欲望交錯-Dの襲来/竜城騒乱-◆z9JH9su20Q

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 とことんツキに見放されたまま、屈辱的な敗北を迎えるしかない。
 天から放たれた四条の光が戦況を一変させたのは、冴子がそんな度し難い現実への憤怒に、身を滾らせていた最中の出来事であった。

 下手をすればメズールとの協力関係を白紙に戻しかねなかったが、カオスを餌として差し出したやり取りのおかげで敵三人の連携を妨害し、あまつさえ仲間割れで消耗させ一気に有利へと戦力比を傾けるなど、冴子の選択そのものに不備はなかったはずだった。
 だというのに、結局のところ冴子は追い詰められている。一人一人が相手ならば、ゴールドメモリを使い熟す冴子が負けることなど、決してない程度の敵だというのに。
 冴子の目的は白陣営の消滅。オーズ達の誰かが持ち逃げしただろう白のコアメダルを放送までに奪わなければ、この戦いの意味すらなくなるというのに。
 仲間割れさせたはずだというのに、揃いも揃ってこちらの策通り踊っていたはずだというのに、結局は足止めを受けるどころか追い込まれてしまっている。何たる理不尽か。

 いつだってそうだった。
 どれだけ冴子が耐え忍び、成果を上げても――父は妹ばかりに愛を注いで来た。
 そんな父の支配を打ち破ろうと手を取り合った井坂は、冴子の気持ちに応じてくれた直後、貰い物の力を使う小物に足元を掬われて、冴子を孤独に追い詰めた。
 この戦いだってそうだ。冴子がどれほど巧みにルールの穴を見抜き、それを踏まえた上で必勝法を練っても、不運にも遭遇した思い上がりの酷い役立たずに数時間以上も拘束され、何も成すことができなかった。
 いつだって世界は、冴子の努力に報いなどしない、理不尽な仕組みそのものだった。
 だというのに――

「……友軍の無事を確認」

 大地を砕き、震撼させ、土塊と砂利を逆向きの大瀑布として巻き上げるという、まるで撃ち込まれた砲弾のような派手な登場を見せた女は、バーナビーが落としていった数十枚のセルメダルを首輪で自動吸入しているナスカに一蔑をくれるなり、そんなことを機械的に呟いた。
 見れば、首輪に灯るランプの色は黄。ナスカに変身した冴子と、同じ陣営の参加者だということがわかる。
「作戦内容を同陣営参加者の保護から、リーダーからのオーダー実行に移行します」
 淡々と呟く内容から、どうやら彼女が真っ当な陣営戦を意識し、素直にリーダーに従っている参加者であることが窺い知れた。

 なるほど、と冴子は周囲の様子を再確認する。
 冴子を追い詰めていた二人の男が、急遽生死も不明な状態に追いやられたのは、彼女が同陣営の冴子を守るために介入したかららしい。
 勝利を目の前にしての転落を味わった彼らに冴子は微かな共感を覚えたが、同情する気は毛程も湧いて来なかった。

「っ、はぁ……イカロス、貴女、黄陣営――っ!?」

 同じく、眼前のエンジェロイド――イカロスによる武力介入を受け、無傷とは済まなかったメズールが、展開装甲の半分と機体左翼を消し飛ばされた紅椿を立て直しながら、襲撃者を確認して驚愕の声を漏らした。
 メズールと交戦中だった仮面ライダーは右腕を覆っていたユニットが砕け散り、未だ地を這い身悶えしてはいるが、逆を言えばまだ意識を保ったままに変身を維持していた。

 冴子と戦っていた二人とは違い、ISや仮面ライダーの装甲に守られた彼らは、一撃だけで戦闘不能にまでは追い込まれていなかったようだ。それでも、もう一度同じ攻撃を耐えられるようには見えなかったが。

