長松洋平は回想する。

この殺し合いに連れて来られる直前の記憶――彼の地獄であり、生まれ変わった場所である殺し合いを。
あの殺し合いも、今回の殺し合いのように孤島で行われていた。
よく覚えている。 何故なら、最初に殺した相手は海に突き落として殺したのだから。
あの時は状況に流されて恐怖のままに、訳もわからずただ殺しただけだった。
もっと冷静になれていたならば、今の自分とは別の未来があっただろうか?

――くだらない。
今の自分は今を最高に楽しんでいる。 それがわざわざ他の未来を考える必要はどこにあるのだ?

ああそうだ。
あの島での時間は、それまでの退屈な生活を消し飛ばしてしまう程に刺激的だった。
剣道家との格闘戦。
自衛官を名乗る男との射撃戦。
罠を使って強豪を嵌め殺した達成感。
首輪を解除し、禁止エリアで主催者への犯行計画を建てていた集団を、自分も首輪を解除して襲撃した時の緊張感。
全てが自らの命をチップにした、一瞬とて気を抜けない脳髄に焼けつくようなゲーム。
あの時間を二度と味合わないなど、考えられない事だ。
だからまた、この殺戮舞台に自分は立っている。

しかしやはり殺し合う相手は人間同士がいい。
人間であるからこそ、生と死を賭けた戦いに臨み、恐怖や怒りの感情を覚え、勇気を絞り、知恵を使い、死力を尽くす。
殺し合いの快楽は、それでこそ味わえる。
怪物相手のスリリングな戦いも悪くはなかったが、やはり人間同士の殺し合いには及ばない。
怪物相手じゃ『戦い』だ。 『殺し合い』にはならない。
だから今の自分は、殺し合いに飢えていた。

しかし次の相手は見つからない。
もう1、2時間は歩いていると思うのだが、人っ子一人いない。
始まって早々に2人と出会えたのは、ある種幸運だったのかもしれない――それが両方とも化物だったのは不運な話だが。

このままでは日が昇ってしまう。 日が昇るのは良くない。
今の自分には左手が無いのだ。 いくら武器があろうと、正面からの戦闘になれば不利。
先程怪物相手にやったように、罠と奇襲を十全に使わないとなるまい。

となると、これから先も草っ原でボーっとしているのはよくない。
この辺は遮蔽物もないし、罠を仕掛けるような工夫もしにくい。
地図によれば、丁度よくこの近くには街があるらしい。
ここからはそこに寄って、ゲリラ戦の要領で殺していく必要があるだろう。

と、決めた矢先に――長松洋平は、待ち望んだ人間を発見した。




ミロとユキは夜の闇の中をひた走る。
軍服の男との戦いに残して来た舞歌が心配でない訳ではないが、彼女に託された以上今は自分の事に集中するべきだと彼女は一心に走る。
向かう方向は、丁度南に広がっている街。

(やっぱり、人が集まる場所って言ったら街だよね)
単純な考えと言ってしまえば否定はできない。 が、他の情報もない彼女にそれを言うのは酷だっただろう。
今はただ、街を目指して全力で走るだけ。 それだけをユキは考えていた。

「そういえばミロさん、……腕は大丈夫?」
「……へいきだ。 その内、なおる。
 ドラゴンのせいめい力はさいきょうだぞ。 うでがきりおとされたくらい、すぐにもとどおりだ」
(……確かに、手当てとかした覚えがないのに血が止まってる)
中程から綺麗に切断を受けた筈のミロの左腕は、ユキの見立て通り完全に出血を止めている。
切断された腕を持ってきていれば接合する事もできたのかもしれないが、ミロにそんな事を考える余裕はなかったし、ユキは考えもしなかった。

「そっか、よかった……って、んぅ?」

一目散に突っ走る視界の中に――というか、真ん前に。 草原の中で、突っ立っている人影を見つけた。
ミロに合図して一時停止。 目を凝らして、よく観察する。
夜の闇で、相手の姿はよく見えない。 
こっちから人影が見えている以上あちらもこっちの存在には気付いている筈だが、動く気配はなかった。

