その日、彼女は隊長の代理で会合に出た。
彼女の所属は正騎士第二分隊、その副長。
隊長は任務に出ているため、その代理を務めねばならないのだ。
「…で、議題は何でしょうか?」
静刃が切り出す。
会議室で席に着いていたのは、第三分隊の隊長、副長、そして騎士一名。
第二分隊副長の静刃、及び騎士二名。
連れてきた部下二名は数合わせでもあるが、何より彼女が信頼を寄せているためでもある。
この場に騎士長も他の分隊もいないという事は、そう重要な話ではないのだろう。
「そう焦らないでおくれよ。年寄りの世間話に付き合ってくれてもいいだろう?」
第三分隊隊長、アイリーンがコーンパイプから煙を燻らせながら呑気に話す。
彼女の齢はすでに70近く、正騎士内でも古株だという。
だが、老齢といって侮ってはいけない。
年齢に裏打ちされた経験、判断力、そして確かな実力がある事は疑いの余地が無い。
「いやね、……騎士長の倅の事さ。随分とはしゃいでるようじゃないか?」
パイプの煙を細長く吐き出しながら、続ける。
「ウチの子達が焦れてきてねぇ。で、あんたの所ではどんな感じだい?その坊やについては」
問いかけられた静刃は一瞬考え、そしてすぐ答えた。
「私達は、特に異論はありません。そも討伐指令を受けているのも、我々ではないのですから」
「ンー……そうじゃないだろ?」
静刃が答えた直後、第三分隊の副長、ラディ・マクスウェルが口を挟む。
いついかなる時も飄々としたこの男は、何事も楽観的に捉えるくせ、真理を突く事も稀にある。
「あのガキがおん出てったのは、間違いなく身内の恥だろ?なら、正騎士内で処理するのが当然じゃないのかってさ」
「青ビョウタンの召喚士はいつまで追いかけてんだ?そろそろ指の一本も千切って来いってんだ。ヒヒヒ…」
便乗する形で、第三分隊の騎士、ヒューイが吐き捨てる。
顔を横切る傷が特徴的なこの男は、戦闘より、拷問術に長けている。
何より異様なのは、身に着けた首飾りだ。
人間の耳がいくつも連なったそれを指で弄びながら笑う彼に、誰しも畏怖を覚えるだろう。
一方、第二分隊の騎士二名は、彼らに比べれば落ち着きがある。
騎士の一人――アリーチェは、コインを消しては出し、あるいはダイスを使って、ちょっとしたマジックを
繰り返していた。
無意識のうちに行っているそれは、いつしか身についたクセだという。
もう一人、リーンハルト・ロンメルは、目を閉じ、黙って話を聞いている。
「……私は、特に興味ないです」
アリーチェが答える。
視線をどこへともなく外し、トランプを使ったマジックを続けながら。
「そもそも裏切った時点で殺す事になるんですから、誰が行こうと同じです」
机の上に扇状に広げたトランプを一動作で裏返すと、その全てがジョーカーへと変わっていた。
その一枚を掴み取ると、描かれた道化師の姿が消えた。
彼女のマジックが終わると、黙っていたリーンハルトも口を開く。
「僕もその点では、異論はありません」
背筋が伸び、よく通る声が特徴的な青年だ。
亡父の意思を継ぎ騎士となったこの青年は、その高潔な性格で信頼を集めているという。
「本当なら、彼が戻ってきてくれるのが一番いいのですが……。彼も、一時の気の迷いだったのでしょうし」
顔を上げ、まっすぐに会議場の全員の顔を見回す。
機関員とは思えないほどに、澄んだ瞳で。
「やれやれ、第二の子達は物分りがいいねぇ」
それぞれの主張を愉しんでいたアイリーンが、頬を緩ませる。
「恐縮です、ミセス・アイリーン。他に用件は?」
用件、という言い回しを使ったのは、静刃がこの席の意義を汲み取った故だろうか。
正式な会議ではなく、単なる情報交換、アイリーンが言ったような、世間話の場とも言える。
「だから、その坊やの事さ。……聞く所によると、別働隊の工藤と、部下の小娘も狙ってるそうじゃないか?」
「なんだと?マジか、ババァ」
アイリーンが発した一言にヒューイが反応を示す。
その拍子に、弄んでいた首飾りから耳が一つ外れ、床に落ちた。
「ああ、何処から聞いたかは言えないけどねぇ。仕損じたとか」
