奥田秋峰・文芸作品アーカイブ
『奥田雅芳陣中歌集』
最終更新:
okudashuho
概要
昭和2または3年(13歳)から昭和22年ごろまでの作品が収められており、従軍中に作られた短歌が大部分を占める。
なお、序文から読み取れる通り、本歌集は、終戦時にやむなく焼却することとなった原本を、後に本人が再現したものである。
本紙は薄く青い罫線が端まで引かれた5mm方眼紙であり、基本的に横置き・縦書きで表記されている。
本文は紺色のペンで書かれているが、鉛筆・赤ペン・黒ペンによる後年の書き込みも多く含まれる。
凡例
- 本資料中の短歌は、上の句と下の句の間で改行が行われているが、本アーカイブでは、読みやすさの観点から改行を行わず、代わりにスペースを挿入した。
- 書き入れは、文字色や書字方向の情報とともに脚注に示した。ただし、句や歌を修正する書き入れについては、本文中にそれを再現した。
- 表紙・裏表紙・見返し・遊紙および貼紙に書かれた内容については、『奥田雅芳陣中歌集』書誌を参照されたい。
- その他の点については、全体の凡例に従う。
- 【参考】特徴的な字体として、しばしば「機」は「桟」、「撃」は「𨊥」、「塔」は「⿰土⿱艹各」、「頃」は「⿰土頁」と書かれている。
本文
自序静かな母ももてあまし
叱りつけたが口ばかり
静かな心は其のまゝに
T0001 葉の散りし柿の梢に百舌一羽 さへずりをるも秋らしきかな
T0002 たそがれの柿の畠を行きたれば 枯葉踏む音もさみしかりけり
T0003 今日も来て獲物豊や雑魚ひきの 嬉しおもてに夕陽さすかも
T0004 しと〳〵と降り注ぐ雨や秋くれの 粉雪まじりて冬ぞ近付く
T0005 なにびとか静かに更くる冬の夜に 氷ふむ音の近づきにけり
T0006 戸の隙間もれくる風の身にしみて 漁に出である父をおもひつ
T0007 男ノ子我れ今日の日ありて大君に 二十四歳の生命捧げん
T0008 我れもまた大和丈夫国のため つとめ果して散るぞうれしき
T0009 征で発ちて還らざる身は一しほに
T0010 征で発ちていつの日にまた見ゆべき あゝ浜松よ三方ケ原よ
T0011 群衆の歓呼の声や旗の波 瞼にしみて永久に忘れず
T0012 群衆の声は怒濤か振る旗は 磯に砕くる白波に似て
T0013 我が列車伏しておろがむ老婆あり 勿体なさに涙あふるゝ
T0014 激励の文を竿頭にさし入みて 走る列車を追ふ子もありき
T0015 夕闇に消えゆく祖国の島影を 見送るデツキ声ひとつなし
T0016 安らけく眠る祖国の島々に 別れ告ぐ如汽笛ひびきぬ
T0017 見も聞くも只珍らしく銃声に 眠れぬ夜半のアンペラ堅し
T0018 愛機無事基地に還れどおんみらの みたまは遠く靖国の庭
T0019 荒れ果てし兵舎に池に叢に 遺棄されてある敵屍あさまし
T0020 陣営に淡きともしび辿りつゝ 君をしのびてペンを走らす
T0021 散りゆきし
T0022 いくさには勝たねばならぬ捕虜どもの 飯食ふさまを見るにつけても
T0023 還らざる愛機を待ちて黄昏の ピストにたゝずむ兵ぞいじらし
T0024 いづ方にねぐらあるらん群鳥の 黄昏の空低く飛び交ふ
T0025 武夫の門出のにはに雪白く 赤き
T0026 陣営に友と名月
T0027 戦場は硝煙のみと思ひしに 今宵の月の清らかさかな
T0028 今日もまた爆撃行から還り来て ふみ書く窓に夕陽あかるし
H0001 秋風や太原以西藷もなし
H0002 運城や埃の街に棗食ふ
T0029 過ぎし日の馬繋場跡のこぼれ麦 今あを〳〵と春風になびく
T0030 長江を渡りて来たる春風に 江南の野辺みどり萌えたつ
T0031 はる〴〵と母去りませし便り来て 告ぐ人もなく我れかなしめり
T0032 みじか夜の夜半のねざめに幻の 母を求めて独りねむれず
T0033 母上よなぜ待たざりし今しばし いさをしたてて我れ還るまで
T0034 さむ空に
T0035 秋よなが眠れぬまゝに亡き母の かたみの衣そつと出し見る
T0036 我が前は心して遊べ親仔犬 母を亡くしてかなしみあるを
T0037 いくとせの戦ひ勝ちて還るとも 母の在さぬ故郷ぞわびし(*3)
T0038 母に似た支那の老婆のなつかしく 言葉をかけて暫し語らう
