永遠の物語 ◆z9JH9su20Q
ライダーベルトから吐き出された正六角形の金属片が連なり重なり、さやかを覆い隠す外殻とも言うべき鎧を形成して行く。
変身を終えた時には、装着者である華奢なさやかとはかけ離れた重厚さと力強さを漂わせるフォルムをした、一人の仮面の戦士がそこに立っていた。
「仮面ライダー……っ!」
驚きと、忌々しさを等分に混ぜたナスカが目にしている戦士こそ。戦いの神の名を戴くマスクドライダー――仮面ライダーガタック・マスクドフォームの威容だった。
ナスカの敵意が膨れ上がって行くのに対し、ガタックの仮面の奥で、さやかは一度、微かに震えた。
それは、恐怖による物ではない。
確かに悪と戦う力を得たのだという確信からの、武者震いという奴だった。
「いや……今更仮面ライダーになったから、何だと言うつもりですか?」
二人目の宿敵の存在に衝撃を受けた様子だったのも一瞬。平静さを取り戻したナスカがそう吐き捨てたのを、エターナルが鼻を鳴らして笑い飛ばす。
「言ったはずだ。俺達の切り札だとな」
「仮面ライダーといえど、クリュサオルは防ぎきれない……そのことは既に理解されているでしょう?」
言い終えると共に、ナスカが超加速を始める。
それとまったくの同時に、さやかの変身したガタックもまた、腰部のゼクターの角へと手を伸ばしていた。
「そうかもね!」
《――Cast Off――》
さやかが負けん気を込めた声で応じると共に、ガタックを構成する装甲の隙間が発光する。
光芒が漏れた直後、ガタック本体から離れたその装甲板は大気が道を譲るのを待たず、空気の壁を食い破るようにして四方へと飛び散った。
音速超過してなお余りある射出されたアーマーは、まださやかの目で追える程度――つまりは音速程度で動いていたナスカが回避行動に移る前に、即座に距離を詰め、着弾していた。
「――がっ!?」
一抱え分もある金属片が、数秒足らずで一エリアを駆け抜けるだけの初速度で放たれたのだ。その程度で倒せるわけはなかったが、それでもナスカの超加速を中断させるのに十分なだけの打撃を、キャストオフされたアーマーは与えていた。
そして敵が体勢を崩している隙に、逆にガタックはいよいよ戦闘態勢を整える。
《――Change Stag Beetle――》
装甲が吹き飛び顕になったのは、洗練されたライダーフォームの立ち姿。両肩に降りていた二本の角が起立し、一目でクワガタムシの意匠だと判別できる形へと仮面を変化させていた。
「だけど……全部躱せば関係ない!」
克己に窘められた、これまでのさやかが選び続けて来た戦い方――それももうやめだ。
「さやか」
そう決意するガタックへと、エターナルが静かに呼びかけた。
「任せる」
「うん……!」
信頼の言葉を交わし、頷き合う。そんな二人の様子に、舐められていると感じたのか、怒りの篭った声を上げてナスカが再びの超加速を発動する。
「クロックアップ!」
同時に、さやかの変身したガタックも。
《――Clock Up――》
スラップスイッチを押した次の瞬間、勝利を歌う音色が、余韻たっぷりにさやかの耳に残響した。
音速を超え、さやかの目には青い霞としてしか捉えられなかったはずのナスカが、ガタックまで残り四歩のところで唐突に停止する。
いや、それは体感する速度の落差がありすぎて停止したように見えただけだ。だがそれでも著しく動作が停滞し、ナスカの猛襲はまるで映像をコマ送りで見ているかのような歩みとなる。
全てはガタックに搭載された、クロックアップシステムの恩恵だった。
体内を流れるタキオン粒子を使うことで、異なる時間流へと自在に移動する驚異の超能力。発動すれば使用者の体感時間は圧倒的な加速を見せ、このように超音速移動すらも蠅の止まるようなスロー映像へと変更させるという、反則的な切り札だった。
最早停止し、ただの的となったナスカへと、さやかはガタックの両肩に備えられた双つの曲剣・ガタックダブルカリバーを抜き放って襲い掛かった。
未だクリュサオルを振り下ろしきれず、がら空きとなっている腹部へと一閃。抉れた皮膚が火花として飛び散り、ナスカの身体が螺旋に回転しながら宙に浮かび始める。
自らの切り上げたナスカへとさらに一閃、二閃。両のカリバーを交差させ、袈裟斬りにして振り下ろす。火花が吹き飛び、圧縮された時間の中、連続で叩き込んだ猛攻が、ナスカの身体に与えた傷が視認できるようになったさやかは、十分な踏み込みが確保できる分の距離だけ、ガタックダブルカリバーを握ったまま後退した。
「――ライダーカッティング!」
《――Rider Cutting――》
カリバーフルカムを基点に双刃を重ね、ハサミのような形状にした直後。ガタックゼクターから放出された虹色の稲妻のような粒子の塊が、ガタックダブルカリバーの作るハサミの中に蓄えられて行く。
「――これで終わりだァああああああああああああああああっ!!」
自らを鼓舞するように、さやかは気合の声を張り上げる。
一度人間としての姿を見ているとは言え、ナスカのような怪人を、最早人間だと思うことはさやかはやめていた。
もちろんそれは、身体が人間ではないから、などではなく――己の欲望のために他者を傷つける、その精神を受け入れられなかったためであったが。
この強大な悪をこの手で倒すことで、さやかはマミや克己達のような、一人前の戦士と自負して戦って行くことができるだろう。
これ以上ナスカに脅かされる人を生まないためのこの一撃は、自分にとっての新しい運命の扉を跳び越えて行くための第一歩なのだと――そう感じたガタックは、突撃を開始した。
《――Clock Over――》
さやかが必殺技の構えのまま駆け出した時に、その電子音は声を上げた。
「え――っ!?」
刹那の間も開けず、時は正常な流れへと回帰する。
ナスカの落下が早まり、隣で彫像のように停止していたエターナルのローブがはためき出す。突如全身を襲った痛みに悶えながらも、ナスカが迫り来るガタックの存在を認識し、迎撃に刃を構えるまでに――ガタックは、彼我の距離を踏破することができなかった。
――さやかの不幸は、クロックアップの持続時間が完全にランダムであったことだ。
本人の主観でだが、長ければ数分。短ければ数秒。そんな上下の幅が広いクロックアップのタイムリミットの中で、さやかが引いたのは極めて短い部類の上限だった。
故に想定が狂い、正面からのこのこ歩いてナスカに飛び込むこととなった。
それでもクリュサオルが自身に届く前に、ナスカを両断できるとしてガタックは前進を続け――突然強度を増した空気の抵抗に、足が一歩分、鈍った。
最早それが、空気の抵抗などではなく。
ナスカが迎撃に放ったサイコキネシスであることは、散々苦しめられたさやかには明白であった。
(まっ、ずい……っ!)
