長松洋平は夢を見る。
蕩けるように甘美な悪夢を。

彼の脳裏に思い返されるのは、地獄の様な戦場だった。
まるで空襲でもあったかのように一帯は燃え盛り、業火は謳うように空へと上り詰めて行く。
朱色だった空は灰が混じり血の様に仄暗い赤黒色に染まり、地上は揺らめく焔を前に全てが紅に染まる。
地面には人の形をした黒い消し炭が転がっており、砂の城の様にボロリと崩れた。
そんな地獄のような世界の中心で、自らの顔を焼きながら高笑いしている男の姿があった。
この地獄を作り上げた男は心の底から楽しくって笑っていた。

それがこの戦場の最後の光景であり。
男が描き、追い求め、そして生み出した地獄の姿である。

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1989年某月某日。S県T市にて長松洋平は生を受けた。
洋平という名は亡き父が付けたもので、海の様に広く平等な心を持つ人間になって欲しいという願いが込められている聞いている。
彼は昔から物弄りが好きで、ラジオなどを分解してはよく母親に叱られていた。
将来の夢は宇宙飛行士、ではなくそのロケットを作る技術者になりたいというそんな少しだけ変わった少年だった。
そして成長した洋平少年は地元工業高校へと進学するも、家庭の経済状況から大学進学を断念。高校卒業後は地方の自動車修理工場へと就職する事となる。
安い給料やキツイ労働環境、人間関係の悩み。そんな世の中への不満もあったが、そんなものは社会に出て生きているのなら誰もが抱える程度のモノだ。
その人生において、殺し合えと言われて何の疑問もなく人殺しが出来るほどの異常性は抱えてはいなかった、はずである。

だから殺し合いの舞台に呼ばれた時も、最初はむしろ殺し合いには反対のスタンスだった。
当然だろう。
それまで彼は普通に生きてきたごく平凡な人間だったのだ。
最初から殺し合いに歓喜する異常者だったわけではない。

そんな長松が最初に殺したのは、殺し合いの開始直後に彼に襲いかかってきた男だった。

出会い頭にボウガンを突きつけられ硬直する長松に、容赦なくボウガンの矢は打ち込まれた。。
恐怖に竦み動く事すらできない長松だったが、相手も恐怖に駆られただけの素人だったのか、放たれた矢は見当違いの方向へと飛んで行った。
けれど、長松にとっては命を狙われたという事実が恐ろしくて仕方がなかった。
訳も分らず長松は走り、相手も当然のようにボウガンを片手にその背を追う。

相手は逃げる長松の背に向けて矢を放つが、素人が走りながら当てられるはずもなく、放たれた矢がその後姿を捉える事はなかった。
だが、そんな状況も分らぬまま、自分が果たして生きているの死んでいるのかすらも分らぬまま、長松は森を抜け、平原を超えていく。
続く逃走劇はついに海岸沿いの崖際までたどり着き、逃げ場を失い長松は追い詰められる。
だが幸運にもそこで相手も全ての矢を打ち尽くしたようであり、男は悔しげに歯噛みしてボウガンを投げ捨てるとヤケクソ気味に雄叫びを上げながら長松へと飛び掛かっていった。

ゴロゴロと地面を転がり、もみくちゃに絡み合い、無茶苦茶に腕を振るい、腕に噛み付き、爪で引っ掻き。
それは素人同士の完全なる泥仕合だった。
そして、相手が疲労し組みついていた力が弱まった所で、長松は相手を引き剥がすように思い切り押し出した。
結果、相手はバランスを崩し、たたらを踏みながら崖へと進み、そこから足を踏み外した。
悲鳴を上げて落下してゆく男を長松は呆然と見送る。
長松はその結果を受け入れられないのか、その場でしばらく呆然としていたが、徐々に自分がやってしまったことへの混乱と恐怖が湧き上がり、その場から逃げるように走り出してしまった。

