Encounter ~粛清の人間賛歌と絶望の深海魚~

2013年3月15日時点での、自キャラ同士のロールの様なもの
似て非なるキャラ同士のすれ違い……と言った様な何か
SSスレに投下したものを一部修正したものです



――――路地裏。
人目につかぬように隠されたこの空間は、様々な非行を呼び寄せる。
強盗、薬品、人身売買、落花狼藉……成される悪事は、枚挙にいとまがない。
悪事の巣とも言うべきこんな空間が放置されてきたのには、それなりの理由がある。
時に、公権力すら及ばぬ危険人物――――つまりは、能力者の犯罪者すら、息を潜めている事があるのだ。
例え装備に身を固めても、他者を害する事に長けた能力を身に付けた能力者の前では、無力に等しい。
そうした事情もあって、この建造物の隙間に生まれた空間は、悪しき聖域とも言うべき実態となっている。

――――だが、そこに生まれるのは悪事ばかりではない。
時として、聖域の聖域たる所以とも言うべきなのだろうか、不思議な巡り合わせが生まれる事もあって――――。



「……いくらも離れていないはずなのに……ぃ、この雰囲気が懐かしいねぇ、ぇ……」

わずかな月明かりだけが光源となる薄暗い空間に、歩を進める1つの影があった。
薄汚れたワイシャツのみをボタンを留めずに羽織り、前髪ばかりが長いくすんだ水色の髪をしている、薄汚れた青年。
それなりに、この空間に馴染んだ風貌と言う事が出来るだろう、浮浪者の様な青年。
しかし、彼が普通の人間ではない事は――――やたらとギラつき、周囲を睥睨するその瞳を見れば、分かるだろう。
薄汚れたゴミ袋が散乱し、足元をネズミが駆け抜ける。普通の人間なら決して良い表情はしないそんな空間を、慣れた様子で気にする事もなく進んでいく。

「……約束は、ある…………彼女は、上手くやっているだろうか……ぁ?」

慣れていない人間ならば、足元もおぼつかない様な危険地帯。
そんな中で青年は、ぼんやりと空を見上げ、建物の切れ間から覗く月を見上げる。
不穏な雰囲気をまき散らす青年の、そんな表情はどこか不釣り合いに穏やかだった。

「…………幸いにして、今日はクズの様な連中の姿は、無いからね……ぇ」

視線を空から地面へと落として、青年は抑えつけられた様な、クツクツとした笑い声を漏らす。
もしこの場に別な人間の姿があったなら、その人物は間違いなく、自分の身の危険を感じただろう。
その笑いは、とても不穏な――――他者を害する意志の様なものが、容易に感じ取れるほどに危ないものだった。

「――――誰だ、誰かいるのかい?」
「…………ッ!?」

――――そんな青年の前に、別の誰かが姿を表す。警察や六王教団の力さえも及ばぬこの場所で、よりによってこの危険な青年の前に。

「……お前、1人だけか……」

妙に輝く杖を――――恐らく、それは照明代わりに使われているのだろう――――軽くかざす様にして、路地裏の更に奥から、その人物は現われた。
魔術師である事を如実に表すコートをハットをかっちりと着込み、左手に青く光る石が嵌め込まれている杖を握り締めた、中性的な顔立ちの青年。
只者ではないだろう青年の前に、同じく只者ではないだろう魔術師が、全くの偶然で姿を現したのだった。



「……そんな松明みたいなものを持って……何をしてるんだい……ぃ?」
「……仕事だよ。探し物をしているんだけどね……ここにお前1人しかいないと言う事は、無駄足だったかな……?」

ぼんやりと青い光が周囲を照らす中、青年は魔術師に声をかける。
魔術師の姿は、明らかに路地裏をテリトリーとするものではない。ある種のアウトローさは、魔術師からはほとんど感じ取れないのだ。
魔術師と言うからには、自らの身を守って足りるほどに力はあるのだろうが、そこに退廃や暴力の匂いは、濃く漂っていない。
そんな人間が路地裏をうろついていれば、気にもなろうと言うものだ。

「そう言うお前こそ、こんな所で何をしているんだ……?」
「それを答える必要があるのかい、ぃ……?
僕にとって、ここは理由が無ければ来ない場所、と言う訳でもないんだ……ぁ」

