「…………今何時だ…?」
イヴァン・デ・ベルナルディは霊安室で長い眠りから目覚めた。
あまりにも長い時間、床で眠っていたせいで身体中がバキバキするが、麻痺は完全に解けたようだ。
肩を回したりして、身体をならしてから、霊安室を出る。
どうやら病院には人はいないようだ。自分はとことんツイているらしい。
こうして無事に目覚めることが出来たのも、病院には端から人っ子一人いなかったからに違いない。
病院に立てかけられている時計を見ると、そろそろ6時になりそうであった。
「…そういえば、放送とやらが流れるんだったか…」
確か流れる情報としては、これまでに死んだ参加者と禁止エリアの発表だったか。
特に禁止エリアの情報は、今後のことを考えると、聞き漏らしたりすることはできない。
放送前に起きることができたことに、安堵を覚えながら、再び病院の奥へと戻る。
これでも組織の幹部である彼は、暗殺の常套手段をある程度熟知していた。
それは対象が最も油断しているところを狙うという事である。
放送は参加者全員にとって重要だが、つまりそれだけ隙を見せやすいという事でもある。
そこを狙われるわけにはいかない。
彼は病院の奥で放送を聞くことにした。
―――では、また6時間後に生きて僕の声を聴いてくれる事を願っているよ。
放送が終わった。
手元にあるメモには禁止エリアがきちんとメモしてある。
誤って、該当エリアに立ち入るという事態は避けられるだろう。
「…………ば、バカな!?」
だというのに彼は酷く動揺していた。
理由は彼の手元にある
参加者名簿を見れば、はっきりわかる。
参加者につけられている×印。死者の全てにつけられてしかるべきそれは、ある参加者の名前で止まっていた。
組織の殺し屋が早期に退場した事実は、イヴァンにとって予想外のものだった。
それはそうだろう。何故ならヴァイザーこんなにも早く死ぬ殺し屋じゃないからだ。
特に奴は殺意や敵意のある攻撃を事前に察知することができるのだ。
そんな能力の持ち主がこんな早期に死ぬとは一体何があったのか。
イヴァンは酷く混乱した。だがすぐに頭を振り、混乱を打ち消す。
マーダー病のことを思い出したからだ。気を強く持たなければ、マーダー病に発症してしまう。
すでに死んだ者に意識を奪われて、病に発症してしまったなんてお笑い話にもならない。
―それに冷静に考えれば、これはチャンスだぞ
そう、ヴァイザーは組織の最高戦力であった。
という事は、彼の死で動揺しているのは自分だけではあるまい。
バラッドや
アザレア、ピーターは言わずもがな、あの冷静沈着なサイパスですら冷や汗をかいているかもしれない。
上手くそこを突くことができれば、自身にとっての障害を一気に消すことができる。
―…いや、それは賢くないな
だがこの殺し合いに呼ばれている面子は、自分たちだけではない。
先ほど自分を殺そうとした
剣神龍次郎を思い浮かべる。あれは危なかった。
魔剣天翔が支給されてなかったら、今頃ヴァイザーと共に名前を呼ばれていたことだろう。
あれを単体で倒すのは、はっきり言って不可能だ。
ならばいっそヴァイザーが死んだことを利用して、他の面々と協力関係を取った方がいいだろう。
そもそも自分は彼らの上司なのだ。切り捨てると言っても、利用できるなら利用するに越したことはない。
その時、どこかで笑い声が聞こえてきた。
△△
鴉は参加者名簿をぷらぷらとさせながら、眺める。
そこには×印が24個ついている。今回の放送で呼ばれた死者の総計だ。
だがその中でも、特に色濃くマークされている名前がある。
鴉にとって、遊び相手であった彼は、どうやらもうすでに逝ってしまったらしい。
その真実が俄かに信じがたい鴉は、しかし自分が殺した女のことを考え、恐らく本当に案山子は逝ったのだろうと悟る。
「………カ、カカ」
はたして、鴉は口を開いて何を言おうとしているのだろうか。
宿敵であった案山子が死んで思わず、その名前を口に出そうとでもしているのだろうか。
否。
「カカ、カカカ、カカカカカカカカカカカカ!!
