sing my song for you~迫る闇と波瀾と未来の罪◆z9JH9su20Q
風を切るライドベンダーの車上で放送を聞きながら、
小野寺ユウスケは怒りと悲しみに打ち震えていた。
許せなかった。新たに十人以上もの犠牲者を生んでしまった、自身の無力が。
許せなかった。彼らの死を嘲笑い、まるで見世物のように楽しむ『王』の邪悪さが。
伝えられた死者の中には、
アストレアやそはらの仲間だったニンフと桜井智樹の名があって。鈴羽の知人である、
牧瀬紅莉栖とフェイリスが呼ばれて。
そして、目の前で笑顔を失わせてしまった、セシリアはもちろん――彼女や織斑の同級生――つまりは千冬の生徒の、
凰鈴音がいて。
――あの気丈な人から、更に笑顔が失われてしまう様が、幻視できて。
そんな大き過ぎる喪失を前にしては、二体のグリードの脱落に安堵する気持ちなど、湧いてくるはずもなく。
護るべき笑顔を取り零したという罪悪感と、未だ数多く存在するだろう邪悪への怒りだけが、ユウスケの中に残っていた。
「どこにいるっ!?」
放送の前に見つけた“
アンク”らしき存在は、あれっきり見失ったままだった。
奴を逃がすわけにはいかない。これ以上、あんな奴らに誰かの笑顔を奪われたくない――そんな想いが、ユウスケの胸を埋め尽くしていた。
あるいはそれは、『王』の語った――奪われまいとする恐怖心が、その欲望を強めていたのかもしれない。
そして、強い欲望というものは――時として、その目を曇らせてしまうものだということに、ユウスケはまだ気づいていなかった。
何度目かの、ペガサスフォームへの変身の後――遂にユウスケは、探し求めていた音を拾った。
アンクの翼が大気を打つ、奴の存在を刻み付けるその証を。
「――近いっ!」
ライドベンダーの機首を西へと翻し、討つべき邪悪の下へと走らせる。
聴こえて来る音は、アンクの羽撃きだけではなく――爆発に剣戟、怒号に打撃音と、戦闘が起こっていることを明確に物語っていた。
――……生かしておくつもりはなかったが、殺したい理由がもう一つ増えた
そんな不穏な宣告まで、ペガサスフォームの聴力は漏らさずに拾う。
この声もまた、クウガ――ユウスケには、聞き覚えがあった。
予想以上に、状況は切羽詰っているらしい――そう考えた頃には、燃え盛る炎に彩られた街の一角と、赤く照らされた鳥の怪人の姿が見えるようになっていた。
鳥の怪人――見紛う余地もないアンクが巨大な火炎弾を生成する様を、クウガは超視力で視認する。
「――やらせるかぁああああああああっ!」
クウガの叫びに呼応するようにして、ライドベンダーが吠え猛る。
本来の愛車、トライチェイサーの倍に迫る最高速度で瞬く間に距離を詰める。だが、まだ届かない。
「――超変身っ!」
叫びと共に、青いドラゴンフォームへとフォームチェンジを遂げたクウガは、速度を求めるあまりに滑空し始めたライドベンダーの勢いを全て活かしたまま、それを強化された跳躍力を発揮するための足場にして、更なる加速を実現した。
まさに今、火球を投擲しようとしていたアンクに対し、自分自身を矢としたクウガは更にマイティフォームに超変身。封印エネルギーを右足に集中して、必殺のマイティキックを発動する。
気合の叫びに気づいたアンクが振り返った時には、もうクウガは奴の懐に潜り込んでいた。
結果――突然の乱入者にアンクは対処が追いつかず、その胴に思い切りクウガの蹴りを受けることとなった。
アンクの大翼を以てしても不意打ちで決まったマイティキックの直撃には持ち堪えられず、凄まじい勢いで鳥の王は大地に叩き落とされる。
しかし手応え――いや、足応えか。飛び出したセルメダルの少なさからも間に挟まった火球が封印エネルギーに対するクッションの役割を果たし、アンクを仕留めきれなかったことをクウガは悟ったが、それに拘っている場合ではないと視線を巡らせる。
――眼下には、予想通りの白い“悪魔”と、それに追い詰められた傷だらけの赤い戦士の姿があった。
アンクを蹴飛ばした勢いを上手く利用し、体勢を立て直して着地したクウガは、尻餅を着いていた仮面ライダーと、その背後にいる二人組に呼びかける。
「大丈夫か、あんた達!?」
駆けつけたクウガ――ユウスケが見た物。それは二人の危険人物に追い詰められた仮面ライダー龍騎と、彼が背に庇った二人の人間の姿だった。
龍騎の背後には、周囲の建物同様アンクに焼かれたのだろう、痛ましい姿を晒す一人の青年が膝を着いている。彼の傍らにいる少女もまた、驚愕の視線をクウガに向けて来ていた。
彼女達を傷つけたのだろう敵に怒りを燃やし、クウガは闘志を滾らせる。
「……クウガ!?」
驚いたようにして、龍騎がこちらの名を叫ぶ。自分のことを知っている声の主は、壮年の男であるらしかった。名簿を見る限り変身者に心当たりはないが、あるいは
