ワンデイ・ワンアクト
500 :オリキャラと名無しさん:2014/05/30(金) 22:59:45
・登場人物はメサイア様(
本スレ 1-710 )、グレン、イーグル、小ディオス、小ダフネ(
設定スレ 2-047 )
ちょろっとだけザック、背景にアルシエルさんと、牧先生のお宅
・シリアスになりきれないユルい話
・バトルもエロもグロもヤマもオチも意味も何にも無い
・BL要素はメサ様×アルシエルさんのみ、あとはニアホモ感がうっすら程度
・ちゃんと調べたり質問したりして書くべき所を適当に書いている
・メサ様の偽物臭酷い
申し訳ありません色々と自分の萌えに任せて勝手しました、
お叱り訂正ウェルカムですのでご遠慮なく…
-------------------------------------------------------
ワンデイ・ワンアクト
良く晴れた昼下がり。
ターミナル駅から中心市街地へと伸びる大通りに面したビルの2階に、とある喫茶店があった。
カフェというよりはコーヒー・ハウスが意識されているのかもしれない、
看板も控えめにこぢんまりと構えられた、レトロ感の漂う店だ。
グレンはその店に訪れると、決まって窓際のテーブル席を選んで座る。
そうして適当なコーヒーを注文し、焙煎する所から始められる過程、その香りと音に気分を和らげさせながら、
休日の大通りを賑やかに行き交う人々を眼下に眺めて“その時”が来るのを待っている。
待ちながら、店内にちらほらと入っている客の話に聞き耳を立てたり、時に無遠慮な視線を向けてみたりもする。
悪趣味は承知である。しかし、ごく一般的な平穏との接点は必要だ。そうグレンは考えている。
今なら、例えば。
1人で奥の4人掛けテーブル席に腰かけている、スーツ姿の壮年男性。
この店の常連であるらしく、店員が注文を取りに行った時には親しげなやり取りをしていて、
先日とうとう定年退職した、ようやく自由の身になれたのだと得意げに語るのが耳に入ってきた。
店員も和やかに祝福の言葉を述べていたのも。そして男性は今、カップを片手に一人静かに新聞をテーブルに広げている。
しかしその視線は新聞に集中するでもなく、傍らに置かれた携帯電話にチラチラと向けられていた。
折りたたみ式のそれを開くでもない。電話は鳴らない。
あるいは。
店内中央に一つだけ設置されたアンティーク調の大テーブルで淑やかに語らう、若い女性のグループ。
一人が離席して化粧室へ向かうと、別の一人がおずおずといった様子で自らの婚約を仲間内に報告した。
上がる祝福の声は、至って控え目だ。戸惑いや躊躇いすら感じられる程に。
式や入籍の予定について質問と回答のやりとりがそこそこに交わされていたが、
席を立った一人が化粧室から出るのを察するや否や話題は素晴らしい統率をもって収束された。
何の話をしていたの?何も知らない一人がそう尋ねるのが聞こえた。
話題は現在公開中の映画へと移っているようだ。
……彼、または彼女たちの事情がどのようなものであるのか、それ以上は知りようが無い。
ただ大切なのは、興味を持つこと。彼らが今まで歩んできて、これから歩んでいく道のりについて。
興味を抱けば、実感が伴う。
(今この店が吹き飛ばされたら人が死ぬ)
まぁ恐らくは大丈夫だろうとは思うのだが。
必要となる覚悟について思考を巡らせながら、グレンは視線を大通りに向ける。
そろそろだろうか。
ポケットから携帯電話を取り出し、耳に宛がう。通話状態ではないが、周囲にそう装えている事を期待して。
そして、タイミング良く待っていた声が聞こえてきた。
『来たっス。目標単体、9時方向より接近中。距離およそ70』
「気付いた素振りは?」
『まだ無いっスけど……どうだか。動いてみますか?』
「いや、そのままでいい。その場で待機していてくれ」
ザックからの無線に返答する。耳穴の奥に入れ込む受信機と襟裏に取り付ける発信機で、傍から見ると殆ど目立たない。
多機能式分離型である事はともかくとしても、ここまで小型である必要はこの業務に関しては無かった。
備品にあるのがこのタイプだけなので仕方なく使っているものの、いっそ大型の旧機種に切り替えようかと検討している。
