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「冷めたコーヒーと手紙」


作者:本スレ1-549様

292 名前:1-549 投稿日: 2013/07/07(日) 23:53:10

1-549 ですこんばんは、
今日はwikiのアップローダーにSSをうpさせて頂きました、
内容は長い上にあまりBLもしてないです、エロは全くなしですゴメンナサイorz
それでも許してくださる方はよろしければお願いします、

1-549からシュウとリコです。
ぬるーいBLです。リコがシュウに振られる話です。修羅場。
エロなし全年齢です。

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冷めたコーヒーと手紙

 日は沈み、白い月が見えてきた。冷たい風に乗って木々のざわめきが聞こえる。暇
を持て余した衛兵が二人、笑いながら下品な話をしていたが、リコが通り掛かると素
早く姿勢を正して敬礼した。いつもなら軽い挨拶でも交わす仲だが、今日のリコは触
れれば刺さってしまいそうな刺々しい雰囲気を纏っていた。下げ髪を揺らし、王宮の
廊下をリコは足早に進む。騎士たちの居住区を奥へ奥へと歩いていった。

 ドアを何度かノックしたが、部屋の主からの返事はない。鍵は掛かっていなかった
ので、リコは勝手に入ることにした。

 いつ来てもシュウの私室は雑然としている。高価なものが適当に放り出してあるあ
たり、この坊っちゃんに金銭感覚は無いらしい。贅沢な広さの部屋を大量の棚が占拠
し、それでも入り切らないものが床にまで溢れている。数多の陶磁器に、掛け軸に絵
巻物に香炉に茶道具。刀や武者鎧に、屏風まで飾ってある。筋骨隆々の木像が、いか
めしい顔つきでこちらを睨んでいた。持ち主にそっくりだとリコは思っている。

 物が多いなりに通路は確保されていて、部屋の奥、書斎になった一角で、机に突っ
伏してシュウは寝息を立てていた。暖炉の炎に照らされて、大柄な影がゆらめく。後
ろに撫で付けた長い黒髪が、額にはらりと落ちている。精悍なハンサムと評してやっ
てもよい顔立ちだが、今は緩んだ口元がだらしない。昼間は昼間で眉間に皺が寄りっ
ぱなしの仏頂面で、気の弱い大臣が挙動不審に陥るほど目つきが悪い。おまけに図体
は熊みたいにでかい。ちびなのをからかった昔が、ひどく遠くに思える。

 シュウが伏している周囲には、本や書類がこれまた雑に積まれている。シュウは自
分の部屋だけは片付けられない人間だった。最初はとりあえず置いただけだったんだ
ろうが、積もりに積もって今では要塞の如きだ。リコはため息をつくと、借りていた
本を棚には戻さず、シュウが寝ている机に置いた。そして、本に挟まっていた手紙を
改めて広げた。

 きっちりとした、手書きの字だ。それはシュウがしたためた恋文だった。何かの拍
子に間違えて本に挟んだんだろう。貸す前に気づけよバカか。バカだろ。リコは文面
に目をやった。素直な想いが丁寧に綴られている。貰った相手は間違いなく喜ぶだろ
う。宛名に書かれた可憐な娘を思い浮かべてから、リコは自分の手に視線を落とした。
華奢ではあるが、骨張った男の手には違いない。

 リコの目の端に、暖炉の明かりが映っていた。前に立ってみると、肌がチリチリと
熱かった。薪が崩れ、火の粉が散る。暗い部屋に踊る炎を見つめ、リコは便箋を手に
したままぼんやりと立っていた。

