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「毒入り紅茶のエピソード」


作者:本スレ1-510 様

267:1-510 投稿日:2013/06/27(木) 22:42:55

懲りずに本スレ1-510のキャラ設定でSS書いてみました
またアレな内容なのでwikiに直接上げさせてもらいます
注意事項をご確認の上、大丈夫でしたらお暇潰しにでも

※本スレ1-510 よりイーグル×グレン(+エディ+ネームドモブ)厨ファンタジー世界de戦争もの
※下品なアホ半分、辛気くさいシリアス半分といった感じの少し物騒な日常話
※エロ描写有り(残念仕様)
※攻め×娼婦のエロ描写も有り(下品仕様)
※やたら長ーい
※厨設定につき背景事情は適当にお察しください状態

苦手な方はスルーしてやってください毎度申し訳ないですが反省はしていない模様

――――――――――

毒入り紅茶のエピソード

夜の帳は落ちている。
小さな灯火だけがゆらゆらと揺れている、薄暗い空間。
余すところなくぬるつかせた相手の下半身が、イーグルの無骨な指を三本飲み込めるようになった頃。
そろそろ良いか、とイーグルはソコから離した手で相手の顔を覆う腕を掴んで退かした。
頑なに声を押し殺していた割りに、顔を覗き込んでみても抵抗は無い。
相手は……グレンは、朦朧とした様子で息も絶え絶えになっている。
慣らしただけでこれとは軟弱な事だが、しかし中々良い塩梅でもある。劣情に浮ついた、そそる顔をしている。
イーグルは舌なめずりをし、その頬を軽く叩いて正気付かせた上で告げた。

「おい、挿れっぞ」

告げておいて、了承の声も待たずに相手の両膝を掬い上げると、欲望の先端を目当ての場所に押し付けた。
そのまま腰を進める。
散々慣らしたソコは狭いながらも抵抗少なく、男の剛直をずるずると簡単に飲み込んでいく。
それでも受け入れる側にとっては容易ではないらしく、彼は堅く目を閉じて小さく震えていた。

「ぃ…っあ……!」

ようやく小さな声が聞こえる。苦痛の色を帯びた声だが、致し方ないとイーグルは腹に据えた。
自分の持ちモノは慣れきった女になら悦ばれるが、お世辞にもアナルセックス向きとは言えないと自慢でもなく自覚している。
おまけに相手の腰は細い。折ろうと思えば簡単にポッキリ真二つに折れるだろう。
固くシーツを掴んでいる手に無体をしている気分が煽られるが、どんな苦痛を与えようとここまで来た行為を途中で止める気はさらさら無い。

「……目ぇ開けてろ」

その顎を掴んで促すと、イーグルが気に入っている底無しに澄んだ青い瞳が僅かに現れる。
滲む涙に潤みながら揺れていた。
それを戦利品の宝石を眺める気分で見つめながら、腰を相手へ一層強く押し付ける。

「ひ、ぅ……っ」

ずる、と心地良い性感が走って、モノのほとんどが熱く柔い肉に包まれる。
入口のキツい締め付けに反してきゅぷきゅぷと引き吊るように蠢く内部は、イーグルに堪らない快感を与えてくる。
しかし、まだ足りない。
もっと、もっと、たらふく喰って、喰わせたい。
仰向けに横たわる相手の上から覆い被さるようにしていたイーグルは、相手の腰と背に腕を回して勢い良く引き起こした。

「っ…あ…!?」

驚きと痛苦の色を帯びた声に、憐憫の情が湧かないでも無かったが。
少しの隙間も許したくなかった。
胡座を掻いた己の上に軽い身体を乗せ、その肉付き薄い尻たぶを両手で割り開き、ぐりぐりと体内へモノを抉り入れる。
深すぎる結合に彼は仰け反り、苦しそうに口を大きく開けて息を喘えがせている。
その後ろ頭を掴んで引き寄せ、曝け出させた白い首筋を舌で辿り、細い顎を伝う唾液を舐め上げ、そのまま口を合わせた。
逃げるように奥に隠れる舌を吸った。歯列の奥の奥まで舐め回して、呼吸すら奪うように深く貪る。
まるで連動しているように後孔の中が痙攣して一層深く飲み込もうとしてくるような動きを見せるので、下からも小刻みに小突いてやった。
自分の腕の中でされるがままに震える身体が、堪らない。
相手の何もかもを攫っている心地になる。

「………っ!」

しかし非難がましくドンと強く背を打たれる。
イーグルが渋々顔を引くと、グレンは空気を求めて咽せ返った。
咽せる度に身体が大きく痙攣する。中も。異物を揉み込むように蠢く。
イーグルは腹に力を込めて過ぎる快楽をやり過ごしたが、グレンの方は内部に走る刺激が堪え難い様子で、
自分の下腹を庇うように掌で押さえて荒い呼吸を繰り返している。
余程苦しかったのか、ぼたぼたと涙が盛大に顔を伝い落ちていた。
その濡れた頬を撫で拭いながら、イーグルは思う。
泣き顔は良い。
普段のスカした面よりは、ずっとマシだと。

「グレン」

名前を呼ぶと、茫洋とした青い目がイーグルの方を向いた。
いーぐる、と、どこか舌っ足らずな声で応えて、そろそろと手を伸ばしてくる。
首に腕を回して、強く抱き付いて。
まるで溺れる者が、唯一の拠り所へと縋りついてくるように。
もっと求めてこいと願いながら、イーグルは薄く頼りない背を強く抱き返してやる。
そのまま腰をゆるゆる動かし、彼の中を柔らかく行き来する。
性急に動きたい衝動を抑えるのは苦労するが、ゆっくりと突き上げる度に彼が耳元で小さく啼くのがひどく楽しい。
急ぐことは無い。
ゆっくり、じっくり、隅から隅まで、どろどろに蕩かせて。
何もかもを剥ぎ取って、晒け出させて、奥の奥まで染め尽くして。
(オレ無しじゃいられなくなっちまえば良い)
そんな事を思うイーグルの耳元に、彼が忙しない呼吸の隙間を縫うようにして言葉を零した。

「っ…イーグル……好きだ……好き……」

途端に。
イーグルは気付いてしまった。
(マズい)
これは、夢だ。


「…………!」

我に返るようにして目を開く。
見慣れた天井。
自分が住処にしている古宿の一室、窓からは爽やかな朝の光が届いている。
がばっと身を起こしてシーツの中を手探り、己の下半身を伺う。
(あ、危ねぇとこだった……)
今日も元気に朝立ちしている愚息は、それでも粗相はしていなかった。
この歳になって夢精なんて、情けな過ぎる。
ほっと安堵の息を吐くイーグルは、しかし次の瞬間からもう苛立ち始めた。
(くそっ、あの野郎のせいで…!)
歯軋りをしながら、しかしイーグルが向かうのはトイレだ。
何をするにもギンギンに勃起していては始まらない。
便器に向けて己の愚息を擦りながら、ムカつく野郎のあられもないイイ様イイ具合を思い浮かべる。
今朝見た夢を早速オカズにしてやったのは、イーグルとしては自暴自棄な八つ当たりのつもりだった。
それにしても、大層気持ち良くイけた。
が、虚しい。

::::::

イーグルはプライドが高い。
よって間違っても「あなたとセックスする夢を見て夢精しそうになった程あなたとセックスしたいです」とは言えない。
言えないが、自分にとって最も重要なポイントのみを押さえて伝える事はできる。

