欲望交錯-ギルティエンジェル-◆z9JH9su20Q
○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○
突然、一人で取り乱し始めたと思ったのも束の間。謝罪の言葉を残して、涙を零しながら
カオスが昏倒し、地に墜ちた。
果たして彼女に何が起きたのか、それを理解できる者はこの場にはいなかった。
「何だってんだよ……」
現れてからここまで一切の会話が成立せず、自分達を嵐のように振り回し続けた天使の最後まで理解できない言動に、虎徹は思わず愚痴を零した。
「――好機!」
同時、彼女の参入に距離を取っていた
メズールが動いた。
一度は諦めた、カオスを今度こそ手に入れるため。
そして、一切の邪魔がないこの瞬間に、身を守る手段すらない映司と虎徹を始末するために。
目の前に倒れ込んだカオスへ向け過ぎていた意識を戻した時には、もう遅い。
放たれる雨月のレーザーを回避する猶予は、虎徹には残されていない。
――――そう、虎徹には。
励起された分子が基底状態へ遷移し、レーザー光が発振されるまでの僅かなタイムラグ。直線上の死を確定させる一刹那前、横合いから一条の銀が飛来した。
高速移動の残像を帯として残すその円環は、紅椿の持つ雨月の刀身に直撃。それだけで傷つけることこそ能わなかったが、その威力はISの出力と機体制御をして手元を狂わせる。
結果、放たれた紅の閃光は、虎徹達を逸れて見当違いの位置を融かし、穿っていた。
そして、銀の弾丸は一発だけではない。
「これは……っ!?」
続く連射が、紅椿の機体を襲う。
シールドバリアーがあるとはいえ、被弾し続けて良いわけではないと判断したメズールは一先ず、機首を翻し回避行動に移る。
同時、そのメズールを盾とした弾幕の死角から、映司と虎徹、さらにはカオスまでもを諸共狙い、Rナスカが飛翔する。
だがその紅い翼の背後に、蒼い炎を纏う死神の影が差す。
背後から浴びせられた殺気にナスカが回避行動を取った直後、超高温の蒼い炎の矢が寸前まで彼女の居た空間を貫いて、射線上の大地に突き立ち燃え上がらせた。
思わぬ横槍に、仕切り直しとばかりに距離を取る二体の怪人。
その機を逃さず、彼女達と虎徹達との間へ盾となるように割って入ったのは、すらりとした長身を赤いパワードスーツで包んだ青年。
あまりにも自身にとって都合の良いタイミングで現れたその姿を、虎徹は信じられない気持ちで見上げていた。
その様子に気づいたのか。仮面越しに顔半分だけを振り返らせた彼は、努めて平静にしながらも、再会の喜びを隠しきれていない声で虎徹に告げた。
「――助けに来ましたよ、虎徹さん」
その声を、この自分が聞き違えるわけがない。
「……バーナビー」
「まったく……ボロボロじゃないですか。しっかりしてくださいよ」
目の前に立つのは、間違いない。
シュテルンビルトが誇るキングオブヒーロー、
バーナビー・ブルックスJr.だ。
万事休したはずの窮地に、再会を求めて止まなかった相棒が駆けつけてくれた。
さらに、ライドベンダーから降り、奇妙なデザインの銃を構えた男と――宙空にあってメズール達を牽制するルナティックの姿を確認し、状況の変化を悟った。
「……ははっ」
この殺し合いが始まってから初めて、安堵による脱力を覚えた虎徹は映司を抱えたまま、尻餅を着いた。
「……っ、この娘は!?」
そんな虎徹と、周囲の様子を伺っていたバーナビーは、傍らで倒れ伏した少女の姿に驚きの声を上げる。
そこに心配の色がほとんど含まれていなかったことに、虎徹は暫しの間、バーナビーの発言の意図を読みあぐねた。
「まさかその娘を、もう止めちまってるなんてな」
そんな戸惑いの最中、銃口をメズール達から外さないまま、助けに来てくれた者達の中で、唯一虎徹の見知らぬ東洋系の男がこちらに歩み寄って来た。
「さっすがだぜワイルドタイガー!」
「ええと……あんた誰?」
「俺? 俺は
伊達明。そこの
火野映司の仲間で、今はバーナビーと一緒にあんた達を助けに来た味方ってわけ」
精悍な顔に人の好い笑顔を浮かべた伊達は自己紹介の後に、一旦銃を下げる。
「火野の馬鹿だけならともかく、あんたも随分ボロボロになってるみたいだからな。この先は俺達に任せといてよ」
そう言って背負っていた大きなミルク缶を地面に投げ出すと、伊達は首輪からセルメダルを一枚取り出し、同時に奇妙な箱を腰の前へ持って行く。
それがベルトとしてひとりでに彼に巻き付いた時、虎徹もさすがに気づいた。
「あんた……」
「変身!」
