ノア関連トピック > ノア戦士・小田原ドンチャカ:序
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まずは、なぜこのようなドンチャカに至ったかについて説明せねばなるまい。
泉田と成田眞美の接点は2005年に遡る。
永源遥の古い知り合いだった成田夫妻の海釣りの相手に、当時浦安在住だった泉田に白羽の矢が立ったのだ。
そこで夫妻に気に入られた泉田はそれ以降関係を深め、数年間を過ごす。
ある時小田原の自宅に呼ばれ、その豪邸を目の当たりにした泉田にとって、成田夫妻は太いタニマチに映ったようだ。
もちろんこの頃すでに成田眞美の夫が稲川会の幹部であることは永源から知らされていたが、大相撲時代からそういったタニマチの存在も承知していたので気にはしなかった。
成田眞美がノアの幹部である永源・仲田・三沢に深く食い込んで行くのは翌年2006年頃らしい。
それまで数多くいるタニマチと思っていた永源が、泉田の時計に気付き、成田眞美からの贈り物と知ると目の色が変わったという。
「そりゃ、5億10億のカネ(年商か資産のことか?)じゃできねえな」
泉田から成田夫妻の豪遊ぶりを聞いた永源はそう言って唸ったらしい。
それをどこからか聞きつけた仲田が、成田夫妻の常宿の浦安ヒルトン東京ベイに足繁く通うようになる。
ノアヲタのバイブルである自著「NOAHを創った男」を名刺がわりにプレゼントしたそうだ。
そして2007年夏の小田原ドンチャカに至るのだ。
その日は成田夫妻の下の息子の誕生日だったそうだ。
成田眞美は仲田に対して、
「小田原にみんなで遊びに来てね」
と言ったらしい。
そこで仲田は、なんと巡業バスで社員全員で小田原に繰り出そうとしたという。
このとき泉田が成田眞美に連絡し、ノア全社員による小田原大移動は阻止されたが、結局のところ一部の社員と当時いたレスラー全員で成田夫妻の息子のバースデーを祝う事になった。
このとき成田夫妻の下の子は、まだ幼稚園にもあがっていない。
そんな子供のために、三沢・小橋・秋山らが大挙して小田原まで駆けつけるとは、さぞや壮観だったことだろう。
小田原ドンチャカに使われた伝説のノア巡業バス
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