T0039 父も亡く母去りませし今はたゞ 我れにやさしき人ぞこひしき
T0040 星見れば父上こひし月見れば 母上恋し親のない我れ
T0041 たが爲に知らさん今日のいさをしを 喜びくれる人の在さぬに
T0042 ちゝ母のみたまと共にいざゆかむ 興亜のみ旗たてゝ散るまで
X0001
X0002 閉づるには惜しき窓なり遠き地の 君をしのびて月に対向ふ
X0003 遠き地の君がおん身の安らかを 祈りて閉る月の夜の窓
X0004 来る春も梅は咲けども七分咲き 吾子の在さぬを心なしてか
X0005 字は人の鏡と知りて心得
X0006 明日もまた晴となるらん一ツ星 向ひの丘の空にひかりて
X0007 たそがれの窓によりてはむせび泣く 笑みて別れしわが身なれども
X0008 たゞひとつ永く秘むべきおもひでの ありて此の地のなつかしきかな
X0009
X0010 逢へばまた別るゝことのあるものを 知らぬむかしぞ今はこひしき
T0043 たれひとり知る人もなき此の町に 宿を求むる我が身かなしき
T0044 日は暮れて雨ふりしきる街角に 探しあぐねて我佇みつ(*4)
T0045 帰り来れど家には妻も子もあらず 戸を開けてゐる一つの我が影
T0046 人はをれど家族にあらねば我がために 喜びもせずかなしみもせず
T0047 母なれば斯く〳〵もして給ふにと むかし偲びつ洗ひ物する
T0048 旅に病みて渡る世間の冷たさに 心の痛手癒やすすべなし(*5)
T0049 旅に病みて寄る辺なき身を慰めぬ 友のなさけのしみ〴〵とうれし
T0050 侘びしきは下宿ずまゐの冬の夜 風の寒さと人の冷たさ
T0051 打ちとけて語る人なき夕膳の 味気なさに箸とりかねつ
T0052 侘びしさはいつまで続く間借人 あばら家なるも我が家ぞ欲し
T0053 世は斯くも冷たきものか無益なる 我れに与へし三ツの
T0054 やる義理はなしとせばせよ我れも人 恨む筋なきに何故か口惜しき
T0055 飛行機に乗りたしとせがむ児ありき 飛行機ならで天に昇りぬ
T0056 日曜に宿直もてば見倦きたる 飛行機さへもなつかしく見ゆ
T0057 ひとすじの線つたはりて流れ来る 君がみ声の美はしきかな
T0058 我が胸に甘きさゝやきひびけとも 姿見ぬこそさみしかりけれ
T0059 露をかぬ方もありける武蔵野に いま興国の汽笛賑はし
T0050 我れもまたいつか召されん駅頭に 征く友の顔じつと見つめぬ
T0061 いつの間に暮れけむ昭和十五年 なしたる事のなどすくなきに
T0064 母上のやさしき慰めきゝたさに 怒つて見たる時代もありき
T0065 其のあとで詫び入る事は知りながら なぜかなほらぬ怒りつぽい我れ
T0066 とき〴〵は怒るけれとも良き人と 言はれて我れははずかしと思ふ
再び大陸へ 一六・六・一八
T0067 春はいまたけなはなるに蕾にて 散りゆく子あり哀れいじらし
T0068 遠き地に春にそむきて散りしてふ 吾子の
T0069 戦捷の新年ことほぐ門毎に み旗うつくし子等は羽根つく
T0070 我れもまたすめらみ国の国たみと わら屋の軒に初日をろがむ
T0071 野も山も年あらたなる元朝に なほたゆまざる水車かな
T0072 配給の餅いただきて元朝に 瑞穗の国の幸をことほぐ
T0073 千早ふるみやまの松にほの〴〵と 初日さし出で鶏鳴高し
T0074 戦捷の新年祝ふ家々に かまどの烟の太くのぼるも
T0075 しま〴〵に映ゆる朝陽の清らけく ありたしと思ふおのが姿も
T0076 ひんがしの雲間やぶりてさし出でし 朝陽きよけく島々に映ゆ
T0077 大八洲あまねく照すみ光に たみ草
T0078 初日の出をろがむ人の集ひ来て 浜辺賑はしまだ夜ふかきに
T0079 さしいづる朝日をうけてしま〳〵の 松のみどりの美しきかな
T0082 南苑は我が住み馴れし土地なれど 祖国しのびて幾夜眠れず
H0003 蒙古包黄塵にいまうすれゆき
H0004 オルドスの水を集めて大黄河
H0005 ケシの外花一つなき沙漠かな
T0083 住み馴れし支那大陸をあとにして 見知らぬ土地に船出せむとす
H0008 甲板に厚さ忘れてるゝ景色かな
H0010 焼け残るパパイヤ今日も探しに出
H0011 スコールの晴れて美しマニラ冨士
