香菜里屋のメニュー


北森鴻の連作短編ミステリー「香菜里屋シリーズ」のもう一つの魅力は美味しそうなメニューの数々。このビアバーのマスターいわく「ビールを注文してもらうための、陰謀です」とのこと。こんな陰謀なら喜んで!

p18 「今年最後の冬瓜を、挽肉と煮て葛でとろみをひいてみました。コンソメ味ですからきっとビールに合いますよ」
p19 「サニーレタスとムール貝を、酢みそで和えたものをお出ししたんです。」
p29 鰆の切り身を小さな南部鉄のフライパンに敷き詰め、ホワイトソースをかけながら
p64 「小鯛をワインビネガーと昆布でしめてみました。」

p76 平皿と見えたのは、帆たての貝殻である。それも普通の大きさではない。プロレスラーの掌を、さらに拡大したといっても過言ではない大きさの帆たての貝殻である。その縁まで澄んだスープが満たされ、ところどころに白い身が透かし見える。そして細長い身が幾つか。スープに浮いた油膜から、バターの香りが強引なほどの勢いで鼻孔に攻め入ってくる。 <<中略>> コキールというよりも『小鍋だて』と、言いたいところです。生きたままの帆たてを貝殻ごと使ってみました。味は酒と醤油のみ、それにバターを仕上げに少しだけ。贅沢でしょ
p100 合鴨の良いものが入りまして、その余分な脂身で吸い物を作ってみました。白髪葱を添えてありますから、意外にさっぱりとしていますよ。少しアルコールで舌が疲れたことでしょう

p113 「地蛸のいいものが入りましたので、スモークを作ってマリネに仕立てました」

p162 京都で買ってきた鯖の棒鮨に、見ているだけで吸い込まれそうな細身の洋包丁が入る。 <<中略>> 酢飯からネタを剝がして、酢飯だけを小皿に盛っている。それを蒸し器に入れて、「十五分程で、変わり味の蒸し鮨の出来あがりです」 <<中略>> やがて蒸しあがった小皿に細切りしたネタを戻し、紅生姜と柚子の細切り、あらかじめ焼いてあった錦糸卵を盛り付ける

p182 鮪のトロを賽の目に切り、ガーリックバターで照りつけたひと皿が置かれている
p199 「形の良い鱒をいただいたのですが、ちょうどこの季節は鱒も脂を落とし切っていますので、少し手を加えました」皿の上には、体長三十センチは十分にある、巨大な魚の開きが載っかっている。「燻製のつもりだったのですが……どうでしょう?」

p222 「柚子蒸し」を作ってみたのですがと、伊万里焼の深皿を持ってきた。中に色の褪めた柚子がひとつ。柚子そのものを器にしたなにかの蒸し物だろう。
p234 「いい牛肉が入ったものですから、カルパッチョに仕立ててみました」
p272 「即席で牡蠣のシチューでも作りましょうか。いいものが入っていますし、ソースのストックがありますから」

p9 蓋を取ると同時に、だし汁の良い香りが湯気とともに鼻腔に届く。微かなアクセントは柚の皮か。先ほど、店に入るなり「少し変わった物を作ってみたのですが」と勧められた一品である。 <<中略>>「西の方でよく鍋に使われる食材に、エソという白身魚があります。ちょうど市場ですり身を見かけたので」どうやらすり身を白菜の葉で巻き込み、ロールキャベツの要領で和風仕立てに煮込んであるらしい。添え物が合鴨の切り身のつけ焼き。そこへとろみをつけただし汁をひたひたに掛けたものが椀の中身である
p26 「白髪ネギとサラミの細切りをフレンチドレッシングで和えてみました。ちょうど箸休めによいでしょう」 <<中略>> 水にさらした白髪ネギに残る微かな辛みと、サラミソーセージの塩気。それらがドレッシングによって一つの調和を生み出している。プレーンクラッカーでもあればなおいいかもしれないと、ふと思ったところへ、それを見透かしたようにクラッカーを盛った小皿が差しだされた。
p27 自家製のビーフジャーキーである。軽くオーブンで炙ってあるので、ほんのりと温かく、そして柔らかい。熱で活性化した牛脂をビールで喉へ流し込むと、舌先にうま味だけがきれいに残る一品である。
p33 別々に蒸し上げた白身魚と蕪へ、黄身酢をかけ回したもの
p50 小鯛を昆布で締め柚をあしらった小皿

