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天使の夢へようこそ

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だれでも歓迎! 編集
学園世界の中心にそびえ立つ、極上生徒会管理棟。
管理棟の人間のために様々なものが用意された予備棟の1階、入ってすぐの正面玄関付近にその店はある。

『管理棟に来た人間がちょっと休むための休憩所が欲しい』

極上生徒会に寄せられた要望が承認され、建てられた、小さな店。
学園世界でも屈指の難関資格と言われている学園従者連合の執事試験に学生の身でありながら1発で合格したというマスターが経営するその店は、
管理棟に出入りする極上生徒会の関係者やその関係者と待ち合わせをしている生徒。彼らを一目見ようとやってきた一般生徒と言った人々に支えられて、結構繁盛している。
特技:武芸百般、家事全般である、その少年が経営するその店の名は…

『天使の夢へようこそ』

―――15:45

週の初めの月曜日。

「はぅぅぅぅ」

天使の夢の制服でもあるメイド服を着た少女…天使の夢の店員である鹿島はるみのふか~い溜息が店内に響いた。

「大丈夫。はるみなら次は合格する…多分」

そんな少女を励ます、もう1人の少女…はるみの双子の妹(と言う事になった)ふゆみの声が準備中の開店前で人気のない店内に響く。
ちなみにこの店の"マスター"こと流鏑馬勇士郎は奥の厨房にいる。
開店前の準備に特に忙しいこの時間、この店の一切を取り仕切る勇士郎は特に忙しい。
それに対し主な業務は"接客"であるはるみとふゆみは、店内の掃除さえ終わってしまえば割と暇なのだ。
…もっとも今日ははるみはそれも手伝っていないのだが。

「…うぅ。そう言う風に言われると余計にみじめですよぅ…」

だが、その言葉にはるみは余計に落ち込んで肩を落とす。

「3度目の正直のはずが、2度あることは3度ある、なんて…」

昨日行われた第3回試験で、同じ師匠(メイド1種試験の監督官も務める仮面の似合うナイスガイ)から学んでいたメイド仲間の少女が見事合格を果たし、はるみはまたもや不合格。
勇士郎は特に難易度の高い執事試験を1回で突破し、ふゆみもメイド2種に既に合格済みなだけに、はるみの焦りは相当なものであった。

「お仕事でもご迷惑掛けてばっかりですし、あたし、向いてないのかなぁ…って」

どんより度がさらに増す。このままだと業務に間違いなく支障が出る。間違いなく出る。それくらいだ。
そんなときだった。

「どうぞ」

ふわりと。
物音1つ立てずに置かれたカップから甘く爽やかな香りが漂う。

「ミスティカティとシャリオミルクのミルクティー。今度お店で出そうと思うんだけど、味見してもらえるかな?」
「え?あ、はい…」

その声に促され、はるみはゆっくりと口をつける。お味の方は…

「わあ…おいしいです」

甘味の強い、濃厚なミルクとそれを奇麗に流す、爽やかな後味。口の中に残る幽かな香りが鼻に抜けて心を穏やかにする。
悩みが一緒に溶けてなくなるような味にはるみはほうとため息をつき感想を口にする。

「そう。よかった」

はるみの評価に安堵するようにミスティカティを入れた、ギャルソンの服に身を包んだ勇士郎がふっとほほ笑む。

「極上生徒会の人たちは色々仕事を抱えている人も多いからね。気力の回復に効果的って聞いてたし、気分を入れ替えるのに良いかなと思ったんだけど、正解だったみたいだ」
「え…あ…」

その言葉で、はるみはこれは勇士郎がはるみの様子を見て用意してくれたものだと気づき、顔を赤らめる。

「その…ありがとうございます」
「はは。お礼を言うのは俺の方だよ。新商品の味見を頼んだわけだからね」

どきどき。
真っ赤な顔で俯いてしまったはるみに笑みを崩さず、勇士郎は言う。そんな時だった。
くいくい。
勇士郎の服の袖が引っ張られる。そこには。

「…勇士郎。私も味見する」

ムッとした表情のふゆみがじっと勇士郎を見つめていた。

「…うん。ちょっと待ってて」

予想はしていたのだろう。すぐに用意をして持って来る。
そして2人の少女に給仕をしているうちに開店時間となり。

カランカラン
「「「いらっしゃいませ」」」

本日の営業が始まった。

―――16:10

その日最初に訪れたお客様は、2人の少女だった。
「なんなのよ!珍しく一緒に来たと思ったら『ごめん。開発部で試作品が暴走したからすぐに来てくれって。ちょっと行ってくる』って!?」
その2人の片割れ、ゆるいウェーブのかかったピンクブロンドが印象的な、幼い少女がイライラをぶつけるようにカップをテーブルにタンッと乱暴に置く。
「まぁまぁ。最近は開発部も人と開発品が増えて大変だって聞いてるし、許してあげたら?不安定な試作品でも問題なく扱えて、こういうときにも対処できるのって
 平賀君の他にも緋室さんに相良君、柩木君、後は学園代表の芝村さんと速水君とかいるんだけど、やっぱりあの手のものの扱いのうまさは平賀君が飛びぬけてるって褒めてたわよ」
その対面に座り、とりなすのは同じくストレートのピンク髪の少女。こちらはもう1人の少女よりは年上に見える。

