Eの暗号/だから足掻き続けてるんだよ ◆MiRaiTlHUI
街を吹き抜けて行く風をその身で感じながら、
美樹さやかはこの短期間の間に自身の身に連続して降りかかった“非現実”についてを思考していた。
考えを纏めると、つい先程まで自分は、自宅でキュゥべえから魔法少女――とは名ばかりのゾンビ――についての真実を聞かされていた筈だが、ほんの瞬きのうちに、あの薄気味の悪い半球状の建物の中に“飛ばされて”いて、吐き気を催すような所業を見せ付けられたかと思えば、今度はこの見知らぬ街の中に一人ぽつんと立たされていた。
見た事もない巨大な風車の塔を中心部に添えた、街のあちこちに小さな風車が設置された街だった。
当然、そんな街を知る筈もないさやかは、街全体に対して、魔女の結界の中に引きずり込まれた時にも近い違和感を覚えていた。
異常の現実を思い返してみるが、これら異常事態の全てがここ一時間の間に起こった出来事なのだから、全てを理解しろと言われたところで無理に決まっている。
どうせ考えたところで分かりはしないのだから、さやかはもう、それ以上考えるのをやめた。
というよりも、今はその非現実性についてなどを考えている場合ではない。
そんなとりとめのない考察で幾ら考えを逸らそうとしても、今のさやかの頭の中を埋め尽くすのは、目の前で無残にも殺された、さやかとそう歳も変わらぬ二人の少女達の事ばかりであるのは、誤魔化しようのない現実であった。
一人目に死んだ少女は、きっと自分が何故殺されたかも理解していなかっただろう。それを客観的に見て、下手人たる真木清人に説明をされたさやかだって未だに何が起こったのかなど理解出来ないのだから、本人はもっと理解出来ないに決まっている。
その時点でさやかの中の素朴な正義感は、今自身に降りかかっている問題など忘れさせる程に苛烈な義憤を燃やしていたというのに、その怒りすら冷めやらぬうちに殺されたのは二人目の少女。
きっとあの時のさやかと同じように、目の前で繰り広げられた度し難い悪行に義憤を燃やした彼女は、自分の身を危険に晒す事すらも厭わずに、誰も動けなかったあの状況で誰よりも早く奮起し、そして――殺されたのだ。
「――あいつ、許せない……っ!」
さやかの叫びには、声は小さくとも、抑え切れぬ正義の怒りが込められていた。
元より人に仇成す魔女を許すつもりもなかったが、ごく衝動的に、無差別に人を殺す魔女とは違って、奴は――真木清人――は、同じ人間でありながら、自分の意思で以て罪のない少女を殺し、あまつさえ何も間違っていない筈の少女まで立て続けに殺したのだ。
二人目に立ち上がった機械の装甲を身に付けたあの少女は、絶対に間違ってはいなかったと断言出来る。目の前で行われた殺しに、人として当然の怒りを抱いて、人として当然の行動に出たあの少女を、さやかは立派だったとすら思う。
自分がゾンビに成り果てたのだという事実は、今だ素直に受け入れる事の出来るものではないのだが、それでも、人の身でありながら危険を顧みず正義に立ち上がり散ったあの少女を見て、これ以上黙って見ている事など出来はしない。
さやかは断じてこんな殺し合いに乗るつもりはないし、こんな殺し合いに――真木の口車に――乗った奴も許すつもりはない。自分の為に他者の命を奪うものがいるなら、そんな奴はこの正義の剣で叩き斬ってやる。
それがさやかの往くべき正義の道。魔女に立ち向かい散ったマミと、真木に殺されたあの少女の意志を継ぎ、自分が今度こそ、正義の魔法少女として悪を討ち取ってみせる。
その為ならば、この身はどうなろうが構いはしない。キュゥべえ曰く、この身体は痛覚すら消す事が出来るらしいのだから、魔法少女の力を持った自分が恐れるものなど何もない。
先程まで戸惑っていたさやかにここまで苛烈な怒りを抱かせ、正義の決意を固めさせる程に、さやかは熱しやすい性格をしているのであった。
自己犠牲を前提として、揺るがぬ正義の使者として戦ってゆこうと決意をした、丁度その時だった。