H0012 コスモスや戦禍の跡に乱れ咲く
H0013 刈込みし芝生うつくしゴルフ場
H0014 積みおきし弾倉はぜる暑さかな
H0015 飛行機に素手で触れぬ暑さかな
T0084 全行程三千余粁を恙無く 飛びて今著く浜松の空
T0085 堂々と三十三機うち揃ひ 今還り来ぬ凱旋のごと
T0086 想ひ出の三方ケ原に降りたちて 此の嬉しさは永久に忘れず
T0087 はからずも再び見みゆなつかしの あゝあの格納庫無線の塔よ
T0088 昨日まで常夏の国に在りし身の 祖国の五月肌寒きかな
T0089 渡り鳥しばし憩ひの三方原 明日はいづくの花を見るらん
T0090 とき来なば我れ飛びゆかん旅の空 三方の原におもひ残れど
T0091 渡り鳥旅のなさけは知り乍ら 跡をにごさず今発ちてゆく
T0092 此の
T0093 十億の民の眠りをさまさむと 我れはしつかり電鍵握る
T0094 夕涼み戦果きゝつゝ将棋さす すめらみ国の有難きかな
T0095 照るにつけ曇るにつけて憶ふかな わがはらからよ今はいかにと(*11)
T0096 悠々と群れて草
T0097 そのかみのつはものども仮寝せし 筑紫の原に兵は
T0098 汗なして
T0099 村人の汲み出すお茶に兵も我も つはものゝ身をありがたしと思ふ
T0100 わけ与ふトマトあまりに少きも 嬉々と喜ぶ兵の顔うれし
T0101 今宵こゝに泊り給はゞ鮎なりと 御馳走せむてふ心うれしも
T0102 飯を焚き天幕を張る兵の様を 見まもる老婆は何しのぶらん
T0103 暮れかゝる夕陽を浴びて壕をほる 兵の
H0019 行軍に道ばたの萩手折らるゝ
H0020 目にしみる芒の穂波残暑かな
H0021 初霜や露営の兵の
T0104 いまだ見ぬ人を訪ねてはる〴〵と 吾れは出で発つ木屋ノ瀬の町へ
T0105 飯塚や直方過ぎて植木駅 下車する頃は心さわぎぬ
T0106 ま直ぐなる街道ゆけば空はれて 初夏の涼風頰をなでゆく
T0107 田植する乙女等の視線集りて 年甲斐もなく顔のほてりぬ
T0108 をちこちの田植の笠の皆立てば ますぐに向きて歩度を速むも
T0109
T0110 道問へば珍らしそうに集ひ来て 指さしつゝもシゲ〳〵と視る
T0111 畢生の勇気をふるひ訪へば 出で来し人の顔のやさしき
T0112 くつろいで語らひつゝとる昼膳の まごころこめし手料理うまし
T0113 隣村へ勤労奉仕に行きしてふ 幸子の君の帰り待ち佗ぶ
T0114 あと五分戻り給はずば諦めて 帰らむとす心せつなし
T0115 其の刹那帰り給ひし我が為に やさしき心しみ〴〵とうれし
T0116 美しき姉と妹に誘なはれ 遠賀の土堤をそぞろ歩むも
T0117 大銀杏の
T0118 時来なば我れ辞し去らむ夕千鳥 遠賀の流れにおもひ残れど
T0119 のび上り〳〵見送る姉妹の 振りしハンケチ瞼にしみて
T0120 別れ来ていつまた逢はむたらちねの 母にもまさるやさしき人に
T0121 男の子我れ生きるしるしあり大いなる
T0122 征く身なほ心やすけれみんなみは 去る一とせを歩きし地なれば
T0123 如月の朔風うけて降りたちし 同じ今日の日征途につくも
T0124 想ひ出の盤龍山の鉄塔に 祈るが如く我れは見送る
T0125 想ひ出の盤龍山の鉄塔に 誓ひし心永久に変らじ
T0126 見送りの急ぎ持て来し握り飯 暗き貨車にて有難く食ふ
38. ◎釜山西面廠舎に暫し待機す 一九・四・二七一九・五・四
T0128 つれづれに山登りせば麓なる 農家の藪に筍を見る
T0129 七年前一夜の宿を賜りし河野様を先づ訪ねむとす
T0130 訪へば会ふ顔々のなつかしく 成人振りを共に語らう
T0131 配給の菓子さへ割きて与へ給ふ 甘党の我れを忘れ給はず
39. ◎下ノ関に待機す 一九・五・六一九・五・一二
T0133 どの旅舘給与よきかと衛兵等の 食事の度におかず見せ合ふ
T0134 家古く部屋狭けれど飯うまく
T0135 朝に夕に顔を合せる乙女あり 病めるが如く独り沈み居ぬ
T0136 いつの世も子
T0137 貰ひ来し僅かばかりの粟飴を 元気出せよと我れは与へぬ
T0138 病めるとも陽のみ恵みはあるものを 強く伸びゆけ若き蔦の葉
