―――では、また6時間後に生きて僕の声を聴いてくれる事を願っているよ。

天からの声が途切れる。
このゲームの支配者から告げられた言葉には、幾つかの者にとって衝撃的な事実を含んでいた。
それは森不覚に佇むこの初老の男、サイパス・キルラにとっても例外ではない。

最高戦力であるヴァイザ―の死。
組織の者にとって、その事実が意味する所は大きい。
中でもヴァイザ―を手塩にかけて育てたサイパスにとってその衝撃は一入だろう。
単純にバカなという思いと、彼の死を受け入れ今後の組織をどう編成するかと言う冷静な考え。
さまざまな思いが一瞬でサイパスの頭の中を駆け巡る。

そこに生まれる僅かな意識の空白を狙って、上空から漆黒の影が舞い降りた。

その影に気配などなく、サイパスの耳に届いたのは虫の羽音のような僅かな風切音だけだった。
しかし、サイパスはその僅かな違和感を疑わなかった。

迷うことなく全力で身を捻りながら、手にしていたナイフを振り上げる。
キィンという甲高い金属音が響いた。
振り上げた刃は、上空から振り下ろされた刃と衝突する。
気のせいだったのならばそれで良し、と振り上げた狙いは見事に成功した。

ヴァイザ―の死というサイパスにとって動揺を生む瞬間だからこそ、サイパスは警戒していた。
何故なら自分が襲撃者ならばそんな隙を見逃すはずがないからだ。
殺し屋とは常に最悪を想定して行動するものである。
そんな状態でもしっかりと対応できたのは、心と体を切り離すという殺し屋の基本にして究極ともいえる技術をサイパスが体現していたからだろう。

「いやー放送でショック受けてるかなぁ、と思ってその隙を狙ってみたんですけど流石ですね~」

不意打ちを弾かれた襲撃者はクルリと空中で身を捻ると、飛び降りてきた木の幹を蹴って体勢を立て直す。
そして地面に着地した黒衣に身を包んだ細身の優男は、悪びれもせず笑顔すら称えた表情を浮かべる。

いかに不意を打ったとはいえ、こうも容易くサイパスの背後を獲れる者などサイパスの知る限り参加者の中に2人しかいない。
いや参加者に限らずとも、この業界広しといえども5人といないだろう。
そして参加者の内1人が、今しがたの放送で死亡が告げられたとなれば、残るは1人しかいない。

「――――――アサシンか」
「どもども、お久しぶりですサイパスさん。死んじゃいましたねヴァイザーくん。
 この場合、お悔やみ申し上げますとでも言った方がいいですかね? それともご愁傷様ですか?」

そう言うアサシンは、何か喜ばしいモノに会ったようにどこか楽しげだった。
対するサイパスは実に不愉快そうである。

「ふん。ライバルの死が余程喜ばしいと見えるな」
「ライバル? いやいや。僕は彼をライバルと思ったことなんてありませんよ。彼もそうだったんじゃないかなぁ?
 彼は殺人者としては優秀だったとは思いますが、その気質は暗殺者とは程遠い。
 だからね、僕がそう思ってるのはどちらかと言えば貴方の方。いや、ライバルというより尊敬してると言った方が正確かな?」

アサシンの言葉を聞き流しながら、サイパスは相手を睨みつけたまま懐の銃に手を伸ばした。
その様子を見てアサシンは慌てたように弁明する。

「あーやりませんやりません。僕らの基本は一撃離脱でしょ?
 奇襲に失敗したら素直に引きますって」

アサシンは腰元にナイフをしまうと、両手を振って交戦の意思がない事をアピールする。

「ならばなぜここに留まっている」

銃に手を掛けたままサイパスは問う。
アサシンの言葉の通り、失敗した以上、彼がここに留まっているのは理に合わない。

「いやね。こうして落ち着いてサイパスさんとお話しできるなんてなかなかないじゃないですか?
 だからちょうどいい機会かなと思いまして。前々から少し気になってた事を聞いてもいいですか?」

互いにその業界では名の知れた二人であるとはいえ、商売敵であるサイパスとアサシンが顔を合わせる機会などそうはない。
あったとして、例えばそれは標的がバッティングした時などの剣呑極まる状況下でしかない。
とはいえ、この状況を落ち着いて話せる機会と評するアサシンも相当なものである。

「えっと、なんて言いましたっけ。サイパスさんのいる所?」
「……組織に名など無いよ。組織は組織だ」
「そうですか。じゃあ寄り合いという事で。その殺し屋寄り合いについてなんですけど。
 なんでそんなところにサイパスさん程の人がいるのかなって」