逆に、魔術師の方からも青年へと問いを飛ばす。今日は人気の無いこの場所だが、普段ならば1人である事は決して安全とは言えない場所なのだ。
それを1人でいると言う事は、それなりの理由があるのだろう。あるいは、1人でいる事に危険を感じない何かがあるのだろう。
それは、場所柄を考えれば、どちらの可能性であっても青年が不穏な人物である事を示している。
故に、魔術師はそれを知ろうとしたのだが、青年はその問いへの返答を拒否する。

(……なるほど。この男、完全にここをテリトリーにしているみたいだね……)

だが、あっけらかんとした青年の態度は、浮かんだ可能性の後者――――この場所の危険を、意識する必要の無い存在である事を、暗に匂わせていた。
つまりは、路地裏を危険地帯たらしめる、犯罪や暴力の『加害者』の側の存在であると――――。

(妙な余裕を見せてるねぇ……この、男とも女とも分からない魔術師……さあ、ぁ……
――――こいつは『どっち』なんだろうね……ぇ、……聞きたい、聞かなきゃいけないな……ぁ!)

そうした魔術師の態度は、青年の何かを刺激したらしい。不穏な光を湛えていた瞳が、なお一層ギラリと輝いて。

「……そうだ……僕から1つ聞かせてもらうよ……ぉ?」
「……、なんだい一体?」
「……お前は、『生きてる』のか……それとも『生かされてる』のか……どっちなんだい、ぃ?」
「……?」

青年は、今まで何人ともなく問いかけてきたその問いを、魔術師へと向ける。
その問いは、今までに多くの血を流してきた、青年の狂気の発現の様なものだった。
――――こそこそと、足元をネズミが走る音がする。何かを感じて、本能的にその場を逃げ出したのかもしれない。

「……質問の趣旨が、よく分からないよ……手前に、何を聞こうとしているんだ……?」
「……なら、言い換えるよ、ぉ……お前は確かな生きる意味を抱いて『生きている』のか……それとも、蒙昧にただ時間の中に『生かされてる』のか……
僕が知りたいのは、それだけさ……ぁ……!」
「……なるほど」

改めて問いの内容を繰り返す青年に、魔術師はすっと目を細めていく。

(……それだけが、お前の望む全て……か。)

なんとなく、理解した。
青年の醸し出す不穏な雰囲気は、青年自身が口にする様に、その問いに全てが含まれている。
答え如何によっては、回答者はただでは済まないのだろう――――それを如実に青年は、匂わせていた。

「……手前は、恐らく『生かされている』のだろうな……」
「……ッ」

返答――――魔術師の答えは、後者だった。それを聞いて、青年の瞳がギロリと魔術師へと向けられる。

「……いや、その答えは恐らく正確じゃない……
本当だったら……『死に損なった』と言うべきなのかも……知れない」
「……それは、どういう意味で……だい……ぃ?」
「……もう手前の生きていく希望、喜びは……二度と戻って来ない……そう言う事だよ……」
「…………ッ!?」

魔術師は、返答を訂正する。その答えに青年は、驚愕した様子で顔を上げた。
――――『生かされている』人間。それを粛清し、命の枷から『解放』する。そして、『価値有る命』によって命の尊厳を高める――――。
それこそが、青年の行動原理。その手を数多の血で汚してきた動機。全てを失ったが故に手に入れた、自らの使命。
だからこそ、魔術師が最初に『生かされている』と答えた時には、殺意が湧きおこった。自らの命の価値を貶める、『解放』しなければならない人間なのか、と。
しかし――――生きていく希望を失った。その返答には青年もたじろがざるを得なかった。
まるで、全てを失った自分に、重なる様な言葉だったから――――。



「……話のついでに、手前からも聞かせてもらって良いかな?」
「……一体なんだい……ぃ?」

この魔術師の返答を、どう解釈すべきか。それに悩んでいるところに、逆に魔術師から青年へと問いが向けられる。

「……お前は、この世界をどう見るの……?」
「……どういう、意味だい……ぃ?」
「この世界は……絶望の淵の様なもの……そうは、思わない……?」
「……僕と、近いかもしれないね……ぇ、その見方……」

魔術師の問いは、むしろ何かを話す為の前置き、と言う趣が感じられた。青年は、問いに答えながらも、続く言葉を待つ。

「……お前は、生きる中に、どんな希望を見出す……? あるいは、どんな絶望を……」
「……希望…………僕は、命の尊厳を高められる事を、望んでいるよ……ぉ
その為には、蒙昧に生きてるクズどもが、この世界に邪魔なんだ……ぁ!
……絶望は、世界が今こんな事になってる事、そのものじゃないか……ぁ?
……どれだけ尊い命でも……簡単に、欲望や蒙昧……それに悪心に、蝕まれて、貪られてしまうんだから……ぁ」
「…………そうか…………」