コイントスの要領で跳ね上げたセルメダルを左手でキャッチし、それをドライバーに挿入した伊達は、虎徹を確信させる言葉を吐いた。
右手でドライバーに備えられたダイヤルを勢いよく回した伊達の体を、カポンという小気味良い音を合図に、ベルトから生成されたパーツが装甲して行く。
瞬く間に伊達明は、緑と黒を基調とし、赤い線の入ったパワードスーツに身を包んだ姿へと変身していた。
「仮面ライダーだったのか!」
「そ! 仮面ライダープロトバース。ただいま参上……ってね」
大きく両肩を回すその姿に、虎徹は頼もしいものを覚える。
ジェイクはともかく、映司の変身したオーズの力は目の当たりにしている。同じ仮面ライダーなら、プロトバースもそれに匹敵する戦力を秘めているはずだ。
「さーて……三対二で悪いけど、ちゃっちゃとやっつけさせて貰うぜ」
「……舐めたことを言ってくれるわね、バースの坊や」
既知の仲だろう伊達が睨み合うメズールだが、その口調は苦々しい。自分達の不利へ戦況が傾きつつあることを、彼女も悟っているのだろう。
「……
鹿目まどか達はどこだね、ワイルドタイガー?」
――高揚していた虎徹に冷水が掛けられたのは、その時だった。
「姿が見えないが……君とオーズが守り、無事に逃げ果せさせたと理解して構わないのかね?」
「それは……」
言い淀んだ虎徹に、ルナティックが仮面に覆われた顔をカクン、と落とすように傾けた。
「それともまさか……私にあれだけの啖呵を切っておきながら、結局はそこの罪人どもの魔の手から、彼女達を守れなかったなどとは言わないだろうねぇ?」
「……一つ、訂正させて貰っても良いかしら?」
そんなルナティックの詰問に虎徹が返す言葉を見つけられなかった時、意外な人物が割り込んで来た。
「鹿目まどか達を殺したのは私達じゃないわ。そこにいるカオスって小娘よ」
「貴女――っ!?」
告発したのは、ルナティックと宙で対峙してたRナスカ・ドーパントだった。
思わぬ発言だったのか、相方を糾弾するような鋭い声をメズールが発し、バーナビーとプロトバースは弾かれたようにカオスへと視線を巡らせる。
「――ほう?」
ナスカに向けていた顔を虎徹に戻したルナティックは、仮面越しにこちらの表情を凝視し――納得したかのように、鷹揚に頷いた。
「……所詮は君達の正義など、惰弱な物に過ぎないということか」
少しばかり、寂しげに聞こえた呟きをルナティックが漏らす。
「ならばやはり、私はタナトスの声に従うこととしよう」
夜の中――虎徹達よりも離れた場所にいる彼にはカオスの頬を濡らす物が見えず、また譫言のように何事かを呟いているということなど、知る由もなかった。
次の瞬間、気絶したカオスへと構えられたボウガンには、既に蒼い炎の矢が装填されていた。
「罪深き少女よ。君を闇の呪縛から解き放ち、償いと再生の道へと導こう」
宣告と同時。引き金にかけられた指が、押し込まれる。
「まずいっ!」
「――ハァッ!」
バーナビーが叫んだ瞬間、Rナスカも動いた。
幾度となくオーズを苦しめた光球を複数発生み出し、射出。軌道は曲線を描き、密集した虎徹達とルナティックの双方へと襲いかかる。
そしてその時には既に、動き出していた影があった。
彼が掃射した光弾は虎徹達とルナティックに向かっていた光球を迎撃し、そのほとんどを撃墜。僅かな撃ち漏らしは、ルナティックは自力で、虎徹達はバーナビーに押し倒されることで回避に成功する。
そして押し倒される中で、ルナティックの放った矢からカオスを庇い、彼が直撃を受けるまでの一連の流れを、虎徹は確かに目撃していた。
「伊達!」
「っ、つぅ……思ったより効いちゃったねぇ」
可燃物の含まれていないのだろうプロテクトスーツに、それでも未だ蒼い炎を纏わせたまま――矢としての直撃を受けた部分の装甲を微かに窪ませたプロトバースが、そんな強がりの声を発していた。
……この間追撃がなかったのは、既にルナティック達にそんな余裕がなかったためか。
不意打ちを働こうとしたナスカへとルナティックは報復の矢を放ち、回避されて撃ち合いとなっていた。しかし一進一退の攻防に割り込んで来たメズールの紅椿のシールドバリアーに炎を弾かれ、逆に猛烈な勢いで攻め立てられ始めていた。
「――あの娘は殺させないわ!」
叫ぶメズールの気迫とは裏腹に、手の空いたナスカはどこか冷淡な様子で再度光球を放つ。それをプロトバースが迎撃している隙に、能力を発動したバーナビーが「お借りします」の一言で抜き取っていったザンバットソードを片手に挑みかかり、追い払う。