「レーダー感度不良。索敵範囲が大幅に制限されています。攻撃目標……仮面ライダーオーズ・火野映司、第二世代エンジェロイド・タイプε(イプシロン)カオス、位置特定に失敗」
 聞いてもいないのに、状況理解に役立つ情報をべらべらとよく喋る女だと、冴子はイカロスに対し侮蔑と感謝を同時に覚える。
 おかげで突然の介入にも、状況把握だけは付いて行く――が、予測された結論が正しいとすれば、対処法までは追いつかない。
 冴子の覚えた嫌な予感を証明するかのように、イカロスはぎらつく紅瞳を同じ色のISに向けた。

「青陣営リーダー、水棲系グリード・メズール……捕捉、成功」
「――ッ!!」
 押し殺した悲鳴は、メズールから。
 漏れないように口腔に止めた舌打ちは、冴子から発されていた。
 予想の通り――黄陣営リーダーの忠実な駒と化しているらしいイカロスがこの戦場に現れた理由の一つは、敵対陣営リーダーの抹殺だったのだ。

 イカロスがその翼を広げる素振りに、メズールは反射的に紅椿の機首を翻し、逃走に入る。
「攻撃開始」
 だが、その速度の差は余りに絶対的だった。
 アクセルトライアルやレベル3に達したナスカの超加速を大きく上回り、音速の倍に届く紅桜の最高速度。それにイカロスは、充分な加速時間の足りないはずの初動で追いついた。
 メズールが咄嗟に盾として展開した増設の装甲は、華奢に見えた拳の一振りで粉砕される。仮にシールドバリアーが残っていたとしても、齎される結果に差異など生じなかったろうと思わせるに足る、凄絶な一撃だった。
 メズール自身に届いた拳の威力は、最後の守りである絶対防御によって防がれた。だが紅椿自体が持ち堪えることはできず、直撃の勢いのまま機体が宙を滑る。

「――『ArtemisⅡ』発射」
 攻勢を緩めぬまま、イカロスは翼から四発の輝く魔弾を放つ。
 厳密にはそれは、ナスカ達の放つようなビームではなく。先程冴子以外の四人を襲ったのと同じ、第一宇宙速度以上の超々音速で放たれているミサイルだ。
 自身の最高速の約十倍で迫る、複数の永久追尾弾を防ぐ、あるいは躱すための手段など、中破した紅椿には残されていない。
 紅椿は一瞬の後に爆炎に呑まれ、メズールごと粉砕され消滅する――そのはずだった。

 しかし、着弾の寸前に紅椿が突如として、光の粒子へ分解される。量子空間へと格納され、待機状態へと移行したのだ。
 当然、身を投げ出したメズールにアルテミスの群れが躊躇せず食らいついた……が、その身体に激突し貫通しても、爆発することなく過ぎ去って行く。
 アルテミスの内一基が、確かに捉えたはずの標的の健在に急な軌道変更が間に合わず、メズールの真後ろにあった一際高いビルに直撃。中腹に龍の首を生やした異形の建造物はたったの一発で根元の半分を抉り飛ばされ、傾き出す。
 残る三基のアルテミスは落下するメズールを追い、無事に方向転換。相変わらず常軌を逸した超音速で獲物を追う。
 逃げ惑うメズールだが、紅椿に乗っていて逃れられない相手を撒けるはずがない。追いつかれるまで一瞬の猶予も存在しなかった。
 だが再び、アルテミスの弾頭はメズールの体をすり抜けて、彼女の影となっていた路面に着弾し、下の地盤ごと爆砕するに留まった。

 その際、メズールの体が液状化している事実に冴子は気づいた。

(オーシャンのメモリ……と、似たような能力ってわけね)

 オーシャンメモリは、物理攻撃に対し絶大な防御性能を発揮する、液化能力を持ち合わせている。
 どうやらメズールというグリードは、同様の特殊能力を身につけていたらしい。
 それによってアルテミスの直撃をすり抜けさせ、一先ずは死を回避したようだが、果たしていつまで持つことか。
 例えば先程は紅椿で防いだ、バースのブレストキャノンのような……純粋な高エネルギーで蒸発させられれば、メズールとて一溜まりもないはずだ。
 そして、おそらくイカロスにはそれを成せるだけの力がある。詳細名簿を持ち、参加者の能力を把握しているメズールがああも必死に逃げ惑うのが何よりの証拠だろう。
 そんなメズールの、みっともないほどに足掻く姿を見て、嘲笑う気持ちの一つも湧いて来ないほどにイカロスは圧倒的だった。

