「おー、これなんてなかなか良さそうっすね~」

虎尾茶子は、地面に埋まっている日本刀を見つけると、軽く振ってみせる。
一見戦いとは無縁そうな美女に見える女性だが、それはあくまで一見でしかない。
彼女は、新陰流の派生流派、八柳藤次郎を開祖とする八柳新陰流の、現弟子最強の使い手である。
自宅にある木刀では不安があるなあと思いつつ歩いていた彼女は、地震の影響で武器が露出していることに気づき、今まで自分に合う武器を捜し歩いていた。

「さて、いい刀を見つけたし、出発と行きたいとこっすけど…どうしよっか」

これからの行動について考えを巡らせる茶子。
彼女の両親は、このバイオハザードによりゾンビと化してしまった。
血の繋がった親ではないが、自分を拾って保護してくれた大切な家族。
絶対に戻したいと、思う。
そしてゾンビになった人を元に戻すには、正常者の中に紛れている、女王感染者とやらを殺す必要があるらしいが…

「短絡的に殺して回るってのも考え物よね」

非常事態とはいえ前科者にはできればなりたくないし。
自分のように無事だった者の中に、親しい知人だっているかもしれない。
そう、知人。
まずは知り合いと合流するとこから始めよう。

「となるとまずは役場……いや、神社に行くかな」

茶子は非正規雇用ではあるものの役場の職員だ。
故に、今いる古民家群からも近い役場に行こうと思ったが…あることに気づき神社に向かうことにした。
神社には、同い年で現職場も同じの腐れ縁の友人…犬山はすみがいるのだ。
神社は山に囲まれた場所に建っており、出入り口が一本しかない場所。
まだあそこに残っていたとしたら、ゾンビに囲まれてしまい、自分と違って戦いの心得がない彼女や彼女の家族の身が危ないかもしれない。
まあ、地震で死んでしまっていたり、ゾンビになっていたりすれば無駄足になってしまうのだが。

「ま、その時はその時ってことで!」

ともかく茶子は、神社に向けて出発した。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

「うん?」

古民家群を出て、しばらく歩いた頃。
茶子は、一つの人影を発見する。
その人影は、土木用のチェンソーを構えながら、おどおどした様子で周囲をキョロキョロしていた。
それまで見かけたゾンビになった人間とは明らかに異なる挙動。
自分と同じ正気の人間のようだ。
というよりあの頼りなさそうな顔、見覚えが…
そうだ、あれは…

「誰かと思ったら、遠藤君じゃないっすか。無事だったんすね」
「ひひょえ!?え、えっと、虎尾さん?」
「そんなに驚かなくてもいいじゃないっすか。あたしはゾンビじゃないっすよ」

そういって茶子はずんずん男…遠藤俊介に近づく。
そしてずいっと俊介に向けて顔を近づけ可愛らしくニコッと笑う。
それだけで俊介は、顔を真っ赤にしてしまった。

(いやあ、こんな状況でもいい反応。岡山林業の社長さんの娘が面白がる理由も分からなくもないっすねえ)

遠藤俊介は、ここから更に西に向かったところにある岡山林業で働く青年である。
入社したのは割と最近だが、役場で土木・建築関連の部署についている茶子とは、何度か顔を合わせている。
まあ、この通りの女性コンプレックスぶりなので会っても大して会話は弾まないのだが。

「まあ、からかうのはこれくらいにして。遠藤君も民家集合地を離れてたみたいっすけど、どこに行くつもりだったんです?」
「ああ…その、とりあえず社長のとこに行こうかと思ってて」

俊介の言う社長とは、岡山林業の社長、岡山林蔵のことだ。
社長の家は、事務所の近くに構えているため確かにこの古民家群から離れる必要がある。
だが、岡山林業は西、神社は北にあるので方向が違う。

「うちは神社に行くので、方向が違うっすね。じゃあ、ここでお別れってことで」

そういって茶子は、一人で神社へ向かおうとしたのだが、



「ま、待ってください!」

意外にも俊介の方から、呼び止められた。

「じ、自分も虎尾さんについて行きたいのですが、ダメでしょうか?」
「え、あたしに?」
「はい、こんな物騒な状況でせっかく出会えたのですし、一緒に行動した方が、何かと安全でしょうし」
「でも遠藤君、社長のとこに行くんじゃないんですか?」
「…冷たい言い方になりますけど、ゾンビになってるかもしれないですし、仮に無事だったとしても社長は僕がいなくてもどうにかなるでしょうし」
「………」

茶子は考える。
彼女自身は、戦う力を自前で十分なほどに持っているし、俊介が戦力的に頼りになるとも思えないので、正直こちらにメリットがない。
とはいえ、こんな状況だしついてきたいというなら別に構わないとも思う。

(でも、な~んか引っかかる)

