ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第01話

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それぞれの溜息の理由――黛由紀江の場合


「はあ……」

 黛由紀江は、オープンカフェの席に座りながら、ため息をついた。
 その視線の先には、楽しそうに談笑しながら、学園世界を歩いていく女の子の集団。

「楽しそうだなあ……」

 それに対し、由紀江と相席するものは一人もおらず、どちらかと言うと遠巻きにその姿を眺められている。

「私も友達、欲しいです……」

 はらはらと涙を流しながら、由紀江は一人つぶやいた。

 由紀江には川神学園が学園世界に接続される以前から、友達と呼べる存在は一人もいなかった。
 田舎から遠く離れた川神学園に進学したのも、友達を作るためだ。
 その甲斐あってか、つい最近になって、風間翔一率いる「風間ファミリー」の一員になることが出来た。
 それ自体は喜ばしいことだったが、最近になって問題が生じてきた。
 彼らの居場所である「秘密基地」までは、この学園世界に接続されなかったのだ。
 何とかして代わりになる「秘密基地」候補を探そうと、翔一が学園世界中を駆け回るようになった。
 古参メンバーの一人、直江大和も、学園世界での人脈を増やすために、奔走している。
 残ったメンバーも、なんとなく学園世界でのファミリーの居場所を見つけられないまま、今まで散り散りになってしまった。
 結果、由紀江もまたしばらく一人に逆戻りと言うわけである。

「せっかく、友達を見つけられたと思ったのに……」
「大丈夫だまゆっち、まゆっちにはオラがついてるぜ!」

 誰もいないはずの席に、くぐもった声。
 由紀江がポケットをまさぐると、それは出てきた。
 小さな黒馬のストラップ。

「そうでしたね、松風。私は一人じゃなかったですね」
「あたぼうよ、オラはいつだってまゆっちの味方だぜ?」
「ありがとう、ありがとう松風……」

 しかし、それを見る周りの目は。

(お、おい、あの子、携帯ストラップに話しかけてないか……?)
(もしかして、ちょっとイタイ子……? やべー、顔はすげー好みなのに……)
(てゆーか、あの刀、どこか危ない人なんじゃ……)

 と、かようにとても冷ややかであった。

「どうすれば、友達が出来るんでしょうか……?」
「まゆっち、友達を作るのは簡単なんだぜ? まずはサーブ、次にトス、最後にアタックが肝心だぜ?」
「松風、それはどういうことですか?」
「いいか、まゆっち。最初にきっかけを作る。そいつと話をする。そして最後に『お友達になってください』って言えばいいんだよ」
「それは分かります…… でも、きっかけがなかなか掴めなくて……」
「まゆっち、きっかけと言うのはな、待ってても来ないもんなんだぜ? まずは当たって砕けろの精神で突撃かますんだ。大丈夫、まゆっちは出来る子だ、がんばれまゆっち」
「そ、そうですね…… 分かりました松風! 私、がんばって見ます!」

 由紀江はおもむろに席から立ち上がった。

(ストラップと独り言話してるかと思ったら、急に立ち上がったー!?)
(何、何!? 何をする気なの!?)
(こえーよ、この子! 目が何かぎらついてるし!)

 ほかの客たちは遠巻きに、自分たちにお呼びが来ないよう、必死に祈っていたとも知らずに。


 麻帆良学園。公園で一人、せわしなく首を動かす小柄な生徒がいる。つややかな黒髪を片方に結い、手には刀を握り締めている。

「私のお友達候補その1、麻帆良学園中等部の桜咲刹那さん。今なら一人、話しかけてみれば、きっとお友達になれるはず……」

 ぎゅっと刀を握り締めて、由紀江はその様子を木陰から見守っていた。
 後はタイミング。そう、タイミングを見計らって……
 心臓が高鳴る。こくん、とつばを飲み干し、がさっと、おもむろに顔を出す。

「あ、あのっ!」

 由紀江がそう叫んだそのとき。
 突然彼女の背が叩かれる。

「おい、こんなところで何してるんだ、お前?」
「え?」

 ついに聞こえた男の声に、思わず振り返る。
 その顔は一度見たことがある。
 柊蓮司。学園世界では知らないものがいない有名人である。

「え、いや、そのですね、私、別に怪しいものじゃ……」
「いや、刀持ってそんなこと言われても説得力あんまりねーし」
「あの、その、これはですね、私の大事なものと言うか、決して人を害しようなどこれっぽちもですね」
「とにかく。お前のことを不審に思ったやつからの通報があったんだ。ちょっとこっちに来てもらうぞ」
「え、そんな、ちょ、困ります! 私は何も悪いことは……」
「あーはいはい、とりあえず所属してる学校から教えてもらおうか」
「いやあああああああああああああ!!」

 由紀江は柊に引きずられ、詰め所へと連行されていった。
 それと同時に。

「せっちゃーん」

 刹那の待ち合わせしていた人物が到着した。

「お嬢様」
「ごめーん、待った?」
「いいえ、ちっとも。今日はどちらへ?」
「うん、ちょう、遠出しよう思ってな、せっちゃんも一緒についてきてくれへん?」
「お安い御用ですよ、お嬢様」


