レグルス=バーナルド、本編以前のエピソード0的な何か。後編
SSスレに投下したものを一部修正したものです
――――かつての惨劇から2年後。
居丈夫レグルスは、山賊団の首領として、それからも領主の軍と戦い続ける日々を送っていた。
今や、対等とは言えないながらも、領主を相手取って相応に戦える勢力になっていた山賊団は、尚もかつての搾取に対する怒りを、その原動力にしていた。
だが、徐々にその色合いは、変化の兆しを見せていたのも事実である。
時がたてば、その怒りも薄れる。そうして志を失えば、ただの『賊』に成り下がる事も、珍しくは無いだろう。
だが――――この山賊団に限って言えば、その結束の元手となったのは、レグルスの采配だった。
先頭に立ち、真っ向から敵と戦い、頭領となった6人の仲間たちの知恵を借り、常に対等の戦いを演じて見せていたのだ。
そして、そんなレグルスが、未だに熱意を忘れない1人だったからこそ、山賊団は未だに抗民勢力として存続していたのである。
――――しかし、それにも変わる時がやってきた。
「親分! 道を通る奴等がやってきますぜ! 4人です!」
「そうか。また近道のために来た類だな……? 左右を固めて取り囲め! 俺自らが出る!」
その日、レグルスは部下の報告を受けて、縄張りへと侵入した人間たちへの対処に当たっていた。
山賊らしく、その領域を侵す者は力で以って排除していたのである。
もっとも、彼等は相手が引き返すなら、それを認めていたと言うのが、いささか特殊な部分だろうか。
主な収入源を、領主との戦いに求めている、レグルスの方針だった。
「さて……行くか……!」
かつての樫の棍とは違い、金属製の棍棒を携えて、レグルスは砦を出る。
少人数で現われたと言う事は、腕に覚えのある人間なのだろう。ならば、同じく腕に覚えのある自分が向かうのが一番だ。
「親分!」
「おぅ……アレか」
「へい……あのまま、遠巻きに立ち止まってるようです……」
山道に展開した山賊団の一隊と接触したレグルスは、緩やかな下り坂に、纏まっている4人の人影を認める。
向こうもこちらの様子を窺っているのだろう。その姿を確認すると――――。
「あ……? ありゃ、魔術師の類か?」
「そうみたいですね……大方、旅路でここに踏み入ったって所でやしょうか……」
4人の旅人は、みな揃いのデザインのコートとハットを身につけ、その手には思い思いの道具を携えている。
先導しているらしい男の手に持つ、ごつい杖を見る限り――――典型的な『魔術師』の風貌と言えた。
「どうしやしょう……魔術師となると、単なる殴り合いじゃ、済まないかもしれやせん……」
「……俺が行くさ。お前らは包囲を崩さなきゃそれで良い……手出しするなよ?」
「で、ですが親分に何かあったら……!」
「だからこそ、だ……いざとなったら逃げ帰りゃあ良い! 無駄死にするぐらいなら、俺1人ぐらい見捨てりゃいいだろ!?」
「親分……!」
「安心しろ……そう簡単に行くかってんだ……!」
物怖じする部下をその場に残し、レグルスは1人、眼下の集団の前へと躍り出る。
この場合、『数』はこけおどしに過ぎないと、レグルス自身も考えていたのだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……おーし、よく聞けよそこの連中」
「……………………」
1対4。レグルスは魔術師の一行と対峙する。
先頭に立つのは、壮年の男性魔術師――――どことなく『賢者』の風格すら感じさせる、長い白髭を蓄えた男だ。
その背後で息を飲むように控えているのは、赤毛をポニーテールにした女と、シャープなメガネをかけた長身の男、そして傍目に男女の別が分かりにくい中学生程度の子供。
控えている面々はみな若く、先頭に立つ魔術師に従事しているらしい事を窺わせる。
「お前らこの先の街に用があるんだろうが、この道は俺たちのテリトリーだ。大人しく引き返して遠回りするか、有り金全部置いてくんだな!
