sing my song for you~Y【こころにすみついていたもの】◆z9JH9su20Q

PREV:sing my song for you~迫る闇と波瀾と未来の罪







 ――――少しだけ、時間は前後する。



「……興味深いことになっているみたいだね」
 馴染みの顔を見かけた白い獣は、大地に半ば埋没していた男にそんな言葉を掛けた。

「――ふん、案の定戻ったか」
 何事もなかったように土塊を払い、立ち上がった魔人――脳噛ネウロは、キュゥべえを一瞥するなり、どこか不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「僕が戻って来るのを予想していたんだ?」
「放送で我が輩の名は呼ばれなかったからな。虫頭はともかく、貴様は真相を知るために戻って来るとは思っていた」
 成程、ご明察の通りだ。
 ラウラ達を追っていたキュゥべえだったが、士が離脱した暫し後、ラウラ達までISで移動した上、続いた爆発から逃れたためにキュゥべえは彼らとはぐれてしまった。その後、放送でネウロが呼ばれなかったことから、一先ず死んでいたはずの現場に急行しようとしていたところの再会だったのだ。
 しかし。

ウヴァは脱落したよ?」

 放送を聞いたなら、ウヴァが死んだことも把握しているはず――ネウロの奇妙な返答に、キュゥべぇは心底からの疑問を零す。

「ちょうど良い。一つ聞きたいことがあるのだが」
「質問に質問を返さないで欲しいな」
「ウヴァが脱落するところを、貴様は見たのか?」
「? 見たよ」
「なら、誰の手に奴のメダルが渡ったのか……把握しているなら吐いて貰おうか」
「……意図は理解できないけど、質問には答えておこうか」
 爪を見せびらかすネウロに対して、キュゥべえは疑問を抱えたまま、聞かれたことだけを答えた。

ラウラ・ボーデヴィッヒ、か……」
 告げられた名前を復唱するネウロが何を考えているのかは、キュゥべえにはわからない。

「……一先ず、それだけ確認できれば十分か。生きていたらまた後で詳しく聞かせて貰うぞ」
「おや……随分と弱気だね」
「貴様がだ」

 キュゥべえの純粋な感想に短く返したネウロは、折れ曲がっていた両腕を体に沿わせ、器用に直線へ伸ばしていた。

「貴様に吐かせる情報がある間は生かしておきたいところだが、今回は巻き込まない保証ができんのだ」
 元の完全な形に戻った腕を軽く振りながら、ネウロが歩み出す。

 そんな魔人の返答に、キュゥべえは予想外という見解を示す。
「最後に見た時と違って、今の君には魔力がまだ残っている。なのに、そんなことを言うなんてね」
 あれだけ余裕を見せ、挙句死の淵からも蘇ってみせたネウロが不安を漏らしたことは、キュゥべえが築いていた魔人像を崩しかねないほどの衝撃だった。
「……この先からは美樹さやかの魔力を感じる。君の様子を見るに、彼女じゃ生き残れないだろうなぁ」
「……そうさせぬために行くのだ」
 キュゥべえの述懐に嘯くネウロの顔に、しかし余分な表情は見受けられない――彼にも、余裕がないのだ。

 それが純粋に敵の戦力によるものなのか、それとも他の要因あってのことなのかはわからないが……魔力を残したまま苦境に陥った魔人が、その障害(ストレス)にどう対抗するのか――それはこれまでに集めたどの情報より、観察対象として関心をそそられる。
 実に興味深い、のだが……キュゥべえはそれ以上の接近を、躊躇っていた。

(魔人ネウロまでああ言ってるのに……本当に巻き込まれちゃったら、危ないじゃないか)

 何故だかわからないが、今のキュゥべえはインキュベーターとしての総体から断絶されている。
 故に魔人ネウロを始めとした数々の新発見、その観測結果はインキュベーターの母星に還元されておらず、仮にこのままキュゥべえが死ぬことがあればインキュベーター全体に情報が共有されないまま消えてしまう。
 故にキャッスルドランで起こった爆発の後も、観察よりも危険回避を優先してキュゥべえはその場を離れていたのだ。

(この情報を持ち帰れないのは、勿体無いからね)