カアアアアアアアアアアアアアァァァァァァーーーーーーーーーーー!!!
カカカカカカカ、カーーーーッハッハッハ!!
あ、やべ、思わず普通の笑い声になってしまった、ククク」
そんな風におどけながら、盛大に笑い飛ばす。
鴉は仮眠前に案山子が自分より先に死んだら、笑い飛ばそうと考えていた。
故にこれは鴉にとっては、至極当然の行いであった。
「カ、カカ、案山子よぅ、まさかお前がこんなに早く死んじゃうなんてなぁ
正直あまりにも呆気なさ過ぎて、まだ信じられないぜ…カカカ
それに罪に罰なんて与えられないって証明が、こんなに早く為されちまうのも、また拍子抜けでさぁ
これはあれかな?案山子は俺にとって罰ではないってことでいいのかねぇ?
所詮一時の暇つぶしの相手にすぎないってこと?哀れだと思わないか、案山子くんよぉ、カー!」
一通り、案山子に対して嘲り言葉を浴びせながら、再び名簿を見つめる。
そこには二人ほど、知り合いの名前がある。
初瀬ちどりと
四条薫だ。
といっても、四条薫とはあまり面識はない。せいぜい一回気まぐれに取材を受けてやったことくらいの間柄だ。
どうせここでも、自分と同じような感じで取材をした結果、死んだのだろうし、興味もない。
それよりも鴉が重視するのは、初瀬ちどりだ。
彼女は案山子への殺意を隠し切れないでいた。
そんな彼女がこの殺し合いでどのような行動に出るのか、非常に興味はあったのだが。
「まさか女探偵も逝っちゃったなんてなぁ…」
面白そうな奴だったのになぁ、と呟きながら鴉は続けて名簿の名前を見る。
といっても、彼にとって知り合い以上に重視しなければない名前など一人しかいない。
ヴァイザー。殺し屋をやっていて彼の名前を知らぬ者などいない。
戦闘スタイルやその常識離れした回避能力など、伝聞でしか知らないが、どれも自分以上のスペックだ。
正直、名簿で名前を見た時に、自分の知らない所で落ちてくれないかなとすら思っていた。
だが、こうも早く落ちるとは。
「これは、いよいよムリゲーじみてきたかねぇ」
あの殺し屋ですら、早期に落ちてしまうのだ。
無論鴉とてあっさりと殺されるつもりなどない。が、それでも少し自信を保てずにいる。
それだけヴァイザーという男の脱落は衝撃的だったのだ。
「まぁ弱気になっても始まらんし、これからどうするか、考えないとな」
陰気な考えを頭から振り払ってこれからどうするか考える。
と言っても鴉自身にあるのは、これから何を遊び相手に添えようかという考えのみ。
生き残っている参加者で、唯一知り合いと言えるのは、榊という警察官だ。彼をからかって遊ぶとしようか。
それとも案山子の英語読みの
スケアクロウとかいう参加者と遊ぼうか。
わざわざ案山子の名前を英語とはいえ騙っているのだから、それなりに腕に自信はあるのだろう。
からかってみると面白い反応をするかもしれない。
「うーん、悩むなぁ…どうしようかなぁ…」
うーんと首をこくりこくりしながら、悩む鴉。だが実際のところ、そこまで悩むつもりはない。
案山子を通してでしか接点がない上に、元からその二人に鴉は興味がないのだ。
つまり自分の遊び相手は必然的にこの場に呼ばれている赤の他人の誰かとなる。
とはいえ、自分にとって赤の他人という事は、向こうからしても鴉は他人でしかない。
