捩れ、半ば閉ざされることとなってしまった。
あのときも、今回も——僕は間に合わなかった。
夜月が苦しんでいたのに、助けられなかった。
「……ごめんな」
見開かれたままの目を閉じて、頬についた夜月自身の血を拭ってやる。
ほんの少しだけ、夜月が微笑んでくれたような気がした。
そんなことは、有り得ないのに。
「どれだけ女々しいんだよ、僕……」
夜月が死んだ。
その事実を、脳のどこかが認識することを拒否しているのかもしれない。
「…………よっと」
なんにせよ、夜月をこの場に放置だけはしたくない。
これ以上傷付けないように、そっと夜月の体を抱き抱える。
当然制服に血がべっとりと付くけれども、この際そんなことはどうでもいい。
「……重いな」
夜月が聞いたら本気で怒りそうな台詞を言っても、腕の中の小さな体は怒ってくれない。
「…………」
すぐ側の、社に向かって足を進める。
両手が塞がっているので、罰当たりだとは思いつつも足を使って戸を開ける。
「まあ、こんな場所にある神社の神様なんて、はなから信じちゃいないけどさ」
言いながら、床に夜月を寝かせる。
とりあえず、当面は夜月はここに寝かせておこう。
こんな場所に置いていくのは非常に心苦しいけれど、今後の行動に支障が出てはいけない。
そう、今後の行動。
「夜月は死んだ。なら僕に——夜月の兄にできることは、夜月の死を無駄にしないことだ」
悲しむのも、悔やむのも、全て終わってからでいい。
僕は生き残らなくてはならない——夜月の死を、意味あるものにするために。
「夜月は明らかに誰かに殺されていた……つまり、殺し合いに乗っている奴は実際に存在している」
なら……僕はどうする?
「……敵討ちは、さすがに無理だしな」
夜月の死体の損壊具合を見る限り、あんな風に人体を破壊できる人間を相手に戦えると思うほど、僕は自惚れてはいない。
出来の悪いライトノベルみたいに、そのとき、櫃内様刻の秘められた力が目覚めた! なんて展開が、都合良く起こるはずもない。
夜月の敵を討ちたくないと言えば嘘になるけれど、それで死んでしまえば全ておしまいだ。
「……じゃあ、どうする?」
最後の一人になるということは、それ以外の人間を殺すということ。
しかし、さっきも言ったように最初に殺された……忍者? みたいな化け物じみた人間が参加している以上、
そいつらに対して僕みたいな一般人が勝つ確率はあって無いようなものだ。
「なら……戦っちゃいけない。他の参加者が疲弊して、倒れるまで逃げ続ける。
そして最後の最後で……全てをかっさらって、最後の一人になる、か」
現状、それしか方法は無いのかもしれない。
優勝して願いを叶えてもらう——夜月と、一緒に家に帰る、そのためには。
僕をここに連れてきた存在は、魔法と言っていた。
どんな願いでも、なんて眉唾もいいところだけど、
万に一つ、億に一つでも夜月を生き返らせる可能性があるのなら、その可能性に賭けてやる。
どんなに零に近い確率だろうと——零より上には、違いないんだ。
「こんな僕を見たら……君はどう思うんだろうな」
ふと、保健室のベッドの上でシニカルに笑う、彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
愚かだとでも言うだろうか。軽蔑して、見放すだろうか。それとも、無言で後押ししてくれるだろうか。
けれど、何と言われようと、僕のすることは変わらない。
「そういえば、死んだらもう会えないんだな……。じゃあ尚更、こんな所で死ぬわけにはいかないな」
立ち上がり、夜月に暫しの別れを告げて、僕は行動を開始する。
何よりも優先すべきは、他の参加者から身を隠せる、籠城場所。
夜月と殺人者、最低でも二人が訪れたことを考えれば、この神社は避けておくのが無難だろう。
「最悪、いざと言うときの逃げ道さえ確保できればどこでもいいけれど。
近くにあるのは因幡城、百刑場、不要湖に新・真庭の里か……さて、まずは何処に向かうかな」
ここから一番近いのは新・真庭の里だけれど、市街地と近い。
不要湖は、市街地にある上に、拠点にできるそうな建物があるとは考え辛い。
百刑場は名称からいまいちビジュアルが掴みにくい。
因幡城へ行くには、砂漠を越える必要があるようだ。
「どれを選んでも、不安要素はある……か」
まあ、石段を下りる間に考えもまとまるだろう。
ひとまずそう考えて、地図を片手に、僕は長い長い石段を下り始めた。
【1日目 深夜 A-6 三途神社】
【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康、制服が血まみれ
[装備]
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1〜3)
[思考]
基本 優勝して、夜月を生き返らせる。ある程度参加者が減るまでは逃げ続ける。
1 当面の隠れ家を探す。
2 できれば夜月の仇を討ちたいが、無理はしない。
※
櫃内夜月の死体が、三途神社内に放置されています。
最終更新:2009年05月20日 07:35