(……どうしよう。 ……って言っても、近付くしかないよね)
怪しくない、と言えば嘘になるけれど。 人探しが目的である以上、ここでチャンスをふいにする訳にはいかない。
決断したら即行動。 ユキは警戒しながらも、相手の先手をとって声をあげる。

「……あなた。 殺し合いには乗ってる?」
質問に答えたが返って来たとして、殺し合いに乗っている人間が「はい」と答えるかどうか。
我ながら間の抜けた質問だとは思うが、ユキにはこれ以外質問を思い付かなかったのも事実であった。
緊張を解かないまま、目の前の人影を注視する。
何か不審な動きをしたら、すぐに能力で動きを――

「……『乗っていない』と言ったら、それで信用してくれるのかしら? 水芭ユキさん」

「……あれ?」
腰まで伸びた黒髪。 小学生にすら見える幼い風貌。  ゴシック・ロリータの趣味があるドレス。
目を凝らす内に見えたソレらで、ユキは目の前の人間が知っている人物である事に気がついた。
ユキやルピナス、舞歌の通う高校――その上級生。
もちろん、単なる同じ高校の上級生というだけでは、大した接点もない人間が記憶に残る事など有り得ない。
その人物には、記憶に残るだけの理由、そして個性があった。

音ノ宮・亜理子
彼女の名前とその名声は、ユキ達の高校だけではなく近頃のお茶の間にさえ音の聞こえる――それでも、彼女のクラスに在籍しているサッカー界の超新星とさえ呼ばれる彼には及ばないが――話題である。
数々の難事件を解決したその知能。 ある種現実離れしたその容姿。
メディアが彼女を『美少女高校生探偵』とセンセーショナルに書き立てるのも、無理のない話ではあった。

もっとも、悪党商会という一味も二味も癖のある面々を相手にして来たユキは、彼女については『胡散臭い』という印象を抱いていたのだが。

(なんていうか……恵理子さんとかと同じような雰囲気がするのよねぇ、音ノ宮先輩)
悪党商会の中でも1、2を争う曲者である近藤・ジョーイ・恵理子
正直、ユキにとっては悪党商会の中でも絡み辛いタイプの女性である。 人聞きに、悪い人間ではないとは聞いているけれど。
いわんや、その人格について聞こえて来ない音ノ宮をユキがなんとなく避けてしまうのは当然ではあった。

(……でも、まあ。 探偵ってくらいだし、この状況で襲いかかって来るとも考えづらい……かしら?)
舞歌の次にすぐに出会えた知り合いでもある。 幸先がいい、と考え方もできなくはない。
できるだけ友好的に接触しよう、とユキは考え直す。

「ユキ、なんだこいつは? しりあいか?」
「あ、ごめんミロさん。 ええと、この人は音ノ宮先輩。 私の……高校って言って通じるかな。 そこの先輩なんだ。
 ……それにしても、よく音ノ宮先輩は私の名前知ってましたね」
「探偵として、同じ高校に通う生徒の名前くらいは全員覚えているわ。
 それで……その後ろの人はどなたかしら?」

(……あっ)
ここでユキは一つ重大な事に気が付いた。
ミロの外見は明らかな人外だ。 裏の世界を知らない一般人からしたら、十分に驚きや恐怖の対象だろう。
悪党商会で育ったユキからしたら、その辺りは完全に盲点だった。

「あ、ええと。 この人はミロさん。 この外見は、その……」
「そう、ミロ。 よろしくね」
「呼びすてにするな! ぼくはえらいんだぞ!」

しかし音ノ宮、これを意外にもスルー。
明らかな異形を目の前にしても、まったく怯んだ様子がない。

(……もしかして、音ノ宮先輩も裏の世界の人?)
探偵は表向きの顔で、実際は違う職業に就いているのだろうか、とユキは考えた。
実際探偵と兼任しているヒーローもいるし、そこまで裏の世界と親和性のない職業でもないだろう。
恵理子と同じような印象を得たのも、なんとなく説明がつく。