なので餌を撒いておいた。と言ってもそんなに難しいことはしていない。ただ大きめに笑っただけだ。
先ほどの笑い声は相当響いたはずだ。この殺し合いに否定的な者も肯定的な者も、近場にいたのなら聞こえただろう。
特に肯定的な者からしてみれば、殺し合い中に大声を上げている鴨にしか見えないはずだ。
そんな彼を殺そうと向こうから勝手にやってくることは十分にあり得る。鴉は動かずともよい。
―…これで化け物とか来られるとちょっと不味いけどな
まぁそれはそれでリアル鬼ごっこみたいで面白そうだ、と鴉が考えたその時。
近くで足音が鳴った。
―……どうやら餌にかかったようだ
さて果たして来るのは、玩具か化け物か。
■■
イヴァンは笑い声の元に近づいていった。と言っても鴨だと思って近づいたわけではない。
彼はその独り言の人物が危険人物だと解ったうえで近づいていた。
―まぁあんなものを見ればな…
顔を青くしながら、イヴァンは先ほどのことを回想する。
突如湧いた笑い声に興味を持ち、近づいてみようかと病院の門を出た時だった。
その近くに無残にも破壊され尽くされた人間の死体があったのだ。
はっきり言って、カニバリズムの常習犯が身内にいなければその場で吐いていた。
いや実際吐きかけた。だがすんでのところで耐えた。ここで嘔吐なんかしてみろ。格好の餌食だ。
それにマーダー病のこともある。気は強く持たなければならないと言い聞かせ、なんとか耐え抜いたのだ。
馴れている筈の幹部を動揺させるほど、その死体は解体されつくされていた。
―まるでカラスがゴミ袋をついたような凄惨さだ…そういえば名簿にも名前があったな
―…鴉…確か極東の島国で主に活動している殺し屋だったか…
その殺し方は非常に汚いとこちらでも噂になっている。
だがその特徴の中でも最も秀でている物は生存能力の高さだ。
はっきり言って鴉の居場所が警察組織にばれる確率は非常に高い。
まぁこんな殺し方を毎回続けているのだ。ばれない方がどうかしている。
だがそれでもなお鴉は警察から逃げおおせている、何故か。
鴉は記者の取材を受けたことが一回だけある。
その記事は本物にしろデマにしろ、話題になった。イヴァンの拠点近くにある本屋でも売られていた。
それによれば、彼が警察組織から容易く逃げおおせるのは単なる勘によるものらしい。
その記事では、それが本当かどうかは読者の想像に任せる旨が書いてあったが、イヴァンはそれが本当だろうと思った。
殺気や敵意を事前に感じ取る者がいるくらいなのだ。勘が常人より優れている者もいるだろう。
ただ鴉に対する関心はその程度だ。元々優れた殺し屋が組織にいたので、ただ勘が優れているだけの殺し屋などいらないと感じたのだ。
―だが、その勘もこの場でなら有効に使える
そうイヴァンは鴉と手を組めないか考えていた。
その危機に対する直感があれば、自分の生存率も上がる。
それに鴉は曲がりなりにも殺し屋だ。
アサシンみたいに命を捨てることはないだろうが、依頼を断ることはないだろう。
そう考えながら、イヴァンはついに鴉の元へやってきた。
視線の先には、黒い装束を身に纏い、鴉の仮面を被った男がいる。
壁を背にし、デイバックに座りながら鴉はこちらを見据えている。
「……鴉だな?」
イヴァンは問いかける。
鴉は無言のまま微動だにしない。
「おい、聞いているのか?」
先ほどの笑い声から打って変わってやけに無言だ。