ガタックの仮面の奥で、さやかが息を呑んだ直後。
最大出力モードのクリュサオルと、タキオン粒子を纏ったガタックダブルカリバーが、正面から衝突を果たした。
○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○
――断ち切られて行く。
自身に与えられ、管理する強大な力の一部、二振りの曲剣のうちの片方が切断されて行くのを、ガタックゼクターは静かに見ていた。
クロックアップの解けたガタックよりも、常時体内にタキオン粒子を蓄えたままのガタックゼクターの方が、時間流への干渉は容易だ。故にガタックゼクターは目の前で、実際には標準時間で半秒も保たないはずの相克の場面を、クロックアップ中であるかのような遅延した映像として読み取っていた。
このままでは、クリュサオルという光剣の切っ先は――元々変身を司る、ガタックゼクター自体が狙いなのだろう、ガタックの腰の辺りに直進して来る。
相手は特に強度に優れた刀剣を軽々切り裂く光刃だ。いかに超金属ヒヒイロノカネで全身を構築したガタックゼクターでも、足場にしたライダーベルトごと容易く両断されるだろう。
そうなれば――その裏に隠してある
美樹さやかのソウルジェムにも、直撃が及ぶことになる。
そのことに気づいた時点で、ガタックゼクターは自発的にベルトから飛び出していた。
――そもそもガタックゼクターからすれば、勝手に支給品扱いされようと、こんな殺し合いなどに協力してやるつもりはなかった。
なぜ人類の自由と平和を守るために生まれた自分が、よくわからない目的で人間を傷つけるために使われてやる義理があるのか。いや、あるはずがないと――隙を見てベルトを奪還し、殺し合いには関係を持たないままやり過ごそうと、ガタックゼクターは最初考えていた。
だがいざ自身のベルトが与えられたのは、この理不尽なバトルロワイアルの打破を目指す――若さ故に少し暴走しがちなところはあるが、想像を絶する悲惨な境遇の中、それでも正義を捨てずに戦おうとする、一人の少女だった。
正直この殺し合いに関わろうなどとは――それ以前に、資格者以外の人間に力を貸す気などは、ガタックゼクターの中には微塵もなかったのだが。
あの諦めずに戦い続ける相棒がこの少女を見たら、放っておくだろうか――と。そんな疑問を抱いてしまったことが、今思えば運の尽きだったのかもしれない。機械の癖に、自ら厄介事に首を突っ込むとは、どこの酔狂な男の影響を受けてしまったのやら。
それでも相棒とどこか通じるところのある、そして相棒なら必ず助けようとするだろう少女の危機に飛び出したことも。最早乗りかかった船だと、相棒でもない少女を資格者として認め、力を貸したことも。
焼きが回ったなと自嘲しながらも、相棒に顔向けできない結果にはならなさそうだと、どこか誇りに思いながら――ガタックゼクターは、斬撃の軌道をソウルジェムから逸らすために、絶対的な死の中へと突撃を敢行した。
○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○
自らの構えた曲刀が光刃によって切り裂かれて行く様子に、しかしガタックは怯めなかった。
大出力モードのクリュサオルの間合いを前に、今更後退してももう遅い。それならやられる前にやるしかないと短絡的に結論付け、ガタックはライダーカッティングの体勢を気合で維持したまま踏み込み続けるが――超金属の剣は、儚い粒子に分解されて、クリュサオルの輝きの中に融けて行く。
ナスカの念動力は着実にそれを掻き分ける仮面ライダーの脚力をして、得物が断たれる前にその切っ先をナスカへと届かせることを阻み続けていた。
だけどここで押し通せないようでは。さやかはこれからも曲がることなく進んで行くことはできないだろうと、意地を通すために猪突を続ける。
最悪、刺し違えてでも倒さなければ。ほんの数秒にも満たない激突の間に、さやかはそんな決意を固める。
自分は友達を、仲間を、たくさんの人を守るために魔法少女になったのだから――この悪もまた倒せないようでは、「任せる」と言ってくれた仲間の信頼に応えられないようでは、結局はただの無価値な石ころになってしまうのだから――!
「――――えっ?」
さやかの全身を包んでいたヒヒイロノカネが、それが構築された時の様子を逆再生したかの如く無数の正六角形へと霧散し始めたのは、まさにそんな切羽詰った決意を固めた瞬間だった。
セルメダルが底をついた? 否、コアを使ったさやかには、まだ三十枚以上の余裕がある。
敵の攻撃に変身が維持できなくなったのか? 痛覚は遮断していたが、それでも感じるはずの衝撃は届いていないのだから、それもまた違う。
混乱する脳で何が起きたのかを理解しようと、幾つも考えが現れては消えて行く。ガタックの仮面が消失し、顕になったさやかの瞳に――直接その原因が映った。
さやかの臍の上ぐらいの位置――ベルトに留まっていたはずのガタックゼクターが、持ち場を離れて飛翔していたのだ。
「はぁっ!?」
この危機に、理解の追いつかない光景を目にして、思わずさやかは憤りの篭った声を上げていた。
そこでようやく、さやかはナスカの攻撃の狙いがバックル部分であることに気づく。基幹となる部位をピンポイントで破壊することで、ガタックの変身を解除させる意図だったのだろう。
つまり狙われたのはガタックゼクターで。その危機を察知し、逃げ出したということなのか?
(ふざけないでよ……っ!)
自分のこの戦いに縣ける想いを認めて、その力を貸してくれたと思っていたのに。
その力を最も必要とするこの瞬間、我が身可愛さに逃げ出したというのか。
そんな疑いが、一瞬にも満たない刹那のうちに、さやかの中で怒りとして燃え上がる。
……そう、そんな刹那しか、さやかの感情が爆発する暇はなかった。
何故なら次の瞬間には、そんな気持ちは忘却したように、彼女の心は真っ白になっていたのだから。
(――えっ?)
