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【番外編】




 ──夜。森の中。焚き火がしてある。
 そのすぐ傍に、倒れている小さな木に座った……親父が居た。




「よく来たね。どうぞ」
 そう言って親父は手で、もう一つの木に座る事を勧める。
「うん、ありがとう」
 木に座って、息をつく。
 少し間を置いてから、親父が話しかけてきた。
「さ、話を聞かせてよ」
「うん。長くなるかもしれないけど……ゆっくりと、話すよ」



 それから、ゆっくりと時間をかけて、自分が、旅立ってからの話をした。
 一人旅が辛かった事、初めて人を撃ったときの事、人を殺しても何とも思わなくなるのが怖かった事、初めてそれを咎めてくれた人の事、
 大切な人が出来たときの事、その人を死なせてしまったときの事、世の中に絶望した事、何より自分が許せなかった事、それから一年半の旅の事。

 不思議な世界へ迷い込んだ事、面白いカップルを見つけた事、その人達を自分のエゴに巻き込んでしまった事、それを後悔してる事、仲間の大切さを思い出した事、思い出させてくれた二人に感謝してる事、うっかりカップルの片方に告白してフラれた事、ちょっと落ちこんだ事。

 ギルドを作った事、そのせいで恩人二人が離れてしまった事、沢山の人を死なせてしまった事、後悔しているがもうどうしようも無くて辛い事、自分の想いと正義が揺らいでいる事、どうすればいいかまた迷っている事。

 自分の無力を実感している事、もう自分は駄目だと思っている事、いつまで経っても「星」が掴めなくて歯がゆい事、誰かに頼る事を恐れている事、でも誰かに……助けてほしい事。


 ──大切な人がまた出来た事。その人と居ると幸せな事。けれど、その人を失うのが恐ろしくてたまらない事。まだ怖がっている自分を情け無く思っている事。

 沢山の事を、ゆっくりと、じっくりと、ときに笑いながら、ときに泣きながら、親父に話した。



「そっか……ふふ、大冒険だな」
「全くだよ」
 二人して少し笑いながらそう言い合う。
 不意に、親父が隣に座った。何故か俺は距離を取ってしまった。
 何かが怖かった。
 けれど、親父はそんな俺の考えとは反対に、優しく頭を撫でてくれた。
「よく頑張ったね。辛いね、悲しいね」
 親父が優しげにそう言ってきたせいで、俺は親父が死んでからの事を思い出して、泣き崩れて、親父に抱き着いてしまった。
 わんわんと泣き続ける俺を、親父は優しく撫で続けてくれた。



「相変わらず情け無いな、俺。昔から何にも変わっちゃいない」
 しばらくしてから泣き止んで、そう言った俺に親父は悲しそうな顔をして答えた。
「情け無くなんか無いよ」
 両手で俺の肩を持って、目を見据えて親父ははっきりと言った。
「氷桜。君は、僕の自慢の息子だ。僕なんかには勿体無いぐらいの素晴らしい子供だ。だから、情け無くなんか無い」
「俺はそんなんじゃ……」
「いいや、君は凄いよ。ちゃんと自分で生きてる。自分で決めた事をやっている。誰に言われたわけでもない、自分が決めた事を、だ。それが一番、凄い事なんだ」
 俺の否定も全く聞かず、親父は絶対だと言わんばかりに俺に話す。
 親父に認められた事が嬉しくて、それでもまだ自分が無力に思える事が悲しくて、わけのわからないまま、また泣いてしまった。
「それでも! 俺は誰も救えてないんだ!! 親父だって死んだ! ナオミだって……!! 恩人二人を引き裂いた! また多くの人を死なせてしまった! こんな俺のどこが……どこが凄いんだ!!」
 泣きながら叫ぶように親父にぶつける。今まで溜め込んでいたものを全部。
 いつも後悔ばかりしていた。次こそはと思ってもまた繰り返してしまう。
 そんな自分がいつも許せなくて、一番嫌いで……何よりも、誰よりも、自分が憎しみの対象だった。