 ――そんな思考を促すモノを、何と呼ぶのか。

 キュゥべえはまだ、気づいてはいなかった。






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 ――そうして。白き異星獣との対話を終えた魔人は、再び戦場に降り立っていた。

「――魔界777ツ能力(どうぐ)、“惰性の超特急5(イビルレイピッド)”」

 クウガと対峙したネウロが召喚したのは、機関車に似た風貌の魔界生物だった。
 本来は乗り物であるそれは、誰も背に乗せることなく急発進する。
 一秒でマッハまで加速した車体は、超巨大な砲弾と化してアポロガイストへと肉薄していた。

「ぬぉ……っ!?」
 咄嗟に飛び上がったアポロガイストは半ばまで躱していたが、そのままならば完全な回避が叶わず足を巻き込まれていたことだろう。
 それを阻んだのは、先んじて魔界の超特急とアポロガイストの間に割り込んでいたクウガが再び放つ、暗黒掌波動だった。

 獲物を噛み砕かんと牙を剥いていた魔界生物の口腔へと直接注ぎ込まれた波濤は、その巨躯を運ぶ十本脚の勢いを弱め、人体が千切れ飛ぶほどの加速度で既に生じていた慣性をも減殺し。巨体を呑み込む荒波に翻弄され、更に体内で猛り狂う闇の圧力に膨れ上がり、苦悶の表情に歪む“惰性の超特急5”の顔面に、クウガの豪腕が突き刺さる。
 劫火を纏う拳の着弾に、頬に備えられていた装甲板が砕けて弾け飛び、擂鉢状の大穴が魔物の顔に穿たれる。あまりの打ち込みの速度を前に、鯨ほどの大きさがある鋼鉄の巨体が半ばからへし折れ空に跳ね上がった後でやっと、凄まじい衝突音が炸裂していた。

 ――直前、“惰性の超特急5(イビルレイピッド)”の尻を掴んでいた手を離したネウロは、その被害を何ら受けることなく、敵陣の懐に潜り込んでいた。

「……その石で奴を操っているそうだな?」

 叩き込まれた破壊力により崩壊する“惰性の超特急5(イビルレイピッド)”の残骸が、重力に引き戻されるよりも早く。ネウロはアポロガイストに肉迫する。
 接近に気づいたアポロガイストがその楯に隠した黒い石を砕かんと、無意味な防御を嘲笑ったネウロは空気中に魔力を走らせる。しかし、楯を迂回して目標に到達した途端、微弱とは言え十分な破壊力を秘めていたはずの魔力の波が、不思議な力に弾かれる感覚を味わった。
(むっ……)
 どういうことかは不明だが、あの石は魔力による干渉を受け付けないらしい。

 ならば、物理的に砕くしかないか――そう考え楯を睨んだネウロの頭を、背後から鷲掴みにする者がいた。
 迎撃の能力を発動するより速く、ネウロの肉体は圧倒的な腕力で以て、剥き出しの地肌へと叩き落とされる。
 大地を割る追撃の拳を、半身が地中に突き刺さった体勢のまま飛び跳ねるという奇術染みた動きで回避したネウロだったが、結果として彼我の立ち位置を振り出しに戻されていた。

「さて……どうしたものか」
 落下した車体の響かせる耳障りな轟音に隠れて、頭皮に空いた五つの穴と頭蓋骨の罅割れを魔人の治癒力で修復しながら、凄まじき戦士を前にしたネウロは独りごちる。

「――ネウロ!」
「下がっていろ。今の貴様では足手纏いだ」

 駆け寄って来ようとしたさやかを制し、ネウロは続ける。

「我が輩腐っても未だ魔人の領域。それがたかが、地上の存在に遅れを取るとでも?」
「……さっき、思いっ切りぶっ飛ばされてたじゃん」
「その場のノリという奴だ」
 半信半疑、と言った様子のさやかをそれで黙らせ、渋々ながらの後退を容認させる。

(……とは言ったものの)

 しかし――実のところネウロは、今の自分が、この敵に正面から勝てるとは考えていなかった。

 生物に限らずとも、疑う余地はない。魔界の外で経験した中では、ライジングアルティメットと化したクウガの一撃が最も強力な攻撃力(パワー)を有していた。
 ――それこそ、電脳空間で受けた“スフィンクス”三機分の妨害さえも大きく上回るほどに。