 傍から見比べるだけでも、万全だった時のオーズはおろか、カオスすら遥かに凌駕するその驚異的なスペック。殺し合いの公平性など、凡そ無に帰してしまう理不尽なまでの戦闘力。

 そんな理不尽が、同じ陣営として現れたのが何故なのかを、冴子は知らない。
 空の女王を黄陣営に引き込めたのが、偶然などではなく。
 冴子を愛した一人の男の、命をも捨てた献身あってのものだということを。

 そんなこと、考えもしないし――例え全てを知ったところで、命を救われたことに、感謝を覚えることすらないだろう。

 何しろ黄陣営のリーダーに忠実に尽くす大戦力というのが、下克上を目論む冴子にとっては、厄介な障害にしか成り得ないのだから。
(……っ、ここでイカロスを敵に回すのは避けたいのだけれど……!)
 そのために、冴子はメズールに手を貸すことを躊躇っていた。
 イカロスという一大戦力と敵対しないためというなら、このタイミングでメズールを切り捨てるという選択肢もないわけではないが、しかし。それでも可能な限りその事態は避けたいと冴子は考えていた。
 まず、おそらくは彼女ほど都合の良い協力者はこの先、二度と得られないだろうということ。
 それにイカロスは冴子を黄陣営として救ったが、この場所にオーズやカオス、メズールがいたことを彼女に教えたのが黄陣営のリーダーだというのなら、既に自身の目論見はそいつに見抜かれていることを前提にすべきだと冴子は判断していたからだ。ならばこの先の直接対決に向けても、メズールの戦力は惜しい。
 メズールとの共同戦線を維持するためにはイカロスを撃破できればそれが一番だが、真っ向対決で敵う相手ではない。
 勝算があるとすれば、メダルルール。持久戦に持ち込み、イカロスのメダルを消費させ尽くせばあるいは――
 だがそれまで、冴子が戦線に加わったところで果たして持ち堪えられるのか?

 低い成功率を前に冴子が二の足を踏む間に、アルテミスを被弾していた巨大なビルが崩れ落ちる。轟音と、それによって舞い上がった砂塵にメズールが姿を潜めると、イカロスもアルテミスで追撃することなく高度を上げ、全体を俯瞰しようとする。
 そこで天使が、見えない筒のような物を抱える素振りを見せた時――予想外のことが起きた。

 ……突然、地響きのような、唸り声が聞こえて来たのだ。

「な……何?」
 瓦礫の山から響くのは、巨獣の雄叫び。伝わってくる圧倒的な存在感に、イカロスさえ手を止めた。
 ぶうんという、何かが大気を叩く音。
 それが煙幕のように視界を覆っていた粉塵を切り払い、暗闇の中に蠢く巨躯を月光で照らし出す。

「嘘でしょ……?」
 余りにバカバカしい光景に、冴子は恐怖するより先に呆れ、知らず声を漏らしていた。

 胴体に比して異様に小さな翼で、文字通り城塞程の大きさを誇る巨体を浮遊させ――敵意に満ちた瞳を向けてくる、それは。

 ビルの一部の、装飾として鎮座していた奇妙な竜――キャッスルドランだった。

(……あれ、生きてたの?)
 そういえばカオスが暴れていた頃からここまでずっと、いびきを掻いていたようにも思うが、まさか。
 あんな文字通りの大怪獣を生かしたまま、会場に設置していた真木清人の思考が、冴子には一切理解できなかった。