T0139 我が為に舞ひつ踊りつ慰めし 乙女心のいじらしきかな
T0140 兵も出で共に歌ひつ踊りつゝ 慰問舞踊の賑はしきかな
T0141 目で笑ひ心で泣いて舞ひ狂ふ 乙女かなしや別れゆく宵
T0142 朝まだき亀山宮に詣づれば 門司の灯りの夢の如見ゆ
T0143 我が征途祝すが如く空はれて 躍る幟の勇しきかな
T0144 見送りの振るハンケチや松蒼く 唐戸の渡し瞼にぞしむ
T0145 我が為に奇しきえにしの十二日 只何となく意を強うせり
T0146 油槽船音羽山丸に乘り込めば 船長以下の言葉頼もし
T0147 朝靄に遠く消えゆく島影を 見送るデツキの兵は語らず
T0148 つはものゝ千々なるおもひ乗せしまゝ いま大いなる船出せむとす
T0149 突如鳴る退船訓練の警報に 一抹の感傷一瞬に吹きとぶ
T0150 真夜中も荒き潮風浴びて立つ 監視の兵の姿尊し
T0151 我れは今船の上なり只一機の 古き哨戒機頼母しく見る(*19)
T0152 月淡き東支那海すぎゆけば 僚船の影動かんともせず
T0153 マリベレスコレヒドールの激戦場 左右に眺め船団は征く
T0154 二年前市岡が生命奪ひたる あゝ此の島かコレヒドール島
T0155 浮きもせず沈みも切れず敵船が 残骸さらすマニラ湾頭
T0156 突として闇を貫く轟音に 壱岐の艦影一瞬にして無し
T0157 あゝ尊ふと船団護衛の重任に 我が身を捨てゝ護り給ひし
T0158 永き旅重き任務を無事終へて 今日昭南に著くと云ふ日に
T0159 四散せし僚船すでに揃ひしに 壱岐の姿のなきぞかなしき
48. ◎昭南に上陸待機す 一九・五・二五一九・五・三一
T0162 炎天に木蔭求めて集ひよる 見物の中にコ
T0163 昭南の印象きけばカセイビル 無軌道電車や高物価かな
T0164 連絡船すみれ丸にと乗り込めば 祖国の匂ひホノ〴〵の甘し
T0165 ムシ河を遡りて行けば過ぎし日に メコーン遡りし事をおもひぬ
T0166 目の辺り勇ましく吐く精油所の 烟を見れば感無量なり
T0167 二年前天下りたる神兵の 真白き華を空に描き見る
T0168 赤道を今
T0169 赤道
T0170 一瞬の油断許さぬ永き旅 無事終らむとしてジヤワ島の見ゆ
T0171 永き旅恙く終へ今ぞ入る ジヤカルタ港は波静かなり
T0172 我が船のジヤカルタ港に横付けば 只うれしさに言葉も出でず
T0173 目的地ジヤワの大地に降り立てば 踏みしむ一歩の力強きも
T0174 隊伍正し忠霊堂に詣づれば 何故か知らねど涙あふれて
T0175 隊長の心の中ぞ察せられ 訓示をされる声もふるへて
T0176 我が為に祈り給ひし人々の 其の真心を今にして知る
53. ◎「ジヤカルタ」に待機す 一九・六・五一九・六・一一
T0178 ジヤカルタは果実の都パツサルで 数十種類を食べてみるかな
T0179 店頭にふと目につきし三輪車 吾子の姿をしばし偲びぬ
T0180 パパイヤやマンゴスチーンを割る度に 吾子を思ふも親心かな
T0181 物多く物価は安く金もあり 目につく物はみんな買ひたし
T0182 ガンビルの宿舎の裏の下水溝に 泳げる児等の色の黒さよ
T0183 米をとぐ
T0184 川向ひ子等集ひ来てわが為に 歌ひ呉れしも面白きかな
T0185 水面を叩きて出づる妙音に 原始音楽の不思議さを知る
T0186 薪焚きて花火の如く火の粉吹く ジヤワの夜汽車の恐ろしきかな
T0187 ジヤワの汽車四等もあり屋根だけで 豚も野菜も人も積み込む
T0188 みんなみは如何に暑きと思ひしに ジヤワの気候の快きかな
T0189 バンドンを過ぎゆく頃は小夜ふけて 晩秋の如冷気身にしむ
T0190 すめろぎのみいづあまねし
T0191 聖戦を知る由もなき老婆まで いと親しげに我れを見送る
T0192 ジヤワ富士や椰子さへなくば此の景色 内地に同じと兵等よろこぶ
T0193 稲を刈る傍に田植するもあり 南国情緒の面白きかな
T0194 我が為に十二の日こそゆかりなれ 無事に著きしを神に感謝す
T0195 「御苦労だつた」部隊長殿の一言に永き疲れも癒へし心地す
T0196 朝に夕にスメル・ブタクの雄峰を 仰ぎて育くむ若鷲の庭
T0197 そよ〳〵とアルジユノ颪心地よく 避暑地の如きマラン兵営