その頃にはプロトバースを包んでいたルナティックの炎も消えていたが、彼はカオスを気にして回避ができずに再びの被弾を許し、結果として片膝を着くまでに追い込まれていた。
「ああ……っ! おい、大丈夫かよっ!?」
早々に痛めつけられたプロトバースに姿に、思わず虎徹は心配の声を発した。対して「大丈夫大丈夫」と思ったより元気に掌を振る様子に安堵を、続いて心配したことへの気恥かしさを覚えた。
「……ったく、何やってんだ」
そいつ庇ってばっかでいきなりボロボロじゃねーか、と。誤魔化しのため思わず虎徹が漏らした野次に、プロトバースに変身したまま伊達は反駁した。
「何って、決まってんでしょーが。それともあんた……おいおいがっかりさせんなよワイルドタイガー。俺、バーナビーからあんたのこと、スゲー奴だって聞かされてたのによ!」
思わぬ反論の勢いに、虎徹は知らず鼻白んだ。
「あんた、俺の嫌いな自分を泣かすタイプの人間か!?」
そんな虎徹の様子を確認した上で、悠長に待つことはなく。立ち上がったプロトバースは、さらに畳み掛けるように訴えかけてきた。
「それともあんたは平気なのか!? 自分の間違いに気づいて、背負った荷物が重過ぎて自分を泣かせちまってる女の子に、なんッも手を差し伸べてやらねーでさ!」
伊達から浴びせかけられた、その言葉。
それは虎徹に、既にこの世を去ってしまった探偵の片割れに諫められたことを。彼に自分が止めると約束した、カオスと同じエンジェロイドの『あの娘』のことを思い出させていた。
「確かにこの娘はやっちゃいけねぇことをした。その罪は消えない」
そう認める伊達の声は、どこか震えていた。
もしかすれば彼もまた――カオスから誰かを守ることができなかった、その苦い記憶を噛み締めているのかもしれない。
「でもだからってな、折角それがいけないことだったって知る機会を得たのに、やり直しを許さず問答無用で殺しちまうのが正義か?
違うだろ。罪は消えなくたって、死んだり傷ついたりすることばっかりが償いなんかじゃないはずだ」
それでも伊達は、映司や虎徹達ヒーローが信じるのと同じ理念を、迷いなく虎徹に説いた。
「――この娘にそれが許されるチャンスを守るためなら。火野じゃあないけど、ちょっとは危ない目にだって遭いに行くさ」
続いた伊達の言葉に、虎徹は頭を冷やされる思いだった。
(――ああクソ、俺はまた同じ間違いをするところだったのかよ)
思えばカオスがまどかを殺した直後、自らの行いに初めて疑問を呟いたあの時。
虎徹は
イカロスにしてしまったのと同じ失敗を、カオスにもしてしまったのではないか。
無論、あの時のイカロスと、その時点でのカオスとでは、積み重ねた悪逆には大きな差があったが、それでも。
ごめんなさい、と。
気絶しても泣き続け、譫言のように尚も謝り続ける、カオスの姿を見れば――決して歩み寄ることのできない邪悪だと断ずることは最早、虎徹にもできなかった。
思えば智樹とまどかだって、カオスに対して憎悪とは程遠い感情を抱いて向き合っていたのだから。
虎徹自身の心情としては未だ、カオスの所業への憎しみは消えていない。
それでも、ただ断罪されるべき存在としかカオスを見なさないのは、彼らの願いに対する裏切りにも繋がるのではないか……そんな風に感じている自分も、今は確かに存在していた。
そんな感情に気づくのが、万が一にもカオスを見殺しにした後だったとしたら。きっと、正義より私怨を優先してしまった虎徹の心は、今度こそ折れてしまっていたかもしれない。
「ああ、そうだな……確かに、本当にこの子がやり直せるかはともかくだ。その機会すら奪っちまうのを黙ってみていたとしたら、俺はきっとどこかで後悔してたんだろうな」
自分の命だけでなく、心まで救ってくれた男に、虎徹は小さく頭を下げた。
「礼を言うぜ」
「気にすんなって。ホントのところは俺がそうしたかったから、そうしただけなんだしさ」
そう答えたプロトバースは改めて手にした銃――バースバスターを持ち上げると、虎徹に背を向けて戦場の方へと向き直った。
「二人だけだとちょっと不利――だけど、あんまりルナティックを自由にしてたらその娘を狙って来る。悪いけど巻き込まずに済む保証がないから、二人を連れて離れておいてくれないか?」
その伊達の提案に、折角合流したばかりのバーナビー達と別れなければならないことへの抵抗や、彼らばかりに戦いを任せる申し訳なさは感じたが――逡巡の後に、虎徹は頷いた。
「わかった。悪ぃがライドベンダー借りてくぞ!」
「応、持ってけ持ってけ!」