(聞いてみるべきかな……いや、もし無関係な人だったら問題だし、
 そもそも本当に裏の世界の人でも無理に探るのはよくないか)
怪人やヒーローはまことしやかな噂にこそなっているが、未だ世間にとっては明かされた真実にはなっていない。
裏の世界は、表の世界からは隠れているからこそ裏の世界なのだと、その事はユキも知っている。
そして彼等は、同じ裏の世界の住人からも隠れたがる。
一歩間違えれば奈落の底へと落ちる世界なのだから、下手に情報が漏れるリスクを減らすのは当然の事だ。

(悪党商会はその性質上「裏の世界皆に知られている」必要があるから、表の世界の相手じゃないなら好きに話していいとパパから言われているけど)
音ノ宮が裏の世界の住人だったとしても、自分の情報を探られるのは好まないだろう。
そう判断したユキは、内心の動揺を誤魔化し普段通りを装いながら音ノ宮に近付こうと――

(……あれ?)
暗いのと距離が離れているのでユキにはよく見えなかったが、音ノ宮が左手に何かを握りこんでいるのに気付いた。
よくよく見てみれば、音ノ宮はそれに何度か視線をやり、何かを確認しているような――


ぱぁん、という耳を突き抜けるような音がした。




音が響いた瞬間に、ぐらりと華奢な体が傾ぐ。
そしてそのまま、草原へとうつ伏せに倒れ伏した。
――倒れたのは、音ノ宮・亜理子である。

「……!?」
狼狽しながらも、ユキは何が起こったのかを一瞬で把握する。
――狙撃!?
悪党商会で戦うユキにとって、銃声は聞き慣れた音に他ならない。
上司や森茂――彼女の言うところのパパに、狙撃についての訓練を受けた事もある。

(音ノ宮先輩は無事!? いや、それよりも今ここで立ち尽くしていたら狙い撃ちにされる!)
音ノ宮が無事にしろそうでないにしろ、ここに留まる事は最悪の選択に他ならない。
狙撃を受けた時にやってはいけない事、それは撃たれた仲間を助けようとすることだ。
撃たれた相手を中途半端に生かし、助けにやって来た仲間を鴨撃ちにしていく。
それが狙撃の常套戦術だから、とはユキが恵理子に散々聞かされた事だった。

「……音ノ宮先輩、そこで待ってて! ミロさん、行くよ!」
幸いにも、先程の銃声で具体的な位置は把握できている。
狙撃銃の弾も、氷の盾を張れば1発、2発は耐えられるだろう。
そう判断したユキは、ミロに声をかけると一目散に駆け出す。
脳裏には、舞歌に助けられなければ無惨な結果に終わっていただろうつい先程の戦いがある。

(……今度は、さっきみたいにはならない!)




茂みの中に潜んだままうつ伏せになり、長松洋平は狙撃銃を構えていた。

ゴシックロリータの少女を狙ったのは、単に一番狙いやすい場所にいたからだ。
個人的には化物の風体をした奴から狙いたかったが、茂みの場所が悪く射線を取り辛かった。
だから一番手近な人間を狙い、うろたえているところを狙い撃ちにするつもりだったが――

(判断が早いな)
茂みに隠れただけのおざなりな狙撃位置だったとはいえ一回の狙撃のみでこちらの位置を見破り、撃たれた者を置いて突っ込んで来た。
高校生くらいの小娘と侮っていたが、中々に慣れているらしい。

(だが、俺だって慣れている)
落ち着いて狙撃銃をリロードし、走り寄って来る少女に射撃。
音速超で飛んで行く銃弾は、しかし少女の眼前で固い音を立ててなにかに弾かれる。

(……無策で突っ込んでくる筈もないか)
実のところ、長松にも異能の人間との戦闘経験がない訳ではない。
元々殺し合っていたバトルロワイアルには、少ない数だが超能力者もいた。
ここで最初に戦った人間の形をした化物は、そんな連中をはるかに超えていた為化物と認定したが。

(ならば……)
狙撃銃をディバックに突っ込み、代わりにある物を引き出しながら飛びずさる。
見たところ相手は飛び道具を持っていない。 ならば上手くやれる可能性はあるはずだ。