さやかの耳にすうっと溶け込むように入って来たのは、そう遠からぬ何処かから聴こえる静かなハーモニカの音色。
それは決して下手ではない、ハーモニカの扱い方を熟知した者だけが奏でる事が出来るのであろう、美しい音色だった。
「こんな場所で演奏……? なんで……」
だが、それは理解出来ない事だとばかりにさやかは独りごちる。
ハーモニカの音色が聴こえると言う事はすなわち、誰かが演奏をしているという事だ。
こんな殺し合いの場で人を引き寄せる演奏をするなど、正直言って、異常だ。自分のような正義の魔法少女が駆け付けてくれるならまだいいが、殺し合いに乗った悪を引き付ける可能性だってあるのだ。
もっとも、演奏者自体が殺し合いに乗り、誰かを誘い込む為に演奏をしている、という可能性もあったが。
それらの可能性を考えたさやかは、いや、こうして考えている事自体が時間の無駄かと判断し、それ以上難しい事を考える事もなく、アスファルトを蹴り駆け出した。
演奏者が殺し合いに乗って居ないなら、かつてマミがしてくれたように、自分が保護をする。もしも殺し合いに乗って居るなら、正義の魔法少女として、そいつを叩き斬る。
保身という選択肢を捨てた時点で、さやかには最早恐れるものなどありはしなかった。
◆
それから五分と経たぬ内に、さやかは演奏者を発見した。
巨大な風車の塔の麓の広場にあるベンチに腰掛けて、目を開ける事すらせずにハーモニカを演奏する男は、さやかの接近に気付くと、すっとハーモニカを口から離し、演奏を止めた。
歳の頃は三十代くらいであろうか。実際にはもっと歳を取っているのかも知れないが、その端正な顔立ちと、随分と若若しく見える茶髪、そして現役のアスリートにも負けぬ程の体格の良さが、男に老いを感じさせはしなかった。
こいつは果たして、一体どういった意図があってあの演奏をしていたのか、ただでさえ気が立っていたさやかは、移動中に変身し具現化した一本の剣を構えたまま、警戒心も露わに問う。
「あんた、こんなとこで演奏して、状況分かってんの?」
男は胸元のはだけた黒いレザージャケットの内ポケットへとハーモニカをしまい込みながら、何処か嘲笑にも似た笑みと共に答えた。
「分かってるぜ、殺し合えってんだろ?」
「なら、なんで」
「理由は分からんが、この曲を聴くと俺は妙に落ち着くんでね」
男は自嘲気味に笑うと、目を細めてさやかを眇める。
「何だお前、生きてる癖に死人みたいな面しやがって」
「……大きなお世話よ」
事実、さやかは死人だ。
コンプレックスを見透かされたような気がして、さやかは苛立ちにぎり、と奥歯を噛んだ。
男に対する不快感をこれ以上隠そうともせずに、さやかは剣を構えたまま次の問いを投げる。
「で、あんたは殺し合いには乗ってるの?」
「ハッ、乗ってるって言ったらどうするつもりだ?」
「誰かが犠牲になる前に、ここであんたを倒す」
「笑わせんなよ、お前じゃ無理だ」
さやかの表情を見た男は、まるでおかしなものでも見たように、せせら笑った。
自分の決意を、正義を笑われた事に対しての憤りは当然感じているが、それ以上にさやかが感じたのは、こいつは殺し合いに乗っている、という確信。
こいつの傲岸不遜なこの態度には、他者と協力しようなどという色が微塵も見えはしない。
ただでさえ気が立っていたさやかは、それ以上考える事もやめて、白のマントを翻し、一足跳びに男へと急迫した。
魔法少女としての加速力を活かした、尋常ならざる速度での突きだ。相手が常人であるなら、この一撃で心臓を穿てばそれで終わりだ。
悪に対する情けなど掛けてやる必要もないとばかりにさやかは剣を突き出すが、しかし男もまた尋常ならざる反射神経で以て、僅かに身を逸らす事でさやかの突きを回避した。
確実にこの一撃で仕留める事が出来ると踏んでいたさやかは、一瞬何が起こったのかも理解出来ず、身体を逸らした男の真横を通過してゆくが――さやかがその場を通り過ぎるその一瞬よりも早く、男は剣を構え前傾姿勢となったさやかの脇腹に、強烈なアッパーを叩き込んだ。