フィリップ達から伝わったのかもしれない。
「助けに来た……皆、安心してくれ!」
叫ぶや否や、クウガは近場に転がっていた龍騎のドラグセイバーを抜き取り、駆ける。
駆ける中でその身を紫色の姿――タイタンフォームへと超変身させ、恐るべき“悪魔”に挑みかかる。
「……おいおい。何だおまえは?」
一閃したタイタンソードを、かつて戦った“偽物”より俊敏な動きで掻い潜ったそいつは、どこか悠然とした調子で尋ねて来る。
その手に握られている血に濡れた刃は、間違いなく龍騎の鎧を切り刻んだものだ。
「グリードと手を組む……やっぱり本物も、翔太郎達から聞いていた通りだな、悪魔!」
風都を震撼させた悪魔……仮面ライダーエターナルと油断なく対峙したまま、クウガはタイタンソードを握る手の力を、微かに強めていた。
○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○
「……翔太郎だと?」
自らに蹴りを叩き込んだ新たな仮面ライダーの漏らした名前に、泉信吾の姿に戻って呻くばかりだったアンクも、反応を余儀なくされていた。
翔太郎――それは映司に襲われた自分を救うために、弥子が助力を求めたガイアメモリを使う仮面ライダーの名ではなかったか。
ならばその名を出し、勇ましい言葉を吐きながらグリードである自分を攻撃し、悪魔と呼ぶ克己と対峙するこの仮面ライダーもまた……彼らと同じ、正義の味方とやらのはずだ。
その背景から、グリードの姿をしていた自分が攻撃を受けたのは――納得できるかはともかく、まだ経緯は理解できる。
心配の声を龍騎以外にも向けていることから、奴の仲間というわけではなく、現状はともかく本人からすれば善意の通りすがりということなのだろうということもまた、予想はつく。
だが、何故奴は二人の仮面ライダーを見て即座にエターナルではなく、龍騎を味方と決め付けているのか? その判断に、翔太郎が絡んでいる……?
おそらくさやかや
アポロガイストも。誰もが理解の追いつかない状況に呆気に取られている中、当事者達だけは止まらずに動いていた。
「悪魔だと……? 心外だなァ!」
クウガの振り下ろした大剣を、横合いからの裏拳で苦もなく捌いたエターナルは、無防備となった彼の腹に拳を叩き込む。
龍騎でも耐え切れず吹っ飛ぶだろう一撃に、しかし重厚な鎧を誇るクウガは地を削って大きく後ろ退りながらも持ち堪え、怯むことなく前進を再開した。
「黙れ! おまえは翔太郎達を利用して、風都の人々をNEVERに変えようとした……皆を無理やり人間じゃなくそうとしたんだぞ!?」
「何……!?」
「皆の気持ちを無視して、人間らしさを奪おうとするなんて……それが悪魔じゃなくて何だって言うんだ!」
叫びと共にクウガが繰り出す刺突に、エターナルはそれまでの戦いぶりが嘘のように反応が遅れていた。慌ててローブを翳して切っ先を絡め取り、勢いを殺して受け流すが、反撃の手を繰り出せなかったほどだ。
「……何の話だ。俺は風都には、もう何年も戻っていない」
問い返す克己の声は、明らかな動揺を孕んでいた。
「言い逃れを……!」
そんな克己に対するクウガの怒りは、他人の姿を騙ったXの凶行を知ったさやかのそれと、よく似たものに見えた。
「翔太郎の代わりに、今度は俺が止めてやる!」
「……違う、事実だ」それに圧されるように、克己の返答は遅くなる。「……少なくとも、人の住んでいる風都にはな」
「何……?」
そう語るエターナルが、攻める姿勢を見せないためか。クウガもまた、微かな躊躇いを佇まいに滲ませ始めていた。
そんな二人の仮面ライダーのやり取りを見ながら、アンクは一つの確信に至りつつあった。
あのクウガとやらが嘘を吐いているようには見えない。そんな老獪さよりも、誰かを守ろうと強敵に挑もうとする必死さに満ちているのが明白だった。だからこそ、エターナルは当初説得ではなく力尽くで制圧しようとし、そしてなお戸惑いを覚えてしまっているのだろう。
彼にこちらを偽るつもりがないのなら、クウガは騙されているのだろうか。あの翔太郎達が、故意に誰かを貶めるような真似をするのだろうか。
答えは――否、だろう。誰かのために、なんて理由で命を捨てる戦いに身を投じる仮面ライダー達の愚かさは、今更疑う余地もない。
となれば、発端となる翔太郎達の握っていた情報そのものが誤りであると考えられる。
しかし、クウガの口振りからすれば……おそらく翔太郎は、風都とやらを震撼させた
大道克己と直に対決しているようだ。彼らが何者かに騙されていたというわけでもない以上、この齟齬を埋められる理屈は……一つしかない。
(……決まりだな)
真木達は、時間に干渉する術を手に入れている。
