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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第06話05

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匿名ユーザー

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 白い天井が、彼が目を覚ましてはじめに見たものだった。
 天井そのものははじめて見るものではなく、最近寝床として使っている仮眠室のもの。
 視線を横にずらせば、白いカーテンが揺れているのがわかる。
 陽はすでに赤みを帯びていて、位置から今の時刻が夕方なのだと理解した。

 彼には自力でベッドにもぐった記憶がないため、何が起きているのか探ろうと思い出そうと目を閉じる。
 いつものようにノーチェに言われて仕事に行き、いつものように窓から出て、いつものように月匣に入った。
 そして、侵魔が『標的』の名前を言って―――

 がらがら、と戸が開かれる音がした。

 そちらを見れば、彼を見て目を丸くしている幼馴染がいた。
 思わず彼は身を乗り出して彼女の名を呼んだ。

「くれはっ!?」
「あれ、もう起きたの柊?」

 盆に水差しとコップを載せた彼の幼馴染こと、赤羽くれははそう言って笑った。
 彼女は近くのベッドに盆を置くと、彼こと柊蓮司の前で2、3度手を振る。

「大丈夫? 自分の歳とか今日の日付とかここがどこかとか思い出せる?」
「どういう意味だよ?
 つか、お前今日はあのでっかい会議場で会議とかあるんじゃなかったか? なんでこんなとこにいるんだよ」

 柊の知る限り、この世界内において赤羽くれはという人間の重要度は高い。
 早いうちから世界内にあった輝明学園の代表であり、ファンタジーの知識と現代の学生事情を踏まえてものを見ることができるため、多くの学生中心事業の中心にいる。
 学生ではない極上生徒会の一員というのも珍しく、彼女の仕事の増加にも一役買っている、忙しい上立場のある人間なのだ。
 そんな彼女が執務時間中にデスクワークをするための執務室から離れる時間はほぼないと言っていい。
 それも危険物取り扱い所のような東棟に、護衛もなしでいること自体があってはならないことである。

 柊のもっともな疑問に、くれはは少しだけ口の端を歪めた。

「失礼ねぇ、これでも一応お仕事中だよ。
 今日はあと一個お仕事したら直帰できるようにもう全部手続き終わらせてきたんだから」
「仕事って……なんのだよ」

 怪訝そうにそう尋ねた柊に、くれはは笑顔で大きく頷いた。

「お仕事はお仕事。間に合ってよかったよ、今日の夕飯は友だちみんなで超包子って前から約束してたんだから」
「そうなのか? じゃあ、その仕事早いとこ終わらせないとな」
「うん。柊も協力してくれる?」
「……何させる気だよ」
「警戒しなくても大丈夫だよ。ちょっと目を閉じててほしいくらいかな?」

 もちろん落としたり下げたりしないよ、と(ない)胸を張って言う幼馴染の言葉に胡乱なものを感じるものの、柊はとりあえずその言葉を信じることにした。

「ウソはつくなよ?」
「つかないつかない」
「無茶もさせるなよ? なんか知らんが妙に疲れてるし」
「させないさせない。ほら、信じて目を閉じてよ」

 満面の笑顔の幼馴染を信じ、彼は目を閉じる。
 くれはが大きく息を吸い込む音が聞こえた、次の瞬間。


「これが、私の―――













 ―――自慢の、拳だぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 柊の正中線にそった鼻っ面に、全体重をかけて脇のしまった拳の一撃が命中した。
 予想外の衝撃に脳をシェイクされつつ、とりあえずくれはがキレていることと、その怒りがこの程度で終わることはないことだけは理解した柊だった。



 ***

 下の階から棟全てを揺るがすほどの凄まじい大暴れの音を聞いていた楓が、困ったように笑う。

「いやー……さすがに、止めなくていいのでござるか?」
「問題ないわよ。あいつはそう簡単にくたばる奴じゃないし」
「えーっと、ちょっと人体からするならマズそうな音とかもしてる気がするんだけど……」