ゆるいウェーブのピンク髪の少女の名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。通称"虚無(ゼロ)のルイズ"
極上生徒会のトリステイン魔術学院の学園代表を務める彼女は学院にも2人しかいない「虚無」の使い手たる伝説級のメイジであり、
トリステイン1の名門貴族と言っても過言ではないヴァリエール公爵家の3女。
ちなみに、下手すると小○生に間違われるほどの外見ではあるが実年齢は17歳だったりする。

対するもう1人のピンク髪の少女の名は、桂ヒナギク。
白皇学院の生徒会長兼極上生徒会学園代表。金持ちばかりの白皇学院にごく普通の家からその能力の高さが認められて入学し、生徒会長にまで上り詰めたすごい人。
一癖どころか十癖位ある学園代表たちをまとめられるだけの手腕を持ち、各校の代表からの信任も厚い彼女は、極上生徒会のメンバーの中でも有名人である。
何気にルイズよりも年下なのだが、この2人が並んでいると大抵は逆に間違われる。

この2人が知り合ったきっかけは、極上生徒会の会合が始まったばかりの初期の頃にさかのぼる。
山のように高い貴族のプライドと隣の学園と対立していた学園と言う前評判が災いして孤立していたルイズに"うっかり"話しかけたのがヒナギクだったのだ。
その辺、完全に雲の上の人だった白皇の理事長にうっかり話しかけ、友人になったという経歴は伊達では無い。
それからと言うもの、そこはかとなく友人に似た雰囲気を持つルイズを放っておけなかったヒナギクが何かとルイズの世話をやくうちに親しくなり、
今ではお互いに友人と言ってもいい位の関係になっていた。

もう少ししたら始まる極上生徒会の学園代表会議に出席するまでの間。ここで時間をつぶすことにした2人はお喋りに興じていた。
その話題の中心はもっぱらルイズの使い魔の少年への愚痴である。
「そりゃあね。あたしとしても嫌なわけじゃないのよ?サイトが認められれば私もうれし…誇らしいし?ニホンにあったものがあるってサイトも喜んでたし?」
ともすれば惚気にも聞こえるルイズの言葉。だが、ルイズは思いっきり不満顔だ。
「けどね…あたしのことほったらかし過ぎじゃない?普段はあたしが一番とか言っといて何この放置っぷりは。嫌がらせ?嫌がらせなのあんのバカ犬~!」

ガンッ!

ぐいっと飲み干したティーカップが割れそうな勢いで再びテーブルに叩きつけられる。

「いっつもいっつも変なところに首突っ込みすぎなのよ!しかもそのたびにどっかの女の子と仲良くなってくるし!って言うかさっきの開発部からの連絡からして女の子だったし!」

シエスタを守るためにゼロ戦1機で船団に突撃し、ルイズを守るために7万人相手に1人で挑み、タバサを助けるために恐ろしい先住の魔法を使いこなすエルフと戦う。
ありとあらゆる武器を使いこなす、伝説の使い魔ガンダールヴの力と、戦う覚悟。その2つを持つサイトは命の危険があっても迷った挙句に最後は自らの身を顧みずに突き進む。
それはこの学園世界に来てからも変わらなかった。

執行部がいるからとか、他の誰かがやってくれるとか。
そんな言葉をサイトは使わない。ただ目の前に困っている大切な人がいれば、力を尽くし助ける。

そう言う奴なのだ。

それはルイズにも分かっていた。
嘘が下手で、曲がったことが大嫌いで、考えなしに突っ走るアホで、そしてそれ故に強くなり、様々な困難に打ち勝ってきた自分の使い魔に、ルイズが惹かれた理由もそれだったのだから。
だが、納得いかない。ルイズを蚊帳の外に置いて出かけて行ってしまうサイトが、いつか帰ってこなくなるんじゃないかって、たまらなく心配なのに。
だが、そんな本心を素直に言えるほど、ルイズは出来た性格はしていない。それができてたらとっくに結ばれてる。色んな意味で。

「ヒナギクもそう思わない!?」

そんなわけで今日も今日とて素直になれないルイズがヒナギクに同意を求める。

「う~ん。そう言う悩みは分からないでもないんだけどね…」

苦笑しつつ答えるヒナギクの脳裏に自然と浮かぶのは、1人の少年執事。
ルイズに雰囲気が似た親友の専属執事である彼は、学園世界不幸ランキングがあったらベスト5は確定と言われる生来の運の悪さから、学園世界の揉め事によく遭遇する。
よその学校同士の喧嘩に巻き込まれたり、モンスターに襲われたりは日常茶飯事。
この前など呪いで子供に戻ってしまった執行部の代表を"運悪く"拾ってしまい、そこから巻き起こった騒動に巻き込まれたりもしたらしい。

そんな大変なことを困ったような笑顔で言う彼のことを思いつつ…
「でもさ、それで困ってる人を見捨てて行けない人だから、今の気持がある、なんて思ったことない?」
ヒナギクは苦笑してルイズに聞く。

