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「漫画家とラノベ作家の日常」


作者:設定スレ1-109様

158 :漫画家とラノベ作家の日常:2012/09/06(木) 00:35:38

wiki掲示板 設定スレ 1-109 です。亜細亜×栄
夢と二人の過去の話です。
後半、ちょっとヤンデレ風味です。

159 :漫画家とラノベ作家の日常:2012/09/06(木) 00:36:37

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 亜細亜は飛び起きた。汗が流れ、指先が溶ける。悲鳴をあげ、逃げるように自室を出、足をもつれさせながらリビングに入った。
薄暗い闇に包まれている室内に妙な安心感を覚えながら手探りでソファを探し当て、倒れ込む。
「栄」
 甘えるように縋るように名を呼べば「なに」と返事が返り、思わず体が跳ねるほど驚く。
「亜細亜、俺はここにいるよ」
 いつの間にかいた栄の手が亜細亜の頬を触り、栄は寝ころぶ亜細亜の上に跨る。
「栄」
 亜細亜は指先が溶けた手で栄に触れた。指先がないのに絵が描けるだろうかと思えば、栄が淡々と「指が無くても亜細亜は
なんでも出来るよ」と言った。
「そうか、栄がそう言うなら間違いないな」
 亜細亜は安心し、笑う。栄が言うなら、間違いない。
 光が差し、栄の姿がはっきりと見えた。白い肌、艶やかな黒い髪、意外に長い睫。奇妙なことに栄の姿は徐々に変化し、
三十二歳の栄から、初めて会った時の十八歳の栄になった。
 三十二歳の今よりも痩せていて、肌は色白というより青白い。激務のために食べ物の味が分からなくなり、徹夜で原稿を
仕上げることが多かったためだ。
 そして何より違うのは、目だった。
 他人を信用することを思いつけない目。呼吸と拒絶はいつも同時進行。そんな男の目になっていた。

 ああ、栄はこんな顔をしていたのだ、と思い出した。
 十年近い歳月が必要だった。
 栄が他人を信用し、自分を必要以上に貶めず、誰かに優しくしたりされたりすることを出来るようには、それだけの歳月がかかった。
 十八歳のあの日、うつくしく危うい生き物に、自分は心奪われた。あの時感じた感情を今でも持ち続けているわけではない。
それでも、恋焦がれているのは、事実なのだ。
「栄」
 十八歳の栄に亜細亜は言う。
「お前のいる世界は、すごく楽しいよ」
 十八歳の栄が疑いの目を向けるので、微笑む。
「栄、本当だよ。俺がお前のアシに入ったとき、お前は自分より年上のアシスタントばかりに囲まれて、すごく居心地悪そうだった。
新人がすぐに潰れるなんて当たり前の業界だから、お前は生き残ろうと必死だった。はたから見てもすごく頑張ってた」
 正直、早死にするだろうと思った。原稿に噛り付いている栄の背中は尋常ではなかった。
 今ならあの必死な姿を理解出来る。栄は、生きていきたいと願っていた。それだけだった。
「その頑張りが不気味だった。でも、どんどん夢中になっていくんだ。お前の後姿見てるだけで、みんな、希望を見出すんだよ。
お前は、少なくとも、俺たちにとってはそうだった」
 涙が滲む。
「お前のいる世界は楽しいよ。楽しくて楽しくて、たまらない。お前が必死こいて作るもんは最高なんだ。だから、皆、辛い過去とか、
ちょっとは忘れたり出来たりして」

 だからさ、と声を詰まらせる。
「長生きしてくんねーかな。一緒にこれからも生きていけたら、すっげえ最高なんだけど、きっと、ずっとそれは無理だから。でも、
俺の骨が土に埋まるときぐらいまで、生きてて」
 栄の髪を、頬を、体を触る。感じる。
「十八歳の栄は、自分が無価値だと思ってる。でも、そうじゃないんだよ、栄。そうじゃないんだ」
 若いお前は知らない。お前がこれから何人もの人間の世界を救うということを。お前の背中を見て、希望を見出すことを。
泥沼から自分も這い上がれると、自分の力に気づく子供たちの多さを。
 お前の存在は、命を救うことに繋がる。
 栄の背中に触れて、体が震える。
「お前はあの時、親を殺さなくて正解だったんだ」
 栄の背中には傷がある。薬物中毒の母親が、子供だった栄の背中に何度も煙草の火を押し付けて出来た傷だ。
「俺は」
 栄がゆっくりと亜細亜に問う。
「生きてていいのかな。親に虐待されていたのに。お前なんか要らないって言われたのに」
「俺は要る。ほかにもたくさん、お前が必要なやつはいる」
 栄は虐待されていた子供だった。その事実を周囲にずっと隠していたが、亜細亜だけは直接その話を聞いていた。
 二十七歳の時に、彼は「俺のアニバーサリー前夜祭的なものがやりたい」と、あるネームを担当編集者やアシスタントたちに見せた。
それは栄自身が虐待にあっていたことを告白する漫画だった。

