sing my song for you~W/弱き僕らの祈りの風◆z9JH9su20Q

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「――小賢しいゾンビめが、死ねぇっ!」
 苛立ちを顕にしたアポロガイストが、ネウロの下に向かおうとするさやか目掛けた追撃を続ける。
 翼から放たれた火炎は、それ自体が中途半端に大きいために、目にしてからの横っ飛びで回避できた。
 しかし同時に放たれていた銃弾はそれより速く、小さい故に躱し難い。しかして秘めた威力のほどは、先程腕をもがれた際に把握済みだ。

 そこでさやかは、くっつけ直したばかりの左腕を用い、自身のマントをはためかせていた。
 翻った白い暗幕は、焦慮から急所であるソウルジェムを狙っていたアポロガイストの銃口を惑わせる。推測から放たれた一発が通過する位置さえ予想できていれば、銃弾の伴った衝撃波にマントを引き裂かれながらも、さやかの痩身は直撃を躱すことができていた。

(――できた……!)
 ナスカ・ドーパントとの戦いの時同様。マントを用いた幻惑という、克己の得意とする技術を再現することができている。
 もうアポロガイストのような強敵が相手でも、無意味に攻撃を喰らうような無様は晒さない。己の確かな成長を実感し、さやかは微かな喜悦を発露させていた。

 とはいえアポロガイストが言うように、ガタックの力を失くした自分が今の奴を倒すことは困難だ。そもそも仮にそれが可能としても、その際にはクウガによる妨害も予想される。
 成長できているとは言っても、未ださやかは彼らには届いていない。だから今は、とにかくできることを――時間稼ぎをやってみせる。
 このまま放っておけば、間違いなくネウロは殺されてしまう。あの小野寺ユウスケという青年も、まるで魔女の口づけを受けた被害者のように、望まぬ罪に手を染めてしまう。

 悪いことをしていない皆が悲しい思いをして、得をするのはアポロガイストと真木達だけ――そんなことは許せないと、さやかは闘志を滾らせる。
 もう――音楽や、夢や、命や。誰かの大切なものを、理不尽に奪われたくない。誰にも、自分と同じ痛みを覚えて欲しくない。
 二人の親友との別れを経験したさやかの願いは、一層強いものと化していた。

「――甘いのだ!」
 そんな決意と共にアポロガイストを振り切ろうとしていたさやかだったが、しかし。まだ未熟な魔法少女は、銃撃を躱したところで油断してしまっていた。
「ハイパーガイストカッター!!」
 故に、三撃目――マントを構えられた時点で投擲の準備がされていた、刃の生え揃った日輪の楯の襲来に、気づいた時には思考を塗り潰されていた。

「しまっ――」
 縦ではなく、横に動き出したばかりだったさやかは、この一撃を躱せる体勢にはなかった。また、防げるだけの力も持ち合わせていなかった。
 狙いは過たず腰のベルト。その奥に隠された、さやかの魂そのものである青い宝石(ソウルジェム)。
 運良く即死は免れても、胴を両断されてしまう運命からは逃げられない。そうなれば、次のアポロガイストの攻撃で確実に死んでしまう。

「サヤ――っ!?」
 その様子に気づいたらしいネウロが、名を呼ぶ途中にクウガに殴打され、吹き飛んで行く。家屋を倒壊させる音を聞く限り、そもそも救出に向かおうとしていた魔人からの助けを期待することはできそうにない。

「――はぁああっ!」

 絶体絶命のその時。さやかの頭上を飛び越えたそいつは、蒼炎を纏った爪先でさやかの眼前に迫っていた飛輪を、見事一撃で蹴り落とした。
 着地と同時、自らの足元に突き刺さっていた楯を蹴り上げて掴み、さやかを庇うような姿勢で佇んだその男は、さやかが誰より待ち望んでいた人物だった。

「――克己!」
「むぅ、ライジングアルティメットに恐れを成したと思っていれば、貴様……!」
「生憎だが、俺はとっくに死人でな。そういう感情は忘れちまってるんだよ」
「もう……」
 またそうやって嘯くエターナルに、思わず叱咤を漏らしてしまいそうになりながらも。今はそういう状況ではないと、さやかは傷んでいた剣を具現し直す。
 さやかは克己が帰って来てくれると、疑う余地なく信じていた。しかし彼でもクウガの相手は楽ではない。
 だから、と。既にネウロへの追撃を止め、こちらへと踵を返していたクウガへとさやかは向き直った。

 生身の人間そのものな姿のさやかに対してだけは、石の魔力に囚われながらもユウスケも意地を見せ、邪悪な支配に抗ってくれている。動きを多少なりとも妨げられる自分がサポート役になれば、今度こそきっと、克己なら……
「受け取れ」
 そう考え、俄かに汗を滲ませていたさやかに投げ渡されたのは、エターナルが掴んでいたアポロガイストの楯だった。
「うわっ、ちょ克己!?」
 慌てて具現化したばかりの剣を捨てて、さやかは真っ赤な楯を受け止める。掴んだ両手が重さに沈むが、何とか堪えて持ち上げる。
「クウガは俺がやる。おまえはその間、それでアポロガイストから俺を守れ」
 自身の魔法で作ったサーベルよりも強靭だが、全く不慣れな武器を渡されて困惑していたさやかへと、エターナルの仮面越しに克己は端的な指示を下す。