ほんの一撃で、魔女による攻撃にも等しい程の衝撃を受けたさやかの身体は、まるで自分が一般的な人間の体重を持っている事すらも忘れてしまう程に易々と吹っ飛ばされた。
完全に油断し切っていたさやかは、どさりと地に落ちると同時に、軽く血を吐いた。
「が、はぁ……ッ」
「ほう、中々にタフだな? 手加減はしたが、意識は飛ぶ程度の威力はあった筈だが」
男はやや驚いた様子で、さやかに叩き込んだ己が拳を眇める。
さやかは、治癒能力を秘めた魔法少女だ。元より耐久力には他の誰よりも自信がある。かつて全治三カ月級の怪我を負わされた時だって、その場で立ち上がる程の回復力を見せたさやかにとって、その場で意識を刈り取る程度の拳一撃が、後に尾を引く苦痛になる訳もなかった。
今はもう、一瞬前の痛みなど嘘のように立ち上がったさやかは、今度こそ油断なく剣を構え直す。
魔法少女とは、その気になれば痛覚さえも遮断できるゾンビだ。それをする事に抵抗はあるものの、生身の一撃であれ程の威力を持った男と戦うためには、痛覚のシャットダウンもやむを得ない事かと覚悟する。
今度は、先程よりもより速く、鋭く跳んだ。回避する隙すら与えてやるものかと、魔力の全てを脚力の強化に回して、そして今度こそ反応させるまでもなく、瞬きのうちに男の懐に飛び込んださやかは、手にした剣で男の左胸を穿った。
ずぶり、と。人を突き刺す感覚が、肉を内臓を裂き命を奪う感覚が、さやかの腕を伝って、脳まで伝播してゆく。
間違いはない。今自分は、人を殺したのだ。男の背から突き出た、赤く濡れた剣を見遣り、さやかは人生で初となる殺人による罪悪感と同時に、悪に勝利したのだという達成感を覚えた。
この剣を引き抜けば、男の身はそのまま崩れ去るのだと想像するさやかの耳朶を打ったのはしかし、殺した筈の男の笑い声だった。
「ハッハッハ……ハアッハハハハハハハハハッ! オイオイ、この程度で俺がどうにかなるとでも思ってるのかァ!?」
「なっ……!? なん、で……死んで、ない……!?」
「当然だ、俺は死人だからなぁ?」
「――!?」
男の言葉に驚愕し、思わず見上げたさやかの顔を、今度は強烈な左からのフックが打ち抜いた。
骨が砕けはしないものの、あまりにも苛烈なその威力に、吹っ飛ばされたさやかは、視界の全てがブレる感覚を覚えながら、二度目の攻撃に対してはさやかも痛みを感じては居ない。
宙を舞いながらも体勢を立て直したさやかは、男と距離を取る形で、すたっと着地する。
再び剣を生成して構えれば、男はおりしも胸に突き刺さった剣の柄を掴み、引き抜いている最中だった。
心臓を貫いているのだから、そんな事が出来る訳がないのだが、それでも男は苦痛に呻きながら、ずぶずぶと剣を引き抜いて行く。やがて刃が完全に男の身体から抜けると同時、傷口から大量の鮮血が吹き出すのかと思いきや、男の胸元にはもう傷など残ってはいなかった。
からん、と音を立てて剣を投げ捨てると、男はジャケットをはだけさせ、無傷の胸元を見せ付ける。まるで最初から傷など負っていなかったようなその胸部に、さやかは自分が幻でも見ていたのかと狼狽する。
そんなさやかを嘲笑う様に、男は無防備に両腕を広げ、嘯いた。
「ハハッ、もっとやってみるか? いいぜ、来いよ?」
分かり易い挑発だと思いながらも、それに乗る以外の選択肢はなかった。
一撃で無理なら、死ぬまで攻撃を続けてやればいいのだ。単純極まりないが、今はそれしか無いのだと戦術を切り替え、さやかは再び跳び、一瞬ののち、男の身体を正面から袈裟がけに斬り付けた。
刃は男の屈強な筋肉を確かに斬り裂いて、男は鮮血を撒き散らすが、それでも構わずにさやかは連続で剣を振るう。何度も、何度も、遮二無二斬り付ける。
もう男のジャケットはズタズタに引き裂かれ、身体の表面は血で真っ赤に染まっていた。