「うっ…」
そんなヒナギクの言葉にルイズは顔を赤くして言葉に詰まる。
そう、ルイズは知っている。
例えばギーシュとの決闘で最後まで降参せずに逆転したとき。
祖国を裏切ったルイズの元婚約者に、ルイズを守るために挑んだとき。
そして、ルイズの使い魔の証たるガンダールヴの力を失ってなお、ルイズを守るために駆けつけてきたとき…

そのときのサイトは、最高に格好良かったことを。
そして、それこそがサイトの最大の魅力だってことを。

「…ま、まあ仕方ないわね。さ、サイトも今じゃ一応は誇り高きトリステインのシュヴァリエの端くれだし…その、少しくらいなら"みんな"のために働くのも悪くないかも」

どうやら効果は抜群だったらしい。
ルイズは耳まで真っ赤になりつつも、ヒナギクの言葉に頷いて見せた。

―――16:45

極上生徒会の会合が始まって間もない頃。大半の生徒が授業を終え、あちこちに繰り出すこの時間帯は、天使の夢が一番混む時間帯である。
「えっと、じゃあこのクランベリーのパイとセットの紅茶をお願いします」
「あ、じゃああたしは抹茶パフェとあったかいミルク。あ、ミルクはパフェの後で」
「すみませ~ん。こっちまだですか~?」
「え~、マジで?」
「マジマジ。告って付き合い始めたって。相手はジャス学の…」

天使の夢の客は、圧倒的に女の子が多い。
普通に従者がいたりするファンタジー世界から来た学園も数多く存在し、メイドの専門学校も名門と呼ばれる学校がいくつか転移してきているためか学園世界においてはメイド事態はあんまり珍しくない。
ましてや経営者が学園世界屈指の家事マスターであり、店員のメイドさんが2人揃ってべた惚れとあっちゃあ野郎は近づきがたいのだ。
そして、そんな、女の子の園と化した天使の夢の片隅で。

「やっぱり柊は受け。これは真理だと思うのよ」
その一団は熱く語り合っていた。
「基本はやっぱり執行部ね。植木は無邪気攻めで相良は暴走攻め。ほら、柊って女の子に興味ないくせに女の子に妙に好かれるから、それを見て悶々とした植木と相良が暴走して…」
メガネとアホ毛が印象的な少女が熱く語る。
彼女の名は、早乙女ハルナ。麻帆良学園中等部の3年であり、性別問わず色恋沙汰の話が好きな同人作家である。
「うっわ…信じられない。お世話攻めこそ柊のためにある言葉よ?そりゃあ男女問わず助けるから勘違いする女もいるけど、基本愛情は男に対してオンリー。
 それに執行部も悪くないけど、他の学校も外せないわね。輝明の真行寺とか磯野の永澄とか柊を見る目が乙女よ乙女。あれはもう恋してるわねマジで」
そんなハルナに反論するのは2のへ組所属藤吉晴美(ふじよしはるみ)。攻めだの受けだの×だのと常軌を逸したあごの尖りをこよなく愛するまんがメガネ。
ちなみにさっき上げられた2人は2人とも将来を誓い合った仲の女の子がいたりするのだが、彼女の目にかかればそれは世間の目を欺くためのカモフラージュである。
「…あたしは柊はリバ派ね。相手次第で攻めも受けも変幻自在。ま、あたしは柊本はあんまり出さないから、そんなに柊の攻め受けにこだわり無いってのもあるんだろうけど」
この場にいる3人の最後の1人。大正女学生ルックに猫耳をつけた少女がすまして答える。
少女の名は鈴木ぼたん。どう見ても日本人の名前だが、れっきとした異世界人で、光綾学園に通う冒険者志望の少女である。
ちなみに専攻は戦士。怒らせると放送禁止用語を連呼しながら鈍器で撲殺してくるので注意。
ハルナ、晴美、ぼたん。この3人は"同好の士"と言う事で仲が良い。ついこの前もバザールで合同ブースを出したほどだ。
どこの学生でも基本出入り自由で何かと極上生徒会関係のネタが拾える確率が高いこの場所は彼女たちにとって自然と溜まり場となっていた。
そんなわけで今日も彼女たちはここで攻め受け談義に花を咲かせていた。