『王』までは知らないが、忌々しいもう一人の自分や
カザリがこの殺し合いに参加している真相も、これで説明がつく。
おそらく、アンク達の知る克己と、あのクウガとやらが知る克己は別の時間軸の存在だ。
……それはそれで、克己の秘めた危険性として心に留めておく必要はあるが。まずは目先の避けられる争いを止める方が先決だと、アンクは判断した。
「おい――」
「エターナルの相手は任せたぞクウガよ! アンクの邪魔は私が防ぐ!」
ようやく声を出せるほどに回復したアンクが叫ぼうとした時、見計らったかのように声を張り上げた龍騎が立ち上がる。
《――AD VENT――》
「同じ仮面ライダーとして、力を合わせて悪を討とうではないか!」
「テメェ……っ!」
憤怒に言葉が詰まった後、アポロガイストにこれ以上好き勝手言わせてたまるものかと叫ぼうとしたアンクの背後から、甲高い双つの咆哮が響き渡る。
振り返れば、一度は引っ込んだはずの双龍が再びどこかの鏡から出現し、アンク目掛けて襲来して来ていた。
顎の折れた黒龍が、それでも巨体を武器にアンクに襲いかかる。同時、アンクを狙ったと見せかけて外した紅龍の息吹が背後に向けて放たれて、クウガ達とさやか達の間を遮る炎の壁を作り出す。しつこく吠え続けているのは、こちらの声をクウガに届かせないための妨害か。
「クソがっ!」
呻きながら再びグリードの姿に戻っている隙に、龍騎が剣を片手にアンクの前に迫って来ていた。
「ドラグブラッカーよ、クウガを援護しろ!」
告げられた黒龍はアンクに体当たりを敢行しながら、戸惑うばかりでエターナルとの戦いを中断したクウガを焚きつけるためか、二人の仮面ライダーの下へと飛んで行く。しかし高速で移動する巨体の直撃を受けたアンクは、独楽のように弾かれるばかりでそれを止めることはできなかった。
「――むっ!?」
ドラグブラッカーとの接触で、デイパックの中身を撒き散らしながら成す術なく弾かれたアンクに対し。容赦なく追撃を加えようとしていた龍騎の手が、止まる。
「……そろそろ、我が輩も加勢するとしようか」
その一瞬の停滞の隙に、振り被られていたドラグセイバーを後ろから掴んだのは、刃物のような五指を生やした異形の掌。
龍騎の両手に勝る膂力で完全に剣筋を停滞させたのは、いつの間にやら火の壁を突破し肉薄していた、全身が煤に汚れた魔人ネウロだった。
「我が輩、他人のペットの粗相には、飼い主に誠実な対応を見せて貰いたいと思っているのだが……」
背中越しに、アポロガイストに囁くネウロは――空寒くなるほどの、嘘臭い笑顔を浮かべていた。
「貴様を拷問するのは場を収めてからだな、アポロガイストとやら」
「何を好き勝手言っていぶぼらぁああああっ!?」
ドラグセイバーを自ら手放し、自由を取り戻した龍騎が振り返った時、その鉄仮面にネウロの右拳が叩き込まれた。
既にエターナルやアンクの攻撃を受けていた兜は魔人の一撃を以て限界を迎えて砕け散り、奇声なのか悲鳴なのか判別し難い叫びを発するアポロガイストの素顔に破片を突き立たせていた。
「龍騎!?」
「――それと、貴様にも一先ずお仕置きだ」
どんな馬鹿力か、背後にいたドラグレッダー諸共吹き飛んで行く龍騎の悲鳴を聞いて、クウガが叫んだ時。アンクが視線を巡らせれば、既にその背後に回っていたネウロが、彼の頭を掴んでいた。
「ぐぁッ、がぁああああああああああああっ!?」
重い鎧に包まれた仮面ライダーの肉体をネウロが片手で軽々持ち上げると、断末魔を思わせるような悲鳴がクウガから漏れ出した。
「……何をしている、殺す気か?」
徒事ではない悲鳴に、エターナルが咎めるような声を放つ。
「おお、意外だな。貴様がそんなことを気にかけるとは」
それを投げかけられたネウロは言葉の通りに少しだけ目を丸くしたが、何でもないような気楽さで答えていた。
「そいつにはまだ、聞くことがある。余計な真似をするな」
「まあ落ち着け。脳に少し魔力を注いだだけだ。せいぜい、ものすごく痛いだけで命に別状はない」
説明が終わると共に、魔人の掌から解放されたクウガは変身者である青年の生身を晒して大地に投げ出されるが、何とかその膝を着いて倒れ込むのだけは耐える。
「ほう……気絶する程度には痛めつけたつもりだったが、やはりただの人間ではないのか?」
冷ややかに観察するようなネウロの視線を見返して、クウガに変身していた青年は憔悴しきった横顔に、更に困惑の色を乗せていた。
「な……んで、こんな……」
「……あんた、仮面ライダーなんだよね?」
そんな青年に、どこか張り詰めた声で問いを掛けたのは……ようやく追いついた、さやかだった。
「何か、あたし達のこと助けようとしてくれてたみたいだけどさ……誤解だよ。克己やアンクは、悪い奴じゃないんだ」
