欲望交錯-天使と悪魔-◆z9JH9su20Q
○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○
別に、
門矢士――ディケイドには、ラウラ達の前でインビジブルを使ったことに、何かの疚しさがあったわけではない。
……少なくとも、その時点ではそうだった。
ただ純粋に、一エリア隔てた距離からでも確認できた戦闘の規模から、ラウラ達を巻き込むわけにはいかず。かと言って――今の自分にそんな資格があるのかはともかく、仮にも仮面ライダーの名を背負う者としては見過ごすこともできずに先行しただけであり――自信はあれど、驕らず警戒していたから、この能力を使って近づいたに過ぎない。
結果、キャッスルドランと撃ち合う天使の姿を目撃し、それだけでは状況を掴みきれないからとさらに接近した結果――意図せず、発見してしまっただけだった。
自身の破壊対象――仮面ライダーを。
約束を交わしたラウラには悪いが、ここで見逃せば破壊する前に殺害されてしまうかもしれない、と――このバトルロワイアルでは、仮面ライダーだからと言って自身以外に倒されずに居てくれるとは限らないことを既に知ったディケイドは、仮借なくライダーを破壊することを最初の行動として選択した。
九と一を天秤に載せられ、十の全てを救う選択肢を見つけ出せなかった敗北者である悪魔には――己に架せられた使命に従うしか、できなかった。
「外見は同じだが、色が違う――ネガの奴らみたいなもんか」
一瞬、既に破壊したバースの別個体ではないかと考えもしたが、細部の相違点から種類自体が違うと結論したディケイドは、まずは攻撃を加えることとした。
「いきなり何すんだよ!?」
ディケイド到着前から既に消耗していた色違いのバースは武器もなく、ディケイドの容赦ない斬撃に晒される度に傷ついていく。しかしある一定以上は決して後退しようとせず、半ば捨て身で突撃してでもこちらの足止めをしようとして来た。
だが甘い、とディケイドは上から思い切り背中を打ち付け、崩れたところに膝を合わせる。転がったバースを踏みつけながら、ライドブッカーをガンモードへと変形させた。
これで、変身者がどんな人物であるか見定める。そう思いながらディケイドは銃口を下に向け。
「――ったく、何やってんだバーナビー! さっさと行けって!」
自身の危機より、まず他者の無事を優先したその声に一瞬、追撃の手を止めた。
……ようやく本物に出会えたか、という複雑な感慨によって。
確認は済んだ。これなら昼間の戦いのような手の込んだ真似をしなくて良い――そのはずなのに、少しだけ胸に凝りが残るのは、意識して無視をする。
「そんなこと、できるわけないでしょう……っ!?」
満身創痍の若い男が、体に張り付いたパワードスーツの破片を零しながら立ち上がっていた。やり取りから、彼が何を考えているかは明白だ。
「やめておけ」
だからディケイドは、半ば無駄と悟りながらも忠告しておくことにした。
「俺の狙いは仮面ライダーと、殺し合いに乗るような輩だけだ。そうでないなら……邪魔しない限りは見逃してやる」
「ふざけるな……っ!」
ディケイドの宣告に対し、案の定というべきか、バーナビーは侮るなと憤慨する。
「伊達さんはやらせない……僕は、ワイルドタイガーのパートナーだっ!」
叫びと共にバーナビーが取り出した物に、ディケイドも覚えがあった。
《――MAS……》
「こいつの意志ぐらい、尊重してやれ」
奏でられた電子音(ガイアウィスパー)は途中まで。その先は、銃撃によって葬られた。
バーナビーが取り出したのが、ガイアメモリという変身アイテムだということはディケイドにもわかった。
だが対応するベルトもなく、外観からして明らかに仮面ライダーの使うそれとは別物だと気づいた時点でライドブッカーを用いて撃ち抜き、破壊した。
僅かに爪の先を掠めていった光弾の曳を、バーナビーは茫然と見送る。その手の中で、辛うじて形を留めていたメモリが砕け散り、破片となってすり落ちる。
おそらく、こちらに対抗し得るほぼ最後の戦力だったのだろうが、妙にでしゃばられても困る。もし下手に傷つけでもしたら……伊達というこの仮面ライダーに申し訳が立たない。
そんな隙を見せ過ぎたか。バースはディケイドの足を掴み、無理やり引き倒そうとしていた。
無理に抵抗せず、引かれるまま前転し拘束から抜け出したディケイドと、踏みつけから脱したバースが起き上がるのは同じタイミングだった。
「バーナビー! この怖ーいお兄さんはどうやら俺が目当てらしいから、引き付けるのは任せとけ!」
「でも!」
「大丈夫だ! さっきは不意打ちされちまったが、正面からなら負けやしないって! だからおまえはルナティック達を連れて先に行けっ!」
思わぬ名前を聞いたが、だからと言って会話をする気にはならなかった。ソードモードに戻したライドブッカーで、ディケイドは再び無言のままに切りかかる。
正面からなら負けない、というのは何の根拠もない言葉だが、不意打ちに比べれば対処し易いのもまた事実のようだった。先程のように、揮う剣先全てがバースを貫くわけではなく、多くは掠めるに留まり、また躱される。