 ――これは絶対に読みたい。でも、これを書くのも載せるのも、相当の覚悟が必要だ。批判は必ず来る。それも多く。
 そう思った亜細亜は「いいのか」と栄に問うた。それだけだったのに栄は亜細亜の言いたいことが分かったのか「批判されてもいいよ」
と言った。その一言で亜細亜も覚悟を決め、「栄についていくよ」とその背に触れた。栄は眼だけで笑った。それだけで十分だった。
 漫画にすることを躊躇う担当の横井に、栄は言った。
「横井さん、命を救えるよ。虐待されている子供が、自分の命を諦めない方法をこの漫画で教えられる。親を殺すか自分が死ぬか、
究極の選択を選ばせなくていい」
 その言葉を受けて少しの間沈黙した横井は、勢いよく原稿から顔を上げ、力強く頷いた。
「やりましょう響先生。僕も嫌です。親か自分か殺さなきゃいけないような世界は」
 それから、横井は自分の首をかけて漫画の掲載の交渉を行った。栄を始め亜細亜たちは横井を信じて原稿を仕上げた。もし掲載が無理なら
ゲリラですよ、とアシスタントの桜井君が笑った。コピーした原稿、何十部も勝手にコンビニの雑誌に挟んで置いてきちゃうんです。
 その言葉に、ナイスアイディアと皆で笑いあい、それでもいいかと思っていた。
 原稿を仕上げながら、幸せだと思った。あんなに憎んでいた過去を、栄が武器にしようとしている。その強かさがとても愛おしくて堪らなかった。
 結局ぎりぎりで編集長が掲載を許可し、出来上がっていた原稿をぼろぼろになった横井がふらふらになりながら持って行った。仕事場を出る前に
振り返り、「先生、誰かを救えますね」と言った。栄は躊躇いなく頷いた。「救えるよ」と。とても当たり前のことを言うように。

「やったあ」
 いい年をした大人の横井が無邪気に笑った。そんな横井の顔を見、満足そうな栄の顔を見た瞬間、何かが亜細亜の中で決壊した。
そして、亜細亜はトイレに駆け込んで泣いた。何故か泣けてきて、仕方が無かった。
 亜細亜の目から一筋涙が出た。栄の手の上に己の手を重ね、言う。
「十八歳のときの栄に言いたい。これから色々あるよ。でも、俺は三十二歳の今でも揺るがないんだ。栄に出会えてよかったって。ともにいれてよかったって」
 ――人は、愛し、愛された記憶で、生きていくようなもんだよ。
 そう言ったのは、亜細亜と栄の共通の友人、水上ハレルヤだった。
 水上の言葉を正しいと思った。自分は彼に会ってから、知らず知らず愛し、愛され、それが血肉になり、今、この日を生きている。
 そして、それはきっと、栄も同じなのだ。彼だって生きてきたのだから。
「栄」
 栄が瞬きし、「亜細亜」と呼ぶ。その目から涙が流れる。うつくしかった。
 亜細亜は無理やり起き上がり、栄を抱きしめた。砂が散らばるように腕が無くなり、体がぐずぐずに崩れていく。黒い栄の瞳と目があい、微笑む。
「栄、俺は幸福だ。君より俺は」