「無理に攻めなくて良い。ただあいつの横槍さえ防いでくれていれば、後は俺が何とかしてやる」
「いきなりそんなこと言われても……あたし、楯とか使ったことないし……」
「さっきのマントの使い方を思い出せ。アレで良い」

 さやかの戦いぶりを評価した克己は、未だネウロにも注意を払っているらしいクウガと改めて対峙しながら、続ける。
「俺の背中は、おまえに任せた」
「……しょうがないなぁ」

 不承不承、と言ったような口ぶりながらも。本当は小躍りしたいぐらいの喜びに胸を滾らせながら、さやかは受諾を表明する。

「やってあげるよ。弱虫な克己は、一人じゃ戦えないもんね」
「おまえほどじゃない」

 先の戦いの後に交わした言葉を思い出して、不利へ臨む相方の気持ちを軽くしようと。さやかとエターナルは、互いに冗談を口にする。
 いや、全くの冗談ではないかもしれないが――だからこそ、何でもないことのように会話できたことが、さやかの心から余計な重荷を取り除いてくれていた。



 ――いける。

 弱くても、力が足りなくても……同じ志を持った仲間と、それを補い合って戦うことができる。
 もう、さやかは――一人じゃ、ないのだから。



 確信したさやかの背後で、エターナルが地を蹴ったのが聞こえた。ほとんど同時に、大地を破裂させるようにしてクウガが迫って来ていたのも。
 どこで途切れているのかもわからないような、連続した打撃音が響いて来る。しかしどこで途切れているのかわからないということは、それは先の二回とは異なり、此度の激突は拮抗していることを示していると、さやかにも判断できた。

 それを証明するかのように、アポロガイストが手元に残された銃を構える。対してさやかも、ガイストカッターを抱えて走り出していた。
「余計な邪魔を……っ!」
「それが役目なんでね!」
 着弾の衝撃に手を痺れさせ、危うくひっくり返りそうになりながらも。射線上の障害物として立ち塞がったさやかは奪った楯を用い、エターナルへ向けられたアポロガイストの一撃を防いでいた。

「引っ込んでおるのだ!」
 続いた連射の威力に、さやかはその場に釘付けにされた。しかし堅牢な楯の機能は損なわれず、さやかの無事は保たれている。
 業を煮やしたアポロガイストが接近を開始する。そのために銃撃の間隔が微かに拡がった瞬間、さやかは体勢を立て直し、身体能力の強化のみに全魔力を回して重い楯を持ち上げた。
(さっきみたいに……っ!)
 巨大なガイストカッターを前面に掲げて、疾走。先のように正面から受ければ体勢を崩されることを学習したさやかは、射線と着弾面が直角にならぬよう斜めに楯を構え、背後の音の移動に合わせてアポロガイストの視界を阻むようにして縦横無尽に飛び跳ねる。

「ぬぅ、大きな楯が目の前でヒラヒラと……」
「迷惑かけられる人の気持ちがわかった!?」

 取り返そうと接近するアポロガイストに、隙を見て具現化した剣を投げつける。直撃したところで致命傷には程遠い一撃は容易く弾かれるが、地の石を砕くのに十分な威力のそれは、不用意な接近を躊躇わせる牽制として機能した。
 結果、再び遠巻きな攻撃を試みるアポロガイストだが、飛び道具では彼自慢のガイストカッターを砕けない。
 何とかさやかは、アポロガイストの足止めに成功していた。

 だがそれも、アポロガイストの頭に血が上っている間でしか成り立たないことだ。
 奴が冷静さを取り戻せば、アンクから奪った翼で飛ぶという選択肢を思いつくはず。今の状況でも余裕はないのに、上空から攻められるとなればとてもさやかでは守りきれない。
(――急いでよ、克己……っ!)
 さやかが防いでいる間に何とかすると、彼は言ったのだ。ならきっと何とかしてくれると、さやかはこれまでの彼を見て疑うことなく信じている。
 ただ、そのためにさやかが稼げる時間は、現実的に考えれば決して長くないのだ。
 おそらくそのことは、克己とて理解しているはずだ。

 それでも――仮面ライダーの力もない、素人の魔法少女である自分が、それでも彼の背中を任された。
(あたしも、やれるだけのことはするから……!)
「どうした!? ど素人の小娘も倒せないの、大迷惑な大幹部さん!」
「貴様ッ、私の楯を使っておいて図に乗るなぁあっ!」
 その期待に応えるためにと、力も知恵も意志の下に総動員して、言葉さえも武器にして。怒り任せに乱射される銃弾を防ぎ、時に反撃しながら――さやかは全力を、尽くし続けた。






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 クウガの繰り出した拳を、エターナルは横合いから蒼炎を纏った手刀で外側に弾く。
 蒼炎で強化を施している分、完全な素手で受けていた時に比べれば遥かに軽いが、それでも手に痺れが残る恐るべき剛力だ。おそらくは正面からの打ち合いでは、こちらだけ強化している状態でもまだ届いていないだろう。
 しかし、それでもエターナルは、ライジングアルティメットの猛攻を凌ぐことができていた。



 怪力や敏捷性でエターナルを上回っていた時期のネウロでも圧倒されていたクウガに、それでも克己が食い下がれているのは、防御力だけの問題ではなく、両者の技量の差が要因だ。