青年の言葉は、魔術師にはどう受け止められたのだろうか。答えを飲み込んで咀嚼するように、魔術師は軽く顔を俯けて、数瞬の沈黙を見せる。

「……こんな所で、こんな風に会ったのも、何かの縁だ……だから、お前の意見を聞きたいんだ……
――――人間と言うのは、絶望の淵をたゆたう深海魚の様なものだ……希望と言う名の光は、手の届かないところにあるだけ……
無闇にそれを触れようとして、飛び上がれば……深海魚は、水圧の差によって、爆ぜて死ぬ事になる……
……希望と言うものを無闇やたらに追いかければ、その先に待つのは破滅……そうは思わないか?」
「……!?」

魔術師は語る。恐らくは、自分自身の信条を。
それは、青年にとっても斬新で、衝撃的で――――どこかに、引き込まれるものがある、そんな言葉だった。

「……希望を求める事は、罪なんだ……あるべき己を捨てようとしている、と言う……ね
人間にとっての希望とは、決して触れ得ざるもの……手前らに与えられたのは、絶望と言う居場所だけだ……
お前は言った……『世界がこんな事になってる事、そのもの』が、絶望なんじゃないか……と」
「……人間が、その中でどう生きるべきか…………それが、お前の言いたい事なのか、ぁ……?」
「……鋭いね。その通りだ……」

青年と魔術師――――この2人には、いささか特殊な死生観・生命観を抱いていると言う、不思議な共通点があった。
故に、互いの問題意識とでも言うべきところも、合致するのだろう。青年は魔術師の言うところを容易に斟酌する。

「……こうは、考えられないか……?
絶望の中で、せめてもの『救い』を得る事……それが、人間にとっての、もっとも幸せな形なんだ……と……」
「……それは、この『絶望の世界』に在る事を肯定して……その中で、喜びを見出そう……って言う事かい、ぃ?」
「……その表現は、割と正鵠を得ている……そう思うよ……手前の言いたい事を、おおよそ斟酌してくれている……」

青年の理解は、割とすんなり了解されたようだ。それを悟って魔術師は、わずかに表情を明るくする。
――――似た思考回路を持っている。それは、似た目的意識を持っている、とも言う事が出来る。
あるいはこの青年なら、自分の言葉を、理解するだけにとどまらず、納得してくれるのではないか――――と。



「……僕は嫌だね……そんな考え方は……!」
「……ッ!?」

だが――――青年の口から出た言葉は拒否だった。魔術師の表情が、すぐさま再び明るさを失い、厳しいものになる。

「……そんな命、輝いているとは言えない……! 誰も彼もが無難に、諦念の中で生きてるだけじゃないか……ぁ!
そんな世界で、『個』の尊重は出来るのかい……ぃ!? そんな世界で、人間は人間らしく生きられるのかい……ぃ!?」
「だが、この世界を絶望たらしめていると、お前は賛同した……! その事実はお前も認めているはずだよ……!
欲望や悪心が、命の尊厳を蝕んでいるんだって……お前はそう言っただろう!?
それはつまるところ、人間にはあり得ない『希望』を渇望したからなんだ……! 極端なプラス志向が、反動としてマイナスを生み、歪んだ世界が絶望をもたらす……!」
「だからと言って『希望』が全て悪とは限らないはずだよ……ぉ!」

近しくとも、重ならぬもの。近しいが故に、認められないもの。
同じような認識を持っているからこそ、些細な差異が、些細であるはずのそれが、決定的な差異と化す。
2人の言葉は、それ故に激昂していき、論戦として場に現出する。

「世界を歪めるのは、『不可能概念の希望』なんかじゃない……『命の尊厳の喪失』だ……ぁ!
本当に人間が、人間たりうる生き方さえすれば、『希望』は決して手の届かないものなんかじゃない……ぃ、ないんだぁッ!
その足を引っ張るのは……盛大に人間を堕落させるのは……己の存在意義すら見失ってる『価値無き命』の方じゃないのかいぃッ!?
お前は知らないのかいぃ!? 何かを成し遂げる、そんな力を持った人間を……ぉ! そんな力が連綿と紡いできた、一筋の光をぉッ!?」
「……確かに、その言葉には一理がある……! だけど、そんな風に全てを削ぎ落とし、切りそろえていく事なんて、出来る訳が無いだろう!?
それに、この世界に絶対は無い……それはつまり、永続するもの……『常住』足る存在も、無いって事だ……!
永遠なる『命の尊厳』なんて、時の流れの前には無力だ……! 君の命だって、そうだろう……! 君の言葉や思想だって、そうだ……!
人間が何かを成すのは事実だ……だが、そんな尊厳を持った人間が、永遠に生きられる訳もない! その功績も永遠じゃない! そんなものがどうして『希望』足り得るんだ!?」
「……ッ!!」