足音が聞こえる。茂みを突っ切り、少女が飛び出して――

「――ここだ」
手に持った物体――火炎瓶を投げつけた。
地面に叩き付けられた火炎瓶が、急激に発火し炎の柱を作る。
狙撃銃の銃弾を弾く相手だ、これだけで傷付けられるとは思っていない。
更なる狙いは、事前に茂みの中に撒いておいたガソリンへの――

発火。
豪炎が一気に巻き上がる。
少女の姿は炎に遮られ、見えなくなった。

(焼け死んでくれればありがたいが……んな訳はないな)
油断なくガンベルトへ吊ったショットガンを構えて、燃え盛る茂みへと撃ち込む。
殆どめくら撃ちに近いが、効果があれば儲け物だ。

(もう片方の化物の方にも対処しなけりゃならんからな……ゾクゾクするぜ。
 これだ、やっぱり殺し合いはこうでなけりゃな)
ショットガンをリロードし、炎の向こうを睨む。
口元には、隠し切れない程の笑みが浮かんでいた。



「く、ぅ……っ!」
放たれた炎は、長松の予想以上の効果を発揮していた。
長松が知る由もない事だが、ユキの能力は『氷や雪を操る』能力だ。
当然ソレを溶かしてしまう炎とは非常に相性が悪い。
反射的に飛び下がったおかげで炎に包まれる事は避けられたが、追撃するように放たれたショットガンを足に受けてしまった。

(右足を撃たれた……まずい、この足じゃ狙い撃ちにされる。
 流石に何度も撃たれたら氷の盾が持たない!)
今ユキに考え付く道は二つ。
氷の盾と雪を展開して炎を強行突破するか、炎を迂回するか。
後者がまずいのはユキにでもわかる。 普段ならともかく、足を撃たれた状態で悠長に炎を迂回していたら鴨撃ちだ。
だから、選択肢は実質前者しかない。

(でも、あの炎の中を私の能力で突破できるの……?)
かなりの量のガソリンを撒いたのか、目前の炎は轟々と燃え盛っている。
ユキが例え全力で能力を使ったとしても、無事に突破できるとは限らない。
だから思わずユキは、逡巡してしまう。 
無意識の内に、軍服の男との戦いのように。


「――うああああああああああああああっ!」

そんな彼女の逡巡を破壊したのは、後ろから聞こえてきた叫び声だった。

「……ミロさんっ!?」

この数時間の内に、見慣れてしまった竜人の姿。
左腕を切り落とされ、残った右腕に剣を振りかざして炎の中へと突撃する。
蛮勇。 人によっては、そう呼ぶだろう。
例え竜族の末裔であっても燃え盛る炎は確実に身を焼き、炎の向こうから放たれる弾丸は肉を抉る。
それでも竜人は狂乱したかのように剣を振りかざし、その度に炎は薙ぎ払われていく。
そして、それを見つめるユキは――

(……っ、このままじゃ駄目だ! また、さっきの二の舞!)
奥歯を噛み締め、決意を固める。
力の抜けかかっていた両足を踏み締め、氷の盾を展開。
更にミロの周囲に雪を降らせ、炎の勢いを弱める。

「……行って、ミロさんっ!」
「ああああああああああああああっ!」
そして竜人は、炎の壁を抜ける。
剣を再度振りかざして、炎の向こうにいる隻手の男へと駆け寄り――

銃声。 そして爆発。

「……え?」
思わず、ユキは間の抜けた声を上げていた。 燃え盛る炎を吹き散らし、更に爆炎が噴き上がる。
何が起こったのか理解できない――いや。

「……まさか、火炎瓶?」
一般的な火炎瓶は、内部に可燃性の液体が詰められている。
何割かは気化しているだろうそれを、ショットガンで撃ち抜けば――
生ずる火花などで、爆発が起こってもおかしくはない。

そう。 おかしくはない。 けれど、それを実行できるかどうかは別の話だ。
ショットガンの射程はそう長くはない。 火炎瓶を撃って爆発させるには、かなり近くでなければならない。
そんな距離で爆発を起こせば、ミロだけではなく爆発させた本人も巻き込まれる事は避けられない。
――その状況で、平然とそれを実行する精神。 それこそが長松洋平の最大の武器で、ユキが読みきれなかったものだった。