そして、攻めだの受けだのと言った言葉が飛び交う、ディープな話題が続いてしばし。

「…ん~。晴美何か今日嫌なことでもあった?」
いわゆる"空気"って奴に敏感なハルナがふと、その事に気づいた。
晴美が微妙に機嫌が悪いことに。
「え?分かる?」
それに気づかれたことに驚きつつ、晴美はそれを取り出し、テーブルに置く。
「それって…ファンレター?」
テーブルに置かれたそれ…晴美のペンネームが書かれた便せんを見たぼたんが晴美に確認する。
だが、その問いかけに晴美は首を振り、言う。
「違うわ」
そして、その手紙を睨みつけながら、その正体を口にする。
「これはいわば…挑戦状ね」
中から手紙を取り出しつつ、彼女はその手紙について語った。
「あたしさ、この前執行部ネタってことで柊×宗介本出したんだけど…どうもコイツはそれが気に入らなかったらしくて、これを送って来たの。どこのだれかは知らないけど、酷い内容だったわ。
 やれ『相良さんはムスリムです。戒律で禁じられている上に脳細胞を破壊するアルコール飲料を飲むはずがありません。ましてやその勢いで柊さんとやらとあのような不道徳的行為に
 及ぶはずが考えられません』とか、『相良さんは"あれ"の正式な使い方は知らないはずです。水筒代わり以外の使い方は知らないという証言も得ています。それを入れる前につけて欲しいと
 言いだすのはありえません。ナンセンスです』とか『相良さんは不器用ながらも優しくリードしてくれる人です。それが自分から、あまつさえ受け手側と言うことは絶対にありえません!』
 とかそりゃあもうつらつらと…って言うか何が"相良さんの上司"よ。一体どこのどいつですかってのよアンタは」
一息に喋る。
「へえ~どれどれ…う~ん…」
話しが一段落したところでハルナが手紙を手に取り確認する。
「な~んかラブ臭がするなあ~ってぼたん?」
書き方とか文の調子がなんとなく恋と友情の板挟みになってた友人に似てるな~などと考えていたハルナがぼたんに目を向けて、気づく。
彼女の目が獲物を狙う猛禽の目になっていることに。
「…ナイスネタ振り。次の本は宗介攻めで決定ね」
そう、この目には見覚えがある。彼女に"ネタ"が降りてきたときの兆候だ。
「え?なになに?」
その様子に興味をひかれたのか、晴美がぼたんに先を促す。
そんな晴美に、ぼたんはどこぞの名探偵の如く、語る。
「…いい?考えても見て。この手紙の送り主のこと」
ぐるりと2人を見渡す。そして、確認するように、言葉を並べて行く。
「1つ。宗介にとって上司と言うべき人である。1つ、宗介のことをよ~く知っている人物。そして宗介に攻めでいて欲しい人物…逆に言えば、宗介に対しては"攻め"だと思われる人物…」
「「ま、まさか…」」
そこで結論に思い至ったのだろう。2人が同時に息をのむ。
「そう、この手紙の送り主はたった1人しかあり得ないわ。その人の名は…」
そこで言葉を切り、深呼吸を1つ。そしてその名前を口にする。

陣代高校生徒会長、林水敦信。

「「な、なんだってー!?」」
薄々は感づいていたものの、やはり口に出すと重みが違う。2人して鉄板の返しをする。主にマガジン繋がりで。
そして、追いうちをかけるように、ぼたんが(彼女の中では)真実を告げる。
「本当は彼は宗介と裸のつきあいがしたい。けれど立場もあり、口にすることはできない。そしてその愛しい宗介を他の男に取られていらだちが暴走したの…それが、真相よ」
「いい!そのネタ、いける!いけるわ!」
それを聞き、海よりも深く納得したハルナが身を乗り出してぼたんの手を取る。晴美も同じ気持ちなのだろう。大きく頷いて、言う。
「…そういうことなら、あたしたちに出来ることは、1つしか無いわ…そう、"彼"の思い、遂げさせてあげるのよ!」
「そうね。週末まで時間がないわ。突貫で行くわよ!」
気力充実。3人からは近づきがたい何かが迸っていた。そう、プラーナ的な何かが。
「うん。それじゃ土曜、ぼたんの授業が終わったら、ぼたんの寮で!週末は眠れそうにないわね!」
「おっけー!それまでに下書きはやっとくわ。ぼたん、薙原捕まえといてね!」
「任せときなさい!」
そして彼女たちは立ち上がり、戦いへと赴いて行く。
上司なら陣代高校の副会長(女)も該当するんじゃ?とか言う突っ込みは無用であると背中が語っていた。

後日。彼女たちが作った、実に愛のあふれた宗介×林水のアンソロジーは記録的な売り上げを記録したとかしなかったとか。

―――19:15

午後7時過ぎ。
学園世界のほぼすべての学園が授業を終え、生徒たちが家路に帰り始めるこの時間。
天使の夢を訪れた客たちが次の遊び場なり寮なりに向かうこの時間になると、天使の夢にも、平和な時間が訪れる。
勇士郎、はるみ、ふゆみが順番に短い休みを取るこの時間に訪れる客は、もっぱら彼や彼女たちと話したい、個人的つながりを持つ"常連"である。
そして、その日訪れたのも、そんな常連の1人であった。

「今のこの事態は、なんて言うかその…非常にせつないのです」
閑散としたテーブルの1つに腰かけながら、銀髪を2つに結わえた、一見すれば中学生くらいの少女がふゆみに言う。
少女の名は、エ"メレ"ツィア・ベアトリクス・リューディガー。
アルデマール大学と言う学園のあった世界における最強の存在、"魔王"の異名を持つ天才ビアトリス使い、
ヨハン・ディーター・リューディガーを義兄(あに)に持つ、アルデマール大学の研究者。
その優秀さから飛び級を繰り返し、幼くして研究者として認められた彼女は自身もすご腕のビアトリス使いであり、義兄にちなんで"魔王の剣"の異名を持っている。
そんなエメレンツィアには悩みがある。それはある意味学園世界ならではの悩みであった。
「分かってはいるのです。護はベアトリーチェの恋人であり、手を出してはいけないなんてことは。しかし、こう近いと…決心が鈍ってしまいます」
完全に終わった恋であったはずであった。
エメレンツィアは留学していた東ビ大付属から去る直前、修学旅行の日に護に2度目の告白を行い…はっきりとした"ごめんなさい"と言う返事をもらっている。