「グレン、テメェな、いい加減ヤらせやがれ」
「断る」

時は昼時、場所はグレンの執務室。
来訪するなり脈絡も無く詰め寄ったイーグルを、グレンは慣れた調子で即座に切って捨てた。
イーグルの方を見向きすらせず、何処かの地形図を机上に広げて眺めている。
その傍らにはティーカップが置かれていた。一息入れている所なのだろう。
仕事中ならまだしも休憩中であるなら尚更、イーグルはグレンの態度が気に食わない。
断るなら断るで、せめて慌てふためいたり恥じらってみせたり、そういうのが欲しい。
そうでないなら「分かった、ヤろう」くらいにアッサリと応じるべきだろうとイーグルは思う。
アッサリとしていて、しかも断るというのは許し難い。
こちらも見向きもしないというのは全くもって論外だ。

「テメェ、何で断りやがる…!」
「理由は何度も言ったと思うが。性欲処理なら他でやれ。ホれたハれたも同じくだ」
「アホか、どっちでもねぇよ!」
「なら、他に何があるんだ?」

ようやくチラリと視線が向けられる。
いかにも面倒臭そうに細められているが、答えを待つ目をしている。
(性欲処理以外、ホれたハれた以外…)
少し考えて、答える。

「……好奇心だ」
「好奇心?」
「テメェをヤったらどーなんのか、気になる」

自分で言っておいて、イーグルはウンウンと頷いて見せた。
イーグルにとってグレンは、初対面の頃から好奇心を刺激してくる男だった。
自由気ままな傭兵であった自分が、依頼の為に一時的にとはいえ、うっかり軍属になってしまう程度には。
そうして争い事はともかくとしても、それに付いて回る面倒極まりない会議やら視察やらにも付き合ってやっても良いと思える程度には、
彼のやる事なす事に、ひいては彼自身に、興味を引かれている。
冷静かつ淡泊に振る舞う普段の姿は、もう十分に見た。
次は、そうではない姿が見てみたい。
剥いで、乱して、そこに現れるであろう赤裸々な中身の部分に触れてみたい。
これは紛うことなき好奇心だろうと、イーグルは自身の内で大いに納得した。
……しかしその答えは、グレンにとって大して興味を引くものではなかったらしい。
ひょいと肩を竦めて溜息を一つ吐いて、言うには。

「……どうにもならんよ。少なくとも俺はな」

::::::

「っつーわけだ。テメェ、どー思うよ?」
「…そりゃあ、お頭……」

言うだけ言って、ガブガブと運動後に水を飲み干す勢いで酒杯を干しているイーグルに、
その手下であるベイジは渋茶を啜らされたような顔をした。
夕暮れ時を過ぎた貧民街は場末の酒場。
その店のカウンターに腰掛けて2人コソコソと話しているのだが、
話を聞かれたくないイーグルによって酒場の主人はカウンターの内側から追い出され、
2人の背後で客に混じって酒盛りを始めてしまっていた。
適度な喧噪に紛れて、ベイジはイーグルと2人きり。救いの手はない。
どう思うかなんて聞かれても、正直に言ったら叩き殺されそうな予感がベイジはしている。
(そりゃあ、フられたってヤツじゃ……なーんて)
言えない。
言えないという事に気付いてもらいたい。
しかし、そんな心の機微を察してどうこうしてくれるほどの懇切丁寧さを首領に求めるのは難しい。
それを十分に分かっているベイジは、困ってしまった。
イーグルとベイジの付き合いは、長い。
数いるイーグルの手下の中でも古株であり、気心も知れている。こうして2人連んで飲みに行くことも多い。
ベイジは己をケチな小悪党であると自認していたが、だからこそその対局に位置するようなイーグルに心服していたし、
イーグルの方も、非力ながらも知恵や小細工を弄して生き延びてきたベイジの生き意地の汚さを気に入っていた。
とはいえ、どれほど親しい間柄であろうと不用意に逆鱗に触れられれば容赦なく殴り倒すのがイーグルという男だった。
バカな誰かが派手に殴り飛ばされる様を見るのは痛快愉快であっても、自分自身が殴り飛ばされたいとはベイジは思わない。

「何つーか……珍しいっスねぇ。お頭がお相手にそこまで迫るなんてのは」

ちびちびとグラスの縁を舐めて平静を繕い、当たり障りの無い方向へと心掛けて言葉を選んだ。
舵取りは成功したらしく、イーグルはどこか気勢を削がれたように溜息を吐いて言った。

「珍しいも何も、初めてだ」
「それもそうか。お頭のお相手なんて、募れば逆に金を稼げますぜ」
「ああ、そういや50出した野郎もいたな」
「え」

突如湧いて出た新事実にベイジは驚いたが、すぐに気を取り直す。
さも有りなん、というものだった。
腕は良いし稼ぎも良い、名声も有れば顔だって悪くはない。
この貧民街の誰もがいつかは成り上がって街から出る事を目指すというのに、
成り上がっていながらこの貧民街から根城を移さず、酒だ女だと盛大に金を落としていく義理人情の厚さもある。
難といえば理不尽なレベルで気が短い点だろうが、しかしそれもご愛敬。
現に今もどこからか「イーグルが来ている」という話を聞きつけて集まった夜の女たちが、
熱っぽい視線をイーグルの背中に浴びせかけている。
その中に紛れるようにして女々しい野郎が一人くらい混ざっていても、そう不思議な話でもなかった。
傭兵時代もさることながら、軍属となり将軍位に就いてからその人気に拍車が掛かっている。
その事を目の当たりにする度に、ベイジは羨ましいと感じるよりも自身の誉れであるように誇らしい思いがする。
荒くれどもの英雄、娼婦たちの憧憬、そういう男を首領として仰げる自分は最高に最高だと。
確かに心底そう思っているのだが、しかし今現在の首領はというと……

「そういう殊勝なのもいるってのによ。
 ったく、今の相手と来たらコナかけても通じた様子がねぇし、ズバっと誘えばお断りってよ。
 あそこまで可愛げのねぇ奴は見たことねぇ。
 どうすりゃコマせるもんだか……」

明らかにフられてしまった今も諦め切れていない様子。
おまけに、この酒瓶を空けるスピードはどうも自棄酒くさい。
ベイジはガックリと肩を落としながら、誰彼構わず叫び回りたい気分だ。
首領は、こんな男ではないはずなのだ。
美しく豊満な女達に囲まれながら、嫉妬羨望の視線を寄越す野郎共を傲慢に見下して笑って見せるような。
その笑顔がまた悪意に満ちて非情でありながら、どこか無邪気で、どうにもこうにも魅力的な。
そういう男なのだ、本来は!と、憤りに近い感情を一人持て余す。
思わず項垂れるベイジを、イーグルが小突く。

「……おいコラ、聞いてんのかベイジ」
「え、ええはいはい、聞いてますってば」
「だからよ、あー……、…テメェは、どーしたらいいと思うよ」
「…………」

そんな相手、さっさと見切って他に行けば良い。
ベイジはそう思いつつ、やはり直接言うのは憚られる。
しかしそもそものところ、この首領をフるなんてマトモな女ではないだろう。
見る目がないし、自意識過剰にも程がある。
(お頭をこんなにしちまいやがって。探し出してぶッ殺してやりてぇくらいだ)
そうは思えど、無力な女を殺せば良い笑い者になってしまう。そうなると首領の顔にも泥を塗る事になる。
となると、他に打つ手が思い浮かばない。大人しく経過を見届けるしかないのだろうか。
ベイジは酔いが回ってきた事もあり、段々悔しくなってきた。
首領が見初めた相手の女がとにかく憎たらしい。
(オレなら……オレが女なら、お頭をフったりなんて絶対しねぇのになぁ)
胸の痛む苛立ちのままにベイジは勢い良くグラスを干した。そこにまた自分で注いで、飲む。
紛う事なき自棄酒である。
イーグルは鋭い目付きを少し丸くしてベイジを見た。

