欲望交錯-対立と別離と胸の穴-◆z9JH9su20Q

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      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○



 要した時間だけで言えば、ディケイドがイカロス相手に繰り広げたのは紛れもない秒殺劇だった。
 だが紙一重の攻防だったと、賭けに勝ったことにディケイドは胸を撫で下ろしていた。

 あのバリアを張ってからというもの、こちらから手が出ない代わりにイカロスも攻撃して来なかった。そこでディケイドはバリアは内外の双方に作用している――つまり、攻撃時には解除する必要がある類の防御であると推測し、クロックアップ中に攻勢を仕掛けず、クロックオーバー直後の隙を敢えて晒すことで、イカロスにバリアの解除を促したのだ。

 当然、クロックアップ状態での攻撃に対し、カウンターで展開できるようなバリアを張らせないという早打ちでイカロスを仕留めるのは、本来のディケイドには不可能だ。
 だがカメンライドなしで他の仮面ライダーの能力を使える激情態ならば、一気に仕留める態勢に持っていくことができる。
 もし、こちらの能力発動よりイカロスが早ければ。あるいは読みが外れ、バリアを解除されなければ。おそらくは逃げる隙すら与えられないままディケイドの敗北していただろうが、結果としてアタックライド・タイムの発動は、紙一重の差でイカロスに先んじた。

 如何にイカロスの反応性がクロックアップした者に追いつくほど優れているとしても、存在する世界の時間ごと停止させられてしまっては対処できる道理はない。無防備のままで固定してしまえば、ディケイドの勝利は確定したも同然だった。
 もっとも、時間が停止した存在には、時を止めた張本人からの干渉も無効であるため、解除後には別の物理的な拘束が必要となった。凍りついた時の中で、解除と同時に即発動できるよう準備したドッガハンマーと音撃鼓による二重拘束が破られそうになった時には心底肝が冷えたが、それでも最終的に勝ちは拾った。

 その後の様子を見守るが、メダルの枯渇のせいか衣を変えたイカロスは天に伸ばした手を落としたっきり、動く様子がなくなった。撃破した、と見て良いだろう。
「……使用済み、か」
 イリュージョンを解除し、イカロスの吐き出していった色のない二枚のコアメダルを拾い上げたディケイドは、そう嘆息した。
 そのコアメダル二枚分の余力があったと思われるイカロスが落としたセルメダルは、実際のところ三十枚を下回っていた。向こうも勝負を焦っていたのかもしれない。

 そういうこちらも、タイムからの一連の行動だけで一気に百枚以上のセルメダルを消費していた。グリード二体と、何故かコアメダルを三枚も有していた伊達を破壊した後だったから良かったものの、それ以前に遭遇していればと考えるだけでゾッとする。

 ディケイドはそう思いつつもさらにイカロスへ一歩近づき、オーメダルや己の部品以外にもう一つ、イカロスの落とした物を回収する。
「このカードは……」
 アタックライド・テレビクン。
 以前迷い込んだ世界で一度だけ手にしたことのある、ディケイド専用のライダーカードだ。
 あの時は効果も知らないままとりあえず使ってみたが、その火力はディケイドの扱える全カードの中でも疑う余地なく最強の一枚。
 失われていたと思っていたが、まさかこんなところで支給品として配られているとは想像もしていなかった。
 思わぬ拾い物に意識を奪われるのも数秒。改めて悪魔は、自身の粉砕した天使に目をやる。

 手足が吹き飛び、翼は折れ、顔の半分ごと左目を喪失し、胴に大穴が空いている。
 明らかな致命傷。最早彼女にはピクリとも動く気配は残されていない。
 それでもイカロスはまだ、爆散せずに原型を留めてはいた。

「……念には念を入れておくか」
 仮に生きているとしても、おそらく余力は先のメズール程にも残っていないだろうし、放置してもすぐ事切れるかもしれない。それでも用心するべきかと、ディケイドはテレビクンを収納したライドブッカーをガンモードに変形させる。

「――士っ!」
 叱責するような声が追いかけて来たのは、ちょうどその時だった。
「……ラウラか」
 若干の後ろめたさを覚えながらも、ディケイドは振り返る。
 ちょうど、着地したシュヴァルツェア・レーゲンが土煙を上げて停止し、脇に抱えていたフェイリスを下ろして――改めてこちらを、睨みつけてきたところだった。