「え……っ?」
若干の怒りと不満を抑えて、穏便に事情を説明しようとするさやかの言葉を聞いて――アンクが覚えたのは、何故か苛立ちだった。
(……だったら)
さやかがグリードであるアンクを仲間と見なし、信頼しているのは、ネウロの治療に必要なコアメダルを貸し与えた一件が原因だろう。
グリーフシードを私利私欲のために独占する魔法少女達を敵視しているさやかからすれば、他者のために己の血肉でもあるコアメダルを、一時とは言えこれといった見返りもないのに初対面の相手に託したアンクの行いは、大層な感心に値したのだろう。
おかげでさやかはアンクにとって、他二名と違い寝首を掻かれる心配のない扱い易い馬鹿となった――実際にはあの時のアンクが、ネウロの身をこれっぽっちも案じてなどいなかったことを、知りもせず。
何を考えてさやかの願いを聞き届けたのか、その理由はアンク自身もわかっていない。意図的に考えを避けていることである、とすら言えるかもしれない。
だが、他者のために、大した見返りもなくコアメダルを提供するのが、彼女にとって悪ではないというのなら――
(――あいつは、どうなんだ)
アンクと同じ振る舞いをして、弱者のために身を張ったあの魔法少女を、何故今も箱の中に閉じ込めたままにしているのか。
利用価値の高い、扱い易い馬鹿に抱く必要がないはずの反発心に、アンクは一瞬だけ支配されていた。
だが、それも一瞬だ。さやかの対応に更なる困惑を青年が見せた次の瞬間、彼らに頭上から迫る脅威に気づいた以上は、厄介な内心にばかり目を向けてはいられなかったのだから。
「おいっ!」
「――っ、危ない!」
アンクが警告を飛ばし、青年がさやかを押し退けようとしたのは同時。
しかし、青年の手は途中で止まる。彼の手が届くより前に、予めエターナルが一閃させたナイフから放たれた衝撃波が、既にドラグブラッカーを迎撃し終えていたからだ。
「――GYAOOOOOOOOOOOOOO!!」
飛ぶ斬撃によって跳ね返された黒龍は、胸に刻まれた深い裂傷に身を捩るようにして悲鳴を発する。
「ま――俺は、あいつほど危なくはない」
青年の言葉に、皮肉げにエターナルが答えた時。アンクはネウロの姿が、彼らの傍から消えていることに気づいた。
視線を巡らせると、いつの間にか空へ飛び上がっていたネウロは、同じく宙を舞うドラグブラッカーに静かに寄り添っていた。
「どれ」
その胸を開いたような傷口へ、魔人は無造作に掌を押し付けた。傷口を無遠慮にまさぐられ、更なる苦鳴を発していた龍の声が――次の刹那、くぐもって止む。
見れば震わせるべき喉に、いやその長大な体の数十箇所で、寸前まではなかった異常な瘤が盛り上がっていた。
「魔界777ツ能力(どうぐ)……“花と悪夢(イビルラベンダー)”」
異形の頭部――それが魔人としての正体だろう――を垣間見せたネウロの囁きを合図に、更に膨張した巨大な腫瘍は龍の体表に限界を迎えさせ、遂には破裂する。
苗床となった肉の塊を爆ぜさせ発芽したのは、無数の人間の掌で構成されたグロテスクな花だった。
傷口から体内に侵入した無数の掌により、押し開かれるようにして裂かれた哀れな黒龍は、異形の植物の開花に伴って四散して、そのまま血と臓物の雨を撒き散らして死んでいた。
「おお。図体がデカい分、直に殴るよりもよく効いたな」
凄絶な屠龍を成した花を掌の中に消しながら、場違いなほど呑気に、ネウロが宙で微笑む。
そんな凄惨かつ、映司のコンボを凌駕する凶悪な力を行使する魔人の姿に、アンクは空寒い心地を覚えていた。
こいつと敵対することになれば、などと――あまりの迫力に警戒心を奪われ、目の前のことを疎かにしたその瞬間のことを――アンクはすぐに、迂闊と後悔した。
「無事か?」
「――これ以外はなぁッ!」
余りの光景に呆然としていたさやかと生身の青年を、降り注ぐ死肉から庇うように立ったエターナルが尋ねた隙に、アンクの背後から響いた嘲笑があった。
呆然とした思考から立ち返り振り向けば、アンクの背後に龍騎への変身を解いたアポロガイストの姿があった。
「ハイパーアポロチェンジ」
立ち上がったアンクの足を止めるほどに強烈な熱風を伴って、アポロガイストは龍騎とはまた別の姿へと変貌していた。
その赤い兜に刻まれた鳥の紋章――そしてマントの隙間から覗く赤を基調とした翼を見て、アンクは驚愕に打たれる。
「テメェ……っ、その姿は……っ!」
「改めて名乗ろう。我が名はハイパーアポロガイスト! 貴様らにとって大・大・大・大・大迷惑な、大ショッカーの大幹部なのだっ!!」
「ふむ……何やら知らんが、大を連呼し過ぎではないか? 綿棒にももう少し慎みはあったぞ」
熱風に打たれても涼しい顔をしていたネウロが呑気に呟いていたが、アンクとしてはそれどころではない。
