Origin ~惑いの石に目覚めた使命~

シャッテン=シュティンゲル、本編以前のエピソード0的な何か
SSスレに投下したものを一部修正したものです



陽の光の恩恵を受けない、暗黒の地――――夜の国
その闇を照らすのは、ただ人工的な電気や火の明かり、そして月光だけ。
そんな闇は、生物の本能の何かを刺激するのか、あるいは視覚が効かない事を理知的に利用するだけなのか。
ともあれ、人目をたばかる人間は、得てしてそんな闇の中に居場所を求めるものである。

――――――――荒れ果てた廃墟の中を歩む、1つの影がある。
まるで幽鬼の様に、その足取りはおぼつかない。まるで浮浪者の様に、その姿は薄汚れている。
しかしその瞳は――――激しい力の、心の揺らめきを湛える様に、闇の中にあってギラギラと輝いて。
同時に、野生動物よりも感覚の衰えた人間でさえも、容易に感じ取れる様な不穏な雰囲気を満身に湛えて。

「……なんだ、少し……荒れてるね、ぇ…………何かが入り込みでも、したのかな……ぁ?」

散らかる紙の束や椅子などを、夜目が効く様に器用に避けて、1つのデスクに腰掛ける。

「――――今日もまた、『価値の無い命』が喜びに呻いた…………僕は、彼等の道を、黒い楽園へと、誘ったんだ、ぁ…………」

くすんだ水色の髪に瞳を伏せて、その人影はデスクの引き出しを静かに開ける。
そこには、大量の石――――狂気を発する鉱石である『ルナトリウム』、通称ルナティックメタルが、敷き詰められるように保管されていた。
青年は、その中へと手を伸ばす――――ルナトリウムの間から、1枚の紙を引っ張りだした。
それは、写真――――皺くちゃになってしまっているが、光による色素の劣化が生じないためか、その色合いはとても鮮やかだった。

「……僕なんかが生き残っちゃって…………本当にごめんなさい…………でも、僕はまだ、砕けないんだ…………ぁ
そうだろ、みんな…………みんなは無残に死んだけど、立派に生きたんだ……ぁ…………僕も、そうやって生きるよ、ぉ…………」

写真には、白衣を着こんだ数人の男女が写っていた。その中には、この青年の姿もある。
――――やつれた印象は無く、またその穏やかならぬ雰囲気も感じさせない、どこにでもいる様な普通の青年の姿で。
写真の中央に陣取る、初老と思しき壮年の男性を囲み、同じく写真に写っている男女たち。
みな一様に、笑っていた。

「……………………」

そっと瞑目すると、その写真を元通りに戻す青年。デスクの引き出しを押し戻すと、椅子に身体を預けてそのまま眠る様に動きを止める。
その姿は神妙で、とても静かなものだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「…………先生、この部屋妙に暗いですけど、何故明かりをつけないんですか?」
「あぁ、シャッテン君はこの部屋に入るのは初めてだったな。まぁ来たまえ。足元に気をつけるんだぞ?」

暗室の中を慣れた足取りで進む学者。その背中をおっかなびっくり追いかけるのは、まだ『普通』だった頃の青年。
鉱物研究室の中でも、特に異質なこのエリアは、ある意味研究施設としては異常な暗さである。
器具や研究対象を破損させないため、整理整頓の上でしっかりと分かりやすく配置するのが、常道と言うものだ。
この場合はその例外――――研究対象にとって、明かりが厳禁である場合である。

「ほれ、シャッテン君。あれが今回の題材だ」
「あれは…………!? ……ルナトリウム、ですよね?」
「そう。この夜の国ならまぁまぁありふれてる石だな……ちゃんと勉強してるようだ」

ほんの微かな明かりに照らされて、その黒い石は鎮座していた。可視光線を受けると狂気を齎す波長を放つこの石がある故に、光量を限界まで落としていたのだろう。

「アレが光を受けると、周囲に居る人間の精神が変調をきたすのは、知っているだろう?
私はその性質を解明する事を、まぁなんだ、人生の課題としているんだ……それでまぁ、依頼されていた仕事も折り合いがついたからな。こっちに戻ろうと言う訳だ」
「……先生の宿願の研究と言う訳ですか……。」
「そうなるな」