「おいベイジ、そんなに飲んで大丈夫かよ?」
「お頭よぅ……お頭よぅ!」
「な、何だよ」
「お相手は……そんなに良い女なんで…?」
「あぁ?……んなもん、ヤってもねぇ内から分かるかよ」
「そりゃあ、そうかもしれねぇですが」
「……それに、相手は野郎だ」
「え」

ベイジは固まった。
固まって固まって、たっぷり10秒使って硬直を解くも、動揺を鎮められたわけではない。

「や……野郎ォ!?」
「んだよ、悪ぃか……てか声がデケェ」

イーグルの不機嫌レベルが上がったようだが、ベイジはそれどころではない。
一応声は抑えつつ、問い質す。

「ななな、何でアンタが、わざわざ野郎相手に…っ」
「…………知るかよ。だから、とりあえずヤってみようってんじゃねえか。
 それも断られてちゃあ世話ねぇが」

ぼそぼそと呟くように言うイーグルの、その若干萎びた様子にベイジは絶句してしまった。
女が相手なら、まだマシだった。
男とはそういう生き物だからだ。
今居るこの酒場の主人も元は傭兵だったが、素人の女との間に子供が出来てからはすっかり堅気になってしまった。
昔は相当鳴らした口らしいが、今や見る影もない緩んだ顔で嫁と子供の奴隷と化している。
首領がいずれそうなったとしても、惜しいは惜しいが、そういうものとして諦めるしかないのだろうと思っていた。
しかし、男は。男が相手というのは。
思い浮かぶのは、この貧民街の隅の方、そういう嗜好の男どもが集う通り。
うっすら化粧までした華奢な少年が、シナを作って男を呼び込むその界隈。
首領は、自分たちは、そこに群がる男どもを「悪趣味」だと笑って来たのではなかったか。
……ベイジは、自分が首領と仰ぐ男を、イーグルを、見た。
彼はムッスリと口元を引き結んで、グラスの中の水面を見つめている。
少し切なそうな表情に見えるのが、ベイジには空恐ろしい。

「………分かっちゃいる」

そんな首領の口から、ぼそりと一言。

「は……?」
「オレは頭がおかしくなってる。そう言いたいんだろ、テメーはよ」
「い、いや…それは…」
「オレも、おかしいと思うんだよ。だから尚更、さっさとヤっちまいてぇんだ」
「…………」
「アイツは、ムカつく奴だが……相当な野郎だ。
 同業者やら依頼人やらどうでもいい他人やら、今までそれなりに色んな奴を見てきたが、
 あんな野郎は今後見ることも聞くことも無いだろうよ」
「…………」
「だから……オレは今、おかしくなってる。好奇心。それだけだ。
 いっぺんヤっちまえば、スッキリするに決まってる」

断言する口調でそう言って、首領はぐびりと一口にグラスを干す。
その様は、男から見てもこれ以上なく様になっていて格好良い。
これほどの男は他に知らないし、存在しない、するはずがない…と、ペイジはいっそ狂信者のように思っている。
そう思って、今の今までずっと傍で付き従ってきたのだ。
しかし当の男は、同じような評価を他の男へ向けている。
そして、その男を相手に、トチ狂っている。
思考はじわじわと心の奥底まで浸透し、ベイジは目の色を暗くした。
(どんな野郎だ。どんな野郎が、何で……お頭)
イーグルは、ベイジの空いたグラスへ酒と注いだ。
注ぎながら「くだらねぇよな」と苦々しく笑って言った。
「忘れろ」とも。
無茶な話だ、とベイジは思った。

::::::

「…………」

グレンの目の前に、給仕から供されたばかりで微かな湯気を上げる紅茶。
砂糖もミルクも入れない。純然たる紅茶の風味を楽しむのが昔から好きだった。
カップはシンプルに白一色の陶器。縁に歪な厚みの残る二流品だが、
気楽に扱える上に美しく澄んだ紅がよく映えるそれをグレンはそれなりに気に入っている。
そのカップを手に取り、立ち上る湯気に細く息を吹きかけてから、カップを傾け一口啜ると目を細め、内心で呟く。
(不味い)
……ティータイム、と言えば聞こえは良いが、要は昼時の休憩時間である。
帝城に出仕している時には、この時間帯に自分の執務室で紅茶を飲むのがグレンのちょっとした習慣となっている。
毒殺を希望する者たちにとっては好都合な習慣だと思われるも生憎、魔術とは大変便利なもので、解毒は初歩的な魔術だった。
高位の魔術師であるグレンも当然のように使える。魔導書や呪文の類すら要らない。
一息吹きかけるだけで行使出来る。本当に便利なものである。
そんな便利な魔術もこの帝国においては“異民の小手技”として忌避されてきて、
前の大戦でようやく軍事的価値を認められ推進され始めたばかり。
そんなものだから、年寄り連中にはその利便性に未だ馴染みが薄いのだろう。
何を何度盛らせても効き目が無いのを不思議に思うだろうに、未だに3日に一度は繊細な紅茶の風味が悪い方へ変質している。
今日もそうだった。
が、グレンは素知らぬ顔で飲み進める。
正直なところは、不味い茶を飲まされる事に多少の不満は感じている。
毒物混入の首謀者を追い詰め追いやるのも、可能である。
が、労力と時間が掛かるくせ実益に乏しい。
どうせ毒物混入を止めさせたところで、また別の嫌がらせじみた暗殺手法を試してくるに違いない。
それを考えれば3日に一度以外は問題なく美味い事だし、毒の件は捨て置いたままにするのが最も合理的であると思われた。
なので、さっくりと思考を切り替える。

「ところで、イーグル」
「あぁ?」

来客用のソファに寝そべり、昼間から酒を瓶から煽っている男。
近頃どうもここを自分の根城と勘違いしているのではないかと思うが、まぁそれはどうでも良い。

「お前の子飼いを何とかしてほしいんだが」
「は?何だって?」
「お前の傭兵時代からの部下だ。お前の近辺を嗅ぎ回ってるようだぞ。
 ついでに俺の所まで嗅いでるらしいのが鬱陶しい」
「……そりゃ確かか」
「ああ」

グレンは躊躇無く答えたが、その目で確認した訳ではない。
付近を張らせている自前の隠密から報告を受けただけだ。
しかしグレンは信用出来ると確信していない相手に隠密という重要な役割を任せるほど安穏とした性格をしていなかったし、
一旦信用出来ると確信した相手をいつまでも疑ってかかるほど暇でもなかった。

「オレのとこの誰だ?」
「そこまでは知らんよ。誰であろうとお前が対処するのが筋だろう」

言われたイーグルは渋い顔ながらも頷いて見せる。

「調べさせておく。ついでにヤらせろ」
「何のついでだか知らんが、お断りだ」

グレンは思わず脱力しかけたが、慣れてもいるので即座に拒否を返した。
滑稽でしかない無意味なやり取りであるが、たまに面倒に感じることもある。
減るものでもなし、一度くらい好きにさせてみれば収まるか、と思わないでもないのだが。

「テメェな……終いにゃ無理矢理犯すぞ」
「お前はそんな事しないさ」
「………」
「するのか?」
「……しねぇよ、ボケ」

吐き捨てるように悪態をついて、イーグルは仏頂面で黙り込む。
それを見て、グレンは笑った。
少し、楽しい。

::::::