第八話「桜宵」
p66 見た目こそただの揚げ出し豆腐だが、四ツ割にされた豆腐の一つを口にした途端、未知の味覚が舌全体に広がった。微かな辛みと磯の香りが、舌を心地よく攻撃する。それをビールで洗い流すと、あとに大豆のほのかな甘みが残った。<<中略>>残り三つの豆腐のすべてが、異なる味わいを持っていたことであった。全体にかけ回されたつゆからして、違うようだ。<<中略>>「かたく水切りをした豆腐を四ツ割にし、さらにそれぞれ二枚にスライスしまして、中に四種類の具・・・・・・洋辛子と焼き海苔、明太子の生クリームあえ、生雲丹、生ハムとホースラディッシュを別々に挟んで揚げてみました。多少洋風がかっていますので、コンソメのスープをつゆに仕立ててみたのですが、お口に合いましたか」
p72 湯気の立つ二つの器はどうやら汁物と飯。小皿は香の物らしい。飯をひとくち口に運んだ客が「こいつは!」といったまま、あとはひたすらに食欲の権化と化してしまった。<<中略>>「蛸そのものが実にいい味を出してくれるので、出汁は使用していません。岩塩と色づけの醤油を少々のみで、炊きあげてみました」
p91 木製の平椀に盛ってきたのは、魚介の濃厚な香り漂うパスタだった。<<中略>>キャベツの甘み、アンチョビの塩気、癖のあるオイルの香り。<<中略>>「麺を茹でるときに塩と一緒に醤油を少々。直接ソースに混ぜるよりも、仄かな香りが活かせる気がしまして」
p94 「黒豚の良いところが入っています。バラ肉と大根の千六本を薄目の出汁でさっと炊き合わせてみましょうか」
p95 「たっぷりの春キャベツとウィンナーを、グラタン風に仕上げてみました」
p95 「鰆の西京漬けをご用意しておりますが、いかがですか」
p102 「箸休めにいかがですか」と、工藤が小鉢に盛り付けたのは、蒸し蛤のむき身にガーリックオイルをかけ回したひと品だった。
p106 大根かなにかのようだが、仄かな湯気がたち、香ばしい匂いがする。白い食材を引き立てるようにかけられているのは、薄緑色のソースだ。「天然物の山独活を届けてくれた方があったものですから。炭火で焼いて皮をむき、抹茶で色を加えたヨーグルトソースをかけてみました」

p131 小鉢はザワークラウトに、千切りの鶏皮をかりかりに揚げたものを添えた一品。
p131 岩牡蠣の名にふさわしい岩石を思わせる牡蠣の殻に、むっちりとした肥えた身肉が横たわっている。<<中略>>黄金色の液体が牡蠣の身肉へと注がれる。とたんに、あたりにバターとガーリックの芳醇な香気が充満した。<<中略>>「ごく軽く熱を入れた牡蠣に、ガーリックバターを熱したものをかけてみました」
p158 ピクルスだった。ズッキーニ、イエローピーマン、人参、セロリといった野菜のざく切りが、小鉢の中で彩りを競っている。一切れをつまみ上げ、歯と歯茎が喜びそうな野菜の感触を味わうと、同時に粗挽きの黒胡椒が口内を刺激する。甘みのほとんどない、酸味と野菜の香りのマッチを楽しむための一品である。
p163 小鉢の中身は、ささみを緑色の調味料で和えたものらしい。口にすると、未知の刺激が舌全体に広がった。「九州産の柚胡椒を戴いたものですから。自家製です。香りが強いでしょう」
p173 「イチジクを赤ワインで煮たコンポートです。よく冷えていますよ、箸休めにどうぞ」

p181 鶏の砂肝を薄くスライスし、白髪ネギとともに炒めたもの。<<中略>>かすかな酸味と香味野菜の香りが、味わいを複雑にしている。
p187 春巻の外側の皮は生湯葉。中身は松茸にとどまらず、鱧の千切り、三つ葉のみじん切りが混ぜ込まれている。春雨の代わりに使われているのはくずきりだ。横に添えられた気泡には鰹節、昆布の濃厚な味がつけられている。それが口に入るやたちまち溶け出し、旨みのみを残して消えてゆく<<中略>>「はい、土瓶蒸しそのものを生湯葉に詰め合わせてみたのですが、お口に合いましたか」
p201 生のほうれん草とゆで蟹を、パルメザンチーズをきかせたソースで和えたシーザーズサラダ風のひと品。<<中略>>続いて、げんこつ状の揚げ物ととんすいに張ったスープが小さな膳にのせられ、「賽の目にしたレンコンと新ぎんなんを、かき揚げ風に仕上げてみました。濃いめのコンソメスープでどうぞ
p214 いつの間にか用意された小皿には、からすみと大根のスライスが重ね合わせられている。厨房で今しも出番を待っている、メインディっシュまでの繋ぎということか。
p216 濃厚なくせに上品な、出汁の旨みと松茸の香気、鱧の脂の甘さが口内で渾然となる。鼻腔へ抜ける初秋の香気が、たちまち頭部の内側に満たされていく。

