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<harmony > plan>-嵯峨野鳴海の提言

「総ての人間は、此の二重に絡まる螺旋に於いて定義されている。
我々の頭脳、体格、能力といった、"我々を我々たらしめる総て"は此の螺旋に則った産物である。
──そう、我々は言わば嫡子であるのだ。螺旋によって産み落とされた、運命の赤子であると。」


嵯峨野 鳴海は周囲を見渡す。聴衆は静かに耳を傾け、彼の演説を聞いているのだろう。
其の誰もが皆冷たい双眸をしている。爬虫類の様に、実験動物を観る研究者が如く。
須らく壊れている。嵯峨野は内心自嘲気味に嗤った。深い闇に対峙する中で少しずつ、少しずつ摩耗していくのだ、と。
嘗て彼に『調停官』の座を譲る際に、先代がそう言っていた。
掌から砂が零れるように、体温に雪が溶けるような柔らかさで、人間として大切なモノが摩耗していく、と。
『公安』と云う組織。闇に触れるフロントライン、此処に居る多くの人間はとうに喪っているのだろう。
抜け殻だ──魂の。際限なく増幅した欲が食らい尽く為たが如く。


「しかし、螺旋は絶対的な物であるが故、時として悪徳すらも遺伝させてしまう。
何故人は罪を犯すのか──其れは、其の螺旋に罪の因子が、刻々と刻み込まれているからだ。
犯罪者が犯罪者を産み、犯罪者を育てる、ならば誰かが剪定しなければならない。」
「端的に云うならば、この"剪定"こそが<harmony/plan>の肝要で在る。
螺旋から因子を取り除き、剪定する。空気が限り無く濾過される如く、次世代、次々世代と、繰り返し、繰り返し、剪定を重ねる。
其の先に在るのが、調和の取れた平和な楽園で在る、と。」


微かに騒めきが挙がった。極小数は嵯峨野の語る計画に付いて理解出来たのだろう。
大部分の人間は未だ静かだ。考えているのか、解らないのか。
<harmony/plan>──此の場を設けた真意が之だ。
『黒幕』に取り入る『公安』や『パトロン』の人間、彼らに示すのは嵯峨野自身が進めているプロジェクトについて。
協力者も、支援も幾ら在っても不足する事は無い。
此処に居る人物は各々が大きな力を持っている、其れが故に態々赴く意味が在るというもの。


「賢明なる諸兄であれば推察が着くだろ<harmony/plan>の大きな欠陥に付いて──ご明察の通り、時間が掛かり過ぎる。
人が子を成し、其の子が次の子を成すまで10年は係る。
勿論永い歴史からして見れば誤差の範囲ではあろう、我々の国家に於いて、其れは恒常的に続けていく。」
「だが──肝心なのは其処では亡い。<harmony/plan>の肝要とは、我々が螺旋に対し直接介入する事に在る。
螺旋に於ける、罪の因子。傲慢、貪欲、嫉妬、憤怒、色欲、貪食、怠惰────其等に分類される因子を取り除く、其処に在る。
其の操作を我々は<harmony/protocol>と名付けた。」


遺伝子操作自体は多くの研究機関で行われている。人為的に操作を加えた遺伝子から作られた子供達。
<harmony/plan>自体は特に無理のある技術では無い。事実嵯峨野が子飼いにしている企業で行われている。
然し、嵯峨野自身が言っている様に時間がかかるのだ。
其れは分かっていた。剪定を続けていけば、やがて調和の取れた人類種が生まれる。
けれども、と──嵯峨野は内心で付け加えた。其れは自分の理想ではないと否定する。
救いたいのだ、私は。今の人類も。不幸にも犯罪の因子を持って生まれた悲劇の子達にも救いを与えたい。
私が構築したいのは未来に於ける理想の国家ではなく、今に於ける理想の国家なのだから。


「<harmonoy/protocol>を適用する事で、螺旋に於ける因子を取り除き、我々を浄化する事が可能なので在る。
此処に於いて我々は完全な秩序を達成する。平穏な調和の取れた世界、苦しみも恐怖も亡い、美しい世界。」


再びの騒めき。嵯峨野の目が微かに細められる。モルモットを見る目と大差はない。やはり今の人類では──内心に思った言葉は口に出さず。
質問の手が挙がった。若く優秀そうな官僚だ。矜恃の高そうな目付き。放っておけば直ぐに出世する人間だ。嵯峨野は答える。


「──鋭いな、其の通り、此の技術は未だ発展途上だ。
単純な副作用か──或いは、禁忌に触れる反作用か、既に出生した人間に<harmony/protocol>を適用すると、尽く幻覚を訴える。
「自分の中に自分では無い何かが居る」と────。」


瞑目する。最初の日を思い出した。理論は完璧であった。然し──。
思い出したくはなかった。思い出す度に胸が掻き毟られる様な感覚に陥る。
完璧であった自分の理論が否定された瞬間、今ある地面が崩れ落ちていくかの様な感触。
宙ぶらりんに浮いた夢だけが支えであった。


「幾つかの可能性の中で、最も高いものが、即ち──螺旋が生み出した本来の自我が、現在の自我を貪っていると云う可能性だ。
現在の<unharmonic/欠陥的>自我は、環境に依って変容したモノであり、
本来の<harmonic/調和的>自我とは大きく乖離しているのである。
其れに依り被験者は尽く発狂した、自我が在ろうと、脳の回路が焼け切れて仕舞えば、話す事も考える事も能わぬ癈人と成って仕舞う。」