 互いに闘志はない。敵意もない。――今は、まだ。
 それでも武装解除しないままに、共闘し絆を結んだはずの二人は向かい合っていた。
「……正直に聞かせろ」
 未だ害意はなくとも、怒気は滲ませたラウラが詰問する。
「さっきおまえが襲っていた、仮面ライダーはどうした?」
「ああ、悪いな。そいつならもう破壊した」
 軽い調子での返答に、ラウラの憤怒は一層膨れ上がった。
「ふざけるな! 確かにおまえを信用すると言った! だがあの仮面ライダーは明らかに人を庇おうとしていたんだぞ!?」
「ああ。そりゃそうだろ。人類の自由と平和を守る――それが仮面ライダーの使命だからな」
「なら、どうして……!?」
「……言ったはずだ」
 理解できない、と言った様子のラウラに、士は変身したままで良かったと無意識に感じながら、答える。

「俺は破壊者……おまえの仲間になるような奴らも敵に回すことになる。
 全ての仮面ライダーを破壊することが、俺の……仮面ライダーディケイドの使命だからな」

「――ふざけるなぁああっ!」
 絞り出すような怒声は、少女二人のどちらが発した物でもなかった。

「何が使命だ! 貴様が伊達さんを殺したことの、何が人類の自由と平和に繋がると言うんだっ!?」
 声の主は、重傷の身を引きずるようにして近づいてきたバーナビー。
 外聞もなく泣き腫らした跡を隠しもしない美丈夫は、壊れたプロトバースドライバーを握り締めながら、さらにディケイドの罪を糾弾する。
「貴様は仮面ライダーなんかじゃない。ただの人殺しだ……っ!」
「……そうかもな」
「僕は、タイガー&バーナビーのバーナビー……ワイルドタイガーの相棒の、ヒーローだ。
 ヒーローは悪人を絶対に許さない。貴様が何をしようとしているのか知らないが、これ以上の殺人は一切許さない! 誰も殺さないし誰も殺させない! その上で貴様を逮捕して、法で裁く……っ!」

 聞き覚えのあるフレーズは、怒りに震えると同時、まるで何かに縋るようで。
 外傷以上に痛ましい姿のまま突撃しようとするバーナビーだったが、ラウラに動きを制されて足を止める。
 まるでディケイドからバーナビーを庇うように立つ、彼女の姿を目にした瞬間。何がそれほどまでに衝撃的だったのか、愕然とした表情を浮かべた彼に一蔑もくれないまま、ラウラはディケイドと対峙する。
 しかし未だに敵意はないまま。それどころか怒りさえ、鳴りを潜め始めている。
 ただ、微かな煩悶を刻んだ表情で、少女はディケイドを見つめていた。

「……アルニャン?」
 それでも決心したように、ラウラが口火を切ろうとした瞬間だった。
 それまで周囲の剣幕を前に、一人状況理解が追い付いていなかったこともあって所在なさげに黙っていたフェイリスが、ディケイドの背後に何かを見つけていた。
「酷い怪我ニャっ!」
「――っ、待てフェイリス!」
「ゆ、許してくれ……っ!!」
 飛び出したフェイリスを呼び止めようとしたラウラに、突如許しを請うたバーナビーが崩れ落ちた。

 必然、そちらに注意を逸らされたラウラの制止を逃れたフェイリスが向かってくるのを、それ以上イカロスに近づけまいとディケイドはその身で遮った。
「ツカニャン離すにゃ!」
「断る。危ないだろおまえ……色々と」
「関係ないニャ! アルニャンが大怪我してるニャ! 仲間だったフェイリスには、放っておけないニャ!」
「アルニャンって……名前全然違うだろうが」
 フェイリスの出会った参加者の中に、アルニャンと呼ばれる天使の姿をした少女がいるらしいことは聞いていたが、どうやら彼女がそうであったようだ。
 では、イカロスとは他の誰かの名前だろうかと考えたが、アルファーという名が名簿になかったことから、門矢士にとっての仮面ライダーディケイドと同じように、アルファーという呼称こそイカロスの別称なのだろうと結論付けつつ、続ける。
「悪いが、あいつを助けさせるわけにはいかない。あいつは乗っていたからな」
 泣き崩れているバーナビーとラウラの様子を確認したディケイドはさらに、イカロスを振り返り――ここまで痙攣の一つもなかったことを確認して、続ける。