それが最初。
あくまで自衛のための殺人だった。
悪いというのなら襲ってきた男が悪いし、何より殺し合いなどという事を強要してきた奴らが何より悪い。
それは事実であるし、そう長松も理解していたけれど、どうしても崖から落ちてゆく絶望に塗れた男の顔が離れなかった。
その顔が思い出される度、異常なまでに胸の鼓動は早まり、熱病のように脳が蕩ける。
それが罪悪感によるものだと、その時の長松は信じて疑わなかった。
胸に生まれたその感情が、高揚感だと気付く事が出来ないまま。

二人目は仇だった。

逃避を続けていた長松だったが、彼はその後、老齢の外国人に保護される事となる。
老男は幾多の戦場を駆け抜けてきた退役軍人という経歴の持ち主で、正しく歴戦の勇者と言った落ち着きと勇敢さを兼ね備えた戦士だった。
こんな事を始めた主催者への義憤に燃え、正しくその力を振う、そんな男である。

長松は男から銃器の使い方、戦い方、そして生き延び方、様々な事を学んだ。
僅か6時間程度の関係だったが恩人であり、師と呼んで差支えない男であったと思う。

その老男が殺された。
殺したのは、若い女だった。いや、若いどころではなく若すぎる女だった。
外見年齢は恐らく10にも満たなかっただろう。
だが、女は外見通りの年齢ではなかった。
小人症(リリパット)かなにかだろうと思っていたが、今思えばそういう異能の使い手だったのかもしれない。

実に打算的に利己的な考えの元に女は殺し合いに適応しており、幾多もの戦場を越え子供たちを守ってきた勇者はそれ故に油断し、あっけなく殺害された。
男の息の根を止めた女は、隣にいた長松にまでその魔の手を伸ばそうとする。
だが、老男が殺される瞬間を見ていたから女の見た目に騙されることもなかったし、外見が幼女であろうとも長松は容赦などしなかった。
老男から教わった技術を用いて、長松は女を殺害した。

復讐と言う大義名分があったからだろう。
女を殺した時に長松は己の中に湧きあがった歓喜と興奮を素直に認めた。
血に酔いながら、相手の死に歓喜し咆哮をあげた。

そこから長松は自衛のためと自分に言い聞かせながら、積極的に戦場に打って出るようになる。
女を殺した興奮が、崖から落ちてゆく男の顔が忘れられず、血を求めていたのかもしれない。

だが、結果として優勝を勝ち取る長松ではあるのだが、その後の彼が連戦戦勝だったのかと言うと、そうではない。
いきなりスムーズに事が運ぶわけもなく。勝利のために様々な代償を払う事となる。
辻斬りを楽しむ剣術家との戦いでは左腕を切り落とされ、自衛官を名乗る傭兵崩れには右目を撃ち抜かれた。
昔テレビで一時期有名になった手も触れず物を操る元・超能力少年と戦った時なんて、身ぐるみはがされて下着姿で放り出される始末だ。

その度に、幸運と偶然により生き延び、そして、その度に学んで行った。
ただの素人である長松が勝ち抜くためには様々な思考錯誤が必要だった。
失敗点を洗い出し、改善案を模索する。
繰り返されるシミュレーションとトライアンドエラー。
元より職人気質な男である。
その手の作業は得意だった。

戦術を。
戦法を。
殺し方を。
何が悪くて、何をすればいいのか。

敗北から学び、数少ない勝利からも貪欲に学んで行った。
長松が生き残れた要因を一つ上げるとするのならば、その学習能力の高さが上げられるだろう。
彼は経験に学ぶことに異常なまでに長けていた。
恐らく普通に生きて、普通に一生を終えていたのならば、気付く事すらなかった才能だろう。
こんな状況だからこそ、己の中の戦士としての才能に気付くことができた。

そして何時しか、生きるために繰り返していた思考錯誤を楽しんでいた自分に気付く。
片腕を失い、片目を失い、身ぐるみをはがされてなお自分は楽しんでいる。
ああそうかと、そこでようやく長松は己の本質を認めた。
認めてしまえば堕ちるのは早かった。
己を認めた男にもはや躊躇いなどなく、そこからは急転直下だった。