青年の師である学者は、厳しくも静かな眼でルナトリウムを見つめる。実に多くの時間と労力を、ルナトリウムの研究に捧げてきたのだろう。
そんな事を思わせる、静かな眼だった。

「ですが……危険じゃないですか?」
「無論危険だ。だがシャッテン君……世界の先端を行く人間と言うのは、みんなそうなんだよ?
もう今では時代錯誤の話だが……新しい開拓地を切り開く開拓民を考えてみなさい。土地の性質も、地形も、どんな危険生物がいるかも分からない。
彼等は、そんな土地を人の住める場所にしてきた。時には多くの犠牲を払いながらな。
だが、そうして切り開いた土地は、豊かな食物と住居、そうした人間の活動領域を齎すと言う、何にも代えがたい恩恵を、人間に与えた訳だ」

おずおずと問うた青年に対して、学者は向き合い、滔々と語りかける。とても真剣な表情で、諭すように。

「それと同じだよ。学問の先にあるのは未知。それは時に危険な事もある。
だが、このルナトリウムの精神波を抑制できるようになれば……この国にとって、大きな資源となり、夜の国全体の幸せに繋がるではないか。
我々の仕事とは、そうあるべきなんだ」
「あ…………!」

揺るぎない、学者の熱意とその言葉。青年は、気圧されたようにその言葉に耳を傾けた。
どれほどの熱意で、学者はそれを『生きる目標』に定めているのか――――それが、ほんの一端表われただけでも、言いようのない力を持っているのが、良く分かる。

「すみません先生……変な事を聞きました」
「いや、いい……それよりも、これからはルナトリウムがメインになる。シャッテン君もその準備を怠らずにな?」



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「そう……シャッテン君も見たんだ、ルナトリウム」
「あぁ……正直、ちょっと怖かったね。先生がとてもルナトリウムに入れ込んでるって言うのは、良く分かったよ……」

資料室。青年は1人の女性と共に、そこで探し物をしていた。
側にいる女性は、淡い光沢の青紫の髪を長くした、大きくて丸い瞳が印象的な――――端的に言えば、魅力的な女性だった。

「サーシャは、先生がルナトリウムの研究をしてるの、知ってたんだよね?」
「勿論。例の調査で忙しくなる前は、何度かデータの収集を手伝ったりしたもん。まぁ、シャッテン君は割と新参だから、その頃は知らなかったと思うけどね」
「……やっぱり、大変だった?」
「そりゃもう、先生ルナトリウムの事になると、人が変わるもん。あの年で3日徹夜とか、当たり前になるスイッチ入るんだよ?
私もそうだけど、みんなもうクタクタ……だから、一端中断するって聞いて、ちょっと嬉しかったんだよね。あの調査も大変だったけど……桁が違ったよ」

ファイルを捲りながら、青年は女性に問いかける。クリップボードにメモを取りながら、女性は苦笑を覗かせてそれに答えていった。

「……そんな風になってるサーシャって言うのも、見てみたかったな」
「冗談! 勘弁してよ……」

ふといたずらに他愛のない事を青年が言って見せると、女性は尚更苦笑しながらかぶりを振る。

「……でも、ああいう先生の姿って、とっても羨ましいなって、思ったりもする」
「……?」

様子が変わった女性の声に、青年はファイルに落としていた視線を向ける。

「先生ってさ、ルナトリウムの事を生涯の仕事みたいに言ってたでしょ? 多分、先生にとっては『生きる目標』みたいなものなんだよ。
そう言うのを持って生きてくって、幸せな事だと思わない? それに、それが上手く行けば……色んな人が幸せになるんだよ?
……私も、そんな風に自分の『生きる道』を持ちたい。だから先生と一緒に研究をしてる」
「サーシャ…………」
「ルナトリウムの事だけじゃなくて、鉱物って面白いでしょ? 私も、もっと知りたい。そして先生みたいに挑みたい……今は私、それが目標だな」

どこか照れくさそうに、しかしハッキリとそれを口にする女性を呆然と見ながら、青年は思った。
――――みんな、とても幸せそうで、活き活きしてる。とても綺麗で、気高い――――
静かな、本当に静かな感動が、青年の胸を満たして行く。