アポロガイストの生やしたあの翼は、紛れもなく――アンクの翼だ。
「俺のコアメダルと融合しやがったな!?」
「いかにも。おかげで私は、昨日までよりも更に更に、さーらーにィ大迷惑な存在としてパワーアップできたのだ」
「あの翼は……まさか!?」
勝ち誇った様子のアポロガイストに、何かを悟ったかのように悲痛な声を上げるのは、クウガに変身していた青年だ。
「ふん、クウガよ。貴様がどうしてエターナルを敵と勘違いしていたのかは知らんが、実に助かったぞ。おかげで私は、この窮地を脱するチャンスを得た」
その言葉で、青年の顔に浮かんでいた表情が一瞬の罪悪感を挟んで、敵愾心へと切り替わる。彼と自分達の間にあった、無意味な敵対関係はようやく完全解消されたらしい。
とはいえネウロにやられた影響か、立ち上がろうとするその動きはたどたどしい。
「――ハッ! おまえまさか、ここから逃げられるとでも思っているのか?」
そんな青年に代わってか、エターナルがアポロガイストを挑発する。実際に捉えきれるかはともかく、逃がす気がないというのはアンクも意見を同じくするところだ。
クウガとさやかはともかくとして、エターナルとネウロがいれば、仮にハイパーアポロガイストの実力が完全体の自分に匹敵するとしても十分打倒できるはず。ここで奴を葬ることで後顧の憂いを断つと共に、奪われたコアメダルを取り返す――決意と打算を抱えて、アンクは最前線で悪の大幹部と対峙する。
「逃げるのではない……ここで貴様らを、全滅させる!」
しかしアポロガイストから返って来たのは、予想だにしない言葉だった。
「そのためにクウガよ! 貴様には今一度、私のために働いて貰うぞ!」
告げたハイパーアポロガイストの胸に輝いていたのは、黒い宝石を埋め込んだペンダント。
「何……っ!?」
アポロガイストに名指しされ、青年が更なる混乱の色に表情を彩り――落とした支給品を奪われていたことに気づいたアンクが、驚愕の声を漏らした次の瞬間。
黒い石から放たれた闇色の波動が、消耗しきっていた青年に照射された。
「危ないっ! ……うっ、ぐぁああああああああっ!?」
咄嗟にさやかを庇い、押しやった彼が発する悲鳴は、ネウロに魔力を注がれた時のような、感情の介在する余地のない物理的な痛みへの反射ではない。
何か、その精神を蝕む異物への拒絶と、それの叶わぬ恐怖の滲み出た、聞く者全てに不吉な予感を抱かせる絶叫だった。
「ちょ、大丈夫!?」
自身を庇った者のあまりにも逼迫した叫びにさやかは圧倒され、気遣いの声を上げるだけで精一杯だった。
「何だこいつは!?」
波動から青年を保護しようとしたエターナルだったが、不思議なことにあらゆる攻撃を無力化する彼のローブでもその闇の照射を遮断できず、らしくもなく無力な叫びを上げることとなってしまう。
――本体を叩くしかない。そう考え、既にアポロガイストへと走り出していたのはアンクと、ネウロだった。
「ドラグレッダー!」
しかしアンクの頭上から、生き残った無双龍の片割れが襲いかかる。ドラグレッダーによる足止めを強いられたアンクは、ネウロがアポロガイストの企みを阻止できる可能性に賭けるしかなくなっていた。
「逃げ、て……っ!」
青年の消え入るような訴えが、背後から聞こえたその時。ネウロはアポロガイストが繰り出した火球を叩き落とし、突き出された剣を弾き飛ばしていた。
「一手……遅いのだっ!」
そしてペンダントを隠す、太陽を模した楯をネウロが引っ掴んだ瞬間。宝石からの闇の流出が、収まった。
その結果を見届けるために、アンクが視線を巡らせる暇もなかった。
その前に闇を纏って伸びた影は、アンクの視野に入り込んで来ていたのだから。
楯をアポロガイストの手から取り上げていたネウロの腕が、攻撃のために振り下ろされる寸前――背後の暗黒から稲妻と化して生じた掌がそれを捻り上げ、握力だけで圧し曲げた。
その瞬間。出会ってから初めて、ネウロの顔が驚愕に塗り潰されるのを、アンクは確かに目撃した。
「――!!」
続いた拳の一撃は、咄嗟のガードに構えられたネウロの腕を叩き折り、魔人の体を直線に打ち出した――まるで、砲弾のように。
打ち付けた背中で立ち並ぶ家屋を次々と貫通しながら、放物線を描かずに吹っ飛んで行くネウロの姿と、今更遅れて届いた烈風に――純粋な身体能力による移動の余波に、グリードであるアンクもまた、戦慄を禁じられずにいた。
「クウガ……なの、か……っ!?」
何故彼がこんな、そして本当に彼なのか。そんな戸惑いを思わずアンクが零すほど――クウガの面影を残したその戦士は、大きな変貌を遂げていた。