バーナビーを押し退け、迫ってきていたナスカへバースバスターの弾幕を展開し足止めしながら伊達が頷く。
「さーて……時間、稼がせて貰いますか」
映司とカオス、気絶した二人を連れてライドベンダーへと向かう虎徹の背で、伊達はバーナビーと共に凶悪な敵との激戦を繰り広げる。
限界が近い故とはいえ、虎徹の牛歩のような行進を一切責めることすらなく、黙々とその身を盾にしてくれている。
そんな彼から、確かに託されたもの。
仲間である火野映司と、伊達明が救いたいと願っているカオスと。
二人を確実に守り通すのが、今の自分の役目であるとして。
「頼んだぞ、伊達明――それに、バーナビー!」
そして――限界まで戦い抜いたヒーローは、仲間達との約束を果たすため、戦場からの離脱を開始した。
――伊達にとっての、カオスのように。
自らが助けたいと願った――あの天使が間もなく、この地に舞い降りるということも知らずに。
○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○
「――チィッ!」
鋭い舌打ちは、空を舞うルナティックの物。らしくないその余裕のなさが、彼と敵対者の戦力差がどれほどのものであるか、実に雄弁に物語っていた。
ルナティックの能力は飛行を可能とするが、それはあくまで応用であり変則使用、本来の用途とは異なる。それで相対しなければならないのは、元より空中戦に秀でたインフィニット・ストラトスだ。
まして相手は、量産性を度外視し、極限まで性能を追求した第四世代の専用機、紅椿。
未だ第三世代の実験が続けられる世界に出現した、オーバーテクノロジーそのものとも言うべき最強の機体を相手に、ルナティックの不利は免れない。
生半可な威力の炎は、ISの標準装備であるシールドバリアーで容易く遮断されてしまう。直撃しさえすればそのシールドも突破し得るだろう、クロスボウを利用し威力を上げた炎の矢は、空中では特に予備動作からあっさり見切られ、機動性で遥かに勝る紅椿を掠めることすら難しい。
ならば地に足を着け、確実に狙いを付けるべきかと問われれば、答えは否。足を止めるということは的になるということであり、結局のところ炎を操る以外は常人の範疇でしかなく、仮面ライダーなどと比べ遥かに打たれ脆いルナティックでは反撃の機会を窺う機会すらない、自殺行為にしかなり得ない。
故にこれもまた悪戯な時間稼ぎにしかならず、不利と理解していても、何とか足を止めずに済む空中での戦いに臨むしか彼に選択肢はなかった。
「……苦戦してるねぇ」
いくらNEXTが進化した人類といえど、相応の武装がなければ、未来の兵器を相手にしては分が悪い。
そんな様子を横目にしたプロトバースは共闘する形となった相手の不利を確かに認識したが、残念ながら今すぐ助けに行くことはできない。
彼らが相手取る怪人もまた、飛行能力と強力な遠距離攻撃を誇る難敵だ。
自在に宙を舞い、上空から光球の連射に徹して来られた場合には、今のプロトバース達の戦力ではジリ貧だった。
そうならないのは、その戦法ではセルメダルの消費が著しいと判断したためだろう。プロトバースとしても、バースバスター連射によるメダル消費を抑えられる接近戦は望むところではある。が、狙い撃つべき隙を晒せばいつ光球に蹂躙されるかもわからない以上、プロトバースはあくまで援護に徹するのが正解と言えた。
代わり最前線に立つバーナビーは、虎徹から譲り受けたザンバットソードを手にナスカと切り結ぶ。単純な剣技に関しては、伊達の見立ててではどちらも専門ではないためか同程度。となれば単純に、より身体能力に勝る方が優位に立つ。
通常時なら、パワードスーツの助けを借りたところで、常人の延長に過ぎないバーナビーではナスカ・ドーパントには遠く及ばない。
しかし、NEXT能力である『ハンドレット・パワー』発動中の彼ならば、人外の怪人とも互角以上に渡り合えている。むしろナスカが凍傷で本調子とは行かない分、上回っているとすら言える。
得物であるザンバットソードも、ナスカの手にした長剣に比べてよほど優れているのか、打ち合うたびに刃毀れするのは向こうばかりだ。
これなら、接近戦に徹すれば勝機はある。しかしその接近戦までバーナビーが持ち込むには、光球を迎撃する相方が必要となる。ルナティックには悪いが、せめて隙を作るまではもう少しだけ、一人で持ち堪えて貰わなければならないだろう。
そう思った次の瞬間、ナスカの動きが急激に加速した。
「――がっ!?」
