そこにあるのは、あり得ない光景の一端。月夜に映る住宅街の暗闇を裂く一陣の人影。
コンクリートで出来たブロック塀を、鉄筋素材で出来ているであろう壁を、意図も容易く人の形をした大穴を開けながら突き進む怪物がいた。
デストロイヤー、まさに今の彼が何なのかを当て嵌めるならこの言葉が一番相応しいであろう。
全てを破壊し尽くし、邪魔するもの全てを破壊し尽くす。求める願いはたった1つ。


「見つけたんだなぁ、アニカママぁぁぁぁぁっ!!!!」


ハーレム王への道の第一歩、ロリママになるかもしれない天宝寺アニカを捕獲す(たすけ)る為に。
隣で険しい顔をしているムカつくイケメンをぶっ飛ばすことから、気喪杉禿夫の栄光のロードが始まる。





「……っ!」

八柳哉太と天宝寺アニカが目撃した"それ"は、紛れもなく"異常"である。
林業周りで使われる丸太を有に超える太さのそれ、脂ぎっった身体に見るからにブサイクな丸顔。
だが、それを全て帳消しにするかのような巨躯。並の枝木に負けず劣らずの太さな大腕。宛ら脂肪の城壁ともいうべきモンスターが舗装された大地に罅を入れて屹立していた。
ハゲている頭に月光が玲瓏たる輝きを放っているのは一種の神秘。ただし、それが示すは美しさではなく醜悪さであるのだが。

「見つけましたぞぉぉ、アニカママぁぁぁぁぁっ!!!!」
「ひぃっ!? あ、あなたは……!」

蟇蛙の如き瞳孔がギョロリと蠢き、怯えを見せるアニカの方を見つめる。
アニカは名前を知らずともこの男の事は知っている。ハンバーガー屋さんに置き忘れた旅行カバンをわざわざ届けに来てくれた見知らぬデブ。そこまでならちょっとした美談で片付いた所であるが、カバンからサラッとパンツを盗まれていたと言う事実が、彼女に警戒と怯えを覚えさせるに十分であった。

「……何の用だ、おっさん?」

アニカを守るように前へ出たのは八柳哉太。来て数日ぐらいしか経過していないアニカとは違い、哉太は眼前に居るこの見るからの社会不適合者を睨む。

「お、お前、いきなり出てきて生意気なんだな……!」
「いきなりと言われてもな、こいつとは知り合いなんだ。俺の相棒に手を出そうってなら容赦はしないぞ。」

気喪杉の人外じみた威圧に気圧されること無く逆に睨み返す。
気喪杉禿夫の悪評は山折村の住人ならば誰でも知っている。哉太とて面識は無いにしろ悪い噂と、現状で確認できた言動や挙動で噂に偽りなし、ということは火を見るよりも明らか。

「……ぱ、Partner……」

肝心のアニカはと言うと、哉太の「相棒」発言に何かしら思う所があったのか、頬が赤くなってもじもじしている。別段アニカは哉太を異性として意識している、とは言いづらいが、少なくとも相棒発言で少し照れくさく、というか恥ずかしくなったのは確かだ。恥ずかしくなって、一周回って冷静に戻った。
で、その光景を見た気喪杉禿夫と言えば、顔を真っ赤にして激怒。何故かタンクトップを破り捨てて、吹き出した汗を飛び散らせながら関取の如く四股を踏む。

「あ、相棒ぉぉぉっ!? そ、そんなイケメン顔して俺のアニカママを独り占めしようとしてるんだな! 許せんぞこの卑怯者!」
「勝手に変な解釈するな。あと卑怯者のフレーズは嫌になるほど聞き飽きた。」

そのお門違いの怒号と同時に気喪杉に四股踏みされた道路は大きくひび割れる。
もはや人の話を聞いていない勘違いモンスターを相手に哉太は呆れ果てながらも、木刀の切っ先を向ける。

「……あのMonsterのskillはPhysical Upの類。……油断しないでね、カナタ。」
「言われなくても分かってる。足踏みで地面割るようなやつ相手に長期戦なんて出来るか。」

