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石垣りんと作品「くらし」について 田代深子

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石垣りんと聞けば、「少女の頃から銀行員として働き、家族を養った生活詩人」「4 人 の母を持ち...」と出てくるわけだが、じつは働きはじめた 14 歳(昭和 4 年)当時に おいては、家計が逼迫していたわけでなく、また継母たちと不仲だったわけでもない。 石垣作品を読むと、どんなに駄目な父親かと思われるその父は、薪炭商としてそれな りに安定した暮らしを立てており、りんは「気ままな上の娘」として大事にされていた。 就職の際には新しい着物、印鑑なども親にしつらえてもらったという。読書好きで文 筆をしたというのだから、高等教育を望んでも不思議ではなかったのだろうが、りん は自ら働く道を選んだ。

私が育てられたのは、ちいさいけれど暮らしに困ることのない商家でした。 足りないものは四つの時に亡くなった母親。(中略)母と呼ぶ人を四人迎えま した。その手前には三人の母の死があるわけです。私はごく自然に、自分を しばるものから解き放し、自由に生きることをいのち全体で希望したに違い ありません。十五歳の時点では教育と家庭から。それで最初に選んだのが働 くことでした。というと少し立派にきこえますが、勝手につかえるお金が欲 しかっただけです。

私がはじめて給料をもらったとき、祖父は十八円はいっていた袋の中から五 円ぬき取ると、これを貯金にしなさい、と命じました。残り全部私のものになっ たのですから、上級学校へ行かないで働きに出た、ということの悲壮感もな ければ、生活上の逼迫もなかったわけです。『ユーモアの鎖国(+)』より

くらし向きが厳しくなったのはやはり戦争、そして終戦の年に自宅が全焼し家業が 成り立たなくなってからであろう。銀行という、当時にすればおそらく特別に安定し た勤め先へ通う長女が家計を担うのは、必然的な成り行きと言える。《許婚者も、恋人 も、みんな戦争につれて行かれ》たためなのかどうかはわからないが、25 歳のりんが、 結婚し母親になるという選択肢をすでに捨てていたこともある。
丸の内 OL、しかも女性誌の投稿常連で選者の直弟子、かつては自腹で華道も習った。 だからいっそう、家族の貧しい暮らしを一人の力で支えている、その自由の無さに理 不尽を感じただろう。充分だと思っていた収入が、高学歴の後輩男性に比べて低ければ、口惜しさも感じる。戦中戦後の誰もが飢えた時代から、復興、高度成長期へと変動す るなか、常に変わらぬ「女性銀行事務員」として底辺で働き続ける。先の開きそうに ない生活に、ただ詩だけがまったき自在の場であり、それを認められることの重大さ が理解できる。
「くらし」は第 2 詩集『表札より』に収録された、教科書などにも掲載される著名な 作品である。詩人がひたすら生活してきたうちに培った精神の暴力性、その暴力性に 匹敵する他者の呪縛の強さが、読者の前に荒々しく投げ出される。 〈四十の日暮れ〉とあるから素直に昭和 35(1960)年の作と考えれば、これは父が 亡くなり、ヘルニアで1年の療養を余儀なくされ、処女詩集が刊行された、人生の転 機とも言える時期を越えた直後であろう。肩の荷は軽くなり、職場での軋轢も薄れた のではないか。四十を不惑とも言うが、りんは一心不乱だった時期を過ぎ、現在のゆ るさに当惑しているように見受ける。緊張と興奮のにまかせて書いてきた作品に「醜悪」 と自ら呼んだ父が、その言葉にどう引き裂かれていたのか...そうしたことも思ったか。
私事であるが、筆者も 30 代半ばまでは、生涯独身で働き続け「石垣りんのように」 老いてなお詩を書き続けていくであろう、と考えていた。しかし不惑を前に縁あって 結婚し、現在生活のため働いている。 結婚は「縁あって」するもので、縁は意外にもするりとやってくる。しかし石垣り んは妻にも母にもならない女であることを、あえて貫いた。それは生まれた家族の特 殊さが要因として大きいはずで、石垣りんを、高貴なる詩人たらしめるものでもある。 だが若い彼女が顔をそむけたいと思った醜悪な夫婦の、そのくらしの、不思議な弾力。 不惑を越えてそれを考えている。
くらし 田代深子

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