バースのおおよその性能は先の戦いで把握しているが、
ウヴァとは比べ物にならないほど使い慣れている分、重傷の身でありながら強さが底上げされているように感じる。
それでも、数多くのライダーを狩って来たディケイドとの差は歴然。わざわざ弱らせるためだけに、カードを用いるほどではない、が……
「……言うだけのことはあるか」
無感動に呟くと同時、幾許かの億劫さを覚えたディケイドは、一気に仕留めんとばかりの勢いで続く一撃を繰り出した。だが片手の大振り、それに伴う隙を見逃すバースではない。
「捕まえたぁ……っ!」
予備動作の大きい一撃は、振り切る前に組み付かれ、当然のように押さえ込まれた――ディケイドの、想定通りに。
「そうか」
そしてバースの仮面に、真っ赤な刀身が突き立った。
何のことはない。空いた手でデイパックから取り出したサタンサーベル――本来の大ショッカー大首領である士にも所有権のあるその魔剣で、バースのカメラアイを叩き割ったのだ。
「ぐぁああっ!?」
突然の目潰しに、バースからの拘束が緩む隙を見逃すほどディケイドは微温くない。力を込めて脱出し、振り回し、蹴り飛ばす。
転がる過程で、サタンサーベルはバースの仮面から外れて飛んだ。切り裂いた敵の血を、その先端から垂らしながら。
「うわあああああああっ!!」
絶叫しながら、バーナビーが飛び掛かって来た。どこか奇妙なまでの壮絶な気迫に、しかし本質的に自分達と近しい物を感じながらディケイドは、彼を無造作に手で払う。
それでバーナビーは、車に跳ねられたようにして飛んで行った。
……加減を間違えたかもしれない、とは思ったが。今更心配して駆け寄るわけにもいかず、ディケイドは努めて淡々とカードを取り出す。
このまま一気に、破壊する。
《――FINAL ATTACK RIDE DEDEDE DECADE!!――》
ディケイドとバースの間に、十枚のカード状エネルギーが出現する。バースが蹌踉めくと、それに合わせて随時位置関係を補正する――必殺技の永久追尾機能は、破壊者としての運命を受け入れたことで付与された物だ。
「悪く思うな」
馬鹿げた使命に、結局バーナビーを巻き込んでしまったことを謝罪するつもりで、ディケイドはらしくない言葉を呟いた。それが、正しく理解されるとは思えないまま。
理解されないなら。身勝手な悪魔だと思って貰ったまま、破壊できる。
しかし。
欠けた仮面の奥から素顔を覗かせたバース――伊達は、皮肉げな笑みを浮かべて、ディケイドの頼みを拒絶した。
「むーり。だってあんた、俺の嫌いな……自分で自分を泣かすタイプだからね」
「……っ!」
動揺ごと握り潰すようにして、ディケイドはトリガーを引き絞った。
「――伊達さあああああああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!!」
バーナビーの絶叫も虚しく、ライドブッカーから放たれた光はカードを潜るたびに太く、力強く。光の柱となったビームがバースの上半身を呑み込んで、消し去った。
残った下半身も、照射の続くディメンショブラストから叩き込まれたエネルギーの奔流に耐え切れず、爆発。仮面ライダーの肉体を、一つ残らず破壊する。
ただ一つの例外として、爆発の勢いのままに転がって来たバースのベルトにまでは、ディケイドも手を伸ばさなかった。
「あぁ……っ!」
その結末に崩れ落ちるバーナビーが、呆けた声を漏らす。目の前で同行者の命を断たれたという絶望が、彼の端正な顔を歪め、目元を濡らし始めていた。
悲しみを前にして、自身を取り囲む現実を忘れ果てたようなバーナビーの姿に、伊達の残した言葉がディケイドの――士の中で反響する。
――見透かされた、という後味の悪さが、士の胸を満たしていた。
忘我のまま力が抜け、ライドブッカーを構えていた手が下がる。仮面ライダーの破壊を成したはずだというのに、外から取り込んだ以外のメダルは一枚たりとて増えやしない。
世界の滅びと、それを破壊する唯一の方法。その詳細までは、伊達が見通していたということはないだろう。
だが、そのために――士が意に沿わぬ使命に屈する以外に世界を救う術を見出せず、その遂行のために破壊者となったことを――伊達は少なくとも、士が敗北者であることを見抜いていた。
憎まれる悪魔、最期は倒される敵役であらねばならない身の上で――哀れまれた。
その事実に怒りを覚えるとすれば、矛先を向けるべきは伊達ではなく。見抜かれるような甘さを捨てなかった自分にあると、士は拳を握り込む。
そんな甘さが、受け入れたはずの使命の遂行を危うくさせ、寄り道に過ぎないこの馬鹿げたゲームの破壊すら滞らせているのではないかと、自らを責め立てる。
メダルは確かに集まった。たった今バースから吐き出された物を含めれば、既に首輪の許容量を超えているほどだ。
だがいくら戦力が整ったところで、本当にこのままで、伊達のような――人類の自由と平和を守る偉大なる仮面ライダー達を、滅びの運命から救うことができるのか?
こんな使命とやらに頼るしかない、自分のような情けない敗北者が?