“惰性の超特急5(イビルレイピッド)”を葬った炎を帯びた拳の威力は、目測ながら最初の一撃の更に数倍。戦いの舞台が地上の真っ向勝負である限りは、仮にネウロが全快でも殺す気でかからねば苦戦しかねないほどの難敵だ。

 今のメダル数――夕方にXと交戦した際と同程度の魔力量では、この敵を相手取るにはあまりにも足りない。
 怪力や敏捷はともかく、無防備では通常の人類が個人で携行できるような低火力の銃火器や少量の爆弾で穴を空けられてしまうほど柔な今の肉体では、このクウガを前にすれば泥より脆いと言わざるを得ないのだ。

 無論、魔力で補強するか魔人本来の肉体へと変化させれば、個人兵装の銃弾どころか搭乗型兵器の砲弾とて跳ね返せる強度はまだ十分確保できる。またどれだけ手酷い傷を受けても、そこから本当に泥人形のように再生可能なのが魔人という種族だ。現時点でも総合的な耐久力では、仮面ライダーら超人にも遅れは取らない。
 しかし、現在の魔力量では基礎的な身体能力が既にクウガを下回っている上、変形や強化、傷の再生には貴重な魔力をその度に消費する。魔力が減れば減るほどに現状から身体能力が低下し、防御力も治癒力も損なわれて行くため、被弾を許すたび加速度的に不利となってしまう。
 しかも、生き返ってからのネウロの体は一層の弱体化が進んでいるのだ。トドメとばかりに戦闘向けの中でも扱い易い能力(どうぐ)は夕刻、楽しいという感情に任せ、無意味に浪費し過ぎて使用不能と来ている。

 これだけの悪条件下で、正面から満足に戦えると思う方がどうかしている。そして正面から戦えない以上、誰かを庇っている余裕がないというのは紛れもない真実だ。



 ――故に、ここは一人自由に、搦手で攻める。

「『謎』に繋がりもしない失敗と手順を繰り返すのは、正直徒労のようで好まないのだが……」
 立ち込める粉塵の中、そんな嘆息を漏らしていたネウロの蟀谷(こめかみ)を陥没させたのは、文字通り瞬く間に繰り出されていたクウガの横殴りの一撃だ。
 咄嗟に左側頭部だけ魔人化させ、硬化した皮膚で受け止めてなお、鈍い轟音と共に頭蓋が割れて血が噴き出す。この僅かな時間で自身が明確に弱体化している事実を、ネウロは実感を伴って再認識する。

 脳震盪に視界を揺らし、足を地から浮かせながらも。しかしネウロは既に、次の能力を発動し終えていた。
「……“射手の弛緩(イビルスリンガー)”」
 クウガの強靭な首筋に巻き付かせる形で発動していたのは、パチンコ状に展開された魔界の発条(バネ)だ。
 その出現に気づいたクウガが両端を掴んで拘束を緩め、縛鎖から抜け出すまでは一瞬の出来事だ。絞め落とすには到底至らなかったが、しかし長さを調整していたそれはクウガが拘束から抜け出すまでの間に、殴られた方向に成す術なく飛ばされていたネウロを引き止め、クウガの顔面目掛けて再射出するだけの役割を見事果たしていた。

 ――もう一つ能力を発動しながら、“射手の弛緩”から解き放たれたネウロは、その右手をクウガの頭部目掛けて繰り出す。

 魔人の指先が、真黒き双眸に沈み込むその寸前。艦砲射撃に等しい腕の一振りが、三度目の大地への接吻をネウロに強要していた。
 肩甲骨を変形させ用意した即席の装甲板のおかげで、撃墜されても目が回る程度で済んでいた。しかし携行ミサイルぐらいなら軽く防げるそれも、容易く粉砕されてしまっていた。
 故に追撃を躱すための時間も、防ぐ手段も尽きたこの瞬間。限りなく致命的だったはずのその隙を、しかしクウガは衝いて来なかった。

 誰もいない虚空目掛けて、何かに翻弄されるかのようにしてその手足を振るい、ネウロから離れ始めていたのだ。

 その奇妙な行動の原因は無論、敵対者であるネウロに由来する。

(――“卑焼け線照射器(イビルロウビーム)”……)