イーグルは、この頃「何故なのか」という事をよく考えている。
かく言う今も考えている。
馴染みの娼館で、せっせと腰を振って欲望を吐き出した疲労感のままゴロリと寝台に横になり、
女の手が腹の辺りを撫で始めるのを好きにさせておきながら。
(女は良い。男より断然良い。何故か。…乳とマ●コがあるからか?)
そんな事を考える。
ろくでもないが、気にしない。
(手間が掛からねぇってのは良いな)
一度金を積んで乞うて来た男を抱いた事があるが、あれは非常に面倒だった、とイーグルは当時を振り返って思う。
何せ女のように柔らかくとろけるような性器が当然ながら有りはしないので、性的でない穴を解して解して、
興奮も手コキで強引に引き摺り出して、そうしてようやく交合を果たした後も締まりすぎて痛いやら、
良い具合にぬかるんで来たかと思えば流血沙汰やら、とにかく大変に面倒だったのだ。
相手の男も大して感じていなかった。
男はモノを見れば一目瞭然なので、間違いない。
しかしそれでも相手の男は事後、いかにも幸福そうに笑い泣いていた。
『一生の思い出にします』
そう言われて、何だか思いもよらず慈善活動に精を出してしまったように感じて苦々しく思ったものだ。
そして、二度とやるか、とも。
(ところがオレは今、男を相手にヤりてぇと思っている。何故か)
女は、事後の愛撫にイーグルが何の反応も示さない事に退屈したのか、そのまま懐で寝に入ってしまった。
ふと思い付いて、その髪を手に取る。
サラサラとこぼれ落ちていく、手触りの良い長い黒髪。
(アイツの髪に、触りてぇ)
髪に触るくらいはイけると思い、決行を予定しておく。
(あの目も。間近で覗き込むと気分が良い)
それもイけると思い、予定に追加しておく。
あの短髪に触っても、指先が少々くすぐったいだけだろう。
目を覗き込んだところで、己の顔をうっすら反射して見せるだけだろう。
突き詰めて考えるなら、セックスだってそうだ。
アレを抱いたところで全く柔らかくはないだろう。男にしてもアレの身体は肉付きが悪過ぎる。
穴の具合が良い可能性はあるが、流血沙汰は萎える。そうなると手間が掛かる。女の方が断然良い。楽だし、手軽だ。
しかし、それでもやってみたいものはやってみたい。
……好奇心。
あの時は、そう言ったが。
果たしてそれが答えで良いのだろうか。
グレンは、ヤってみたところで「どうにもならない」と言った。
それは多分事実だろうと思う。
どうにもならない。何も変わらない。グレンはいつも一人きりで完結している。揺らぐことがない。
そういう所が面白いと思っていた頃もあったが、今は行き止まりに突き当たった心地がした。
それで……つい、手下を相手にクダを巻いてしまった。
自分でも格好が付かないと分かっていたのに、それでも誰かに吐き出さずにはいられなかったのは自分の甘えだ。
相手は選んだつもりだったが、ベイジは引き攣り返った酷い顔をしていた。
思えば、少し夢見がちなところがある奴だった。多分に失望させてしまったのだろう。
しかし、そうして失望させてまで吐き出したところで何も変わらなかった。
相変わらず胸の内には黒々として重苦しい何かが、とぐろを巻いて居座っている。
(どうすりゃ良いってんだ畜生)
こんなのは柄じゃない。
そう思いながら、それでも考えてしまう。
自分のことを。
グレンのことを。
(何故か。何故なのか)
例えば。
あの男が「仕方ないな」、とか。
「お前なら良いよ」、とか。
「お前だけだ」、とか。
そんなような事を言って、笑って。
『一生の思い出』になどならないくらい、何度も、何度も、何度でも。
そんな風に変われば気分が良いのに、と思う。

「……ん?」

何か股の当たりがムズムズすると思えば、そこはすっかり勃起していた。
ヤりたい、暖かく濡れた穴に埋まってズリズリしたい、と言わんばかりにガチ勃起していた。
ので、寝入っていた女を起こして取り敢えずハメた。
女は文句を言いたげではあったがソコは確かに暖かく濡れた穴で、ズリズリすると気持ちが良いし、
女も直に満更ではない様子でアンアンと嬌声を上げ始める。
だが、コレは代わりだ。
(アレをヤれれば、コレは要らねぇ)
正しくろくでなしであるが。
だって、今のところアレをヤれないから仕方がないのだとイーグルは思う。
無理矢理にでもヤろうと思えば、ヤれるはずだ。
アレの魔法は厄介だが、それでもこちらを殺す覚悟で抵抗する事はしないだろう。
常に打算を働かせているからだ。
わざわざ雇った相手を殺して替えを探すよりも、少ない労力で済ませられる方を選ぶ。
そうして身体を開くだろう。
アレはそういう男だ。
だが、しかし。
『お前はそんなことしないさ』
そう言った時、アレはちょっといつもと違う、何だか良い感じに笑った。
苦々しくも皮肉っぽくも無い、穏やかな笑み。その顔を思い出す。
堪らない熱がどこかの奥から湧き出てきて、その感覚をもっと追いたくて、目を閉じた。
アレにはこんな都合の良い穴は付いていないのだろうが。
(あー、アレをヤりてぇ)
欲望が差し迫ってくると、“何故なのか”なんてどうでも良くなった。
アレをヤりたい。
アレがどんな顔でヤられるのか、あの目が涙に濡れる様は、股ぐらは、穴の中は、どんな顔で、どんな具合で、どこが感じるのか、
どんな風に、どんなセックスをアレはするのか…
考え出すと、ちょっぴり、ねっとりと、イーグルの妄想力が仕事をし始めた。
先日見た淫夢を熱心に思い起こし、追いかける。

……ところで、先程までは事後だった。
なので当然今は数発目になるのだが、それにも関わらずイーグルは先程よりもずっと早くに達していた。
最短記録かもしれない早さに女は得意気な笑みを浮かべるが、イーグルは物も言わずに横になってさっさと寝入った。
今自分の隣で上機嫌に寝そべっているのがアレでない事が不服だった。
翌日の晩にはその最短記録が女の性技武勇伝として夜の街にバラ撒かれる事になるのだが、
そんなことは不貞寝しているイーグルが知る由もない。

::::::