 *

 シュウが眠気に霞む目を開けると、机の上には友人に貸した本が返却されている。
机の前方、暖炉のそばに人の気配を感じた。

「リコか…。来てたんなら起こせよ」
「気持ちよさそうに寝てたんでな」

 暖炉だけでは暗い。シュウは手近なランプに火をつけ、時計に目をやった。もう夜
中か。淹れたてだったはずのコーヒーは冷たい。顔を上げると、見慣れた同僚が立っ
ている。騎士団の制服は黒。肌と髪は雪のように白い。薄暗い部屋に佇む様は幽霊の
ようだった。整った印象の女顔で美人だが、本人にそう言ったことは無い。

「もう読み終わったのか。早いな」
「ああ」
「感想はどうだ」
「面白かった」

 さして面白くもなさそうな声で、リコは言った。自分に対して愛想が無いのはいつ
ものことであるから、不機嫌さ五割増し程度ではシュウはなんら気にも留めない。人
前では穏やかなツラしてるが、ある程度付き合いが長ければ夏の空みたいに荒れた気
性の奴だと分かる。面倒くさいし、気分のムラが激しい奴さんに一々付き合ってなん
かいられない。シュウは冬眠明けの熊のように伸びをしつつ、ずれたガウンを羽織り
なおした。

「少しは机周りを片付けたらどうなんだ、そろそろ崩れるぞ」
「崩れたら片付けるさ」
「埋まっても放置してやるからな」

 リコは喋りながら、その場を行ったり来たり歩いていた。何かを迷うように視線を
宙に泳がせている。やがてリコは一通の手紙を差し出した。それに目をやったところ
で、シュウは固まった。

「ところで、これがお前から借りた本に挟まっていた」

 目の前に突き出されたのは紛れもなく、見覚えのある便箋だった。シュウは慌てて、
リコの手からひったくるように取った。文面に目をやると、甘ったるいポエムだか惚
気だかが延々と書き綴ってある。シュウが自分で書いたラブレターに間違いない。う
っかり挟んだらしい。赤面し、両手でくしゃくしゃに丸めた。死ぬほど恥ずかしい。
どうせ下書きなんだから大したものではない。暖炉に投げ込んでやろうとも思ったが
ためらわれ、結局、丸めたままポケットに突っ込んだ。

「私にこんなものを送られても困る」
「誰がテメェに送るかバカ野朗。事故だよ」
「ああ、お前がトロくて間抜けなのは分かってる。悪いな、読んだ」
「忘れろ」
「無理だな。もうそらで言える」
「忘れろ!」
 シュウは声を荒げ、ますます顔を赤くして机に突っ伏す。そんなシュウをからかい
ながら、リコは意地悪く笑っている。リコは人に言いふらすほうではないが、事ある
ごとにからかってくるに違いない。厄日だ。けれど、そんなことはいい。シュウには
リコに言っておきたいことがあった。

「ったく…。それを読んだなら分かってるかもしれないが、近々、俺と彼女との婚約
を正式に発表する。お前には今日にでも話すつもりだった」
「…そうか。やっと結婚するのか。おめでとう、シュウ」

 しばし沈黙した後、リコは穏やかな声で言った。意外なほど優しく微笑んでいた。
貴族の子のほとんどは、親の決めた相手と政略結婚させられる。シュウも例外では無
く親の決めた結婚だったが、彼は相手の娘を本当に愛していたし、彼女も気持ちは同
じだった。二人の仲の良さは周囲にも知れ渡っている。彼女と結婚できることは、シ
ュウにとって本当に幸福だった。

「ああ、やっとだ。ありがとう」
「あの娘、泣かすなよ」
「努力する」

 椅子を勧めたがリコは立ったままで、少し、他愛のない話をしていた。シュウは話
しながら机の上の書類を捲っていた。やがてリコが言った。

「いい娘だよな。まるで気の利かない誰かさんには勿体ないくらいだ」 
「ああ本当に。お前なんかよりずっと素直で可愛いしな」

 と、ここで息を呑む音が聞こえた。そしてリコは先ほどまでとは一変した剣呑さで
シュウを睨みつけた。

「シュウ。私からもニュースがあるんだ。今私が言わなくても、明日になれば上がお
前に伝えるだろう」
「何だよ、勿体つけてんじゃねえ。気に入らねぇな。言えよ」
「近々、お前は遠方に派遣される。しばらく帝都には戻れないぞ。さっき団長に出会
ってな、聞いたんだ。…新婚なのに可愛そうだな。ああ、べつに左遷じゃないから安
心しろよ」