強者は真正面からの戦闘は避け持ち前の器用さを活かしてトラップを駆使し葬った。
弱者は武器の試し打ちや、戦術の実験台として経験値を高める餌とした。
一度敗北した相手たちも、詰将棋のように嵌め殺していった。
剣術家は道中で保護した女学生を囮にして、遠距離から狙撃して殺害した。
自衛官は直接殺す事が出来なかったけれど、彼を殺した青年はこの手で殺せた。
元超能力少年との決着は最後まで持ち越されることになった。
結果、全参加者64中、実に11名をも殺害して長松は勝者となった。

そして最後の敵をエリアごと焼き払い、彼の優勝が確定すると同時に、長松の意識はブツリと途絶えた。
恐らく優勝者が確定した時点で睡眠ガスか何かが散布される主催側の仕掛けがあったのだろう。
長松はそう理解している。

『おめでとう。長松洋平君。
 君はこのバトルロワイヤルを勝ち抜き、見事にこの物語の主人公足りえた』

目を覚ました彼を出迎えたのは、ワザとらしいまでの軍服を着た老齢の男であった。
目深に被った戦闘帽により、その容貌は見てとれない。

何者か、などという事は問うまでもない。
長松たちに殺し合いをさせた主催者の一人だろう。
とはいえ、長松からすれば、彼らに別段恨みもない。むしろ感謝したいくらいだ。

ベットから身を起こし長松は周囲を見る。
当然と言えば当然だが、長松がいるのは戦場だった孤島ではなかった。
部屋全体が波の様な揺れており、部屋の小窓から見える水平線からして、どうやらここは船の一室のようである。
この部屋の規模感からいってかなりの豪華客船だろう。

『何の用だ。口封じにでも来たのか?』

主催者がわざわざ接触してくる理由がわからない。
分らないと言えば、そもそも何故長松たちに殺し合いをさせたのか。
全てを終えた今となってもその理由は分らない、尤も興味もないが。

『まさか。労いに来たんだよ。それと報酬の確認をね。
 最初の説明の通り、勝者となったご褒美として、君の願いを叶えよう。さあ何なりと言ってみたまえ。
 君が望むならそれこそ死者の蘇生すら叶えよう』

そう言って男は両腕を広げる。
背後の机の上にはピラミッド状に積まれた札束の山が乗っていた。
命でも金でも何でも、望むならくれてやるという事なのだろう。

だが長松に別にこれといった願いなどない。
蘇らせたい人間などいないし、金は欲しいと言えば欲しいが、こんな機会にわざわざ求めるほどの執着心はない。
とはいえ、願いなどいらないと言えるほど無欲でもない。

どうするかと考えた所で、ふと小窓から見える小さな孤島が目に入った。
恐らくあれが長松が三日を過ごした戦場だったのだろう。
あれ程熱狂した夢の孤島が遠ざかっていく。
その情景に、長松の心中に祭りの終わりの様な寂しさが到来した。
あれ程燃え上がった熱病が醒めていくようだった。

『…………決めたぞ。俺の願い』

長松が望みを告げると、男はほぅと驚いた顔をした後、楽しげに口元を歪めた。

『よろしい。では次の殺し合いにも君を招待することを約束しよう。
 今すぐ、というのはフェアじゃないな。まずは傷を癒したまえ。
 そこのお金はオマケとして差し上げるから、それでも使って十分に英気を養うといい』

そう言って軍服の男は去って行った。
そこで気が抜けたのか、鉛の様に瞼が重く落ちてきた。
考えてみれば、興奮状態で眠気は感じなかったが、気絶は何度かしたものの、三日近くまともな睡眠をとっていない。
肉体は相当疲労しているようだ。
体が泥のように沈む。
このまま意識は眠りへと誘われてゆくのだろう。
その直前。
既に去ったと思っていた男が、ドアに手を掛けた所で立ち止まっている事に気づいた。