 ネウロは地上においてはもちろん、魔界でも圧倒的な存在として君臨していた。故に魔人ネウロはどこまで行っても互角の勝負を経験したことがなく、また努力という概念のない魔界ではそんなものを学ぶこともできなかったために、同格の敵との戦いに入ってから優位に立つための戦術や技術というものを修められていなかった。生まれながらに圧倒的であり過ぎたが故に、その強さはどこまでも直線的だった。
 それが地上という環境や、殺し合いにおける制限や、身を動かす命の炎の不足や、相棒を喪った動揺といった要因で損なわれてしまえば。初めて得た弱さを持て余し、その結果相対的に自身を上回るようになった敵と突発的に戦うとなると、策が不発に終わってしまえばどうしようもなく脆かったのだ。

 対して大道克己は、元は音楽が好きだっただけの、争い事とは縁遠かった人間だ。
 悲運な事故からネクロオーバーとなり、死の商人である財団Xに死体兵士の有用性を証明するために、後付けでその強さを高めて来た。
 不死性だけに頼ることなく、元の弱さを補うために、人類が研鑽し続けてきた戦いの術を、ひたすらその身に修めて来た。
 故にネウロと異なり、自身を上回る強敵との戦闘経験も、そこから逆転するための術も、克己には備わっていたことが、エターナルを今もクウガの前に立たせ続けている理由となっていた。



「――おぉぉおおおおおおおおおあぁああああああああっ!!」

 拳をいなし、蹴りを逸らし、手刀を捌く。微かに開いた暴風雨の目を見逃さず、空隙目掛けて全力で拳の矢を放つ。
 しかし堅い。重厚だったタイタンフォームを遥かに凌駕する金の装甲は、エターナルの拳を正面から受けて小動(こゆるぎ)もしない。装甲に覆われていない漆黒の肉体も、それ自体が圧倒的な強靭さと弾力を併せ持つ筋繊維が鎧となって、生半可な攻撃を跳ね返し、寄せ付けない。
 一瞬で再生する程度とはいえ、傷を与え得るエターナルエッジの直撃を許してくれるほど、究極を超えた暴力の化身は甘くない。そんな欲を掻けば、刹那のうちに攻守は入れ替わる。

 パワーの差は文字通りに桁違い。敵の一撃一撃が、受け損ねれば勝敗を決し得る威力。それに比べれば地獄の傭兵も、何と弱々しいことか。

 だがそんなことは百も承知。元よりNEVERは、大道克己は最強無敵などではなかった。ガイアメモリの生む怪物ドーパントに比べれば劣るとして、財団Xに切り捨てられた存在だ。
 しかし、もしも最初から、ドーパントにも勝る完成した強さを自分が持っていれば。己の弱さを知らなければ。克己は自分を救ってくれた母の研究のためでも、あんなに辛い訓練など積まなかった。
 もしも自分だけで完結してしまっていたのなら、きっと克己は泉京水や、芦原賢や、堂本剛三や、羽原レイカを求めはしなかっただろう。
 ミーナとも、そして美樹さやかとも、出会うことはなかっただろう。

 克己が一人だけで完全ならば。己の欠落する人間性を繋ぎ止めてくれる者達を、今も残っているこのメロディを伝えるための他者を、求める必要などどこにもなかった。あらゆるものが抜け落ちて行くこの身を、こんなにもたくさんのもので補うことはなかった。



 そう――弱かったからこそ、大道克己は戦える。

 時にその弱さが言い訳をして、諦めを促す悪魔になることがあるとしても。弱さとは、それだけのものではない。
 幼き日の克己は弱かったからこそ、同じく弱い人々を思い遣る勇気を与えてくれるものの尊さが、理解できた。
 揺るぎない強さに支えられた自信ではなく、補える弱さを知っているからこそ生まれる願いが、どんなに辛く苦しい時でも克己を足掻き続けさせていたのだ。

 そんなことを、とっくに忘れてしまっていた克己に思い出させてくれたのは――母の名と同じ姓を持つ、克己と同じ死人の少女だった。



 世界の不条理に、誰も悲しまずに済むような幸せな未来が欲しい。
 誰かの心を豊かにする、人間の育む素晴らしい音楽(可能性)を、もっとたくさんの人々に届けたい。



 そんな願いを抱えて戦う美樹さやかは、大道克己が失くした過去そのもの――幼き日の、自分自身だった。

 ――正しく言えば、今も思い出したわけではない。克己の記憶は本当に、抜け落ち消えてしまっているのだから。
 それでも、変わらず克己の中に響いているこの曲が共鳴したものこそが、在りし日の自分がこのメロディに懐いた祈りだったのだと、そう理解できていた。
 幼き己を知る母と、同じ言葉を掛けてくれた少女の願いこそが、と――



 だから克己は、足掻き続ける。どれだけ絶望的だろうと、幼き日から懐いたままだった望みを叶えるために――明日へ、向かって。

 ――それを阻む敵は強大だが、必勝法は実に単純明快な形で存在する。
 一人では足りないのならば、二人で。
 そしてメモリが一つでは足りないのなら、二つで。
 単独で及ばないのなら、越えられるだけの力を集めれば良い――数多のメモリスロットを持つエターナルもまた、克己と同じように、足りない物を補い合える力を持っていた。



 ただ一つ、問題は――それを活かす機会が、見えないことだ。



 さやかがアポロガイストを足止めしてくれているおかげで、エターナルはクウガの相手に専念できている。
 しかし掠めるだけで徐々に蓄積されてきた手足の痺れは、確実にその動作を遅らせ、精密性を損ねて行く。