T0198 戦ふ身恵まれたる此の生活に 狃るゝ勿れと
T0199 俗称をモンキーと呼ぶ遊園地 人それ〴〵に想ひ出のあり
T0200 湧き出づる清水に泳ぎ疲れなば 龍泉閣に憩ふ愉しさ
T0201 六台のベチヤを連ねて真夜中に 十四粁を揺られ帰りし
T0202 警報にライト消されてエンヂンの 両側に立ちキリカナンかな
T0203 夏の夜の眠れぬまゝのつれ〴〵に パツサルマラムの賑はしきかな
T0204 腰巻に似たれど陽よけ雨よけや 風呂敷にさへなるサロンかな
T0205 藝術の事は知らねどガメランの 楽器それ〴〵面白く見る
T0206 食ふ為に浅間しきことなすもあり あゝ戦争は勝たざるべからず
T0207 突として天地揺がす爆音に 掩体群は阿修羅と化す
T0208 萌え出づる緑の若草紅にそめ 君散り給ふマラン原頭
T0209 焼け失せし愛機のそばに君はなほ しかとスパナを握りてありき(田代君)
T0210 七人の尊き輸血も甲斐なくて 警報きゝつゝ君は悶死す(米原君)
T0211 雄々しくも大地を蹴りて舞ひ上る 我が邀撃機のあまりにも旧き
T0212 悠々去るB二十四を見送りて 翼なき身を口惜しと思ふ
T0213 二十粁暁闇の中に踏破して 汗拭ひたれば冷気身にしむ
T0214 誰ひとり住む人もなき山の
T0215 見遥かすマラン平野の涯遠く スメルの山に映ゆる朝焼
T0216 焚き残る飯盒炊事のそのあとに 貰ひし藷を焼いて食ふかも
T0217 たちこむる狭霧もはれて見遥かす マランの街のともしび淡し
ジヤワは世界の楽園で
マランはジヤワの
気候よい事ジヤワ一よ
ちよいと日曜のハイキング
君と二人の夢の国
とばすモンキーの水源地
清水湧き出るボート浮く
一杯やらうか偕行社
それとも銀座か曙か
日本語達者で歌上手
僕も日本の歌習ふて来た
パツサルマラムの賑ひや
一度見せたいサンデワラ
夕陽に映ゆるアルジユノや
ブタクの雄峰神々し
プロポリンゴーやパスルアン
南名高いブリタール
海の幸やら山の幸
何でも豊富で安いこと
何故か明るい夢の街
ほんにマランはよいところ。
61. ◎芙蓉兵舎時代 二〇・五二〇・八
T0219 ネクタイを風になびかせ颯爽と 昭和通りを軍車とばせし
T0220 ブノルジヨの谷の流れに投網せば 子等集ひ来て賑しきかな
T0221 戦局は日々苛烈にて我が隊も 特攻する日の遂に来たるか
T0222 征く友も残る人も集ひ賑はしく 一ツのナンカ割つて食べをり
T0223 今日もまた演習の如二機三機 飛び発ちてゆく若鷲健気
T0224 今日までの夜を日に次ぎし猛訓も 此の日ありてぞ尊かりける
T0225 さらば征け潔く散れ若桜 我等誓つてあとに続かん
T0226 我が生命捨つべき土地と定めしに 戦局急迫待つを許さず
T0227 特攻せし戦友に続きて我等いま 挺身玉砕の門出せむとす
T0228 戦ひが
T0229 別れなばまた逢ふ人すべもなき我れに あつき言葉をおくりぬ君は
T0230 なに事かあると土民ら言ひ傳ふ スメルの山は火を噴きてをり
T0231 此の道も幾十
T0232 見送りの人一人なき駅頭に 駅長ひとり型の如佇ち
T0233 垂乳根の母在す里を去る如く 強きこゝろで今去らむとす
T0234
T0235 はてしなき大海原を見てあれば 千々なえるおもひ波の如よす
病みてスクンに在りしとき
君と見舞に持ち行きし
想ひ出の花ウラウグー
我れまた賞でて南国の
情緒はもゆる色に香に
想ひ出の花ウラウグー
見知らぬ土地へ発ちてゆく
花よ咲け〳〵
あゝ想ひ出のウラウグー
やさしかりし君をしのびて”
66. ◎終戦の聖断下る 二〇・八・一五於「タンジヨンカラン」
T0235 信じ得ぬ此の大いなるかなしみを 如何で告ぐべきますらをの友
T0236 三日月に何祈るらむ兵ひとり 椰子の根方に佇みてあり
67. ◎終戦直后の感想 二〇・八・二四「ベトン」に移る
T0238 昨日まで部隊に使ひし苦力らの 今日自動車をとめ我れを調ふる
T0239 決戦の大空翔くる日もなくて 並びたるまゝ愛機さびゆく
T0240 雨の夜の暗き灯影に兵つどひ 国を憂ふる声の低きも
T0241 声もなく銃の御紋章消してある つはものどもの心や如何に