「ミ、ミロ……さっ……!」
爆炎により立ち昇る煙の晴れない中、反射的にユキは茂みの奥へと駆け寄る。
煙が晴れ、視界が開ける。
見えたのは、二つの影。 ミロも、あの男も、まだ立っている。
けれどミロは剣を取り落とし、茫然と立ち尽くしていた。 そして男はショットガンを油断無く構え、引き金に指を――

「駄目ぇぇぇぇぇぇっ!」
ミロと男の間に、ユキが強引に割り込む。
氷の壁が、散弾を弾き切る。

「……2対1をこれ以上続けるのは無理だな」
乱入者に舌を打った隻手の男は、隙を見せずショットガンをリロードしながらじりじりと後退する。
下手にユキが追う姿勢を見せれば、全力で抵抗してくるだろう。

(……無理だ。 もう、追えない)
男が爆発でダメージを受けているのは間違いない。 だがユキは足を撃たれているし、ミロのダメージもかなり大きい。
ここで下手に追えば、ユキとミロのどちらかが命を落とす危険がある。
逃げていく男を、見逃す事しかできなかった。



男の姿と気配が完全に消えた事を察して、ユキは安堵の溜息を吐いた。

(……生き……残れた)
あの男は、先程戦った軍服の男には実力では及ばないだろう。
だがその代わりに、軍服の男にはない危険さがあった。
一歩間違えれば、自分もミロも――。

ぶんぶん、と頭を振ってユキは浮かんだ考えを否定する。
何があったにしろ、自分達は生き残れたのだ。 暗い考えをする必要なんてない。

「そうだ。 ありがと、ミロさ……ん?」
今回なんとか生き残る事ができたのも、彼のおかげだ。
思えば彼には、軍服の男との戦いといい傷ばかり負わせてしまっている。
そんな彼に感謝の言葉を告げようとして、ユキは気付いた。

「……ミロさん?」
戦いが終わったというのに、ミロは棒立ちのままだった。
取り落とした剣を拾う事もしない。

「ミロ、さん……大丈夫?」
心配したユキが近付き、声をかけようとして。
そして、その異常を理解した。

「あ、あ、あ……あああ……」
歯の根は噛み合わず、ガチガチと牙が音を鳴らす。
口から漏れ出る言葉は、殆ど意味を成していない。
目の焦点は合わず、何も見ていない。 否、見えていない。

――一度死の恐怖に怯えたら、簡単に克服する事はできない。

先刻の軍服姿の男――船坂弘との戦い。
その戦いで、自らの魔法を斬り迫ってくる船坂の姿に、ミロは恐怖を抱いた。
人知を逸した力を持つ船坂だけでなく。 その先に見えた、死の姿に。
恵まれた生まれと、温室育ちの生活。 そこから逸脱した死の気配に初めて触れたミロは、それを乗り越える事ができなかったのだ。

蛮勇の如き特攻も、死の恐怖への裏返しだった。
恐怖を振り払う為に必死で突撃し――そして、反撃された。
だから、ミロ・ゴドゴラスV世の心は、完全に折れてしまった。

「み、ミロさん! 落ち着いて!? あいつはもういない! しもべの前で無様な姿を見せちゃいけないでしょ!」
「お前なんか、もうしもべじゃない!」
「……えっ?」

「ユキはぼくがきられそうになってるとき、ぼくがあぶなくなるまでむししてほかの女とだきあってたじゃないか!
 すぐにあるじをたすけないしもべなんていらない!」

「み、ミロ……さん……それは……」
ミロの言っている事は子供の理屈で、わがままだ。 けれどミロの言葉を聞いて、ユキは初めて自分の過ちに気付いた。
自分は、『自分の事情に思考を傾けすぎた』のだ。
出会いではユキの事情をミロに話すだけで、ミロの話を聞こうと努力した事はなかった。
軍服の男との戦いでは勝手に足が竦んでしまい舞歌が来るまで立ち上がる事もできなかったし、
舞歌が来てからは舞歌の事で頭が一杯になっていた。 舞歌に軍服の男を任せるのも、ミロに話をせずに決めてしまった。
今回の戦いでも、ユキはミロとまともな会話をしていない。

ミロが子供っぽくて精神面に難がある事は、ちゃんと話をしていたらわかった筈だ。
そうでなくても、ミロが怯えている事がわかっていたら、もっとちゃんとした対処もできたのに。

(これから先、私たち二人はどうすればいいんだろう……?)