 やはり完全に防ぐには、絶対防御のエターナルローブに頼るしかない。だが持久戦ではなく正面からの勝利を目指す場合、自己強化に回すだけなら惜しむ必要はないが、ローブに頼り切るには心許無いメダルしか、今のエターナルには残されていない。

 しかしセルメダルの猶予以前に、打ち合うたびに断裂していく筋組織の修復が、NEVERの再生力を以てしても追いつかない。最低限の使用に止めている絶対防御のローブすらも、徐々に割り込む余裕を無くして行く。

 このままでは遠からず、クウガの攻撃を捌ききれなくなる。
 次に一度でも、芯に直撃を許せば――逆転どころか拮抗すら、もう永遠に作り出せないだろうに。

 そんな事実を意識した瞬間、ふとした考えが過ぎった。

 今のままでは一撃でも受ければ、勝つことは難しい。引き際を誤れば、待っているのは全てを失う敗北だ。
 だが……メダルを補充すれば、彼女を連れて――

「――黙っていろ!」

 とっくに滅びたものが、往生際も悪く残響させていた妄言を、克己は一刀の下に両断する。



 ……心の弱さは、他者を思い遣る優しさを生むと同時に、諦めを齎す悪魔でもある。

 かつてさやかが、その気高さ故に他人の不幸を見ないふりで済ませず、そんな人々を救えない己を許すことができず。蓄積され行く苦い記憶が、明日を求める指針としての後悔を通り越し、押し寄せる闇の澱となって。懐いた祈りを見失い、諦めかけてしまったように。つい先程、克己は心の中の弱さ(悪魔)に屈しかけた。さやかが仲間と信じているアンクを、自身の欲望のために殺そうとしてしまった。
 どうして己は、そこまで目を曇らせてしまっていたのか――



 ――それはきっと、さやかを喪うことを恐れたからだ。



 克己はただ、彼女に覚えていて欲しかった。親子の情を想起させる少女に――死人の身では得られるはずのない、未来への系譜を感じさせてくれた幼き日の自分に。
 ……きっと、あまりにも自分らしくなく。彼女には妙に甘かったのも、そんな感覚のせいなのだろう。
 だから克己は自分だけでなく、彼女を生かすための力を求め、悪魔の囁きに耳を貸してしまうところだったのだ。



 だが、さやかが己の祈りを取り戻して、自身を取り込もうとしていた闇を振り払ったように。結局は克己も、悪魔にはならなかった。

 それこそがさやかに対する裏切りなのだと、他ならぬ守ろうとした相手に気づかされたのだ。
 彼女に受け継いで欲しいのは、誰かの明日を奪うような悪魔の所業ではなく――皆に平和で幸せな明日が来て欲しいという、切なる願いであるはずだと。

 誰かに賢しげに諭されるまでもない。それが叶うわけがない夢だということは、わかっている。
 それでも、最初に誰かがそうなって欲しいと望まなければ、祈らなければ。何も生まれず、始まらない。



 だから。

「おまえもすぐに取り戻してやる……小野寺ユウスケ!」

 その願いを、どこで聞いた何の歌だったのかももう覚えてない――それでも確かに、心に住み着いていた弱さ(優しさ)が今も歌っているこの曲を、祈りを。己の手で壊すような真似だけはするまいと。克己は強く、強く、決意していた。

 ――少なくとも、さやかの前では。

 あるいは今見せている姿は、偽りなのかもしれない。殺したのは悪魔のような連中ばかりとはいえ、克己はとっくに血に塗れ、罪過を背負った存在だ。そしていつかの未来に、正義の味方に倒されるべき悪魔に成り果ててしまうような輩なのだ。
 なのに、己の姿を綺麗に偽り過ぎてはいないかと、彼女を騙してはいないのかと、そんな疑問が心の内にあることは、無視できない。

 だが――だったら、嘘を、例え嘘でも、貫き通す。
 もしも今の姿が偽りでも、そうさせている願いだけは、疑いの余地なく大道克己の本心なのだ。

 なら、これこそを――誰にも見せられなかった、本当の姿にできるように。失われた過去を、未だ見ぬ明日へ繋ぐために――最後の瞬間まで、足掻き抜いてみせる!

 だからこそ、自由を奪われ、嫌々戦わさせられているユウスケを見捨てて逃げるなど、克己には許されない。
 どんな大義のためだろうと、罪もない他の誰かの明日を奪うこともまた、許されるはずがない。

 そうさせぬために、抗う(戦う)のだから。



 気高き少女の導きにより、己の中の悪魔に打ち克った仮面ライダーエターナル――大道克己は、この時。確かに在りし日の、人間に戻っていた。



 しかし、それでも――それでも、及ばない。

 欲さなければ、望まなければ。何も生まれないのだとしても、それだけでは何も変えられない。
 現実は詰将棋のようにして、徐々に活路が閉ざされて行く。

 まだ凌げている。だが完全には捌ききれない。クウガの打撃が掠める際、接触する面積が増え始めた。じりじりと、足の裏が街路を抉って後退る距離が、伸び始めた。
 勝機を掴むために温存しておくべきメダルの残量すら、限界に達しつつある。

「うぉおぉおおおおおおおおおおおおおっ!!」
 だとしても。克己は吠えて、足掻き続ける。少しでも前へ進もうとする。
 愚直なまでに。内から響く勇気(メロディ)に、従うがまま。

 叫びを発する顔面を目掛け、急上昇していた拳を弾いた結果、エターナルの体勢が大きく崩れた。三度目の激突が始まってから、エターナルが見せた中では最大の隙。
 当然、クウガは見逃さない。更なる破壊力を秘めたその右足を撓め、超絶の威力を解放する。
 意図して作った隙ではなかった。エターナルでも躱せない。正面からでは、素手で防げるような攻撃でもない。
 だが、エターナルローブを掴むのは、刹那の差で間に合わない。その程度のことは、クウガも織り込み済みだからこその、勝負を決める大振りだ。

 それでも――間に合わないとしても、エターナルは手を伸ばした。

(届け……っ!)