命まで取ろうなんざ、言わねぇからよ!!」
棍を構えながら、レグルスは吼える。山賊が口にするにしては、いささか美辞麗句の様にも取られかねないが、偽りの言葉ではなかった。
――――この土地に限って言えば、旅人を襲うよりも領主の不当な蓄えを収奪する方が、よっぽど稼ぎになるのだから。
「……ほほ、随分と腕白じゃな。その意気や善し、じゃ……」
壮年の魔術師が、一歩前へと出る。気圧されている事が一目で分かる背後の3人に比べて、好戦的な笑みすら浮かべているその姿は、対象的だ。
「……腕白って……俺はガキじゃねぇんだ。小僧の遊びみたいな言い方、しないでもらおうか……!?」
「わしからすれば、同じ事じゃよ……10だろうが30だろうがの……そうやって無駄に跳ねッ返っても、しょうがないと分からんか?」
「――――ッ、てめぇ!!」
その余裕の態度が鼻についたのか、レグルスはより威圧的な言葉をぶつけるが、男から返ってきたのは冷笑を伴う嘲りの言葉。
思わず激昂したレグルスは、手にした棍で殴りかかる。とても頑健には見えないこの男なら、一撃で――――。
「……っ、……ぁ、……むぅん!!」
「――――なっ」
その数瞬、男は口元でモゴモゴと何かを呟いていたが、棍が届こうと言うその瞬間に、同時に杖を振るう。
そこにあった光景に、レグルスは思わず絶句する。殴りつけたはずの男の身体が、岩の鎧を纏っていたのだから。
傍から見れば、人間サイズのゴーレムの様な姿となって、その硬い装甲が棍を完全に受け止めていた。
「驚いても仕方なかろう? お前さんが身の程をわきまえずに拳を振り上げた代償じゃよ……――――――――そらぁッ!」
更に男は杖を振り上げる。
――――背後から、ドドドド――――と言う轟音が聞こえてくる。しかも、その音はどこか籠った響きに感じられた。奇妙な反射をしている様な――――。
「お、親分ッ!」
「何ッ!? ――――――――しまった……!!」
振り返った時、レグルスは何が起こっているのか瞬時に理解した――――同時に、己の敗北も。
巨大な岩の壁が、自分たちと周囲の山賊を分断していたのだ。これでは、レグルスは1人孤立した格好になってしまう。
まして、この男がこんな『小細工』の魔術しか使えないはずもない。こちらを攻撃する方法は、いくらでもあるのだろう。
「…………魔術って奴を、甘く見てた……ぜ…………!」
力なくその場に膝を折るレグルス。事ここに至っては、己の敗北を認めるしかなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ふむ……ではわしらは、遠慮なく通らせてもらうぞ? 無論、この期に及んで邪魔をするなら……分かっておろうな?」
「……く!」
「親分……」
壁が解かれ、一行は何事もなかったかのように澄ました表情をしていた。一方、周囲の山賊はこの世の終わりの様な表情をしている。
――――レグルスの敗北。その事実がどうしても信じられなかったのだ。
(……俺の棍が、何の役にも立たなかった……。我流の気が強いとは言え、これでこの2年間、戦い抜いてきたのに……!)
打ちひしがれるレグルス。それは状況に対してだけではない。己の無力さに対してでもあった。
(……魔術ってのは、そんな力があるのか…………いざとなったら、どんな武器よりも……?)
戦場を駆け抜けてきた己の姿を思い出す。そしてつい先ほどの
出来事をそこに重ね合わせる。
力――――これは、圧倒的な力だ。
「……………………ッッ!!」
「お、親分……!?」
弾かれるように飛びあがると、レグルスは魔術師一行の前に跪く。その姿に、山賊たちは困惑の色を見せた。
「た……っ、頼む!! 俺にも魔術を教えてくれ!! 俺も……俺も、連れて行ってくれ!!」
必死の表情で頭を下げるレグルス。どよめく周囲の声など、全く気にならなかった。
魔術師の男は、静かな眼でそんなレグルスを見下ろす。弟子らしき3人の魔術師も、大なり小なり、驚いているようだった。
「俺は……俺は、学はねぇ!! 字を読むのがやっとの、無学の体力馬鹿だ! でも……俺は、修めたいんだ、今見た力を!!