『いや、僕としてもこんなケースは初めての事だからね。
 そこで一度勝ち抜いた君がどう立ち振る舞うのか、楽しみだ』

まどろむ意識の中で、男の声が遠く響いくのを感じていた。

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長松洋平は目を覚ます。
夢を見ていたようだ、彼の始まりとなる甘美な夢を。

目を覚ましたところで、まずは自身のコンディションを確認する。
どこも拘束されていないし、それほど目立ったダメージも残っていない。
あの黒いドレスの女が放った異能は気絶させるだけのモノだったようである。
今後の行動に支障がなさそうなのは幸運だと言える。

続いて、どれほど眠っていたのか時間を確認しようとした所で、荷物がないことに気付いた。
当然と言えば当然なのだが、荷物は奪われてしまったようである。

身ぐるみをはがされたこの状況は、前回の殺し合いで超能力者に敗北した時と似ている。
だったらイケるぜ、と長松は確信する。
あの時はそこから巻き返して優勝したのだ。
それどころか衣服があるだけあの時より幾分かマシである。
ならば負ける理由がない。

日の昇り具合からいって、もう放送は終わっている時間だろう。
死者の発表などには興味がないが、禁止エリアの発表を聞き逃したのは痛い。
何かしらのルール追加があった可能性もある。
とりあえず適当な相手を見つけて、荷物を奪うと共に放送内容を確認せねばなるまい。

とはいえ、こちらも万全でない以上、相手は吟味する必要がある。
格闘戦で勝利でき、骨の一本でもおれば喋るような素人。
学生辺りが理想的だが、先ほどこちらの意識を奪った女のように異能力者である可能性もあるため油断はできない。
前回のように見た目通りの中身をしているとも限らない。
いざとなれば切り札を使う事になるだろう。
流石にこればかりは奪い取ることはできなかったようだ。
どころかあの女は気づいてすらいなかっただろう。
オマケと称して渡された三億円を使って、治療のついでに仕込んだ切り札である。

そういえばと、先ほどの女が気になる事を言っていたのを思い出す。

『いいえ、違うわ。これは私の仕立てた殺し合いよ』

だがそれは間違いだ。
間違いなくこの殺し合いは長松の願いによって実現したものである。
彼が望み、誰かが叶えた。
ここにこうして成っている以上、この関係性に疑問を挟む余地はない。

ならば、考えられる可能性は二つ。
あの女も彼と同じく殺し合いを願った人間であるという可能性と、あの女がこの願いを叶えた側の人間であるという可能性だ。

後者ならどうでもいいが、前者ならば面白いと内心で笑みを作る。
己と同じ価値観の人間がいるのなら、きっと最高の殺し合いが出来るだろう。

想像に劣情が燃えたぎる。
脳髄がしびれるようだ。
SEX以上の最高のコミュニケーションができるだろう。

だが、ならばこそ殺さなかったのは不可解だ。
あれ程見事にこちらを嵌めておいて、最後の一手だけ躊躇うのは理に合わない。
相手を貶める過程に快楽を見出すタイプなのだろうか?
答えを知るにはもう一度あの女に合う必要がある。

殺し合いは続く。
夢の続きはまだ終わらない。
次はどんな夢のような殺し合いが待っているのか。
それが楽しみで仕方なかった。

【B-4 草原/朝】
【長松洋平】
[状態]:全身に軽度の火傷、ダメージ(中)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本行動方針:殺し合いを謳歌して、再度優勝する
1:適当な相手を脅して放送内容を確認する
2:人間と殺し合いたい
3:化物も殺す
4:ゴスロリ女(音ノ宮・亜理子)が殺し合いを望んだ側なら殺し愛いたい

076.殺し屋の殺し屋による殺し屋のための組織 投下順で読む 078.ミルファミリー壊滅!魔王襲来
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長松洋平は回想する/音ノ宮・有理子は殺さない 長松洋平 acquired designer child project

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最終更新:2016年03月02日 17:39