……これは、彼が転移に巻き込まれる前の、ほんの少し昔の話。
とある、暗い暗い地下室の中のお話。
彼が様々な能力者達と出会い、捨てた筈の「甘さ」を取り戻す前のお話。
……トレイ片手に足音を響かせて、俺は今日も階段を降りる。そして数刻の時をそこで過ごして、俺は階段を登る。
登る。降りる。登る。降りる。感覚は不規則に、気まぐれに。
時には二日に一回、またある時は一時間と経たない内に。
少しずつ、少しずつ、時間という概念を薄れさせてゆく、監禁という技術の初歩の初歩。
拘束され、何も見えない暗闇の中でいつ来るとも知れない命の糧を待ち続けるという感覚は、地獄のような物だ。
闇が得体の知れない蟲の群れのように、ぞわぞわと纏わり付く。苦痛。恐怖。飢え。孤独。
動けず、何の情報も与えられぬまま、発狂しそうな程長く感じられる時を過ごす。
その中で、嫌が応でも生殺与奪が誰に握られているかを自覚する
体験した者にしか、解らない絶望感。
そうした感覚を「アレ」が抱く中で、機械的動作を繰り返す。
そうして拷問の、いや。「裁き」の準備は、整った。
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おっと、夜もすっかり明けちまったかな。肝心の目的について聞くのを忘れて夢中になり過ぎた
さて、口を割って貰うとしよう
美味い飯、清潔な部屋、この生活からの解放をチラ付かせる。
……チッ、見知らぬ人の差し出す飴には目もくれねえってか。狂信者め。
宜しい、どうやら力を使う他に無いようだからな。
其は罪と罰の精髄、具現した裁き、苦痛の極致。
感じさせてやるよ、人の身で裁きを為す力がどういう物かを、な。
対象が上げたそれはただ、絶叫。血肉が沸き立ち、脳髄が凍り、神経という神経に稲妻が走る。
俺でさえそうなのだから、目の前に立つ相手の苦痛はそれを軽く上回るだろう。
それでも尚、血を、力を、神罰を注ぎ込む。
人は誰しも罪を抱いて生まれ、故にこの裁罪という名の破壊には耐え切れぬ。
…………常人ならば。
なまじ能力に耐性の有る能力者だからこそ、楽には死ねない。直ぐには逝けない。
異能者や人ならざる者を裁きに掛ける事に於いて、この家系の右に出る者は…………居るかもしれない。でもまあ、居ないと言っておく。
これもまた、ちっぽけなプライドという奴だ。上には上がいる事を、解ってない程愚かじゃない心算だからな。
さて、頃合いか?
壊れたか。目がイッてるが………いや、まだ活きてた。
ったく、さっさと覚醒しろ、寝てる場合か馬鹿野郎……
軽く撫でるように鎌を振るい、右の手足をがりがりと殺ぎ堕とす。血が滴る傷口は、軽く灼いて塞いでおいた。
……目覚めたか。おい、さっさと質問に答えろ。何なら左側もサクッと行って、バランス整えてやろうか?
それとももう一度さっきの地獄を味わいたいか?
……くっくっ、思ったより素直だな。良い子だ
え?この鎌は何だって?
ばぁか、左側は落とさないしもう痛め付けないとは約束したが、首を刈らないとも殺さないとも言ってないぜ?
詭弁だって?ハハッ、ピエロが詭弁使うのはそんなに可笑しいか
ああ…安心しろ、大丈夫。一瞬で終わる。
約束通り、何の痛みも無い。ほんの一瞬だ――
刹那。首が地面に転がるのと、道化が盛大に返り血を浴びるのはほぼ同時。
そして道化は、一つ虚ろに嗤うと湿気た煙草に火を点けて口許へと運ぶ
血に塗れた頬を拭うように……涙が一筋、伝って落ちた。
「誰も知らない」(了)
最終更新:2009年09月05日 18:09