おはよう。朝だね。
最初に告知した通り放送の時間だ。
まずは、ここまで生き残った君たちに敬意を表するよ。
それじゃあ禁止エリアの発表から行こう。
重要な事なので忘れないよう、支給物に筆記用具があるからそれでメモしておくといい。
無くしてしまった人は、頑張って記憶してくれたまえ。
では発表する、禁止エリアは。
『H-4』
『F-9』
『B-5』
以上の三か所とする。
最初にも言ったが、禁止エリアの適用はこの発表より2時間後となる。
発動後にうっかり入らない様に気を付けるようにしてくれ。
では続いてお待ちかねの死者の発表へと移ろうか。
少し多いから聞き洩らさない様に注意してくれ。
以上だ。
うん、なかなかいいペースだね。
この調子なら大丈夫そうだし、6時間死者が無ければ誰かの首輪を爆破するという話だったけど、少し制限時間を狭めようか。
制限時間を半分の3時間とする。つまり次の6時間で誰も死ななかった場合、最大2人が爆破されるという事だね。
もしこの
ルールが適用された場合、誰が死ぬかは放送時に発表する事にしよう。爆破の執行もその時だ。
ルールが適用されたのか、誰に適用されるのかは次の放送までのお楽しみという事だね。それまで待っていてくれたまえ。
第一放送は以上だ。
これからの放送もこんな感じになるから、覚えておいてくれたまえ。
では、また6時間後に生きて僕の声を聴いてくれる事を願っているよ。
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放送を終えた
ワールドオーダーが薄暗い通路を進んでゆく。
向かうのは一ノ瀬の待つ一室である。
扉の前で立ち止まると、ワールドオーダーは扉の鍵となるスイッチを押した。
音もなく自動扉が開かれる。
「待たせたね。決断はでき、」
その言葉は最後まで紡がれることなく、鳴り響いた轟音にかき消された。
ワールドオーダーが部屋に入った瞬間、巻き起こったのは空間を破裂させたような大爆発だった。
爆心地はワールドオーダーの眼前。
部屋の入り口を巻き込みながら、ワールドオーダーの頭部が爆竹を仕込んだ西瓜のように爆ぜた。
「ええ、面倒がないように貴方をここで殺しておくことにしましたよ」
一ノ瀬の言葉。
その爆発は言うまでもなく一ノ瀬の先制攻撃である。
ワールドオーダーの体が勢いよく地面に倒れ、葡萄酒のような赤い液体がむき出しになった頭部からぶちまけられた。
どう見ても絶命した相手を一ノ瀬は油断なく見届け、そこに容赦なく追撃の攻撃を放つ。
放たれる刃のように鋭い氷塊の矢。
だがその攻撃は、ある種の予測通り、機敏に動く死体に躱された。
「――――不意打ちだなんて酷いなぁ」
クルリと前転する形で立ち上がった、頭部の半分吹き飛んだ死体が言う。
「けど、言ったはずだぜ? 君の選べる選択肢は三つだけだって。
これは、ここで死ぬという選択肢を選んだと解釈していいのかな?」
中身がむき出しになり下顎だけになった口がパクパクと動く。
ブクブクと泡立つように肉が蠢き、頭部が再生されていく。
むき出しの口元が嗤う。
「……貴方、本当に人間なんですか?」
「勿論人間だよ。さて今この世界はどういう世界なんだろうねぇ?」
そう言って世界を包み込むように両腕を広げるワールドオーダー。
一ノ瀬は大よその設定を察する。
具体的な設定は不明だが、おそらくこの世界は『死』を『容認』していない。
事前にそんな世界を敷いていたという事はつまり、一ノ瀬のこの行動も想定内という事だ。
「さて、君の相手をしてあげたいところだが、この傷だ。
どう見ても、とても戦える状況じゃあない。
そこでだ、僕の代わりに彼が君の相手を務めよう」