「それにもう……とっくに死んでいる」
 諦めさせるための言葉を告げ、引き止める理由がなくなったと手放すと同時、フェイリスは悟ったようにこちらの顔を、仮面越しに伺ってきた。
「ツカニャンが……アルニャンを殺したニャ?」
「……そうだ」
 一瞬だけ、言葉に詰まった。
「おまえの仲間だった奴を破壊したのは、俺だ」

 衝撃にフェイリスの瞳が開かれるのを、抱き合うような至近距離でディケイドも目撃する。
 最早こうなっては決別することは承知の上だったが、それでも一度は共に戦った仲間である少女を傷つけるような言葉を吐かねばならないことに躊躇を覚えた事実に、とことん自身の甘さを思い知らされる。
 疾うに捨てたと思っていたのに、九つの世界を巡っていた時のようにこうなってしまったのはきっと、ここに呼ばれてから一番最初に遭遇したのが彼だったせいなのだろうが……

「……まぁ、ある意味では俺も乗っているようなものか」
 改めて、わかった。
 バーナビーの激昂を叩きつけられては、嫌でも悟らざるを得なくなる。
 呆然とした様子のフェイリスから離れた隙に、ディケイドは伊達とイカロスの落とした使用済みのコアメダルを三枚、首輪から排出させる。
「ラウラ!」
 泣き崩れるばかりで話をしようともしないバーナビーを前に困惑していたラウラは、投げ渡したそれに不意を衝かれる形になりながらも、何とかその手に掴み取る。
 全てのコアメダルを明け渡すことは、この先の戦いを考えればできない相談ではあったが、この程度ならラウラに渡してしまっても支障はないはずだろう。
「……どういうつもりだ」
「手切れ金だ。受け取っておけ」
 ラウラ達はユリコとは違う。自分は彼女達の傍に、いるべきではない。
 最も多くの参加者を救える可能性があるのが、ラウラ達の選んだ道だ。なのにそこに賛同する人間を減らす自分はいない方が良い。

 決別を告げられた際、ラウラが浮かべただろう表情はわざと視界に収めず、そのままディケイドは横たわったままのイカロスの残骸へと歩を進める。
 思えばラウラ達と行動を共にしたのには、ただ目的達成のための効率を求めただけではなく。ユリコと一緒に居たのと同じで、士自身が孤独に耐え切れなかったのが何より大きい。
 そうして仮初とは言え、仲間と共にいるという心地の良さに甘えて長居をし過ぎ、結果余計に傷つける羽目になった。
 そんな甘さは、ここで完全に捨ててしまう。
 その第一歩として、あの天使の死体は完全に破壊する。

「……させられないニャ」
 そんなディケイドの背に掛けられたのは、固い決意を秘めた声。
「アルニャンをこれ以上傷つけるのも、これ以上ツカニャンが悪者みたいになるのも、フェイリスは仲間として見過ごせないのニャ!」

 ――こちらの気持ちなど、知りもしないくせに。

 デンオウベルトを構えたフェイリスが、ディケイドの前に立ち塞がろうとしていた。



      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○



 ――逃げなくては。

 園咲冴子は深手を負った身体を、そんな思いで動かしていた。

 キャッスルドランが目覚めてすぐの攻撃で、あっさり吹っ飛ばされてしまっていた冴子だったが――死亡はもちろん気絶に追い込まれることなく、その後の事の顛末を見守っていた。
 とはいえ、流れ弾が掠めただけで既にダメージを蓄積していたナスカの変身は解除され、挙句メモリはブレイクされてしまっていた。
 掠めただけで、疲弊していたとはいえ上級ドーパントを一撃で戦闘不能に追い込むキャッスルドランの攻撃力は、その巨体に見合った凄まじいものだった。
 そのキャッスルドランを問題とせず葬ったイカロスはやはり規格外だったが、プロトバースとメズールをまるで寄せ付けず、イカロスさえも秒殺したディケイドはさらに危険だ。万が一にも敵対すれば、おそらく冴子に生存の目はない。