 大きく変化し続ける戦況に冴子の理解が追いつけなくなった、その一瞬の隙に。

 キャッスルドランの放った竜の息吹の一つが、彼女の目前に迫っていた。



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「――だぁあああああもう! 何がどうなってんだよっ!?」
 夜空を煌々と照らす戦いに、プロトバースに変身したまま伊達は思わず叫び出す。
 突然降って来たミサイルにも驚いたが、クレーンアームを盾にすることで何とか凌ぎ切った。しかし、それでもすぐには起き上がれなかったほど強烈な一撃だった。推測ではあるが、その破壊力はオーズのタトバキックにも比肩するほどだろう。
 それを豪勢に乱射する天使に対し、相対する巨大なドラゴンは被弾するたび確かな痛痒を垣間見せながらも、ダメージと呼べるほどの怯みを覚えてはいない。

 殺し合い、と言いながら大半の相手に一方的な殺戮になってしまう戦力を有した者がいることは、あの娘(カオス)との接触時に学んでいたが、地図にも載っている施設がそのレベルの戦力と、独立した自我を持って参加者を攻撃し始めるとは想定外にも程があった。

 仕掛けたのは確かにこちら――あのイカロスという娘だ。彼女の流れ弾があの竜の寝座となっていたビルをへし折ってしまったからこそ、キャッスルドランも目を覚ました。
 快適な惰眠を妨げた者達に、警告代わりの息吹――高エネルギーの弾丸を放ったキャッスルドランに対して、イカロスがそれをバリアで反射し、反撃してしまったことから彼らは互いを敵と認識し、他の者達を無視した戦いを始めてしまったのだ。
 竜と天使の織り成す、まるで神話そのもののような戦いには、プロトバースといえど単身で介入することはできない。

 しかし逆を言えば、今は少なくともプロトバースは彼女達の意識外の存在となっていた。
 少なくともイカロスは、キャッスルドランを無視して参加者と殺し合う余裕はない。キャッスルドランはそもそも、イカロスしか敵と認識していない。

 その隙にプロトバースは、アルテミスの直撃を受けてから沈黙していたバーナビーの元に辿り着いていた。
「バーナビー! おいしっかりしろ!」
 仰向けに倒れていた彼のヒーロースーツは、無残にも破壊されていた。被弾箇所である腹部を中心に、正面側の装甲はそのほとんどを砕かれ、爆ぜ飛んでいた。
 その下のバーナビー自身の肉体も当然、無傷とは行かない。大小無数の掠り傷に水膨れ、その程度では済んでいない火傷と、数々の傷に蝕まれている。
「虎徹……さん?」
 だがアルテミスⅡが体の芯に直撃したにしては、その程度で済んだことは僥倖と呼ぶに相応しいほどの軽傷だと言えた。
「悪い、俺だ」
 頭を打っている可能性も高いかと脳裏に不安を過ぎらせた伊達だったが、勢いよく上体を起こし、痛みに呻いてから状況を尋ねて来る様子に、単純に気絶前後の記憶の混乱だと診察を下す。
 月霊髄液とヒーロースーツによる防御、そしてバーナビー自身の能力により、百倍にまで強化されていた耐久性と回復力。それだけの要素が重なって、ミサイルの直撃という脅威でも一時的な失神程度に被害を抑えてくれていたらしい。
「……立てるか?」
 しかし胸を撫で下ろすのは一瞬。それ以上の猶予を、伊達は自身に許さなかった。

 イカロスとキャッスルドランから自分達が意識外とはいえ、互いに有する火力が火力だ。先程吹き飛ばされたナスカの例もある。いつ流れ弾を貰わないとも限らない以上、悠長にしては居られない。
 何とか、という返事を残したバーナビーに頷き返し、プロトバースは混沌を極めて来た戦場を見渡す。
 先程のイカロスの言葉からすれば、おそらく。ワイルドタイガー達が避難するための時間稼ぎという、最低限の目標は達成した。
 可能であればグリードは倒し、危険人物を制圧しておきたいのが本心だが、この状況での深入りは危険だ。
 伊達は医者であり、まず自分が生きていなければ誰かを助けることなどできないということをよく理解している。欲を掻いて己の命を無くしてしまっては、結局何の欲望も満たすことのできない、本末転倒にしかなり得ない。