だけれども、それでも男は倒れなかった。常人ならば確実に死んでいる筈の攻撃を連続で受けて、それでも男はさやかを嘲笑っていた。
やがて、幾度目かの刃による強襲を、男は素手で掴み取る。刃を直接掴んでいるのだから、当然男の手には刃が食い込んで、とめどなく血を溢れさせるが、男はそんなダメージも意に介さない。
男はさやかから剣を奪い取ると、それを遥か後方へ投げ捨て、武器を失ったさやかの鳩尾に、下方向からアッパーを捻じ込まれる。常識を遥かに越えたその威力に、身体が跳ね上がるのを感じるが、落下を始めた次の瞬間には、さやかの背を男のエルボーが打ち据えていた。
下手をすれば生身で魔女とも戦えるのではないかとすら思わせるその威力に、さやかの身体は男の足元にどさりと落ちた。
が、それでもさやかは痛みを感じてはいない。本当にキュゥべえの言う通り、その気になれば痛みなど消せるのだと認識しながら、さやかは三度剣を具現化させ、立ち上がり様に男の腹部目掛けて突き出すが、今度は命中すらしなかった。
最初の攻撃の時と同じで、僅かに身を傾けるだけで、さやかの刃は何もない場所を通過してゆく。
男は剣を握るさやかの腕を手刀で叩いた。
痛みは感じないまでも、その衝撃は剣を取り落とすには十分。再び剣を落とし得物を失ったさやかに、男は脚払いを仕掛ける。
その場でバランスを崩し倒れ込んださやかの喉元に、男が拾い上げたさやか自身の刃が突き付けられる。
最早“詰み”だった。
「まさかここまでタフな人間が居るとは思わなかったぜ。だが、これで終わりだ」
男はそう言って不敵に笑う。
どうせその程度で死なない事はもう分かっているのだ、やりたいならやればいいとばかりに男を睨み据え、そしてさやかもまた嘯いた。
「やってみなさいよ。死人の私を殺せるものならね」
そう言われるや否や、男の表情が変わった。
まるで先程のさやかと同じように、男もまた驚愕した様子で、さやかを眇める
お互いの視線が数秒程交差して、それから男は、握り締めた刃を投げ捨てた。
「……お断りだ。そんな目で戦ってる奴に、殺す価値はない」
それだけで、一気に緊張の糸が解れた気がした。
戦闘に関してはまるで素人同然のさやかでも分かる程に、男から向けられた敵意や殺意は、消えてなくなっていた。
さやかを俯瞰し眇められた男の目は、先程までのそれとは何かが違う。
まるで一気に熱が冷めたような、何処か空虚を感じさせる瞳だった。
「あんた――」
本当に殺し合いに乗っているのか、そう問おうとした、その時。
派手な銃声が響いて、さながら巨大な火炎弾のようにも見える銃弾が、男の身体を吹っ飛ばした。
さやかの攻撃とは比べ物にならない程の威力を持つのであろう一撃を受けて、男の身体簡単に吹っ飛び、遥か後方に聳えるビルの壁に激突し、そのまま重力に引かれて落下し、そのまま動かなくなった。
殺し合いに乗った第三者による襲撃だ。それも、敵は不意打ちなどという、最も下衆な手段を取る揺るぎない悪だ。さやかは男がその場に取り落とした剣を再び拾い上げ、銃撃を行った相手を探す。
が、下手人はさやかに探し出されるまでもなく、自ら倒れた男に歩み寄っていた。
左手に太陽の形を模した巨大な盾を、右手に巨大なマグナム銃を構えた、白いマントに赤い仮面の怪人だ。
「ふん、貴様のような小娘は後回しだ。先にこの男の命の炎を頂こう」
怪人は仮面に装着された銀のパーツを取り外すと、それを男に向けて翳す。
何が起こるのかと身構えるが、しかしさやかの予想に反して、それによって何かが起こる事はなかった。
やがて痺れを切らした怪人は、銀のパーツを自分の仮面に戻すと、つまらなさそうに呟く。
「今の一撃で死んでしまったか……他愛も無い。死人からは命の炎も奪えないのだ」
「あんた、何なのよ……こいつに何しようとしたのよ!?」
「ふん、何も知らぬ小娘が粋がりおって……いいだろう、無知な貴様に教えてやる。
私は数々の世界の秘密結社が大結集した偉大なる大組織、大ショッカーが大幹部・
アポロガイスト!