だから……どうか、学ばせてくれ……!」
纏まらない思いの丈を、それでも何とか口にして伝える。
棒術を始めた時もそうだった――――自分のモノとして修めたい。その衝動がレグルスを突き動かした。
あの時の憧憬を、今は魔術に対して抱いたのだった。
「……お前はその力で、誰かを害するのではないか?」
「俺が山賊やってるのは、領主のせいで村を丸ごと殺されたからだ! 誰も彼もを襲うなんて、そんな事を考えちゃいない! 俺はただ、自分を磨きたいんだ!」
「……それが嘘か真かは、追々見極めればそれで良いとして……お前はこの山賊の頭だろう? 残された山賊はどうするのじゃ?」
「そ、それは……解散だ! 今日を以ってこの山賊団は解散させる!!」
この魔術師に従事するためなら、何でもやる――――レグルスは、自ら率いて、育ててきた山賊団すら捨てると、堂々と言い放った。
「親分、何言ってんすか!」
「……今まで領主どもから分捕った分、蓄えてあるんだろ……? アレを均等分配する。そうすりゃ、金に困って……なんて、ねぇだろ!?
それに、無秩序な盗賊集団にする訳にはいかねぇんだよ……この伯爵領から出さえすれば、恐らく大丈夫だ!
ここの統治が良くないって事は、噂としては
風の国中に広まってる……よその土地にさえ行けば、真っ当にやり直す機会なんざ、いくらでもある!」
残される山賊たちとレグルスの応酬に、やはりざわめきが広がる。方針転換と言うには、あまりにも急転直下過ぎる。
そうした反応も、無理からぬ事だった。
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「……レグルス、分かった。お前の言うとおりにするよ」
「ふ、副首領!?」
そのざわめきを破ったのは、古くからの仲間――――たった7人での戦いを誓い合った、かつての村の仲間たちだった。
「後の事は、心配しなくていい。俺たちが、後腐れの無い様に始末してやるから……
それに、お前のおかげなんだ……お前のおかげで、俺たちは領主に『一矢報いる』レベルじゃない……『一太刀浴びせる』勢いで、恨みをぶつける事が出来た……
俺たちが泣き寝入りしなかったのは、全部お前が俺たちを引っ張って、導いて、戦ってくれたからだ……
そんなお前が望むなら、俺たちは言う様にするよ……レグルス。これを、せめてもの恩返しだと、言わせてくれ……」
「お前ら……すまねぇ、ありがとうな……!」
仲間の言葉に、レグルスは思わず胸が熱くなるのを感じた。自分は、こんな良い仲間に恵まれていたのだと。
無責任に山賊団を放りだす、そんな自分を祝福してくれる。思わず嗚咽が漏れそうになるのをこらえて、レグルスは改めて魔術師に頭を下げる。
「……この通りです。俺がここから居なくなったとして、それが原因で周りの住人に迷惑をかけるような事は、させねぇ……!
どうか……どうか……!」
「…………随分、慕われておった様じゃな…………」
静かに、足元に跪くレグルスを見下ろす魔術師。だがその口元には、微かな微笑みが浮かんでいた。
物欲ではなく、己の想いの為――――それだけにここまで自分を進ませる事の出来る眼前の男を、好ましく感じていたのだ。
そして、周りから慕われている様子を見て、ただの荒くれには終わらないとも、感じたのだろう。
「よかろう……ついて来るが良い。お前さんに魔力の素質がなければ、何を教えようとも無駄じゃろうが……お前さんならもしかすると、それすら乗り越えるかもしれんからな……」
「ッッ、ありがとうございます、師匠!!」
しゃがみ込んで、レグルスの手を取る魔術師。レグルスは、傅く様にその手を握り締めた。
「で、お前さんの名前……まずはそこから教えてもらおうかの?」
「……レグルス。レグルス=バーナルドです。師匠……!」
「うむ……わしはアルベルト=フォルス…………よろしくな、レグルス」
「はい、アルベルト師匠!!」
立ち上がらせ、改めて握手を交わすレグルスと、魔術師――――アルベルト。
周りを囲む山賊団は、そんなレグルスの姿に、眩しいものを見る様な視線を向けていた。
――――こうして、風の国の一地方で力を振るっていた山賊団は解散し、首領レグルスは、一学徒としてアルベルトに従事する事になる。
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「…………………………………………」
――――――――深く、深く、己自身の内へと迫る――――――――。
全ての意識を滅却し、肉体の束縛や感覚から離れ、魂のみの境地へ――――。
「……レグルス……………………レグルス…………?