高速移動の霞となったナスカが、対応しきれていないバーナビーを前後左右から滅多打ちにする。
特殊合金を採用したヒーロースーツは、その攻撃にも易々突破を許しはしない。しかし打撃となったその滅多打ちによって生じる衝撃までは、如何に高性能なスーツと言っても、完全には防ぎ切ってくれない。
そして先程の戦闘でカオスに傷を付けられた腹部を狙われては、バーナビーが発するのは苦鳴だけでは済まなくなる。
それに気づかれる前に、悟られぬようという意も込めてバーナビーが膝を着いた頃には、ナスカはISに匹敵するスピードでの、そのさらに上を行くアクロバティックな動きを止めた。
トドメを、刺すつもりだ。
「――やらせるか!」
目まぐるしく立ち位置の変わる剣戟の最中や、先程までの高速移動中に、完全に近接されていてはバーナビーを巻き込む恐れがあり、下手な援護はできなかった――が、今なら話は別だ。どちらかといえば大雑把な乱射が持ち味の伊達でも、誤射の心配なくナスカを攻撃できる。
だがそれをナスカは読んでいたのか、逆に光球でバースバスターの光弾を迎撃して来た。
エネルギー弾同士、互いの威力を相殺され、バースの援護射撃はバーナビーを救うには至らない。
しかしプロトバースの仮面の下、伊達明の顔は不敵な笑みを浮かべていた。
「よぉーし、結果オーライ」
バースの銃撃を防ぎ、油断していたナスカが気づいた時には、既にその銀色の液体はバーナビーとナスカの間にまで移動していた。
「――Scalp(斬)!」
マニュアルを嫌った伊達が、救えなかった少女に代わりに読んで貰い、教えられたその呪文。伊達は一瞬にも満たない刹那、脳裏を掠めた感傷を意図的に忘却し、ただその文言だけを鋭く詠唱する。
そうして紡がれたプロトバースの号令と同時に、水銀球の一部がくびれて細長い帯状に伸び上がり、次の瞬間には唸り上げて紅の怪人に襲いかかっていた。
ウォーターカッターと同等の切断力を持つ一撃が、水銀が一人でに動くという目の前の異様に面食らっていたナスカへと直撃する。どうやらヤミー達同様に強固らしい皮膚は浅く切り裂かれるに留まったようだが、その分モロに運動エネルギーを手渡されたナスカは思いっきり吹っ飛ばされた。
手が出せないままバーナビーが追い詰められた際、状況を覆せるかもしれないと起動させておいた月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)による一撃が、綺麗に奇襲として決まってくれた。
プロトバースに変身しての戦闘行為と、月霊髄液の運用を合わせれば伊達のメダル消費も馬鹿にならないが、その点は到着前に鴻上会長から託されたコアメダルを首輪に投入したことである程度改善されている。まさかここでいきなり映司と再会するとは思わなかったが、意識も覚束無い様子だった彼に託す前に自分で使わせて貰ったのは正解だったか、と伊達は判断した。何しろ、おかげでバーナビーの危機を救えたのだから。
「それじゃあ、水銀ちゃんが時間を稼いでくれてる隙に……」
ヤミーやグリード同様の怪人であるなら、あんな程度で倒せるわけはないだろう……という伊達の予想通り、ナスカは撥ね飛ばされた勢いの割にはあっさりと、しかしまだダメージが抜けきっていない様子で立ち上がる。
その隙を、月霊髄液に追撃を畳み掛けさせることで遅延させる。
ナスカならば、単調極まる月霊髄液の攻撃に順応するのにそう時間は要すまい。だが単調とはいえ、攻撃速度自体は放たれてからの回避を許すほど遅くはない。無視し続けるわけにも行かず、暫くは対処を余儀なくされることだろう。
「バーナビー、ちょっとだけ持ち堪えといてくれ!」
「ちょ、伊達さん!?」
その間にプロトバースは、抗議するバーナビーを置いて反対方向へと駆け出した。
向かった先で繰り広げられていたのは、ルナティックと紅桜の繰り広げる、一方的な空中戦の様子だった。
いよいよ追い詰められたルナティックに対し、手にした大剣の片割れを振り翳した紅桜を前にして。伊達はまずは一枚、セルメダルをカポンとプロトバースドライバーに装填した。
……バースにはCLAWsと呼ばれる、戦闘支援ユニットシステムがある。
バースドライバーにセルメダルを一枚投入することで物質転送機能が作動、選択したユニットが転送・装備され、局面に応じてユニットを換装しながら戦闘を行うことが可能で様々な局面に対応できるようになる汎用性の高い機能だ。
伊達自身、より長い期間運用して来た完成品のバースと違い、試作機であるプロトバースでは二種類の武装しか呼び出せないが――今はその二つがあれば、事足りる。