(……だが、だとしてもだ)
この使命は、自分にしか、仮面ライダーディケイドにしか背負えない。
ならば、迷うのは無駄でしかない。使命を放棄するという選択が残された時間は、最早ないのだから。
こんな手段しか残されていない自身への憐憫も、誰にもできないはずの使命を完遂できるか資格を問うことも、やめだ。
そうして感傷を振り払ったディケイドのすぐ近くに着弾したのは、上空で天使に弾かれたキャッスルドランの放つ魔皇力の塊だった。
キバの世界最強モンスターを兵器化した怪物の息吹は、今のディケイドどころか失われているコンプリートフォームに変身していても、直撃を許せば無傷で済む保証がないほどの威力を秘めている。
それを容易く弾く天使の力に驚愕を禁じきれないまま、バーナビーが巻き込まれていないか確認しようと視線を巡らせたディケイドは、因縁ある相手の接近に気がついた。
「――おまえもここに居たのか」
進路を読み、立ち塞がるようにして告げたところ、前進を止めた怪人は憎々しげな声を漏らした。
「ディケイド……っ!」
昼間に遭遇したグリード、
メズール。
これまた随分と消耗した様子ではあるが、戦場を離脱する素振りを見せない。
いや、違う。一度自身への関心が希薄になった隙に逃亡しかけて、再び戻ってきたのだ。
何が彼女を惹きつけたのか――その正体は、すぐ見当がついた。
「――目当てはこれか」
ディケイドが拾い上げたのは、三枚のコアメダル。
バースが首輪の中で保有していた、タカ・トラ・バッタのコアメダルだった。
改めて手に取り眺めたところ、バッタこそ使用済みのために色が抜けているが、三枚とも微妙に他のコアメダルとは装飾が違う、ということにディケイドは気づいた。
「……それを渡しなさい」
メズールの要求に、ディケイドは一言も返さない。
「自分のコアじゃないから、バースが持っている間はわからなかった……だけど、今は感じるのよ! そのコアは、他とは違う! 私に完全体以上の力をくれるって!」
感情的な物言いは、その身を苛む焦燥からか。
「その力さえあれば、
イカロスにだって負けない! それで私は手に入れるの! イカロスの、
カオスの、誰も彼もの愛を、全部っ!」
「愛、か……」
言えた義理ではないか、と思いながらも。ディケイドは月並みに反論した。
「愛っていうのは、こんな殺し合いを開く側とは無縁だと思うんだがな」
「そんなことないわ。極限状態に追い詰められた欲望は、より一層強くなる。愛だって例外じゃない、私はそれに満たされたいの」
「随分身勝手な欲望だな。それで人が死んでも良いってことか」
「ええ。味わうために殺すなんて、生き物は皆そうしてるでしょう? 第一あなたに言われたくないわ」
おまえと違って好きでやっているわけじゃない、という言葉を飲み込む。それは自分自身が破壊された後まで、決して口にしてはならないものだからだ。
「……まあ良い。これでも俺も、一応は仮面ライダーだ。人を襲う化物を、ここで退治しといてやるとするか」
「吠えるわね。確かに警戒していたけれど……昼間の体たらく、忘れているわけじゃないわよ?」
言葉と共に、メズールの全身が液体へと変化する。
「結局貴方じゃ、私を破壊することはできないわ。二重の意味でね」
メズールの余裕は、昼間の乱戦で、イリュージョンで作った分身二体を翻弄した実績から生じる物だろう。
その時のディケイドは、液状化という反則的な能力を持つメズールに一切有効打を与えられず取り逃がした。ならば直接対決でも、少なくとも負けはないと高を括っているのだろう。
増長して大胆になった分、彼女が他の参加者に齎した被害がより甚大な物になっていた可能性に思い当たり、メズールにというより、これまた自身の甘さを突きつけられかねない現状に覚えた怒りから、出し惜しみせず選んだカードをディケイドライバーへと投げ込んだ。
妨害に放たれた高圧水流は、身を捻ることで直撃を躱し、背を盾にしてバックル付近を守りきって操作を完了させる。
《――FINAL ATTACK RIDE FAFAFA FAIZ!!――》
そのままの勢いでメズールへと向き直ったディケイドライバーのトリックスターから、カウンターの要領で赤い円錐状のポインターが高速射出される。
それは油断し直進して来ていたメズールの回避を許さず、鋭い先端でその液化した体を固定した。
「なっ……!?」
今更上がる戸惑いの声には、耳を貸さない。
「動けない……っ!」
当然だ。先のウヴァならともかく、進化した世紀王にすら抵抗を許さない拘束を外す力など、メズールに備わっているはずがない。そのことは先の交戦時に確認済みだ。