 ここでやられるわけにはいかない。さやかは役目を果たしてくれているのだから。
 克己が何とかしてくれるのだと信じて、自身よりも遥かに強大な悪へと、たった一人で立ち向かってくれているのだから。

 ――幼き己のあの日の勇気に、応えたい。

 そんな想いが、届くはずがない切札に、それ以外にない活路を求めて、エターナルの手を伸ばさせていた。

(届けぇええええええええええええっ!!!)






 ――エターナルローブは、どんな攻撃をも遮断する絶対防御のマントだ。
 ひらりひらりと頼りない所在とは相反し、自身のメモリの効力すら含めありとあらゆる害なる物を無力化し、その身を守り抜く無敵の加護。

 そんな絶対防御のマントが、受け入れるものがあるとすれば、それは即ち――装着者に決して、害を齎すことのないものだけだ。






 そして通り過ぎた風は、ローブの端を微かに持ち上げて。



 クウガの蹴りに先んじて、それをエターナルの指先に引っかけた。

「――――――ッ!!」
 無我夢中だった。紙一重だった。
 翻すのが刹那の差で間に合ったマントは、エターナルを打ち上げるはずだったクウガの蹴りを見事に無力化していた。

(――この、風は)



 それは、明日の来る方向から届いた風。

 南東の――風都から吹き抜けて来た、風だった。



 圧倒的な超感覚を誇る今のクウガでも、微弱で気まぐれな自然現象である風が――それが届くはずがないのに、決して足掻くことをやめなかったエターナルに、大道克己に味方して。一瞬にも満たない刹那だけ、時を縮める奇跡を起こすなど……完全に予測することは、不可能だったのだ。

(やはり風都は、良い風が吹きやがる――っ!)

 かつてあの街で出会い愛したメロディのために、あの街で懐いた祈りのために戦う大道克己の――仮面ライダーのために故郷から届けられた応援を、どうしてエターナルローブが弾くものか。

 その風によって生まれた、エターナルの限界を超えたたった一度限りの動作は。
 移動に使う足を攻撃に用い、更に正面を完全に遮断されてしまったクウガにその時、一瞬限りの明確な隙を作らせていた。

 ――チャンスは、今しかない。

 勢いを増した風がマントを靡かせ、クウガに対する壁を作っているその影で――克己はエターナルエッジのマキシマムスロットにメモリを差し込み、その秘めたる力を解放する。

《――ETERNAL!! MAXIMUM DRIVE!!――》

 当然、クウガも風が止むまで待ち惚けてくれなどしない。
 風都から届く風を断ち切る烈風と化して、ローブに庇護されていない隙間へと回り込んで来る。
 だが――足掻き続けた末に掴んだ活路はもう、拓けていた。

 ――更に、もう一本。

《――UNICORN!! MAXIMUM DRIVE!!――》

 予めロストドライバーのマキシマムスロットに挿しておいたユニコーンのメモリもまた、その中に秘めたエネルギーを最大にする。

 ……本来、エターナルのマキシマムドライブは物理的な破壊力を持たない。
 しかしそれでもこのメモリは全てのガイアメモリの王者。その秘めたるエネルギーは、他のメモリの追随を許さない。
 本来の用途のために効率化される前の、漏れ出したエネルギーを攻撃に纏わせたという変則使用ですら、他のメモリのマキシマムドライブに匹敵する威力を発揮できる。
 だがそんな不完全な攻撃では、今のクウガには届かない。

「導け、ユニコーン」

 だからここで、ユニコーンの力を借りる。
 ユニコーンのマキシマムによる物理攻撃に、エターナルのエネルギーを同調させる。漏れた物を再利用するのではなく、元より攻撃用の一撃に丸ごと同化させれば、そのエネルギーを直接叩き込むことが可能となる。
 互いのマキシマムドライブの指向性と、出力をそれぞれ補い合うこの一撃――如何にライジングアルティメットクウガとはいえ、直撃させれば行動に支障を与えられるはずだ。

 番えられていた拳に対し、既に踏み込んで来ていたクウガは回避の間に合わないことを悟ると全身のバネを駆使して更に加速し、先手を取って叩き潰さんとばかりに豪腕を振り翳す。
「――はぁあああああああああああああぁあああぁああああああっ!!」
 応じて克己も、全力を乗せた拳を振り切った。

 そして、一角馬が王者を導いたツインマキシマム――巨大な突撃槍と化した蒼炎の拳は、燃え盛る彗星と化した紅蓮の拳と交錯し――金と黒へと、同時に到達していた。






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 さやかの背後で、蒼と紅、夜気を払う二色の炎が、双子の嵐のように吹き荒れた。
「――馬鹿なっ!?」
 それを正面から目の当たりにしたアポロガイストは、さやかに向けていた苛立ちの全てを、驚愕に押し流されていた。
「ライジングアルティメットが――ッ!?」