 何を考えているのかわからないが、明確に『仮面ライダー』と『殺し合いに乗った者』を殺すと口にしていた。後にメズールだけでなくイカロスまでああも手酷く殺害したことから、その言葉に嘘はない仮借のなさを伺うことができた。

 であれば、冴子が乗っていることを寸前まで敵対していたバーナビーとやらに告げられてしまわぬように……気づかれる前に、この場を離れなくては。
「……屈辱、ね」
 言い逃れようのない敗走の体に、冴子は歯軋りする。
 だが冴子は、矜持を貫くためには結果が必要であり、そのために手段を選んではいられないと考えている。
 それでも井坂を亡くした時と同じ以上の先行きの暗さが、冴子の足を遅らせていた。

「せめて、これを使うべきかしら……?」

 意識を向けるのはデイパックの中。冴子の初期支給品だったスパイダーメモリ。
 ドーパント化すれば、今よりは体も楽になる。何より単純に、いざという時咄嗟に戦える力を確保できているのとそうでないのとでは雲泥の差が生じる――それがゴールドメモリとは比べるべくもない、旧式の量産型だとしても。
 ないよりはマシ、贅沢は言っていられない……正直言って生身のままでは、ここから無事に逃げ果せるのかすら怪しいのだから。

 そんな風に、使用へと思考を傾けかけていたその時だった。
 冴子が自身の足元に、黄色のメモリを発見したのは。
「これは……」
 一見すると、Wが使うのに酷似したガイアメモリ。
 しかしそこに刻印されたアルファベットは、N。色もまた、つい先程ブレイクされたあのメモリと非常に似通っている。
《――NASCA!!――》
 導かれるようにそれを手に取り、ボタンを押してみれば。それは予感通りのガイアウィスパーを奏で、一人でに冴子の体内へと侵入して来た。
 そして空色の騎士に変化した肉体は、さらに夕焼け色へと染まり――Rナスカ・ドーパントへと、冴子は再びの変身を果たしていた。

 T2ガイアメモリには、自らを適性の高い運命の人物へ導く能力がある。
 アポロガイストのデイパックから抜け出し、加頭順を介してイカロスとの交戦に至ったナスカメモリもまた、その後イカロスが冴子の近くに行く未来を予感し、彼女とシャドームーンの死闘の後、カザリによって運ばれるその翼の中に潜り込んでいた。
 そして後は、機を見てその中から離脱し、冴子の近くへと舞い降りていたのだ。

 そんな旅路を知る由もない冴子であったが、失われたはずの力が更なる質を以て自身に充満するのを感じ取り、落ち込んでいた気持ちが多少は晴れ渡るのを実感していた。
「――まだ、ツキに見放されたわけじゃないわね」
 体力こそ消耗したが、それさえ回復すれば冴子自身の能力は更なる増大を見せている。飛行能力を使えば、あれほど億劫に感じた逃走も捗るだろう。
 ついでに散々苛立たせてくれたバーナビー達をこの勢いのまま殺害できれば実に爽快だろうが、それでもさすがにディケイドと今敵対するような真似は自殺行為とわからなくなるほどにはトリップしていなかった。
 故に憂鬱を脱した高揚を抑え、平静さを取り戻す。

「あら」
 そうして過不足ない視野を取り戻した結果、偶然にも自身の近くに二振りの魔剣が転がっていることに気づいた。
 ザンバットソードと、サタンサーベル。それぞれアルテミスとプロトバースが爆発した際に所有者の手から飛ばされていたものだが、まさか揃って放置されていたとは驚きだ。
 どちらもナスカブレードを凌ぐ業物。使う使わないはともかく、他人に回収されるよりは手元に置いておきたい。ディケイド達がまだ言い争いに夢中な間に頂いておくとしよう。
 どちらかといえば損失の方が大きいが、それでもまだ、冴子の運気が尽きたわけでもないようだ。

 そう――諦めるのはまだ、早い。

(井坂先生……)