 美琴が紅茶をすすりながら答えたところに、イリヤが質問を重ねる。
 現在は執行委員全員が戻ってきていて、自分のところで起きた事件の書類を書いていたり、ハヤテが残していったロイヤルなミルクティーで一服していたりする。
 そして、執行委員でない者も、約2名ほど混ざっていた。

「……問題ない。柊蓮司にはこの程度は日常茶飯事」
「日常かって言われるとちょっと微妙な気はするけどね……」

 紅い髪に紅い瞳の輝明学園高等部制服を着た少女と、彼女を苦笑しながら見つめる同じ学校の男子制服の少年。
 赤羽くれは直属の護衛役である緋室灯と真行寺命であった。
 彼らはくれはの護衛のため東棟まで来た後、『仕事終わらせるまでちょっと適当に時間潰してて』というボスの意向により執行部室でまったりお茶を飲んでいるのだった。

 その横で初春が下で音がする度に『ベッド破損。花瓶全損。窓ガラス破砕。壁に傷。カーテンが使い物にならない』などと呟いていたりする。
 くれはに弁償請求するための請求書を作っている模様。ちなみに弁償の場合は本人の給料から天引きされることになります。南無。

 閑話休題。
 ベホイミを見て、美遊が話しかける。

「あの、ベホイミさん」
「何ッスか? 美遊さんが私と話そうなんて珍しいッスね」
「赤羽さんがいらっしゃった時にお話されていた内容って、もしかして……」
「あぁ、『ちょっと人の正しい殴り方を教えて欲しい』って言うもんスから、拳の握り方から丁寧に教えてあげたんス。
 くれはさんは筋がいいッスよ、教えるまでもなく正中線狙ってくるッスから」
「……あまりよろしくない才能のような気がしますが」
「細かいことは気にしない。そんなことじゃ大きくなれないッスよ」

 あんまり細かくない気はするものの、美遊はそうですか、と納得しておくことにした。
 慣れてはきたものの、まだDon't think feel な思考は理解しがたい美遊だった。
 そんな美遊の懐から小さくなったルビーとサファイアが現れる。

『あーあ、それにしてもあんないいオモ……もとい可愛らしい柊さんがほんの数時間で無愛想で口の悪い可愛げの欠片もない柊さんに戻ってしまうなんて。
 ショタっ子柊さんならサブマスター認定してもよかったのに、ルビーちゃん残念です』
『姉さんは移り気すぎです。柊様は柊様です』
『サファイアちゃんだって半ズボンはかせたがってたじゃない。お姉ちゃんだけ悪者扱いはヒドいですよっ』
『ふっ、相応しい装いをしてほしい、と言ったまでですっ!』

 ちょっと長引いてたらうっかり魔法少年が誕生していたかもしれなかった。危ないところである。
 そんな光景を横目に見ながら、ノーチェが報告書を作成しつつ、苦笑して誰にともなく呟いた。

「ハヤテとナギには後でお礼をしに行かねばならないでありますな。
 これで蓮司も休める口実ができたわけでありますし」

 ふぅ、とため息をついて、今回の件に協力してくれたお手伝いを思い出す。

「そういえば……有希に術式の解析頼みっぱなしでありますが、どうなってるでありますかな?」



 ***

 北高のコンピューター研究会部室。
 モニターのライト以外の灯りのないそこに、長門有希は一人映像データと睨めっこしていた。

 つい先ほどまでいたノーチェによって持ち込まれた柊の交戦記録を見て、非常にノイズの多い映像から月匣内に敷き詰められた術式の解析・解法の模索を行っているのだ。
 ノーチェが携帯で呼び出された後はその作業を一人で行っていたわけだが、その作業もほぼ終了した。
 外の様子を探ってみても、ノーチェの張った月匣の反応がなくなっていることから、事件の全てが解決したことは見て取れる。
 柊が元に戻った以上、解析そのものにはほとんど意味がなくなってしまったわけである。
 もっとも、報告書には正確なところが書かれていた方がいいだろうと判断した長門は(自分の好奇心も多分に手伝い)解析を続けていたわけだが。

