えー、おほん。それじゃあHearingを始めるわよ。ヤナギカナタ。
「おう。これで前々回と前回、今回の事件を合わせて三回目だけどな」
雰囲気よ雰囲気。まずはさっきZombiesを倒したケンドーの名前は何?
「八柳新陰流。新陰流をベースに中国拳法とか合気道をミックスさせた総合格闘技みたいな剣術だ。開発者はうちの爺さん。
なんでも爺さん曰く武装した集団相手でも刀とステゴロでも戦えるようにするため開発したらしい」
ええ……?そんな無茶苦茶な……。それじゃあ他のStudentsもカナタみたいに動けるの?
「いいや。他の門下生は道場稽古オンリー。触れ込みは『週二回のレッスンで女性でも暴漢から身を守れる剣道』だしな。
だけど爺さんから認められた門下生に限り特殊な稽古を受けさせて貰えるんだよ」
特殊なTraining?カナタの他に認められたStudentsって誰なの?
「この村にある森の立入禁止区域で年単位で行われる稽古だ。そこで化けも……いや色々な稽古を行う、所謂山籠もりってやつ。
今まで認められた弟子は三人。俺と茶子姉……虎尾茶子と後は破門されたもう一人だな。
基本的には二人一組で爺さん直筆の武術書に沿って稽古をする。その間外部とのやり取りは関係者だけに限られる。
俺は10歳の時茶子姉と二人で一年間稽古をした。その間俺は通信教育、茶子姉は休学したな」
そんな時代錯誤的なTraining、よく今のご時世で許されたわね。チャコネエ…Ms.チャコのParentsは何も言わなかったの?
「色々事情があったらしい。茶子姉はその時精神的にかなり来ていたみたいでな。本人からは何も聞けなかったよ。
爺さんも何も聞くなって頑なに教えてくれなかったしな。それで何故か茶子姉は強くなりたいって言ってた。
そんな状態の茶子姉を放っておけなくてさ、俺も爺さんに頼み込んで一緒に稽古を受けさせて貰ったって訳だ」
ふーん。Ms.チャコってこの写真のアンタに腕を絡めて嬉しそうに笑ってる美人さん?アンタはそっぽ向いて顔を真っ赤にしてるけど。
「おま……勝手に余計なところ触るなって言っただろ……これ俺のスマホだぞ。
茶子姉は上京前は二日に一回うちに夕飯集りに来て勝手に俺の部屋に泊まっていく人使いが荒くて性格悪い姉弟子以上終わり!」
自分で答えを言ってくれてThanks。Ms.チャコはカナタのGirl friendってことね!
「おい、録音止めろ」
◆
時を遡ること約一時間前。
「何で……なんでこんなことがRealに起こっているのよ……!」
ここは山折村南西部に位置する高級住宅街の一角。地震により崩れたブロック塀があちこちに散らばっている。
その中で探偵のような衣服を身に纏った少女が長い金髪を揺らしながら何かから逃げ回っていた。
彼女が逃げ回っているものの正体。それは怠慢な動きでありながら明確な殺意……否、本能を持って正者を食らう怪物、ゾンビ。
一体だけなら難なく少女も逃げおおせることができるのだが、その何十倍の数が襲い掛かって来たとなれば話は別だ。
少女を発見次第、ゾンビは本能のまま襲い掛かる。それが幾度となく繰り返されれば、答えは明白。いつの間にか少女を取り囲むようなゾンビの集団が出来上がっていた。
彼女の手持ちは斜め掛けショルダーバッグに催涙スプレー、スタンガン、ロープ。どれもゾンビ相手では効果があるのか怪しい物ばかりだ。
(ど……どうにかして逃げ切らないとこのままじゃ……。あ、あそこに抜け道が……!)