言って、先ほどの爆破で損傷した壁の破片を拾い上げ、手にした拳大の瓦礫を投げる。
それは狙いも甘く、大した速度もない石礫だ。
そんなものは一ノ瀬ならば目をつむっても躱せるだろう。
苦も無く身を躱し、一ノ瀬の脇を礫がすり抜ける。
だが、躱したはずの礫がブーメランのように軌道を変えた。
追尾性の石礫。
その事自体は驚くには値しない。
一ノ瀬からしても予測の範囲内の出来事である。
だが、そんなものがワールドオーダーの切り札であるはずがない。
その真価は別にある。
追尾性である以上避けるのは無意味と悟った一ノ瀬が、礫を撃ち落とすべく打って出る。
幾多の世界を渡り数多の異能を見てきた一ノ瀬が有する異能は千を超える。
向かってくる瓦礫へと向けて、一ノ瀬が全てを切り裂く風の異能を発した。
迫るカマイタチ。
だが、次の瞬間、礫は意思を持ったように流動し、風の刃を潜り抜ける。
「ちっ…………!」
飛来した礫は一ノ瀬の額を霞め、その頭部から僅かに血が流れた。
だが、それは問題ではない。
それよりも、意思を持ったような今の礫の動きは。
「気付いたかな? 紹介しよう彼は瓦礫Aくんだ。君の相手をしてくれる」
【名前】瓦礫A
【詳細】意思を持った瓦礫。敵に向かって自由自在に飛び回る。
それは、意思を持ったような動きではなく、本当に意思を持った動き。
『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』によってそういう設定を加えられた、意思を持った瓦礫である。
「……巫山戯た真似を」
「いやいや、至って真面目だよ。彼はなかなかの強敵だぜ?」
シュンと風を切り自ら動いた瓦礫Aが迫る。
それに対し、一ノ瀬は腕から蜘蛛の糸のような白い網を展開した。
その網は直進してきた瓦礫Aを絡め取り、その動きを拘束する。
完全に動きを封じられた瓦礫Aを一ノ瀬の掌が包み込む。
すると瓦礫Aは溶けるように一握の砂へと分解されていった。
【瓦礫A 死亡】
「話になりませんね」
先ほどはただの礫であると油断したが、相手が意思を持っていると理解すれば、この程度の対処は容易い。
「お見事。では次だ」
トントントンとワールドオーダーは軽い調子で地面に転がる瓦礫に次々と触れて行った。
「―――――――」
その光景に一ノ瀬が言葉を飲んだ。
震えと共に次々と浮かび上がる瓦礫たち。
宙を舞う瓦礫は踊るような軌跡で一ノ瀬の周囲を取り囲む。
【名前】瓦礫B
【詳細】意思を持った瓦礫。相手が朽ち果てるまで追尾する。
【名前】瓦礫C
【詳細】意思を持った瓦礫。音速での移動を可能とする。
【名前】瓦礫D
【詳細】意思を持った瓦礫。瓦礫始まって以来の神童。
【名前】瓦礫E
【詳細】意思を持った瓦礫。強力なエネルギー波を放つ。
【名前】瓦礫F
【詳細】意思を持った瓦礫。通常の概念では破壊できない硬度を持つ。
「さあ、彼らが次のお相手だ」
再生途中の頭部のまま、口だけの支配者が嗤った。
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「はっはっは。見事見事。良い戦いだったよ。
特にDくんとの激戦は久々に興奮したなぁ。それにまさかFくんをあんな方法で攻略するだなんてまったく驚かされたよ。
流石だねぇ、一ノ瀬くん」
ワールドオーダーのが演劇を見る観客のように拍手を送りながら、目の前で繰り広げられた戦いの感想を述べる。
既に頭部は再生されているが、立ち位置の関係か影がかかってその素顔は見えない。
方や舞台上の主役たる一ノ瀬は既に満身創痍である。
衣服はズタぼろに切り裂かれ、全身は痣と流血に塗れいてた。
能力による消耗も激しく、苦しげに息を切らしている。