一回り発達したように見える肉体を構成する筋繊維は、漆黒の輝きを帯びた表皮を内から圧すほどに強靭となり。そのはちきれんばかりの暴力を詰め込んだ身を囲む黒と金の装甲は、凶器のように禍々しく歪んでいる。鋼の質感を有した生体鎧の各所から刃のような棘を隆起させたその姿は、元の甲虫のような丸みを帯びた輪郭とは著しく乖離した、異形の生物兵器とでも言うべき有様だった。
何より大きく印象を変えたのは、枝分かれし巨大化した角の下。かつて赤や紫に輝いていた複眼の、一切の感情を伺わせない闇の凝ったような色合いへの変化だった。
生物的なフォルムに反し、まるで人形のように自らの意思を感じさせない――なのに、そこにいるだけで尋常ではない圧迫感を、今のクウガはアンクに伝えて来る。
呼吸音すら聞こえない、重々しい沈黙の中で佇む戦士のその向こうで、アポロガイストが勝ち誇るように両翼を広げた。
「そう、これこそが我ら大ショッカーの切札! 貴様から回収した地の石……そしてそれによって誕生する最も邪悪なライダーこと、ライジングアルティメットクウガの力、存分に堪能させてやるのだ!」
○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○
事態は悉く、アポロガイストにとって都合の良い方に転がっていた。
突然乱入したクウガが、どういうわけだかアンクだけでなく仮面ライダーであるエターナルを敵と誤認し、そのために絶体絶命の窮地から、ネウロの邪魔立てが入るまでに一度は反撃の機会を得ることができた。
そしてその時、アンクのデイパックから地の石が零れ落ち――仮面ライダー同士の潰し合いを止めようとネウロが動いた隙に、その切札を手中に収めることができた。
地の石とクウガ。大ショッカーが切札として用意していたキングストーンの一種と、それで強化し操る対象と選定されていた仮面ライダーがピンチの瞬間目の前に揃うとは、このアポロガイストに天運が味方している証と言えるだろう。
それを裏付けるかのように、肝心の地の石によるクウガの洗脳も、恐るべき魔人の妨害に間に合った。
そうして今、アポロガイストの前には、究極を超えた暴力の化身が降臨していたのだ。
「何がどうなっていやがる……!?」
戸惑いの声を上げるばかりのアンクにも、地の石によって制御されたクウガは何一つ反応を示さない。
忠実な下僕と化したライジングアルティメットクウガに、アポロガイストは高笑いと共に指示を下した。
「やれぇ、クウガよ!」
アポロガイストの号令と共に。烈風と化して、クウガが動く。
「――ぐぁっ!?」
まずは、憎きアンク。奴の胴にクウガは太い腕を突き刺し、無造作にその身を貫いていた。
しかし、アンクへのトドメは許していない。それはこのハイパーアポロガイストが成すべきことであると決めていたからだ。
故に、アンクからはコアメダルを抜き取らせるに留めていた。
血風のように飛び散る数十枚のセルメダルに加え、一気に四枚のコアメダルを失った結果、アンクはまたも金髪の青年の姿に戻って崩れ落ちる。
無力化した仇敵のことを一旦無視し、アポロガイストはクウガを手元に招く。
主に対して恭しく跪いたクウガは、その手の中に掴んでいたコアメダルをアポロガイストへと捧げる。
「ふははは、これで後は貴様が死ねばリーダー交代だな、アンク!」
上機嫌でクウガからコアメダルを受け取ったアポロガイストは、まずクジャクとコンドルを一枚ずつ、己の両掌に吸収させる。
「おぉ……力が、漲るのだ」
体の隅々まで広がる熱に思わず感嘆の声が漏れ、そのまま残り二枚も取り込んでしまいたい衝動に駆られたが、ふとその内一枚の色を見てアポロガイストは正気に返る。
「ふむ……これは貴様に一旦預けるのだ」
残る二枚の内、カンガルーのコアは、アポロガイストと融合した鳥類系とは別の系統のメダルだ。取り込むことで得られる僅かな自己強化よりも、今はクウガの戦力を持続させるために使用することをアポロガイストは選択し、二枚目のコンドルを取り込むと同時にカンガルーのコアを傀儡の首輪に投げ込んだ。
同時にバサリとマントを靡かせて、白い影がアンクと自分達の間に入り込んで来ていた。
「ほう……次は貴様か、エターナル」
「そいつには、まだ用があったんだが……」
振り返ったクウガと対峙しながら、アポロガイストへ仮面越しに問いかけるエターナルの声は、いつもの不敵な響きの裏から怒りと、そして警戒の色が透けて見えていた。
「……何をした?」
「ふん……良いだろう、教えてやるのだ。
この地の石には仮面ライダークウガを洗脳し、意のままに操る力があるのだ」
「何……?」
「この石を通して私から下される命令に、クウガの意志は抗えない。例えば悪である私を守るために、正義の味方である貴様らを殺せと命じられても……小野寺ユウスケの心がどれだけそれを拒否しようが、クウガの肉体は我ら大ショッカーの傀儡として従順に従うのだ!」