 空を飛んだ。
 一瞬のうちに、地上に落下し、亜細亜は悲鳴をあげた。
「いってええええええええええええええええええええ!」
 慌てて手をばたつかせなんとか起き上がれば、こちらを見下ろす栄が片手をあげた。
「おはよう、亜細亜。俺の可愛い雛鳥ちゃん。俺の夕飯ちゃん」
「はあっ!? 俺はいつの間に雛鳥に……っ」
 夕飯てなんだ、ねぼけてんのかと喚き、気づいた。さっきの十八歳の栄は、夢か。
「なあ、栄。今、幾つ?」
「三十二歳」
 栄が右手を伸ばすので、それを掴んで起き上がった。自分がいるのは見慣れた自室で、ベッドから落ちたのだろう。
目の前にいるのは三十二歳の現在の栄で、尻の痛みが現実だと教えてくれる。亜細亜はため息をついた。夢とはいつも無茶苦茶だ。
 栄が手を離し、ドアを指差す。
「行くぞ亜細亜。ハレルヤと群青が我が物顔で昼食を作ってくれたぞ。まあ、お前にとっては昼飯だが」
「そーかよ。なあ栄」
「あん?」
「お前、絶対、俺のことを蹴り飛ばしただろ」
「当たり前だろ。俺以外の奴がお前を蹴り飛ばすなんてどうかしている」
「いや、お前も蹴っちゃダメだよ……」
 頭をがりがり掻き、笑う。相変わらず面白い奴だ。そして、憎めない。

 リビングに行くと客である水上ハレルヤが家主のように食事の用意をしていた。朝の挨拶と礼を済ませ、全員で食卓についた。食事をしながら、
水上が「栄が変な夢を見たんだって、亜細亜」と静かに言う。
感情の起伏が乏しいが、栄とはまるで雰囲気が違う。水上はとても落ち着いた声で話す。
栄のようにぶっきらぼうにしか聞こえない喋り方とはまるで違う。
「へえ、変な夢、ねえ」
 話を向けられ、栄が頷く。
「変な夢だった。俺と亜細亜は森の中に住んでいる。外国の童話みたいな綺麗な森に。それで、亜細亜がいつの間にか雛鳥になっちゃうんだ。
どんどん言葉も忘れて、気づいたら俺の可愛い雛鳥ちゃんから、大きな白い鳥ちゃんになる」
 一拍おいて、栄が亜細亜をじっと見た。
「俺は、白い鳥ちゃんを食った」
「え、なに、おまえ、俺を食っちゃったのっ」
 驚く亜細亜に栄はあっさりと言う。
「そうだ、食った。夕飯に、おいしく食べた」
 けらけらと群青が笑う。「おいしく頂かれてよかったじゃねえか、亜細亜」
 夢の話といえ、多少のショックを受けていると、栄が「だって」と続ける。
「俺は一生可愛い白い鳥ちゃんのお前と暮らしていてもよかったんだ。
だけど、鳥ちゃんが可愛そうな思いをして死ぬのは嫌だった。だから、元気なうちに食った。
そしたら、一生一緒だろ。夢の中で羽も骨も綺麗に残したんだぜ。ああ、骨が折れた」
 まるで実際の出来事のように言う栄に亜細亜は苦笑いをした。
「現実の出来事みたいに言わないでくれ、なんか怖いから」

 食事を終え台所で皿を洗っていると、群青が隣に立って言う。
「怖い話だな」
「何が」
「栄の話さ。あんな怖い夢を見るなんてな」
「そこまで怖くないだろ」
 言い返せば群青がわざとらしく驚く。
「本気か? 可愛い鳥ちゃんのお前を、ずっと一緒にいたいからと何の躊躇いもなく夕飯にするんだぞ。ああいうのは悪気が無いからなおさら怖いんだ。
そのくせ、羽も骨も綺麗に残す執念深さ。俺はごめんだね」
「お前のそれは同類嫌悪だ。水上に対する執念深さ、知らないとでも思っているのか」
「知らないさ、お前は。俺の水上への気持ちを、お前なんかに理解されて堪るものか」
 群青はふん、と鼻を鳴らした。
「俺は自覚しているさ。水上への気持ちは異常だってな。しかし栄は自分が異常だなんて自覚しないまま、お前への気持ちをそのまま血肉にしちまった。
もう切り離せない」
「知っているさ。いいんだよ、無理に切り離さなくても。そのうち、血肉も劣化して、神経が鈍るさ」
「どうかな……」
 こちらをじっと見つめる群青から逃げるように、亜細亜は「皿、拭けよ」と言った。群青は何もかも見透かしたような目を向け、それから無言のまま
キッチンペーパーで皿を拭いた。

 【終わり】

投下終了です。とても楽しかったです。ありがとうございました。


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最終更新:2012年09月16日 17:08