死んでしまったこの男の代わりに、貴様の命の炎を頂いてやるのだ!」
アポロガイストと名乗ったそいつは、大きく両腕を広げ、そう言った。
数々の世界だの秘密結社だの悪の組織だの、子供向けの特撮番組かよと胸中でツッコミを入れながら、ついでに短い台詞の中に「大」という単語が入り過ぎじゃないかというツッコミも忘れる事無く、それでもさやかは油断なく剣を構える。
アポロガイストは今、自らを「悪」だと言った。
問答無用で男を銃撃した事も考えるなら、こいつは間違いなく、さやかの狩りの対象になるのだろう。
最早これ以上考える事は何もないとばかりに、さやかは刃を構え、今まであの男にそうしてきたように、銃弾の如き速度で地を蹴り飛び出した。
――キィン、と。甲高い金属音が響く。
さやかの攻撃を阻んだのは、敵の持つ巨大な盾だ。先程の男と戦った時もそうだが、基本的に攻撃を防がれる、回避されるという経験を持たない――理性を持たない魔女は基本的に攻撃を受け、それでも尋常ならざる耐久力で戦い続けるからだ――さやかは、即座に次の攻撃に繋げる事も出来ず、一瞬無防備を晒す。
否、知能の低い魔女が相手ならば、仮に防がれたとしても、さやかが次の攻撃に繋げるには十分だったのだろうが、相手は自分で考え戦う事の出来る悪の怪人だ。魔女との戦いしか知らぬさやかにとって、それらは未知の相手だった。
さやかの動きが止まった一瞬にも満たぬこの隙に、アポロガイストは自らの剣を引き抜き振り下ろすが、わざわざ回避をしてやるつもりも防御をしてやるつもりもない。既にさやかは、痛みを感じぬ無敵の身体を得ているのだ。
アポロガイストのサーベルは何者にも阻まれることなくさやかの肩口から食い込んで、そのまま脇腹まで一気に振り抜かれる。さやかの肉が、内臓が裂けて、傷口からは派手に鮮血が飛び出るが、そんな程度でさやかの勢いは止まらない。
「はあああああああああああああああッ!!!」
「何っ……!?」
次の瞬間には持ち前の治癒能力で既に回復していたさやかが振り抜いた刃の一撃が、アポロガイストの仮面を横薙ぎに叩き付けた。
驚愕したのだろう、頭を揺らされたアポロガイストは一瞬動きを止め、そこに更なる追撃を仕掛ける。今度こそ、心臓を穿てばそれで終わりだ。
が、二撃目以降が通る事はなく。さやかは怒涛の勢いで連続攻撃を仕掛けるが、その殆どがアポロガイストの盾と剣によって阻まれ、いなされる。
アポロガイストにとっては、さやかの攻撃など問題ではないのだ。
問題があるとすれば、それは、
「くっ……一体どういう事なのだ! 何故私の攻撃が効かん!?」
自分の攻撃がまるで通用していない、という事に関してだ。
流石に悪の組織の大幹部を名乗るだけの事はあって、実力では圧倒的にアポロガイストが上だ。きっと正攻法ではどんなに頑張ったところでさやかに勝ち目はないのだろう。
それでも勝利を狙うならば、自分の“不死性”を活かすしかない。
アポロガイストはさやかの攻撃を防ぐ一方で、幾度かさやかの身へとその刃を突き立てるが、さやかの血が舞い散ったかと思った次の瞬間には傷口は治っているのだから、相手にとってはキリがない。
「ゾンビのあたしに、そんな攻撃効くもんかよ!」
語調を荒げて、さやかは自棄気味にそう叫んだ。
その言葉を聞いたアポロガイストは、相手がゾンビであるという事実と、猛然たるさやかの勢いに辟易したのか、さやかの攻撃を盾で防ぐと同時、地を蹴り遥か後方へと跳びのいた
やにわに再び仮面の中心の銀色を外し、それをさやかへと向けるが――しかし、何も起こりはしない。
「貴様、本当にゾンビなのか!? 死人からは生命エネルギーも吸えん!」
「ああそう、それは残念でしたね!」
それ以上の言葉はないとばかりに、さやかは跳ぶ。
幾らゾンビだと罵られようとも、さやかはまだ、人として戦おうとしている。
人としての義憤を抱いて、人として正義を為そうとしているのだから、今この瞬間だけは、自分の方が平気で命を奪えるあの怪人よりもよっぽど人間なのだと錯覚出来る。
身体がどれだけ変質しようとも、心だけでも人であるうちに許し難い悪を打ち倒すのだと、さやかは加速する。
そんなさやかの身体を穿ったのは、アポロガイストが放った銃弾だ。次々と弾丸は放たれて、胸部が、脇腹が、肩口が、さやかの身体のあちこちに穴が空けられ、そこから鮮血が飛び散るが、そんな事を構うさやかでもない。
腹部のソウルジェムに当たりそうな弾丸だけ剣で弾けば、自分は無敵だ。
身体に開けられた風穴はすぐさま塞がり、瞬く間にさやかはアポロガイストへと肉薄するが、悪の大幹部はそれでも怯むことはなかった。
「ええいおのれぇ、小娘如きが舐めおって! 例え私の攻撃が効かぬとて、貴様のような素人一人敵ではないわ!」