片手が塞がるのが難点だが、周囲に妙な独り言を言っていると怪しまれるよりは妙なやり取りをしていると怪しまれる方がまだマシだ。
それに。
『目標、停止。距離およそ50。警戒されてます』
相手こそ正しくオーバースペックそのものであるから、旧式だろうと何だろうと大した違いは無いだろう。
平然と通信を傍受解読されている可能性さえあると予測しながら、グレンは気にせず言葉を口に出した。
「ああ、こちらからも見えるよ」
窓から見下ろした大通りの脇に寄って立ち止まる彼は、警戒というよりは飛び回る小蠅を視認するように無造作な視線を辺りに投げる。
背後、向かいのビルの中層階、前方向かって左の書店、そしてこちらへ。全て正確だ。人員を配置してある。
目が合ったので笑って手を振って見せてみるが、彼はにこりともせず表情は冷たさを増した。残念。
肩を竦めて、電話口に告げる。
「距離を60へ。ゆっくりで良い。ひと気の少ない場所には入るなよ」
『了解』
テーブルに置いたタブレットで念の為に彼らの位置情報を確認しつつ、少し残っていたコーヒーを飲み干す。
そうしてから追加注文して、もう一杯飲む間の時間を居座るのがいつものコースになっていた。
今日もそうなるかどうかは、グレンには分からない。いつものコースとは、単なる結果論の集積でしかなかった。
店員を呼んで再度メニュー表を受け取り、ずらりと豊富に並ぶメニュー……しかしどれもコーヒーには違いないもの、を眺める。
『目標、路地に侵入。……ロスト』
「警戒しろ」
入ってくる無線に小さく呟いて返答する。
彼がテレポート能力を有していることは、今更驚くに値しない。これまでもそれで見失う事が何度もあった。
危害を加えられた事はない。彼は姿を消すと、脇目も振らずに目的地まで一瞬で移動してしまう。
それは、ある意味グレンの本意ではあった。
一般人の目の多い場所とタイミングを狙い、滑稽な程あからさまに仕掛けているのは彼の“良識”に期待しての事。
しかし、すぐさま消えられてしまっては調査が一向に進まない。
彼が無駄を嫌う事、その優先順位の明確さ、そういった価値観は多少伺えるものの肝心の性能を詳細に知るには至れない。
怪我人死人が出ずとも、これは不本意な現状の停滞である。
改善を図りたい。
可能な限り、平和的な手段によって。
……そんな意識は、是非彼にも共有してもらわねば。
グレンはそう考えて、根気良く取り組んでいるつもりだ。
しかしいざ、期待していた通り店のドアベルが軽やかな金属音を立てるのが聞こえると。
『……すぐそっち向かうっス』
「いや、待機だ」
ザックに一言だけ答えて、繋がってもいなかった携帯をしまい込む。
タブレットをディスプレイのみ落として隣の椅子に置きながら、この店に紅茶が置かれていない事をグレンは残念に思った。
本格派のこだわりを謳う、言うなれば頑迷な珈琲店なのだ。
緊張を落ち着けたい時にはミルクティーが良い気がしているのだが、無いものは無いのだから仕方ない。
マンデリンのカフェオレに決めた。
店内は入口の方を振り返ると、大通りから姿を消した彼が立っている。
静かな足取りで距離を詰めて来る相手へグレンは極力友好的に見えるよう努めた笑みを顔に乗せた。
「やぁ。初めましてだね、メサイア君」
声を掛けられたメサイアは神経質そうに眉を顰めたが、すぐにフラットに戻ってしまう。
代わりに浮かんでくるのは優美な、しかしどこか不穏な気配のする笑みだ。
「初めまして? これが初回だとは、私は思わないな」
「あー、5回目くらいかな」
「6回目だ。……いい加減、しつこい。こちらがあえて無視してやってるのを、許可と誤解しているのなら不本意だな」
柔らかくも辛辣な言葉を投げかける彼に表情に大きな変化は無い。平静そのものである。
小さな無線機が常時音声を記録してくれてはいるが、グレンは己の脳にもしかと記録を付けていく。
貴重な機会なのだ。そして大きなリスクを冒してもいる。
「まぁ、まずは掛けたらどうだい。ここは奢るよ。
しつこく付き纏ったお詫びと、わざわざここまで足を運んでくれたお礼に」
メニュー表を差し出して、彼の顔を眺めた。
間近で見ても、つくづく美しい顔貌だった。どこか冷たい怜悧さの中に、何人も穢せざる神聖さを感じさせる。