遠藤俊介は、非常に強い女性コンプレックスの持ち主だ。
山折村に戻ってきて林業についたのも、女性職員が少ないだろうからなのではないかと噂されているくらいだ。
そんな彼が、緊急事態とはいえ、女性で、しかもミスコンで優勝する程度には自他ともに認める美貌の自分に、本来の目的地を諦めてまで同行を求めてくるなど。
いつもの俊介なら、これ幸いと自分から離れていこうとしそうなのに。

「遠藤君、なんか隠してない?」
「い、いいいえなんにも?」

うわあ、嘘が下手だなあ。

「教えてくれないと…こうだよ?」

茶子は、俊介の両頬に両手を重ねて挟む。
俊介は、目をつぶりながら沸騰したように顔を真っ赤にさせた。

「教えます!教えますから離れてください!」
「君はチョロいっすねえ、遠藤君」



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

「男が女に見える~?」
「はい、今、僕の目は、ゾンビ化した人も含めて全ての人が女性に見えてしまう状態なんです」
「…ムッツリ」
「ひどい!?」

遠藤曰く、近所には男性もいるはずなのに、道中見かけたゾンビと思われる人は全員女性で。
しかもその中には、女性にしては妙に背が高かったり、男物の服装のものがいて。
それで、男性の姿が女性に見えてしまっている状態に気づいたらしい。

(ゾンビにならない正常な状態になった代わりの代償ってやつ?)

自分たち正常者にそんなものがあるという説明はなかったはずだが。
もしかすると、気づいてないだけで自分にも何か異常が起こっているのだろうかと、茶子は考えた。
少なくとも俊介と同じ症状は起きていないはずだが。

「周りに女性しかいないこの環境じゃ、とても一人で生きていけない!だから一刻も早く同行者が欲しくて…虎尾さんを利用しようとしてました、ごめんなさい」
「でも女性に見えるっていっても元々は男でしょ?そんなに綺麗でもないんじゃないっすか?」
「そんなことないですよ、普通に可愛い人多かったです。それに…背格好から男性と思われる人は、例外なく胸が大きかったです」

ピクッ

「…へえ、胸が」
「はい、僕、胸が大きな女性は特に苦手で…近づかれるだけで鼻血出してぶっ倒れてしまったこともあるくらいなので…」

プッツン

「ふううううん、それってつまり、ちっさいあたしなら一緒にいても平気ってことっすねぇ!?」
「え、ええ!?い、いや、そんなつもりじゃ…」
「そんなこと言う遠藤君は、こうっす!」



キレた茶子は、俊介の背後に回ると、彼を羽交い絞めにした。
近づくどころか、思いっきり密着された俊介は、理性が持たず…


ピュルウウウウウ


思いっきり鼻血を吹き出した。

「なんだ、鼻血出るじゃないっすか」
「…そりゃ、これだけ密着されたら胸とか関係ないですよ」
「まだ言うか!」

その後、なんとか茶子の密着から解放された俊介は、普段から大量に常備しているらしいポケットティッシュで鼻を拭きながら、げんなりとしていた。
そんな彼を見ながら茶子は、ふと思い出したことがあって聞いてみた。

「…そういえば遠藤君、岡山社長の中学生の娘さんから日常的にスキンシップを受けてるって噂で聞きましたけど…まさかJC相手にも同じ反応なんっすか」
「……そんなわけないじゃないですか」

露骨に目を逸らされた。
マジかこいつ。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

結局茶子は、俊介の同行を許すことにした。
JC相手に欲情するほどの童貞男を、一人女性地獄の中歩かせるのは、さすがに不安すぎた。
このまま一人で岡山社長のとこに行かせたとして。
ゾンビ化した女体化岡山社長46歳(巨乳)がおっぱい揺らしながら襲い掛かってきて、哀れ遠藤君は鼻血をまき散らしながらぶっ倒れて無抵抗で殺されちゃいました☆
…などという情けない未来が容易に想像できてしまう。
そんなことで死なれてしまっては、こちらも寝覚めが悪いというものである。

「でも遠藤君、神社に行って大丈夫っすかあ?」
「え?」
「…神社の人、奥さんも二人の娘さんも、おっぱい大きい美人さんっすよー」
「が、がんばります」

【E-5/古民家群から西/1日目・深夜】

虎尾 茶子
[状態]:健康
[道具]:日本刀(装備)、木刀
[方針]
基本.ゾンビ化された人は戻したいが殺しはしたくない
1.神社に行って犬山はすみやその家族を保護する
2.遠藤俊介と行動
3.自分にも遠藤みたいな異常が?
[備考]
※自分の異能にはまだ気づいていません。

遠藤 俊介
[状態]:心拍数上昇(小)
[道具]:土木用チェンソー(装備)、ポケットティッシュ
[方針]
基本.とりあえず死にたくはない
1.虎尾茶子についていく


003.匣の奥底に見えるもの 投下順で読む 005.光に手を
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SURVIVE START 虎尾 茶子 ボーナスタイム
SURVIVE START 遠藤 俊介

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最終更新:2023年01月14日 19:02