アサシンの言葉にサイパスが目に見えて殺気立つ。

「組織への侮辱は許さない」

殺気立ったサイパスの様子を見てアサシンが慌てて弁解する。

「あっ。違います違います! そんなところっていうのは別にバカにしてるわけじゃなくてですね。
 ほらマフィアとか組織の子飼いの殺し屋ってのは珍しくもないですけど、殺し屋の組織って結構珍しいじゃないですか」

殺し屋は大まかに、誰からでも依頼を受けるフリーランスと特定の組織に属する者に分けられる。
参加者で言えば前者がアサシンで後者がクリスだ。
だが、サイパスの属する組織はそのどちらでもないし、そのどちらでもあると言える。
彼らの組織は『殺し屋の組織』であり、金銭次第で誰からでも依頼を受けるし、彼らは殺し屋の組織に属する殺し屋である。

「そりゃあ、フリーランスでもとるに足らない木端殺し屋が集まって半人前が一人前の仕事をこなすっていうのは偶にありますけどね。
 それでも2、3人、多くとも5人がくらいが精々だ、サイパスさんの所みたいな大所帯は珍しい」
「そうでもあるまい。イスラムの『山の翁』という前例もある」

アサシンの疑問に対してサイパスは伝説の暗殺教団の名を上げた。
自らが称される『アサシン』の語源となった組織を知らぬはずもない。

「あれはもともと宗教団体でしょう? そこを目指している訳じゃあるまいし。
 思想の違う――いや思想なんてないか――そんな連中集めても面倒が多いだけだと思うんですけど?
 実際好き勝手やってる貴方たちを目の敵にしているところも少なくないですしね。
 そこまでしてわざわざ殺し屋を集める理由ってなんなんですか?」
「時代の流れだよ。顧客は様々なニーズを求めている。
 それに応えるには、わざわざ貴様の様に万芸に通じる必要はない。
 個人では不可能な要求に対して適切に人材を割り振るため一芸に秀でた者がいればいい」

ジェネラリストよりもスペシャリストを。
適材適所割り振ることができるのならばそれは最強の精鋭部隊となる。
それがサイパスの考えである。
だが、その言葉に対してアサシンの反応は冷ややかだ。

「流れもなにも、それを言うなら暗殺者なんてそもそもが時代遅れでしょう。
 暗殺者なんて表では生きていけず、そう生きるしかない爪弾き者が成り果てる仕事だ。それは貴方も僕もそうでしょう?」

アサシンはそう吐き捨てる。
殺し屋など成りたくて成るものではない、成るのではなく成り果てる。
そんな最低な職業だと、暗殺者の理想を体現しているとされるアサシンが言う。

「それに適切なニーズに応えるというのならば、そんなのは仲介人にでも任せればいいだけの事だ。
 なにも拠点を設けて住処まで用意する必要はない。
 殺し屋はフットワークの軽さが命綱だ。それが一か所の拠点に根を張るだなんてデメリットにしかならない。
 多分に恨みを買っている貴方たちならなおさらだ」
「ふん。敵対する者が現れたのならば、そんなものは斬って捨てるまでだ」

敵対者には死を。
現に組織に敵対した者は一族郎党を皆殺しにして、つるし上げてきた。
死を司る組織として徹底してその掟を実行してきたたからこそ、今の組織があるといえる。

「確かに貴方たちには敵対者を跳ね除けるだけの武力はありますね。けど逆に言えばそれしかない。
 ギャングやマフィアは地域に政治的な影響を及ぼしているからこそ、その地に根付いていられる。
 けれど、殺しだけを生業とする暗殺組織じゃそれを得ることもできない。
 にもかかわらずこれだけ勢力を拡大できているのは、今のボスが余程優秀な方なんですかねぇ? どうなんですその辺?」

適当に受け流すつもりだったのだが、アサシンのしつこいまでの追及にサイパスは呆れたように溜息をこぼした。

「結局貴様は何が聞きたいのだ。私が組織にいる理由か? それとも組織の存在意義か?」
「うーん。両方ですかね。
 いやね。手足である殺し屋を、中心として据えた組織っていうのは僕も面白いとは思ってたんですよ。
 僕も駆け出しのころに貴方に誘われた時は心惹かれるモノがあった。
 実際その謳い文句に惹かれて寄り合いに参加した殺し屋も少なくないでしょうし。
 けれど、そんな中でもあなたは手足たろうとしている、僕はその理由が知りたい」
「私は組織に忠誠を誓っている。理由などそれだけで十分だろう」
「何故その忠誠を誓ったのか、なんですけどね。僕が知りたいのは。
 確か、サイパスさんは創設からのメンバーでしたよね?
 貴方は何に惹かれて、何に忠誠を誓ったんですか?」