素人、というのは、さやかの実力をアポロガイストなりに判断しての言葉だろう。
事実さやかはつい最近まで普通の中学生だったのだ。持久戦に持ち込めば勝てる見込みもあるだろうが、単純な実力で考えるなら、悲しくなる程にアポロガイストの方が優位だ。
それでも唯一さやかが勝る点を挙げるなら、剣と魔法を駆使したトリッキーな戦い方と、猪突猛進を体現するそのスピードくらいだろうか。
二人の間で激しい剣戟の応酬が繰り広げられるが、さやかの攻撃は一向に通りはしない。
一方で、アポロガイストの攻撃も命中はするが、さやかに致命傷を与える事はなかった。
疲弊し切ったアポロガイストが、その守りを崩すまで半永久的に続くかに思われた戦いに終止符を打ったのは、さやかにとっては予想だにしない一言だった。
「……貴様、腹部の宝石への攻撃だけは全て防いでいるな?」
冷やかに告げられたアポロガイストの声。
それは、まさしく正解だった。そもそも、さやかの身体は既に死人同然であっても、魂まで死んではいない。魔法少女の魂を固体化したソウルジェムが砕かれれば、魔法少女も死ぬのだ。
持久戦に持ち込めば勝てる筈が、勝機を掴む前に攻略法を見出されてしまっては意味がない。自分の浅はかさに思わず黙り込んでしまうさやかを見て、アポロガイストはさやかの腹部のソウルジェム目掛けて剣を突き出して来る。
必死に剣で防御し一撃目は何とか防げたが、それも二撃三撃と続けば話は別だ。仮にも大幹部の称号を持つアポロガイストに、ここ数日で戦い始めた少女の技が通用する訳がなく、防戦一方となったさやかは、徐々にアポロガイストに押されて行った。
やがてアポロガイストの剣は、防御にしか振るわれないさやかの剣を弾き飛ばし、
「これで終わりなのだ!」
アポロガイストの刃が、さやかのソウルジェム目掛けて真っ直ぐに突き出される。
マズイ、とは思うが、今から剣を生成したのでは確実に間に合いはしない。さやかには何が出来る訳でもなく、ただアポロガイストの一撃が自分の腹部へ吸い込まれてゆくのを、まるでスロー映像でも見ているような気分で眺めているしか出来なかった。
嗚呼、自分はここで死んでしまうのか、と、さやかは無意識下で思う。悪を打ち倒す為に立ち上がった筈が、結局何も成し遂げずに死んでしまっては、マミやあの機械の鎧を身に纏った少女に申し訳が立たない。
親友であるまどかや仁美の事、それから、大好きな恭介の事……本当なら、まだ思い残した事は沢山ある筈だ。彼女らみんなを守り抜いて戦う為に立ち上がった魔法少女が、こんなところで死んでたまるものか。
(そうだ、私はまだ、こんな所で――!)
繰り返すが、自分はまだ何もしてはいない。であるならば、こんなところで終わる訳にも行かない。自分が自分である限り、永遠に悪と戦い続ける宿命を負った自分が、こんなところで終わる訳には行かない――!
例え策はなくとも、最後の瞬間まで抗ってやろうと、さやかは右手に再び剣を生成しようとするが――そんなさやかとアポロガイストの視界を埋め尽くしたのは、蒼い輝きだった。
――ETERNAL!!――
鳴り響いたのは、永遠を意味する電子音。
目も眩むような蒼の輝きを撒き散らしながら、さやかの頭上を飛び越えたそいつは、アポロガイストの剣を蹴り飛ばし、思わぬ不意打ちにがら空きになったアポロガイストの胸部に、鋭い右ストレートを叩き込んだ。
アポロガイストをふっ飛ばし、さやかを庇うような姿勢で佇むその男は、先程アポロガイストに殺された筈のあの男だった。
「あんた……! もう死んだ筈じゃっ!?」
「無茶言うなよ。死人の俺がこれ以上死ねるか」
そう嘯いて、男がさやかをちらと一瞥し不敵に笑うと同時、男の身体は大気中からかき集められた白い粒子によって覆い尽くされてゆき、その表情もまた、白い仮面によって覆い尽くされた。
“変身”に伴う稲妻にも似た輝きが収まった時には、純白の身体を蒼い炎が彩って、背から飛び出した漆黒のマントが、さやかの眼前でばさばさとはためく。
最後に「∞」の形をした黄色の複眼が煌めいて、男は完全に人の身体ではなくなった。
「助けて欲しいってお前の気持ち、最初から感じてたぜ」
「はぁ!? 誰が……っ!?」
まるで訳がわからなかったさやかは、慌てて反論しようとするが、そんな言葉すらも、マントを翻しすっと腕を上げる白兜の挙動によって制される。
今は戦闘中だ、それどころではないとでも言うのだろう。不承不承といった様子ではあるものの、さやかもこの場は大人しく黙った。
アポロガイストは、さやかの眼前に立つ白兜を見るや、気色ばんだ様子で叫ぶ。
「貴様っ……! 仮面ライダーだったのかっ!!」
「仮面ライダー? ハッ、そんな名前は知らないなぁ?