 彼との再会――そして二人で築く、未来と栄光は。

 夢想しながら茜色の翼を拡げ、Rナスカは戦場からの離脱を図る。その夢をいつか、現実の物とするために。
 偶然にも――飛び立ったその先で、愛しい彼が戦っている最中だなどということを、今はまだ知らないままで。



 ――しかしその飛翔は、誰にも気づかれなかったというわけではなかった。



 ユーリ・ペトロフ――ルナティックは冴子と違い、至近距離でのアルテミスⅡの炸裂によって昏倒していた。

 肉体の耐久性はあくまで人間の域を出ず、スポンサーの付いたヒーローに支給される高性能スーツではなく、あくまでユーリお手製のコスチュームでは優れた防御力を期待できるはずもない。撃墜された後にまで一命を取り留めたこと自体が、彼の掴み取った奇跡に近い幸運だと言えた。
 そんな状態から意識を回復したとしても、正気に帰るとまでは言えず。重傷の身を衝き動かすに足りる情念よりも、押さえ込んでいたはずの異なる感情が噴き出して、深刻なダメージで視界の霞む彼の状況理解を一層妨げていた。

鹿目まどかは……死んだのか)

 つい先程は、意に止めず流すことに成功したその事実。
 悲しむべき犠牲であると同時、ルナティックの正義を証明する何よりの根拠だと、悪を裁く力に変えたはずの少女の死。
 だがこの胸に喪失感が生じたのは、甘かろうとも心優しい少女の死を悼む心からだけでも、彼女が愚かであろうと救うことができなかった無力感からだけでもなかった。

 この胸にぽっかりと空いた穴を生んだのは――そう。
 失望、だ。

(馬鹿な……)

 いったい自分は、何を望んでいたというのか。鹿目まどかに、火野映司に、鏑木・T・虎徹に。
 自身の正当性を、彼らに見せつけに来たのではなかったのか。それが叶わず、彼女に己が過ちを認めさせることができなかったからか?

 混乱する思考を表すかのように、未だ焦点の合わない視界の中に、突如として朱が差し込む。
 ――まただ。
 また、あの男だ。
 こちらが目を回し、それに釣られて思考が混乱しているのを良いことに、信義までもを揺さぶろうと姿を現す。

「……いつまで続けるつもりなんだ、あんたは」

 その言葉は、誰に向けて吐いたものか。

 ……関係ない。『パパ』の幻影など。鹿目まどかの死に感じた失望など。
 悪い奴らは裁かれるべきだ。例え積極的には人を害していなかったのだろうと、殺し合いの始まりを止めようとしなかったあのグリードも、それに与したまどかも同罪であり、その死は当然の報いでしかない。火野やワイルドタイガーが彼女を救えなかったのもまた、その偽善が辿り着くべき当然の帰結に過ぎない。

 綺麗事が実現しなかったことに、何の失望も感じる必要はない――悪を裁き無辜の人々を救えるのは、ルナティックの掲げる正義だけなのだから。
 私は何も、間違ってなどいやしない。

 そうしてつい先程終えたばかりの正当化のプロセスをまた、ユーリはルナティックとして完了し、忌まわしき幻を霧散させる。
 ユーリの記憶で、誰より誇らしい正義の味方として輝いていたその姿を、知らず知らずに投影していた者達の敗北への失望も、その事実に目を背けたままに蓋をする。

 未だ視力は完全回復とは行かないが、ほんの一分前と比べてもかなり快方に向かっている。この調子ならば問題ないはずだ。
 むしろ、聴力の方が不全であることに気づいたのは今になってのことで、さらに起き上がった時にようやく痛みを覚える。
 肋骨に罅が入っているようだと分析しながら、近場に投げ出されていた愛用のボウガンを拾う際、視界の隅を黄昏色の影が横切ったのを、ルナティックは確かに目撃した。

「……逃がさん」
 気絶する直前まで戦っていた、明確に殺し合いに乗った悪――Rナスカ・ドーパントの飛翔する姿を見て、ルナティックは呟きと共に浮遊する。
 他に大きく動く気配はない。他に逃さずに済む者がいないというなら、このルナティックの手でわからせてやらねばなるまい。
 何人も、己の犯した罪からは逃げられないのだということを。
 向かった方角はほぼ同じ。おそらくは彼らを狙うナスカの向かう先にいるのだろう、ワイルドタイガーに連れられたあの少女にもまた、遭遇次第裁きを下す。
 使命感という炎に燃えるまま、正義の処刑人は――裁きを下すべき悪魔との接近に今は気づくことがないまま、遠くない未来に罪を犯すだろう怪人の追跡を開始した。