 接触の寸前まで、ネウロはその魔界能力を発動し――その光線を、クウガの両目に注いでいたのだ。
 対象者の網膜に特定の映像を焼き付ける力を持ったこの指先により、クウガは突如現れた偽の敵影との戦いに視覚情報を埋め尽くされ、幻の中に囚われてしまっていたのだ。

(……どれだけ優れた感覚器官と反応速度を持っていようと、所詮は地上の者ということだ)

 魔人の本領が発揮される魔界の生存競争に放り込んでも、ゼラ辺りの下級魔人になら打ち勝てそうな怪物ではあったが――あくまで地上の法則に拠って立つ限り、いくつか明確な限界が存在する。
 文字通り光速で作用する、視覚情報として知覚した時点で術中に嵌ってしまうこの目潰しには、如何にライジングアルティメットクウガとはいえ対処できなかったのだ。
 もちろん、例えば“目潰し目薬(イビルドロップ)”で放つような、単なる破壊光線であれば予兆を察知され、対処を許してしまうのだろう。しかし何の破壊力も伴わない能力であるために警戒が遅れた上、顔面に迫る残りの指が刃物に変化していたという事情もあって、クウガは魔のレンズを注視してしまっていたのだ。

 アポロガイストが操っている以上、長持ちする時間稼ぎではないが――それでも確かにこの瞬間、厄介な護衛(クウガ)を無力化することができた。
 クウガに悟られぬよう、幽鬼のようにして立ち上がった満身創痍の魔人は、その全身を構成する肉を蠢かせ盛り上がらせ、内部の露出していた傷口を隠して行く。

「……これで残るは貴様だけだ、アポロガイスト」

 口の中だけで囁いた宣告と同時、地を蹴って――操り人形の奇行に困惑していた迷惑な怪人へと、ネウロは肉迫する。
 ライジングアルティメットの瞬発力は凄まじいが、最高速度そのものは今のネウロとも大差ない。もしすぐに追って来られたとしても、こちらが加速するに足る隙を稼げた以上、その間に地の石を砕けるとネウロは確信した。

「――ぬぅっ、甘いわぁっ!」

 ただそこで、ネウロが計算を誤ったのは。
 ダメージの蓄積と魔力の消耗による、自身の弱体化の度合――ではなく。
 ネウロが知らぬ間に果たされた、アポロガイストのパワーアップが勘定に漏れていたためだ。

 不意打ちに近い状況から閃いた魔の爪を、アポロガイストは易々と楯で弾き返していた。先程までとは段違いの反応速度と膂力の向上を前に、押し返されたネウロも微かに瞠目する。
 その一瞬の隙は、怪人に至近距離から巨大なマグナム銃を発砲させるのを許すのに、十分な隙となってしまっていた。

 一撃で戦車を破砕するその弾丸もまた、通常のショットガンで穴の空く状態のネウロが無防備に受けるには、過剰に威力があり過ぎた。
 暗黒掌波動の時同様、前面に集めた魔力を楯として受け止めたその瞬間、右肩に灼熱が走る。

「――っ!!」

 食い破られたのは、背後から。
 防御の間に合わなかった右肩は、杭のようにして打ち込まれたクウガの肘、その先端の突起の流れるままに切り裂かれ――そちらに気を取られた隙に、今度は左からの回し蹴りが襲来する。
 緩衝材として巨大な刃状に変化させた左腕は、蹴りへの迎撃に間に合った。激突の際に脛を切り裂いてやったが、力負けしたネウロは横滑りに発射されることとなった。歪に曲がった刃を突き立て地を削り、勢いを殺して持ち堪えたネウロが、脱落しかけた右腕を垂らしたまま視線を巡らせた時には――クウガは既に、パックリ割れていた脛を再生し終えていた。軽傷に対する再生能力は、今のネウロ以上――Xにも劣らぬ驚異的な速度のようだ。