そのことをエメレンツィアは後悔していない。むしろその返事があったからこそ涙を飲んで2人を祝福し、守り抜くと言う決意を持てた。

今でも護のことは好きだがそれは時間が解決してくれる。それに日本とドイツと言う遠い"距離"があればそうそう顔を合わせることも無いだろうから、きっと乗り越えられる。
そう考えていた…転移前までは。

「何で同じ世界からよりにもよって東ビ大とアルデマール大だけが転移して来るんでしょうか。しかも隣合わせで」
学園世界においては"同じ世界"からの、複数の学園の転移は割と珍しくないとは言え、この配置には悪意すら感じる。
そう、今や東ビ大及びその付属高校とアルデマール大学はお隣同士なのだ。
しかもタイミングが悪いことにアルデマール大学に《原初への帰還》の研究の件で押しかけて来ていた"銀のマリア"まで一緒に巻き込まれて転移してきている。
魔王ヨハンと、銀のマリア。そして東ビ大の魔女ベアトリーチェこと鷹栖絢子(たかすあやこ)。世界でも3本の指に入る天才ビアトリス使いが全員学園世界に転移。
各国の軍事バランスがまるごと覆りかねない事態に元の世界の日本とドイツ、そしてアメリカでは今頃とんでもない騒ぎになっているのかも知れないが今はそれは関係ない。
エメレンツィアの悩みはある意味非常に個人的なものである。
「ベアトリーチェと護が四六時中目の前で"いちゃいちゃ"しているのに手を出せないのは少々辛い…いえ、はっきり言うと非常に苦痛です。
 元の世界に帰るその日までずっとそれが続くと考えると、思わず学園都市にでも長期留学しようかと思ってしまうほどです」
東ビ大付属で出来た友人と気軽に会うことができ、東ビ大のイベントなんかにも気軽にお呼ばれしてしまうこの状態は悪くは無い。
悪くは無いのだが、朝、手を繋いで徒歩で登校しているのと遭遇とか、昼に研究室の窓から学校の屋上でお手製のお弁当をあ~んしているのが見えるとか、
夕方、エメレンツィアの汗と涙の結晶であるベンチで夕日を眺めてキスしている様子とかが目に入るのはある意味拷問に近い。
…彼女の義兄が大学側に研究室の場所を変えてくれと言いだしたのもそれが原因かも知れない(義兄は義兄でベアトリーチェにご執心なのだ)
なんてなことを考えつつ、エメレンツィアは言葉を紡ぐ。
「しかし、ここで前言撤回して護をベアトリーチェと取り合うようなことになっては、護やお義兄さまにも迷惑がかかってしまう…それでは、困るのです」
前に一度、色んな意味で我慢できなくなったエメレンツィアが絢子に抗議しに行ったとき、売り言葉に買い言葉から発展してビアトリス制御まで使った大喧嘩になったことがある。
その時の騒動は凄まじく、調停に訪れた執行委員の超能力者も交えての大乱闘。その凄さから後日"護が絡んだ時の絢子"にGITからA級危険ブツ認定証が贈られたほどだ。
(贈られた本人は大いにからかわれて憮然としていた)
「…すみません。こんな話、されてもふゆみも困りますよね。忘れてください」
そこまで一気に話し、エメレンツィアは我に返って俯く。恥ずかしいところを見せてしまった。そう考えたのだ。

「…前に師匠に…そう言う場合の、一番さえたやり方を聞いたことがある」
そんなエメレンツィアに、ふゆみは呟くように言う。
「…え?」
その言葉に反応し、エメレンツィアは顔をあげてふゆみを見る。
「師匠は言っていた。そう言うときの一番いい方法は…相手を好きになることだって」
「好きに…?ですがわたしはすでに護のことはだいす「違う」
エメレンツィアの言葉に首を振り、ふゆみは言葉を続ける。
「好きになるのは…振り向いて欲しい男の子が好きな女の子のこと…」
訥々と語るふゆみの脳裏にふゆみの師匠…学従連でメイドのなんたるかを教えてくれた1人の少女の顔が思い浮かぶ。

世情に疎く、ドジではないが家事能力は無かったふゆみに、メイドの技と心得を教えてくれた、おかっぱの黒髪が印象的なメイドの師匠。
第1回の2種メイド試験を優秀な成績で突破した彼女はふゆみとほぼ同い年でありながら"プロ"のメイドであり、彼女の主人のためにニホンの家庭料理を覚えたと言う
彼女の師匠は、勇士郎への恋心とはるみへの家族の情で板挟みになっていたふゆみに、答えてくれたことがある。