動けない獲物を前に駆け出し、高く跳び上がったディケイドの体が、爪先から彼女を固定する円錐の底面に吸い込まれ――さらに加速した巨大な砲弾としてポインターの先端から発射され、メズールを蹴り抜き、貫いた。
「カ……ハ……ッ!」
かつて、ゲル化能力を持ったバイオライダーを正面から打ち破ったファイズの必殺技、クリムゾンスマッシュ。
多くのカードを取り上げられ、大幅に制限された今のディケイド激情態でも問題なく使用できたそれは、やはり液化能力を持つメズールを捉えることに成功していた。
「んあ、ぐぅっ……どうして、あの時は……っ!?」
着地したディケイドの背後で蹌踉めくメズールの零した疑問は尤もだが、答えは簡単だ。あの不甲斐ない戦いぶりもまた、全ては士の甘さに起因していた。
もしもあの時、能力の割れたメズールを本気で倒しに掛かって、すぐ手の空いた分身二体がさらに戦線に加わっていれば――あれ以上はどう工夫して手を抜いてやっても、純粋に頭数の足りなくなる魔法少女やヒーローが、ディケイドを抑えきれなくなっていたことは間違いない。
そうなれば、ディケイドは龍騎をその場で破壊しなければならなくなっていた。そうせねば不自然であり、もし見逃す素振りを見せれば、マミ達が勝手にこちらの事情を汲んで、歩み寄ろうとする余地が生まれていた可能性すらある。
それは、ディケイドの使命にとって不都合だった。
だがそれでも。いくら士が手段を選んでいられないと、破壊者の使命を受け入れたとは言え……オーズやアクセル、伊達のような当事者や、ウヴァや
アポロガイストのような悪党ならともかく。
偶然デッキが支給されただけの無関係な少年であると判明した
桜井智樹を、一時的とはいえ殺害するまでの徹底は、できなかったのだ。
破壊者の使命を完了することで再生すると確定しているのは仮面ライダーの世界とその住人であり、関係ない世界の住人かもしれない智樹が対象に含まれている保証は一切ない。
そんな状況で殺せるわけ、ないではないか。
つまるところ、メズールがディケイドと遭遇し、あれだけの時間交戦しながらも生き延びることができたのは。仮面ライダーの関係者にこちらが手を抜いていることを悟られぬまま、歩み寄りの余地なく敵対するしかない悪魔であると認識された状態でわざと敗走するための演出に、ディケイド側から利用したからに他ならない。
――とはいえ、士自身が素直という言葉から縁遠い性格であったために、あの時は全てをはっきり意識してやっていたわけではなかったが。それでも智樹を殺めることを忌避し、加減していたのは間違いない。
そうでなければ、威力に乏しいマミ達の妨害を無抵抗に受け入れ攻め手を緩めることはなかった。
そして何より、こちらからそうなるように意図していなければ。
変身すらしていない照井からの、クロックアップしている側から見れば停止しているに等しい妨害で、永続的なホーミング機能を有する攻撃が標的を外したことに説明がつかない。
そんな不自然な戦いの流れに、しかしこの用心深いグリードが何ら疑問を抱かなかったというのだから、あの芝居は上出来だったと言えるのだろう。
「嘘でしょ……っ!?」
そしてその手心という枷を取り除いた結果が、増長を一瞬で破壊されたこの哀れなグリードの姿だ。
それでもどうにかしてあの時破壊しておくべきだったと、己の浅慮にディケイドは今更ながらの苛立ちを覚える。
「私の、コアが……っ!」
そんな感情に整理をつけて振り返えれば、メズールは悲嘆に暮れた声を漏らしていた。
「そんな……私まだ、全然、満たされてない……っ!」
必殺技の直撃を受けて体が崩れ始めているが、まだ絶命には至っていない。
こんな状態でも、元がかなり強力な怪人だ。生身の人間一人を殺すぐらいの力は残っている可能性もある。
だからここで、今度は確実にトドメを刺す。
「――
ガメルの仇も、まだ取れていないのに……っ!」
「知るか」
ライドブッカーの一閃は、メズールの股間から頭頂までを駆け抜けた。
途中、硬い何かを砕く感触がするが、ディケイドは意に止めず一気に切り捨てる。
それが判明したのはメズールが絹を裂くような悲鳴を残し、ただのメダルの塊へと解けた後のことだった。
大量のセルメダルは即座に首輪に飲み干され、ほとんどが体内からATMへと転送される。
剣の先を撫で上げるディケイドの眼前に残されたのは、昼に自身の手から奪われたのを含む青のコアメダルが六枚。
それを拾い上げようと手に取った時にようやく、両断されたコアメダルが一枚あることにディケイドは気づいた。
確かコアメダルは、物理的に破壊することができないのではなかったか?