《――クレーン・アーム――》
低い声で響いた電子音声の直後、右肩のカプセルから転送された巨大な機械が、バースの右腕をすっぽりと包み込む。
名前の通り、クレーンの付いたアームユニットを装備したプロトバースは、その先端にあるワイヤー付きフックを射出した。
あらゆる攻撃を防ぐはずのISのシールドバリアーが、何故だか拘束攻撃には反応しないという性質を持つこと。そしてトドメのために、動きが単調になっていたのが幸いだった。まさに振り下ろされるところだった大剣が動くより先に、その腕をクレーンアームは絡め取り、軌道をズレさせる。
結果、放たれたエネルギー刃はルナティックを逸れ、彼の命を救うことに成功していた。
「選手交代と行こうぜ、ルナティック!」
何が起こったのかを二人が理解するより早く、プロトバースは声を張り上げる。
「こっちは俺が引き受ける、からおまえはバーナビーの援護を頼むわ」
「……協力の申し出は、謹んで辞退させ貰うと言ったはずだが?」
「あっ、そういうこというわけ? 早く助けに行かないと、バーナビーの無辜の命が危ないんだけど」
確認したわけではなかったが、そちらの様子を伺った瞬間ルナティックがすぐに発進したことを見るに、やはり月霊髄液のみによる足止めは不十分だったらしい。
だがバーナビーも回復している今なら、ルナティックが光球を迎撃する役割を引き受けてくれれば拮抗状態に巻き戻せる。厄介な加速能力も、単体では不十分とはいえ、月霊髄液が壁となれば多少は抵抗できるはずだ、と伊達は読んでいた。
「勘違いするな」
こちらの思惑をどこまで見抜いたのかは、ともかく。そんな在り来たりな言葉を残してルナティックが去っていったことに、仮面の奥で伊達がつい苦笑した直後、プロトバースを浮遊感――いや、右腕ごと全身を引っ張られるような感覚が襲った。
「邪魔ばかりしてくれるわね、バースの坊や」
「意地悪したくなる年頃なんだ、悪いね」
メズールとの会話の最中、今度は強烈な遠心力を伊達は覚える。
恐るべきは紅桜の出力か。平然とバースを持ち上げながら、さらに音速飛行を開始する。
林立する建物に叩きつけようとする相手の意図を、ワイヤーを巻き上げることで距離を狂わし回避しながら、プロトバースは一気に紅桜本体との距離を詰めて――被弾する。
容易く壁にぶつけさせてはくれず、それが成ったところで労力に見合う成果がないということに気づいたメズールが、雨月のレーザーで直接プロトバースを狙って来ていた。
だが、暴走したプトティラの猛威に晒されても易々とは破壊されなかったバースの装甲だ。如何に紅椿の砲撃とはいえ、何発か無事に耐え得るだけの強度は持ち合わせている。
プロトバースならばそうして反撃の機会を作れるからこそ、ルナティックと相手を交代することを選択したのだ。
だから被弾する度セルメダルを排出しながらも、無謀とは思わないプロトバースはその内の一枚を力強く掴み、躊躇いなくバースドライバーへと挿入する。
《――ブレストキャノン――》
「……後藤ちゃん直伝の戦法だ」
胸部に射撃用ユニット・ブレストキャノンが出現した時には、ワイヤーを完全に巻き戻し終えたプロトバースは紅椿との距離を消失させ、その巨大な砲口を相手に密着させていた。
両足も絡めさせて攻撃を抑えつつ、まだ空いている左手で続々、セルメダルをセットして行く。
《――セルバースト――》
バースドライバーにセルを一度に二枚投入した場合は、『セルバースト』の電子音声と共に瞬間的に通常出力の290%ものエネルギーを解放するセルバッシュモードが起動する。
《――セルバースト――》
これにより、バースは攻撃ユニットの威力を大幅に強化し、俗に言う必殺技の発動を可能とするのだ。
《――セルバースト――》
そして――この機能に置いて真に特筆すべきは、セルバッシュモードを複数回連続で起動させることで、ブレストキャノンの威力をさらに高めることも可能であるという点だ。
「ちょ……っ!」
《――セルバースト――》
上擦ったメズールの声と、振り下ろされた大剣による直接攻撃のダメージを無視して、四回目のセルバッシュモードが発動。
これで出力は最大。しかも威力の減退・回避のしようもない、ゼロ距離からの接射である。
ISのシールドバリアーを前に、生半可な攻撃が無意味であることは知っている。
しかも展開装甲を備え、シールドの出力を上げることができる紅桜相手なら、出し惜しみはなしだ。
至近距離から浴びせる、最大火力の一撃。これで一気に勝負を決める!