「――――よぅ、お二人さん! 蛍蒼晶の関連資料、揃ったか?」
「わっ! ちょ、ちょっと待って、もうすぐだから……」
「ッハハ! お前ら2人でってんだから、予想はしてたよ! まぁ程ほどにな!」
「からかってる暇があったら……僕たちも調べ物、さっさと済ませるんだよアンドレイ」
「おいおい、もうちょいいじらせろっての!」

「……………………」

気の知れた仲間たちの喧噪が、狭い資料室を満たす中、青年はぼんやりと、その感動を噛みしめていた。



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ガシャン、ガラガラ……と、何かを蹴散らす様な音が響く。

「――――――――なんだ、ぁ?」

椅子に身を預けて瞑目していた青年は、すっと立ち上がってデスクのそばを離れた。

「見ろよ、ここなら誰もいねぇ――――って、なんだおめぇは!?」
「そうか……最近ここを散らかしたの、お前なんだね、ぇ……?」

部屋に入ってきたのは、明らかに崩れた感じの3人の男。その3人の前に仁王立ちして、青年は瞳をギラギラと光らせていく。

「……僕の思い出の邪魔をするなんて、どういうつもりなんだい、ぃ? ここは阿片窟じゃないんだよ、ぉ?
…………ゴミは、ゴミに帰れぇッ!」

満ちていく怒りのままに。青年は腰に巻きつけているチェーンを外すと、男の一人へと放り投げる。
――――どこについていたのか、その先端にはルナトリウムの黒い刃が繋がっており、男の口へと入り――――刃の先端が、後頭部から突き出た。

「ひっ!?」
「逃げても無駄さぁ、怖くないよぉッ!?」

鎖を引き戻し、刃を腕にはめる青年をその場に残して、2人となった男たちは駆けだそうとする。
しかし、青年の足元に黒い穴が空くと、その中へと青年は消えていき、同時に先に駆けだした方の男の足元にも、穴が開く。

「うああああああッ!?」
「はぁっ!? お、おい!!」

穴に、腰まで『沈む』男。その首元に、先ほどの青年と思しき青白い腕が絡みつくと、男は成す術もなく穴の中に引きずり込まれていく。
――――程なくして、穴の中から男のものと思しき血が、穴の外へと飛び散りだした。

「あ……ひぃ…………い、いぎ、ぃ…………!」

1人残った男は、それで腰が抜けてしまったのだろう。べたりとその場に尻もちをつき、ズリズリと後ろに下がろうとする。
――――だが、足元に広がる影から、無数の黒い『腕』が伸びると、男の身体を絡め取り、ガッチリと固定してしまう。
腕の膂力の程は、人間とさして変わらない。それが10本以上――――男は、脱出不能に陥った。

「む、むぐ、ぐぅ!」

腕が、男の口を押さえ、首を押し上げて、髪を後ろから引っ張る。喉元を晒す恰好で、地面に押さえつけられた。

「……どうせ良からぬ事をたくらんでたんだろう……ぅ? でもそれももう終わりさ、ぁ…………」

再び闇の中から現われた青年は、左手に先ほどの男の首を握り締めていた。それを放り捨てると、右手の刃を構える。
剋目して、投げ捨てられた首を見る。そこに絶望しかないと悟り、拘束されている男の目から、涙があふれた。

「さぁ…………おやすみ」

一閃される青年の刃。男の首が、綺麗な放物線を描いて撥ねられた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「よし、全員乗ったな。出発するぞ!」

採石場から、一台の軽トラックが走りだす。運転しているのは学者。助手席にはサーシャと言う女性が乗り、残りの3人は荷台に陣取っていた。
同じく荷台に乗せられているのは、300kgばかりのルナトリウムの山。

「なにも輸送まで俺たちの手でやる事ねぇってのに……帰っても寝る間もなく選別作業があるんだろ?」
「研究費だって限りがある……ルナトリウムの数を、優先したんでしょう?
輸送業者なんかに頼んだら、100kgも買えなかったはずだよ。実験で良く失敗するのは誰だったかな?」
「あーあ! 分かったよ分かりましたよルッカ!」
「……先生、本当に颯爽としてたなぁ……」

人を荷台に乗せる――――厳密にはルール違反のそれをしている以上、軽トラックはそれほどのスピードを出せない。
緩く夜風を纏いながら、青年は横の喧噪を聞き流していた。