辺りを見渡した少女の視線の先にはゾンビの気配がなさそうな路地裏。そこを抜ければ住宅街から抜けられるかもしれない。
僅かな希望を見出し、少女は決死の覚悟でゾンビ達の隙間を縫うように駆け出し路地裏に駆け込む。
その間にバッグから何かを落とした気がしたが、気にしている場合ではない。
「や……やったわ!これで……きゃあっ!」
路地裏に逃げ込んだ瞬間、アスファルトの亀裂に足を取られ、スッ転んだ。
痛みをこらえてすぐに起き上がり視線を出口に向けて駈け出そうとするが、その先にはゾンビがいた。
悲鳴を飲み込んで背後を振り向くも、その先にも大勢のゾンビが待ち構えていた。
ちょうど挟み撃ちする形で少女の逃げ道を塞いでいた。
「うぅ……ああぁ……」
絶望の声を漏らしながら、少女はペタンと地面に座り込む。
ゾンビ達は少女の存在に気が付くと、怠慢な動きで少女を食らうために距離を詰めていく。
「ぃゃ……いや……誰か……だれか……ッ!」
眼前に迫る恐怖に耐えきれず、少女は目を瞑る。ゾンビ達は少女の様子に目もくれず、手を伸ばし、そして―――。
「八柳新陰流『這い狼』」
一条の風が吹く。何度か何かが砕ける音が少女の耳に届く。
ドサリと何かが倒れる音と共に少女は目を開く。
目の前にはしゃがみ込むような姿勢のまま木刀を振るった――腰には大小二振りの刀が差してある――青年の姿。そして膝を砕かれて倒れたゾンビの集団。
自分は彼に助けられたのだと理解し、安堵の息を漏らす。
青年は自分を助け起こそうと手を伸ばし、少女はその手を取ろうとする。
「おい、大丈夫か?怪我とかして……マジかよ……」
「ええ、Thank you。助かりま……あーーーー!」
折れた街灯に照らされた互いの顔を確認すると、青年は顔を引きつらせ、少女は指をさして驚愕の声を上げた。
「ヤナギカナタ!」「天宝寺アニカ……」
◆
路地裏にてうーうーと唸る膝が砕けたゾンビを間に挟んでアニカと哉太は向かい合う。何ともシュールな光景だが当人達は大真面目だ。
「二ヶ月ぶりの再会ね。どうしてカナタがこんなところにいるのかしら」
「ここが俺の地元だからだ。色々あるって両親に呼び出された。アニカは何でこんなクソド田舎に来ているんだよ」
天宝寺アニカは天才小学生探偵としてテレビや雑誌などで最近引っ張りだこの有名人だ。
彼女に会うのはこれが三回目。一度目は彼女に救ってもらい、二度目はこちらが事件解決のために彼女と共に動き、助けた。
そんな彼女がここに来ているということはテレビ番組の企画か、それともこのVHを事前に察知して来たのか。
アニカの口が重々しく開く。
「……家出」
「ハァ?お前なあ、県を跨いでまで家出するバカがどこにいるんだよ!親御さんとか関係者の方々に迷惑がかかるって分からないのか!」
「うっさいわね!High schoolサボってデュエマの大会に参加する不良には言われたくないんですけどー!」
ギャアギャアと大声で罵り合う二人。その声に反応して再びゾンビ達が集まり、二人を挟み撃ちにする。
「ほーら、アンタがうるさいせいでまた囲まれちゃったじゃない!数も増えてるし!さっきの『High-Low』で何とかしなさいよ!」
「『這い狼』な。それにこの数だと最悪木刀が折れかねない」
「じゃあベルトに差してる大小のSamurai Swordでガンリュウジマしなさい!」
「できる訳ねえだろ。ゾンビ共の中には顔見知りだっているんだぞ」
「じゃあどうするのよ!?Checkmateじゃない!」
もうダメだ―おしまいだーと嘆くアニカを尻目に、哉太は冷静に現在の状況を把握していた。
ゾンビとは言え、集団の中には己や自身の両親と親しかった人間がいる。できる限り傷つけたくないし、殺すのは最終手段にしたい。
故に結論は一つ。頭を抱えて座り込むアニカを小脇に抱える。
「きゃっ……ちょっとカナタ、何をする…」