俺の名は
大道克己……死体兵士NEVERにして、ガイアメモリの戦士――」
引き抜いたコンバットナイフ――エターナルの固有武装、エターナルエッジ――を、ひゅんひゅんと音を立てて回転させ構えながら、
「エターナルだ!」
漆黒のマントを翻し、エターナルと、そいつは名乗った。
ガイアメモリの戦士エターナル。それが、克己が変身した姿の名前だった。
◆
自分の真上で緩やかに回転を続ける巨大な風車――風都タワーを見上げ、エターナルはこの街に吹く風を身体で感じていた。
この故郷に帰って来たのは、一体いつ以来だろうか。もう随分と懐かしい街に思わぬ形で帰って来た事になるのだろうが、悲しい事に大道克己には既に、過去の懐かしい記憶などは一切残っては居なかった。
が、それでもここが自分の故郷の風都なのであろうという事は、この特徴的過ぎるタワーを見上げればすぐに分かる。
美樹さやかを背にし、風都を吹きぬけてゆく風に漆黒のマントをたなびかせながら、正面で肩を怒らせるアポロガイストにナイフを突き付け、嘯いた。
「ここ風都は俺の故郷だ。お前みたいな悪党に、俺の故郷を汚されたくはないんでね」
エターナルの声色には、自嘲と思しき笑いが含まれていた。
そもそも、街の事など一切覚えていないエターナルがこんな言葉を口にするなど、一体どんな冗談だと自分でもおかしくは思う。
が、それでも。この街の風の素晴らしさは、この街を吹きぬけて行く風の心地よさは、ここへ来てから存分に味わった。覚えてはいないが、やはり良い街だったのだろうと思う。
こんなに良い風が吹く街を、かような下衆に汚されたくないと思うのは、当然の事だった。
「……あんた、一体何のつもり? 殺し合いに乗ってたんじゃないの?」
さやかからすれば、克己は突然鞍替えを行った訳のわからない男、といった所なのか。
そもそも何の話し合いも無しにいきなり襲いかかって来たさやかにそんな事を言われても、とは思うが、これ以上誤解が続くのも面倒だと判断したエターナルは、やれやれとばかりに呆れ笑いを漏らしながら言った。
「誰がいつ、殺し合いに乗ったなんて言った?」
「だって、あんたあの時……っ!」
「ハッ、ならあの時の質問に今答えてやる。俺はこんな下らん殺し合いに乗る気はねえよ。
ただ気に入らないんでね、殺し合いを強要する奴も、黙って従う奴も」
その言葉は、事実だった。
真木清人は、何の罪もない人間を閉じ込め殺し合いの道具にしようとしたDr.プロスペクトと何も変わりはしない。そんな奴を克己は許せないし、力を持っていながら、ただ黙って命令に従うしかしない奴らの事も、克己は許せなかった。
傭兵として、既に数えきれない程の命を奪って来た克己ではあるが、それでも奴らのような外道に墜ちる気はない。
人間には、誰かの自由を奪う権利などなければ、無限の可能性に満ちた誰かの明日を奪う権利だって、ありはしないのだ。克己を奮い立たせた要因は、“明日を生きる筈だった”二人の少女の死だった。
思い返し、滾る激情を隠しもせずに、エターナルは言う。
「NEVERになると、過去の記憶や人間らしい感情が少しずつ抜け落ちて行くらしい。所詮、死人だからな。
この故郷の事も、もう全く覚えちゃいない。ただ、この風都タワーが目印になっただけだ」
「そんな……」
エターナルの言葉に絶句したのは、背後に佇むさやかだった。
人の記憶や、温かい感情が抜け落ちて行くというのがどれ程辛い事か、それは誰にも分からないのだろうし、事実として克己自身もろくに覚えてはいないのだが、それでも、本当に大切なものはまだ消えてはいない。
克己はこれまで傭兵として数々の命を奪って来たが、そのどれもが紛争を引き起こす戦争屋や、平穏を脅かすテロリストの命ばかりだ。法的に見ればそれも十分犯罪たり得るのだろうが、それでも克己は悪人以外を殺したことはなかった。
それは、克己の中に、まだ人の心が残っているからだ。例え身体は不死のゾンビになろうとも、心だけは人間であろうと足掻き続けているからだ。
そして、何もかも忘れて尚、克己の心の中に響き続けるあの優しいメロディーが残っている限り、克己は自分が例え死人であろうとも、化け物ではなく、人間だと確信が持てた。少なくとも、このメロディーが壊れてしまう時までは、ずっと――。
そんな想いがあるからこそ、克己は、エターナルは声を大にして叫ぶ。
「過去が消えて行くなら、俺はせめて明日が欲しい。だから足掻き続けてるんだよ……!