「待て……何か、妙な手品を目に受けたようだな」

 完治と同時、またも虚空に向けて走り出そうとしていたクウガを制止したアポロガイストが、意外にも聡く絡繰を見抜いてみせた。

「ならばその目、潰すのだ」
 他者を軽んじた躊躇いのない命令の実行は、これまた一瞬の躊躇もなく。
 暗黒の波動を蓄えた掌を、自らの顔面に押し当てたクウガは、その真黒い両目を焼き潰した。

 常人ならば目を背けるような狂行。しかし、その程度の沙汰に躊躇うような魔人はいない。隙を逃すまいとネウロは駆け出したが、同時にクウガも淀みなく飛び出したのを見、微かに瞠目する。

 例え視力を失ったとしても、どうやらその他の情報だけで十分に戦闘可能な感覚を備えているらしい。それでも流石に視力を失った分、初撃はそれまでより容易く回避できた。しかし沈んだ上体を反撃のために起こそうとしたネウロは、既に殆どを復元された暗黒の双眸を前にして反射的に飛び退る。

「目の異常が残っていたらパンチ、治っていたらチョップで追撃なのだ!」
 アポロガイストの気の抜けるような指示を受けたクウガは即座に手刀を横薙ぎして、変化させたままだったネウロの左腕を再びへし折り、魔人の体を弾き飛ばす。どうやら、“卑焼け線照射器(イビルロウビーム)”の影響を受けた網膜を自ら破壊し新たな眼を再生することで、クウガはアポロガイストを通さずとも済む健常な視力までも取り戻したようだ。

 容易く全快した凄まじき生物兵器に対し。短時間とはいえ、両腕を使い物にならなくされた魔人は距離を取り、荒い呼吸の中で表情を険しくする。
「……勝てないな」
 そしてただ一言。小さく小さく、誰にも聞き取れないほどの声で、密かに現状認識を吐き出した。

 今のネウロに残されていた策は、通じなかった。
 無駄に浪費した能力が残されていれば。せめてDR戦前の魔力があれば。あるいは、蘇生後に感じている不調さえなければ……結果は、変えられていたかもしれない。
 しかしそのいずれも足りない弱り果てた魔人の打てる手では、この怪人達には通じなかったのだ。

 ……否。
 この苦境を覆す方法は、本当になかったわけではない。魔界777つ能力の上位、魔帝7つ兵器(どうぐ)を以てすれば、クウガを戦闘不能に追い込むこと自体は可能なはずだった。
 しかし、召喚(ローディング)に要する時間に受けるだろう攻撃、及び発動そのものに伴う自身の消耗を考えれば、アポロガイストを討つ余裕が残らない。クウガを倒したとしても、あのバカ丸出しの怪人に抗う術をなくし、高確率で殺される羽目となる。

 加えて、クウガはこれまで相手にしてきた犯罪者どもとはスペックが違い過ぎる。魔帝兵器でも、加減して通じる相手ではなく――故に場合によっては、殺してしまいかねない。
 それでもより強大な敵であるクウガだけでも何とかできるなら、するべきかもしれない。しかし、クウガこと小野寺ユウスケは洗脳された被害者に過ぎず、何より――どんな突然変異だろうが、彼もまた今この体を動かす命の主の、同族だ。
 自身に降りかかるリスクのみならず、可能な限り彼の死を避けたいという躊躇いが、知らず知らずネウロの内で膨らんで――その選択を、忌避させていた。

(それにこれは、そのための魔力は……アポロガイストを仕留めるのに残しておかねばな)

 アンクの言によれば、アポロガイストはコアメダルと融合済み――即ちグリードと化している。
 グリードはコアメダルがある限り存在し続けるという。単純に撃破するだけでも一度は無力化できるのだろうが、ウヴァに関連してコアを残す危険性を聞かされたばかりだ。可能ならばできるだけ早く、最低でも本体となるコアメダルを砕いておくに越したことはない。

 欲望の結晶であるために、物理的に破壊することはできないとされているコアメダル――しかしネウロは、自身の切札ならその前提を覆せると目していた。

 魔帝七つ兵器(どうぐ)の中でも最強を誇る、絶対無敵の刃。過程がなく結果だけを創り出すその斬撃は、対象が実際に切断可能か否かという命題を、全くの無意味とする。
 発動さえすれば防御不能、必中必殺の一撃というだけではなく――コアメダルの特性すら突破し得る、二重の意味での切札が、ネウロにはあった。