そんな説明書きを思い出したが、続けて自身が何者であるかに思い至り、一人納得した。
「なるほど……結局俺は、破壊者だということか」
かつて剣の世界でも、決して死なない怪人であるアンデッドを何体か爆殺した経験がディケイドにはあった。
こと、実体を破壊できないという概念(
ルール)は、世界の破壊者の前では意味を為さないのかもしれない。
それにしても、己の力でコアメダルを破壊できるということ――その事実を知れたことは、今後の方針を決める上で大きな収穫となるかもしれない。
そんな風にディケイドが己の戦果を分析していた、ちょうどその時。悪魔の頭上で展開されていた戦いにも、終わりが訪れようとしていた。
○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○
予想外に手こずった、というのがイカロスの抱いた感想だった。
イカロス本体のバージョンアップに伴い、威力が格段に強化されたアルテミスでも、キャッスルドランに与えられるダメージは微小だった。
これでは連射してもメダルの枯渇を早めるだけと判断したイカロスは、ヘパイストスの一撃で葬り去るのが最善手であると理解する。
しかし、キャッスルドランの放つ火球や、肩の辺りに生やした塔を誘導ミサイルとして放って来る攻撃はアルテミスを凌ぎ、今のイカロスをして無防備に受けるには危うい威力。大幅に索敵範囲を制限された今の状態では遠距離からの砲撃は信頼性が低過ぎ、近距離で撃つ必要があることもあって、隙の大きい対艦砲の使用には機を伺う必要があった。
幸いキャッスルドランは、エンジェロイドと比べるまでもなく鈍重だった。正面に立って火球を誘い、それをイージスで反射するたび着実に弱らせることに成功した。
途中、下で他の参加者同士が交戦していることがレーダーで感知できたが、最初にキャッスルドランからの攻撃の余波に巻き込まれ、吹き飛ばされていた
園咲冴子の反応はその付近にはない。援護を急ぐ必要はないとイカロスは判断する。
参加者の反応がとうとう一つ消えた頃には、キャッスルドランもその猛威を衰えさせていた。
それを見て取ったイカロスは格段に勝る機動性で敵を攪乱し、狙い通りに惑わされた隙に背後へ回る。
キャッスルドランが鈍重になった巨躯を振り向かせた時には、イカロス本人より長大な超々高熱体圧縮対艦砲の砲身が、既に顕現し終えていた。
「『HephaistosⅡ』……」
チャージには更に数秒を要する。その間にキャッスルドランが火球を放ったが――もう遅い。
「……発射」
空の女王は無慈悲に、蓄えた破滅を解き放った。
迸ったのは、圧縮された超高密度の指向性エネルギー。大気中で減退しても、有効射程距離が地球の直径程の超極大を誇るといえば、その紫の光にどれほどのエネルギーが秘められているのかを察することができるだろう。
いくら制限されているとはいえ、その洗礼をわずか数百メートルの距離で浴びることとなったキャッスルドランの運命も、また。
射線上にあった火球を掻き消した殲滅の光が、その輝きを何ら衰えさせることのないまま、キャッスルドランの半身を呑み込んだ。
堅牢な城塞の壁が灼熱の衝撃に晒され、一枚一枚が強固な盾そのものと言うべき鱗の群れごと、分厚い筋肉と脂肪の塊が突き破られる。被弾箇所は瞬時に炭化し蒸発、その輪郭を怒濤となった閃光の中に溶け込ませて行く。
竜を屠った莫大な光の束はそのまま、星空を貫いて遥か宙まで還って行く柱となるはずだった。だが途中、天蓋に激突したことでその収束を解れさせ、夜天を稲光のように白へと染め上げる。
それが進化したヘパイストスすら受け付けない、会場を覆う結界だという事実を、イカロス当人はそれほど意に止めなかった。
ただ、そういうものがあるのだと――照射を終えたヘパイストスを格納しながら、淡々と受け止める。
目の前では、巨体の半分近くを削り取られたキャッスルドランが、最期の痛哭が涸れると同時に絶息していた。
「――敵性戦力の沈黙を確認」
イカロスの確認と同時、半分を失ってもなお巨大な肉と岩の塊が、重力に掴まれ落ちて行く。落下の瞬間、周辺の大地が波打って揺れ、押し潰された家屋から巻き起こった粉塵が波濤と化して全方位に拡散した。
衝撃波に等しい大音声が響く中でも、イカロスのレーダーは本来の標的を逃してはいなかった。
いや、正確に言えば。キャッスルドランを射殺す寸前に起こった――その消失を、見過ごさなかった。
「殲滅対象の反応消失を確認。原因との接触を試みます」
メズールを代わりに葬ってくれただけならば、問題ない。だがもしその参加者が無所属で、青のコアメダルと一体化していれば意味がなくなる。
もし代理リーダーとなってしまっていたのなら、イカロスはその参加者――メズールの呼称によれば、ディケイド――を、改めて抹殺しなければならない。
(ディケイド……)
確か、フェイリスが口にしていた名前だった。
彼女は今も無事だろうか、などと。不要なはずのことを考えながら、目標地点に自然落下より速く着地したイカロスの前に立つのは、赤紫の装甲に身を包んだ戦士だった。
シャドームーンや、写真で確認したオーズとの類似性を感じるその姿――仮面ライダーだと、推定できる。
「メズールを撃破したのは……あなた?」
そうだ、と。イカロスの問いかけに、何を隠すでもなくその仮面ライダー――ディケイドは答えた。
証拠と言わんばかりに、ディケイドは手に持った青いコアメダルを数枚、イカロスに晒す。
どうやら、彼は無陣営のままで――コアメダルとの一体化は、していないらしい。