【一日目 真夜中】
【C-5 平地】

【ユーリ・ペトロフ@TIGER&BUNNY】
【所属】無(元・緑陣営)
【状態】ダメージ(極大)、肋骨数本骨折、疲労(大)、怒り、微かな寂しさ、一時的な視力聴力低下、混乱中、Rナスカを追って飛行中
【首輪】45枚:0枚
【コア】チーター(放送まで使用不能)
【装備】ルナティックの装備一式@TIGER&BUNNY
【道具】基本支給品一式
【思考・状況】
基本:タナトスの声により、罪深き者に正義の裁きを下す。
(訳:人を殺めた者は殺す。最終的には真木も殺す)
 1.罪人(冴子)を追い、相応しき裁きを下す。
 2.火野映司の正義を見極める。チーターコアはその時まで保留。
 3.だが彼はまどか達を守りきれなかった……?
 3.人前で堂々とNEXT能力は使わない。既に正体を知られたことへの対応はまだ保留。
 4.グリード達と仮面ライダーディケイド、カオスは必ず裁く。
【備考】
※仮面ライダーオーズが暴走したのは、主催者達が何らかの仕掛けを紫のメダルに施したからと考えています。
※参戦時期は少なくともジェイク死亡後からです。
巴マミが生きていることを知りません。
※気絶していたため、キャッスルドランでのイカロス襲来以後の出来事を把握していません。
※ナスカが自分達の防衛線を突破して、映司達の追撃に向かっていると考えています。


【園咲冴子@仮面ライダーW】
【所属】黄
【状態】ダメージ(大)、疲労(中)、ディケイドへの恐怖心、Rナスカに変身中、飛行中
【首輪】60枚:0枚
【装備】T2ナスカメモリ@仮面ライダーW
【道具】基本支給品一式、スパイダーメモリ+簡易型L.C.O.G@仮面ライダーW、メモリーメモリ@仮面ライダーW、IBN5100@Steins;Gate、夏海の特製クッキー@仮面ライダーディケイド、魔皇剣ザンバットソード@仮面ライダーディケイド、サタンサーベル@仮面ライダーディケイド
【思考・状況】
基本:リーダーとして自陣営を優勝させる。
 0.今は撤退する。
 1.黄陣営のリーダーを見つけ出して殺害し、自分がリーダーに成り代わる。
 2.しかし、そのためにはどうすれば良いのか……?
 3.井坂と合流し、自分の陣営に所属させる。
 4.後藤慎太郎の前では弱者の皮を被り、上手く利用するべきではなかった。
【備考】
※本編第40話終了後からの参戦です。
※ナスカメモリはレベル3まで発動可能になっています。
※T2ナスカメモリは園咲冴子にとっての運命のガイアメモリです。副作用はありません。



      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○




「……本気か?」
「本気ニャ」

 ベルトを巻きつけ、いつでも変身に移れる態勢のフェイリスを相手に、ディケイドは驚愕を隠せずにいた。
「イマジンの皆は言ってくれたニャ。フェイリスが守りたいって思った時が、戦うべき時ニャんだって。
 フェイリスは今、思うのニャ。例えツカニャンと戦うことになっても、大切な仲間を皆、守りたいって!」

 その瞳に灯る意志は揺るがない。
 ラウラならともかく。いくらアルニャンことイカロスを破壊したとは言え、まさかフェイリスが。そんな動揺を隠せないままにディケイドは続ける。
「――そいつは乗っていたんだぞ?」
「それでもニャ!」
 フェイリスは全力で、語尾こそふざけていようが、本気で叫んでいた。
「それでもアルニャンは、ベーニャンと一緒にフェイリスの傍に居てくれたニャ!
 何の役にも立たないフェイリスの傍に、何の見返りも期待しないで一緒に居てくれたニャ! ラボメンの皆みたいに!」
 ラボメン――元の世界での、フェイリスのかけがえのない仲間達。
 そんな仲間と重ねるほどに、彼女はイカロスを大切に思っていたというのか。