…………眠っておるのか?」
――――――――深く…………深く……………………ッ――――――――。
「…………しっかり、せいッ!」
「……ッ」
「む……おっ!?」
――――暗室で座禅を組んでいたレグルスの肩に、アルベルトの杖が振り下ろされる。
しかし、レグルスはその杖が肩を打つ前に、右手でしっかりとキャッチしていた。アルベルトが驚きに目を見張る。
「……なんだ、眠っておった訳ではないのだな…………すると、わしを無視しておったのか?」
「いや……失礼ながら、師匠が入ってきていた事に、気付きませんでした」
「嘘をつくでない。そこまで深く瞑想しておったのなら、こんなに簡単に受け止められるはずがなかろう。それに、今のお前さんがそんな境地に至るにはまだ――――」
「師匠……お言葉ですが、俺はこの杖が真剣である様な状況で、2年間戦い続けてきたんでさ……
身に迫る刃を避ける事は、生き残る基本です……身に、染み付いてるんでさ」
「…………ほぉ」
――――魔力の修練の為の瞑想。その行を行っていたレグルスの言葉に、アルベルトは感心した様子で、振り下ろした杖を納める。
(……一辺の武骨者の言う言葉ではあるが……この分なら、成長は早いかもしれんな……
後は、座学での知識の方さえ汲み上げてくれれば……案外、レグルスの伸び代は大きいかもしれん…………やはり、ただでは終わらんかもしれんぞ……!)
「…………程々にの? 身を追いこむのは修練の内じゃが、身体を壊せとまで言ってる訳ではないのだからな……」
端的に言えば、これまでにないタイプの弟子の有様に、アルベルトは期待をかけたのだ。レグルスは、思いもよらぬ成長を見せるかもしれないと――――。
「……分かっております。師匠…………」
部屋を出ていくアルベルトの背中に一礼を返しながら、再びレグルスは意識の中へと潜っていく。
物質を離れた領域に――――その先に、魔の力の原動力が、もう少しで垣間見えるかもしれないから――――。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「…………………………………………」
「――――レグルス? おーいレグルスー?」
――――――――深く…………深く……………………ッ――――――――。
「レーグールースッ! 無視しないでよ!!」
「ッ…………な、なんだアイシャ先輩か……瞑想中に脅かすのは止めてくださいよ……ただでさえさっき、師匠が来たってのに……」
「さっきぃ? もう半日経ったんだよ? 正餐の時間だから早く来てよ。みんな待ちくたびれてるんだから……」
またも、深く意識に潜り過ぎて、側に来ていた仲間の声に気付かなかった様だ。赤毛の先輩が、レグルスの隣で頬を膨らませている。
「正餐……!? もう2日経っちまったってのか!?」
「そうだよ。だからレグルスも早く来なさいって! ずっと飲まず食わずでしょ?」
――――修行に専念すると、どうしても生活リズムやバランスが崩れる。それを防ぐために、アルベルトは2日に1回、一部の例外を除いて全員での食事――――『正餐』を義務付けていた。
断食行や、特別に許可を受けた瞑想以外で、この『正餐』を無視する事は出来ない。
「あぁ……分かったから、先に行っといてくださいよ……消化の行をやってから、すぐ行きますから……」
「……5分経って来なかったら、師匠だけじゃなく私からもお説教だからねー!」
瞑想や睡眠学習の類は、ちゃんと段階を踏んで終わらせなければ、自律神経などに悪影響を残す。
言わば、運動の後のストレッチの様な位置づけで、意識をしっかり覚醒させる手続きが欠かせないのだ。
赤毛の魔術師は、それをちゃんと弁えているのだろう。釘を刺しつつも、素直に部屋を後にした。
「……どうじゃったアイシャ、レグルスの様子は……?」
「声をかけても気づかないぐらいに、意識を落としてましたよー。居眠りしてた訳でもないみたいでしたけど……」
「うむ……やはり、苦行系の飲み込みが早いの……レグルスは…………」
食卓には、既にレグルスを除いた4人が揃っていた。アルベルトはレグルスの様子を聞いて、満足げに頷く。