「それよりシャッテン……これからが大変だぜ? 先生のペース、俺らでも全然付いていけねぇからな?」
「……でも、それが先生の良いところなんだろ? 僕も……一度しっかり見てみたい」
「やーれやれ、サーシャみてぇな事言ってやがら……感化されても、先生は優しくはならねぇぞ?」

青年はふと、前方の運転席を見やる。荷台に阻まれてよくは見えないが、女性は学者と話しこんでいるようだった。

――――――――――――――――不意に、ピュゥゥゥゥ……と、打ち上げ花火の音が鳴り響く。

「……っ、なんだ?」
「み、みんな……アレ!!」

仲間の指差した方角を見て、青年も目を見開く。
――――闇の中から、車のヘッドライトと思しき光芒が伸びていく。1つ、2つ、3つ、4つ――――先ほどの花火を合図に、姿を現したようだ。

「――――なんてこった、待ち伏せ強盗だ! マジでルナトリウムを狙ってきやがった……!」
「……これを!?」

隣から上がった呻き声に、青年は思わず足元のルナトリウムを見下ろす。――――取引される鉱石である以上、確かにこれは値打ちものである。
それを狙う賊がいたとしても、おかしくは無いのだろう。

「――――アンドレイ、ルッカ、シャッテン! 打ち合わせ通りだ! すまんがスピードを上げる……頼むぞ!」
「分かりました先生!」

運転席の窓から、学者の叫び声が荷台へと伝わる。――――念のために、マジックアイテムを持ち出して、襲撃に備えていたのだ。
3人はすっと腰をおろして、荷台の取っ手を左手で握り締め、右手にそれぞれのマジックアイテムを取り出した。

――――5人の乗る軽トラックが加速するのと、4台の賊のバンが走りだすのは、ほぼ同時だった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「良く狙うんだ、シャッテン!」
「わ、分かってる!」

右手の、暗黒弾を放つ指輪をじっと敵のバンへと向けて、狙いを定める青年。
闇に紛れる故に、威嚇としての効果が薄いため、確実に命中を期する必要がある。

「……今だッ!」

突き出した右手から、黒い魔力弾を放つ青年。緩やかに蛇行運転するバンのタイヤに、上手く狙いがついていた。
――――だが、着弾する直前、その魔力弾は何かに阻まれる様に霧散する。

「な、なんだ…………!?」
「あっははぁ! 頭でっかちのインテリはみんな考える事が同じだ! くだらねぇ!」
「……くそ。恐らく、魔力に対する防御を、何か用意してあるんだ……! 僕たちが用意できる対策が、マジックアイテムぐらいしかないって、踏んでたんだよ……!」
「……そんな!」

一瞬肉薄した敵のバンから、侮蔑の嘲笑が聞こえてきた。それに歯噛みする青年たち。
取っ手を掴む左手に、汗が滲み始める。

「――――この野郎ぉぉぉぉぉぉ!!」
「ば、馬鹿! 無駄な事は止めるんだ!」

それに激昂したのか、仲間の一人が身を乗り出し、右手から光弾を乱射する。いくつかは敵のバンに命中するが、やはり致命傷には至らず無化される。
バンが一台正面に回る。トランクが開け放たれている。そこから、クロスボウを構えている男の姿が見えた。

「ッ!!」

矢が放たれるのと、青年が身をかがめるのとはほぼ同時だった――――――――ガツッと、堅い何かが砕けた様な、籠った音がエンジン音の中に混じる。

「ア、アンドレイッッ!!」

――――光弾を乱射していた青年の額に矢が突き立っていた。それを見れたのも一瞬の事で、その身体は支えを失い、あっと言う間に投げ出される。

「シャッテン危ない!」
「なっ――――うわぁぁぁッ!?」

更に、投石器によると思われる礫が投げつけられる。仲間の死に気を取られていた青年は、警告の声に反応する事が出来なかった。
左肩に命中した礫の衝撃で、しがみついていた取っ手を離してしまう。更に運の無い事に、足元のルナトリウムが、崩れた。