その組織の掲げる理念に共感したか。
その組織の長の人柄に惚れ込んだか。
その組織に何らかの恩義があるか。
別に裏社会に限らず人が組織に忠誠を誓う理由は様々だ。
サイパスが組織に忠誠を誓う理由とはなんなのか。

「そんなものに理由は必要あるまい。組織に属しているのならばその組織に忠義を尽くすのは当然の事だ」
「またまたぁ。何か理由がなければそもそも属しもしないはずでしょう?
 あの組織の成り立ちから知ってるサイパスさんなら存在目的とかもご存知のはずでしょう?」
「さてな。そんな事は一構成員に過ぎない私の知るところではないよ」
「ご冗談を。サイパスさんが一構成員だなんて、そんな言葉誰に言っても信じませんよ」

本当に冗談だと思ったのか、アサシンはハハハと笑う。
しかし、サイパスとしては本気の回答である。
彼はあくまでも手足であり、頭ではない。
手足に意義を問うなどという行為は必要はないし、するべきではない。

「あ、ひょっとしてアレですか? もしかしてあの寄り合いのルールを作ったのが実はサイパスさんだったとか?」
「まさか。そんなわけがあるまい。組織の目的も理念も私などではなく全て彼女が創ったものだ」
「彼女? ああ、そういえば初代のボスは確か女の方でしたっけ?」

サイパスは心中で舌を打つ。
彼にしては珍しく口を滑らせた。
表には出さずともヴァイザ―の死に対する動揺がまだ残っているのかもしれない。

「確かイヴァンさんの父親がお亡くなりなったんで。もう直接面識があるのは今のボスとサイパスさんくらいでしたっけ?」

ボスとサイパスだけ、というのは誤りだが、アサシンの言葉の通り組織の創立当時を知る者はもう殆ど残っていない。
その在り様も組織を成す構成員も、ずいぶんと様変わりしてしまった。
殺しだけを行う組織が、いつの間にかカジノの取り仕切りなどのマフィア紛いのシノギを始めるようになった。
そのような取り組みを広げようと積極的なのがイヴァンである。
奴は組織に殺し以外の力をつけさせ革新を齎そうとしている。
それが奴個人の功名心によるものであろうとも、それが今の組織に必要であるとサイパスも理解している。
これもまた時代の流れ、なのだろう。

「ずいぶんと組織の内情に詳しいようだな」
「まあ仕事柄、商売敵の情報収集はしておきませんと。
 それにサイパスさんのいるところですからね」
「…………なぜそこまで私にこだわる?」
「言ったでしょう? 僕はサイパスさんの事を尊敬してるって。
 だからサイパスさんの事は気になりますし、そんな貴方の境遇も気になってしまうんですよ」

その言葉をサイパスは一笑に付す。
戯言である。
何故なら彼とサイパスの間に尊敬が生まれるようなエピソードなどない。
確かに10年以上前に一度アサシンと呼ばれる前の男を誘いはしたが、明確な接点などそれだけだ。
仕事がバッティングすることはあったが、その場合はアサシンが勝利するのが常なのだ、彼がサイパスを認める要因など無い。
一体何が狙いなのか。

「いらぬ世話だな。貴様に口を出される謂れはないし。なにより私は今の境遇に満足している」
「満足ですか」

サイパスの言葉にアサシンはつまらなさ気に頭を掻く。

「僕はね、やはり暗殺者とは万芸に足るべきでだと思うんですよ。貴方や僕の様に」

アサシンは暗殺者という仕事に誇りなど持っていないが、矜持はある。
暗殺にはどのようなアクシデントがあるか分からない。
どのような困難な状況であろうとも、クリアして完璧な仕事をこなす。
それのためにはあらゆる能力が求められる。

「その点で言えば、ハッキリ言って貴方の所にいるのは殆どが失格だ。
 彼らは暗殺者じゃなくただの殺人者でしかない。
 だから、僕からすれば素人が群れてるだけの寄り合い所にしか見えないんですよ。
 そんな所に僕の尊敬するサイパスさんがいるのは嘆かわしいなって、そう思うんですよ。
 表から弾かれて、裏でもまともに生きていけない半端者が集まって、まるでファミリーみたいに楽しく馴れ合ってるだけ。
 貴方たちのやりたいのはマフィアごっこですか? それとも本当に家族ごっこでもやりたいんですか?」

言ってアサシンが嗤う。
もはやアサシンは嘲りの感情を隠そうともしていない。

「――――言ったはずだ。それ以上の侮辱は許さない、と」

その言葉に、サイパスの周囲が黒く歪んだ。
それは研ぎ澄まされた刃の様な殺意、そしてそれ以上の怒気である。
当然、アサシンがそれに気が付かぬはずもない。にも関わらず彼は言葉を続ける。