ベイジは一人自室に引き籠もり、ひたすら困惑していた。
首領がトチ狂った相手の男を調べてみたのだ。
途中、嗅ぎ回っていたのが何故かバレたらしく首領から「鼠を捕まえろ」とのお達しを受けた。
あれは恐らく、当の鼠が自分である事を分かっていたのだと思う。クギを刺された形だ。
しかしベイジは、それを無視した。無視する罪悪感よりも勝る、強い衝動があったのだ。
そうして、さして時間も掛からず浮かび上がってきた男の姿を思い返す。
まさかと思って、出そうになる結論を否定したくて何度も首領の周囲を探ってみたが、
あの男以外にそれらしい者は全くもって見当たらない。
男の名はグレン。金髪碧眼、細身の中背、年齢は不詳……20代以降、としか言えない。
単純に外見で判じるなら30前後であるように見えるのだが、表情や言動の端々に厭らしい老獪さが滲んでいて、
とてもじゃないが見掛け通りの年齢であるとは思えない。どうにも外見と内面が合致していないような印象がある。
――何かに取り憑かれてでもいるかのようで、薄気味悪い。
そう評する者もいた。
それでも、単純に見目だけについて言えば、それなりに良い。
整った顔立ちをしているし、帝国では珍しい金髪碧眼も滑らかそうな白肌も人目を惹くには十分だろう。
幼い少年の頃合いであれば、男娼として一財産が築けたかもしれない。
そんな憶測を立てる事が出来る程度には端麗な容姿をしている。
が、しかし、だからといって。
(あんまりだ……)
……彼との面識は、以前からあったのだった。
ベイジたちは彼のことを、多少の揶揄も込めて「軍師殿」と呼んでいる。
正式な役職名は長ったらしい上に幾つかあって覚えていられない者が多いので、
吟遊詩人が謡う戦記物で馴染み深い「軍師殿」と呼ぶのが都合良かったのだ。
そしてそれはその内に軍部全体に浸透し始め、今では公式の場以外で彼の正式役職を呼ぶ者は殆どいない有様。
まぁ、つまりは軍師殿なのである。
その軍師殿が、首領の力を見込んで依頼をしに来たのは昨年の話。
軍師殿から首領への依頼内容は、首領しか知らない。人払いした根城の一室で、随分長いこと2人で話し込んでいた。
ベイジたちが知っているのは、前金としてとんでもない大金が支払われた事と、
首領があれよという間に将軍として軍属になったという事だけだ。
前者はともかく、後者を面白く思わない者は多かった。
傭兵の頭に付いてきたのであって、国の飼い犬に付いていく気はない、とか何とか。
そうして仲間内から去った者もいれば、軍師殿は気に食わないが首領には何がどうあっても付いていくという者もいた。
しかし他方ではベイジのように、軍師殿も中々のもんだ、面白そうな匂いがする、というのも。
そう。
ベイジはというと、軍師殿を気に入っていたのだ。
首領に目を付けるとは中々見る目のある男であるし、何かを勘違いして声高に命令してくるような事も無い。
他の軍人がそうしたなら、詫びを入れてくる事すらあった。
ベイジたちがあくまでもイーグルの配下であることを認めている。
そういう、物事を弁える賢さを持つ男ならベイジは好きだった。
だが、しかし。
(あんまりだ、酷すぎる。こんな話があって良いもんか)
首領は、軍師殿の金と心意気を買って依頼を受けたのだと思っていた。
2人で大陸全土を揺るがすような大仕事をやらかしてくれるのだろう、と心躍る浪漫すら感じていた。
しかしそれも首領が軍師殿相手にトチ狂っているとなると、意味合いが全く変わってくる。
(お頭が、お頭が、そんな事)
酷い、酷い、酷い、とベイジは嘆いた。
旗揚げから付き従い首領と仰いできた男が。
(……男に誑かされて、手玉に取られるなんて)
酷すぎる。
そんなことは許せるはずがない。
許す必要もない。
(殺そう。軍師殿は中々のタマだが、駄目だ。生かしちゃおけねぇ)
呪詛のように決意を胸の内で呟きながら、しかし一方でひどく納得している部分もあった。
何せ、首領は。
酒は異国産の禁制品、得物は流通の少ない長大剣、女は帝国女より異民の血混じりを好んで選ぶ。
要するに、珍しいものに惹かれる癖がある。
(その果ての果てが、コレか)
軍師殿なら、確かに珍しい。
何せ、昔から異民への排斥圧力が強い帝国において、皇帝自らが直々に厚遇にて迎え入れた出自不明の異民だ。
帝国においては他に類を見ない、最も珍しい人間と言っても過言ではない。
酒や得物にするように愛でるのは良い。
贔屓の娼婦にするように愛すのも良い。
今はまだそれに近いもので済んでいるだろう。
だが、それも時間の問題であろう事にベイジは気付いてしまっている。
伊達に長く付き合ってはいないのだ。
(汚れる。首領の生き様が汚れちまう。そんなの駄目だ。汚させねぇ)
いつだって、首領自らが取り合うまでもない些事を人知れず処理するのはベイジの役目だった。
ベイジは、その役目を苦に感じたことはない。
首領はベイジの英雄だ。
堕ちて良い存在ではない。
腰に帯びた短剣を手に取った。
刃は鋭く磨かれている。

::::::

「ところで、イーグル」

いつもの休憩時間。
いつも通り来客用のソファに寝そべるイーグルを眺めながら、グレンは手にしていた紅茶のカップをソーサーに降ろして口を開いた。
イーグルは、いつも通り…あるいはいつも以上に仏頂面をしている。
何やら機嫌が悪いようだったが、今からもっと機嫌を悪くするだろうとグレンは予測して、告げる。

「昨晩、お前の部下が夜襲に来たぞ」
「あぁ?どこにだよ」
「夜襲に行ったんじゃない。来たんだよ。俺のところに」

イーグルは身を起こして眉尻を上げた。

「……何でまた?」
「お前を誑かした俺を許さないらしい」
「…………」

夜襲自体は、他愛もないものだった。
眠る時には必ず部屋の窓と入口に結界を張るので、何人も部屋には入れない。
が、目に見えない障壁に阻まれた侵入者はそれも想定の範囲内だったようで、
持参したらしい大鉄槌で部屋の壁を叩き壊してくれたのだった。
当然大きな物音でこちらの目も醒めるし、役立たずの衛兵も流石に飛んでくるのだが、
侵入者は捕まるよりも早く対象の首を取れれば良いと言わんばかりに、感情的に躍り掛かってきた。
なので、これは何か事情があるなとサックリ身柄を拘束してみると、尋問するまでもなく出てきた言葉がアレである。
どっと疲れが来た。
ゲスの勘ぐりで極端な行動に出る部下も部下だが、そもそもこんな疑惑を部下に掛けられるイーグルの言動も問い質したいところだった。
たまたま損害が部屋の壁と自分の睡眠時間のみだったから良いものの、これがもっと深刻な害をもたらしていたら目も当てられない。
……などと、かくかくしかじか苦言を交えて顛末を伝えてみたのだが。

「そうか……」

イーグルは力無くそれだけ呟いた。
怒らない。
かといって、呆れるでも笑うでもない。
片手で目頭の辺りを揉みながら、無言でいる。その表情は見えない。
夜襲の理由が理由だけに、イーグルは激怒するだろうとグレンは思っていた。
予想に反して乏し過ぎる反応に、拍子抜けた感は否めない。

「……心当たりでもあるのか?」
「ああ……そりゃ、ベイジの野郎だろう。テメェから苦情があった件もな。
 オレの手落ちだ。ちぃと要らん事をアレに言っちまった」
「要らん事?」
「要らん事は要らん事だ。アレにしか言ってねぇから気にすんな」

ようやくイーグルは顔を上げた。特に気負った様子は見られない。
のそりと立ち上がり、ソファに立て掛けていた得物の大剣を背負うとグレンの方を見て言った。

「んなことより、どうする。殺すか?」

淡々とした、色の無い声だった。
グレンは視線をカップの紅茶に落とす。今日は毒入りではなかったのに、もう温くなってしまっている。
一息に飲み干してしまって、大して答えたくもない質問に答える。