 クウガを解放した後、その一撃をアポロガイストに叩き込む。それが理想的な展開だった。

 だが、現実には未だクウガを突破する目処が立たないまま、着実に追い詰められている。最早ネウロの葛藤に関わらず、クウガを無力化するために魔帝兵器を用いることすら困難な状況だ。



 残る勝ち筋は――ネウロよりも先に、クウガのメダルが尽きて無力化される、その隙を突くこと。
 しかし、戦いが長引くほどネウロ側が不利になるのは先述の通り。それを実現できる可能性もまた、絶望的だ。

(だが、退くことはできない。ここで我が輩が倒れれば……)

 脳裏を過るのは、インキュベーターの漏らした言葉。
 そして――ネウロを向いて眠ったまま、二度と瞼を開けることのなくなってしまった、奴隷の顔。

 ――次は勝つと、そう決めた。

 彼女が命を代価に繋げたのは――きっと、ネウロが彼女の同族に、人間に齎す可能性だ。
 一定の敬意を払っていたとはいえ、あれだけの扱いを重ねてきたネウロのためにあの時期の彼女が命まで擲つとしたら、そんな理由しか人あらざる身には思いつけない。

 覚悟と共に弥子が全てを託したこの魔人ネウロは、ここで敗走することなど許されない。
 そうなれば誰がこの脅威から人間の命を、“謎”を、未来の可能性を庇護できるというのか。

 そんな強迫観念にも似た、他者に背負う必要がないと説いた感情を――自身が生まれて初めて抱えていることを、理解すらしていないまま。
 魔界一の頭脳が、相棒の願いという簡単な真実に辿り着くことができないほどに……体だけではなく、心にこそ不調が残っていて――なのに、それに気づくこともないまま。絶望的な暴力に晒される最前線へと、意固地になって立ち続けているその間に。



 朽ちて行く魔人に残された魔力(メダル)は、既に、一割(三十枚)を切りつつあった。






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 ――僕の心に弱さは住み着いていた






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○







「……あいつはもう保たないな」
 遠巻きに戦況を見守っていたアンクへと近づきながら、エターナルは苦境に晒された魔人を指してそう言葉を掛けていた。
「……置いて逃げられるんなら、別にそれでも良いんだがなぁ」
 アンクの返答には忌々しさ。それはネウロに対する執着ではなく、単純にこれ以上離れた際に、アポロガイストが自分達を見逃さないだろうということを示していた。

「勘違いするな。壁として期待できない、という意味だ」
 対しエターナルは、自らの発言の意図を正しく伝える必要性を感じていた。
「魔人の命がどこまで保つものなのかは俺も知らん。ただあいつよりは、俺の方がまだ削り役になるだろうと思っただけだ」
 戦場に逆走するまでの僅かな時間で、ネウロは明らかに被ったダメージ以外の要因により、目に見えて弱体化している。今の彼に持久戦を望むのは無茶というものだろう。
 また、先の突撃をあしらわれてしまったことから、クウガを足止めすることも、その後アポロガイストを倒すことも、今のネウロには困難だとエターナルは判断していた。
 しかしそんなエターナルの様子が余程意外だったのか、アンクは白亜の仮面をまじまじと見つめていた。

「……勝てるつもりか?」
 退却する、のではなく――そう言いたげな顔のアンクに、エターナルの仮面の中、克己は当然だとばかりに鼻を鳴らす。
「少なくともアポロガイストの好きにさせるつもりはない」
 生きている小野寺ユウスケの心を捻じ曲げ、明日を奪う戦いを強要する悪の存在を、克己は許容することができずにいた。

 仮に逃げられたところで、互いが互いである以上、いつか倒さなければならないことに変わりはない。
 逆に、他の参加者を襲われ、十分なメダルを補充されてしまうことの方が厄介だと克己は考えていた。