 青天の霹靂のような知らせにぽかんとしているシュウに、畳み掛けるようにリコは
続ける。

「あれだよ、教会のお偉い方の護衛。国内の隅から隅まで邪教徒を一掃して回るから、
優秀な護衛がいるんだと。最近物騒だろ?民衆の反乱とかさ。…この間の司祭の演説
のときも大変だったなあ。お前、教会のお偉いにナイフを持って飛びかかった子供を
斬り捨てたって?その後、孫を殺されて怒り狂った婆さんまで」

「殺すつもりは無かった!」

「あー分かってる分かってる。手を抜いたら逆に殺されてたかもしれないから仕方な
いんだ。それに、お偉いを守るのが騎士団の仕事だ。私たちは正しい。それにさっさ
と死ねた方が幸せなんだよ捕まったらその後は拷問のフルコースだしお前いいことし
たな!」

「おい、テメェ……」

 リコが今ほど悪意を露にしたことは無かった。暗い顔でゲラゲラと笑っている。そ
の綺麗な顔を殴り倒してやろうかと思ったが、やめた。リコがシュウに対してひどく
恨めしそうに見えたからだ。

 最近、邪教が帝国内にまで勢力を伸ばしてきた。国教会は邪教徒探しに躍起で、最
近のやり方はもはや魔女狩りだ。あやふやな容疑でも捕らえて、罪の無い人たちまで
大勢処刑した。民の恨みを買って、教会関係者が襲撃される事件は後を絶たない。誰
かの仇をとるために襲い掛かってくる民を、誰か守るために斬らなきゃならない。う
んざりする仕事だ。

「こんな事はいつまで続くんだ。陛下はどう思ってるんだ」

「さぁな。でも、皇后様が賭け事で作った国庫の赤字を、国教会が肩代わりしてるの
は知ってるだろ?陛下は何言われたって二つ返事さ。陛下だって、破門されたら世間
的には死んだも同然だしな!」

「滅多なことを言うな」

 リコは何かがおかしくてたまらないといった風で、笑いの発作が止まる気配は無い。
今の彼はヒステリーか気ちがいにしか見えない。こんな人間に機密を話す気にはなら
ないから、団長の前では当然正気だったんだろうが。元から病的なところはあったが、
今日のリコは変だ。一体どうしてしまったのだろう。

「お前、隊長だから。私が副長だとよ。他のメンバーは…」
「もういい…。明日団長から直接聞く」
「そう。じゃあ、せいぜいお幸せに。おやすみなさい」

 急に止んだ嵐のように、リコは静かに言った。くるりと背を向け、足早に歩き去っ
ていく。ドアの前で振り返って、シュウを見た。暗がりでリコの表情までは分からな
いが、とんでもなく冷たい視線が刺さってくるのをシュウは感じる。理由は全く不明
だが、相当キレているようだ。

「おい、リコ!」

 呼び止めるよりも先に部屋のドアが閉じた。席から立ち上がったまま、シュウはし
ばらく考えていたが、やがて椅子に腰を下ろした。あの野郎のお陰で気分は最悪だ。
何考えてんだ大概にしろ。

 しばらく一人にすることになる妻のことをシュウは考えた。殺してしまった子供と
その祖母のことを考えた。…長い間考えていた。時計の秒針が静かに鳴っている。暖
炉の火が消えかけている。リコの異様にギラついた目を思い出した。ようやく口をつ
けたコーヒーは、すっかり冷めている。ひどく苦い。

【END】



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最終更新:2013年07月08日 19:49