「勘違いしてベーニャンを撃った後でも、例え殺し合いに乗った後でも! フェイリスのことを殺さなかった、守ってくれたニャ!
 そんなアルニャンがこれ以上傷つくところなんて、見たくないのニャ!」
 ふーっ、と。猫のように威嚇してくるフェイリスに、ディケイドはどう対応したものか考えあぐねる。
「それに……ツカニャンだって大事な仲間ニャ」
「……おまえ達とのチームは、ついさっき解消したつもりだったんだがな」
「関係ないニャ! 一度仲間として運命を共にした以上、フェイリス達の魂はずっと絆で繋がっているのニャ!
 虫頭からラウニャンを助けてくれて……フェイリスの代わりに、アルニャンを止めてくれたツカニャンが、これ以上無理をして罪に手を染めるのなんて見たくないのニャ!」
「わかったような口を……」
「わかるニャ! ツカニャンは無理してるニャ! そんな苦しそうなの、黙って見ていられないニャ!」
 ディケイドの反論を、フェイリスは勢いのまま封じ込む。まるで仮面に隠されたその表情を、見て取っているかのように。

「……乗ってしまっていたアルニャンをツカニャンが倒して止めたというのは、とってもとっても悲しいけれど、仕方のないことなのニャ。
 本当はフェイリスがやらなくちゃいけないことだったけれど、それがフェイリスにはできなかったのニャ。
 そのことを責めるつもりはないニャ……でももう死んでいるアルニャンをこれ以上、撃ったりする必要はないはずニャ! それは、ツカニャンが自分を追い詰めるためにしようとしているだけニャ!」

 ……こちらの気持ちも知らないくせに、と言ったのは訂正する。

 だがわかっているなら、黙っていてくれというディケイドの密かな気持ちを知る由もなく、フェイリスは続けた。
「どうしてツカニャンが破壊者なんてやらなくちゃいけないのか、フェイリスにはわからないのニャ。
 だけどツカニャンは、自分でも悪いと思っていることができるほど強い人間じゃないのニャ。だからきっと、その使命を何も知らないフェイリスが止めるべきじゃないとは思うニャ。
 それでも今フェイリスが止めようとしていることは、その使命には関係ないはずなのニャ」

 フェイリスの続ける言葉に、ディケイドはいよいよ何も言い返せない。
 伊達に続いて、フェイリスにまで見透かされているという事実に、ただ沈黙することしかできないのだ。

「……だからお願いなのニャ、ツカニャン。アルニャンをこれ以上傷つけるのは、やめて欲しいニャ。
 それで、できればフェイリスに……友達との、アルニャンとのお別れをさせて欲しいのニャ」

 縋るような訴えと、それを退けられたならば、戦ってでも望みを叶えようとする強い覚悟が見て取れる。
 ……おそらくあのイマジン達のことだ。今のフェイリスになら、喜んで力を貸そうとすることだろう。
 対イカロスのために強力なカードを消費した状態で、さらに死体蹴りだけのためにクライマックスフォームのある電王と戦い、消耗するような事態は避けたい。

「……好きにしろ」

 だから――これは、もう自分には許されない、友と友のままで別れを告げられるという機会を、フェイリスからまで奪いたくはないなどという感傷ではなく。
 単に、こうする方が合理的という判断なのだと。自身にそう言い聞かせ、ディケイドは矛を収めることとした。
「……ありがとう、ツカニャン」
 感謝の気持ちに表情を輝かせ、イカロスへと向かって行ったフェイリスを無視して、デイパックの中に入れておいたライドベンダーを取り出し、セルメダルを一枚用意する。
 長居は無用だ。今は素顔を晒したくないという理由で変身は解かないが、いつまでも維持し続けていては無意味なメダル消費も大きくなって来る。

「待て……っ!」
 バイクモードへ変形させたのを見て、ディケイドを呼び止めたのはラウラだった。
「何を勝手に行こうとしている! 私はまだ納得していない。おまえが間違っていると感じたなら私が止める、そう言ったはずだ……っ!」
「……そうだったな」
 しかしディケイドはラウラを振り返らず、突き放す言葉を選択する。