「……俺にメダルを寄越せ。あいつのメダルが切れるまで粘れるだけのな。潤沢なメダルさえあれば、アポロガイストに補充させる隙も与えん」
 脱臼していた肩も既に完治している。治癒力ではさやかに及ばないかもしれないが、NEVERである克己の再生力と、何より打たれ強さは元より一級品だ。
 それをエターナルへの変身で底上げし、更に多用できないとはいえエターナルローブの絶対防御を合わせれば、守りにおいてこそ圧倒的な性能を発揮する――それこそ、メダルに糸目をつけなければ今のクウガを相手に、アポロガイストの横槍を考慮に入れたとしても、防戦なら互角の立ち回りも可能なほどに。
 そしてクウガさえどうにかできれば、今のアポロガイストが相手でもエターナルならば勝てる。石を砕いてすぐ正気に戻せるなら、あのクウガもこちらの戦力として勘定できる可能性すらある。何にしても、まずはクウガを操っているとアポロガイスト自ら明かしたあの石を砕くのが勝利条件だと、克己は考えていた。

「どうせおまえじゃ敵わないんだ。そこで腐らせておくよりは俺に投資しろ」
「……タダで叶う望みはない、か」
 舌打ちの後、自らの異形の右腕を見つめていたアンクは、エターナルに向き直ると首輪からセルメダルを放出した。

「……これだけか?」
「貰っておいてそれか」
 しかし提供されたのは、わずか三十枚ほどのセルメダルのみ。

 いくらクウガにコアを奪われたとはいえ、グリードとして桁違いに多くのメダルを有するはずのアンクから提供されたにしては、あまりにも乏しい量。仮にローブを用いてライジングアルティメットクウガの攻撃を防ぐとなれば、単なる拳数発で使い切ってしまう程度でしかない。如何にエターナルとはいえこれだけではとても、クウガとアポロガイストを同時に相手取った持久戦で勝利を掴める目処など立てられない。
「もう少し寄越せ」
 故に要求を重ねたエターナルに対し、アンクは忌々しそうにそっぽを向いて答えた。

「……これ以上は、俺を維持できなくなる」

 ――つまり、まだメダルはあるわけだ。

 多くが生き残るために必要な糧が。しかしそれを提供することに、己の命運が懸かる以上、持ち主であるアンクは合意できないと。
 そのことを意識した瞬間、知らずエターナルエッジを握る手に力が篭った。

(……綺麗事じゃあ生き残れない、か)
 克己の心の中に住み着いた何かが、そんな囁きを漏らした。

 誰も犠牲にせずに、最後には愛と正義が勝つ大団円。そんな夢ばかりを見てはいられないのだと。
 ……そんなものを見る人間性(資格)すら、克己からは一瞬ごとに失われて行っているのだから。

 なのにまだ、自分は――何も、成し遂げてはいないのだ。

(――悪いな、アンク)

 まだ、何も刻み込めてはいない。自分の存在を、この世界に。
 永遠に刻みつけるその時まで、死ぬわけにはいかない――そしてそのための贄は、目の前にある。

(……どうせこの先俺は、悪魔になっちまうらしいからなぁ)

 今は悪の操り人形と化してしまった、正義の仮面ライダーからぶつけられた罵倒の言葉が脳裏を過る。
 ネウロ達が、真木が時間操作の技術を持っているのではないかと疑っているのを、克己もまた聞いていた。
 確証があったわけではないが、ユウスケの言葉が正しいなら――そして、自分が死体であるという疎外感に常に悩まされていた克己にとって、故郷の人々を皆NEVERにしてしまうという計画には確かに惹かれるものを感じていて。それが未来の自分の選択なのだと言われても、否定することができずにいたから――

 いつか、己は本当に、完全に人間性を喪ってしまうのだと。そんな、確信めいた予感があった。
 本当ならユウスケを問い詰めて、真実を明らかにして、違うのだと思いたかった。心を揺らがされたと感じていても、それは勘違いだったのだと。

 しかし――今この瞬間、まだ何の罪もないアンクを前にして閃いた冷めたい思考が、ユウスケの仄めかされた未来が真実であることの、何よりの証明のように克己には思えていた。

(どんな形になろうと……俺は俺を永遠にする。そのためには……あいつが必要なんだ)

 そうして――訝しむようにして仮面越しの表情を覗き込んでいたアンクの、隙だらけの喉元を掻き切ろうとした、その瞬間。

「――やめろぉおおおおおおおおっ!!」

 怒りに満ちた声が鼓膜を叩いて。
 まるで母に叱られた幼子のようにして、びくりと手を止めた克己はエターナルの仮面を被ったまま、声の主を探して視線を巡らせていた。
 そして――