「俺達も退くぞ」
 故に、撤退の二文字を口にする。噛み付こうとしたバーナビーを無視して、プロトバースはさらに続ける。
「ルナティックは俺が助けに行く。メズールはともかく……あっちの姉ちゃんの方も、できるんだったら、な」
 無理だったら逃げるけどね、と伊達はバーナビーに告げる。
「だから守ってやれないで悪ぃけど、先に一人で行けるか、バーナビー」
「……伊達さん」
 神妙な面持ちの彼が今、NEXT能力を発動できない状態にあることはわかっている。
 ヒーロースーツも損壊し、月霊髄液も失われた。できれば使って欲しくないガイアメモリを除けば、扱いの難しい“あのカード”しか、バーナビーの身を守れる代物は残っていない。
 本来ならば、プロトバースが傍に立って護衛すべき状況だと言える。
 ただ、キャッスルドランにせよイカロスにせよ、現状予想される脅威からの攻撃からは、最早プロトバースが付いていようと巻き込まれた時点で生身の人間は終わり、と見れる物だ。
 それならばバーナビーの護衛に就くのではなく、これ以上の犠牲者を出さない――ワイルドタイガーの宣言に則った救助活動を申し出る方が、結果的に救われる命の期待値は高まり、バーナビーも大人しく戦線から離脱してくれるだろうと伊達は考えた。

「…………わかりました」
 数秒の逡巡の後、キャッスルドランの咆哮に掻き消されそうになる声で、バーナビーが了承の意を見せた。
「よし。じゃあ気をつけてな」
 それを受けたプロトバースが立ち上がり、踵を返した直後のことであった。

「――仮面ライダーだな?」

 ぶっきらぼうな問いかけの直後、返事も待たれず背中を斬りつけられたのは。



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「ニャニャ、あれは何事ニャ!?」

 一行の中で最初に気づいたのは、フェイリスだった。
 しかしここまでの言動から、彼女が言うことの大半は聞き流すのが賢明と学んでいたために、事態を悟るのにさらに暫しの間が必要だった。

「冗談なんかじゃないニャ! 大変なことになってるニョにィ!」
 執拗に急かされてからようやく、ラウラも士も真っ暗な夜の街の彼方で、巨大な篝火が燃え盛っていることに気がついた。
 光源は地平線の向こう、距離は一エリア分近く開いているか。相当に大きな物、例えばビルなどが燃えているのだということが伺える。

 耳を澄ましてみれば、心なし爆音や怒号も響いて来ている。かなり規模の大きい戦闘が、あそこで行われている可能性は高い。
「……様子を見てくるか」
「そうするか。まあ俺だけで充分だけどな」

 告げると同時、士がカードを取り出し、瞬く間にディケイドへと変身していた。

「あそこは見る限り、かなり派手にやり合ってる。フェイリスは連れて行かない方が良いだろ」
「私にはそのための護衛に残れ、とでも言うつもりか?」
 首肯するディケイドに、ラウラは噛み付く。
「戯けたことを。もし向かった先にいるのが、さっきのウヴァのような強敵だったら一人の手では負えんだろうに」
「そうでもない。もうメダルはじゅーぶん集まった。何ならおまえらとウヴァにまとめてかかって来られても、今の俺なら十秒あれば楽勝だ」
「ほう? 大した自信だな」
「ああ。何しろ俺は全てを破壊する……悪魔だからな」

 議論は平行線だった。だがリーダーとなる身として彼の独断行動を制したいラウラとしては、そのためにまだ使える札がある。
「魔界の凝視虫(イビルフライデー)を使えば良い。おそらくギリギリの距離だが、見える。不用意に接近するより、まずは状況を把握すべきではないか?」
 そう言ってラウラは自身に支給された瓶を見せたが、ディケイドはそっぽを向いた。
「単に覗くしかできないそいつだけじゃ、間に合わない可能性があるだろ? しかも見えないかもしれないってんだったら、やっぱり俺が行くべきだ」
 告げると同時、ディケイドは一枚のカードを取り出していた。
「ま、どーしてもっていうならそいつも使えば良い」
《――ATTACK RIDE INVISIBLE!!――》
「俺はもう行くけどな」
 テンションの高い電子音と、最後まで聞く耳を持たなかったディケイドの捨て台詞を最後に、その姿がラウラの視界から消えた。