しかしそんな偶像じみた彼でも、ヒトの良識を持ってくれているのだろう。
少し逡巡した様子を見せたが背後で店の従業員がタイミングを窺っているのを察したようで、
メニュー表を受け取らないままながら憮然と向かいの席に腰を下ろした。
そして淡々と口を開く。
「貴方に奢られる謂れは無いな」
「遠慮しなくて良いのに」
「遠慮ではないよ。信用ならないと言っているんだ」
「つれないなぁ」
「散々付き纏っておいて、好意的に接してもらえるとでも?」
「生憎、希望は捨てない主義でね」
「そうか。なるほど、貴方はおめでたい人なんだな」
戯れの軽口に棘を返しつつ、メサイアは水を運んできた店員にブレンドのデミタスを注文した。
好みなのか、長居する気が無いだけか。投げやりな雰囲気は後者を思わせる。
続けてグレンも自分の注文をしたが、女性であるその店員は美しい彼に魂を抜かれているようで、いまいち伝わった様子が無い。
苦笑して諦めながら、ふと別席の女性グループに目を向けてみると、ハっとしたように彼女たちの視線が一斉に逸らされた。
その統率には凄みさえ感じるが、バレようと何をしようとじっくりと観察していれば良いのに、とグレンは思う。
きっと無視されるだけだ。少なくとも5度目までは。6度目は、こうして苦情を言いに来られるかもしれないが。
メサイアは店内の浮足立った空気の渦中にありながら全く気に留めた様子はなく、
注文を取り終えた店員の後ろ姿を見送ると単刀直入に切り出した。
「私がここに来たのは、貴方に警告する為だ。これ以上付き纏って来るようなら、容赦はしない」
氷点下の切り口に、グレンは笑った。
「まぁ、まずは話をさせてくれないか。5回も会ってるとはいえ……」
「6回」
「そうそう、6回。とはいえ、こうして対面して話すのは初めてじゃないか。
会えて光栄だよ、メサイア君」
そう言ってグレンが差し出した右手を一瞥すると、メサイアは首を横に振る。
「白々しい挨拶は不要だ。これ以上話す事も無いし、貴方と仲良くお茶をするつもりも無いんだ。
会計は済ませて行くから、どうぞ一人でゆっくりとしていると良い」
タイムリミットは、注文したコーヒーと共に伝票が届けられるまで、といった所だろうか。
グレンはそう予測して肩を竦めると、出した手を引っ込める。
そして、少し声のトーンを落として言った。
「急いでいるようだね。誰か大切な人でも待たせているのかな」
「……貴方には関係ない」
すかさず刺すように向けられる強い視線を避けて、店内はカウンターの方を眺める。
カウンターの内部では焙煎された豆が挽かれようとしている。
この店では古風にも手回し式のコーヒーミルが使われているので、少し時間が掛かる。
「随分と可愛らしい子だと報告が来てるよ。アルシエル君、といったっけ」
「あの子に手出ししてみろ。後悔する間も与えず消してやる。お前も、お前の仲間も、全員」
大切な存在を守ろうとする想いは純粋そのものだろう。
向き直って見ると、射抜くようなメサイアの目は敵意に満ちながら、
しかし心打たれるほどに美しく澄み渡っている。
とても“ヒト”らしい感情。
しかしそれに突き動かされた結果、彼は生み出された環境を飛び出して今この場にあり、
本人の望む望まないを別として、組織……更に言うなら国家、その間におけるパワーバランスの脆弱性そのものに成り果てている。
彼がもっと機械のように無機質であってくれたなら。
あるいは神のように、ヒトの手が届かない場所で超然と君臨していてくれたなら。
(……無意味な仮定か)
グレンは苦笑し、困ったな、と緊迫した気を逃がすようにして頬杖をついた。
「いや、物騒な話にするつもりはないんだ。あの少年に危害を加えるつもりもない。
ただ、そうだな……こんなことを言うと君は怒るかもしれないが、」
言葉を切ると、沈黙が降りる。テーブルの上では水の入ったグラスが汗をかいて小さな水溜まりを作っている。
タイムリミットとの兼ね合いはあれど、和やかに人と話すには美味しい飲み物があると良いのだが。
そう思いつつ、グレンはご機嫌伺いをするようにメサイアを覗き見て目を細めた。
「あの彼は、君より優しそうだからね。もしも君にイジメられたら、泣きつこうとは思ってる」
メサイアは嫌そうに顔を顰め、グレンは楽しそうに口元の弧を深めて見せる。