「侮辱ですか? それは組織に対する? それとも――組織を作った『彼女』に対す、」

アサシンの言葉を最後まで聞くことなく、サイパスが動いた。
銃を抜きアサシンの脳天に照準を定め、迷いなく引き金を引く。
一連の動作は素人目にはサイパスの手がぶれたようにしか見えないだろう。
その速度はイヴァンなどとは比べもにならないほどの速度である。
加えて、銃声が一つに重なるほどの三連射。
その全てが正確にアサシンの急所めがけて襲い掛かる。

それほどの神業に対してアサシンは、半身になり僅かに首を傾ける事しかできなかった。
アサシンにできたのはただそれだけ。
ただそれだけで、その全弾を回避した。

「嫌だなぁ。冗談ですよ」

アサシンがしたことは見た物をただ躱した、それだけである。
それは殺意を読み相手の動きを予測する、究極の先読みを行うヴァイザーの対極。
相手の動きを『見てから』反応する究極の後出し。
ひたすらにシンプルで、それ故に最強。
それを実現するのは極限にまで鍛えられた動体視力と反射神経、加えて観察眼である。
弾丸が撃たれてからでも躱せると本人が謳っているが、それもあながち冗談ではないだろう。

「少し冗談が過ぎましたね。どうやら本気で怒らせてしまったようだ。
 流石にサイパスさんの相手をするのは今の装備だと少し骨が折れる。
 なので、そろそろ素直に消えますね」

言って、音もなく地を蹴ると、バックステップで大きく距離を取った。

「ではでは。お達者で」

軽い調子でアサシンが消える。
一瞬、サイパスはその背を追撃しようかと思うが踏みとどまった。
そこで判断を誤るほど、冷静さは失ってはいない。
ただ不愉快そうに舌を打つと、無言のままその場を後にした。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「さすがに隙が無かったなぁ。サイパスさん」

会話をしている間も、アサシンは隙あらば即斬りかかろうとしていたのだが、残念ながらその隙は伺えなかった。
とは言え、会話の内容が単純に出鱈目だったのかというとそうでもない。

アサシンの持っている組織の知識の殆どは、イヴァンの仕事を受けた際に報酬の一部として得た情報である。
そのため、イヴァンの知る以上の知識は得られない。
故に、古株であるサイパスに探りを入れてみたのだが、応答は無難な受け答えで躱されてしまった。
そのあたりはイヴァンと違って流石と言える。お蔭で組織について新たに得られた情報はない等しい。

だが、別の収穫はあった。
サイパスの感情を乱すポイントが知れただけでも良しとしよう。
途中から挑発に切り替え、サイパスの感情を引き出してみたが、あの男があそこまで感情を表に出すのは珍しい事だ。
それで戦闘力が落ちるタイプとも思わないが、使いどころによってはいい切り札になるだろう。

ちなみにサイパスを尊敬しているというのも本当である。
あの年で現役を続けているだけで、アサシンからすれば十分に尊敬に値する。
並みならとっくに死んでるだろうし、自分なら適当に稼いだら引退してる。

「さてさて、思いのほか死者のペースが速いなぁ。仕事を少し急がないと」

ノルマは残り18人。
生存者がそれ以下になってしまうと達成不可能になってしまう。
一度依頼を受けた以上は完璧にそれを達成するのが彼の矜持だ。
暗殺者を体現していると謳われるアサシンは、次の獲物を求めて動き始めた。


【G-5 神社付近/朝】
【サイパス・キルラ】
[状態]:健康、疲労(小)
[装備]:S&W M10(3/6)
[道具]:基本支給品一式、サバイバルナイフ、38スペシャル弾×21、ランダムアイテム0~1
[思考・行動]
基本方針:組織のメンバーを除く参加者を殺す
1:亦紅、遠山春奈との決着をつける
2:新田拳正を殺す
3:イヴァンと合流して彼の指示に従う

【アサシン】
[状態]:健康、疲労(小)
[装備]:妖刀無銘
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0~2
[思考]
基本行動方針:依頼を完遂する
1:次の獲物を探す
2:二十人斬ったら何をするかな…
3:魔王を警戒

※依頼を受けたものだと勘違いしています。
※あと18人斬ったらスペシャルな報酬が与えられます。

075.戦士の心得 投下順で読む 077.前回のあらすじ
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Circus Night サイパス・キルラ Night Lights
勇者の世界 アサシン ジョーカーVSジョーカー?

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最終更新:2016年03月02日 17:38