ライダーベルトから離れたガタックゼクターは、そのままガタックダブルカリバーの片割れを今まさに両断したクリュサオルへと、自分から突撃していた。
白兵用武器であるダブルカリバーよりも、ガタックゼクターは頑健さが劣っていた。光子の流れに触れただけで、あっさりとその外装を削り取られる。
それでもガタックゼクターが決死の特攻を仕掛けたために、クリュサオルがライダーベルトに到達するまでに、微かな隙が生じた。
同時にオーバーフローしていたさやかの思考は、今更ガタックゼクターの真意を悟った。
ガタックゼクターの捨て身の防御がなければ、今頃クリュサオルはライダーベルトを貫いていた。
……その下にあった、さやかのソウルジェムごと。
ゼクターとはそもそもが、生まれた理由が人々を守るためという存在だ。そのために生まれ、人間のような私欲という物を持たないだろう機械を疑った自分を、さやかは恥じた。
そして自分を助けるためにその身を犠牲にした……僅かな時間とはいえ、一体となって悪と戦った相棒がその形を失って行く様に、さやかの奥から謝罪や自己否定といった類の。抱く者に歩みを止めてしまう感情が、じわりと染み出て来そうになった。
だが、それに心が浸ってしまう直前。微かにさやかを振り返ったガタックゼクターが、まるで自身を呼び掛けるかのように小さく身震いしたのを、確かにさやかは垣間見た。
「うぅあぁあああああああああああああああっ!!!」
余計な感傷は、胸の隅に引っ込めた。
今はガタックゼクターがその命で作ってくれた勝利への道、それを駆け抜けるのが先決だ!
ガタックの変身が完全に解除されてしまうよりも前に。さやかはまだ手の中に残った、片方だけの曲刀でライダーカッティングを続行する。
ガタックゼクターがクリュサオルを弾いたことで、さやかの斬撃の通り道が、確かにそこに開いていた。既に大部分を抜けていたサイコキネシスによる拘束を、最後の一押しで全て振り切る。
爪先が地を抉ってガタックの身体を送り出し、そしてカリバーの切っ先が、確かにナスカの腹へと突き刺さった。
クワガタの顎を模した剣の先端に蓄えられた、大量のタキオン粒子がナスカの皮膚を抉る。虹色の極光が拡散し、その場の全員の視界を白で埋め尽くす、膨大なエネルギーの奔流だった。
しかしナスカが吹き飛ぶ手応えと共に、その輝きは唐突に収まった。
理由はわかっている。ガタックの変身が、ナスカを倒し切る前に解除されたためだ。
その原因となった者を、さやかは責めることができなかった。
「ガタックゼクター……」
ぽつりと漏れた呼びかけに答えるかのように、そいつはさやかの眼前に飛んで来た。
機体の半分を失い、滞空も安定していない、今にも機能を停止してしまいそうな姿で。
墜落しそうなガタックゼクターを、さやかは思わず両手で受け止める。半分だけでも原型を留めていた機体に残っていたとは思えないほどの熱量に掌が灼熱して行くが、魔法少女の変身を保っているさやかにとっては問題にならない些細なことだ。
それでもまるで、さやかの火傷を気遣うかのように。接続部がガタガタになった、一本だけ残った顎を開閉することで何かを伝えるようにしながら、さやかの掌から飛び立とうとする。
「……良いんだよ」
そんな姿を、さやかは見ていられなかった。
「ごめんね……」
目を伏せ、思わず抱き寄せると――ガタックゼクターは数度の駆動音を鳴らした後、さやかの胸の中で動くのをやめた。
……何をやっているのだろう、自分は。
そんな疑念が沸き起こる。
力を手に入れたと、舞い上がり。結局克己がしてくれたのと同じように、たださやかは力を貸して貰っただけに過ぎないのに。そんな自分を庇ったために、さやかは新しい『仲間』を……死なせてしまった。
「……笹塚さん。追加のメダルを頂きたいのですが」
続く自己否定の思念は、そんな声が耳に刺さることで引っ込められる。
再び抜き放ったナスカブレードを杖代わりにしながらも、ナスカは未だ変身を保っていた。
「仲間が居たの……っ!?」
こんな状況でも雑に放り投げる気にはなれず、腰を落としてガタックゼクターの残骸を足元に降ろして、さやかは愕然と呟く。
そんなさやかをまた庇うように――ばさりとローブを翻しながら、エターナルが両者の間に飛び込んで来た。
鈍いはずがない彼が介入するのが、随分遅れて感じるのは――それだけあの衝突の間、自分は緊張していたのだろうか、などとどうでも良いことを無感動に認識する部分があることに、さやかの中のこれまた一部が驚いていた。
残る部分は、引き続き戦いへの集中を余儀なくされていた。
そんな彼女の前で油断なく敵手を睨むエターナルだったが、ナスカが放ったパイロキネシスによる炎を防ぐ余力もなかったのだろう。さやかの手を取って跳躍し、強引にさやかに攻撃を回避させた。
「あぁ……ああっ!?」
ナスカの炎は、内部機械を晒すガタックゼクターの残骸を襲っていた。元より融解していた断面から可燃部分に伝って行き、見る見る勢いを強めてゼクターを呑み込む。
涙を堪えてナスカを睨むさやかだったが、飛び出す前にエターナルが右手でそれを制した。
「笹塚さん……?」
同時に聞こえたのは、無感情なナスカにしても酷く調子の外れた、困惑の声だった。