「ですが師匠……本当に良かったのですか? あの様な狼藉者を、弟子に迎えたりして……」
「ジャミル、人は変わるもんじゃよ? 恐らく……わしの下での修業は、アレの更生の役にも立つじゃろうて……奴自身、悪心を抱いておる訳でもない様じゃしの」
「ジャミルこそ、レグルス君に倣った方が良いんじゃないの? 『男児三日会わざれば~』って、ジャミルが言ってる事じゃん。レグルス君だって、そうなのかもよ?」
「そ、それは……くっ。分かったよアイシャ……」
「…………レグルス…………きっと、手前らよりも、凄くなる…………」
「アルク……?」
レグルスの評価は、弟子たちの中でも難しいものがあった。やはり、その物騒な経歴が、賛否両論を巻き起こす元になっていたのだ。
だが――――沈黙を守っていた弟子、外見に留まらず、その体格や声音まで中性的な少年は、ポツリとレグルスを高く評価する。
「そうじゃな…………わしも、アルクと同じ様に見るぞ……。開花するかは別として、秘めている才能は、恐らくわしが見てきた弟子たちの中でも、かなり高い……」
「……………………」
静かな瞳で弟子3人を見据えながら、アルベルトは口にした。弟子たちは、その言葉の重みに沈黙する
「――――申し訳ないです! 遅れました!」
その沈黙を破って、レグルスは食卓へと参じる。この時はまだ、武骨者な魔術師の卵でしかなかった――――――――。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(…………やっぱ、色々と思い出しちまうぜ…………。でもま、それこそ本当に色々だなぁ…………)
ふと過ぎる過去の回想から、意識を引き戻す。
気がつけば、会議室の中では、小さなざわめきの様なものが広がっていた。
「……あの2人が……?」
「そう……魔術だけじゃなくて、武器をとっても戦える、高弟の2人……」
「武骨者が、付け焼刃の魔術を使うとか、魔導具に頼りきりとか……そう言うのとは一線を画した、本当の『魔法戦士』……」
「先輩達が良く言うだろ? あの2人は『アルベルト流魔法戦士術』の使い手だって……」
どうも、自分の姿を見て、こそこそと噂を交わしているらしい。あまり良い気分のするものではないが――――評価を受けるのは、悪くない。
「ハッ……俺ら噂になってるな、アルク?」
「…………」
横の座席に座っていた、対になって語られる『相棒』に、こそっと声をかける。
「……どうでも良い事さ。手前にとってはね…………それよりも、早く先生に御挨拶したいよ……」
「……相変わらずだなぁ、お前って奴はよ……」
水を向けるも、柳に風と流されてしまう。もっとも、こんな事は何度も繰り返してきた事に過ぎない。
――――村の体力自慢が、今では魔術の一流派の、ギリギリとは言え高位の弟子扱いだ。
それを思うと、また違った感慨が胸に湧いてくる。
(……師匠に出会わなかったら、俺は今でも故郷で、あのクソ領主とやり合い続けてたのかね……?)
自分がこの道に至ったのは、あの時アルベルトと巡り合ったから。その巡り合わせがなければ、自分はどんな生き方をしていたのだろうか。
――――今でも、故郷の領主に対する業腹は治まらない。恐らく、その怒りが冷える間もなく、抗民で在り続けたのだろう。
そして、まかり間違えば――――戦場で、命を落としていたのかもしれない。
(……本当に、感謝しなきゃな……師匠には)
無頼を気取った生き方は、そう変わった訳でもない。だが、今は少なくとも一角の生き方が出来ている事は間違いない。
それを思えば、あの時自分を拾ってくれたアルベルトには、感謝してもし足りなかった。
「――――みんな待たせたな。前置きは抜きにして、早速会合を始めよう…………」
「――――――――!!」
会場に、アルベルトが姿を現す。それを受けて、会場の弟子全員が席を立ち、アルベルトを迎える。
――――それぞれに、尊敬や感謝の念を、アルベルトに抱いているのだろう。先ほどまで雑談に興じていた面々も、表情を引き締めて。
心新たに、魔術師としての己を再確認し、初心に帰る為の時間の、始まりだ。
最終更新:2013年03月19日 16:52