「こうするんだよ!」
アニカを抱えたまま跳躍し、眼前のゾンビの頭を踏みつける。
その勢いのまま再び跳躍してブロック塀に乗り、勢いを殺さぬように再び跳躍。今度は家の屋根へ飛び乗った。
「……ニンジャ?」
「違う。うちの流派のパルクールみたいなもんだ。俺の姉弟子と破門されたもう一人は壁伝いの八艘飛びができるぞ」
「それ、パルクールじゃなくない?」
小脇にアニカを抱えたまま、哉太は屋根を飛び移りながら疾走する。その最中、ふわりとアニカの帽子が宙を舞う。
「あ、帽子が……」
「今度弁償してやるから諦めろ」
◆
「……マジで?」
「そう、オカルトみたいだけどマジよ」
高級住宅街から抜け出した郊外。アニカを降ろした哉太は説教しようと口を開くも、目の前の出来事に目を見開いた。
落とした筈のアニカのハンチング帽がマジックのように哉太の頭上より上まで浮いていた。種も仕掛けもなさそうだ。
「カナタ、放送で言ってた『力』ってWord、覚えてる?」
「ああ。もしかして女王感染者を止めるとか適応できるできないとかか?」
「That's right。前回ワトソン役を引き受けただけあって察しがいいじゃない。
もしかしたらカナタにも私みたいなSupernatural powerが備わっているかもね」
出来の良い生徒を褒めるようにアニカは哉太に笑いかける。
超能力、超能力……と呟き、何やら考え事をしている哉太が何だか少し子供っぽくて面白い。
「それじゃあ、今後の話をしましょうか」
「今後……女王感染者を見つけて……殺すのか?」
「Noよ。仮にも探偵である私が殺人に加担するなんてできる訳ないじゃない。
この村のandergroundにあるって言ってた研究施設を見つけ出してウィルスへの対抗手段を見つけ出すのよ」
「ハードル高くないか?」
「でもやってみなくちゃ分からないじゃない。そのためにはまずは研究施設を見つけるためにYamaori Villageの人達へのHearingよ。
まずは第一村人のカナタにHearingを……Hearingを……」
ガサゴソとバッグからスマートフォンを取り出そうとするが見つからない。
衣服のポケットを裏返しても、バッグの中身をぶち撒けても、どこにも見当たらない。
「……落としちゃった……」
「……俺のを貸してやる。変なところ弄るなよ」
◆
そして冒頭のやり取りを経て、現在に至る。
哉太の拳骨により聞き込み調査は強制終了させられた。
「うぅ……暴力で解決だなんてサイテーよ。これだからPhysical monsterって奴は……」
「喧しい。ほとんど捜査に関係なさそうな質問だっただろうが。俺のプライバシーに関わるからデータは消しとくぞ」
頭を抑えて呻くアニカの答えを聞かずに音声データを消してから再び自身のスマートフォンを渡した。
恨めし気にこちらを見上げる彼女を無視し、顎をしゃくって聞き取り調査を再開するように促す。
「このDV男め……。それじゃあHearingを再開するわ。アンタの……まぁ友人のMs.チャコの職業は何かしら?」
「山折村の役場職員だ。非正規雇用だけどな。部署は確か、建築関係の部署だった筈だ」
「Building……カナタ、Ms.チャコのPersonalityとアンタが帰省してからの彼女の行動、交友関係を教えてもらってもいいかしら?」
アニカの雰囲気が生意気な子供から有無を言わせぬ探偵の持つ独特のそれへと変わる。
容疑者として彼女に接した時のものと同じだと感じ、哉太は一呼吸置いてから口を開いた。
「茶子姉……いや虎尾茶子の性格は表面上は明るくて人懐っこく面倒がいい。そして近しい人間には我儘で自由奔放に振る舞う。
だが、中学卒業後は俺以外には頑なに本心を見せなくなっていった。あの人の両親や友人の犬山はすみさん、俺の爺さんにもだ。
だけどそれでも俺には何か重要なことを隠している気がしてたよ。