「……貴方は、私を馬鹿にしているのか?」
「まさか。至ってシリアスな本音の話だ」
「やめろ。あの子に構うな。付き纏ってさえ来なければ、こちらからは何もしない」
「これからも会ってくれるなら、もう付き纏わないよ」
「会う理由も義理も無い」
切り捨てられて、ふむ、とグレンは腕を組んで首を捻った。
少し考えて、提案する。
「奢るよ?」
「っだから、……貴方に奢られる謂れは、ない」
一瞬苛立ったように語気を荒げるメサイアは、しかしすぐさま気を取り直したようで口元を引き結んでいる。
こちらのペースに巻き込み切れないのは残念ではあるが、激昂されないのは何より。
彼の冷静さには感謝しなくてはならない。
グレンは知らず詰めていた息をそっと吐き出し、また付け入る隙を模索しようと口を開きかけるも、
それに先駆けてメサイアが間を破った。
「口で言って分からないなら、少し痛い目を見せようか?」
「……!」
挑発的に冷たく笑う彼に、怖気が走った。
が、警戒して身構える間もなく突如、キィン、と機械的な高音がグレンの耳を劈く。
不快感と痛みに思わず顔を顰めながら、咄嗟にその元凶と思われる物を耳穴から抜き外す。
「無断で会話を録音されるのは、好きじゃない」
バレていた、のは想定内として、許してはくれなかったか。
耳栓に似た形状の無線機、音声を記録する事も可能なそれを、
今更隠し立てする意味もなくテーブルの上にコロリと転がす。
そうしてもまだ耳に障る高音を立て続けるそれをメサイアが一瞥すると、
どういう力が働いたのか、本格的に壊されてしまったらしい。うんともすんとも言わなくなった。
はは、と乾いた笑みがグレンから漏れた。
「……結構高かったんだがなぁ、これ」
「授業料としては安くしてやった方だよ」
事実だろう。
干渉された無線機があった耳の奥、そのすぐ傍には脳がある。数センチの差など、きっと彼にとっては大差のない些事だ。
今更思い出したように冷や汗が吹き出し始めるが、グレンは腹に力を込めて何とか平時の笑みを保つ。
「いや、本当に君は怖い」
「分かったなら、もう私たちに構うな」
メサイアが言いながら視線を流した方を見ると、丁度店員がコーヒーと伝票を運ぼうと近づいて来る姿。
タイムアップ。
店員がメサイアの前にデミタスカップを置いたが、グレンが注文したカフェオレは、案の定伝わり損ねたらしい。
苦笑するグレンの前に、メサイアがデミタスカップをすっと押し出す。
「元々コーヒーはあまり飲まない」
「なんだ、言ってくれたら店を移したのに」
「……もういい。勝手に言っててくれ」
伝票を持って立ち上がったメサイアに、グレンは悪戯っぽく笑う。
「奢ってくれるのかい?」
茶化すような口調も、メサイアは既に慣れてしまったように受け流した。
「自分が注文した分を支払うだけだ」
「なら、今度お礼をしに伺うよ。良い口実をありがとう」
「……やはり貴方が払え」
伝票はあっさりとテーブルに舞い戻され、メサイアは今度こそ立ち去ろうと背中を向けた。
「ところで、メサイア君」
声をかけると、まだ何か?と言わんばかりに片眉を上げて振り返られる。
何気ない所作なのに、ゆるく三つ編みにされた輝く金の長髪がさらりと流れる様は大層美しい。
半ば目を奪われながらも、グレンは最後に一つだけと告げた。
「実は。部下たちには事前に、私に何かあれば即時アルシエル君を人質に取るよう頼んであるんだが」
「…………」
「もし君と相対している私の無線が急に途切れたら、彼らはどう思うだろうね」
メサイアの碧眼が見開かれ、テーブルの上に転がされたままの壊れた無線機に向かう。
そして、それはものの見事に一瞬の出来事だった。
つい瞬く前にはそこにいたはずのメサイアの姿が、跡形もなく掻き消えた。
それを見届けてから、
「……なんてね」
そう一人ごちて笑ったのを最後に、グレンは何とか保たせていた張りぼての余裕を崩した。
はぁ、と深いため息を吐いて、テーブルの上にだらしなく頬をつけて突っ伏す。
そのまま視線のみを巡らせると、美貌のメサイアをチラ見していたらしい女性のグループ客が呆然とした面持ちで固まっている。
その内の一人がぽつりと小さく呟いたのが聞こえた。
――今、消えた……よね?