 ノイズの取れた映像に、術式の完全解明を終えた長門はしかし、珍しいことに悩んでいた。
 彼女の依頼されたことは、柊蓮司にかけられた特殊な魔法を解除するために術式の解析を行うことで、報告書に詳しく書くためにも解析は必須。
 術式そのものは『ある特定存在の事象の時間を巻き戻す』ものだ。
 正確には『生まれる前まで時間を遡って存在を否定する』魔法だった。つまり対象を『もとから存在しなかったもの』にする魔法ということである。

 柊蓮司がその魔法を受けたにも関わらず6歳児になる程度の効果で済んだのには理由がある。
 魔法を受けたのと同時に彼のウィッチブレードが侵魔を貫き、発動が邪魔されて中途半端な所までしか発動できなかったこと。
 そしてこの魔法が『特定の人間に効果を現すために組まれ調整された術式』であり、その特定の人間が柊でなかったことで効果が薄くなったことがその理由だ。

 先ほど、長門はこの魔法の完全な解明を終えた、と述べた。
 それはこの魔法が誰を標的として狙っていたかということも解析できた、ということなのだが、長門が悩んでいるのはまさしくそれなのだ。
 映像記録から読唇術で読み取った結果、柊蓮司はこの魔法が誰を狙っていたかを侵魔自身の口から聞いた事実がある。
 術式解析を行えば当然わかることであり、把握できた以上は報告書に書かなければならない。
 しかし、これを書けば柊が少し困ったことになるかもしれない。
 そんな葛藤を抱えてモニターの前でフリーズしていると、背後の入り口が開いた。

「長門、こんなとこにいたのか。ハルヒの奴が呼んでるぞ」

 それは彼女の戦友にして友人だ。
 涼宮ハルヒという監視対象のそばにいる、何かとトラブルに巻き込まれがちな彼を見て、ふと思った。


「―――すぐに行く。
 その前に、あなたに解答を要求したい事項がある。私では現状の問題に対するより正当な解を導くことが難しい。協力を」
「は? おまえにもわからないこととかあるのかよ、そんな問題俺が答えられるのか?」
「私よりは正答を出しやすい立ち位置にいると判断した」
「まぁ、別にいいけど……なんだよ、言ってみろ」
「長い期間定期的接触がある知人を危機的状況に陥らせると宣言した相手を、制止する際に自身に危害が加わったことを先の知人に理解してほしいか否か」

 その言葉に彼はしばらく考え、うなった。

「……つまり、おまえの知り合いを襲ってやるーって言った奴を、止めようとした時にケガしたことをその知り合いに知られたいかってことだよな?
 そうだな、俺はあんまり知られたくないな。啖呵きってたりしたら後でいじられることこの上ない。顔から火が出るわそんなもん」

 想像してみたのか、眉をしかめて言う彼に長門はそう、と頷いて。
 用意していたプログラムをエンターキーで起動させた。
 モニターにさまざまなウィンドウが目まぐるしく開いては消える光景が5秒ほど続き、やがて1つを除いたウィンドウは全て消えた。
 彼はそれに少し眉をしかめていたものの、長門は特に気にしないままカーソルをいじり、報告書にある標的の五文字の人名を消去し、上から『不明』と書き加えた。
 それを保存し、報告書を自身の感覚で直接東棟へ置いてくるのを確認すると、シャットダウンした。
 長門はそのまま立ち上がり、彼に向かって告げる。

「終わった」
「そうか。何してたんだ?」
「情報の改竄」
「……あんまりやるなよ、そういうことは。おまえのことだから誰かのためのことなんだろうけど」

 その時彼は長門の前を歩いていたため、彼女の表情を知ることはなかった。

「―――気をつける」

 もっとも、長門のその返事が少し遅れたことに気づいたかは、定かではない。


 ***

 妙に風通しの良くなった仮眠室で、大暴れして気が済んだのか、くれはがぱんぱんと手をはたいた。

「はわ。こんなもんかな」
「どの口が言いやがるっ!?」

 すでに自分の寝ていたベッドが原型を留めなくなっており、窓ガラスは半分が砕け飛んで隙間風どころの話ではなくなり、仕切り用のカーテンはただの布切れとなった。
 ……これを穏便に済ませられる奴は聖人になれると思う。
 柊が続ける。

