正常感染者。
それはこの山折村で引き起こされたバイオハザードにおいて、人間としての理性を欠如したゾンビになることはなく、正気を保った者達のことである。
だが、しかし。
ゾンビにならず人間性を失わないことと、正気を保つことは、必ずしもイコールで結ばれはしない。

「ふふ…あはは…」

これは、人間のまま正気を失った、一人の少女の物語

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「あれは…」

小田巻真理を追っていた朝顔茜は、一人の少女の姿を見つける。
ペタリと地面に座り込んで、うっとりとした表情で上空を見上げている。

(あれは…上月さん?同じクラスの)

上月みかげは茜と同じクラスの女の子である。
まあ、山折高校は生徒数も少ないから1学年1クラスなので、同学年はみんな同じクラスなわけだが。

「えへへ…うふふ…もうやだ、圭介くんったら」
(…ゾンビ?)

みかげの様子は、正直あまり正気には見えない。
なので、一瞬ゾンビ化してるのかと考えた。
だが、嬉しそうな表情でトリップしたその様子は、なんか違うような気もする。

(さっきの人みたいに現実逃避中、とか?)

とりあえず、一応声をかけてみよう。
もしもこっちに気づいて襲ってくるようなら逃げる!

「あの、上月さん、だよね?大丈夫?」

茜の呼びかけに、みかげはハッと驚いた様子でこちらを向く。

「朝顔さん…」
「良かった、正気だったんだね」

こちらの呼びかけに応答してくれたことに、ホッとする。
やはり彼女は、ゾンビにはなっていなかったようだ。
茜が警戒を解いて安心していると、今度はみかげの方から声をかけてくる。

「あの、圭介くん知りませんか?」
「圭介って…山折圭介くんだよね?村長の息子の、同じクラスの」
「はい、私の愛しの恋人です」
「え?」

みかげの言葉に、茜は呆気に取られる。
山折圭介は、前述の通り村長の息子であり、将来は父親の跡を継いで村長になるのだろうと周囲から期待されている、この村では有名人である。
そんな圭介に去年恋人ができたとなれば、その噂は村中に広まることとなり、当然同じクラスの茜も知らないわけがない。

「何を…言ってるの?あなたが…山折君の恋人?」

そんなはずはない。
だって圭介の恋人は日野ひか…

「はい!『去年圭介君の方から私に告白してくれて、私達は恋人になったんです』」
「ああ…そうだったね。『上月ちゃんは山折君の恋人』だったね」

そうだ、山折圭介は去年、上月みかげと恋人になった。
それが事実だ。
なんで私、山折君の恋人が別の人だって勘違いしてたんだろう。

「はい、だから彼のことが心配で…」
「そっかあ、う~ん…まだ家にいるか、あるいは避難所に指定されてる学校の方に行ってるとか?」
「そうですね…とりあえず学校の方に向かってみます」

そういうとみかげは茜に背を向けて立ち去ろうとする。
茜は一瞬それを見送りかけて…ハッとしてみかげの手を掴む。

「まった、上月さん!一人じゃ危ないよ、私も行くよ!」
「いいんですか?」

本当はさっきの人を追いたい気持ちもあるが、しかし彼女は完全に見失ってしまって、ちょっと今から追いつくのは厳しそうである。
氷月さんや優夜も学校の方に行ってるかもしれないし。
それになにより…あまり話したことないとしても、同じクラスの友達を放ってなんておけない。

「私、なんか知らないけど炎を出せるようになったからさ。これで上月さんのこと、守ってあげるよ」
「朝顔さん…ありがとうございます」
「その代わりといってはなんだけど…山折君との話、もっと聞きたいな~。恋バナしよ恋バナ」
「はい、『私と圭介君の思い出』、たっぷり聞かせてあげますね」

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上月みかげは、不満を内にため込むタイプだ。
例え好きな人が親友と恋人になっても、笑顔でそれを祝福し、内心の葛藤を決して表に出そうとしなかった。
親友から惚気話を聞かされても、二人のデートをこっそり尾行して傷つく自傷行為を繰り返しても、それでも彼女は負の感情を表に出すことなく、我慢した。

しかし、此度のバイオハザードは、そんな彼女の許容量をはるかに超えるストレスだった。
いや、普段から我慢を繰り返し胸の内にため込んでいたからこそ、爆発したというべきか。
上月みかげは…壊れた。

あまりに理不尽な現実を前に、彼女が取った行動は…現実から目を逸らすこと。。
山折圭介と親密な親友の姿を、山折圭介とデートする親友の姿を、全て自分に置き換えて。
記憶の改竄をはかったのだ。
過酷な現実を、幸せな妄想で上書きしたのである。
元々正気だったころから、そういう妄想は何度もしてきた。
しかし正気を失った今、彼女にとってその妄想は全て現実である。

上月みかげはこれからも、あらゆる人々に自分と圭介が恋人であるという彼女だけの現実を伝え、信じ込ませていくだろう。
そう、それは山折圭介自身にも。
彼女の妄想がこの山折村に何をもたらすのか。
それはまだ、誰にも分からない。

【E―8/古民家群/1日目・深夜】

【朝顔茜】
[状態]:健康、戸惑い
[道具]:???
[方針]
基本.自分にできることをしたい。
1.上月みかげと学校の方に行く。
2.優夜、氷月さんは何処?
3.あの人(小田巻)のことは今は諦めるけど、また会ったら止めたい
※能力に自覚を持ちましたが、任意で発動できるかは曖昧です
※『去年山折圭介が上月みかげに告白して二人は恋人になった』思い出を真実の出来事として刻みました。

【上月みかげ】
[状態]:健康、現実逃避による記憶の改竄
[道具]:???
[方針]
基本.圭介君圭介君圭介君圭介君圭介君
1.朝顔茜と共に学校の方に行く。
2.私と圭介君は恋人…♪
※自分と山折圭介が恋人であるという妄想を現実として認識しています。


012.天宝寺アニカの華麗なる事件簿-山折村の厄災編 投下順で読む 014.「ごめんね」
時系列順で読む
それでもまだ賭けてみたい 朝顔 茜 光に惑う
SURVIVE START 上月 みかげ

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最終更新:2023年01月06日 20:15