気喪杉がVHで得たであろう異能はアニカの見込みでは身体強化系統。しかも地面を足で割れるような怪力を相手に、まともに戦うなんて自殺行為に等しい。だったら、相手が本領を発揮する前にさっさと沈めてしまえば良い。


「申し訳ないが、ちょっとばかし再起不能になってもらうぞ。」
「調子に乗るんじゃないんだなぁぁぁっ!!!」

短期決戦、狙うは首の後ろの松風。疾く駆ける。
対して気喪杉禿夫は迫るイケメンに対して拳を叩きつける。だが所詮素人の拳。軌道が見え見えのテレフォンパンチは軽々と避けられる。
ただし、外れた拳が叩きつけれられれば地面はひび割れ破片が飛び散る。恐るべき破壊力だ。回避した哉太も、見守るアニカもまた冷や汗が流れた。

「ぬううううっ!!!」

攻撃が外れ、気喪杉の顔に分かりやすく苛立ちの表情が浮かぶ。思った通りの短気と言うか、本当に図体と馬鹿力だけの相手。それでも油断ならないと気を引き締めて背後を周り、構え、そして―――。

「八柳新陰流『抜き風』」

慌てふため動く気喪杉へと、一陣の風の如く繰り出したその技は。

「……!?」
「ええっ!?」

気喪杉禿夫の体中に滑った汗によって木刀が滑り、空を舞った。
そんなバカな、と哉太もアニカも頭に浮かぶのは同じこと。
滑りによって生じた空振りというアクシデントによる予想外は、ほんの一瞬哉太の動きが鈍る。

「……俺のかーちゃんはな、昔デブだなんて馬鹿にされてた俺にこう言ってくれたんだな……!」
「カナタ、避けてぇ!」

哉太の意識がスローモーションになる。アニカが何か叫んでいる。目の前のデブが何か語っている。

「『あんたはデブじゃないわ。ただふくよかなだけよ。ふくよかな分、他の人より筋肉があるのよ。』って。……だから、テメェみたいな恵まれただけのイケメンに俺が負けるはずないんだなぁぁぁっ!!!!」

そんなどうでもいい自分語りが終わる直後、哉太の腹部に、気喪杉の一撃が炸裂した。

「―――ガッ!?」

臓器が軋み、骨がバキバキと折れる音。その感触と苦痛を味わいながら、押し出された空気と共に血反吐を撒き散らしながら、哉太の身体は遥か後方へと殴り飛ばされる。
電柱に激突しながらゲートボールのように数回跳ね、最後に何か大きな音が鳴り響くとともに哉太の身体は大きく地面に叩きつけられる音が、アニカの絶望の表情と共に耳に届く。

デブは弱い、と何も知らない者は言うだろう。だが、デブは弱くない、むしろ強い。
並大抵のメタボ以上の脂肪と言う名の重荷を背負っているが故に、生きているだけで常人より遥かに筋肉の量が多い。
高揚した精神より多量に発生し流れる大量の汗は、剣技や組技を防げる簡易的な防御アーマーとなる。高速で動くデブに刃筋を立てるのは達人にも不可能。それが木刀であるなら尚更。
そして、気喪杉のパンチ。インパクトの次の瞬間、遅れてくる脂肪の振動が反作用を押し込み力を増幅させる。
発剄の原理にも似た、武術の達人が長い修業の果てに身につける技術を。
――デブは、生きているだけで手に入れた。

加えて、気喪杉の異能は感情に左右する身体強化の類だ。少なくとも破壊力のある拳やある程度早く動けるほどに筋力も増加している。今の彼は引きこもりニートではない。
強化された肉体により、デブという体質をメリットに変化した事によって生まれた怪物。
悍ましき欲望と醜き性欲を力に、狂った妄想の元に突き進む暴走列車。
あらゆる技も全て滑らせ、叩き伏せ、完膚なきまでに破壊する。
―――『破壊者』。そう、今の気喪杉禿夫は、最低最悪の蹂躙者そのものだった。