ナスカはクリュサオルでエターナルを牽制しながら、警視庁の出入り口に近づこうとする。そんなナスカの様子を見たエターナルは、またも嘲弄を含んだ挑発を放った。
「おまえの探している相手には、どうやら逃げられたようだな」
もはや相手にも、メダルを補充する手段がないとわかるや否や、エターナルはナイフを手元で回転させながら、遠慮なく距離を詰め始める。
対しナスカは、脇に転がっていたクリュサオルをまた超能力で引き寄せると……立っているのも辛そうな姿勢だというのに、エターナルへと切りかかった。
だが、既に両者の消耗の度合いは、再びの逆転を果している。大出力モードではないクリュサオルはエターナルエッジに容易く受け止められ、エターナル自身の能力である、蒼い炎を纏った拳がナスカへと突き出される。
直撃したのは、ライダーカッティングを受けたのと同じ場所。痛烈な一撃を喰らったナスカは後退り、傷口を押さえながらエターナルを睨みつける。
構わず無言で距離を詰めようとするエターナルの横に、ライダーベルトを着けたままさやかも並んだ。
そんな二人の形相に、負けずと気迫を振り絞っていたナスカだったが……さやか達の間合いに再度捉えられる直前、その足が一歩下がった。
「おのれ……」
ナスカは小さく、無感情な声で呟いた。
「おのれぇえええええええっ!!」
続いたのは怨嗟の込められた、憎しみを隠そうともしない絶叫だった。
だが、この相手を許せないという感情は、さやかとて負けはしない。
エターナルとともに、ナスカの憎悪の叫びなど意に介さず二人は追撃を加えようとしたが、出鼻を挫くようにナスカの眼前で突如砂煙が爆発的な勢いで舞い上がった。それ自体はダメージにならなかったが、目隠しとしては十分過ぎた。
それが晴れたのは、エターナルが得物で切り裂いたからだけではなく――何かが音速を超え移動した、衝撃波による影響もあるのだろう。
「……奴自身も逃げた、か」
悔しいのか、それとも安心したのか。感情の種類を嗅ぎ取らせない、ただ事実を確認するような声音でぽつりと、エターナルが呟いた。
「――っ!」
その言葉を聞いたと同時に、我慢しきれずにさやかは踵を返した。
ガタックゼクターの残骸を燃やして行く火の手は、未だ収まっていなかった。
剥き出しとなっていた内部機関は既に融け落ち、現在進行形で塗装が剥がされて行くが、逆を言えばもうこれ以上この程度の炎が、ガタックゼクターを壊すことはできないのだろう。
それでも、これ以上ガタックゼクターだった物の形を変えられたくなかったさやかは、火が消えるように両手を押し付けていた。
肉の焦げる異臭が漂ってくるが、まだ炎は止まらない。マントを脱いで被せてみるが、それも完璧な消化法とは行かなかった。ナスカの残して行った火の始末すら満足にできない自分が情けなくて、思わずさやかの目元に透明な雫が染み出してくる。
しかしマントの上に音を立てて落ちたのは、さやかの落涙ではなく……変身を解いた克己が逆さに持っていた、飲料用のペットボトルの水だった。
「……克己」
「俺もそいつには助けられた。丁寧に弔ってやってくれ」
さやかの胸中を慮ってか、克己は淡々とそれだけを告げて来た。
さやかはこくんと、小さく頷いた。
そうして消火を終えた後、ガタックゼクターを野晒しにしたまま置いておきたくはなかったさやかは、変身を解く前に簡単ながら穴を掘っておいた。
その中にガタックゼクターを埋葬し、上から砂を掛け終えた後……さやかは胸の中に蟠った物を、堪えきれずに吐き出した。
「あたしって、何なんだろうね」
「……あん?」
ガタックゼクターを埋める間、傍らで見張りをしてくれていた克己が、そんな風に反応した。
聞いてくれる相手がいるからか、自分でも驚く程すらすらと、さやかは感情を吐き出していく。
「だってさ……あたしがいなかったら、あんたはそんなに傷つかないで済んだじゃない」
克己の背中には、未だ完治に至らぬ黒く炭化した傷跡が残っていた。
「変身したのがあたしじゃなかったら、ガタックゼクターだって壊れずに済んだかもしれない」
未熟なさやかでなければ、ガタックゼクターがその身を犠牲にせずとも、ナスカを攻略することができたかもしれない――そんな疑念が、さやかの心に刺さっていた。
もう、大好きな男の子に気持ちを告白する資格すらないのに――悪と戦う魔法少女としても、結局は同じ目的のために戦う仲間の、足手纏いにしかなれていないだなんて。
魔女や怪人のような悪と戦うしか能がない、ソウルジェムという石に成り果てたはずだったのに。そのたった一つの意義すら果たせない、本当にそこにあることに何の意味もないただの石ころでしかないのではないかと……さやかは無性に不安になっていた。
「――俺が自分の判断ミスを、おまえみたいなガキに責任押し付けると思っているのか?」
憮然とした様子で鼻を鳴らし、克己は憎まれ口を叩いてくれた。
でも、と反論しようとしたさやかを無視して、克己は続ける。
「そもそも終わったことを悔やんで何になる。それで何かが変わるわけでもないだろ」
「……あんたはすぐに忘れちゃえるから、そんなことを言えるんだよ」
思わず呟いてから、ハッとした。
今の言葉は、口にして良いようなことではなかった。それなのに自分は……
「……そうかもなぁ」
一瞬、克己の声が寂寥を滲ませたのに気づき、さやかは身を竦ませた。
(……バカだよ、あたし。何てこと……!)