面倒臭い騒ぎになる気配が波紋となって広がりつつある。
それに、すべきことがまだ少し残っている。
しかしグレンは5秒だけ、と誰かに言い訳をしてそのまま瞼を閉じた。
一般人も含め、被害者が出なかったのは幸いである。
が、疲れた。
***
「おい、イーグル。我を肩車せよ」
「イーグル、ディオス様を肩車して下さいまし」
涼しげな顔立ちをした黒髪の少年が要望を発すると、その隣に寄り添っている甘い顔立ちをした桃色髪の少女……
にしか見えないが性別は不明、も連動するように言葉を発した。
それに対し、大柄で人相の悪い白髪の男が面倒臭そうに答える。
「嫌だね。何でオレが」
見向きもされずに返された言葉に、小さな二人は心底不思議そうに首を傾げた。
「貴様は、グレンの手下なのだろう?」
「貴方は、グレンの手下なのでしょう?」
「誰が誰の手下だ、ぶん殴るぞクソガキどもが」
いちいち口答えをする男に、黒髪の少年が苛立ったように鼻を鳴らす。
「言葉を慎まんか。グレンの手下なら、我の手下でもあるのだぞ」
「貴方は、ディオス様の手下でもあるのですよ」
黒髪の少年はそんな事も分からない哀れな愚物に丁寧に教えを授けてやったと言わんばかりに
小さな身体を誇らしげにふんぞり返らせており、彼のその全てを肯定するように桃色髪の子供はニコニコと朗らかに笑っている。
そんな二人に、男が初めて視線を向ける。
当然のように改心した男の謝罪と頭を垂れてその身を土台として献上するのを待つ二人に、男は淡々と告げた。
「……オレは、ぶん殴るって言ったよな?」
ごいんごいん、と鈍い音が二つ鳴り、ぎゃっと短い悲鳴が二つ上がった。
小ディオス、小ダフネ、そしてイーグル。
3名は現在5階建ての雑居ビル、周囲の宅地を見通せるその屋上スペースに無断で上り込んでいる。
紛う事なき不法侵入であるが、彼らに注意する、あるいは警察に通報すべき住人は今は留守で不在にしていた。
そういう建物を選んで上り込んでいるのだから、当然ではある。
絶妙に痛く加減された拳骨を脳天に受けた小さな二人は涙目になってギャンギャンと非難の声を上げているが、
イーグルの、人間と比較して異常な高視力を誇る鋭い白眼は遥か遠方にある一軒家に向かっていた。
マキ、とかいう町医者の家であったとイーグルは記憶している。以前に一度付近を旋回した事があった。
ごく一般的な、医院を併設した二階建ての家屋である。
その軒先、あまり一般的ではない程度に広々と取られた畑スペースにいる黒髪……にしてはどこか違和感があるが、それを長く伸ばして後頭部で結っている少年。
名前は確か、アルシエル。
イーグルは先ほどからその動向を注視している。
決して趣味ではない。これは、あくまでも仕事である。
『基本的には待機だが、いざとなればいつでも捕獲できる態勢でいてくれ』
現状、イーグルの様々な権利を保障している男であるグレンがそう言った。
つまらない仕事だと瞬時に感想を抱いたイーグルに、グレンは、ただし、と続ける。
『くれぐれも怪我はさせるなよ。怪我をさせれば、俺もお前も終わりだと思え』
つまらないばかりか、面倒臭くもある仕事を申し渡されたものであった。
しかし権利には義務がつきものである。
グレンはそれを“安上がりな首輪”だと皮肉るが、イーグルは“労働と対価”だと理解して一応は納得していた。
視線の先では事前の調査結果により立てられた予測通り、対象が畑で苗植えの手伝いをしている。
グレンから指示があり次第ここから形態を鷲に変えて飛び立ち、加速しつつ獲物を掻っ攫う。
風良し天候良し、この距離なら目標到達まで10秒足らず、最大速度の半分程度までには加速できるはずだ。
家屋の中には町医者の患者を含めて7名、そして目標の間近には対象とは別に2人、
短い黒髪と金髪の青年が同様に畑仕事をしているが、2人ともイーグルにしてみれば全くもって頼りない細身に見える。
無視するか羽ばたく風圧で吹き飛ばす…いっそ3人纏めて鷲掴むのが楽かもしれない。とにかくは目的を遂行する。
「…………」
鉄製のフェンスに寄り掛かり暇を持て余すようにして算段を付けるイーグルは、