其れは運命か、禁忌に触れる代償か。現在の人間が持っている自我は環境により構成されている。
家庭環境や生育環境、多くの外的要因に依って構成されているのだ。
其の自我は本来遺伝子によって生み出された自我と乖離していた為、現在の自我が食べられる原因となった。
ならば──と嵯峨野は考えた。


「────故に策を弄した。<harmony/plan>の中にプログラム<NTD/program>を組み込み、
一時的に現在の<unharmonic/欠陥的>自我を消去するプログラムである。
結果、被験者は再び「自分の中に自分では無い何かが居る」と主張した。」
「然し、之は<unharmonic/欠陥的>自我を<harmonic/調和的>自我が貪っているのでは無く、
<harmonic/調和的>自我を<unharmonic/欠陥的>自我が汚染しようとしているプロセスであったのだ。」
「逆転の発想だ。後は<unharmonic/欠陥的>自我を<NTD/program>で焼却し続ければ、
我々を我々の<harmonic/調和的>自我に依って再構築する事ができる。」


Orwell社の開発した<NTD>──記憶の書き換えを可能としたデバイスで、一時的に現在の記憶を消去する。
其の後<harmony/protocol>を適用する事により、遺伝子から生まれた本来の自我が其の人間を支配できる。
其の後起こりうる乖離反応、其の原因はかつて持っていた自我に在る、
ならば其れを<NTD>を用いて焼却すれば、遺伝子から生まれた本来の自我がその個人を支配できるのである。
聴衆から騒めきが再び漏れる、殆どの人間は理解も出来ていないだろう。


「以上が私の提言する<harmony/plan>の概要で在る。
この計画は"Orwell社"の技術が無ければ完成しなかった、両者に此の場を借りて感謝したい。」


嵯峨野が会議室を後にすると、前方から歩いてくる姿が見えた。
御船 千里』──『水の国警察 異能捜査特課』の管理官である。
サングラス越しの視線を嵯峨野に向けてきた、首尾はどうだ、と言わんばかりに。
嵯峨野は一つ頷くと、御船と足並みを揃え歩く。
二人が向かう先は『製薬会社』──<harmony/group>の地下であった。


「────あぁ、其の通りだ。委員の皆様には肝心の部分は伝えていない。此の計画は未だ発展途上で在る、と。」
「第一に<NTD/program>。此の技術が未完成である以上、真の<harmonic/調和的>自我は生まれない。
此の為にも我々は"Orwell社"に協力し、ロバート・フォルケンの足取りを追わなければならない。」


階段を下りる、錆びた鉄の匂いが強くなる。無表情の二人であったが、僅かに眉を顰める。
何度来ても、と嵯峨野は内心呟いた。此処の空気には慣れない、と。


「次に<harmony/protocol>に関してだ。
委員の皆様は如何様に想像していたかは知らないが、今のシステムでは恐らく賛成は得られないだろう。」


呻き声が聞こえる、処理を掛けられている様な濁った声。
挨拶をして室内に入る、何人かの研究員が挨拶を返す。
その中の一人、着物姿の女性がモニターから顔を上げて不敵に笑った。


「やあ<調停官>殿、何度も足を運んでくれるだなんて光栄だな。何分此方も人が定着しないものでね、些か寂しさを感じていたところだ。」
「──此の場に喜んで居続けられるのは、"魔女"──君ぐらいの者だよ」


こんな、と嵯峨野はモニターに視線を移す。最小音量に設定されている音声、それでも呪詛の様な声は低く響く。
モニターの中には"男"が居た──否、其れを人間と呼べるのかは分からない。
まるで鉄板の上に溶けるバターが如く、下半身が無機質な床に消えている。
声帯が引きちぎれるのではないかという程の咆哮。ほんの少しずつ、床に接している面から肉体が消えていっているのが分かる。


「其れは心外だな、私とて其の様なサディスティックな趣味は持ち合わせてはいないよ。」
「唯求める真理の為に在る犠牲は幾らでも払える、それだけの事さ。」


"魔女"と呼ばれた女は肩を竦める。白い頬に淡やかな笑みを浮かべて。


「今日で二週間か、首尾はどうなっている。」
「まずまずと言ったところかな。下半身の拡散は八割程完了している。来月には完全に遺伝子へと還るよ。」


"教授"の返答に嵯峨野は静かな頷きを返す。既に出生した人間の遺伝子を操作する。その為に必要なプロセス。
<harmony/protocol>とはつまり、人間を遺伝子へと変化させる手順の事を指す。
生きたままバラバラに引き裂かれる事と同義である。多くの被験体が此処で死んでしまう。遺伝子へと変容する際の苦痛に耐えきれないのだ。
耐えきった極一部も前述した様に複数の自我に飲まれ癈人となった。現在成功例は三件。
その内一つは<NTD/program>と特別な条件付けによって自我を保っている状態だ。『ジャック』と『クイーン』──嵯峨野はそう呼んでいる。

モニターを見つめながら嵯峨野は考える。自分が最初にこの手順を受けた時を思い出す。
私は耐えた──そして、勝った。その日から嵯峨野は計画を進めた。『公安』の力を借りて宿願を果たす為に。



全ては彼の──調和の為に。

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最終更新:2018年03月21日 15:52