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 振り返ると 幼き僕に あの日の勇気(melody)






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 克己が戦場に視線を戻した、その時。
「これ以上、やらせるもんか!」
 既に言葉を発する余力もなく、まるで惨殺死体のような有様で倒れ込んだネウロを庇って――さやかが一人、クウガと対峙していた。

 魔人を終始圧倒した絶対的な暴力の化身を前にして、さやかは竦む体をそれでも割り込ませ――その細い剣を構えて、無謀にもクウガの攻撃を受け止めようとしていたのだ。
 拳そのものは、横向きの刀身に触れる前に寸止めされる。しかしその動作で生じていた暴風は、少女一人を吹き飛ばすのに十分過ぎる威力を有していた。

 さやかという障害が離れた後、クウガは改めてネウロへと距離を詰める。
 しかし少女はその剣を地面に突き刺して持ち堪え、刀身の撓みを利用して体勢を立て直し、蹴り飛ばしたネウロに追撃を仕掛けようとしていたクウガの腰に抱きついた。

「ねえ、やめてよ……っ! あんた、あたしには本気で攻撃してないよね? まだ意識があって、人を傷つけたくなんかないって思ってるんだよね!?」
 アポロガイストの言葉がなくとも。ネウロの惨状と自身とを見比べれば、それは素人と侮られるさやかからも明らかな事実だったのだろう。
「だったら負けないでよ、あんな石ころなんかに!」
「――小娘が、図に乗るな!」
 涙を湛えての懇願に対し、アポロガイストの一括と共に、クウガが手を一振りする。
 地べたを舐めたさやかはしかし軽傷だ。その様に舌打ちしながらも、手加減されても抗うことのできない少女の非力さを悪は嘲笑う。

「情けで生かされているだけのゾンビが、一丁前に正義の味方気取りとは片腹痛いのだ」
「気取りなんかじゃない……!」

 そんなアポロガイストの言葉に、立ち上がりながらさやかは強く言い返していた。

「あたしは……もう、認めて貰ったんだよ。だからそう生きるって、決めたんだ……! もう誰にも、大切なものを失わせたりなんかしない、正義の味方になるんだって――っ!」

 奪われたことへの怒りと悲しみと。そして認められたという誇りによって吐き出された言葉と共に駆け出したさやかの、左腕が宙を舞う。
 マグナム銃を構えたアポロガイストの攻撃を躱しきれず、掠めた細腕が千切れ飛んでしまっていたのだ。
 クウガの攻撃とは異なり、一片の容赦も挟まれていない銃弾の威力にさやかは吹っ飛ばされ転倒する。

「愚か者めが。貴様がどう思おうが、今更貴様如きに何をできる力があるというのだ!」
「――だけど、あたしはもう、一人じゃない……っ!」
 追撃の銃弾は、トドメとばかりに腰を狙っていた。しかしそれを読んでいたさやかは跳躍して躱し様、転がっていた自身の腕を拾って露出した肩口に押し当てる。NEVERさえ上回る再生力によって蒸気を上げて腕と肩が接合されて行き、滑らかな肌が刷毛で塗られるようにして傷跡を埋めて行く。

「今のあたしがどんなに弱くたって、足掻き続けてやる。最後の、最後まで! あたし達が信じた、明日のためにっ!」

 叫んださやかは、傷口が完全に塞がるのも待たずに、再びその痩身を両足で送り出した。
 全く敵へ及ばない不利に臆する本能を、抱えた願いに応えた心で押さえ込んで――どんなに困難でも、孤独ではない限り存在するはずの希望を信じて。



 ――きっと彼女は、エターナルがすぐ傍まで戻って来ていることに気づいていない。
 それでも、自分を認めてくれた仲間は、戻って来るのだと信じきったまま――自身の信念のために、足掻き続けている。

 彼女が抱えているのは、きっと――陽の沈む直前に、克己と交わした約束。

 それに思い至った時、克己――エターナルは、アンクを置いて戦場のど真ん中へと駆け出していた。






NEXT:sing my song for you~W/弱き僕らの祈りの風

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2015年03月21日 11:51