「師匠は言っていたわ。例えその女の子がプライドが高すぎていけすかなくても、貧弱すぎる幼児体型でも、はしゃぎ過ぎのピンク髪でも、好きな男の子を虐待するようなドSでも、
 探せば良いところの1つや2つはある。それを起点に相手を好きになればいい。人は敵意を持った相手には非情になれても、好意を持った相手にはそうそう強く出れない。
 だから、普段から相手の女の子と仲良くしておけば、男の子と仲良くしても、酷い喧嘩にはならない、と」
「そ、その例えに出てきた人は流石にその…どうかと思うのですが…」
そんな人がいるのですかと、って言うかベアトリーチェはそれと比べれば色々とマシですねなどと本人が聞いたら怒りそうなことを考えつつ、エメレンツィアは尋ねる。
「しかし、喧嘩しなくていいのはともかく、その"恋敵"を好きになったら罪悪感で余計にやりづらいのでは?」
いっそ護をめぐる恋敵である絢子がもっと嫌な奴だったならば、エメレンツィアが彼女のことを嫌えていたならば、エメレンツィアは悩んでいなかっただろう。
エメレンツィアは絢子のことが決して嫌いではない。むしろ好きだ。あの、自信に満ち、まっすぐに自分を貫き通せる性格。
エメレンツィアにとって絶対であった義兄と引き分けるほどのビアトリス制御の能力と、周りを引っ張っていける強引すぎるほどに強いカリスマ性。
そして、護と一緒にいる時に見せる、普段からは考えられぬほど可愛らしい態度。
それらは、エメレンツィアにとっても快いもので、そしてそれゆえに彼女を悲しませる"護を奪う"と言う行為を諦める決意をしたわけで。

だが、その疑問にふゆみは首を振る。そんなエメレンツィアの疑問は想定内。と言うよりふゆみ自身、師匠に同じ問いかけをしたのだ。
「前提が違う。こう考えるの…『オンリーワンにならなくてもいい。みんなより特別なナンバーワン』と」
そう答え、そのために努力を重ねる師匠の姿は眩しくて、ふゆみは悩みが一気に晴れた気がした。
「奪わず、はるみと仲良くしながら、勇士郎の一番になる。それが、当面の私の目標」
はるみに聞かれていないことを確認しながら(基本相手に考えを気取られない努力も必要だと師匠は言っていた)、ふゆみは答える。自信を持って、堂々と。

ちなみに捕捉しておくとこの"師匠"はバリバリのファンタジー系世界の住人であり根底には『えらい人なら妾や側室は甲斐性のうち』的な価値観があったりする。
そしてそれがあってこその言葉なのだが、世間知らずのふゆみにそんな常識は通用しない。
そして。

「…そ、そんな方法が…」
ぷるぷると震えるエメレンツィアの目からは鱗がぽろぽろ零れおちていた。
幼いころ、両親を事故で失い、今のビアトリス制御の才能を見いだされて義兄に引き取られてからは義兄と共にビアトリスの研究に明け暮れていたエメレンツィア。
彼女もまた、立派な世間知らずであった。
「た。確かにベアトリーチェと仲良くしつつ護との"3人の恋"を成就させれば完璧です!何の問題もありません!」
現代倫理では大問題なのだが、んなこたぁ知ったこっちゃない。
「ありがとうございました。これから目指す方向性が見えた気がします」
ガシィっとエメレンツィアはふゆみの手を取る。友情が深まった瞬間だった。
そんなエメレンツィアにふゆみは答える。
「…気にしないで。悩みの相談に乗るのも、メイドの仕事のうちだから」
メイド。それは主人を公私問わずサポートする、フォーマルな守護者。そして。
「…それに、エメレンツィアは,友達だから」
困っているときに助けるのは友人の務めなのだ。

キーンコーンカーンコーン

その手を取った瞬間。極上生徒会の学園代表会議が終わったことを示すチャイムが鳴り響く。
「この音は…早速、行ってこようと思います」
そうなのだ。そもそも今日ここを訪れたのだって、東ビ大付属の生徒会副会長として学園代表の補佐をしている護と会えるんじゃないかとちょっぴり考えたから。
遠慮せずに済む方法が分かった以上、躊躇する必要はない。今、エメレンツィアは燃えていた。
「このお礼はいずれ必ず。困ったことがあったら、何でも言ってください」
そう言い残し、会計を済ませてエメレンツィアは愛しい人のところへと向かった。

…このあと、特別棟の入り口でエメレンツィアは恋敵から恋仲間に(彼女の中では)クラスチェンジした少女と鉢合わせし、一騒動起こるのだが、それはまた、別の話。

―――19:45

閉店間際のこの時間。天使の夢は駆けこむように客が増える。
学園代表会議が終わり、極上生徒会の各部で活動していた学生たちが帰り出すこの時間は、小腹の虫を納めるためのちょっとしたものを求める客が多いのだ。
大抵は会議に参加した学園代表か下校からずっと開発室に入り浸っていた開発部、あちこちを取材のためにかけずり回っていた報道部辺りが多いのだが、
本日の客はちょっと違う。本日の客は、執行部の2人…