第十二話「蛍坂」
p13 夏野菜・根菜を千切りにして、脂が多めのベーコンの細切りとともにさっと炒めます。それをスープストックで仕上げたものです。ベーコンをブタの網脂に替え、濃い目の出し汁で仕上げると沢煮椀という料理になるのですが。
p21 鉢の中身は、手毬麩ほどの丸い揚げ物である。<<中略>>「小ぶりのきぬかつぎを揚げてみました。横に添えた抹茶塩でどうぞ」表面の軽快な歯ごたえと、その奥に潜んだきぬかつぎ独特のねっとりとした感触が、味蕾ともども歯茎を喜ばせてくれた。
p25 見た目には白身とサーモンの手毬寿司のようだが、巻き込んであるのは酢飯ではなく山菜のおこわである。口に含むと、挟み込んだ木の芽が自己を主張するように淡く香った。
p26 こんもりと刻みキャベツをのせた皿を手にあらわれた。キャベツの上には円盤状の揚げ物が、シュウシュウと音を立てている。「衣に粉チーズを混ぜてあります」といわれ、少量の洋芥子をつけたのみで揚げ物をほおばった。とたんにラードの香ばしさと玉葱の甘さが口内で野蛮なほどはしゃぎ、次にシーフードの濃厚な味わいと一体化した。
p34 「昨夜ですが、お客様から良いあさりをいただきました。一晩かけて砂抜きをしておきましたので、潮汁に仕上げてみました」椀の具はあさりとシメジ。それに短冊に切ったネギ。

第十三話「猫に恩返し」
p57 飴色の肉にかぶりついたとたん、幸福な裏切りに遭った。ふんだんに赤ワインが使われているらしい。幾種類かの香辛料の味と渋み、それに淡い甘みが肉そのものにしみている。味付けもさることながら、どうやら調理方法に秘密があるようだ。<<中略>>「赤ワインと醤油を香草と一緒に煮詰め、焦がしネギにショウガを少々、隠し味に蜂蜜を入れてありますが、ご家庭でも簡単に作れますよ<<中略>>「包丁目を入れた手羽先を油で揚げ、先のタレにつけ込んでおきます」<<中略>>「仕上げに粒胡椒を軽くまぶします」
p60 香菜里屋のタンシチューは、材料をビールと少量のウィスキーで五時間がかり煮込み、ストックのデミグラスソースと合わせるのだと、聞いたことがある
p62 「箸休めにいかがですか、小エビのよいものが入ったものですから」鉢の中身は、小エビをオリーブオイルで炒ったものらしいが、口に含むと鮮烈きわまりない酸味が広がった。レモンではあり得ないし、カボスのようなものでもない。未知の柑橘系としかいいようのない酸味が、塩味と混じって、口の中に潮風に似た印象を与える。シークワーサーです、と工藤が何気なくいった。「沖縄独特の柑橘類でして、ちょうど知り合いからフレッシュジュースをいただいたものですから」
p78 熱が通ったピンクのサーモンを口に運ぶと、ショウガの香気と醤油ベースの旨味が口内に広がる。だが、それだけではない旨味が、舌にべったりと貼りついた。<<中略>>「サーモンを生の状態で二十四時間、昆布でしめてみました」
p83 合鴨の焼き物だった。付け合わせはもちろん、長ネギ。岩塩をふって焼いただけのものだが、その柔らかさが尋常ではなかった。犬歯がするりと肉に食い込み、顎の力をほとんど使わぬままかみ切ることができる。喉の奥へと送り込んだあとには、舌の上に肉の旨味のみがいつまでも自己主張する。付け合わせのネギがまたうまかった。鴨の脂を充分に吸い取り、果肉にも似た甘さと香ばしさが口内を歓喜させる。

第十四話「雪待人」
p97 有田の小鉢に大きめの賽子が鎮座している。揚げ物であることは確かだが、見た眼からはその素材を予想することができない。賽の目状の揚げ物にかけられた赤みの強いソースをひと嘗めすると、舌先にぴりりと刺激が走った。酸味。それと赤唐辛子らしいが、色彩のわりに辛みがおとなしい。なによりも、不思議な深みがある。田舎臭いともいえるが、背後に豊穣な官能が横たわっている。「白身のしんじょを蓮根に詰め、賽の目にして揚げてみました」
p118 牡蠣を殻付きのままワイン蒸しにしてみました、というが、どうやらそれだけではないらしい。<<中略>>「ピーナツオイルを蒸して、上からかけてあります」わずかに散らしてあるのは、刻んだ鷹の爪だろうか。海のヨードそのままの香りを残すスープと共に、牡蠣の身をすすり込む。
p128 ローストビーフは、ホースラディッシュ仕立てのソースが、一面にかけられている。「普通はグレービーにマデラ酒を加えてソースを作るのですが」「今日は肉質が柔らかでしたので、ホースラディッシュを使用してみました」