「っていうか、人の部屋に来て大暴れすんのがお前の仕事なのかよっ!?」
「そんなわけないでしょうが。これよこれ」

 彼女が取り出したのは、一枚の紙。
 こほん、と一つせきばらいをして、かしこまった口調で彼女はその紙を見せつける。

「極上生徒会から、柊蓮司特別執行委員に向けての辞令をお持ちしました。
 ここで読み上げさせていただきますが、よろしいですか?」
「お、おう。どうぞ」

 めったにない丁寧な口調に気圧されたのか、頷く彼を見てくれははそれじゃ読むね、と笑いかけた。

「辞令。
 今日一日執行委員のみんなを驚かせたりとか、自分の責任放棄したりとか、何度忠告しても自分から休み申請しないこととか全部の責をとって、明日一日謹慎処分」

 謹慎、と聞いて柊が胡乱げに目を細める。
 一日大人しくしていろ、と言われても仕事が入る以上は戦力を動かさないでおく理由はない。
 がしがしと後ろ頭をかきつつ、彼は半眼で言った。

「謹慎って……ここで大人しくしてろってか? そんなことできると思って―――」
「何言ってんのよ、まだ続きがあるの。ちゃんと最後まで聞きなさい」

 くれはに咎められ、へいへい、と柊はため息。彼女は構わず続けた。

「なお、謹慎処分中は柊蓮司特別執行委員に課せられた全義務を撤回し、またそれに伴った全権利を預かるものとする―――ってね」
「続きったって、結局仕事するなってことじゃねーか」
「あれ、アンタまだ気づかないの?」

 目を丸くした後、くれはは楽しそうに笑った。心底楽しそうに、告げる。


「あんた『この部屋を誰から借りてるか』覚えてないの?」


 ざあっ、と。血の気が引く音がした気がした。
 この部屋、というかこの東棟は名義上極上生徒会管轄下のものであり、執行委員の代表の権利として柊が借り受けている立場だ。
 執行委員として課せられた権限と義務を取り上げられた場合、柊がこの場所にいる権利はなくなるわけである。

「おい、それってもしかして……」
「おめでとう、明日一日思う存分住所不定無職をエンジョイしてらっしゃい。
 あ、明日一日って0時から開始だから早いところ大事な荷物だけでもまとめておきなさいねー」

 じゃ、あたしは仕事終わったから帰るねーと能天気に言って、彼女は呆然としたままの柊を残したままに仮眠室から外に出る。
 幼馴染のぐうの音も出ないような表情に久しぶりに愉快な気分になりながら、誰にも届かないような声でぽつりと呟いた。

「仕事人間を休ませるには仕事場から追い出しちゃえ、か。ヒナギクさんも中々いいこと言うよねー。
 こうでもしないと休んでくれないんだもん。あの頑固者」

 満面の笑顔で言うその言葉には、やっぱり楽しそうな響きしかなかった。


 ***

「今日は疲れたぞ、ハヤテ」
「お疲れさまですお嬢さま。今日はお嬢さまのお望みのポークピカタグレイビーソースとミネストローネを腕によりをかけて作らせていただきますね」

 三千院家の主従は、夕暮れの街を別荘へと帰るところだった。
 ハヤテはいつにも増して今日はなんだかずっと笑顔で、その理由をナギは分からないため、少しだけモヤモヤしていた。

「そ、そういえばハヤテ。困っていたところに颯爽と現れた腕のいい魔法使いとはどんな奴だったのだ?
 管理局の白い悪魔か? 赤い髪の先生とか呼ばれてる姉から奪った眼鏡をくれる破壊の魔女か? それともファースト主人公声のシルクハットに仮面の変態的紳士か?」