「貴様……っ!」
エターナルの仮面の奥で、変身者が激情に声を詰まらせたのがわかった。
「嫌々どころか、心を捻じ曲げさせてそいつに戦いを強要しているだと……!?」
そんなエターナルの怒りも、この状況下では逆に嗜虐心を刺激するものでしかないと、アポロガイストは内心で笑みを深める。
「好きなだけ怒りを燃やすが良いのだ、エターナルよ。それが己の無力に対する絶望をより強くすることとなるのだ。
全てのライダーを闇に葬るための、究極を超えた生物兵器の力……思い知れ――ッ!」
アポロガイストが告げた瞬間、クウガがエターナルに襲いかかった。
尋常ではない瞬発力で伸びた、人型をした金色の闇から放たれた拳を、エターナルは咄嗟に掴んだローブの端を緩衝材にして受け流す。かつてガイストカッターを防いだローブの防御力は、今のクウガの攻撃にも有効な様子だった。今のアポロガイストには、それに忌々しさを覚えることなく感心する余裕があった。
しかし、それでも守りきれていない箇所がある。強烈な一撃を何とか凌いだばかりで、次の行動までの余裕がなかったエターナルの、唯一露出していた部位――仮面に向けて、クウガは角と角を打ち合わせるようにして、自身の額を叩き込む。
「――ガッ!?」
砲撃のような頭突きによってつんのめるエターナルに対し、意図した衝突から瞬時に体勢を立て直したクウガは、番えたままだった右の拳を繰り出した。
開けてしまったローブを、再び掴んでいては間に合わない。そう判断したエターナルが咄嗟の体重移動と共に構えた掌ごと、クウガの拳が白い胸に突き刺さる。
「――ッ!?」
抵抗虚しく、胸の装甲を窪ませたエターナルの体が、大通りの後方に吹き飛ぶ。哀れにも射線上に存在していた街灯が弾丸と化した仮面ライダーに撃ち抜かれ、崩落。打ち上げられたそれが地に着くより早く、接触によって軌道を変えたエターナルは回転しながら車道に叩きつけられ、なおも止まらずに二度三度と跳ねて行く。
「克己――っ!」
これは愉快だとアポロガイストが失笑していた場面に思わず、といった様子で飛び出して来たのは――エターナルの背後でアンクを介抱していたはずの、例のゾンビの小娘だった。
「馬鹿が、前に出るな!」
何とか上体を起こしたアンクの警告を無視し、無我夢中に仲間の元へ駆け寄ろうとする、これといった防具を何も身につけていない少女に対し。アポロガイストは、慈悲の心など一片も持ち合わせていなかった。
間抜けにも背後を晒した敵へと引き続き攻撃命令を下し、それに従って追いついたクウガは、その手で少女を払い除けた。
「――さやかぁっ!?」
アンクが息を呑む音は、遠方からのエターナルの悲鳴にかき消されるが、しかし。
「……む?」
クウガの平手を受け、本来なら弱点の宝石――今は何やら、ゼクターのいないライダーベルトで隠されている――ごと血霧になっているべき小娘は何故か、五体満足のまま並の人間が転倒する程度の勢いで、その場に倒れ込んだだけだった。
あの少女の肉体が、せいぜい常人に毛が生えた程度の脆弱性であることは既に確認している。素人の小娘に、エターナルでさえ押し切られる攻撃をいなせるはずがない――となれば、この不可解な現象の理由は明白だ。
「ちっ、クウガめ、無駄な抵抗を……!」
忌々しい事実に気づいて、アポロガイストはそれまでの高揚していた気持ちに水を差された。
地の石によって支配している間も、クウガ――小野寺ユウスケの意識は完全に消えているわけではない。こちらの命令に抗うことはできないが、自らの眼前で繰り広げられている事態を認識する程度のことはできる――もう一つ合理的な理由もあるが、何よりその方が仮面ライダーの心をより苦しめられるだろうという、開発者の趣が表れた素晴らしい仕様なのだ。
これはアポロガイストも賞賛する悪の心意気ではあるが、しかしそれが望ましくない効果を生み出してしまったらしい。
おそらくは他の怪人や魔人、仮面ライダーの場合と異なり――純粋な人間の姿をした魔法少女への攻撃命令には、その微かな精神力を振り絞って、先程の面々の時よりも激しく小野寺ユウスケの心が抵抗しているのだ。
それでも命令そのものには逆らえず、せいぜい勢いを加減している程度ではあるが。屈強な魔人や怪人、仮面ライダーを一蹴するだけの暴力に晒されながら、あの小娘程度が五体満足で生き残っているのはそういう理屈に違いない。
(むぅ……この調子では変身の解けたライダーへトドメを刺すのに手間取って、逃げられてしまうやもしれぬのだ。帰ったら科学者どもにもう少し調整するよう報告する必要があるな)
アポロガイストがそんな呑気な思考を巡らせている間にも、仮面ライダー同士の愉快な潰し合いは再び繰り広げられていた。