瓦礫でありながら、意思を持ち戦略を練り能力を多用する、そんな相手を複数同時に相手取ったのだ。
むしろ一人で勝利を得た事を褒め称えるべきだろう。
「――――では次だ」
容赦なく放たれる言葉。
一ノ瀬が戦っている間に既に仕込みは終わっていたのか、その言葉と共に周囲に散らばった瓦礫が浮かび上がる。
その光景は絶望に近い。
先ほどの戦いの余波で周囲に転がる瓦礫は無数。大小無数の瓦礫の数はもはや一息では数えきれない。
こんな雑多な石ころの一つ一つが、強力な参加者に匹敵する戦力を有しているのだから、正しく悪夢である。
一人で戦争に立ち向かうようなものだ。
圧倒的物量に押しつぶされるしかない。
この状況に一ノ瀬がぐっと忌々しげに唇を噛む。
一ノ瀬の中に、この戦力差をひっくり返す能力は数えるほどしかない。
その中でも、確実に打破できる能力と言えば一つしかなかった。
だがその能力をこの相手に使うのは屈辱とも言えた。
そんな一ノ瀬の葛藤など知らぬと、瓦礫の軍が迫りくる。
確実なる死の嵐。
それを前にして。
「――――『無機物』は『無に還る』」
一ノ瀬は世界の秩序を変革する言葉を紡いだ。
『未来確定・変わる世界(ワールド・オーダー)』。
それは目の前の相手の代名詞ともいえる能力である。
これにより世界は変わる。
どれほどの大群であろうとも世界の法則には逆らえない。
瓦礫たちは世界の法則に従い無に還る。
その、はずだった。
だが瓦礫たちは消滅することはなかった。
消えるどころか、勢いを止めることなく、無数の瓦礫の突撃が一ノ瀬の体を蹂躙する。
「がっ…………はッ」
岩石に全身を打たれ、レーザーのような小石に身を貫かれ、足を掬われ倒れこみ、血を吐いた。
能力は確かに発動したはずだ。
その感覚はあった。
なのに何故。
「信じる心が足りなかったねぇ」
そんな一ノ瀬の疑問に、観客の様に戦いを見守っていたワールドオーダーが応えた。
「コピーだからランクが足りないとかそういう話じゃあないぜ?
言ったろ。その能力は世界を取り換える能力だと。
まずは自分がそうであると信じなければ、自らの中に、己の世界に『革命』を起こさなければ」
この能力は使えない。そうワールドオーダーは言い切った。
世界を変える事など誰にも出来ないという思いを抱えたままでは、世界は何一つ変わらない。
世界を変えるには、まず自らが変わらなければならない。
「さて、言い残したことはあるかな? この状況だ。大抵の質問には答えるよ」
倒れこむ一ノ瀬へと問いかける。
幾重もの致命傷を負い、一ノ瀬の意識は既に遠のき始めている。
だが、血が抜けたせいか、頭の中だけはひどくクールだった。
その頭で、問うべき言葉を思案する。
これまでの彼の語った言葉。
その意味する所。
実在するという神様。
この殺人遊戯の目的。
その全てが繋がる根本的な疑問。
「…………貴方は、どうやって『神』を打倒するつもりなのですか?」
その問いに、ワールドオーダーは感心したように、ふむと唸った。
「いい質問だ。だけど残念ながらいい質問過ぎて、それだけは答えられない」
その返答を聞き遂げることができたのか、それともできなかったのか。
一ノ瀬は限界を迎え、その意識を手放した。
斯くして
一ノ瀬空夜という一つの世界は終わりを告げた。
【一ノ瀬空夜 死亡】
その終わりを見届け、ワールドオーダーはパチンと指を鳴らした。
瞬間、世界は正しく変わり、周囲を飛び回っていた瓦礫たちが無に還る。
「世界は変わる。変わらなければならない。進化を止めた生物に生き残る価値はないからね」
呟きは誰に届くことなく世界に溶ける。
その意味も心もまた、きっと誰にも理解されないまま。
最終更新:2015年07月12日 03:00