それから俺が帰省してからだな。『何で今里帰りしてきたんだよ……』ってぼやいて機嫌が悪かった。ゲームで俺をしばき倒したら機嫌が治ったが。
いつもは帰省した瞬間から終始ウザ絡みしてきたが、今日は一緒に昼飯食った辺りから落ち着きがない様子で一人でスマホを弄り回していた。
昨日、俺の隣に布団を敷いて寝るときも落ち着きがなかった。はすみさんに聞いてみたが、男の気配は全くないって聞いて安心したが……」
「惚気の部分は置いといて……なるほど重要な情報ね。Thanks」
惚気じゃねえとぼやく哉太を他所にアニカは頭脳をフル回転させ、結論を口にする。
「気分を悪くしないで頂戴ね。彼女……Ms.チャコは研究施設について何か知っている人だと思うわ」
「な、何を根拠にそんなことを……!」
「末端よ末端。落ち着きなさい、カナタ。彼女はBuilding関連の職員よね。だから地下研究施設の建設について情報を持っていると思うの。
それからアンタが帰省してから落ち着きがなかった様子ね。これは何らかの事情で実験について知ってしまったからだと思うわ。
そこで何が起こるが推測できてしまった。解決する前にアンタが今の時期に帰省して欲しくなかったのよ。
……まあ、地震が起きてVHが起きてしまったことは彼女にとっても想定外だったでしょうね」
安心させるようにこちらにウィンクするアニカ。
それはつい先程までゾンビに囲まれて騒いでいた少女とは思えぬほど大人びた仕草だった。
「……何で俺の時だけいつもの猫かぶりしないんだよ……」
「だってー、カナタにそれやったらなーんか負けた気がするのよねー」
口を尖らせ拗ねたようにアニカはぼやいた。
「なら、次に向かう場所は役場か?茶子姉がいそうな」
「No。人が集まりそうなschoolよ。避難所に指定されているみたいだし。
アンタが言うにはMs.チャコはアンタより強いみたいだしきっと大丈夫よ。それに彼女と同じ職場の人達や他の住民達の話が聞きたいわ」
筋が通る上こちらにかなり気を使った発言だった。
これで食い下がったら、幾度も難事件を解決してきた――いつかの自分の無罪を証明してくれた彼女への冒涜だ。
それを知ってか知らずか、アニカは年相応の笑みを浮かべ、拳を突き出す。
哉太もそれに答えるようにその小さな拳に己の拳を突き合わせて、苦笑を漏らす。
「頼りにしてるぜ、アニカ」
「しっかりエスコートしなさいよ、カナタ!」
【C-4/高級住宅街郊外/1日目・深夜】
【
天宝寺 アニカ】
[状態]:健康
[道具]:催涙スプレー、ロープ、スタンガン、八柳哉太のスマートフォン、斜め掛けショルダーバッグ
[方針]
基本.このZombie panicを解決してみせるわ!
1.まずはYamaori Villageの人達にHearingよ。
2.とりあえず人が集まりそうなschoolに行ってみましょうか。
3.Ms.チャコが地下研究施設について何かを知ってるかもしれないわね。
4.私のスマホどこ?
※異能の存在に気がつき、任意で発動できるようになりました。
※他の感染者も異能が目覚めたのではないかと考えています。
※虎尾茶子が地下研究施設について何らかの情報を持っているのではないかと推理しました
※C-4の住宅街のどこかに自分のスマートフォンを落としました。
【
八柳 哉太】
[状態]:健康
[道具]:木刀、脇差、打刀
[方針]
基本.生存者を助けつつ、事態解決に動く
1.このバカ(アニカ)を守る。
2.知り合いを探す(個人的には茶子姉優先)
3.ゾンビ化した住民はできる限り殺したくない。
※自分にもアニカと同様に何らかの異能に目覚めたのではないかと考えています。
「ところで、その……解決したら家出のフォローしてくれると助かるんだけど……」
「知るか。自業自得だボケ」
「あう……」
最終更新:2023年01月07日 22:45