「――鈴音ちゃんの友達の形見、これ以上悪用なんかさせねえよ」
「は、放しなさ……!」
「ブレストキャノン……シュートッ!!」
メズールの懇願のような命令をかき消して、バースの主砲が火を噴き――煌く竜巻のようなエネルギーの奔流が、紅椿の機体を呑み込んだ。
○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○
結論から言えば、最大出力のブレストキャノンの直撃でも、紅椿を撃墜するには至らなかった。
自らクレーンアームの先端を焼き切ってしまったプロトバースは無様に落下し、その衝撃に暫く身体を痺れさせた……が、その間に追撃はなかった。
確かに、完全体グリードクラス相手にはダメージこそ入れられても撃破には及ばないブレストキャノンの火力では、最強のISたる紅椿を撃破するにはやはり威力が不足していた。
しかし対グリードでの使用で得られる効果と同じように、ダメージが一切通らなかったわけでもないのだ。
「くっ、シールドが……っ!」
展開装甲まで防御に回したシールドバリアーは突破され、装着者の命そのものは『絶対防御』の機能で守られていたが……紅椿自体は、機体に少なくない打撃を受けてはいた。
最大出力のブレストキャノンを防ぐという過度の負荷は、シールドバリアーの発生装置を一時的なシステムダウンへ追い込んだ。紅椿の機体そのものも、限界に近い駆動とビームから直接浴びせられた熱量により、異常な温度上昇でオーバーヒート手前にまで痛めつけられていた。
無論、自己修復機能を持つIS、その最高峰である紅椿ならこれだけでは致命的とまではならないダメージだが、プロトバースが体勢を立て直すまでの時間を稼ぐには充分。何よりこれで、厄介な防御は暫くの間無力化できた。
空も飛べないというのに、単独で紅椿に挑むのは無謀というより他ないと思ったバーナビーの心配など、どこ吹く風か。伊達明はあっと言う間に、見事な戦果を打ち立てた。
やはり彼はとても心強い、頼りになる同行者だ。細かい部分は抜けているが、大局的な判断に対しては常に最善手に近いとバーナビーも思う。
たとえ伊達が、折角再会したばかりのタイガー&バーナビーを、再び引き裂くような選択をしたのだとしても。あの状況では、虎徹のために従うしかないではないか。
そんな、戦いに没頭しきれない心理状態にありながらも、バーナビーもまた自身の受け持った敵を追い込んでいた。
ハンドレッド・パワーにより、剛力と速度を両立させたバーナビーの猛攻は正面からならナスカ・ドーパントすら圧倒し、その力を少しずつ削いで行く。
無論、超加速されればバーナビーのさらに数倍、音速すら突破するナスカに対しては一気に防戦以下へ追い詰められるが、その時には伊達の残した月霊髄液がカバーする。
能力発動中のバーナビーならば、音速程度に反応できないわけではない。ただそこに予測困難なアクロバティックな動きが加わることで対処が困難になる。
ならば、同じく音速程度になら反応できる月霊髄液がその動きをある程度固定する壁となってしまえば、バーナビーでも超加速を凌ぐことが可能となるのだ。
厄介な光球については呉越同舟というべきか、加勢したルナティックが先程の伊達と同じ役割を見事に果たしている。仮に彼を狙ったところで、月霊髄液の反応速度と攻撃速度の方が超加速したナスカの移動スピードを上回っている分、捕捉するのは容易い。
このまま押せば、勝てる。その手応えが、バーナビーの戦意を後押しする。
一人一人では各個撃破を余儀なくされる強敵を前に、今こそ伊達が提案した通りの共闘の形とはなっている。しかしそれはバーナビーとルナティック、お互いにとって本意ではない。この敵を制圧した後には、今度はルナティックとの対立が避けられないものとして待ち構えているはずだ。
ナスカはもちろん、ルナティック相手にも、NEXT能力を欠くわけにはいかない。そのための猶予は、決して長くはない。