 背後で響くのは小さく地を揺らし、何者かが派手に転がる音。
 何が起こったのか、さやかには振り返らずとも理解できていた。

 仲間の活躍を誇らしく思いながら、さやかは隙を逃すまいと具現化させたサーベルを投擲する。
 これに気づいたアポロガイストは自身の剣で軽々とさやかの投剣を砕くが、同時、十字に交錯するようにして短い刃物が彼の首元に迫っていた。
「ぬぅ――う、ぉおおおおおおっ!」」
 アポロガイストが雄叫びと共に高速展開した翼は、飛来したエターナルエッジに裂かれながらもその軌道を逸らし、弾き返す。

「……冷や汗を掻かされたぞ、エターナル。だが見よ! ライジングアルティメットは健在なのだ!」
 アポロガイストの宣告に、思わずさやかは視線を巡らせる。
 その先では、左胸の金の装甲を穿孔され流血しながらも、その傷を見る見る塞ぎながら立ち上がろうとする、未だ戦闘続行可能なクウガの姿があった。

 しかしその事実に対して、さやかが臍を噛む暇はなかった。

 それはさやかとエターナルによる連続攻撃を凌いだ自らの勝利を誇示するため、そして傀儡の無事を確認するためにアポロガイストが見せた最大の隙に。クウガが全快するのを待たずに放たれた、一発の銃声が鳴り響いていたからだ。

「な――っ!?」
「……馬鹿が」
 再び驚愕に染まり、声を詰まらせたアポロガイストへ向けられたのは、嘲弄と喜色の入り混じった男の声。
「――アンク!」
 ここぞという場面で手助けしてくれた仲間の名を、さやかは喝采するようにして呼んでいた。

「ち、地の石がぁあああぁぁぁあああああああっ!?」
 アポロガイストが悲痛な叫びを上げると同時。シュラウドマグナムの着弾により、全体に蜘蛛の巣状の亀裂を走らせていた地の石が、砕け散る。
 真黒い水晶のような石が割れた次の瞬間。その全身に小さな稲妻を走らせたかと思うと、アポロガイストを庇いに走り出そうとしていたクウガの体から、闇の波動が放出された。
「うっ……わぁああああああっ!?」
 叫びの直後、クウガはその漆黒の肉体を闇に還したかのようにして、一人の青年の――小野寺ユウスケの姿へと戻っていた。
 ユウスケは自身から放射された力の反動を受けたかのようにして、更にその場でもんどりを打って転がる。
「うっ……みん、な」
 しかし、心配は無用だった。一度ひっくり返った後に放たれた、謝意と気遣いが滲んだその声は、確かに正気に戻った彼の物だったのだから。
 そう……心配は、無用だった。
「……っ、大道さん!」
 小野寺ユウスケに、対しては。



「……………………えっ?」



 逼迫したユウスケの声に釣られ、視線を巡らせたさやかが見た彼は既に、エターナルへの変身を解いていた。
 しかし生身を晒したその体から、淡い粒子が大気中へと溶け出している――まるで、エターナルへの変身を逆再生しているのかのように。

「……ここまで、か」
 彼自身は、そんな風に溶けていく己の掌を目にして、ポツリとそれだけを漏らした。

「お別れだ、さやか」
「何、言ってんの、よ……?」

 妙に晴れ晴れとした表情で、徐々に輪郭の揺らいで行く克己が告げて来るのに、さやかは掠れた声を返すのが精一杯だった。
 お別れ、だなんて。体が消え始めたからって、何を急に言っているのか、彼は。
 それではまるで……そんな、まさか――克己が、死ぬ? NEVERなのに?

 そこまで考えたさやかの脳裏に、ハッと閃くものがあった。
「克己、メダルをっ!」
 NEVERの正体は、特殊な技術によって生前の何倍にも強化され、蘇生した死人兵士だ。ソウルジェムのような弱点もなく、常人ならば致命傷となるダメージをもあっという間に治癒してしまえる、まさにNECRO OVER(死を越えた者)と呼ぶに相応しい存在。
 しかし、彼らは完全に死の軛(くびき)から解き放たれたわけではない。専用の細胞維持酵素を定期的に摂取しなければ、元の死体に戻ってしまう。
 この場においては、酵素の代わりにメダルが消費される。それが尽きてしまったのが原因なら、自身のメダルを分け与えれば――!

 しかし彼は、無情にも首を振った。

「無駄だ。確かにメダルも切れているが……これはもう、体がダメージで限界なんだよ」
 克己が告げたと同時、さやかともう一人、ユウスケが息を詰まらせた。
「くくっ……ふあーはっはっはっ! そうか! 貴様既に終わっていたということか!」
 そんな中、愉快で堪らないとばかりに笑声を漏らしたのはアポロガイストだ。
 耳障りな声にさやかは思考を怒りへと染め上げられそうになるが、今は克己だ。
 駆け寄ったさやかは治癒魔法を発動しようとするが、その手を他ならぬ克己によって止められる。