しかし一旦対象から視線を外して自分の足元に向けた。
「うぬぬー!」
「ディオス様、ファイトです!」
口頭で命令を聞かせる事を諦めたらしい小ディオスが、
実力行使とばかりに長身の体躯によじ登ろうとイーグルの着ているシャツを引っ張りながら腰回りに纏わりついていた。
そのサポートのつもりなのか、小ダフネも小ディオスの腰回りに纏わりついて少しでも持ち上げようと奮闘しているが、
大して意味を成しているようには見えない。
まるで親猿にしがみ付く小猿状態である。
やめろ、シャツが破けるだろーが。そう言って振り払おうとも思いはしたが。
子供たちは必死な顔をして、自力で登頂に挑戦している。
「…………チッ」
イーグルは一つ舌打ちすると、二人の首根っこを猫の子にするように引っ掴む。
ギャーギャー喚くのを無視して抱え上げ両肩に座らせると、ふわぁ……と大きく欠伸をした。
子供二人は一瞬目をぱちくりさせたが、すぐに一転して喜色満面の笑みを浮かべて歓声を上げた。
「わぁ、高い!高いですわね、ディオス様!」
「そうだなダフネ、中々の高さだ!」
「おい、あんまうるせぇと降ろすからな」
「……わ、分かっておる」
先程イーグルの有言実行を身をもって知らされた二人は、一瞬不満そうな顔をしながらも声を潜めた。
そして小ディオスの方はいそいそと上着のポケットから折りたたみ式の双眼鏡を取り出す。
覗き込んで、満足げに呟いた。
「うむ、これならばいつメサイアが来ても大丈夫だな。よく見えるぞ」
「……ああん?」
それを、イーグルは聞き咎めた。
メサイア。
現在、グレンが相対しているはずの男の名だ。
「ちょっと待て。メサイアがこっちに来るのか?」
「うむ、恐らくな。どうやらグレンがしくじりおったらしい」
「使えない奴ですわね、ディオス様」
「ああ、使えん奴だなダフネ。まったく、愚昧な策に逃げておるからああなるのだ」
「………………」
小ディオスと小ダフネがイーグルに同行しているのはグレンの指示する所であるが、それは何も子守りの為ではない。
様々な思惑はあれど、一つにはバイオロイドである小さな二人に搭載された通信回路の事がある。
フィクス社が備品として採用している無線機は、元来中距離通信用途にグループ企業にて開発された独自規格の通信技術を
使用したものであるが、2人が搭載する通信回路はその到達距離を限定的に拡張して受信し、
北米本社にあるマザーコンピュータに転送する事を可能としている。
つまりは、遠く離れた所からグレンらの無線内容をリアルタイムにキャッチして本社に送る事が出来る。
その為、小さな二人は交信手兼記録手としてイーグルに同行しているという側面があった。
どういう事だ、向こうで一体何があった。
そう問いただそうと口を開きかけた時、イーグルのジーンズのポケットで携帯電話が振動した。
取り出して発信者を確認し、すぐに電話に出る。
『イーグル、作戦終了だ』
電話口から聞こえてきたのは間違いなくグレンの声。調子も平静そうで、イーグルは小さく息をついた。
「了解。そっちは、アレか。被害は」
『やはり伝わってなかったか。被害はないが、メサイアはロストした。そちらに急行した可能性が高い』
ロスト。
目の前にいて見失ったのか。
何やってんだと鼻で笑おうとしたイーグルだったが、右肩の上で何やら歓声を上げたディオスに釣られて
遠くアルシエルを改めて見やると、その眼が捉えた光景に口を引き結ぶ。
『というか、もうそちらにいるんじゃないか?』
「……いやがった」
いつの間にか、アルシエルを抱き締めている金髪の長髪……メサイアが、いる。
目を離していたのは、ほんの数秒だったはずなのに。
テレポート能力。
もしグレンがいた駅付近から直接あそこまで移動したのなら、かなりの距離と時間をショートカットできる事になる。
話には聞いていたものの、実際目の当たりにするとイーグルは思わず笑ってしまった。
「はは、ありゃ大概反則だなオイ」
『今更だ。それよりも、』
「ああ、飛ぶと奴の目に付く。地べた伝いで離脱するぜ」
――離脱だと? 何を世迷言を言っている、今ここでメサイアを捕まえるのだ!