「うぉおおおっ!」
相方のゾンビを庇ってか、全力で駆け戻ってきたエターナルはナイフを片手に攻勢に移る。だが、超感覚と圧倒的な身体能力を持つクウガは間合いの短いナイフによる連撃を容易く見抜いて躱し、反撃のアッパーをエターナルの腹に叩き込もうとする。
「甘い――!」
しかし事前にそれを誘い、ローブを腹の前に漂わせておいたエターナルはそれで拳の勢いを殺して受け止めると、得物のナイフで伸びきった腕を斬りつけていた。
ブチブチと、超密度の強靭な繊維が断ち切られる不快な音が響き、次の瞬間にはジュクジュクと融けるようにしてそれが接合されて行く。
「おいおい……」
腕の腱を切り、最低限のダメージで敵を無力化しようとしていたエターナルは、クウガの披露したゾンビ少女並の再生力にその無為を悟り、続いた反撃への対処に追われていた。
あのマントはライジングアルティメットと化したクウガの攻撃すら無力化するようだが、メダル消費の都合上、頼り過ぎることもできないのだろう。使用を最低限に抑えるため、先程のように芯で受けてしまうことがないようエターナルは素手でクウガの打撃をいなして行くが、微かに接触するたびに威力に圧され、その技量の冴えが衰えていく。
それでも時にローブによる絶対防御を挟むことで痺れを取り除く猶予を確保し、時には完全に回避し、エターナルはクウガの圧倒的なラッシュを前に立ち続けていた。
「エターナルめ……しつこい奴なのだ」
ネウロに取り上げられ、奴が殴り飛ばされて以降転がっていたガイストカッターを回収したアポロガイストは、防戦に徹して予想以上に粘るエターナルの姿に舌打ちを漏らした。
強敵とは思っていたが、その実力はアポロガイストの読み以上だ。徒手空拳が基本となる今のクウガはメダル消費の効率が悪いことはなかろうが、あれだけの戦力を従え維持するためにアポロガイストに架されるコストが安い物とも思えない。それを惜しんでドラグレッダーをミラーワールドに帰還させ、自分も飛ばずに地に足着いているのだから、可能なら短期決戦で終わらせたいところだ。
故にアポロガイストはエターナルの防御を崩すべく、自らも攻撃に参加することとした。
「喰らえ! ハイパーアポロフレアー!!」
今考えた技名を叫び、アポロガイストは蓄えた火炎を射出した。
火球の接近に気づいたエターナルは小癪にもそれを容易く躱すが、その瞬間に逆しまの落雷のようにして迸ったクウガの蹴りを捌ききれなくなり、左腕へもろに被弾。肩関節の可動域を超えて腕を曲げながら体そのものが同じ向きへと回転し、足の裏が宙に浮いたところに追撃の拳が着弾。輪舞する白と黒の軌跡を描きながら、踏ん張りようのなかったエターナルは先のそれを遥かに越える勢いで吹き飛ばされて行く。
その頭で路面を割りながらも止まらずに弾み、更に彼方へ消えて行くエターナル。そんな敵を追って地を蹴ろうとしたクウガの腰に、飛びつく者があった。
「やめろぉっ!」
腰に抱きついて来たさやかなぞ、クウガは直進するだけで粉砕できただろうに。一々自身から遠ざけるようにして、その掌を使って払い除ける。もちろん、まるで力も込めずに、だ。
それでもさやかは勢い良く倒れ込むが、ゾンビの再生力を考慮すればなきに等しいダメージだろう。歯痒い様に、アポロガイストは思わず地団駄を踏む。
「ええい、大人しく言うことを聞かんか! 貴様は既に偉大なる大ショッカーの兵器なのだぞ、クウガよ!
余計な抵抗などせず、地の石を持つ私の命令通りにその小娘を叩き潰すのだ!」
「おまえ……っ!」
そんなアポロガイストの言葉に、地べたから顔を起こしたさやかの表情は憤怒に歪んでいた。小娘に凄まれたところで怖くもなんともないのだが。
しかし振り返ったクウガは、アポロガイストの要望には応えなかった。
代わりに、その掌に夜よりなお濃い闇を纏わりつかせて――圧縮したそれを、一気に前方へと解放する。
「――なっ!?」
触れた端でアスファルトを掘削して土砂を巻き上げ、空間を圧搾して進む闇の波動は、さやかでもエターナルでもアンクでもなく、アポロガイストの目前を横切って行く。
まさかの叛逆か、と狼狽えたアポロガイストは、しかしその暗黒の波濤を掻き分ける紫色の鈍い輝きを見て安堵した。
クウガは背いたのではなく、予め最上位に設定しておいた「地の石の所有者の守護」という命令を優先し、さやかを放置したに過ぎなかったのだ。アポロガイストの知覚を潜り抜け、戻って来た脅威に対処するために。
「“無気力な幻灯機(イビルブラインド)”も看破するか」
暗黒掌波動の照射が終わった後、微かに蹌踉めきながらも闇の濁流を切り裂いた爪の主――魔人ネウロは、疲労の色濃い顔にそれでも不敵な笑みを浮かべていた。
「……面白い」
最終更新:2015年03月21日 11:49