 そんな危険人物ではないのは確かだが、しかしナギには伊澄だとは言えないわけで、彼は笑顔のままごまかした。

「そうですね、こう……人は見かけによらないって言葉の塊みたいな方でしたよ?」
「麻倉な方のミッ○ーか?」
「紳士じゃないただの変態ではなかったですね」

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 閑話休題。
 その通りすがりの魔法使いこと伊澄はといえば、ハヤテがお願いをかなえてくれたお礼としてすでに寮の彼女の部屋の前まで送り届けている。
 最後までオロオロしていたものの、ナギのことで彼が礼を言うと素敵な笑顔でではまた、と言って自分の部屋へと入っていった。
 その後ノーチェが到着して柊の無事を確認するまで彼らは東棟にいたものの、確認後はすぐにその場を去った。
 東棟から別荘までは転送陣一本なのだが、夕飯の買出しに行くために最寄の食材屋に向かうため、別の転送陣へと送ってもらい、買い物を終えてゆっくりと帰路を行く。

 ナギは、その道中ずっと上を見上げていた。
 今日、小さな少年が降ってきてからの一日のことを思い返すように、ずっと空を。
 ハヤテは、そんな主に合わせてか、あえて自分から話すことはしない。ナギの言葉を待ちながら、ナギの言葉に応えを返した。

「結局……約束、守れなかったな」
「何を仰ってるんです。お嬢さまは柊さんを助けたじゃないですか」
「そっちじゃない。蓮司から頼んだ方だ」

 そう、上を見上げたまま言ったナギの言葉でハヤテも思い出す。
 苦しい息の中で、自分に起きていることも理解できない子どもが、ナギを泣かせないように考えてから言った言葉。
 目の前の誰かを安心させようと、懸命に笑ってした指きり。
 『なおったら、あそんでくれよ? やくそく』
 その姿を見たからこそ、ナギは自分で走り出すために背を押された気がしたのかもしれない。

 結局治りはしたものの、柊少年はもういない。約束は守れなくなってしまったのだ。それこそ永遠に。
 わかっていたはずなのにな、と少女は自嘲するように呟いた。


「いつか蓮司が元に戻るっていうのは、最初っからわかってたことだったんだ。
 いなくなるものだとわかっていたのに、それでもなんだかこう、ぽっかりと何かを失ったような気がするな」

 不機嫌と寂しさの入り混じった表情のナギを見て、ハヤテもまた上を見上げて言った。

「お嬢さま、ご立派でしたよ」
「そんなことはない。もう帰ってこないと知っているのに、まだ会いたいなどと考えてしまうのだ。まったく、未練がましいにもほどが―――」
「わかってらしたんでしょう? あそこで、お嬢さまが初春さんのところに行けば柊さんが助かることを。
 その後の色々があって予定よりも早くなってしまいましたが、あそこで自分が動けば小さな柊さんとは会えなくなるって、わかってらしたはずです」

 自分の心を見透かしたかのようなハヤテの言葉に、二の句の継げなくなるナギ。
 ハヤテは自分の方を見たナギに、綺麗に微笑みかけた。

「もう二度と会えないっていうのは、すごく悲しいことです。お嬢さまは誰かの到着を待つことだってできたはず。
 その場合柊さんが助かったかは分かりませんが、少なくとももう少し長い間柊さんと一緒にいられたでしょう。
 なのにお嬢さまはご自分で行動なさったじゃないですか。
 『助けたい』って気持ちで動いて、柊さんを助けてしまいました。
 例え未練が残ったとしても、後悔しないためにお嬢さまがとった行動を、僕は立派だと思いますよ」

 言われ、ナギは一度目を閉じる。
 小さな少年の、笑顔があった。涙目があった。照れた顔があった。彼女を呼ぶ声があった。
 今もまぶたの裏にある。すぐにでも思い出せる。忘れない限り、ずっと一緒だ。
 目を開き、あぁ、と胸の奥から息を吐き出す。重みを一緒に吐き出すように。

「―――そうだな。では、私のことを立派だと言ってくれるお前を認めるためにも、その言葉を受け取っておこう」

 素直にありがとう、とは言わない。
 極度の負けず嫌いのナギが、誰かに弱みを見せたことなど認めるはずもない。
 それでも、執事にはその気持ちが伝わったようであり、彼は笑顔で応える。今日一日、また一歩成長した自分の主に敬意と親愛を込めて。

「ありがとうございます、お嬢さま」

 そして、三千院の主従は別荘に戻っていく。
 今日という一日の思い出を胸に、彼らはまたこの世界を明日も歩いていく。



 fin.