それなら、攻撃する必要はない。よかったと、そう結論付けようとした時だった。
「そのコアメダル……割れている?」
「ああ。どうやら壊せるらしい」
ことも無さげに告げるディケイドに対し、イカロスはその事実を重く受け止めた。
何故、オーズを殲滅しなければならないのかを。
「……どうして?」
「あん?」
「どうして、あなたはメズールを倒したの? 自衛の……ため?」
「奴はグリードだぞ。それ以外に理由が要るか?」
ぶっきらぼうなその返答は、イカロスの心に痛みを生んだ。
だけど、これも忘れなければ。無視しなければ、イカロスの願いは叶わなくなる。
だから。痛くても、大丈夫――まだ、やり直せるから。
最後には今からイカロスのすることも、全部をなかったことにできるのだから。
「――仮面ライダーディケイドを、仮面ライダーオーズと同理由による危険因子と判断」
「……そうか」
イカロスの声が硬くなり、さらにそこから紡がれた宣言を聞いて、目前の仮面ライダーも漂わせていた呑気さを掻き消す。
「――だいたいわかった」
次の瞬間には、こちらの目的への理解を示す言葉とともに、ディケイドの闘志が漲り出す。
闘争の予感に、しかし最強のエンジェロイドは何の緊張もせず、気負いもせず。
ただ、一瞬脳裏を掠めた鳥籠の笑顔に、後ろ髪を引かれるような躊躇いを感じながらも、今だけは振り切って。
「……殲滅します」
宣告とともに、イカロスがその身に備えた兵装を解放し――その轟きが世界の破壊者と、『空の女王(ウラヌス・クイーン)』の激突する合図となった。
○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○
《――ATTACK RIDE CLOCK UP!!――》
天使――おそらくメズールの言っていたイカロスの翼が輝きを増したと同時、ディケイドもまた予めバックルに差し込んでおいたカードをライドさせ、自身の能力を発動していた。
キャッスルドランを一撃で殺した光景は、ディケイドも直接目の当たりにした上で、さすがに戦慄を覚えていた。コンプリートフォームが使えるならともかく、全ての仮面ライダーを破壊する激情態をしても、たった一撃でキャッスルドランを殺すことなど困難を極める。ましてや、あれほどの火力はとても捻出できない。
その上で、超音速の飛行能力。もしも敵であるなら、かつてないレベルの脅威であると予想できた。
万が一に備え、最も汎用性に富む強力なカードを予めバックルにセットし、最終工程を除いて使用準備を完了していたが――懸念は杞憂に終わらず、闘争の火蓋は切って落とされた。
イカロスからの先制攻撃として四枚の白翼から放たれた光の弾丸が、クロックアップの発動を合図にして大幅に動きを鈍らせ、表面の加工まで悠然と確認できる円筒となる。
だがそんな、クロックアップによって時間流を隔絶された状態から見てなお、そのミサイルはディケイドの半分近くの速度を叩き出していた。
「マジかよ」
驚きながら、バックステップで距離を取りつつ、ディケイドはコアメダルを首輪に叩き込む。その中で割れていたシャチのコアだけは、吸い込まれることなく地に落ちた。
追い縋ってくる追尾ミサイルを、ライドブッカーのガンモードでディケイドは逐次撃墜する。爆風もまた今のディケイドよりは遅く、注意している限り脅威には成り得ない。
そのことを確認する隙に、時間操作への信頼が慢心となったことも手伝って――少しの間、ディケイドは注意が疎かになった。
「――何っ!?」
だから、ミサイルを全基撃ち落としてからイカロスが目前まで迫って来ていたことに気づいた時は、心底からの驚愕を味わうこととなった。
通常時のおよそ千倍にまで加速された体感時間の中、クロックアップしているわけでもないイカロスがこれだけの距離を移動しているということ、それ自体が尋常ではない話だった。ミサイルもそうだが、果たしてどれほどのスピード――それを可能とするエネルギーで動いているというのだろうか。
……それでも、まだ倍以上こちらの方が速い。その事実を認識し、右側へ回り込むようにして動いて背後を取ろうとしたディケイドは、三度目の驚愕に打たれた。
何しろイカロスの紅い双眸が、ディケイドの動きを追って来ていたのだから。
あろうことか、体の向きすらディケイドを追い、緩慢ながらも方向転換しようとして来ている。
この敵は、クロックアップにすら付いてくる――しかも、感知可能というレベルの話ではなく、ある程度小回りを効かせて追って来ている。
イカロスはバージョンアップ以前から第一宇宙速度を超える、音速の二十四倍、秒速八キロメートル以上のトップスピードを発揮できていた。
無論、それは充分な加速距離があって初めて叩き出せる最高速ではあるが、その状態で飛行可能ということは、相対的に秒速八キロメートル以上で動く周囲の世界を、対処できる程度の余裕を以て認識できていたことに他ならない。
そこからさらに格段の進化を遂げたバージョンⅡのイカロスならば、クロックアップによって第三宇宙速度以上の移動速度に到達した今のディケイドの挙動にも反応し、ある程度なら追い縋ることすらできるというのは、実のところ決して奇妙な話ではないことなのだ。
だが、奇妙ではないことだとしても――やはりそのスペックは常軌を逸していると言わざるを得ない。
つまりは彼女は、常時からクロックアップにも迫る戦闘速度を叩き出せるということなのだから。
先程の砲撃からも、出力そのものが桁違いであることをディケイドは理解していた。故に、下手をすれば捕まりかねない接近戦は早々に放棄して、ガンモードのライドブッカーでの遠距離攻撃に主軸を置いた戦闘を開始する。