『……話は後程。あとは頼んだぞ、イーグル』
「おう、頼まれてやる」
途中口を挟んだ小ディオスの主張を無視して話をつけると、イーグルは携帯を切ってポケットにしまった。
肩に座らせていた小さな二人を荷物のように両脇にそれぞれ抱え直すと、屋上の出入口に向けてのしのしと歩き始める。
「こら、待てイーグル! 目的を前に逃亡など我が許さんぞ!」
「ディオス様、どうか今はご自重を! あの者は危険すぎます!」
「ダフネ、お前まで何を言う! 臆して手に入るものなどあるものか!」
「お言葉ですがディオス様……!」
「あーうるせぇうるせぇ」
イーグルがその場で一度大きく飛び跳ねると、頑強な腕に抱えられている腹部に着地の衝撃が行ったらしく、
二人からウグっと呻き声が上がった。
それでもまだ小ディオスはブツクサと不満を呟いているようだったが、幾らか静かになってイーグルはヨシ、と尊大に頷く。
そして建物の中に入ってしまう前に、多少警戒して後方を振り返ると。
思わぬ光景を目にして、ヒュウ、とイーグルは口笛を吹いた。
あの二人が、人目も憚らず口づけを交わしている。
(お熱いこって)
イーグルはフンと鼻でせせら笑うも、思いがけず肝を冷やして固まった。
一瞬、あの碧眼がこちらを鋭く見た……ような気がしたのだ。
「…………まさかな」
とは思いつつ、グレンの頼みを聞いたからには離脱あるのみ。
イーグルはとっとと帰ろうと、グズりかけの小さな二人を抱え直して歩む足を速めた。
END
補足(長い言い訳です)
●フィクス社がメサ様やアルシエルさんの情報を掴んでる件
牧先生宅に来てるアルシエルさんとお迎えのメサ様を足掛かりに頑張って調べたか
ウィル様が何故か情報くれた線もあり…?
●ザック以外のメサ様ストーキング部隊の件
モブたち。日本支社所属の多分バイオロイド? 低性能。
暁の翼の監視業務でもシエンたちが遊ん……訓練時睡眠時とかに裏で頑張ってくれてると思われる都合の良い存在
結構いっぱいいると都合が良いなぁと考えてますウチのネームドキャラ皆仕事しないから…
●メサ様に付き纏い行為を複数回見逃してもらった件
毎度人目ある中を狙われたので一応TPOを気にして無視なされたか、
毎度アルシエルさんのお迎えに行く途中を狙われたので
駆除よりもお迎えを優先なされたのではないでしょうか…
●メサ様がアルシエルさんの所に瞬間移動した件
一応はとにかくアルシエルさんの安全第一で動かれたんじゃないでしょうか……うう…
●メサ様とグレンのニアミス経験の有無の件
今回は多分無いだろうという設定で書きましたが、
ニアミス経験ある設定でも面白そうだなぁとワクワクします!
●フィクス社内部の対メサ様方針についてまとめ
・超性能メサ様を他に渡さず確実に手に入れたいのが爺ディオス(選良主義)←最高権力者
・メサ様なんか要らないよあれは危険だよ気に入らないよと思ってるのが爺ダフネと小ダフネ(保守派)
・メサ様の危険性や周辺状況を量って、それから改めて何が最善か考えたいのがグレン(慎重派)
皆で会議⇒まぁ今後どうするにせよ調査はせんとアカンね⇒そして付き纏いへ…
その他
・早いことメサ様が欲しい!とにかく欲しい!なのが小ディオス(お子様的ワガママ派)
・食い扶持分の仕事はするけどどうでも良いよ面倒臭ぇと思ってるのがイーグル(面倒臭い派)
・ヴォルグの分まで仕事はするけど内心ヴォルグの心配ばかりしてるのがザック(穏健的ヴォルグ原理主義)
・皆仲良くすべきと思いつつどっかで迷子になってるのがヴォルグ(お花畑的迷子派)←迷子により今回未登場
シエンとカイはメサ様関連の仕事にはあんまり関知してません
最終更新:2014年08月14日 20:02