「だが、だからこそ言ったはずだ、さやか。せめておまえは忘れるなってな」
責めるでもなく、呆れるでもなく。さやかの無思慮で彼を傷つけた発言を受け止めた上で、背中越しに克己は訴えかけて来る。
「ガタックゼクターが教えてくれたことを忘れるな。何かを守るのは、いつだって難しいことなんだってことをな――こんな死体の一つ守るのも、容易くはなかっただろう?」
傭兵として何年も戦って来た克己の言葉には、つい最近まで平穏な日々を怠惰に過ごすだけだったさやかにはない、重みがあった。
微かな自嘲を含んだ問いかけの後に、克己はさらに続ける。
「おまえが考えなきゃいけないのは、自分じゃなければなどという下らん仮定なんぞじゃなく、そのことだ。おまえはまだまだヒヨっ子だ、そう簡単に何でも上手く行くなんて考えない方が良いということを、肝に銘じておくんだな」
「でも……だったらあたしはっ、どうして魔法少女になったのよ!?」
克己が諭して来るのに、思わずさやかは反発していた。
「こんな、魔女を殺すしか意味のない石ころにっ! それだけの役目だって満足にできないのなら、あたしは、どうして……っ」
叫ぶ勢いは、尻窄みに消えて行った。自分で口にしていて、耐えられなかったから。
克己の言うように、人々を守るということすら満足にできないのなら……さやかが魔法少女になった意味は、本当に、どこにあるというのか。
「もう……全然、わかんないよ……っ!」
「……どうしてってそりゃ、おまえが
巴マミって奴のことを正しいって思ったからだろ」
思わず泣き崩れそうになったさやかに対し、まるで呆れたような声で克己が答えた。
何をわかり切ったことをと言わんばかりの応答に、逆に呆気に取られたさやかが黙って凝視するのを目にして、克己は少し緩めていた表情をまた真顔に戻した。
「なぁ、さやか。俺はここに来る前、ビレッジを潰すために戦っていたと言ったよな?」
克己の言葉に、さやかも思い出す。風都タワーで情報交換をしていた頃に教えられた、克己とエターナルの出会いとなった戦いのことを。
超能力兵士を開発するための実験場とも言うべき箱庭。そこで囚われ、希望を失ったことで生きながらにして死人のようになったビレッジの住人達。
それでも、紛れもなく今生きている彼らの明日を奪い続けるドクター・プロスペクトを許すことができず、実験体の村人達に蜂起を呼びかけたという。
結果として、村人達は克己に煽られた形で支配に反旗を翻し。克己自身をビレッジの住人達を救うため、そしてドクター・プロスペクトという悪を裁くため、単身その居城に乗り込み、そこで惹き合ったエターナルに変身したと言っていた。
「あそこの敵で一番の戦力だったのは、間違いなくさっきの財団Xの男だったが……俺は奴を倒し、プロスペクトの持っていたヘブンズフォールの制御装置を破壊したとはいえ、メモリを持ったプロスペクトを残したまま、ここに連れて来られた。
だが俺は、ビレッジにいる連中のことを心配していない。何故だかわかるか?」
克己の問いかけに、さやかは内心首を振っていた。
克己の置かれた状況に自分が立ったなら、きっとさやかは残してきた者達が心配で気が気でないだろう。だというのに確かに克己は、そんな様子を微塵も感じさせていなかった。当然、それに関する記憶が抜け落ちて行っているわけではないというのに……
何故、克己はビレッジのことを心配していないのか、さやかにはさっぱりわからなかった。
「さやか。本当に尊いものというのは、どんなに忘れ去られて、それが元々なんだったのか、誰も思い出せなくなっても――それでも記憶として受け継がれ、残って行くもんなんだと、俺は考えている」
そんな克己の言葉に、さやかは彼の演奏するハーモニカの音色を連想した。
全てを忘れてしまうはずの克己の中にも、いつまでも残り続けているものがある……だからこそ考えついた言葉だろうと、何となくさやかは想像していた。
「それと同じだ。生きている奴らの明日を、誰にも奪わせたくない……そして何より、自分の明日が欲しいっていう俺の気持ちは、必ずあいつらにも受け継がれていると信じている。だったら途中で俺がいなくなったとしても、あいつらは諦めやしないだろう。諦めないなら、必ずやり通すさ……俺の仲間も、もう駆けつけているはずだからな」
だから心配していないのだと、今は目の前のバトルロワイアルを潰すことに集中しているのだと、克己は言う。
だがさやかには、それがどう自分の話と繋がるのかが、まだ把握できていなかった。
「そいつと同じさ。巴マミって奴はおまえに跡を継ごうと思わせるだけの立派な、正しい魔法少女だった。おまえの憧れる正義の魔法少女、そのものと言って良い」
「そうだよ……マミさんは、とっても凄い人で。でも、あたしは……」
「おまえ達の言う正義ってのはだな、さやか。それを目にした者に、必ずその意志を受け継ぎ、後を追ってみせると思わせる想いのことだと俺は考えている。どれだけ懸命に、そのために生きるのか、だ。そういう意味じゃ、わかり易い力のあるなしなんざ正義であることに関係はない。ならおまえは確かにマミの後を継いだ、立派な正義の味方だろ?」
克己なりに、さやかは正義を成していると励ましたいのだろう。
そう理解した時、さやかの口元に、無意識に冷淡な微笑が浮かんだ。
……何て表面的な、薄っぺらい台詞だろうか。
克己のことは、もっとずっと凄い奴だと思っていたのに……そんな失望と共に、さやかは彼の言葉を否定する。
「だけど……結局悪い奴らに負けていたら、何も護れてないじゃん。意味ないよ」
「そんなことはない。おまえが引き継いでいなきゃ、そこでマミの正義は途絶えていた。
そして言っただろう。本当に尊く、正しいなら。それは受け継がれて行くものなんだと。
仮におまえが、どこかで倒れることがあっても。おまえの願いが本当に正しいなら、それを見た者が後を追おうとするはずだ。その次も、そのまた次も。そして誰かが必ず成し遂げる」
さやかがほとんど聞くことを放棄しているというのに、動揺する様子もなく、克己は自分の考えを訴え続ける。その態度が揺らいでいた言葉の信憑性を、まだ少しだけ保持していた。
そして――息を吸って、それまでよりも力を込めて、克己は言い放った。
「少なくとも! もしもおまえが志半ばで倒れることがあったなら、俺はおまえの分も、引き継いでやって良いと思っている」
驚きだった。
あれだけ悪ぶっている克己が、こんなことを恥ずかしげもなく言い放ったのが。
「さっき何かを守るのは難しいと言ったな。今言った通り俺だって、何もかも一人でやらなきゃいけないのなら、途中で放り出してここにいることになるんだからな。