第十五話「双貌」
p146 「トロを焙り焼きにしまして、生ライスペーパーで巻いたものです。炙り焼きのソースは赤ワインと醤油をベースにしてあります。」そのままかじってくださいと、いわれた通りにすると、香ばしく焦げたソースに活性化された鮪の脂のコクが混じり、舌の上でほどけた。添えられた寸切りの分葱がまた絶品で、名脇役よろしく、ともすればくどくなりがちな脂の味を清涼感ある苦味で中和している。<<中略>>「隠し味にレモンバームをごく微量」
p150 芝エビのよいものが入ったので、かき揚げ風のフライに仕立ててみました。カレーソースは、海老の風味を殺さぬ程度にスパイスを利かせ、あっさりと仕上げた
p154 春キャベツに軽く塩を打ってあります。あっさりとしたドレッシングを掛けてお召し上がりになりますか。箸休めにはちょうど良いかと。<<中略>>「ビネガーのかわりにレモン汁を。オイルもなるべく軽めのものを使ってみました」
p159 鯨の赤身を使ったスモーク。ビーフジャーキーに使用する調味液を和風にアレンジし、三日間ほど漬け込んだものをスモークしたという。鯨特有の臭みは全くなく、海のほ乳類が持つ豊満な肉の旨味のみが、いつまでも舌先に残る。
p165 小鉢に盛られた菜っぱのたまり漬けを口に運ぶと、わさびの辛みと芳香が口内に飛び散り、潔くそれが収まると醤油の旨みが次の酒を要求した。「昨年買っておいた葉山葵を、白醤油と酒で漬けておいたものです」

第十六話「孤拳」
p195 賽の目切りしたトマトと素揚げした海老とイカを、実山椒のソースで和えたひと皿。<<中略>>さっと湯通しした実山椒を細かく刻み、他に用意するのはごく少量のすり生姜と分葱のみじん切り。市販のめんつゆの素を水で薄めて材料を混ぜ、仕上げにごま油を一滴、二滴でできあがり
p214 どこにでもある温泉卵をこじゃれた木椀に入れ、焙ったおくらを加えるだけで見た目も鮮やかな一品となる。<<中略>>「かけ廻したタレに、焦がしネギを漬けこんでおいたのですよ」

p25 どうやらモヤシらしい。ナムルに似てなくもないが、ちりめんじゃこを絡めてあるから、別の料理なのだろう。口に含むと、山椒の爽快な辛みと香気、モヤシの歯ごたえが口内に不思議な余韻を残した。「さっと茹でたモヤシに極少量の塩とごま油。京都でいうところのちりめん山椒を絡めただけのものだろうが・・・・・・」
p30 青磁の大皿に盛り付けた、鯛かぶとの蒸しものをもってやってきた。「軽く塩味をつけてありますが、お好みで」とナンプラーの小瓶を皿の横に置いた。<<中略>>紹興酒をふりかけて蒸した鯛のかぶとは、潮の香りに大陸の風土の匂いが混じっている。ナンプラーを少量足すと、魚醤特有の醗酵臭がさらに香りを豊かに膨らませる。

第十八話「プレジール」
p51 弱火で煮込まれた大根にはテールスープのコクがたっぷりしみ込み、テールスープには大根の野性味と甘みが溶け出している。互いが旨みを循環させたスープを別取りして蟹のほぐし身をたっぷりくわえ、葛を引いてとろみをつける。熱々の大根にこれをかけまわして、薬味の芽ねぎを加えてある。

第十九話「背表紙の友」
p94 皿の中身はオムレツである。ナイフを入れるまでもなく、立ち上がる湯気がオムレツの中身を教えてくれた。ジャガイモと牛肉を甘辛く煮た、いわゆる肉じゃがである。醤油味を効かせた出汁にとろみをつけ、ソース代わりにかけまわしてある。
p105 鮮やかな有田の赤絵にスライス玉ねぎが敷き詰められ、その上に切り分けた馬肉が載せられている。さらに散らされているのは、塩漬けオリーブのスライスだろう。「先ほど、カルパッチョに仕立てておきました」口に入れると、馬肉特有のねっとりとした食感に、脂身の旨味が溶け出し、口中を覆い尽くした。

第二十話「終幕の風景」
p94 ポイントは二種類の玉ねぎなのだそうな。といっても、炒め方が違うだけとのこと。一方は、あめ色になるまでじっくりと炒めた玉ねぎで甘みとコクを出し、一方はしゃきしゃき感を残した玉ねぎで歯ごたえと香りを出すのだとか。恐れ入りましたとしかいいようのない、ひと口ミートコロッケの出来上がりであります。圧倒的に肉が多いからミートコロッケ。でも断じてメンチカツではない。

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最終更新:2011年05月08日 23:55