「うわ――――――――」

先ほどの、仲間を殺された慟哭が、運転席に響きでもしたのだろう。そのタイミングで軽トラックが更に加速した。
運転席の方も混乱してるんだろう――――そんな場違いな思考が、混線したように混じる。
身体が、荷台から投げ出された――――――――崩れかかった、いくつかのルナトリウムと一緒に。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「う、うぅ……はガっ…………」

一瞬、意識が飛びかけた。青年は地面に投げ出されたショックに晒され、一瞬絶息した。
しかし次の瞬間には、更なる息苦しさが青年を襲う。同時に、身体が押しつぶされる様な圧力を受けているのを感じた。
――――青年と一緒に落ちてきたルナトリウムが、青年を下敷きにしていたのだ。

「う、ぐぅ…………くそ、重い……………………み、みんなは…………!?」

すぐさま這い出ようとするが、身体はびくともしない。とりあえず頭がルナトリウムの山からは突き出ているので、すぐに窒息する心配は無いだろうが。
――――だが次の瞬間、車が横転する音が聞こえてきた。同時に、争う人の声。

「っ、ルッカ…………先生、サーシャ!」

心は逸る。恐らく自分たちの軽トラックがやられてしまったのだろう。しかし身体に入ったダメージが重篤だ。
ぼんやりと、何かが炸裂する音の応酬を聞きながら、再び青年の意識は遠のきかける。

「――――――――は、離してっ! 離せぇ!」
「…………!!」

遠のきかけた意識の中、親しい女性の声のみが何故かハッキリと耳に届いた。
その悲鳴が青年の、遠のきかけた意識をつなぎ止める。無我夢中で身体を揺すり、ルナトリウムから這い出ようとする。

「……あんたたちの好きになんて、させないわ! 死んでもね!」
「こ、こいつ魔石爆弾を隠してやがった! 車に乗れ、早く!!」

――――その最後の言葉の意味を理解するのに、青年にはわずかに時間が必要だった。
目を見開いた瞬間、重々しい炸裂音が聞こえてくる。更に連鎖して3度、4度――――――――爆発が、車両に連鎖したのだろう。

「――――――――――――――――ッ、サーシャぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

吐き出した空気を、再び吸うのが難しい状況であるにも関わらず、青年は力の限り叫んだ。
夕闇以外あり得ないはずの空が、オレンジ色に輝きを増していた。

――――――――なぜ、あんなに気の良い、そして真っすぐだったみんなが、こんな所で死ななければならなかったんだ。
――――――――なぜ、こうも理不尽な形で、みんなの思いが踏みにじられなければならなかったんだ。
――――――――なぜ、強盗たちの欲望が、あれだけの力強く美しい意志を容易く破壊してしまえるんだ。

絶望と共に再び遠のく意識の中、ぐるぐると青年の頭の中は、取り留めのない思考の坩堝となっていた。
――――爆炎に照らされて、青年を押しつぶすルナトリウムの山が、黒く輝いて。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「――――――――う、ぁぐぁ……!」

青年は再び意識を取り戻す。圧死する事無く、どうにか生き永らえる事が出来たようだった。
時間はそれほど経っていない。未だに爆炎が高く立ち上る事から、それが分かった。

「……っ、僕だけが、僕だけが生き残ったのか…………」

何とか上半身をルナトリウムの山から這いだしながら、青年は涙を溢れさせていた。
――――人生に燃えていた先生が死んだ。自分の道にひたむきだった恋人が死んだ。自分を受け入れてくれた仲間が死んだ。
否、死んだのではない――――殺されたのだ。金目当ての強盗たちによって。
そして、いつの間にか流されるように彼等の仲間となっていた、自分だけが、生き残った。
――――――――何も見ていない、何も成しえない自分だけが。

「――――そうだ……あってはならなかったんだ……こんな事…………!」

闇の中に映える、美しい爆炎を見据えながら、青年は呻く。許されない事が、今この場に起こってしまったのだ。
――――ルナトリウムの山が艶々と輝く。そこから放たれる狂気が自分を蝕み始めている事に――――青年が気づくはずもない。

「……みんなは、みんなはッ! 正しかったんだぁッ! 僕が死ぬべきだったぁッ! あの賊どもと一緒にぃッ!」

死んでいった仲間たちは、生きるべきだった。死ぬなら、恋人の自爆に巻き込まれていった強盗たちと、自分だけだったはず。
死ぬべき人間は、それだけだったはずなのだ。

――――なら、その違いはなんだ?