だがディケイドが発砲した瞬間に、イカロスはその全身を六角形の集合したような球状のシールドに包み込んだ。
そのシールドに触れた途端、ライドブッカーから放たれた光弾が、反射されて戻って来る。
「――っ!」
予想外にも自らの銃撃を肩に受けて、ディケイドは無様に転がった。
ディケイドとイカロスは今、別の時間流の中にいる。だからイージスの反応が微かに狂い、寸分過たずとは行かなかったが――それでもディケイドという的を完全に外れはせず、反射できている。
明らかに狙い澄まされた、カウンターの一撃だった。
(ちっ……牽制で正解だったっていうことか)
これでいきなり必殺技など放っていれば、盛大に自爆するハメになるところだった。何か少し狂っていれば実現したかもしれない恐怖の可能性に、ディケイドは舌打ちする。
幸いイカロスからの追撃はなく、あくまでバリアの中に篭っている状況であることから、ディケイドは撹乱目的に移動を続けながら思考を巡らせる。
このバリアは、有体に言って厄介だ。破る手段がないとは限らないが、失敗のリスクを考えるとあまりに危険過ぎる。
当然、こんな高性能な防御手段に相応のメダル消費が設定されていないはずはないが……クロックアップの持続時間の方が、あのバリアを維持できなくなるよりも前に確実に終わりを告げる。
それなら、と――ディケイドは攻撃を加えず、攪乱のために動き回りながら、状況を打開するためのカードを一枚取り出していた。
ただ、これもまた少しばかり博打であるという不安を、確かに覚えながら。
――速い。
今や加速性能においても
アストレアをも凌いだ、最速のエンジェロイドであるイカロスⅡ。目の前の仮面ライダー・ディケイドが披露したのはそれをさらに大きく上回るスピードと、この世界の物理法則を嘲笑うような加速力だった。
しかしこの敵が高速移動に移行する直前、ディケイドがシナプスのカードにも似た何かのカードをベルトに読み込ませていたことと、レーダーが突如感知した特殊な粒子の反応を見るに、これはディケイドの標準スペックから叩き出される機動性ではなく、一時的に発動できる何らかの特殊能力に依るものだとイカロスは分析していた。
そうであれば、使用に際した時間制限、最悪でも単純なメダル消費のことを考えれば、クロックアップとやらはそう長持ちしない……はずだ、と推測する。
故に、まずは守りを固める。完全に捉えきれないならば、まずは守りきる。そして動きが鈍ったところを、一息に仕留めれば良い。
制限されたレーダーでも、辛うじてこちらの三倍近い速さの敵影を追うことはできていた。その機体を包む粒子の反応が消失した瞬間、捉える。
互いの速度と防御に、双方が攻めあぐねたのは当人達の感覚で言えばともかく。標準時間に直せば、ほんの一秒にも満たない極短時間の膠着でしかなかった。
《――CLOCK OVER――》
それまでにディケイドは、その高速移動状態を終了していた。
「――――――――!」
粒子反応の消失を検知した瞬間、イカロスは可変ウイングを展開し、フルスロットルで飛翔する。
《――ATTACK RIDE――》
こちらからの攻撃も遮ってしまうイージスは解除。自身の展開していた防壁の消失を確認すると同時に、新たなアルテミスを四基発射する。
仮にもう一度あの超加速状態に移られたとしても、最早逃げ場を残すことのないよう、イカロス自身と合わせて包囲し追い詰める。
捉えた、と確信したその瞬間。
《――TIME!!――》
《――HIBIKI!!――》
《――KIVA!!――》
――イカロスの認識が、明らかに断絶した。
ある一瞬にも満たない刹那に、ロックオンしたはずの敵を一瞬、見失う。
それがどこに行ったのかをレーダーが再補足するのに、やはり刹那も要しはしなかった。
だがその刹那を境にイカロスの得た情報は余りにも多く、奇妙なほど唐突だった。
残り少ないセルメダルを惜しまず放ったアルテミスⅡが、全基撃墜され。
レーダーが再補足した敵の反応は瞬間移動したかのように座標が変化し、前方に四つ、左右に一つずつ――全く同一の物が、同時に存在している。
そして、あのベルトから発せられる電子音の残響を拾ったと同時。左右から、未知の力による拘束を受けた。
――いや、片方は完全な未知ではない。あのキャッスルドランが放っていたのと、運用法こそ違うが同種のエネルギーを感知できる。
もう片方は完全に知らぬもの。何かの力を帯びた円盤がイカロスの右脇腹に埋め込まれ、その動きを縛ろうとしていた。
だがその二重の拘束以上に、イカロスをその瞬間止めたのは困惑だった。
「……ジャミングッ!?」
イカロスの前方には、アルテミスを迎撃したと思しき火器を構えたディケイドが、四人、いた。
さらに左右にも、それぞれ異形をした紫の戦槌と、赤い二本の撥を構えたディケイドがそれぞれ、一人ずつ。
……ついでに言えば、本来空高くにある月とは別の朧月が出現していたのだが、そのことにはイカロスの意識が向けられることはなかった。
明らかに異常な光景を前にして真っ先に想起されたのは、
ニンフが得意とする電子戦による攪乱。
だが直後に、イカロスはその可能性を否定する。
電子戦を仕掛けられれば、それこそニンフが相手だってイカロスはそれを感知できる。そのイカロスがバージョンアップしてなお、ハッキングの痕跡すら発見できない。
これはジャミングではなく――この敵が持つ能力で作り出された、実体を持った現実だ。
正体は不明ながらも、この拘束によりイージスの展開も、反撃用のアルテミスの発射口すら封じられていることを認識した瞬間、イカロスはさらに出力を上げる。