だがイヴァンはそれを気のせいだと打ち払い、再び問いかける。
「…………」
しかし目の前の鴉は微動だにしない。
流石におかしいと思い、イヴァンは鴉に近づく。
そして違和感に気づく。
「……呼吸音がしない?」
まさかと思い、鴉の身体に触れる。
イヴァンは自分がここに来る前に、誰かにやられたのかと考えたのだ。
だがその身体はあまりにも損傷がない。故に近づいてしまった彼を誰が責められよう。
「ひっかかってくれてありがと」
そんな声が聞こえたと思った時、イヴァンはすでに意識を失っていた。
△△
「……意識を失ってるよな?…ふー、こいつは人間みたいだな」
そんな風に息を漏らしながら、鴉は目の前の人形から衣装を剥がして着る。
そう再び鴉はマネキンを自分の影武者に仕立て上げたのだ。
といっても今回は自分の動きを真似させる事なく、ただ壁にもたれかからせただけだが。
―これ便利だけど、毎回衣装を着せるの面倒なんだよな
いっそ俺の衣装が支給されてればいいんだけどな、などと思いながら気絶している男を見下ろす。
正直な話、人形に動きをトレースさせなかったのは、この男になんの危機感も覚えなかったからである。
足音は聞こえてくるのに一向に勘が危険を訴えることはなかったのだ。
その時点で鴉はこれは玩具でもつまらない玩具と判断した。
何よりこの男は開口一番に「鴉だな」と問いかけてきた。こいつが自分の事を知ってるのは明白だ。
にも関わらず危機を覚えないという事は、こいつは自分に依頼を持ち掛けに来たということだろう。
だがこの場において鴉は依頼といったものを受ける気はなかった。
―だってそうだろう?依頼なんて受けて行動の自由を狭めてどうするんだよ
そして男を眺めながら、サバイバルナイフを抜き出す。
頭の中でどうしようか考える。つまらない奴だけど、先ほどの女のように遺言でも聞いてみようかと。
だがコイツを起こしても依頼依頼とうるさそうだと考え直すと、ナイフを構えながら近づいていく。
「まぁあれだ、殺し屋みんながみんな、依頼を受けたがるわけじゃないのさ」
来世でちゃんと活かしてくれよ?
そう言って、ナイフを首に振り下ろす。
気絶している人間には避けることは到底不可能だ。
気絶している人間には。
「ああ、覚えておくよ、お前には絶対に依頼なんか持ち掛けないってことをな!」
「あれ?」
だがイヴァンは起きていた。そして迫りくる斬撃を間一髪で避ける。
耳のあたりを少し切ったようだが、逆に言えばその程度ですんでいる。
イヴァンは機敏な動きで懐に手を入れる。
―…なんで起きてるんだ?つか動きが早いな、おい
仮面の裏で訝しみながらも、鴉は冷静であった。
勘は未だに危険を察知していない。この勘が自分を裏切ったことはない。
故に懐から出るのは武器ではありえない。
だがイヴァンの懐から出たのは一つのナイフだった。
それは魔剣天翔。対象に傷を与えることはできないが、ランダムに転移させる道具。
傷を与えることができないため、武器ではない。
「…はぁ!?」
が鴉にとってはそれは武器にしか見えない。今度こそ鴉は動揺し、すぐさま離れようとする。
だが距離が近すぎた。完全に避けることはできず、足のあたりを斬りつけられる。
しかし当然ながら鴉が痛みを感じることはない。
―さっきから何が起こってるんだ!?