「あうう、ひどい目にあいました」
「ファイトだまゆっち、今回はたまたま運がなかっただけさ」

 詰め所から解放され、とぼとぼと歩く由紀江を、松風が慰める。
 その様子を遠巻きで柊たちは。

「……おい、あの子ストラップに話しかけてるぞ」
「でありますなー。最近の流行でありますか?」
「そんなわけねーッスよ。単にイタイ子なんだと思うッス」
「なんか、ちょっと気の毒に思えてきた……」

 くっと、柊は顔を抑える。
 そんな柊たちの会話に気づくことなく、由紀江は、松風と相談を続ける。

「一体、何がいけなかったんでしょう?」
「まあ、まゆっちのことをよく知らないやつが、不審人物と間違えて通報してきたのが原因の一つじゃね?」
「一つ? 後は一体……?」
「やっぱりさあ、物陰に隠れていきなりがばあ、はふつー引くと思うぜ? もっとふつーに、ふつーにやってみようぜ?」
「普通に、普通に……」
「そうさまゆっち、まゆっちならきっと出来るぜ。一回失敗したくらいなんだ、もっかいぶつかっていくくらいの気概を見せてみろ」
「そうですね松風。まだ私のチャレンジは続きますからね」

 むん、と気合を入れて由紀江は歩き出した。



「第2のお友達候補、輝明学園高等部2年、芳緒菖子さんと美紅さん、私と同じ剣を志すもの同士ならば、きっとお友達に……」
「まゆっち、あんまりそういうこと言わない方がいいぜー。それ、何かのフラグっぽいからよー」

 松風の警告を無視し、由紀江はひそかに闘志を燃やす。
 由紀江は、楽しそうに談笑する菖子と美紅の後ろをそっとつけている。
 見る人が見れば、ただの辻切り魔である。
 しかし本人にはその自覚は薄く、二人に話しかけるタイミングを、今か今かと待ち構えている。
 少し距離を詰める。心なしか、少し離れた気がする。また距離を詰める。また離れた。

「あれ? これって……?」
「あぶねーフラグバリバリじゃね?」

 人気のないところまで来たところで、二人はおもむろに振り返り、月衣から刀を抜いて由紀江に突きつけた。

「えええええええええええ!?」

 素っ頓狂な悲鳴を上げる由紀江。

「あたし達をこそこそ付回すのは貴方ですね!?」
「何をたくらんでるの!?」
「え、いや、そんな、企むだなんて、ととととんでもないです! 私はただですね、お二人とお友達になりたくてですね……」
「ごまかされませんよ!」
「さあ、誰に頼まれたの!? きりきり吐いてもらうわ!」
「え、えええええ!?」

 まずい。これはまずい。
 二人は頭に血が上って、こちらの弁解なんて聞く耳を持ちそうもない。
 ここはひとまず……

「撤退ですううううううう!!」

 由紀江は一目散に逃げ出した。

「あ、待ちなさい!」

 菖子は追いかけようとしたその瞬間。
 足元の小石に躓き、派手に転んだ。

「あううう……」
「大丈夫? 本当についてないわねえ……」
「面目ない……」
「また失敗しました……」

 一人、さめざめと泣く由紀江。何でこうもうまくいかないんだろうと自問する。

「元気出せまゆっち。まゆっちのことを分かってくれるやつだってきっといるさ」
「そ、そうですね…… 大和さんたちみたいに、私とお友達になってくれる人、必ず出来ますよね?」
「当然じゃん、まゆっちがいい子だってことは、オラちゃーんと分かってるぜ?」
「はい!」

 由紀江は涙を吹いて、元気よく頷いた。
 そこに。

「おーい、まゆっちー」

 知った声がかけられる。

「大和さん? どうして……」
「いやあ、輝明学園の知人から、不審人物が芳緒姉妹を尾行してるっていうからさ、特徴聞いてみたら、まゆっちそっくりっぽいから、もしかしたらと思って追いかけてみたんだよ」
「そうでしたか…… ご迷惑おかけします」
「友達になれそうな人、探してたのか?」
「はい、今日も失敗しちゃいましたが……」
「ふーん……」

 大和は少し落ち込んでいる由紀江の肩をぽんと叩いた。

「大丈夫だって、いざとなったら、俺も手伝ってやるからさ。幸い、輝明学園には知人が多いからさ、まゆっちの悪い噂の火消しくらいなら手伝ってやるよ」
「あ、ありがとうございます」
「それから、芳緒姉妹にも、まゆっちのことをうまく紹介してあげるからさ」
「すみません、何から何まで……」
「何、友達の助けになるのは当然だろ?」
「あ……」

 由紀江の胸にジーンと熱いものがこみ上げてきた。

「じゃあ、行こうか、まゆっち。友達作り、俺も協力するからさ」
「はいっ!」

 黛由紀江。
 友達百人計画(学園世界版)、ただいま絶賛継続中。


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