「ま、別働隊の連中はそんなもんだろ。にしてもHavenの野郎、まだ生きてやがったのか?」
「……なら、別に俺達が混じっても問題ないだろう?誰があのガキを仕留めるか、面白いゲームになりそうじゃないか」
ラディは、愉悦の表情でそう締めた。
悦楽主義のこの男にとっては、楽しめればそれでいいのだ。
「…お好きになさればいいじゃないですか。それでは、私達はデスクワークが残っておりますので」
言って、静刃が席を立つ。
続いて、側近の騎士二名が立ち上がる。
「ちょーっと待ちなよ副長さん?最近小耳に挟んだ事があるんだが?」
何故かヒューイも立ち上がり、扉の前の静刃の方へ歩きながら続ける。
彼女は、顔を向けず、それを黙って聞いていた。
「副長さん、また一人家族が増えたんだってねぇ?……チラっと見かけたけど、随分可愛らしいじゃないか」
「……それが?」
苛立ちか怒気か、彼女の声には幾分の感情が篭っている。
「いやいや、味方殺しは罪だが、あのチビは機関員じゃないだろ?………いいなぁ、欲しいなぁ……ヒヒヒ…」
空気が一瞬にして冷え、弾かれたように動き出した静刃が剣に手をかけ、振り向く。
―――しかし、彼女の剣が抜かれる事は無かった。
剣に添えられた彼女の利き手を、傍らの青年騎士―リーンハルトが掴んでいた。
そして彼もまた、第二分隊の暴君を、鋭く睨み付けている。
「図に乗るな、ヒューイ。……敵意無き者を殺めるのが貴公の義か?」
左手で静刃の右手を掴み、右手は、右腰の長剣の鞘へ添えている。
義という言葉を聞き、眼前の男は笑いを堪えているように見える。
しかし、彼は真っ直ぐに、睨み付けている。
「義、だと?そんなもんあるか、坊や。俺もお前も正騎士だ。所詮は能力者の人殺しに過ぎないんだぜ?」
「ならば機関を出て、どこぞの市井で通り魔でも営め。貴公にはお似合いだ」
「…言ってくれるじゃねぇか、坊ちゃん」
「…行きましょう、副長、リーンハルト。これ以上この場所にいても、良い影響はありません」
アリーチェが促し、第二分隊の三人が会議室を出て行く。
ヒューイの嘲笑、そして、アイリーンの静かな笑いを背に受けつつ。
「申し訳ありません、リーンハルト。取り乱してしまいました」
「いえ、良いのです。ただ、あの手合いを相手していては、身が持ちませんよ」
「……確かに、今日は副長らしくありませんでしたねー」
廊下を横に並んで歩く静刃とリーンハルト、その後ろを、手の中からダイスを消したり出現させたりしながらアリーチェが追う。
「…お恥ずかしい限りです。つい……」
ばつが悪そうに視線を逸らし、口篭る。
確かに、彼女がここまで感情的になったのは珍しいと言える。
「いえ、恥じ入る事はありません。家族を守ろうとするのは、誰しも当然です」
すかさずリーンハルトが彼女をフォローする。
この青年は全くもってよく出来た人間だと、静刃は感心した。
機関員の父を亡くしている事も、自らとよく似ている。
それ故かは分からないが、互いに気心が知れている節もある。
「……どうせならヒューイが裏切ればよかったんですが」
水色のスーパーボールを床に跳ね返らせ、それを左手でキャッチしてアリーチェが呟く。
「騎士長の息子さんじゃなくヒューイが反逆者なら、私も喜んで討伐に行きましたのに」
その左手を開くと、ぽん、という音とともに紙吹雪が舞った。
「私は帰って寝ますよ。……第二の人達と話すと、異常に疲れちゃうんです」
言って、アリーチェが通路を曲がって、二人から離れた方へ歩いていく。
「では、僕も資料管理部に用事がありますので、これにて。…ヒューイには、僕も注意を払っておきます」
一礼し、リーンハルトも去る。
二人を見送った後、彼女は執務室へと戻っていった。
夜遅くに自宅へと帰ってきた。
もう、家族はすっかり寝静まっているようだ。
ふと、自室へ行く前に、上の弟の部屋を覗き見た。
ベッドで寝息を立てる弟と、少女の姿を見て、彼女は思う。
―――二度と、家族を欠けさせるものか。
心の中でそう反復し、彼女は自室へと戻って行った。
了
最終更新:2009年09月10日 16:32