 ***


 おまけ


 三千院家別荘の食卓で、ナギは注文どおりにハヤテの作った主菜のポークピカタを食べ終え、ナイフとフォークを置いた。
 ナフキンで口元をぬぐい、よく冷えた水の入ったグラスを傾ける。
 それを待っていたようにハヤテがナギの皿を下げようとして、気づく。

「……お嬢さま、にんじんのグラッセとピーマンのソテー、残したんですね」
「苦手なものは苦手なのだ。早く下げろ」

 つん、と言ってのけるお嬢さま。
 ナギはとにかく好き嫌いが多く嫌いなものには手をつけないため、普段はハヤテもきちんとカモフラージュした上で出している。
 しかし今日に限っては夕方まで家のことができなかったこともあり、ナギのために手を抜かない範囲で副菜を作ったため、偽装まではできなかったのだ。

 ハヤテがナギのわがままを自分の不覚として受け止め、今後はもっと時間を気にするようにしよう、と心に決めて皿を下げようと一礼した、その時。

「むむむ。このグラッセ、丁寧に灰汁抜きされた上で口の中に広がる柔らかな甘みが素晴らしいであります。
 ピーマンも苦味を上手く消して歯ごたえを残し、上質なバターの香りがパスタがほしくなる味……っ!
 さすがは三千院家のこんばっとばとらーVでありますなっ!」

 間。

「って、どこからわいてきたお前っ!?」
「ロボット的な呼び方しないでくださいよ!?」

 ハヤテがが今下げようとしている皿からつけ合わせを堂々と奪いもぎゅもぎゅと食べているノーチェがいた。
 彼女は皿の上に残ったつけあわせを、手にしたフォークで全て串刺しにして口の中に放り込み、飲み込んでからナギの方を見た。

「湧いたって……人を虫のように言わないでほしいでありますよ」
「人ん家に正面から入ってきたわけでもないくせに家の主人の食事を勝手に食べる奴をわいたと言わずになんと言うんだよ」
「虫っていうか、たかりですよね。妖怪たかり」
「わたくし吸血鬼でありますよ、そんな変な妖怪になった覚えはないでありますっ!」
「いや、もう妖怪たかりでいいじゃん。そっちの方が吸血鬼よりもお前に似合うぞ?」

 ナギに真顔で言われて多少ヘコんだのか、部屋の隅っこでどんよりした空気を背負い壁紙の小紋の数を数える作業を開始するノーチェ。
 さすがに居座られるのには困ったのか、ナギがちらりとハヤテを見た。
 彼は、一応営業スマイルをはりつけてノーチェに話しかけた。

「あのー、ノーチェさん。ここは三千院のお屋敷でして、お客様以外の方の座り込みなどはお断りしているんですけど……」
「酷いでありますよー。せっかくハヤテにこれ返そうと思って持ってきたのに……」

 そう言って彼女が月衣から引きずり出すのは一つの水筒。
 それは今日のお昼頃に彼がナギのために紅茶を入れていた水筒であり、ノーチェによって長門へのお土産にされたものでもあった。
 水筒を受け取りながら、ハヤテは営業スマイルのまま言う。

「そ、それは夜分遅くありがとうございます。
 けど、あんまり人のものを勝手に持って行ったりしちゃダメですよ?
 そのせいで柊さんもお嬢さまも危ない目にあいかけたんですし、僕が間に合っていなければどうなっていたか……」