T0242 くよ〳〵すなと訓じ給ひて強ひて笑む 隊長の顔も何故かさみしき
T0243 永らへば尚憂きことの積るらん 如何で
T0244 惜しからぬ生命を今に永らへて 苦難はるけき我が
T0245 今宵また銃声かすかにこだまして 迷へる民の哀れさおもふ
T0246 雨しぶく暴徒鎮圧の車上にて ネシヤに討たれし友をしのびぬ
T0247 皇恩を浴びて目覚めし民なるに いま皇軍に刃向かはむとす
T0248 切込に用ふべき刀を打ち振るひ いま開墾の柴を刈るかも
T0249 軍刀の露と消えゆく花一枝 切る人と共に哀れとゞむる
T0250 黙々と兵等自活の鍬ふるふ 心はるけく祖国に馳せて
T0253 新玉の年の始めにかなしくも 君が柩をおくりぬ我れは
T0254 元日に柩おくりし此の年は 祖国亡ぶる悲しみを得し
T0255 惜しまれて散るは大和の若桜 生き永らへし此の身かなしも
71. ◎父十三年母 七年忌を迎へて 於「スマトラ」 「ゲルムバン」
T0257 空瓶を輪切りて活けん花もなく 雑草摘み来る心わびしも
T0258 父母のみあと慕ひて我れもまた 汚れなき世に行きたしと思ふ
T0259 我れ死なば罪なき吾児ぞ哀れなれ 苦しくとても親は生くべし
T0260 元日に先づ誓ふかな大いなる かなしみ越えて生き生きゆかむ
T0261 元日や迷ひ悩める民草の 道諭し給ふみこと畏き
T0262 新しき平和日本を建てよとの
T0263 醜草の繁みの下に身を伏せて 暫し忍べよ大和撫子
T0264 醜草の地の涯までも繁るとも やがて枯れ朽つ
T0265 吹く嵐尚此の上に猛るとも 微動もすまじ大和魂
72. ◎P0004 新たなる覚悟 於「ゲルムバン」初の新年を迎へて
一、大君の醜の御盾と
召され来て大陸の野に
近くまた南溟の涯に
身を捨てゝ奮ひたちしに
二、ひたすらにみこと畏み
建国の大理想なる
あめつちを和になしてんと
努め来し此の身なりしに
三、弥栄ゆ祖国の為と
青春も家郷も捨てゝ
十余年励みたりしに
あゝされど今はむなし
四、空虚なる笑ひと酒に
こみ上ぐる涙かくせど
星見れば星に愬へ
月見ればゝ月に歎かふ
五、神代より三千年を
栄え来し祖国日本
今にして遂に敗れぬ
はらからよ其の罪に哭け
六、償ひに死も嫌はねど
むしろ今死を欲すれど
我れなくば祖国再興に
誰かなほ力つくさむ
七、新しき平和日本を
建てよとのみこと畏こみ
いざ起ちて難きをしのび
はらからよ共に励まん‼️
73. ◎兵器処理の日 二〇・一・一九 於「ゲルムバン」連合軍の命に依り【飛行機】を焼く
T0267 燃え盛る焰の中に身を投じ 我れも運命共になさばや
T0268 黒煙は天を覆ひて陽も暗く 悲憤の涙雨となり降れ
74. ◎「ジヤンブ」衛兵にて(此の頃心漸く平静となり)
T0270 油ゆえ一国亡びまた興る 文明の世の恐ろしきかな
T0271 ぬば玉の夜の更けぬれば露草に すだく虫さへ哀れとゝむる
T0272 十六夜の光にぬれて立つ歩哨の 聖き姿に護模の花降
T0273 たち込むる狭霧もはれて
T0274 明け近く眠きに耐へて控へをれば 霧か夜露か身はしとどなり
「ジヤンブ」は「ゲルムバン」の東南約二粁に在り奥地「ペントツポ」等より「パレンバン」に送油する送油線の中間加圧所にて部隊は「ゲルムバン」駐留中此の要所を警備する任務を与へられたり。但し此の附近の部落の住民は非常に親日的にして我々によく馴付き部隊内では入手できない果物菓子等自由に手に入るので将兵一同此処の勤務に就くのを楽しみとせり。因みに当加圧所にて圧送する原油量は一昼夜に実に七千トンに及ぶときく。 ジヤワより携行せる私物被服品の大部分が此処で猪肉鶏卵となり又ナンカ、パインアツプル、ビサン、タピオカマンジユウと化せり
あゝ想ひ出の「ジヤンブ」よ‼
T0275 赤蟻の降り来る
T0276 幾星霜戦場駆けしつはものも 蟻一匹に悲鳴あげをり
T0277
T0278 つばな摘みし幼き頃を語りつゝ 兵は静かに雑草抜きをり
T0279 其のかみの物語と
T0280 友寄ればマランの話酒のめば マランの話マランはよろし
T0281 まどかなる月に憩へばロンゲンの 音もかすかに小夜ふけにけり
T0282 八オンス我れ足りぬれど祖国なる 吾子等いかにと藷など供ふ