……なぁ? 死人の俺ですら懸命に明日を求めてるってのに、今生きてる奴らの明日が奪われるってのは、一体どういう訳なんだ!?」
克己の中では未だ過去の話では済ませられぬ、二人の少女の死。
何の罪も無いのに、平凡に生きていける筈であったのであろう未来を摘まれ、無残に殺された二人の少女の死。
彼女らの死は、死人でありながらも人の心を持ち続ける克己の胸に、しっかりと刻みつけられた。
真木清人に従い、誰かの明日を不条理に奪おうとする奴がいるなら、そんな奴はこの手で叩き潰し、そして全ての参加者を解放するその時まで。他の記憶も何もかも失ったとしても、彼女らの犠牲だけは絶対に忘れてはならないのだと克己は強く決意し、そして立ち上がった。
元々克己は心優しい少年だったと周囲は言うが、ともすればそれは、克己が元々持っていた素朴な正義感なのかもしれない。
「あんた、克己とか言ったっけ。さっきのは私が悪かった。謝るわ。
あたしの名前は美樹さやか。色々聞きたい事もあるけど、今はあいつを倒すのが先ね」
エターナルの言葉に、敵ではないと判断したのだろう、さやかはそう言って剣を構え直し、エターナルの横に並び立った。
母である大道美樹――コードネーム、マリア・S・クランベリー――の名前と同じ名字を持つ死人少女に、克己は並々ならぬ興味を抱きながら答える。
「いいぜ、さやか。俺もお前には聞きたい事があるんでなぁ」
心地の良い風都の風は、白と蒼という共通の色を持ち、死人でありながらも心だけは人であり続けようとする二人に味方するかのように緩く吹きぬけて、二人のマントを靡かせる。
魔法少女とNEVER、美樹さやかと大道克己。似て非なる二人による共同戦線が、ここに敷かれたのであった。
【一日目-日中】
【G-5/風都 風都タワーの麓】
【大道克己@仮面ライダーW】
【所属】無
【状態】健康、エターナルに変身中
【首輪】80枚:0枚
【装備】ロストドライバー+T2エターナルメモリ@仮面ライダーW
【道具】基本支給品、克己のハーモニカ@仮面ライダーW、ランダム支給品1~3
【思考・状況】
基本:主催を打倒し、出来る限り多くの参加者を解放する。
1.まずは目の前の敵(アポロガイスト)を倒す。
2.美樹さやかから詳しい話を聞きたい。
3.美樹さやかは放っておけない。
【備考】
※参戦時期はRETURNS中、ユートピアドーパント撃破直後です。
※エターナルメモリの能力などは既に知っていますがT2の事は知りません。
※回復には酵素の代わりにメダルを消費します。
※仮面ライダーという名を現状では知りません。
※ハーモニカは没収漏れです。
【美樹さやか@魔法少女まどか☆マギカ】
【所属】青
【状態】健康、魔法少女に変身中
【首輪】80枚:0枚
【装備】ソウルジェム@魔法少女まどか☆マギカ
【道具】基本支給品、ランダム支給品1~3
【思考・状況】
基本:正義の魔法少女として悪を倒す。
1.まずは目の前の敵(アポロガイスト)を倒す。
2.大道克己から死人についての詳しい話を聞きたい。
3.勝つ為なら自分の身体はどうなっても構わない。
【備考】
※参戦時期はキュゥべえから魔法少女のからくりを聞いた直後です。
※ソウルジェムの濁りについては後続の書き手さんにお任せします。
※回復にはメダルを消費します。
【アポロガイスト@仮面ライダーディケイド】
【所属】赤
【状態】健康、アポロガイストに変身中
【首輪】90枚:0枚
【装備】アポロショット、ガイストカッター、アポロフルーレ
【道具】基本支給品、ランダム支給品1~3
【思考・状況】
基本:参加者の命の炎を吸いながら生き残る。
1.目の前の二人とは相性が悪い。どうするか……?
2.まさかこの殺し合いは、ゾンビだらけなのか……!?
【備考】
※参戦時期は少なくともスーパーアポロガイストになるよりも前です。
※アポロガイストの各武装は変身すれば現れます。
最終更新:2017年03月02日 20:42