[B-5 草原/早朝]

【ミロ・ゴドゴラスV世】
[状態]:左腕損傷、ダメージ(大)、疲労(大)、魔力消費(極大)、恐怖、ユキへの不信
[装備]:なし
[道具]:ランダムアイテム0~2(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:こわい。
1:あらたな部下をあつめる。
2:くびわは気にいらないのではずしたい。
[備考]
※悪党商会、ブレイカーズについての情報を知りました。

【水芭ユキ】
[状態]:疲労(大)、右足負傷、後悔
[装備]:なし
[道具]:ランダムアイテム1~3(確認済)、基本支給品一式、クロウのリボン、風の剣
[思考]
基本行動方針:悪党商会の一員として殺し合いを止める。
1:今はミロと共に行動。部下も悪くないかな
2:殺し合いに乗っている参加者は退治する。もし「殺す」必要があると判断すれば…
3:お父さん(森茂)や悪党商会のみんな、同級生達のことが心配。早く会いたい。
4:茜ヶ久保が不安。もしも誰かに危害を加えていたら力づくでも止める。
5:ワールドオーダーを探す。
6:夏実とルピナスを守る。
7:これからどうしよう……

【風の剣】
風の属性を持った魔法の剣。
振るえば一陣の風が吹き、達人が使えば真空波が敵を切り刻む。



夜の草原の中を、一心に走る。
あの化物と少女はうまく撒けたようだが、派手に炎を焚いた以上あれが目についた参加者がやってくる可能性はある。
そうなる前に、できるだけ離れる必要があった。

爆発で火傷を負った筈だが、不思議と痛くは感じなかった。
アドレナリンが出ているせいだろう。 自分は高揚している。
当然だ。 あの殺し合いが帰って来たのだから。
それがたまらなく嬉しくて、いつしか哄笑を挙げながら走っていた。


一瞬の浮遊感。
視界はいつの間にか横倒しになっていて、口からは笑いではなく蛙の潰れたような声が漏れた。
――何が起こった?
体が上手く動かない。 痺れのような感覚が神経を伝う。

――奇襲、されたのか?
いや、疑問系ではない。 そうとしか考えられない。
だが、どうやって? 周囲に人影など見当たらなかった。 それは事実の筈だ。
そもそも、この症状はなんだ? 狙撃を受けたにしては痛みが無さ過ぎる。
高揚していた頭の中が一気に冷え上がり、疑問符で埋め尽くされる。

「……俺は死ぬのか? ここで?」
疑問は身体の中を競り上がり、口を突いて出た。
答えが返って来ないだろう、虚空への問い。

「いいえ、死なないわ」
それを聞き漏らさず、襲撃者は答えを返した。

横倒しになった長松の視界の中に、一人の少女が現れる。
腰まで伸びた黒髪。 小学生にすら見える幼い風貌。  ゴシック・ロリータの趣味があるドレス。
手には何かの端末と、少女趣味の過ぎたデザインの杖が握られている。

――つい先程狙撃した少女だ。
長松はすぐに、そう直感した。
だが、何故ここにいる? 殺す事が目的の狙撃ではなかったにしろ、ここまでついて来られるような傷ではない筈だ。

――そしてようやく長松は、自分が謀られていた事に気が付いた。
自分の動きは把握されていたのだ。
元々あんな爆発を起こした以上、遠くから見られていてもおかしくはない。
そこからこの女は何らかの手段で自分の行動を逐一確認し、自分とあの二人が近付いた時にあの二人に接触した。
そうすれば、そこを見つけた自分が襲撃にかかるとふんで。
そして狙い通り狙撃しに現れた自分があの二人と戦い消耗するのを待って、戦いが終わった所を叩く。