とうとう鴉の理解に及ばないことが、起こっていると思った瞬間。
鴉はこの場所から消え失せた。
■■
何故イヴァンが起きることが出来たのか。
それは彼に支給された最後の支給品によるものだ。
『現象解消薬』。効き目は十分しか持たないがその効能は抜群だ。
事前に飲んでおくことで、十分間に渡って発生した身体の影響をすべて、十分後には無効にするのだ。
あのアサシンに斬りつけられた時から、今度誰かに取引を持ち掛けるときはこれを飲んでおこうと思っていた。
効き目が短すぎて、長期にわたる戦闘などにはまるで使えないが、短期の戦闘ならこれほど使えるものはない。
しかし内心イヴァンは戦々恐々としていた。ナイフが振り下ろされる寸前で起きれたのは、完全にまぐれなのだ。
冷や汗をかくのも無理はないだろう。
―だがこの運の良さ…やはり天は俺に味方をしている
イヴァンは心中で笑みを浮かべた。
マーダー病もこの気分を継続させることができれば恐れることなどない。
「…しかし殺し屋ってのはどいつも信用ならんな」
心中では笑みを浮かべつつ、イヴァンはそうつぶやきながら、ナイフを懐にしまう。
無論懐にはトカレフもある。がそれを出さなかったのは、鴉の勘を警戒してのことだ。
もしあの勘がヴァイザーと同じく、殺気や敵意に反応するものならば、トカレフを出しても避けられる可能性が高い。
ならば害を与えないナイフで奴を転移させればいいのではないかと思い、ナイフを出したが結果としてそれが功を為したようだ。
―まぁ同じ相手には二度は通じない手だが…しかしこれは使える
魔剣天翔自体に殺傷能力はない。
だがこの魔剣はランダムに対象を移動させる。
そしてその移動させる場所には勿論、禁止エリアも含まれている。
―上手くいけば、あの剣神すらをも殺せる…
「やれる、いややってやるぞ、俺は…ふ、ふふ」
そう笑みをこぼしながら、ようやく組織の幹部は行動を開始した。
だが果たしてこの殺し合いで、そのような高揚感を持続できるのだろうか。
運などという不確かなものを彼はいつまでも信じられるだろうか。
…マーダー病発症まであと30分。
【C-5 病院前の道路/朝】
【イヴァン・デ・ベルナルディ】
[状態]:気絶中、精神的疲労、全身に落下ダメージ、マーダー病感染中
[装備]:サバイバルナイフ・魔剣天翔
[道具]基本支給品一式、トカレフTT-33、現象解消薬残り9錠
[思考]
基本行動方針:生き残る
1:何をしてでも生き残る。
2:仲間は切り捨てる方針で行く。
3:天は俺の味方をしている…!
※マーダー病に感染してしまいました。(発症まで残り30分)
【現象解消薬】
服用してから十分間の間に身体に与えた影響を、十分後には全て無効にする薬。
例えば、この薬を服用した十分以内に眠り薬で眠らされても、十分後には目覚めることが出来る。
また、火傷を負った場合でも、十分後には火傷の痕は消えているし、腕が千切れたとしても十分後には元に戻っている。
ただ一つの例外は死んだ場合。この場合薬を飲んでいたとしても復活することはない。
支給された錠数は10錠。
△△
「今度は何!?……って、おお?!」
地上から数メートル離れたところに転移させられた鴉は落下に備え、受け身をとる。
急なことで上手くは受け身を取れなかったが、幸い何処かを痛めることもなく下りれた。
「はー…はー……くそ…どこだよここは」
いきなり風景が変わったことに鴉は毒づきながら、辺りを見渡す。
どうもここは地下のようだ。非常に広大な空間だ。ゴミの廃棄場からゴミを取り除いたらこんな風になるのかもしれない。
「まぁ俺は屋内廃棄場なんて知らないけどな…と?」
そんな風にぼやいた鴉の視線の先に、何やら襤褸切れを纏った死体が見える。
頭部は完膚なきまでに破壊され、首輪もないが、おそらく参加者の死体だろう。
だが鴉にはそれが誰なのかわかった。トレードマークである覆面がなくとも、その身に纏う襤褸切れには見覚えがある。
「おやおや、誰かと思ったら案山子じゃないか
こんなところで何してんのー?とそうだ、死んだんだったな」
ごめんごめん、などと笑いながら、死体を眺める。
どうも死体の状況から考えるに、案山子は銃で撃たれたらしい。
そして止めに頭部にズドンといったところだろうか。
「はー、銃持ちと当たったのか、しかもこんな殺風景な場所で
ツイテないねー、お前は近接戦闘が主流だもんなぁ
これじゃ早期退場もやむ無しかもしれんね」
そう笑いながら語る鴉であったが、ふと違和感を覚えた。
自分は見てすぐに銃にやられたと思ったが、それがそもそもおかしい。
何故なら身体は仰向けだ。つまり真正面から銃弾を受けたことになる。
ここは見ての通り、殺風景な場所だ。不意を突かれて後ろから撃たれたのならわかる。
だが真正面からなら、案山子にも敵が見えたはずだ。ならば回避行動を取ることも可能だったはず。
何故死んでいる?