 ウヴァとの戦いで見せた高速移動――違う、そんな気配などない。純粋に不可視化したのだ。
 そんな手を使うとは、強気な言葉と裏腹にこれから向かおうとしている戦場の危険性について決して見くびってはいないのかもしれない。
 あの士ですらそこまで警戒する危険地帯となると、彼が言うように支給品が強力だろうと本来非戦闘員であるフェイリスを連れて向かうのは避けるべきか。
 となると――こうなっては半ば仕方ないことでもあるが、おそらく三人の中でも最も腕が立ち、実戦経験豊富な士が不可視化した状態で斥候を務めるというのは最善手だろう。

 ……その考えは認めるとしても、もう少し態度を考えて欲しいものだ。
「ツカニャン、勝手だニャ」
「ああ、全くだ」
 でないとこんな風に、良く思われるわけがないというのに。
 もしくはフェイリスの言うように、インビジブルを使ったのは単にラウラを撒くことが目的だったのかもしれないが――
「――ッ!」
 そこで閃くものがあって、ラウラは魔界の凝視虫を一匹瓶から解き放ち、ディケイドが向かっているだろう火事の現場へ向かわせた。
「うぉぉぉ……な、なかなか気持ち悪いニャ……」
 虫のような手足の生えた眼球に、既に容器越しに目にしていたはずのフェイリスがそう漏らす。確かに、動きが加わったおぞましさは瓶に詰められている時の比ではないが。
「それでも、役に立つからな」
 答えながらラウラは、フェイリスをのことを見ていない。視覚は既に、凝視虫から転送されて来る映像に上書きされていた。
 そのことを、ラウラの正面に回り込んで確認したらしいフェイリスは、感心したような素振りを見せた。

「……ラウにゃん」
 その後、ポツリと呼びかけられて。やや沈み調子の声に、ふざけてはいない様子だと感じたラウラは相手をすることとした。
「何だ」
「ツカニャンのこと……疑ってるニャ?」
 予想外に核心を、直球で衝いて来た。

 暫し返答に窮したラウラを見兼ねてか、フェイリスはいつもの調子で変なポーズを取り、痛い台詞を口にする。
「黙ってても無駄ニャ! 遥か遠き前世において、混乱の渦に包まれていた地上を救うため、自ら神の座(ソレスタル・グレード)を降りた慈悲深き者(ベネポレント・ワン)から未来永劫授けられたフェイリスの魔眼、真眼(サイクロプス)の前では何人たりとも隠し事などできないのニャ!」
(……魔眼はリーディングシュタイナーではなかったか?)

 思わずツッコミそうになったラウラだったが、下手なツッコミで脱線させると尚更頭が痛くなるということと――フェイリスの言う通り、胸の内は既に見抜かれていると思い当たり、素直な肯定を返すこととした。
「そういうことに……なるな」
「どうしてニャ? 確かに態度は悪いけれど、あれはただのツンデレニャ!」
 本人が聞いたらそれこそ逃げ出しそうな評価を口にするフェイリスの言葉に、しかし思い当たる節のあるラウラは頷いた。

「ああ。私もあいつを信じたい」
 共にウヴァと戦い、その打倒のために大いに活躍してくれただけでなく。その後のラウラの弱さを労わってくれた門矢士という男を、ラウラは悪人だと思いたくないのだ。
「それでも、士自身が自分のことを、破壊者などと呼んでいた」
 そんな自分と共に居れば、手を取り合うべき相手とまで敵対することになるぞと、警告までして来た。
 だからこそ、もし本当に、士が道を誤っているとラウラから見ても判断できる時が来ればこの手で止める、そう約束した。
 だがここに至って彼は、その姿を晦ました。