「もういい。自分のことは自分が一番よくわかる。おまえだって消耗が激しいんだ、メダルを無駄に使うな」
「――無駄なんかじゃないよっ!」
 さやかは思わず叫び、弱々しくなった彼の手を押し切って、癒しをその体に与えていく。
「あんたに生きていて欲しいって思うのの、何がいったい無駄なのよ!?」
 首輪からメダルを放出する。しかしそうしているのかそうなっているのか、宙に飛び出たセルメダルは克己の首輪に吸い込まれても、すぐに再放出されてさやかの中に戻って来る。
「もういいって言っているだろう」

 さやかの腕を掴む彼の手の力は、一秒ごとに弱まって行く。
 単に弱っているのではない。触れている箇所から粒子と化した克己の一部が漏れ続け、満足に掴むことすらできなくなっているのだ。
 さやかの治癒魔法ですら、その進行を微かに緩めるだけで……大道克己は少しずつ、確実に消え失せて行く。
 なのに、その――意地っ張りの克己らしからぬその優しい声は、優しいままでその力をむしろ、増して行くのだ。

「良くない……!」
 だけどそれは、さやかにとっては何も優しくなどなかった。
「あたしは、あんたに助けて貰ったんだ! 何回も何回も……やっと、仲間らしいことができたと思ったのに、できてなかった……っ!」
 何とかすると言ってくれたから、信じて役目を全うできた――そう思っていたのに。ただ彼に、押し付けただけだった。
 全てさやかが弱かったせいだ。アポロガイストを倒せる力があれば……そこまでは望まずとも、せめてそれまでの戦いで、もう少しだけ彼の負担を減らしてメダルだけでも温存させてあげられていれば――こんなことには、ならなかったはずなのに。

「あんたを、死なせちゃうなんて……まだ何も、返せてないのに……っ!」
 なのに、守られてばっかりで。
 口先では正義ぶって、勇ましいことを言いながら。いつもマミや、克己や、ガタックゼクターや――他の誰かに頼りっぱなしで、肝心な時に役に立たなくて。

「……もう、十分に助けて貰ったさ」
 なのに克己の声は、そんなさやかを責めることも、疎んじることもなく――ただ、感謝の色に染まっていた。
 それは、足手纏いのせいで今にも消え去りそうな男が浮かべるには、あまりに満ち足りた笑顔だった。

「……おまえがいなきゃ、俺は自分の悪魔(弱さ)に負けていた。おまえという人間のおかげで、俺は自分を取り戻せた――明日を、自分で選べたんだ」
 あれだけ明日が欲しいと口にしていた彼の顔にはもう、生への執着など一切見て取れなくて。
 あれだけ足掻き続けていたその声には、ただ他に道がないからではなく――取り戻した上で自分で選択できたという、それだけのことへの、ただひたすらの充足が溢れていた。

「だから、明日を諦めるなよ? さやか。おまえは確かに、俺に希望をくれた……おまえはまだ、未来を創ることができるんだからな」
「克、己……」
「――ならばそんな未来、今この場で砕いてくれるのだ!」

 慈しむような克己の言葉に、さやかの中で何かが弾けかけたその瞬間――鳴り響いたのはアポロガイストの嘲笑と、銃の吠える轟音だった。






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






「……大道さん――っ!」
 名前を呼ばれて目を向けると、青年――小野寺ユウスケが悲痛に歪んだ顔で息を呑む様を直視することになり、克己は知らず笑みを浮かべていた。
 克己のことをNEVERだと知っているだろうに、彼はさやかに対するのと何ら変わらぬ心配を向けてくれたのだ。
 彼を救えて……彼を見捨てない選択ができて、本当に良かったと克己は思った。

「……これで俺にトドメを刺したのは、癪だがアポロガイストってことになるなぁ」
「克己……?」
 ユウスケに向けた言葉を聞いて、腕の中に抱き寄せていたさやかが訝しむような声を上げた。

「……克己、あんた――っ!」
 視線を巡らせた彼女はきっと、見たのだろう。
 衝撃の後、完全に感覚がなくなった背中の大部分が、銃撃によって消し飛ばされている様を。

 あの時――枯渇寸前のメダルにアポロガイストに一撃加える余力を残すために、クウガの拳をツインマキシマムで打ち負けない程度にしかエターナルローブで防がなかった時点で限界を迎えたこの体はもう、以前のようにアポロガイストの凶弾に耐え得るだけの耐久性すら失っていたのだ。
 さやかを抱きしめている、というよりは……彼女を離してしまえば崩れるしかないのが、今の克己の状態だった。
 それでも……消え去る前の本当の死に損ないでも、こうしてさやかを庇えた上でまだ意識が残っているという幸運を、克己は噛み締める。

「だから、気に病むな。……後は任せたぞ、仮面ライダー」
 かつて自分やさやかを救ってくれたガタックと同じ、クワガタの仮面ライダーに向けて、克己は言う。
 倒れ伏したままだった彼は、一度衝撃に打たれたような顔をした後……震えながらも、確かに頷いてくれた。

 アポロガイストに対抗できる力が残っているのは、彼だけだ。その彼が引き受けてくれたのなら、安心できる。

「なぁにを安心しているのだ!」
「――させるかっ!」
 アポロガイストが再び銃撃して来ようとしたのに対し、ユウスケが叫ぶと同時――アポロガイストの下へと、さやかの手放していたハイパーガイストカッターが急襲した。
「何っ!?」
 攻撃を中断し、飛来した己の楯をアポロガイストが掴んだ次の瞬間、その楯と持ち主の周囲を旋回した蜘蛛型の機械が、吐き出したワイヤーでその全身を拘束していた。