 わかってるんですか? というハヤテのお説教をかわすように、彼女はナギの方を見た。

「ナギも、今日はウチの代表のために色々とありがとうでありますよ。
 きっとあなたたちがいなければ、蓮司はあのエミュレイターに落下直後にぱっくんだったでありましょうからな」
「礼ならウチの執事に言え。ハヤテが拾おうとしなければあんなもの拾わなかったからな」

 ふん、と鼻を鳴らすナギに、ノーチェは疑問を投げかけた。

「けどナギは蓮司のこと嫌いなはずでありましょう? なんであそこまでしてくれたでありますか?」
「嫌いだからといって、死んでほしいほど憎んでいるわけではない。お前たちがこの世界を守ってくれているのはわかってるよ」

 そのまんざらでもなさそうな言葉に、銀髪の奥の赤い瞳がきらりと輝いた。
 では、と彼女が続ける。

「また今度何かあったら、ハヤテをお借りしてもよろしいでありますかな?」
「なぜそうなるっ!? ハヤテは私の執事だ、勝手に借りるな!」
「そうですよっ! そんな危ないことを僕にさせようとしないでくださいっ!」

 主従による否定を聞いて、けれどノーチェは逆にたずねた。

「勝手でなければ、お借りしてもよろしいのでありますか?」
「へ?」
「つまり、ハヤテを借りる前にナギに許可を取ればいいのでありますかな?
 もちろんあくまで『手伝い』でありますから執行委員は別につけるでありますし、仕事の内容も雇い主のナギにはきちんと事前に報告させていただくであります。
 というか、ハヤテの万能執事能力を見込んでお願いしてるのであります。週に一度2時間とかそれくらいの頻度でも構わないので……。
 もちろんお給料も出すでありますよっ!」

 ですからこのとーり! と神妙に手を合わせるノーチェ。
 実のところ、2時間程度では事件を解決するほどのことはできない。事務的整理が関の山だ。
 だからむしろ、ノーチェがなんとか了承してほしかったのは、
 『ナギの事前の許可があり、彼女の安全が確保されている状況においてはハヤテの協力が見込める』というナギ自らの承認だ。
 ハヤテの能力は執行委員からみて非常に魅力的であるものの、彼の協力を得るにはその主であるナギの機嫌を伺わなければならない。
 ならばいっそのこと事前にナギに承諾を取りさえすれば協力してもらえるという約束をとりつけてしまえばいい、と考えたのだ。
 借りすぎれば結局ナギの機嫌を損ねることになるため細心の注意が必要なものの、人手が足りないのだ。四の五の言ってはいられない。

 ナギはノーチェの言葉をしばらく吟味していたようだったが、やがて彼女はノーチェの方を見返した。

「……ハヤテを死なせないと約束できるか?」
「必ず」
「ケガさせないと約束できるか?」
「努力するであります。もしもさせた場合はちゃんと治してお返しするでありますよ」
「嘘はついていなさそうだな」
「あまり得意ではないでありますから。交渉ごとに嘘はもちこまないであります」

 それだけ聞いて、ナギはよし、と続けた。

「一時間だ。ハヤテの貸し出し一回につき一時間。
 事前に私に連絡をいれること、ハヤテ自身にも承認を得ること、時間は必ず守ること。
 それだけは必ず守れ。できないならこの契約はナシだ」
「感謝するでありますよ、ナギ」
「なに。私も秘密組織とかには憧れる。今日一日で感謝されることが嬉しいことだとも思ったしな。
 それから……たまにそっちに遊びに行くかもしれんが、それも構わんな?」
「お仕事の邪魔さえしなければいいでありますよっ」

 楽しそうに話しあう二人の少女を見て、まったく状況についてこられない執事はため息をついた。
 僕の意思は無視なんだろうかと思いながらも、お嬢さまに新しいお友達ができるならそれでもいいか、と思える自分を自覚しながら。
 この世界のまだ知らない人たちと関わりを持とうという主のためにも、ちょっと増える仕事を頑張ろう、と思いつつ。

 とりあえず、放っておくと夕飯まで要求しそうなこの白髪ツインテールをどう追い出そうか考えるハヤテであった。


 こんどこそ、おしまい。


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