「…あれ、どういうこと?」
笑うのをやめて、真剣に鴉はどうやって案山子が死んだのか考察することにした。
頭を使うのは鴉はあまり得意ではない。が、それが死体関連となると別だ。
さらに案山子の死体だというのだから、なおさらどう死んだのか想像しやすかった。
故に鴉はある一つの可能性に思い至った。
そして鴉からすれば、それは絶対に認められないものだった。
▽▽
地下実験場。
地下に広がるその広大で殺風景な空間は、見ようによっては古代の闘技場に見えなくもない。
そして彼は幽鬼のように、その場所に立っていた。
襤褸切れを繋ぎあわせたかのような、コスチュームを身にまといながら彼は考える。
この場所でどのように行動するのかを。
彼は断罪者だ。
このような催し物を開いた
ワールドオーダーは許しておけない。
故に至急速やかに彼をくびり殺さなくてはならない。
ここは見た所殺風景だ。長居する必要がない。
そう考えた男は、地下実験場の出口へ向かおうとする。
カチャ
その時、正面から銃を構える音が聞こえた。
なるほど、すでにこの殺し合いに乗ってしまった者がいるらしい。
こちらにまで構えたとわかるくらいの音だ。おそらく素人だろう。
元は善良な市民だったであろうその者に対して、失望の念が強まる。
何故人を殺す道を選べてしまうのか。自分さえ良ければ他人はどうでもいいのか。
だがそう決意を終えてしまったのならば、例え数分前まで善良であったのだとしても、絶対的な悪だ。
故に男はその者の方をしっかりと見る。
放たれるであろう銃撃に対応するため。そしてその隙を速やかにつくために。
だが、男が見た下手人の顔は、彼の想定とは異なっていた。
そこにいたのは復讐者だった。決して殺し合いに乗ると短慮に決めた者の顔ではない。
あれは何もかも捨てた者の目だ。そうかつて自分がそんな目をしていたと思う。
―なるほど、そういうことか…
彼は自分が悪と断じられるのが、好きではない。
それは自分が正義と信じている行いが悪と言われるのが耐えられないからだ。
だが、耐えられないということは、言外に認めているようなものなのではないか?
自分が世間一般では、悪人と大して変わらないという事実を。
それが形となって現れているのが、目の前の女だ。
今まで彼がそうしてきたように、彼自身もついに裁かれる時が来たのだ。
そう理解が及んだ瞬間、彼は一切の抵抗を放棄した。
△△
「……は、ないない。ありえないありえない。だって案山子だぜ?あのシリアルキラーだぜ?
それが…なに?自分の正義が間違ってたと認めた上で、一切抵抗することなく殺される?
ないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないない
ナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイ
ありえない!!」
鴉はこの殺し合いにおいて、初めて激昂した。
あの案山子が自ら死を選んだ可能性。その可能性に気づいてしまった以上激昂せずにはいられない。
「てことはあれか?俺なんて初めから眼中になかった?
あんだけ予告状出して、手前のやってることは間違ってると煽って、しまいにゃ直に対立したことすらあったのに!?
お前にとって俺はその程度の存在でしかなかったっつーのか!!?