 世の中が憎かったわけじゃない。他人が憎かったわけじゃない。国が憎かったわけじゃない。
 ただただ、自分だけが憎かった。
 無力なくせに理想ばかり語る。他人を巻き込んでまで我を通そうとする。誰を救えるわけでもないくせに、自分一人じゃ何も出来ないくせに。
「皆、俺のせいで死んだ! 俺のせいで傷付いた!」
 自分の存在なんて消えれば良いとまで思った。けれど、死ぬわけにはいかなかった。
 簡単に死ぬことなんて、今まで殺してきた人たちが許さない。だから、生きるしかなかった。
 でも、まだ……。
「周りの人達を傷付けてまで生きる意味なんて無い! 俺なんか……俺なんか! 死んじゃえば……ッ!!」

 全部言い切る前に、初めて親父に叩かれた。



「……何を」
 軽い平手打ちだった。痛みなんて無かった。ただ、驚いた。
 親父が手を上げるなんて考えもしなかった。
 とうとう、親父にも見限られたと思った。
 ……親父は、泣いていた。

「そんな事を言わないでくれ……僕は他の誰でもない、君に救われたんだ」
 その一言は、叩かれた事より驚いた。



「俺が……親父を?」
 あまりにも驚いたので泣くのも忘れてしまった。
 親父の言っている事が全く理解できなくて、ぼけっと親父を見ているだけになった。
「そう、氷桜のおかげで、僕は救われたんだ」
 そう言って、今度は親父が話し出した。

 理想と行動が噛み合わなかった事、自分も誰一人として救えなかった事、大切な人を失った事。
 その後で俺と会った事。毎日が楽しかった事。守るべきものの大切さを思い出させてくれた事。

「僕の方こそ、君にお礼を言いたいんだ。君には、例え喉が裂けるまでお礼を言っても言い足りないよ」
 にっこりと微笑みながら、俺にそう言う。
 でも、納得出来なかった。
「じゃあ……どうして親父は自殺なんてしたんだ!」
 長年の疑問だった。それを見つけるために旅をしてきた。
 それを理解したくて同じ道を歩んだつもりだった。
 理解したつもりだった。けれど、今の一言でまた疑問になってしまった。



「……ごめん」
 第一声は謝罪だった。
「それは僕のエゴだ。あれ以上はもう生きることに耐えられなかったし、君にもばれてしまった。悲しい想いをさせて、本当にすまなかった」
 そう言って親父は頭を下げた。
「……もういいよ。過ぎた事はしょうがない。俺が知りたいのは、理由なんだ。もっと詳しく聞かせてほしい」
 努めて冷静に話す。気分は落ち着いてきた。
 でも、さっき聞いただけの理由では納得までは出来なかった。
「……うん。分かった」
 一息ついてから、親父が続きを話し始めた。



「君を拾ってから、毎日が幸せで、自分の信念なんて捨ててしまおうかとも思った」
 けれど、と言って親父は続ける。

 信念を捨ててしまえば、僕は僕じゃなくなる。
 でも、信念を捨てなければ君が危ない。僕はあのとき、世界中から狙われるお尋ね者だった。
 その上、君は僕のしているコトに気付いてしまった。
 この道を歩めば、何が待っているかを教えたかった。君の安全を守りたかった。
 例え、悲しい想いをさせてでも。

「今思えば、何の意味も無い行動だったけどね」
 苦笑いして一旦、話を止める。
 少しだけ間を置いて、また話し出す。
「僕がするべきだったのは、死んで終わりを見せる事なんかじゃなかった。僕はこれでも君の父親なんだ、話して聞かせるべきだった」
 少し苦い顔をして言う。
 ここで俺は口を挟んだ。
「待った……俺の安全を守るために親父が死んだなら、やっぱり親父が死んだのは……」
「違うよ」
 また言いきる前に止められた。
「あれは僕が勝手にやった事だ。君は何にも責任なんて感じる必要は無いんだよ」
 少しだけ微笑んで、そう俺に言う。
「僕が本当にやるべきだったのは、知り合いの力を借りてでも、君と一緒に逃げ続ける事だった。父親になった責任を果たすためにね」