本日最後の執行調停任務、『極上生徒会特別管理棟前で発生した東京ビアトリス総合大学付属高校保安部長とアルデマール大学研究者の能力を使用した私闘』を調停した
我らが超電磁砲、御坂美琴(みさかみこと)は怒っていた。
「あ~もう!あの馬鹿コンビ(ふたり)は一体何考えてんのよ!?」
ドンッとテーブルをたたいた拍子に火花が空中を舞い、遠巻きに見ていたはるみがひぃ!?と悲鳴を上げて後ずさる。
「まぁまぁ。最後は吉村さんのお陰で穏便に済んだんですからよしとしましょう」
それをとりなすのは頭が花畑と化した少女。同じく執行委員の初春飾利(ういはるかざり)である。
今日のお仕事が終了し、途中まで一緒に帰ることにした2人は、天使の夢を訪れていた。
「…そこが余計にムカつくのよ」
美琴が半眼になって言う。
そう、美琴があんだけ制止(実力行使含む)してんのにやめなかった2人は、学園代表会議で管理棟に来ていた
東ビ大の学園代表補佐、吉村護(よしむらまもる)がやめてください!と叫んだら止まった。
そりゃあもうピタリと止まった。しかも…
「しかも…なんなのあのデレっぷりは?もうちょっと人目とかそう言うのも気にしなさいよ」
その時のことを少しだけ思い出した美琴が、ちょっとだけ顔を赤くして言う。

護の言葉できっちり美琴に謝った後、2人の片割れである絢子は護に対して語った。
エメレンツィアは友達だけど護のことだけは絶対に譲れないとか、本当は夜だって一緒にいたいくらいだとか、護がいなくて寂しくて来ちゃったとか、
護のことを一番好きなのはわたしだ~!とか、って言うか公衆の面前でなんでわたしはそんなことまで言ってるの!?は、恥ずかしい!とか、色々。
周りがドン引きするほどのデレっぷりだった。特に最後はその前に気づけと突っ込みたくなるくらいの色惚け(めがでれ)っぷりだった。

「確かに、あれは凄かったですねー。あそこまで堂々と言えるとか。美琴さんもあれくらいすな…」
たまたま下校途中でその様子を見ていた初春が思いだしつつ、言う。
「…すな?なに?」
バチィッ!
目の前を象でもコロリと逝けそうな放電が走り、初春は続きを慌てて飲み込む。
「…っい、いえ何でも無いです。気にしないでください!」
初春飾利。まだまだ命は惜しいお年頃。
「…それならまあ、いいけど」
初春の言葉で何故か思い浮かんだツンツンヘアーのへんてこを打ち消すように頭を振り、美琴は注文したヤシの実ソーダフロートをすすりこむ。
「そう言えば知ってます?さっきの調停先の学校の片割れ…アルデマール大学が魔法系の精霊制御の技術を欲しがってるって話」
話がそれたことにちょっとだけ安堵しつつ、初春はこの前聞いた噂の話をする。
「は?何それ?」
「えっとですね。エリーさんから聞いたんですけど、あの学園の研究者…マサキと言う人がザールブルグによく来てて、精霊使いの研究者の方々から色々話を聞いてるらしいんですよ。
 今あの学園ではあの世界にあったビアトリス粒子って言うのを使った人工精霊を研究してて、今度はもう少し素直なのを作るから、その参考にするって」
学園世界にある学園が他校の…異世界の技術を取り込んで研究のたしにしようとするのは決して珍しいことではない。
開発部の作品は多くが複数の世界の技術が融合した産物だし、好奇心が旺盛な研究者、あるいはザールブルグのような技術系特化の学園ならば
積極的に他校の技術知識を求めているのはむしろ自然な姿勢である。
「ふ~ん。いいんじゃない?もちろんよその学校に迷惑かけなきゃ、だけど」
そんな初春に対し、美琴が釘をさすように言う。
知識の収集もザールブルグで他の学生から話を聞くとか、学校間で正式に申し合わせて技術交換とか穏便な手段でやっているうちはいいが、
中には他校の"門外不出"の知識を求めて、強引な手段に出るものもいる。
その手の問題は学園内でこっそりやられるとなかなか発見できないので、学園の内部の問題にまで踏み込むのは割と難しい執行部としては、頭が痛い問題だ。
「確かに。"レベル7事件"みたいなことになっても困りますからね」
初春が頷き遠い目をして言う。
「…まあ、確かにね」
美琴もまた、苦いものを噛み潰したかのようにその時のことを思い出す。

レベル7事件とは今ほど選抜委員が組織されて無かった頃、『学園都市』と『区立六條院小学校』との間に起こった執行調停案件である。

と言っても事の発端と責任は、学園都市側…その傲慢にあった。

学園世界には、学園都市の時間割(カリキュラム)を経ることなく能力を得た異世界人の能力者、通称"天然能力者(ネイティブ)"が数多く存在する。
彼らの知る開発(じょうしき)外の方法で能力を得た天然能力者。彼らを徹底的に調べれば、更なる発見があるかも知れない。

そんな誘惑に負け、学園都市内部、学びの園にあったとある研究機関が研究のために天然能力者の捕獲(ゆうかい)を画策したのだ。
その対象に選ばれたのは力は低能力者程度(よわい)がれっきとした天然能力者であり、同時に後ろ盾を持たない、ごく普通の学園である区立六條院小学校に通っていた少女。
彼らは高をくくっていた。多少能力者がいるだけの、普通の小学校に学びの園を敵に回せるはずがない、と。
そしてそれは半ば事実で、区立六條院小学校側は何もできなかった…とある"3人"を除いて。