「それは、お前が決めて良い。お前の部下だ」
「じゃあ殺そう。どこにやった?」
「地下牢に入れてある」
「おし、ちょっくら行ってくらぁ」
「……俺も行こう」

イーグルは不思議そうに2、3度瞬きをしたが、何も言わなかった。

地下牢に放り込んだ男は、イーグルの子飼いの中でも比較的古参の者だ。
実力者という程ではなかったが器用に立ち回る性質で、彼らの中における求心力もそれなりに大きい。
となると、それを下手な理由で下手に殺させるのは他の者たちの動揺を誘う事になりかねない。それは困る。
元々が首領であるイーグルの命令しか聞かない“ならず者たち”であるだけに、
万が一イーグルへの不信が招かれれば今後の運用にも慎重にならざるをえない。
彼らを使わないなら使わない手もあるが、臨機応変な荒事に長ける彼らは、無為に捨てるのが惜しい程度には重宝している。
殺すにしても、その死を周知する際には手を打った方が良いだろう。
……などと、染みついた習性としてつらつら考えてはみたものの。
それは本質ではあるが建前だ、とグレンはあっさり己に認めた。
本音は、単に気にかかるのだ。
恐らくは気心知れた仲であろう古参の部下を、イーグルは淡々と殺そうとしている。
そこまで非情な男だったか?という問いが脳裏に浮かぶ。
(……好奇心、か)
あれは、便利な言葉だと思う。
単なる好奇心なら良い。
行き過ぎさえしなければ、物事を為すにあたって大した邪魔にはならない。
言い訳のように、あるいは自戒のように、グレンは思う。
しかし、その好奇心も早々に満たされることになった。

「……地下牢が死に場所ってのは、嫌なもんだな」

地下牢への道すがら、ふとした調子でイーグルが言った。
恐らくは無意識に、殺される方の立場で物を言った。
(……それならそうと、言えばいいのに)
難儀な男だな、グレンは呆れるようにして思った。
しかしあえて表には出さない。
イーグルの隣を歩きながら、何気ない話を続けた。

「死に場所に良いも悪いもないだろう」
「アホか、あるに決まってんだろ。テメェは肥溜めで死んでも良いってのかよ」
「肥溜めか。その発想は無かったな。落ちた事があるのか?」
「…………ねぇよ。ある訳ねぇ」

あるらしい。が、追求されたくはないらしかった。
実際に落ちた者しか分からない地獄がそこにはあるのだろう。
それなりに想像するに容易い地獄ではあるが。

「落ちた事はねぇが、普通に考えて人生最後の地が肥溜めなんて最悪だろうが」
「肥溜めで腐れるなら、土を肥やすのに役立てて尚良いじゃないか」

いかにも適当な様子でそんな事を言うグレンを、イーグルは底無しの馬鹿を見る目で見た。
そしてその愚かさに同情するように、溜息を吐いて言った。

「じゃあテメェが死んだら、肥溜めに投げ捨てても良いってのかよ」
「まぁ、死体が残っていればな」
「残っていればって……何をどうやって死ぬ気なんだテメーは」
「さぁ」
「……つーか、肥溜めは嫌です勘弁して下さいとか言えよ。そしたらオレは」
「お気遣いなく。肥溜めも俺には似合いの墓だろうさ。
 そんなことより、俺がお前を弔わずに済む事を祈るよ、イーグル」

グレンは笑った。
イーグルは、何とも言えず不機嫌に顔を顰めさせる。
言葉が途切れるも、地下牢はもうすぐそこだった。
続く扉を開けば、冷たく湿った空気に包まれる。

::::::

イーグルは、日常すぐに感情を顕わにする反面、平然とした顔をして激情を抱く事もある。
平然とした顔でイーグルは、今自分はこれ以上などそう無いほどに怒っている、と思っている。
それを顕わにするのは醜態に当たるのではないかと思えるほど怒り狂っている、と。
牢の中で力無く座り込み、うなだれている男。

「ベイジ、やっぱりテメェか。馬鹿な事をしたな」
「お頭……どんな罰も受ける。けど軍師殿は駄目だ。そいつは、お頭を駄目にする」

これ以上は無いと思っていたが、その上があった。
イーグルはますますハラワタが煮える心地がした、が、やはり顔には出さない。

「……テメェは馬鹿だが、それでもオレの手下だ」

だから、そんな馬鹿を手下にしたオレが馬鹿だったのだろう、との言葉を続けようとしたが、
しかしそれは違うと思い直した。
ベイジと過ごした日々は、悪いものではなかったからだ。
だからあの日、酒の相手に誘ったのはベイジだった。
こいつ以外にあんな戯言は抜かせない……そう思った。
信用ではなく、信頼を。
今は、判断を間違えたとしか言いようがない。失敗した。大失敗だ。
(馬鹿な事をしたのは、オレか)
イーグルは酷く胸くそ悪いような気分になった。
そして、いつまでもこんな気分でいたくない、さっさと終わらせてしまおうと思った。

「おいグレン、地下牢ってのは血で汚していいのか?」
「それは構わないが。……本当に、殺す気か?」

グレンのその言葉は、胸の不快感にほんの一滴、違うものを混ぜる。

「殺す以外に、どうしろってんだ」
「諭すのは?」
「諭されて“ハイ分かりました”ってなる程度の覚悟しか無かったなら、それこそ大馬鹿野郎だろ」
「……馬鹿は、生きる価値が無いかな」

あるもんか、と言おうとして、言えなかった。
思い返せばベイジも含め、自分たちは馬鹿ばかりだった。
馬鹿が集まって馬鹿騒ぎをして、散々馬鹿をやって生きてきた。
楽しかった。

「………。……グレン。テメーの暗殺未遂の罪ってのは、どんなんだ」
「軍部高官暗殺未遂なら、通例であれば死罪だな」
「だろうな」

傭兵の掟でも、裏切り者には死あるのみだ。
どんなに愉快な野郎が相手でも、勝手を許せば沽券に関わる。
最初から確認するまでもなく分かりきっていた話だ。
しかしグレンは続ける。

「だが帝国軍将には、端役の軍人及び民間人に関しては独自に裁判権が与えられている。
 つまりお前が死罪と言えば死罪だし、無罪と言えば無罪だ」
「何だそりゃ?やりたい放題じゃねぇか」
「やりたい放題出来なければ、何の為の地位だか分からないと思わないか?」

どんな顔をして言ってやがる、と思って見れば、隣に立つ男は静かな顔でこちらを見ていた。
この男も、平然とした顔で、何かを強く思う事があるのだろうか。
あるのだろう。
彼が自分に依頼を持ってきた時の事を思い出す。
あの時も、話の内容の割に、やけに静かな顔をしていたのを覚えている。
案外自分より強い激情が内にあるのかもしれないが、しかし本人以外にそれを確かしめる術はなかった。
グレンは、自身が望まない感情を綺麗に死なせてしまうような節がある。
自分は隠す事は出来るが、それだけだ。
殺せない。

「……………」

しかしそんな自分を許すのは、許されるのは、それこそイーグルには屈辱だった。
地面に這い蹲って命を乞う行為と何が違うのか、と思う。
無様でしかない。
イーグルは己がそうする事を、許せない。
誰に何を言われようとも、それで何を失おうとも、曲げたくないプライドがある。
殺すべきは、殺すのだ。
己という人間はそういう男でなければならない、とイーグルは頑なに信じている。

「お頭、オレは覚悟の上で動いた!けどな、そりゃ軍師殿と刺し違えて死ぬ覚悟だ!
 殺すなら殺してくれ!その代わり、軍師殿の依頼は捨ててくれ! 
 そうじゃなきゃ、お頭、あんたが…!」
「黙れ、ベイジ」
「お頭……!!」
「黙れよ」