――完全に掌の上で踊らされていた。
その事実に、長松の頭は更に冷えていく。 高揚していた感情は、急速に別のものへと塗り替えられる。

「この殺し合いは、俺が、俺の願いで――」

無意識の内に発した、願望の言葉。

「いいえ、違うわ。 これは私の仕立てた殺し合いよ」

それすらも打ち砕いて、少女は杖を構え直す。

「マジカル! シニカル! 放て……マジックブリッド!」

真っ白な光が、長松の視界を包み込み――彼はそのまま、自分の意識を手放した。



長松洋平のディバックを漁り、音ノ宮は自分のディバックへと中身を移し変える。
長松の推測は、大方の的を得ていた。
隣のエリアで起きた爆発を察知した音ノ宮は、支給されていた双眼鏡と『首輪探知機』で隣のエリアで起きていた戦闘の一部始終を見ていた。
そして『透明化の魔法』で隠れて長松の動きを首輪探知機と双眼鏡で探りながら、この状況に持ち込む機会を狙っていたのだ。

――長松の最大の武器が狂気に陥った精神ならば、音ノ宮の最大の武器はその頭脳である。

そう。 平素から『どのように人間と動機を配置すればどのような事件が起こるか』を計算しているように。
そして、この殺し合いを引き起こしたように。
問題から解答を生み出す推理ではなく――望む解答を生み出す為の問題を作り上げる。
それが彼女の『推理』。

「……まあ、こんなものですか」

作業を終えた音ノ宮は、息を吐くと歩き出す。
長松洋平は殺していない。 気絶させただけだ。
それがこの支給品――『魔法少女変身ステッキ』の制限でもあるし、音ノ宮としてもそれで問題はない。
音ノ宮・亜理子は殺さない。
しかしそれは自分の手は汚さないというただそれだけの話で、他人が他人を殺す事に関して忌避感を持ち合わせている訳でもない。
気絶させたまま放置した長松が死のうと生きようと、彼女には関係の無い話だった。

「そう。 これは私の仕立てた殺し合い。 だから――私が解決する」


【B-4 草原/早朝】

【音ノ宮・亜理子】
[状態]:疲労(小)
[装備]:魔法少女変身ステッキ
[道具]:基本支給品一式×2、双眼鏡、首輪探知機、M24 SWS(3/5)、レミントンM870(3/6)、7.62x51mmNATO弾×3、
12ゲージ×4、ガソリン7L、火炎瓶×3
[思考]
基本行動方針:この殺し合いを仕組んだ者として、この事件を解決する。
1:この場を離れる。


【B-4 草原/早朝】

【長松洋平】
[状態]:気絶、全身に軽度の火傷、ダメージ(中)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本行動方針:殺し合いを謳歌して、再度優勝する
1:――。
2:人間と殺し合いたい。
3:化物も殺す。


【首輪探知機】
読んで字の通り、首輪を探知する機械。
掌に収まるサイズで、スマートフォンのような形状をしている。
探知する範囲は500m四方ほど。
首輪ならばそれが首から外れていても、また装着している者が生きている死んでいるに関わらず探知してしまう為、使用には細心の注意を払う必要がある。

【魔法少女変身ステッキ】
文字通り、魔法少女に変身するステッキ。
ステッキを構えて呪文を詠唱する事により、魔法少女へと変身する事ができる。
魔法少女に変身する事により、所持者が想像する限りの魔法を扱えるようになる。
ただし、行う事象が大きくなるごとに魔法少女に変身した者の体力を奪う。 また、治癒系の魔法を使う事はできない。
なお、呪文の詠唱自体は必要だが、呪文の内容は自由。
男性が使用した場合の効果は不明。

046.Hitman's:Reboot 投下順で読む 048.戯れ
時系列順で読む
俺の知ってるバトルロワイアルと違う 長松洋平 前回のあらすじ
世間話 音ノ宮・亜理子 補記
ひとりが辛いからふたつの手をつないだ ミロ・ゴドゴラスV世 正義と悪党と――(Justice Act)
水芭ユキ

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2015年07月12日 02:42