私は吟遊詩人
悲哀を語る、悠久の詩人
私が今から語る物語は
何処の世界で生まれたか
何時の時代に生まれたか
そんな事は、誰も知りはしない
――ただ、それは
力を欲し、全てを失った男の
愚かな物語
平和な片田舎の村、彼は住んでいた。
村の自警団団長を務めるその彼は、とても感情の起伏が激しい男だった。
笑い、泣き、怒ったと思えばもう笑い始めている。
自分に正直な人間だった。そんな彼の周りにはいつも沢山の人が集まっていた。
友が居て、家族が居て、大切な人が居る。
彼の毎日は、平凡で、だからこそ幸せという光で輝いていた。
だが、彼はそんな生活に何処か物足りなさを感じていた。
両手に沢山の果実を持った状態で、それ以上の大きな何かを求めていた。
ある日、彼は突然旅に出る事を決めた。
誰にも相談せず、自分の可能性を確かめてみる、などという理由で当てのない旅に出た。
しかし、彼の心の穴は決して満たされる事はなかった。
大陸へ渡っても
辺境の国に訪れても
彼の求める何かはなかった。
もはや彼には、何故旅に出たのか
自分が何を望んでいたのかすら判らなくなっていた。
彼はやりきれない失望感の中、故郷の村へと戻っていった。
しかし、彼にはもう帰る場所など残されてはいなかった
彼は廃墟に立っていた。
そこはかつて、彼と彼の大切な者達が存在していた場所。
街の酒場のマスターが言うには
自警団の団長が謎の失踪を遂げて何日か経った夜
以前から問題を起こしていた野盗達が村を襲ったとの事だ
団長がいた事で統率のとれていた自警団は、突然の野盗の襲撃に対応しきれず
村は跡形もなく焼かれ、住人は皆殺しにされたらしい。
その死体は誰に埋葬される事もなく、服は引き裂かれ、皮膚は焼かれて
群がる蛆に蹂躙されていた。
後悔などという感情は既に一欠片も残っていなかった。
ただ彼の心には、空虚の暗雲が立ちこめていた。
両手いっぱいの果実は滑り落ちてしまったのだ。
再び彼は彷徨い歩いた。
完全に目的を失った彼は、ただただ死ぬ事も出来ずに意味のない毎日を
繰り返していた。
そんな彼はある日、とある噂を耳にした。
この世で最も高い山の頂に存在する神殿
そこには新たな世界を創り出す事の出来るほどの『神』の力が眠っているらしい
馬鹿馬鹿しい。
初めはそう思った。
作り話にしても、もっとましに出来なかったのだろうか。
そう言って、記憶から抹消しようとした。
――――しかし
何処かで、捨てきれない自分がいた。
今は絶望的なら…もう何も残ってないのなら
そんな夢話に、一縷の希望を抱いても良いのではないか?
その神の力を手に入れられれば、もう一度…自分の望む世界を創る事が出来るのではないか?
あの日落とした果実をもう一度拾う事が出来るのではないか?
彼は歩み始めた。全てを取り戻すために
意外にも、多くの者がその話を信じていた。
多分、彼らも何か大きな望みがあったのだろう。大切な何かを背負っていたのだろう。
しかし、彼にはそんなものは関係なかった。
どれだけその願いが大きなものでも、立ちふさがる者は切り捨てていった。
協力を求める者は、その良心につけ込み、利用し、裏切っていった。
そして、彼は辿り着いた。『神』の力に。
どれほど欲しただろう。どれほど願っただろう。そのために、どれほど殺しただろう。
遂に彼はその力を手に入れた。
全てを取り戻せる。そう確信した。
――――――筈だった。
彼には、その力を注ぎ込めるほどの器がなかった。
『神』は彼に罰を与えた。
身に余る力を宿した彼の体は、4つに分けられた。
その力の片鱗と共に
喜 怒 哀 楽
一つだった彼の心と体は、力と共に感情の集合体に引き裂かれた。
喜びは世界を調律する鋏として
怒りは世界の縮図を描く筆として
哀しみは世界の下地となる布として
楽しみは世界の綻びを繕う糸として
それぞれ、決して交わることなく無限の世界に飛ばされた。
彼らは
何かを求め、全てを失い
全てを求めて、自分すらも失った
その命は、『神』の思惑通り
世界の均等を保つため、能力者を裁き
ただ、与えられた感情のみを宿して
今も、許されざる生を繰り返す
いつか『神』がその存在を許した時
彼らはもう一度、一つとなる
さぁ、これで私の詩はおしまい
彼らがその後、どうなったかは誰も知らない
―――…私?
さぁ、私が誰なのか
それすらも誰も知らない…
知る必要は無いのです……
最終更新:2009年03月12日 14:23