「目標を……『生きる意味を持ってる人間』が、生きるべきなんだ…………僕なんかとは違ってぇッ、あいつらなんかとは違ってぇッ!」

――――なら、なぜ『生きるべき』彼等は死んだ?

「賊どもに……『生きる価値の無い連中』に、巻き込まれたからだ…………! こんな事が無かったら、みんなはもっと輝いてたぁッ!」

――――こんな悲劇が繰り返される事を、どうやって防ぐ?

「……生きるべき人間が生きる……死ぬべき人間が死ぬ…………そうすれば『何も成しえない人間の欲望』を排除すれば、こんな事は起こらない……ぃ!
――――そうだ、そんな命に縛られてたら『無駄に生かされている』方もかわいそうだ…………僕みたいになる前に『解放』しなきゃ……!」

――――それが、自分自身のやるべき事だと、誓って言えるか?

「その為に、僕はこれから生きる…………その為だけに、生きるぅッ! こんな事、誰にも出来ない…………だから、僕がそれをぉッ! それが、僕の『使命』だぁ…………ッ!」

――――ルナトリウムから放たれる狂気の光が狂気を育み、青年の目が狂気の輝きを纏い始める。
いくつか身体に突き刺さったルナトリウムの、その感覚さえも取り込んで。指にはめていた指輪がいつの間にか無くなり、その魔力を身体に取り込んでいたことにも気付かず。

――――――――青年と、青年を押しつぶすルナトリウムの山が、突如地面に発生した闇に、飲み込まれていった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「やれやれ……やっぱりパーティするつもりだったんだ、ぁ…………この場所で、ぇ…………」

首を失った死体の懐を探り、注射器と、やけに厳重に梱包された薬液を取り出し、青年はそれを床に叩きつけ、踏み壊す。

「……まぁ、お礼は言っておくよ。あのままだったら……また嫌な事を思い出してたところだったからね……ぇ?」

死体をさらに細かく割り砕き、そばの雨水用の排水管へと流し込みながら、青年は壊れた笑みを剥き出しにする。
――――狂気の中に組み上げたロジック。そしてそれによって自らの生きる意味を回復した経験。
とても後ろ暗い、それでいて人生最大の感動だった。その為に払った犠牲は――――払わされた犠牲は、途轍もなく大きなものだったが。

「……また少し、この世界が命の尊厳に満ちる……不純な命を排除した楽園に近づいたよ、ぉ…………」

死んでいった仲間たちに告げる様に――――だが、青年の浮かべる狂笑に、微かに憂いの様なものが混じって。

――――この世界に人間が、一体何億いると思うのか。その中の何割が、『生きる価値の無い人間』なのか。
青年の生きる理想は、生きる意味であり使命であるそれは、どうあっても青年一人では実現しえない類のものだ。

「でも…………報われなくても良い。尊厳って言うのは『在り様』だからね……ぇ。だよね、先生……サーシャ…………」

男たちが荒らした紙や机――――研究資料や実験器具を、再び片づけながら、青年は呟く。
貫徹する事。それに殉じる事――――何よりそれこそが、命の輝き――――『尊厳』の意味だ。

「…………結果がダメだったとしても、それは恥じる事じゃないんだ……そうだろ、アンドレイ……ルッカ…………」

討ち死にした仲間たちを思い出す。アンドレイは、早々に矢を射られて死んだが、もう1人、ルッカは自分よりも後まで軽トラックにしがみついていたはずだ。
そしてその亡骸を――――3本の矢を射こまれ、8か所程も深い切り傷に見舞われていたそれを、青年は後に確認している。
彼等の精一杯の抵抗は、決して無駄なものじゃない。輝きは、結果だけに宿るものではない。そこに生きた証だけは、消えないと信じたい。

「…………また来るよ、ぉ……みんな…………」

足元に展開する闇の中に沈んでいく青年は、最後に1つ、涙をこぼした。
青年が飲み込まれ、闇が霧散し――――床にその涙粒が弾ける。

――――全ての始まりは悲しみからだった。しかし、もう立ち止まる必要はない。
――――――――闇に消える青年を見送る様に、月光がその輝きを増していた。

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最終更新:2013年03月09日 12:04