だがその気持ちを強く持ち続ければ、必ず同じ気持ちで戦う奴らが現れる。俺達みたいにな。
一人じゃ死体一つ守るのも難しくても、そうやって頭数を揃えていけば……正義の味方っていうのは、一つの街や、国や! 果ては世界なんて大逸れたのも、守れるようになるもんなんじゃないのか?」
――これはさやかの知らないことだが、克己の言葉を象徴するような例として、
佐倉杏子の存在が挙げられる。
一度は心が折れ、当初目指していた正義の味方を諦めた杏子だったが――この先、本来なら訪れたはずの時間軸で、他ならぬさやか自身が彼女に見せた正義の味方としての姿勢が、その心にかつて抱いていた祈りを取り戻させたように。
またこのバトルロワイアルでも、最期の瞬間まで仮面ライダーとして人々を護り続けた
剣崎一真の姿に心を打たれ、やはりその願いを取り戻したように。――その最期を、決して杏子が忘れることはないだろうと、確信したように。
確かな正義の心は、脈々と誰かに受け継がれ続けて行くものなのだ。
杏子にそれを伝えたさやか自身が、マミからその心を渡されたのと同じように。
「まだ一人で思うように行かないなんてこと、気にするな。俺だって満足に戦おうと思ったら、仲間が必要なんだ。一人ぼっちで戦い始めたばかりのおまえじゃ、それで当たり前だ。
なら、どうしてウジウジ悩む必要がある。一人で無理なんだったら、誰かから手を借りれば良いだけだ……違うか?」
「……あんたが言うことも一理あるかもね、克己。ありがとう」
だが、杏子のその後を知らない今のさやかは、それでもまだ、克己の言葉を受け容れられてはいなかった。
「でも……あたしはそれを認められないよ。皆を危険な目に遭わせたくないから、魔女や悪党を退治しようって言うのに……後に続こうと思ってくれる人を巻き込んじゃったら、そんなの本末転倒じゃん」
「御袋かおまえは」
そんなさやかの反論を、克己はまた呆れた様子のツッコミで一蹴する。
「お、おふくろって……」
「おまえの過保護さは御袋と変わらんって言っているんだ。
いいか? おまえ、この先も俺にずっと横から口出しされて、面倒見て貰いたくはないだろう?」
「そりゃ……そうよ」
多分、克己が意図しているのとは別の意味で。
こんなに酷い言葉をぶつけ、足を引っ張ってばかりの自分なんかのために、これ以上克己を拘束したくないとさやかは感じていた。
「俺もそうだ。いつまでもおまえの御守りをしたいとは思っていない」
対して克己は、さやかが克己によって自由を縛られていることを――例えば戦闘に参加するのに一々許可が必要な現状を、疎ましく思っているとでも――いや、実際先程まではその通りだが――考えているのだろう。御守り、という部分を強調しながらそう告げて来た。
「じゃあ、おまえの護りたいって考えている奴らはどうなんだろうな」
「そんなの……私達みたいな目になんか、遭わない方が良いに決まってるじゃん」
「違う。いつまでも護る護ると……言うなりゃおまえという檻に守られたとして、これからも永遠に檻の中で飼い殺すのがそいつらのためになると思っているのか、って言っているんだ」
克己のその言葉は、さやかにとって衝撃的であった。
まるで、頭を思い切り殴打されたかのような感覚は、その言語の意味を理解して、頭に染み込ませることができなかったからだろう。
「飼い殺……す?」
だからさやかは鸚鵡返しに、尋ね返すことしかできなかった。
ああ、と。克己はさやかに頷き返す。
「おまえに護られていなけりゃ、魔女のせいで自由に生きていくこともできないなんてのは……そしてそのままであることをおまえが望むって言うなら、それはおまえが居なけりゃ生きていけないよう、飼い殺しているって以外になんて言やぁ良い」
かつて――恭介の気を惹きたいなら、さやかなしでは居られぬよう五体不満足にしてやれば良いと、杏子から悪意を持って挑発されたことがあった。
あの時自分は、それを確かに強く否定したはずなのに――
「ちが――」
「違うだろ、おまえが本当に願ったことは」
思わず動転し、否定の言葉を紡ごうとしたさやかに対し。克己はまたも責めるのではなく、諭すようにそう告げて来ていた。
「おまえが護りたいって思ったのは、今はおまえっていう檻に囲われた奴らが……そんな檻の中じゃなくても、自由に生きていけるような未来(明日)じゃなかったのか、さやか」
その言葉に。固形化した魂の奥底に、澱となって沈んでいた感情を突き刺されて、さやかは両目を見張った。
そうだ、あたしは……
克己の言う通り。マミさんがずっと守ってきたものを、そこで終わらせたくなかったから。
まどか達見滝原市の人々が、魔女にその未来を、奪われないようにしたかったんだ……
「確かにおまえが魔法少女になった経緯を考えれば、反発したいのも無理はないかもしれん。だがなぁ、さやか。結局おまえが自分でその力を得ることを決心したように……どんな答えを選ぶのかは、そのためにどうするのかは、あくまでそいつが決めることだ」
さやかの様子の変化を目にしながら、克己はさらに続けていた。
「色々あって見失っていたんだろうが、忘れるな、と言っただろう。その初心ぐらいは、大事にしておけ……俺ができない代わりにな」
そう少しだけ寂しそうに、また羨ましそうに告げて、彼は余りらしくない長広舌を終えた。
「克己……」
「ん?」
そんな彼に、今度はさやかが自分から訪ねていた。
「さっき言ったの、本当なの……?」
「どれがだ?」
「もし……あたしが途中で倒れちゃった時は、あんたが引き継いでくれるって」
「おまえは自分が間違ったことをしているつもりなのか?」
「っ……そっか」
婉曲な肯定に――ついさっきまで胸を満たしていたのとは違う感情で、さやかの声が震えた。
「あんたになら……任せられるかもね」
そう思えたことで。
一緒に背負ってくれる相手が居てくれるだけで。
――こんなにも心が、軽いなんて。
「……落ち着いたか?」
克己の問いに、淀むことなくさやかは、「うん」という言葉を吐き出せた。
「あんたの言う通り、だね……事実としてあたしはあたしなんだから。あたしじゃなかったら、なんて考えるのはやめにするよ」
「賢明だな」
したり顔で頷く克己に、さやかはさらに宣言する。
「あんたの言う通り……ガタックゼクターが教えてくれた、何かを護ることの難しさも、もう忘れない。だけど、難しいからって投げ出したくもない。だからあたしは、もっと強くなる」
「そうか。ならまた後で鍛えてやる。御守り役をいつまでもやってはいられないからなぁ」
「うん。一人で戦えないって言っちゃう克己のために、早く肩を並べて戦えるようになってあげるよ」
意表を衝かれ真顔になった克己に、さやかはしてやったりと笑みを刻んだ。