T0283 大雷雨すなほに受けて芭蕉葉の なほすく〳〵と伸ぶぞ尊き
T0284 雷雨下に嚴然とたつ巨椰子の 姿を己が心ともがな
T0285 サンパンの往来も絶へて黄昏の 大ムシ河に霧立ちわたる
T0286 オガン河静かにくだるサンパンの 青きバナナに夕陽照り映ゆ
T0287 我が胸は日毎に紅き火焰樹の 花と燃えつゝ君を恋ふなり
T0288 炎熱の大空に向け燃えて咲く 火焰樹の如君を恋ふ我れ
T0289 抑留の乙女は口に言はねども やつれし面に涙あふるゝ
T0290 雄々しくも幾辛酸にうちかつて 帰る乙女の姿いとほし
T0291 虐げのきづな断たれて帰りゆく 乙女の無事を只祈るなり
T0292 さらば行け汝がふるさとの山川は やさしき胸に抱き迎へむ
あゝみんなみの涯遠く
故郷はる〳〵しのぶとき
夕闇くらき椰子かげに
清くきらめく十字星
君と語りし愉しさを
思ひ切なく今宵また
涙で仰ぐ十字星
音もかすかに小夜ふけて
我が郷愁をなぐさむる
愛の女神よ十字星
君はいづくで眺むらん
此のやるせなき我がおもひ
屆けて給へ十字星
我が若き日の感激も
はかなく消えて今はたゞ
心で祈る十字星
其の頃の俳句 自二〇・一〇至二一・七
H0022 おぼろ月哨所は虫の中にあり
H0023 尺八に和する虫あり月おぼろ
H0024 虫の音を消さざる如く動哨す
H0025 白蚊帳のふくらみに揺れて虫すだく
H0026 病む友の寝息かすかに虫すだく
H0027 虫の音は大地にあふれて星満天
H0028 密林に虫の音かすか昼しじま
H0029 芭蕉葉をこぼれし露の行辺かな
H0030 朝焼けに芭蕉の雫虹の橋
H0031 雨雲に芭蕉大きう揺れてをり(*22)
H0032 病窓の芭蕉日毎に伸びてゆき
H0033 蕉蔭にサンパンもやひ黄昏るゝ
H0037 井戸の水朝毎増して雨期に入り
H0038 うづら豆生えし軒場や雨期に入る
H0039 猿も栗
H0040 スコールに打たれしまゝの護
H0041 白き道続ける涯の雲の峰(*22)(*24)
H0042 振り上げし鎌の光や雲の峰
H0043 元日や投刀に降るこぬか雨(*25)
H0044 門松に寄する木もなき島の春(*26)
H0045 正月の楽しみ木瓜二ツ熟れ(*27)
H0046 雨はれて芙蓉しづかにこぼれけり(*28)
H0047 草笛や牛ひく童森より出(*29)
H0048 落ち葉焼けばゴム林に靄ひて黄昏るゝ(*28)
H0049 動哨の影ゴム林に吸はれけり(*22)(*30)
H0050 白蚊帳にうまる涼しき小風鈴(*30)
H0051 十字星歩哨祈るが如く立ち(*30)
H0052 牛の背に歌ふ童や風涼し(*31)
H0053 朝霧に歩哨の誰何真近なり(*32)
H0054 静けさやゴムの花降るおぼろ月(*27)
H0055 梔子や小雨にぬれて香の強き(*33)
H0056 雀の子今日はどこまで飛べたやら
H0057 花菖蒲鋏を持ちて佇ちにけり
T0293 恐らくはまた来る日なき土地なれど 去りゆく身には山もなつかし(*34)
T0294 待ち侘びし今日の日遂にめぐり来て 帰還の船に今乗り込まんとす
T0295 甲板に立ちてのぞめば黄昏の セレター港に灯のきらめきぬ
T0296 今こそは祖国日本へ帰
T0297 帰還する為と思へば嬉々として 蒸風呂の如き船艙へ下りゆく(*35)
T0298 敗れても尚はらからの待つものを 疾く〳〵走れ帰還の船よ(*36)
T0299 日の本へ急ぐ我等が船なれば 風よ荒れるな浪路はるけし(*35)
T0300 甲板に涼みて興ずる歌ばなし きくともなしに我れもきゝ入る
T0301 歌を詠む気持になりし昨日今日 明るき心とい戻してか(*35)
T0302 歌をよむ其の心境ぞ尊けれ 清き心は知る人ぞ知る
T0303 夕ざれば潮風涼しき甲板に 歌友の君と語る愉しさ(*35)
T0304 夜も昼も制服をつけ十余日 マンデーも出来ぬ看護婦いとし(*35)
T0305 知り合ひてまだ日も浅き我れなるに 煙草など賜ふこころうれしも(*35)
T0307 過ぎし日の虐げきけば胸せまり 只くちびるを噛みしむるのみ(*35)
T0308 十二時間重労働に服すとも 心明るしと君は言ひける(*35)
