約束した正義 ◆LuuKRM2PEg



 とある男は夢を見ていた。
 この世の誰もが幸せであってほしいという、理想に満ちた夢。
 それは人間誰もが大人に進むにつれて現実の不条理さを知って、ただの夢物語だと諦めてしまう世界。
 しかしその男はひたすらそれを追い求め、突き進んだ。その途中にいかなる困難が待ち構えていようとも乗り越えた。
 どれだけの裏切りがあろうとも、どれだけの悲哀があろうとも、どれだけの無情があろうとも――男は世界に覆われる絶望をどれだけ目にしても諦めなかった。
 その途中、世界から消えることのない犠牲によって男は何度も壊れそうになる。いや、もう壊れてしまったのかもしれない。多くの命を救うため、少ない命を数え切れないほど犠牲にしたのだから。
 それが理想のためだから。一切の争いがない、誰もが恒久的な平和を約束された世界を作るという理想。その為に男は殺しの技術を会得し、世界から一つでも多くの毒を殺した。
 しかしようやく理想を遂げようとした矢先、男はまたしても裏切られてしまう。呪いと怨嗟が蔓延る闇の中で、愛する妻の形をした願いが自らの力によって叶う理想を見せた。
 恒久的平和の代償として世界から家族以外の安らぎを全て滅ぼす光景。その為に流れる血や破壊されていく物の量は計り知れない。
 だから男は願いを拒んで殺した。娘と一緒にクルミの芽を探しにいけないような世界に、安らぎなんてあるわけがない。
 それでも世界の呪いは止まらなかった。まるで裏切った男への報復のように生まれた灼熱は、町を壊して人々を燃やし尽くし、それでいて男だけは助けている。
 男はもう絶望することも出来ずに、地獄の中で阿鼻叫喚の声を聞くしか出来なかった。数えきることが出来ないほどの嘆きと絶望が責め立てる。
 全てが終わった後、焼け野原の中で男は亡霊のように彷徨っていた。このまま死ぬのだと男は思っていた。
 しかし男は、絶望に満ちていたと思われた世界の中でたった一つだけ最後の希望を見つける。
 まだ一人だけ、救う事が出来た。
 一人でも助けられて救われたと、男は思う。


 それから男は五年間、幸せに満ちた毎日を送っていた。息子も、知り合いも、近所の人も誰も失うことのない、みんなが願った穏やかで平穏な日常。
 しかしその代償に、娘とは生涯で二度と会うことが出来なくなった。男は何度も娘を救おうとしたが、呪いに侵された身体がそれを許さない。
 その果てに彼は、自らの死期が近いと悟ったことで出来るだけ息子と多くの時間を過ごした。

――子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた

 月の光が眩いある日の夜、男は息子と語り合う。

――なんだよそれ。憧れてたって、諦めたのかよ
――うん、残念ながらね
――しょうがないから俺が代わりになってやるよ
――そうか。ああ――安心した

 男はこの時、本当にいい月だと思った。
 こんな穏やかになれたのは一体いつ以来か。こんなに幸せになれたのは一体いつ以来か。
 そして、こんなにも優しい気持ちになれたのは一体いつ以来か――男は微笑みながら考えるが、答えは得られない。
 世界を救うという夢を叶えられず、数え切れないほどの絶望によって自分を壊してしまった男は、最後に穏やかな安堵を胸にすることが出来た。
 衛宮士郎が自分の夢を受け継いでくれると誓ってくれたおかげで。