「何なら俺で練習しておくか? いつか、グリードじゃないリーダーを殺さなくちゃいけない時のために」
「――ッ!」
「もっとも、仕掛けてくるなら俺も黙ってやられたりはしないがな」
 息を詰まらせるラウラに、さらに挑発を重ねる。

 意地が悪いとは自分でも思う。だがここで止まるようでは、ラウラの目指す勝利は絵空事で終わってしまう。
 ディケイド自身、ここで終わるつもりはないが。最終的に失われるものが異なるとはいえ、自身の達成しなければならない使命と似通った罪を背負おうとしているラウラにもう一度、その覚悟を問い質さなければならないと感じていた。
 必要があるなら、手を汚せるか。一度は仲間と思った相手でも、殺すことができるのか。
 それができないなら――咎を背負うのは自分だけで良い。これ以上、彼女達に戦いを強要しない。
 自分一人でこの殺し合いを破壊して、ラウラ達を解放するための手段を模索すれば良いと。決して言葉にはしないが、無意味に傷つけた贖罪として、そう静かに決意していた。

 果たしてディケイドの見守る中、ラウラがおずおずと口を開く。
「わた、しは……」
「……これはどういう状況だ?」
 今更になって全く新しい人物が現れたのは、ラウラの言い淀んだその瞬間だった。

 何者かと一瞬警戒したが、姿を見せた相手は特に誰かへの害意も感じられない、一人の若い男だ。
「……誰だ」
 ディケイドの誰何に、足を止めた男は一先ず争いの終わった状況であることを悟ったらしく、手にした銃を向けることもなく素直に答えた。
「俺は後藤慎太郎。殺し合いには乗っていない……ワイルドタイガーや、火野映司と言った男を知らないか? この近くで戦闘に巻き込まれていたはずだったんだが……」
「ワイルドタイガー?」
 火野映司という名前には覚えがない。だが開幕の場で真木に啖呵を切っていたその男の名は、ディケイドもよく記憶している。
 何より、相棒であると二度も強調していた男と、ここで出会ったばかりなのだから。

「俺が来た時には見当たらなかったな。そこにいる奴にでも聞いたらどうだ?」
「……いや、そいつが言っているのは私のことじゃない」
 後藤に目を向けられたラウラが弱々しく首を振り、自身よりも後藤に近いはずのバーナビーを指し示すように見下ろして、言う。
「我々が来た時点で居たのはこの男ぐらいだが……先程からこんな調子でな」
 未だ、何かに打ちのめされたように黙り込むバーナビーに、同じように打ちのめされた様子のラウラはそれでも気丈さを装い、告げる。
「許してくれと言われても、何のことだかわからん以上は何とも言えん。それにこの後藤という男の質問にも答えてやってくれないか?」
 促されて、嗚咽を詰まらせたバーナビーは……震えながらも、ようやく意味のある言葉を吐き出した。

「……僕は、僕じゃ虎徹さんには釣り合わない」
 悲嘆の滲んだ声で、いきなり何を言い出すのかとその場の誰もが思っただろう。
「僕は守れなかった……伊達さんも、鈴音ちゃんも、誰も……っ!」
「――――――何?」
 バーナビーの告白の意味を、ディケイドとラウラが理解したのと同時。
「アルニャ……ン?」
 ずぶりという、酷く容易く肉を裂く音と共に。
 溺れるようなフェイリスの声と、大量のメダルが溢れ吸い込まれるのが聞こえて来た。
「――っ!?」
 まさか。そんな拭い難い戦慄と共に、ディケイドは振り返った。

「……モード・『空の女王(ウラヌス・クイーン)』」

 ラウラ、後藤、バーナビーと、他にばかり注意を回していたその隙に。
 ディケイドは己が、取り返しのつかない過ちを犯した事実を悟る。

 血に塗れた左手が、フェイリスの胸を貫いている様を、ディケイドは確かに目撃した。

「バージョンⅡ――再起動」

 そして――悪魔の甘さを断罪する、天使の冷徹な宣告が、その瞬間完了した。
「……ッ、フェイリスゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!」
 絶叫は、視野を圧す輝きによって掻き消された。



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最終更新:2014年05月06日 11:15