何より重傷の虎徹達を、いつまでも放っては置けない。そんな焦りもまた、バーナビーの攻めを苛烈な物へと変化させていた。
そして何合目の激突か。ザンバットソードが、遂にナスカブレードを両断する。
得物を失い、こちらの攻撃に対処できなくなったことを悟ったナスカの動揺を、バーナビーは見逃さない。
鋭く突き出した蹴りの一撃を、ナスカの腹部へと炸裂させる。
ハンドレッド・パワーで強化された一撃でも、ナスカを無力化するには至らない。だが同時に月霊髄液の斬撃が叩き込まれ、さらにルナティックによる追撃まで合わされば、いよいよナスカも膝を着いた。
変身こそ解けていないが、このまま制圧できる。そう考えたバーナビーが、次の敵対者となるだろうルナティックの様子を密かに伺おうとした、まさにその瞬間。
視線を巡らせたことで、バーナビーは偶然にも彼女の接近に気づくことができた。
「あれは……」
最初に視界に収めた時、異常な速度で移動する光点にしか見えなかったその詳細が、秒も経たぬ間により鮮明となる。
それはともすればあの娘(カオス)のような、美しい天使の似姿をしていた。
二対四枚の大翼で夜空を翔け、輝く円冠を頭頂に戴いたその少女は、浮遊する装甲を伴ってこそいるが、殆ど生身に等しい姿のまま、インフィニット・ストラトスすら遥かに凌駕する――スーツの補助とハンドレッド・パワーの効力、そのどちらかでも欠けていれば視認すら許されなかっただろう速度で、こちらに近づいて来ていたのだ。
「――後ろだっ!」
その翼が輝きを増し、少女の口が何事かを呟いたのを目撃した時。バーナビーは相手が不倶戴天の敵であることすら忘却し、警告を発していた。
しかし遅い。
一筋の彗星の如く飛来する天使から分かたれた無数の流星は、大地を穿つ裁きの礫と化して、さらなる勢いで降り注ぐ。
惑星の重力すら振り切りかねないその速度に、ルナティックが反応できたわけではない。ただバーナビーの警告に従い、姿勢を変えようと推進力たる炎の勢いを増しただけだったが、それが紙一重ほどの頼り無さで彼の命運を左右した。
全く別の目的で射出された火球が、誰も意図しなかった結果を齎す。それは高空から魚を狙う鳥の如くダイブして来たその筒の照準をほんの少しだけ狂わす、囮の熱源として機能したのだ。結果狙いを逸れたその攻撃はルナティックの脇を通り抜け、その衝撃波だけで彼を切り裂いて打ちのめし――吹き飛ばしたことで、続いた爆発から遠ざけた。
ルナティックの零した火炎に反射的に食らいついたミサイルは、その高熱に当てられたために誘爆し、炸裂していた。
先に衝撃波によって吹き飛ばされ、距離を稼いでいなければ。余波だけでルナティックを四散させていただろう勢いの爆風が、凄まじい加速を与え彼を家屋の一つに叩き込む。
その結末を見届けるより先に、銀の膜がバーナビーの視界を覆った。
あの速度を前に、本当に自動で反応できたのかは定かではない。もしかすると、伊達の指示があったのかもしれない。
何にせよ――彼自身にも向かって来ていたその小型ミサイルからバーナビーを守るために、月霊髄液が防壁を展開していたのだ。
空間圧作用兵器『龍咆』の直撃すら凌ぎ切った、天才魔術師が誇る最強の魔術礼装。
その防御が、水の膜より容易く穿孔された。
「――――――ッ!?」
悲鳴すら、バーナビーには上げられない。
水銀による障壁を半ば蒸発させる勢いで破裂させたミサイルは、その際に得た摩擦熱で起爆に至る。
それは直前に、月霊髄液を貫いた弾頭部でバーナビーの腹部をスーツ越しに殴りつけ、接触した装甲の亀裂を一層深く刻んだ後のことだった。
破城槌で腹を叩かれたような、そんな衝撃に息を詰まらせていたバーナビーの全身を、至近距離からの爆発が強襲し――一切容赦のない閃光と轟音と衝撃の直撃は、彼の意識に一切の抵抗を許さず刈り取るのに、充分過ぎる威力を発揮した。
最終更新:2014年05月03日 20:16