二重の拘束は緩くはないが、今のイカロスなら外せないような代物ではない。機体の各所から軋みを上げながらも、マスター以外に施された忌むべき戒めを脱して行く。
《――FINAL ATTACK RIDE DEDEDE DEN-O!!――》
その左目に、投槍の要領で叩き込まれたライドブッカーが突き刺さらなければ、確実にそれには成功していたことだろう。
眼球の貫かれる不快な感触と、伝達された衝撃に頭を跳ね上げた直後。剣は分解されて光の網となり、イカロスの全身をさらに捕縛。動きが鈍った隙に、左のディケイドが持つ稲妻を纏ったハンマーに備えられた魔眼の輝きが一層増す。加え右脇腹の円盤を太鼓のように撥で叩かれて異様な振動を体内に送り込まれ、機体の各所に浸透させられれば、一度は脱しかけた元二つの拘束までも、その効力を一層強固な物とする。
そうして三重となった戒めは、進化した空の女王すら完全に制圧した。
《――FINAL ATTACK RIDE KUKUKU KUUGA!!――》
《――FINAL ATTACK RIDE AAA AGITO!!――》
《――FINAL ATTACK RIDE DEDEDE DECADE!!――》
さらに――拳状の魔鉄槌の指が開かれて行くに従って生じる重い鉄の塊を引きずるような音と、撥が太鼓を叩いて奏でる演奏とが支配していた月夜に、新たな電子音の合唱が加わる。
身動ぎ一つ困難な中、何とか首と右目だけを動かして、視界を音源へと向けてみれば――イカロスに投擲したためにライドブッカーを手放したのを除いた三人のディケイドが、揃って攻撃態勢に入る様子が確認できた。
一人は腰を落として姿勢を低くし、その右足に燃え盛る烈火を携え。
一人は大地に出現した六本角の竜のような紋章の輝きを、その両足に吸い込んで。
残る一人とイカロスの間には、十枚の高密度エネルギーのプレートが展開される。
それぞれの準備が済んだ時、四人のディケイドは揃って高く跳んだ。
同時、右側からイカロスを延々打ち付けていた打撃が止む。
だがそれは、それで終わったというわけではなく――むしろ最後の一撃のための、タメとして生まれた空隙だった。
「――ハァアアッ!!」
まず右側のディケイドが、二本の棒を揃えて太鼓越しにイカロスを殴打し、内部へとダメージを浸透させる。
「――やぁああああああっ!!」
「――フンンンッ!!」
続いて炎を纏ったディケイドの跳び蹴りが正面から着弾したのと、左側面からイカロスを謎の力で拘束していたハンマーが、背中へ向けて打ち込まれたのは全くの同時。先の音撃打で内から蝕まれ、脆くなっていたところに鉄槌を受けた翼が根元からへし折れ、キックを受けたイカロスの左足がボロクズのように千切れ飛ぶ。
ただの打撃でアルテミスのような威力を発揮する猛威はしかし、単発では終わらない。
さながら流星群の如く、続々と襲来するディケイドの爪先は続いてイカロスの右肩を捉えた。ハンマーが後方に吹き飛ばされるという逃げ道を塞いでしまっている分、驚異的な破壊力が被弾箇所へと集中し、外殻の耐久値を突破。ディケイドは右腕をもぎ取った勢いのまま、先に一撃を浴びせたディケイド共々流れるようにしてイカロスの背へと抜けて行く。
やはり、これは幻などではなく――実体と攻撃力を併せ持った分身なのだと理解したイカロスの左眼窩を、ライドブッカーの辿った軌跡をなぞるようにして飛来した次のディケイドの踵が粉砕し、通り過ぎる。
着弾のたびに機体の一部と大量のセルメダルを撒き散らしながら、顔を砕かれた余波でハンマーの拘束を外れ吹き飛ばされるイカロスが、最後にその目に焼き付けたのは。獲物の移動に合わせ際限なく追加される輝きで視野を圧す、十枚を遥かに超えたエネルギーゲートを潜り抜けた最後のディケイドの蹴り足が、自身の胴へと過たずに吸い込まれる瞬間だった。
衝撃とともに、徹底的なまでに破壊されたイカロスはほぼ全てのメダルを放出し、痩身をくの字に曲げて吹っ飛んで行く。
六人並んだ悪魔に見下ろされながら、蹂躙された天使は地を滑り、理解の追いつくよりも先に瓦礫の山に抱き止められた。
――何が起きたのか。
何をされたのか。
クロックアップとは異なるアプローチでの、時間への干渉。耐久値以外、オリジナルと同スペックの分身の複数召喚。
そうして単純に増えた手数からの、時間停止中に成功した多重の拘束を含む一斉攻撃。
そんな反則地味た特殊能力の重ね合わせなど、初見で理解しきれるはずがない。
ただイカロスは、最強を誇った『空の女王』は、自身が敗北したという事実だけを理解し――そんな現実を、受け入れられずにいた。
「ぃ……ゃ……」
まともな発声すら、満足にできはしない。
視界の片方は潰れたまま、それでもシナプスよりもずっと開けた空へと、イカロスは残った左手を伸ばす。
まだ届くはずだった。遠くへ、二度と会えない場所へ行ってしまったあの人に――最愛の、桜井智樹(マスター)に。
ニンフとも仲直りできたはずだった。そはらやアストレアと一緒に、帰ることができたはずだった。
ただ、最強の兵器としての力で、全ての敵を倒せば良かっただけなのに。
こんな、こんなすぐに……こんなにも呆気なく。もう、届かなくなるなんて。
(マス……ター…………)
星の煌きを捕まえるようにして閉じられた掌に、しかし掴めた物は何もなく。
その手が地べたに投げ捨てられたと同時に、右目に残っていた赤い輝きも、瞬かずに消え失せた。
戦略エンジェロイド・タイプα「Ikaros」――大破。
最終更新:2014年05月03日 20:22