互いの言葉が、互いに刺さる。相手の言葉が、身に迫ってくる。
――――相手の反論を、互いに理解でき、そしてその実例を知っているからだ。

(…………アルベルト先生…………!)

――――魔術師には、師匠がいた。
自分に生きる力を授けてくれた、恩人だった。
その対象は、自分だけに留まらない――――多くの、とまでは言えないが、決して少なくはない仲間たちに、同じく力を示してくれた。
今、最も親しい『相棒』も――――『絶望』をほんの少しでも遠ざけてくれる『救い』足りうる存在も、同じ師匠に師事していたから、出会ったものだった。
その存在も『永続』するもの、『常住』たるものではない。それでも、絶望の海を生きていく力を与えてくれるに足る、大切な絆だった。

(…………サーシャ…………!!)

――――青年には、恋人がいた。
既にこの世を去った、失われた命だった。
その最後は、無残なものだった――――あんなところで命を落とすべきではなかった。あんなところで命を落とすとは思わなかった。
このままずっと続くと思っていた――――そんな日常も、呆気なく壊されてしまった。自分の道を生きる道を見つけたいと言っていたのに、追い詰められて自爆して果てた。
そんな求道に燃えていなければ、あの時死地に入る事も無かったのかもしれない。それでなくとも、愛おしく思っていた事に変わりは無い、大切な存在だった。



「……なんだ…………僕は、お前を見誤ってたよ……ぉ」
「……?」

ポツリと――――青年は魔術師を見据えて呟く。その表情は、どこか穏やかだった。

「……お前、十分に『生きてる』じゃないか……ぁ
人間が、人間のままで生きて……そのままで、より良く生きる道を探して……それを、広めようとしているんだろ……ぉ?
じゃなきゃ……あんなに力のある言葉を、口にできたりは……しないよ……ぉ」

青年の求める『価値有る命』――――魔術師は、十分にその範疇に含まれると、青年は認めたのだ。
似て非なるからこそ、交われない。しかし、近づく事は出来る。
例え見出した解法が違っても、同じ様な意識を持っていた。だからこそ、互いを踏み込む事が出来た。
故に、青年は魔術師を『認める』に至ったのだ。

「……まだだ。まだ手前の言葉は、何かが足りない……!
……わずかなプラスとマイナスはあっても良いんだ……だが、世界を歪めるほどのプラスとマイナスは、あってはならない……
その事を、どう言葉で表現するのか……手前にはまだ、分からない……だが、お前との語らいで、何かが掴めた気がする……礼を言うよ」

魔術師にとっては、己の抱く真実の答えは変わらない。
だが、かつてここまで、共通の理解を以って論を交わす事の出来た相手はいなかった。
同じものを見ているからこそ、青年の言葉は遠慮なく魔術師の中へと入ってくる。
それを認めて、魔術師は青年へと礼を述べる。

「……手前は、もう戻るよ……まだ、仕事の途中なんだ……」
「あぁ…………好きにすると良いよ…………僕は、止めはしない……ぃ」
「……縁があれば、また会おうよ……」
「……その時には、敵でないと良いけどね、ぇ……お前の試みが、一歩でも前進する事を、祈ってるよ……ぉ」

魔術師は、やがてその場を立ち去る。仕事で探しものをしている、と言っていたが、とんだ道草となってしまっていた。
その背中を、青年はじっと見送る。そこに、敵意や殺意と言った、狂気から生まれる害意は、全く含まれてなかった。

今の世界の在り方を否定し、共にそれぞれの方法論を用いて、世界を良くしていこうと言う2人の人間の邂逅は、こうして幕を下ろす。
この二者の遭遇に、どれだけの意味があったのかは分からない。大きな意義があったのかもしれない。全く意味の無い戯事だったのかもしれない。
ただ、2人がそこに意味を感じている事は、確かだった。そして、2人にとってはその認識だけが重要な『事実』だったのだ。

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最終更新:2013年03月19日 16:36