(それ以上、オレの甘えを足蹴にしてくれんなよ)
そんな事を思って、ようやく気付いた。
怒りを、隠せていると思っていたのだが。
そうではなかった。
(ああ、なんだ。オレは……)
悲しかったのか。
認めて、イーグルは少し俯いた。
目を閉じる。
ベイジは良い奴だと思っていた。
今でもその思いは捨てきれない。
苦楽を長く共にした。
よく慕ってくれた。
それなのに何故ここへ来て無謀な真似をしたのか。
(そんな事をするから、こんな狭くて薄暗い地下牢で、オレはお前を)

「一つ、異なる事例を挙げるなら」

瞼に塞がれ黒く染まった世界に、グレンの声がした。
何故だかいつも涼しげに響くその声は、脈絡のない事を告げる。

「俺の飲む紅茶には、3日に一度は毒が盛られている」
「……はぁ?」

思わず閉じていた目を開く。
唐突で、しかも初耳だった。
だってグレンはいつも美味そうに味わって茶を飲んでいる。

「そのまま飲めば即死するような猛毒が、数種類。
最近はその量も増えてきたようだ。
 当然無為に死んでやる気はないから、解毒してから飲んでいるが。
 犯人について首謀者も実行犯も分かってるし、その者たちを自由に裁く権限もある。
 が、俺は野放しにすることにしていてな」
「……何が、言いてぇ」
「不味いんだよ、紅茶が。
俺はいつもそれなりに楽しみにしているのに。
 だが紅茶を不味くしたところで、まぁ普通は罪に問われない。
嘆かわしい事にな」

……随分と遠回りな事を言っている。
が、意図は分かる。
ベイジが馬鹿をやったせいで今日のグレンは寝不足になり、部屋の壁には穴が開いた。
つまりは、そういうことだろう。
グレンは軽い調子で肩を竦めて見せる。
イーグルは唖然とした。

「……………はは」

唖然として、しかし思わず笑ってしまった。
想像してみたのだ。
「紅茶が不味いから」、「寝不足になったから」などと言って、グレンが犯人をぶち殺す様を。
くだらない。
馬鹿じゃねーのか、と思った。
そんな事で殺すなよ、と。
……そう、思えてしまった。

「はは、っはははははは!」

笑いが溢れて止まらない。
ベイジが驚いたような顔でこちらを見ている。
気分が乗ったので牢の中に入り、ベイジの腹に思いっきり蹴りを入れた。
豚のような嗚咽を上げて転がるその様すら笑えて、更に上から蹴った。蹴った。蹴った。
ベイジは両手で頭を抱えて蹲り、その隙間から怯えに満ちた目がちらりと見上げてくる。
気でも狂ったのかと問いたいのだろうが、後から後から沸いてくるこの笑いが一体何なのか、自分でも分からない。
ただ、おかしい。
おかしくて堪らなくて、イーグルは存分に暴力を振るいながら、ひたすら笑った。
笑って笑って笑い過ぎて、ほんの少し涙が出た。
腹が苦しい。
ついでに胸も。
グレンは笑わない。
ただ黙って静かにそこにいる。
どこかに行ってろ馬鹿野郎、とイーグルは思った。
しかし同時に、それでいい、お前が傍にいないと駄目だ、とも思った。

結局。
半殺し+肥溜め落としの刑に処す。
それが、イーグルがベイジに下した判決となった。
グレンは「素直に殺してやった方がマシなんじゃないか」と一瞬思ったものの、
肥溜め落としの刑罰としての有用性の方に興味が向いて、ベイジに対する同情は忘れた。
ベイジは受けた刑罰に心のどこかが折れたようで、『故郷に帰る』との書き置きを残して姿を消した。
当該の刑は、少なくとも傭兵たちに対しては実に恐るべき効力を発揮するらしかった。

「引き続き検証を続けたいところだな。一般の罪人でも試してみるか」
「やめてやれ、テメーは鬼かよ」
「発案者には言われるとは心外だ」

グレンは笑い、イーグルもつられるようにして笑みを浮かべた。
そうしてこれにて一件落着……とはまだいかず。
イーグルの胸には、一つしこりが残っていた。

::::::

……エディは多少重宝される特技はあれど、一介の書記官である。
農民上がりの穏やかかつ小心な性格は、特に敵を作ることもない。
しかし直属の上官であるグレンが、一介の上官ではなかった。
一応は文官の立場でありながら戦場に随行する事が多い上に、その特殊な来歴の為に嫉妬や怨嗟の的になっており、
帝城内にあっても日常的に命を狙われている。
そんな訳でとにかく危険極まりない職場であったが、当の上官が自分への庇護を惜しまずにいてくれるのと、
荒事は水面下で行われるように配慮してくれているようなので、最も身近な危険は別にあるとエディは思っている。
最も身近な危険。
エディはそれのことを、「イーグル将軍」と呼んでいる。
近頃、上官の執務室、つまりは自分の主たる職場に入り浸っている変わり種の将軍閣下なのだが、到底将軍らしからぬ荒んだ風体をしている。
その彼が、とにかく怖い。
見た目も怖いが言動も怖い。
彼の眼前にいると、自分が肉食獣を前にした草食動物であるような気がしてくる。
今のところ「邪魔」だの「ウゼぇ」だので睨まれ怒鳴られる程度で済んでいるが、
いつもあの吹き荒ぶ雹のような視線と間近に落ちた雷のような怒声で、心臓が止まりそうな心地がしていた。
が。
その彼の様子が、ここ最近おかしい。
おかしい、というのは語弊があるかもしれない。
素晴らしい事に、平穏なのだ。
つまりは大人しい。
定位置となりつつある来客用ソファで酒瓶を片手にしながら、それを飲むでもなくボーっとしている。
気配も薄い。
いつもは威嚇するような、濃厚な怒気を纏っているのに、だ。
そんな訳で小春日和のような穏やかさのある近頃の日常だったが、強く望んでいたはずのそれをエディはあまり歓迎する気にもなれなかった。
彼がいつもの調子で無いなら無いで、体調でも悪いのかと何だか心配になるのだ。
かの人は非常に短気で極めて粗暴というだけで、どうやら極悪人という訳ではなさそうなのは上官とのやり取りを間近で見ていて知っている。
良い人、と言うには流石に抵抗があったが、悪い人とも言いにくい、そんな人だとエディは思っている。
それでも声を掛けた弾みで殴られる危険くらいはありそうだったが、彼には一つ弱点があった。
エディの上官である、グレンの存在だ。
ちらりと上官の方を見てみた。
彼は黙々と書類に印を押しながら、順調に書類の山を築き上げている。
と言うことは、一応は余裕があるということだ。
この働き者の上官は、全ての身動きが止まっている時こそ思考に集中して周りが見えなくなっている事が多い。
そうなると将軍の鋭い怒声すら届かない可能性があるが、その点今なら大丈夫だろう。
もし猛獣が暴れ出したなら、止めてもらえる。
その確信を胸に、エディは思い切って声を掛けてみる事にした。

「あ、あの~…イーグル将軍…?」
「…………あぁ?いたのかメガネ」

貴方がここに来られる前から居ましたよ…それと僕の名前はメガネではなくエディです…と思いつつ、口には出さない。
そっと、そぉ~っと触れなければ、噛まれて死んでしまう恐れがある。
再度慎重に、と心に決めたところで、将軍の米神がピクリと脈動したのをエディは見た。
思わずひっと身を縮め込ませる、が、警戒した怒声は飛んでこない。

「……メガネ、テメーちょっとこっち来い」

難しい顔をした猛獣が手招いている。
怒った様子はなく、グレンの方をちらりと窺って、エディの方をまた見る。
どうやら小声で内緒話がしたいだけらしいと分かったが、近寄るのは初めてだ。
足が竦んだが、短気な相手を待たせる方が危なそうなので、おっかなびっくり近寄ってみると猛獣はエディの耳元に顔を寄せて小さく言った。