俺の存在を欠片も思い出さず、死を選べる程度の相手だったってーのか!!!」
ふざけんな!と言って、首がない死体を蹴りつける。
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな
ガッ、 ガッ、 ガッ、 ガッ、 ガッ、 ガッ、 ガッ
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな
ガッ、 ガッ、 ガッ、 ガッ、 ガッ、 ガッ、 ガッ
「ふざけんなああああああああああああ!!!」
思いっきり死体を蹴り飛ばし、肩で息をする。
そして思う。なんだこれはと。
何故生き残っている自分が、こんなにも敗北した気分になっているのかと。
案山子が抵抗を選ばずに初瀬ちどりに殺されたという考えは、所詮鴉が勝手に思いついているものだ。
実際のところ、本当に真正面の相手に気づかず、撃たれた可能性もある。
だがやはりそれはありえないと鴉の勘が告げている。
トレードマークである覆面がないのが、その理由だ。
ここに覆面がないという事は、下手人が案山子のマスクを剥いで持って行ったと考えるしかない。
そして案山子への止めは至近距離からの頭部への射撃だ。
死んだ後に顔を破壊したという考えも浮かんだが、そこまで恨んでいたのなら胴体の方がこんなにも元の形を保っているのはおかしい。
つまり下手人が近づいた時、案山子はまだ生きていたのだ。
身体に弾をうけて動けない?そんな程度で目の前の悪を見逃すようならば、案山子はとっくの昔にくたばっている。
案山子自身が死を選ばなければ、この状況は生まれない。
そしてマスクを生きている内に剥がすという行為。
これもまた妙だ。そんな行為をただ案山子と敵対した奴がするだろうか。
ありえない。よほどそいつとの因縁がない限り、そいつはマスクを被ってるだけの奴だ。
生きている内にその素顔を見てやる!だなんて脳内回路にそうそう至れるものか。
となると消去法で、初瀬ちどりか鴉かのどちらかとなる。
鴉は案山子を殺していない。よって下手人はちどりということになる。
そうして導き出されたのが、先ほどの可能性だ。
そしてそれが鴉にとって許容しきれないのだ。
これでは、まるで逆だ。
遊んでいたのは自分じゃないみたいだ。むしろ遊んでやっていたのは案山子。
まるで近所のおじさんが悪ガキを適当に相手にするような態度であの男は鬼ごっこに興じていたのだ。
初瀬ちどりもそうだ。
彼女が案山子を殺す瞬間、またその後の死に様を見れてないのも、癪だった。
まるで自分の知らない所で、面白い遊びをされたみたいだ。
まるで鴉ではなく、ピエロみたいだ。あまりにも滑稽すぎる。あるいはこれが自分に与えられた罰なのか。
宿敵だと思っていた案山子が実は俺のことなど歯牙にもかけてないというのが、俺に対する罰だというのか?
「…なめやがって……何が罰だ、ふざけるな…!
むしろ後悔させてやる…俺を放置して死んだのは間違いだったと後悔させてやるからな…
手前の罰は自身が生んだ復讐者なんかに殺されることなんかじゃないってことを思い知らせてやる!」
物言わぬ死体に対し、鴉はそう宣言する。
死人に対してそう宣言するさまは、かなり滑稽だろうと思う。
だがそうでもしないとどうにかなりそうだった。そのくらい今の自分は冷静ではない。
「…とりあえず…その死体を喰い散らかさせてもらうぞ…俺なんかにやられることからまず後悔するんだな…!」
他人が殺した死体を解体しても得られるものはない。
だがこれ以上、顔もないのに自分を嘲笑っているように見える死体を放置することはできなかった。
【E-10 地下実験場/朝】
【鴉】
状態:健康、凄まじい苛立ち
装備:鴉の衣装、鍵爪、サバイバルナイフ、超改造スタンガン
道具:基本支給品一式、超形状記憶合金製自動マネキン、お便り箱、ランダムアイテム0~1
[思考・状況]
基本思考:案山子を後悔させる。
1:この死体を原型も留めないほどに破壊しつくす。
2:?????
[備考]
※人を超えた存在がいることを知りました。
※素顔はまだ参加者の誰にも見られてないので依然として性別不明のままです。
※案山子がわざと死んだ可能性に気づきました。
※多数の宛先を書いてワールドオーダーについてのピーリィの推理を記した紙を送りました。届くとしたらだいたい6時~7時までに届きます。
※
主催者(登場人物A)にメッセージを記した『イメージの裏切り』を送りました。だいたい6時~7時までに届きます。
最終更新:2016年03月02日 17:32