T0309 諦めて只黙々と励み居る 友の姿のいと尊きも
T0310 自らを慰む為の演藝会 衣裳を見ても涙あふるゝ(*36)
T0311 演藝会終りしあとに吸殻を 拾ふ人もあり姿いたまし(*35)
T0312 伝言のなきかと問へば君言へり 「強く明るく我れ生きてあり」と。(*35)
T0313 過ぎし日に我が友呑める此の辺り 浪静かにして台湾の見ゆ
T0312 海深くしづまり給ふ亡き友を しのびて渡るバシー海峡(*37)
T0313 舷側に立てる兵等のそれ〴〵に 想ひ出追ひて瞳動かず(*37)
T0314 家は焼け国敗れても日の本は 山も美し川も美し(*35)
T0315 DDT身に撒かるゝも愉しけれ 明日は故郷へ帰るおもへば(*35)
T0316 「御苦労様」笑顔で迎える乙女らが 汲み出す祖国の水のうまさよ(*38)
T0317 事務室に貼られし各地の被害図や 便り探して悲喜交々と(*35)
俺は軍隊が好きで
志願して飛行隊へ入った
進級も順調で
転属八回出征三度
足かけ九年も戦争に従事して
北は満州南はジヤワまで飛び歩き
其の間死線を越えた事も二度三度
辛い事も苦しい事も
今は総てが懐かしい想ひ出のみ(*39)
過去は一切夢の如く
斯くて俺の軍隊生活は終った。(*39)
噫!されど我れ敗れたり(*40)
今、敗れた身を以て
故郷へ還るのだ……(*41)
然し俺は誰も恨まない
誰にも恥じない
俺は希望を見出したのだ
明日から新しい人生が始まるから。のだ!!
T0318 面はゆく傷心の身を運びゆく 村に入るにも日暮れを待ちて
T0319 「おめでたう」と無事の帰還を祝しくる 友の言葉も胸にうづきて
T0320 国敗れ人の世乱れすさめども わがふるさとは平和なりけり(*42)
T0321 我が植えし棗大きく稔りゐて もぎ取り食へばホロ〳〵と甘し(*43)
T0322 久々に野山めぐれば草も木も 只なつかしく足捗らず(*43)
90. ◎幼時回顧 十四年振りに故里へ帰りなつかしさの余り
T0324 わが庭でまゝごとをしてあそびたる 美登里も今は母となりしか(*44)
T0325 善ちやんと美登里と我れと連れだちて 落葉拾ひに日々をおくりき
T0326 古枝を背負ひて下る幼な子の 汚れし顔に夕陽照り映ゆ
T0327 道をゆく人も足とめ見惚れたる 我が家自慢の八重桜かな(*45)
T0328 早起きの競争も亦たのしけれ 裏の畑の栗拾ふため(*45)
T0329 学校の裏の蓮池深かりき 実を取たむとて溺れかけしを(*46)
T0330 上級生やつつけようと謀りたる れんげ畠の花も咲きてか(*47)
T0331 二人して苺をとりし日もありき 靜子の恋も果敢(*48)
T0332 谷深く湧き出る清水口づけて 飲むもたのしや田植する頃
T0333 拾ひたる定規を共になじられて 顔赤らめし大柳の下(*49)
T0334 先生を雪に埋めて眼鏡割り あとで叱られし雪合戦の日(*50)
T0335 用水の橋に腰かけ流れ来る 桃を拾ひて食べし夏の日(*47)
T0336 子等つどひ雪溶けの野を駆け巡り モチグサ摘みし御彼岸の頃
T0337 ふるさとの秋は愉しや野に山に 果物熟れて子等肥ゆるとき(*51)
T0338 夏の宵蛍を追ひて田圃みち ゆけば青田に風吹きわたる
小川の水もいつしか温み
メダカがすい〳〵泳いでゐる
のどかな春だ
雲雀の声もホロリと落ちて
土筆坊が笑つてゐる
楽しい春だ
H0061 消え残る谷間の雪や椿咲く(*53)
H0062 村祭り春は鎮守の太鼓から(*54)
H0063 子等つどひメダカ掬ひや水温む(*55)
H0064 縁側にお茶をのみつゝ花見かな
H0065 雪溶けを待ちて賑はし野も山も(*53)
H0066 藤棚や筧の水の美しさ
H0067 こん〳〵と流るゝ水や花菖蒲
H0068 蟬ないて風ひとつなき暑さかな(*56)
H0069 一列に
H0070 乾からびたみゝずを牽いて蟻強し(*57)
H0071 コスモスはやさし倒れたまゝに咲き(*53)
H0072 群雀稲架の網に驚かず
H0073 枯れ残るトマトに赤き夕陽かな(*58)
H0074 大根とともに背負へる萩一枝(*59)
H0075 初霜や取り残されし柿の色(*60)