 そうして、衛宮切嗣は眠るように息を引き取った――






「要するにこれは、各チームごとに分けた聖杯戦争の真似事……といったところか」

 太陽の光が穏やかに輝く青空の下、黒いロングコートを纏った男が公園に備え付けられたベンチに腰掛けながら呟いた。
 『魔術師殺し』という異名を与えられた男、衛宮切嗣は支給されていた一冊のルールブックを読み耽っている。愛用のタバコが銜えられないことに微かな寂しさを感じるが、むしろ緊張感を奪わなくなるからいいかもしれない。
 我ながら他愛のないことを考えるようになった。そう自嘲しながら切嗣は今の現状を思い返す。
 まず眼鏡を掛けたあの男、真木清人はここにいる六十五人で殺し合いをしろと言った。拒否権は全くなく、逆らう者は全員に巻かれた首輪を吹き飛ばすつもりらしい。
 何の許可もなく人をこんな場所に放り込んだ挙句、殺し合いを強制。しかも聖杯戦争のように途中棄権も許されず、最後まで戦わなければ生き残れないのだから余計に性質が悪い。
 悪趣味という言葉では言い表せない地獄だと切嗣は思った。こんな義憤を感じていい人間ではないことは分かっているが、それでも真木が許せない。
 出来ることならかつてのように今すぐ真木を撃ち抜きたいが、そんなことは無理だ。今は落ち着いて情報を纏めなければならない。

セイバーだけでなく、かつてのマスターやサーヴァント達がいるとは……」

 ルールブックの一部に含まれていた、この殺し合いに参加させられた六五人。
 その中にはかつて聖杯戦争でアイリスフィール・フォン・アインツベルンと共に召喚した最優のサーヴァント、セイバーの名が書かれていた。
 それだけでなく聖杯戦争にマスターとして参加した雨生龍之介や間桐雁夜、彼らと契約を交わしたキャスターやバーサーカーの名前までもが書かれている。
 これには切嗣も一瞬だけ目を疑った。この五人は聖杯戦争の末に、もうこの世界から消えた筈だったから。しかしそれは、切嗣自身にも同じことが言える。
 切嗣に残った最後の記憶。それは養子である衛宮士郎と平穏な毎日を送った末に、聖杯の呪いによって息を引き取った筈だった。
 だが今はこうして生きている。だからセイバーを始めとしたサーヴァントやそのマスター達がこの世界にいるのも、そういう事なのだろう。
 しかも皮肉にも、かつて『魔術師殺し』と呼ばれ続けていた時代に纏っていたロングコートを着せられていた。
 恒久的平和という名前の身勝手な理想の為に、多くの命を奪ってきた僕自身に対する罰だろうと切嗣は思う。

「あの男が言っていたグリード……こいつらも一筋縄ではいかなそうだな」

 真木の言っていた『グリード』というチームのリーダー。具体的に何を意味するのかは分からないが、少なくともまともな存在ではないのは確かだった。サーヴァントと同じ戦場に放り込む時点で、何かしらの力を持っていると考えなければならない。
 自分達の勝利条件はリーダー以外のグリード屠ることらしいが、リーダーとやらも真木の言うことも信用できなかった。そもそも事前に何の話もなく六五人を一箇所に放り込むような輩の言うことなど、信頼できるわけがない。
 仮に奴らのルールに従って他の『グリード』を全て倒しても、自分達を生還させる保障なんてどこにもなかった。むしろ最後の最後で裏切りが待ちかまえている可能性の方が、ずっと高い。
 かつて聖杯の真実を知り、自身の願いを最も望まない形で叶えられそうになったあの時のように。

「……君はきっと僕の事を恨んでいるかもしれないな、アイリ」

 呆然と青空を見上げながら、もうこの世にいないであろうアイリスフィールの事を考えた。
 地獄と呼ぶに相応しい暗闇の中、彼女を模した願いが見せた悪鬼の如き表情を忘れない。アインツベルン家を土壇場で裏切り、イリヤスフィールがアハト爺に囚われの身となってしまった。
 その選択に後悔はないし否定するつもりもないが、後ろめたさはある。先程思わず彼女の名前を口にしてしまったのも、そのせいだった。
 きっとアイリスフィールは今も自分のことを恨んでいるだろうと、切嗣は考える。しかし当然の報いとして受け入れる覚悟でいた。
 愛する娘を我が身可愛さに諦めてしまった馬鹿な男には、お似合いの末路だろう。
 でもその前にやらなければならないことが一つだけあった。