「――姿を隠してまで私達から離れるのは、もしかすれば何か疚しさを感じているからではないか、と……そんな疑いの気持ちがあるんだ」
 穿ち過ぎかもしれない。だが彼を信じたい仲間と思うからこそ、ほんの少しの疑惑でも見逃せなかった。
 それを晴らしたいと、願うから。
「……大丈夫ニャ」
 そんなラウラを安心させるように、フェイリスは寄り添った。
「ツカニャンは確かに悪ぶってるけど、あれは凶真みたいなキャラ作りニャ。ちょっと真性なところもあるけれど、本当に自分が悪いと思うことなら間違ってもしないはずニャ。
 人類の自由と平和を守る正義の戦士、仮面ライダーなのに世界の破壊者なんて二つ名なのにも、きっと何かやむを得ない事情があるはずニャ」
「……随分、知ったように言うんだな」
 だが、励まそうとしてくれているのはよくわかる。士ができる限り、自分達を危険から遠ざけようとしているのだということも。
「当然ニャ! 何故ならフェイリスには“機関”との戦いの中、悲劇を越えて開眼した、真実を見通す天帝眼(プロヴィデンス・アイ)が備わっているのにゃ!」
「真眼(サイクロプス)じゃなかったのか!?」
 舌の根も乾かぬ内の設定改変に、ついラウラもツッコミを入れてしまう。そのまま解説に入るフェイリスの厨二病は全く理解が追いつかない。
 だが――次々と友を、想い人を失ったラウラの傍に立って、次は何を失うのだろうと臆病になっているのを、懸命に支えようとしてくれていることは、理解できる。

 一夏を中心に繋がった学園の仲間や、関係を修繕できた黒ウサギ隊の部下達のように。
 フェイリスとの間にあるのも、士との間にあると信じたいのも――そんな、仲間達に抱くのと同じ感情だということを、ラウラは静かに自覚しつつあった。
 だが……きっと大丈夫、そんな仲間がラウラを裏切るはずがない、と強く思えないのは。
 フェイリスと出会う前に、ラウラを裏切り、シャルロットの命を奪っていった彼女の存在が、知らぬ間にトラウマと化しているからかもしれない。

 ――――そしてそのトラウマは、再発することとなる。

「な……っ!」

 ラウラの網膜に焼き付けられたのは、余りにも非現実的な光景。
 荘厳な城を背負った紫色のドラゴンと、四枚の翼を背負った白い天使の繰り広げる、階級差などという概念もないほどに体格差の大きな空中戦。特に天使の方は、あれだけ地肌の露出が多い装備でどのISをも凌ぐ飛行速度を発揮している。

 まずそれに目を奪われたのは間違いなかった。だがその後ラウラは、その華々しい戦いの影に隠れた、地上での争いの方に目を奪われていた。
 そこにいたのは、ウヴァが最期に変身していたバースという仮面ライダー。いや、微妙に細部の彩色は異なるが、ほぼ同一の存在だと見て良いだろう。
 問題なのは、ウヴァと異なり負傷者を庇うようにして戦う彼に、容赦なく斬りかかるディケイド――門矢士の姿だった。

「――止せ、やめろっ!」
 知らず、上擦った声が出る。
 だが士の言った通り。覗くことしかできない凝視虫越しでは、彼を止めることなどできやしない。
 ラウラの視界に自身が捉えられていることを、知っているのかすら怪しい状態だ。
「――くそっ!」
「ニャニャッ!?」
 凝視虫との視界共有を解除すると同時、説明する間も惜しんだラウラはシュヴァルツェア・レーゲンを展開し、フェイリスの身体を抱え込む。ライドベンダーはウヴァを倒した後、士との交渉で明け渡してしまっていたというのもあるが、こちらの方が確実に速く、使い慣れている以上は問題ない。
 ただ、一気に加速するとフェイリスの負担が大き過ぎる。現場への到着は、最高速を発揮してとはいかないだろう。
「ラウニャン、いったいどうしたニャ!?」
 脇に抱えられたことの抗議と、純粋な疑問の混じった声音にラウラは直接は答えず、ただこれで察してくれと願いながら――ここにいない“仲間”であるはずの男に、届くはずもなく祈っていた。

「早まるな、士……っ!」



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最終更新:2014年05月03日 20:18