学びの園…ひいては学園都市に喧嘩を売ったのは、攫われた少女の友人である、たった3人の天然"超"能力者だった。

僅かな痕跡から接触感応(サイコメトリー)で学園都市の関与を知り、学園都市の外からたった一度の瞬間移動(テレポート)で学びの園に即座に"出現"し、
圧倒的な強さの念動力(サイコキノ)で警備員(アンチスキル)や風紀委員(ジャッジメント)を"誰1人殺すこと無く"軽々となぎ倒した、3人の天然超能力者。

『超度(レベル)4?そんなんで止められると思うなよ。一応教えといてやる。あたしらはな…"超度(レベル)7"だ!』

彼女たちの1人がその力に驚愕した風紀委員に対して言った1つの言葉。それがそのままこの案件の通称となった。
結局この事件は学園都市の誇る超能力者、"超電磁砲"の御坂美琴が仲間たちの協力を得て攫われた少女を救出。救出した少女の口添えと謝罪と共に返したことで和解し、調停された。
(余談だが後日、学園都市はこのときの戦闘を分析した結果、彼女たち3人の能力は極めて強いものの超能力者(レベル5)止まりである、と結論づけたが、
 彼女たちと戦った風紀委員は口を揃えて「あれはレベル5なんかじゃない。もっと恐ろしい何かだ」と言うコメントを残している)

「―――ああもう、湿っぽい話は終わり!さっさと帰りましょ」
「ですね」
しんみりしてしまった空気を誤魔化すように2人は立ち上がる。時刻は8時5分前。そろそろ閉店の時刻であった。

―――20:30

カランカラン
「ちょっと失礼するでありますよー」
閉店後、珍しい客が訪れた。銀髪のツインテールが印象的な、吸血鬼。
極上生徒会執行部専任、ノーチェである。
「あれ?珍しい。どうしたんですか?」
終業後の片づけをあらかた終え、帰る準備をしていたはるみがきょとんとして尋ねる。
「…今日はもう閉店終了。明日なら歓迎する」
淡々とふゆみがノーチェに言う。
「いや、今日は客として来たわけじゃないのであります。それに…」
ひらひらと手を振りノーチェは答える。ちなみに。
「ここで色々食べるときっちり天引きでありますからなー」
天使の夢での食事代は全額絶滅社からノーチェに毎月支払われてる報酬から天引きだったりする。
「じゃあ、一体何の用事ですか?」
とにかく、お店の客ではないにせよ何か用事があるならもてなさなきゃなるまい。
そんな執事根性でもって勇士郎は甘いココアを入れてノーチェに運んでくる。
「いやなに。ちょっと手紙を渡してくれと頼まれたのでありますよ」
ココアを受け取りつつノーチェは笑い、1通の手紙を取り出す。
「向うの真魅からであります。ナイトメア経由で来たのでありますよー」
絶滅社関連の書類に混ざってやってきた、彼らの姉からの手紙を。

…10分後

『―――てな訳でこっちはこっちで何とかやってるから心配しないで励頑張りなさい。それと、勇士郎。はるみちゃんとふゆみちゃん泣かせたら、シメるからね♪
                                                  大切な弟&妹たちへ 流鏑馬真魅より愛を込めて』

「姉さん…」
「真魅さん…」
「真魅…」
ノーチェが帰った後、3人は真魅からの手紙を読んでいた。
そこには記されていたのは3人への近況報告とねぎらいの言葉、絶滅社から伝え聞いたと言う勇士郎とふゆみの試験合格のお祝いの言葉、はるみへの次は大丈夫と言う励ましの言葉など。
それは、こちらへ行ってしまった3人を心配する気持ちがたっぷりとこもった手紙であった。
「ああ、姉さん。俺、ちょっと誤解してたよ…」
勇士郎が思わず涙ぐむ。
そうだった。思いつきでとんでもない事態を巻き起こし、商才は0。
ついでにことあるごとに勇士郎たちをからかう事に全力を尽くす姉は、それでもいざって時には頼りになる大切な姉なのだ。

今なら今までに被った大概の被害は許せる。そんな心持ちになりながら手紙を大事にしまおうとした勇士郎は、気づいてしまった。
「うん?もう、"2枚"ある…?」
ぞくりと。
それに気づいた瞬間、勇士郎は何とも言えぬ恐怖を感じた。
そう、まるで恐ろしいものと対峙しているような…
「き、気のせいだよな…」
そんな予感を捨て去るように震える手で手紙を開く。
そこには、こう記されていた。

『追伸 ちなみにお店の方は目玉のメイドさんがいなくなったので新装開店したら物凄い閑古鳥が鳴いています。
    …次は本格派執事喫茶(全員実務経験30年以上のプロ)が来るはずだったのに、世間は分かってないわ』

そして一緒に出てくるのは改装費用と新規契約金を記した請求書。その額は学園世界で勇士郎たちが稼いだ分の大半に匹敵する額で…
「ね、ね、ね…ねえさ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!!!!!!!!!?????????」

店の中に、予感を見事大当たりさせた勇士郎の悲痛な叫びが響き渡る。

喫茶店店長兼転生勇者、流鏑馬勇士郎。
何処まで行っても姉に振り回される男であった。

おわり

天使の夢
営業時間:16:00~20:00(平日)/10:00~20:00(土日祝)
定休日 :水曜日


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