「……良いもの持ってるじゃないか」
 いつの間にやら、ユウスケの着けていた派手な腕時計がなくなっていた。おそらくあの蜘蛛型のガジェットの正体だろう。
 重たいガイストカッターを容易く引き寄せ、更にはアポロガイストの身動きを封じたところを見るに、カンドロイドと比べてもかなり高性能だ。あれがこちらにあれば結果が変わっていた可能性もあったかもしれないが、過ぎたことは仕方ない。
 仕方ないことを考えるよりも、最後に残された時間を有効に使おうと。克己は手を伸ばして顔の見れる距離を作り、俯いているさやかと向き直った。

「おまえも……後のことは、よろしく、頼む」
「……無理、だよ」
 崩れそうになる体を必死に立たせた克己に、俯いたままのさやかが震える声で漏らしたのは、諦念だった。

「最後まで、結局あたしはあんたに守られてばっかりで……何かできたのだって、全部あんたに頼っただけで……っ!」
「……それでも、変われるさ。おまえは……確かに弱さ(昨日)を抱えたまま、明日を信じることができたんだからな」

 それが、他に道がなかっただけの克己とは違う――さやかの持つ、可能性だ。
 克己が繋げたいと選んだ――本当に望んだ、明日だった。

 告げられたさやかは息を呑み、でも、と言葉を淀ませる。
「あたしは……あんたに願いを諦めさせてまで、明日なんか欲しくなかった……っ!」
 駄々をこねるようなさやかの物言いに、思わず克己は苦笑する。
 相変わらず他の誰かのことばっかり考えて、自分のことを責めている彼女に、克己は力強く言い聞かせた。

「大丈夫だ。おまえは俺を――大道克己という人間を、忘れずにいてくれるんだろ?」
 弾かれたようにして、ようやく面を上げたさやかの見開かれた瞳と、克己は真っ向から視線を交え……その口からかつて聞いた声を、思い返していた。



 ――覚えておいてあげるよ、永遠に



 その約束こそが、克己にとっての救済だった。

 悲しみや過ちが起きたとしても、それを乗り越え、より良い未来を次の誰かへと受け継いで行く。
 命を亡くして、生物ですらなくなった克己が得られるはずのなかったそれこそが。決して終わることなく続く、本当の――――

 そんな救いをくれた少女に対し、胸の内から込み上げる感情を、克己はそのまま表に出した。

「おまえのおかげで、俺はただ死体が動かなくなるんじゃなくて……人として死ねる。それで、満足だ」

 その言葉を吐いた時……きっと、克己はこれまでの人生の中で一番、綺麗に笑えていたと思う。

 しかし、それを確かめる術はもう、残されていなかった。
 既に、何も見えなくなっていた。

 暗闇に閉ざされた視界に、多くは残されていない記憶が、それでも走馬灯として駆け抜ける。

 最初に思い浮かんだのは母の顔。死んだ自分をNEVERとして蘇生し、それからも自分を生きている人間と同じように成長させ、大人にして――こうして誰かを護り、抱きしめるための力をくれた、母。
 克己だけでなく、息子の孤独を思って京水達をNEVERにしてくれた――互いに胸の寂しさを埋め合った、たった一人の肉親。

 NEVERのメンバーや、ミーナ達も……互いに失われていたものを補い合うことで、欠かすことのできない己の一部となってくれた。

「ありがとな……」

 その全てに向けて口にした感謝の言葉も、既に口腔が消えて、意味のある音にはなっていなかったのかもしれない。
 それでも、克己はその想いを、この声の限りに伝えたかった。
 どこまでも抜け落ちて行く空虚な自分の中身を埋めてくれた、今覚えている、そして忘れてしまってもこの胸に残ってくれていた、全ての出逢いに。

 そして――自らを崩して行く風を感じた克己が、暗闇の孤独の中、映らぬ目で最期にもう一度、見た者は。

「……さやか」

 彼らと同じように――この胸の中で奏でられているメロディを共有してくれた、過去と未来を補い合った……一人の娘の顔だった。

 向いた先は違っていても。今の自分と同じ孤独を感じながら、幼き己と同じ勇気を胸に抱いて戦うと約束してくれた彼女と、出逢えた。

 そんな彼女に、自分はきっと――本当の姿(想い)を、見せることができたはずだ。
 道半ばでも、後に続いて行ってくれる者に、本当に残したかったものを。
 あの時潰えていれば、繋がることのなかったはずの希望を。

 嗚呼――ならきっと、己は、やり遂げたはずだ。

 後は……克己が諦めてしまっていた過去(もの)まで連れて、きっと彼女が、彼女達が、その系譜が……明日に向かって足掻き続けてくれる、はずだから。

 確信となった希望に満たされて、大道克己は既に失せていたはずの瞼をそっと、閉じた。






 ――そして、燃えて消えゆく星のように。

 やがて零れ落ち、かつての夜空(記憶)を失くすのだとしても。
 いつか大地(永遠)を造る一掴みの灰となり、もう一度、青空(未来)へと芽吹く何かを生むために。

 祈りに殉じ燃え尽きた、かつて大道克己だった塵は、明日へ――風都へと駆ける、風に乗って。

 涙に濡れた美樹さやかの頬を、通り過ぎた。






【大道克己@仮面ライダーW 死亡】






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最終更新:2015年03月21日 11:55