まどかをからかって、よく浮かべていたこの笑顔になったのも、何だか随分久しぶりのような気がした。
「その第一歩。あたしにあんたの怪我、治させてよ」
クリュサオルに与えられた炭化した断面は、NEVERの再生力でも回復が未だに追いついていなかった。その治癒に克己はメダルを消費しているのだろうが、恐らく費用対効果はさやかの能力の方が上だ。
「断る。これは俺の落ち度だ。おまえのメダルを消費する理由はない」
「さっき一回受け取ってるくせに」
ツッコミに口を噤む克己が可笑しくて、くすりと微笑を呑み込みながらさやかは続けた。
「一緒に戦う仲間なんだから、メダル数ぐらいは均等にしたいじゃん。これ、さっきの買い物であんたが言ったことだよ?」
「…………好きにしろ」
根負けしたように、腰を下ろした克己はその傷ついた背中をさやかに託した。
青色の魔力光を放つ治癒魔法で優しくその肉体の欠損を修復させながら、さやかは少し悪戯したい心地で克己に話を振った。
……重苦しい雰囲気には、あまりしたくはなかったから。
多分そんなことを望んで、ガタックゼクターは果てたのではないと思うから。
「っていうか克己さー、さっき何だかお母さんにいつまでも縛られるのは誰だって嫌みたいなこと言ってたけど、傭兵やってるのにお母さんにまだあれこれ言われてるってこと?」
「……いや。文句も言わずに、NEVERの結成にも協力してくれたし、ガキの頃に死んだ俺の体をここまで大きくもしてくれた。居てくれなきゃ困ることはあっても、逆はないな」
「ふーん……じゃあ克己って、そんな年になっても結構お母さんに甘えているんだ?」
「な……んだとぉ!?」
勢いよく振り返った克己は、怒気を孕んだ両目で射抜いて来た。
だが初めて見る克己の羞恥心を孕んだ激昂の様子に、冷徹な普段とのギャップがおかしくて……そして嬉しくて、さやかは声を上げて笑ってしまった。
「あっははははは、ちょっと克己、何その声、本気過ぎだって! 図星なの?」
「誰がだ!? ……ちっ、しばらく落ち込ませたままにしておいた方が良かったか」
憮然とした様子で正面に向き直った克己が、まだ肩を怒らせたままなのにまたさやかに笑い声を上げさせる。笑い上戸になってしまったようだった。
……こんなに腹の底から笑えるのは、本当にいつぶりだろうか。
「ははははは……うん。あんたにもできるじゃん、克己」
「何?」
「人間らしい表情がさ」
その言葉にハッとしたように、克己は自身の顔に触れていた。
そのビックリした様子に、さやかはまた自然と笑みが込み上げて来て……可笑しさよりも、親愛の情を含んだ微笑みを彼に向けた。
「やっぱり克己も、まだ死人なんかじゃないよ」
「……勘違いだ」
「意地張っちゃってもぉー可愛いなぁこいつぅー!」
何だか本当に、魔法少女のことで悩む前に戻れたようで――そして克己がムキに反応するのが実に楽しくて、さやかは魔法を発動し続けながらもけらけらと笑い転げていた。
横隔膜の痙攣に苦しみ、目元を拭いながらさやかは必死に呼吸を整えて、克己にできる限り真剣な調子に戻して話し掛けた。
「だからさ克己。あんたもまだ人間なんだよ、きっと。……本当に死んでるわけじゃないから、あんただっていつか死んじゃうかもしれないんだよね」
「……そういうことになるな。ま、俺は――自分の存在をこの世界に刻み付けるまでは、本当の死を迎えてやる気なんぞ永遠にないがな」
そうふてぶてしく言い放つ克己に、さやかは確かにあんた殺しても死ななさそうだもんねと呟きながら、伝えたい言葉を口にした。
「それでももしさ、何かの間違いであんたが死んじゃったりしたら……その時はあたしが、あんたの気持ちを引き継ぐよ」
そのさやかの言葉に、驚いたように克己は彼女を振り返った。
「そうして欲しいから、忘れるなって言ったんでしょ? 覚えておいてあげるよ、永遠に」
それで対等じゃん、とさやかは言い足した。
そして、だからこそ克己はエターナルメモリの適合者なのだろうと、内心で推測していた。
彼が”永遠”と惹き合った理由――それは彼が死者という、終わりある生とは違う永遠の世界の住人だから――などではない、きっと。それだけならば他にもNEVERがいる以上、克己だけの”運命”にはなり得ない。
――せめておまえは忘れるな、何もかも。
この言葉や、それと同じ意味合いのことを、彼は何度もさやかに伝えて来た。
それはきっと、克己は自分が忘れて行ってしまうから、代わりに周りの人にずっと記憶していて欲しいからなのだろうと、さやかは考える。
だが周囲がそれを聞き届けても、残念ながら克己の願いはいつか風化して行く。NEVERでなくとも、人の記憶とは忘却されて行くものだから。いつかは
大道克己という個人やその名を知る存在は、この世界から消え去ってしまうだろう。
それでも、さっき克己がさやかに伝えようとしたように――本当に尊いモノは、その名前や出自が、判別するための外観が忘れ去られようと。一番大切なその”中身”、本質はずっと受け継がれて行くのだ。克己の中に残り続け、またさやかにも伝えられたあの演奏のように。
克己の言う、世界にその存在を刻み付けるということは。
きっと今の克己が抱いている想いを人々に残して逝けるよう、最後の瞬間まで懸命に生き続けるという意味なのだ。
ビレッジで希望となったように。克己は二度目の死を迎えるまでに、それを今生きている者達の記憶に刻みつけて……彼らが子々孫々と伝え続けてくれることを望んでいるのだ。
そんな、人々に受け継がれる”永遠の記憶”になりたいと願う克己だからこそ――エターナルのメモリと惹き合ったのだろう。
だから彼の中には、自分が消えることへの恐れや怯えは存在しないのかもしれない。たとえ今ここで朽ち果てようとも、永遠の記憶として人々の中に残っていけるのなら――自分一人のちっぽけな死など、彼にとって忌避する理由がないのだから。
だから彼はNEVERであろうと、明日を求めて懸命に生き続けるのだ。
事実その克己の姿を、さやかは生涯忘れることはないと、迷うことなく信じている。
――そして、これからはさやかも。
マミから自分へ、そして克己や、次の誰かへと受け継がれていく、平和と自由を欲する正義という名の”永遠の記憶”は、決して途切れることはないと信じられるから。
さやかがどこかで倒れても、さやかの願いの根源は、克己や誰かが叶えてくれるなら。
もう……絶望する必要なんて、ない。
それは、代わりが効くからさやかが無価値などという意味ではなく。正しいと思う生き方を懸命に貫くことが、自分の願いを永遠にしてくれるということなのだから。
――あなたはその人の夢を叶えたいの? それとも夢を叶えた恩人になりたいの?