「……僕に再び戦えと、そう言いたいのか? 真木清人」

 ここではないどこかからこちらを見ているであろう真木に対し、切嗣は宣言を始める。
 一体どういう原理で自分達を蘇らせたのかは知らないが、奴が何らかの強大な力を持っているのは確実だった。それも忌むべき大聖杯に匹敵する程の。
 それだけは認めてやっても良かった。

「いいだろう、戦ってやるとも。でも悪いが、お前の理想に共感するつもりはない……」

 しかしだからといって、それと殺し合いに乗ることは繋がらない。むしろ切嗣にとって反抗の意志を強めさせるきっかけにもなった。
 かつて聖杯戦争に関わって理想を目指した頃ならば、この六四人を皆殺しにした後に真木を殺そうとしたかもしれない。そうしなければ、悲劇はまた繰り返されてしまうから。
 だけども今は違う。

「彼はこんな僕に約束してくれたんだ……僕の代わりになってくれると。だから僕はそれに答えなければならない」

 今でも決して忘れることの出来ない、優しい光を放つ月夜の晩に士郎は言ってくれた。幾度にも渡る絶望によって夢を諦めた自分の代わりに、正義の味方になってくれると。
 士郎はそう約束をしてくれたのだから、自分がそれを裏切るわけにはいかない。あのホールには『ワイルドタイガー』と呼ばれた男や犠牲にされた箒という少女のように、真木を許そうとしない人間がいた。
 ならば、彼らのような者を一人でも多く助けることこそが、数え切れないほどの大罪を犯した自分に科せられた使命だ。いざとなったら、彼らの盾となってこの身を犠牲にする覚悟でいる。
 とにかく今は、一人でも多くにキャスターやバーサーカーの危険性を伝える必要があった。あんな連中に好き勝手をさせては聖杯戦争の悲劇がまた繰り返される。
 やるべきことを定めた切嗣はベンチから力強く立ち上がった。

「士郎、聞こえないかもしれないけどこれだけは言わせて欲しい。僕は君のおかげで夢を思い出すことが出来た」

 切嗣の脳裏に思い浮かべるのは、とても強くてとても優しい少年の笑顔。
 人の優しさを思い出せたのも、正義の味方をまた目指すことが出来たのも、生きる理由を取り戻すことが出来たのも――全ては士郎がいてくれたおかげだった。
 だから切嗣はそんな彼に向けるように優しい微笑を向ける。ずっと前から壊れてしまった瞳の奥底に、士郎のおかげで取り戻せた暖かい感情を宿らせながら。

「……ありがとう」



【一日目-日中】
【E-3/公園】
【衛宮切嗣@Fate/Zero】
【所属】青
【状態】健康
【首輪】100枚:0枚
【装備】不明
【道具】ランダム支給品1~3
【思考・状況】
基本:士郎が誓ってくれた約束に答えるため、今度こそ本当に正義の味方として人々を助ける。
1:まずは情報を集める。
2:無意味に戦うつもりはないが、危険人物は容赦しない。
3:雨生龍之介や間桐雁夜、キャスターやバーサーカー、グリード達を警戒する。
4:セイバーと出会ったら……?
5:『ワイルドタイガー』のような真木に反抗しようとしている者達の力となる。
【備考】
※本編死亡後からの参戦です。
※『この世全ての悪』の影響による呪いは完治しており、全盛期の時代に纏っていた格好をしています。
※令呪があるかどうかは後続の書き手さんにお任せします。



002:セカイノハカイシャ 投下順 004:Eの暗号/だから足掻き続けてるんだよ
002:セカイノハカイシャ 時系列順 004:Eの暗号/だから足掻き続けてるんだよ
GAME START 衛宮切嗣 014:エアリアルオーバードライブ






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最終更新:2012年02月05日 07:02