「でも、もう遅い。僕は死んでしまった。この事実は変えられない」
 その言葉を聞いて、物凄く悲しくなった。
 やはりどうしようもないのだと、実感させられた。
「……」
 黙って俯いている俺の頭をぽんぽんと叩く。
「いいんだよ。なるべくしてなったんだ」
 さて、と言って親父は表情を真剣なものに変える。
「僕はこれから、父親として君に少し厳しい事を言う。いいね?」
「あ、ああ……分かった」
 こちらも合わせて少し姿勢を正して、真剣な表情をする。



「氷桜。今後一切、自分を卑下するのは駄目だ。お願いだ」
 それは親父が珍しく俺に言った願いだった。
 今の今まで、親父は俺のする事に口を挟んだ事なんて滅多に無かった。
「……何故?」
「君が言ったんだよ。『卑下するのは良くない』って。子供の頃、僕にね」
 言われてから少し考えて、ようやっと思い出した。
 正義の味方になれなかった、と後悔を口にした親父に、俺が言った何気ない一言だ。
「そういえば、そうだったな……」
「そう。そのとき君はこうも言った。『大切な人が自分を卑下しているのを見るのは悲しい』とね。これで、卑下が駄目な理由はわかったかい?」
「あ、ああ」
 よし、と言って親父は俺の頭を撫でつつ笑顔になる。
 まさか自分が言った事をここで言われるとは、驚きだ。



「まだあるよ」
 撫でるのを止めて、また真剣な表情になって続ける。
「もう二度と、自分が死ねば良いなんて思わないでくれ」
 一瞬だけ悲しそうな顔をして、すぐに真剣な表情に戻して言う。
「君がそう言うのは、僕は悲しい。君は僕が死んだときに悲しかったはずだ。大切な人を失う悲しみを知っているはずだ」
 黙って聞く。
 次の一言で、また新しい誓いを立てる羽目になった。

「大切な人を失う悲しみを、君の大切な人に味合わせたくないのなら、もう二度と、思わないでくれ」



 ──大切な事を忘れていた。
 何もかもが暗く見えた。全てがどうでも良くなった。たった一つの約束すら守れなくなった。
 あんな想いを……あの子にはさせたくない。

「分かった。もう二度と思わない」
「ありがとう」
 はっきりと親父に伝えた。
 たったそれだけの事すら忘れるとは……まだまだだな。
 少し苦笑する。



「さて、次は、《魔術師殺し》からの忠告だよ」
 右手の人差し指を立てて言う。
「ん、はい」
 姿勢をもう一度正して敬語を使って返事をする。
 ここからは、目の前に居るのは父ではなく師だ。
「一つ、人間一人で出来る事は限られてる。僕は一人で事を成そうと奔走したけど、無理だった」
 だから、と続ける。
「必ず、仲間を頼る事だ。信念を貫きたいなら、ね」
「う……」
 思わず唸る。
 正直、まだ人を頼るのは怖い。
 頼るのは情け無いと思っている。
「これは残念ながら師匠命令だよ」
「ぬぅ……分かりました」
 命令と言われては仕方ない。



「もう一つ。これは……何と言おうかな」
 何やら言いづらそうに口篭もる。
 何故か分からず、俺は首を傾げる。
「ん……誰としてでもなく、とにかく、人に言われた事を伝えるよ」
 そう言ってから一度、コホンと咳をしてから話す。
「例え男であれ女であれ、大切な人に頼られないのは辛いから、ちゃんと頼ってください」
 親父は、思い出すように、目を閉じながら言った。
「? 誰が言ったんだい?」
 まだ首を傾げたまま聞く。
 何となく、予想はつくが。
「……僕の、大切な人が、僕に言ってきたのさ」
 やっぱりね。



「僕からは、大体こんなところかな」
 親父は空を見上げながら言う。
「ご教授、ありがとう」
 同じように、俺も空を見上げて言う。
 夜空には、一つだけ星が輝いていた。
「君が例え、どんな道を歩もうと、僕は君の味方さ。君は自由なんだ、どんな道でも、どんな選択でも選んで良い」
 それだけは、覚えておいてね、と親父は唐突に俺に言った。
「ん、覚えておくよ」
「じゃあ、またね、氷桜。もうここに来る事はないだろうけど、いつも待ってるよ」
「分かった。またな、親父」




 ──夢はここまで。


【終了】

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最終更新:2009年03月11日 04:00