――他人の願いを叶えるのなら、なおのこと自分の望みをはっきりさせておくべきだわ。同じようなことでも全然違うことよ、これ。
――そこを履き違えたまま進んだら、きっとあなた後悔すると思うから。
マミにこう言われた時、さやかは自分の考えが甘かったと自覚したはずだったのに……それをまた、忘れてしまっていた。
さやかはただ、恭介の演奏をもう一度聴きたかった。あのバイオリンをもっともっと、大勢の人に聴いて欲しかった。
さやかはただ、マミの頑張りを無駄にしたくなかった。これ以上大切な人を失わずに済む力が欲しかった。誰にも失わせずに済む力が欲しかった。
確かに恩人として、また正義の味方として感謝されたいという下心もあったと思う。さやかだって人間だから、そんなものに惑わされることもあるけれど。
それでも今なら、自分の本当の願いが何だったのかを、もう忘れない――そう断言できる。
だからもう、さやかは魔法少女となったことを後悔しない。
同じように。たとえ傷つくことがあるとしても、戦いに臨むその人が、本当に自分の意志で決めたのなら尊重すべきだと、今なら思えた。マミだってさやか達に対してそうだったから。
もう――誰かが自分の後に続いてくれるということも、怖くはない。
「――終わったよ、克己」
さやかの言葉を最後に暫く続いていた沈黙を、治療の終了を告げる声が破る。
克己はぐるんと肩を回しながら立ち上がり、その後も掌を開閉したりして、調子を確かめた後に……にぃっと、その口元を歪める。
「大したもんだな、魔法少女の癒しの力って奴は」
「それを願った契約だから、あたしは特に凄いらしいからねー」
誇らしく思いながら伝えたさやかは、克己にこれからの方針を尋ねることにした。
○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○
自分の気持ちを本当に正しいと感じてくれる人がいたら、その気持ちを記憶して欲しいと、してくれたら嬉しいと思うから。
さやか自身も、自分が正しいと思ったもののことを、これからは忘れず生きて行こう。
特に――そのことに気づかせてくれた恩人のことを、さやかはずっと、覚えていたい。
(私……ガタックゼクターのこと、忘れないよ)
さやかの腰には、変わらず銀色のベルトが煌めいていた。
【一日目 夕方】
【G-5/警視庁】
※南の入り口付近にライドベンダー@仮面ライダーオーズの残骸が放置されています。
※二階の南側にある部屋に双眼鏡@現実が放置されています。
※克己とさやかの今後の行動については後続の書き手さんにお任せします。
【大道克己@仮面ライダーW】
【所属】無
【状態】健康
【首輪】15枚:0枚
【コア】ワニ(一定時間使用不可能)
【装備】T2エターナルメモリ+ロストドライバー+T2ユニコーンメモリ@仮面ライダーW、
【道具】基本支給品、NEVERのレザージャケット×?-3@仮面ライダーW 、カンドロイド数種@仮面ライダーオーズ
【思考・状況】
基本:主催を打倒し、出来る限り多くの参加者を解放する。
1.さやかが欲しい。その為にも心身ともに鍛えてやる。
2.T2を任せられる程にさやかが心身共に強くなったなら、ユニコーンのメモリを返してやる。
3.T2ガイアメモリは不用意に人の手に渡す訳にはいかない。
4.財団Xの男(加頭)とはいつか決着をつける
5.
園咲冴子はいつか潰す。
【備考】
※参戦時期はRETURNS中、ユートピア・ドーパント撃破直後です。
※回復には酵素の代わりにメダルを消費します。
※仮面ライダーという名をライダーベルト(ガタック)の説明書から知りました。 ただしエターナルが仮面ライダーかどうかは分かっていません。
※魔法少女に関する知識を得ました。
※NEVERのレザージャケットがあと何着あるのかは不明です(現在は三着消費)。
※さやかの事を気に掛けています。
※
加頭順の名前を知りません。ただ姿を見たり、声を聞けば分かります。
※仮面ライダーエターナルブルーフレアのマキシマムドライブ『エターナルレクイエム』は、制限下においてメダル消費60枚で最大の範囲に効果を及ぼします(それ以上はメダルを消費しても効果範囲は広がりません)。
エターナルレクイエムの『T2以外の全てのガイアメモリの機能を永久的に強制停止させる』効果は、最大射程距離は半径五キロ四方(エリア四マス分)となります。
また発動コストにセルメダル10枚が設定されており、それ以上メダル消費の上乗せをせず使用すると、半径二千五百メートル四方(エリア一マス分)に効果を及ぼします。
なお、参加者個人という『点に対して作用する』必殺技としての威力は、メダルの消費数を増減させても上下することはありません。メダル消費量で性能に制限を受けるのは、あくまでMAPの広範囲に『面として作用する』ガイアメモリの機能停止に関する能力だけです。
【美樹さやか@魔法少女まどか☆マギカ】
【所属】青
【状態】健康
【首輪】20枚:0枚
【コア】シャチ(一定時間使用不可能)
【装備】ソウルジェム(さやか)@魔法少女まどか☆マギカ、NEVERのレザージャケット@仮面ライダーW、ライダーベルト(ガタック)@仮面ライダーディケイド
【道具】基本支給品、克己のハーモニカ@仮面ライダーW
【思考・状況】
基本:正義の魔法少女として悪を倒す。
0.克己を乗り越えてより強くなる。
1.克己と協力して悪を倒してゆく。
2.克己やガタックゼクターが教えてくれた正義を忘れない。
3.T2ガイアメモリは不用意に人の手に渡してはならない。
4.財団Xの男(加頭)とはいつか決着をつける
5.マミさんと共に戦いたい。まどかや仁美は遭遇次第保護。
6.
暁美ほむらや佐倉杏子とは戦わなければならない。
【備考】
※参戦時期はキュゥべえから魔法少女のからくりを聞いた直後です。
※ソウルジェムがこの場で濁るのか、また濁っている際はどの程度濁っているのかは不明です。
※回復にはソウルジェムの穢れの代わりにメダルを消費します。
※NEVERに関する知識を得ました。
※ガタックゼクターは破壊されました。
最終更新:2012年12月25日 19:52