「ちぃと聞くが。テメーよ……茶の淹れ方、知ってるか?」
「へ……お茶、ですか?」
「コーチャだよコーチャ。ほれ、アイツがよく飲んでやがるだろ」
「はぁ。それは、まぁ…給仕の方ほど上手くは淹れれないとは思いますけど、一応…」
「なら修行して来い」
「……はい?」
「修行して、今後アイツの茶はテメーが作れ」
「えっ…」

エディは思わずイーグルの顔を見た。
怖い。
が、凄んでいるつもりはないらしく、視線をそらされた。
心なしか気まずそうな顔をしている、ように見えなくもない。

「それは、その、……理由をお聞きしても…?」
「………アイツに借りを作っちまったんだよ。返さねぇと気分悪ぃ」
「…………?」

ちょっと意味が分からない。
この2人に貸し借りがあったとして、どうして自分が給仕係をやる事に繋がるのだろう。
今の給仕の事は、紅茶好きの上官は気に入っている。
美味しい紅茶を淹れてくれるらしい。
それを自分が淹れてしまっては、借りを仇で返すことにならないだろうか。
そのような事をそっと控えめにゴネゴネしてみたが、猛獣は聞き耳を持ってくれない。
しかも段々と苛々しだしている。
良くない徴候にエディはひとまず黙ったが、窮地は続く。

「いいか、3日だ。3日以内に上手くなれ」
「3日!?む、無茶ですよ…!」
「無茶でもやれ!」
「……イーグル」

将軍の怒声が飛んだ瞬間、涼しげな声が窘めるように彼の名を呼んだ。
厳しい干ばつ期にようやく雨の気配を見つけた心地で上官を見るエディのその目には、涙が浮いている。
それを見つけたグレンは顔を顰めて溜息を吐いた。

「……何だか知らんが、エディはお前の部下じゃないんだ。用件なら俺に言え」
「あぁ?テメーには関係ねぇだろうが」
「関係ないはずがないだろう。エディは俺の直属だぞ」
「………」

イーグルは黙り込んでしまう。
その隙にエディはこそこそと距離を取って、自分の執務机の影に身を隠した。
視界にさえ入らなければ、自分の事など気にも留められないだろう。
そのまま場が収まるのを待っていると、足音が聞こえた。
恐らく、将軍がエディの上官の元へ近づく音。
無言なのが怖い。
そういえば、イーグル将軍の弱点は自分の上官であると思い込んでいたが、果たして本当にそうなのだろうか。
口喧嘩なら、喧嘩にもなっていない有様で将軍の方が言い負かされている。
しかし実戦となると、どうだろう。
上官は腕の良い魔術師であるが、イーグル将軍も腕の良い傭兵上がりだ。
まさか城内で派手な戦闘になることはないだろうが、しかし将軍の短気さは半端ではない。
エディは段々不安になってきた。
自分の命は惜しいが、何だかんだ言ってエディは2人のことが好きなのだ。
本当に退っ引きならない状況になったなら、自分が止めないければ。
2人と比べると地を這う蟻のような自分の無力さに身が竦むが、自分が止めに入れば、きっと上官が何とか取りなしてくれるだろうと、
そんな男として些か情けない事を思いつつ深呼吸を繰り返していたところで、ようやく話し声が再開した。
将軍の、彼らしからずボソボソとした声が聞こえる。

「あー……オレの弟がよ。ガキの頃、酒を飲んで不味いと抜かした事がある」

何の話だろう、とエディは思った。
黙って続きに耳を傾ける。

「だから、酒に牛乳と砂糖を入れてやった。弟は、これなら飲めると喜んで飲んでた」
「……そうか」
「茶が不味けりゃ、テメーもそうしろ」

……よく分からないが、物騒な話でもないようなので、そっと机の影から顔を出してみる。
こちらに背中を向けている将軍の表情は窺えないが、ばりばりと後ろ頭を掻いて、何だか落ちつかない様子に見えた。
と、いきなり振り返られて、マズイ、と思ったら案の定。
うっかり目が合うなり、真っ赤な顔で怒鳴られる。

「何見てんだメガネ!見せもんじゃねーぞ!!」
「ひぃ!すみませんもうしませんごめんなさいっ!」

ちっと舌打ちして、そのまま将軍はどかどかと乱暴な足音を立てて出て行った。
ばたん!と盛大な音を立てて閉められる扉。
それを確認して、ようやくエディは深い深い安堵の溜息を吐いた。
突然の暴風雷雨が去った心地で、ふと上官の方を見てみると。
彼は身を屈ませて震えている。
と思ったら、クククと忍び笑いのような声が聞こえてきた。
どうやら爆笑するのを堪えているらしい。
いつも冷静な人が、珍しい。

「あの、グレン様…?」
「……なぁ、エディ……あいつ最高だな。面白過ぎる……」
「はぁ…そうでしょうか……?」
「ああ。……俺は、好きだな。あいつが」

多少は笑いが引いた様子で、上官は穏やかに言った。
――それは自分だって、嫌いという訳じゃないけれど。
かといって面白いかと言えば、エディには全然面白くない。
2人の会話の意味も分からなければ、怒鳴られた理由も分からない。
ちょっと目があったからって、あんなに怒らなくても良いじゃないか。
猛獣を通り越して悪鬼のような形相をされて、とにかく恐ろしかった。
と、そのような事を上官に話してみたが、彼は何がツボに入ったのか笑いが再来したらしく、
一人でずっとクスクス楽しそうに笑っていた。
……エディには何が何だか分からない。

それから。
将軍の方は概ねいつも通りに戻ったのだが、今度は上官の方に一つ小さな変化があった。
いつも紅茶はストレートで飲んでいたのが、3日に一度はミルクを入れて飲むようになったのだ。
普段、上官は大体いつも眉間に皺を寄せている。
なので笑うと苦笑か嘲笑しているような顔になるし、平静であっても思い悩んでいるような顔になる。
癖なのだと言っていた。
それがミルク入りの紅茶を飲む時は、眉間の皺が綺麗に消える。優しい顔になる。
元々姿形が端正であるこの上官は、優しい顔をすると何だかとても良い感じだ、とエディは思う。
思いながら、恐らくはその感想に共感してくれるだろう人物の方をこっそり窺った。
将軍は相変わらずソファで寝そべっているものの、時折チラチラと彼の方を見ている。
事情は分からないながらも、ちょっと微笑ましいような気がしないでもない。
やっぱり何だかとても良い感じだ、とエディは思うのだった。

【END】

長いのに読んで下さりありがとうございました!
以下、どうでもいい設定語り

 ・この話での各キャラ年齢はイーグル28歳、グレン32歳くらい。出会ってから1年半くらいの時期。キスすらしてないアラサー(笑)
 ・魔法と魔術は、算数と数学のような使い分けで表記を変えてるだけで殆ど同じ意味。要は魔法。
  魔法使い=算数の先生、魔術師=数学者、くらいのニュアンス。教養の有無の差に萌えたいだけの設定
 ・魔法を使う時の呪文は要る人と要らん人がいて、グレンは要らん人。どちらの人もMPと口呼吸が必須。
  口を塞がれるとDQでいうマホトーン状態になる。猿轡orキス→無力化に萌えたいだけの設定

厨ファンタジー設定楽しいです!




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最終更新:2013年06月28日 23:28