「い、一体全体どうなっていますの!? どなたか知りませんがおバウンドしながら飛んできて……!?」

犬山はすみの姉である犬山うさぎとの合流を第一目標に、先ずは山折神社に向かおうと方針が決まろうとしていた直後。
金田一勝子が目撃したのは、電柱にバウンドされ吹き飛ばされて、地面に叩きつけられた青年の姿という、完全に映画の世界だと勘違いしても違和感なさそうな異常な光景。
そもそも、人間一人をバウンドさせながら吹き飛ばすという現象を引き起こした何かの存在がよっぽど脅威。嫌な予感がする。災害を擬人化させたような何かが、此方へと近づいてくるような感覚。
この場から逃げないと、という警鐘。だが、吹き飛ばされ現在進行系で大怪我を負った彼を見捨てては金田一家の名折れになる。

「……この子、確か八柳さんの所の……!」
「お知り合いですの?」
「彼のお爺さんが八柳新陰流と言う剣術の道場をやっていたので、役所仕事で訪れた時に面識はあります。確か都内の高校へ行ってたはずですが……。」
「そういうのは一旦置いときましてよ。………彼、無事ですの?」
「………。」

少なくとも、はすみの表情は暗く。それだけで金田一にも彼の様態は一目瞭然だった。
何度か電柱に叩きつけられた衝撃で木刀は見事に真っ二つになっており、両手両足はあらぬ方向へ曲がってへし折れ、腹部に大きな衝撃が与えられたのか大きく鬱血している。吐血している血の量を顧みて、明らかに無事ではすまないだろう。少なくとも、臓器へのダメージは致命的だ。なのに。

「ごっ、ガハァッ!!」
「……えっ? ……哉太くん大丈夫!?」

血反吐を撒き散らし、悶えるように苦しんでいる。少なくとも、まだなんとか生きている。
生命の危機に反応した八柳哉太の異能の強制発動。肉体再生の代償による激痛が、今彼を襲っている苦痛の正体。今、八柳哉太の体内では傷の再生が開始しているが、ダメージの大きさからして時間がかかることが明確。恐らく、犬山はすみの耳には八柳哉太の体内で起こっている再生と言う名の人体が発してはならない奇音が鳴り響いているだろう。
少なくとも「これでは助からない」と思っていたはすみは面食らっていた。

「ちょっちょちょちょちょ、何これ!? 一体何がどうなってるの!?」
「ひ、ひなたさんアレ!」

そして、現れたのは新たなる客。妙な騒音に一旦乗車していたスーパーカブから降りて、様子を見に来た烏宿ひなたと字蔵恵子。
道路の惨状は火を見るよりも明らか。それ以上に目を引いたのは見るも無惨な姿で倒れている八柳哉太の姿だ。

「先に言っておきますが、これは私達のせいでは断じてありませんわ。」

二人の視線を察してか、事前に否定の言葉を金田一は告げた。
どちらかと言えば、八柳哉太の姿で少女が、字蔵恵子の怯え顔が見えた事での弁解ではあるのだが。
少なくとも、烏宿ひなたはちゃんと状況を理解していたようではあった。

「そんな事言われなくても分かってる! そっちは確か施設課のはすみさん……ですよね。それで、この人大丈夫なんですか!?」
「あ、ひなたさん、あの時はどうも……じゃなくて。……わからないんです。だって、こんな傷、本当なら助からないはずなのに……! 突然苦しみだして、それに哉太さんから変な音がして……。なんかこう、バキバキボリボリって……!」

オーバーな表現に思えるが、はすみからすれば全くの事実。少し気になってひなたが彼の近くに耳を傾ければ、言葉通り何かが折れたり砕けたりするような音。
彼も何かしらの異能、恐らくこの傷で生きている事を踏まえれば再生能力の類なのかな?などとひなたが思った矢先のこと。――はすみとひなたを隙間をくぐり抜けるようにして、何かが飛んできた。

「……あ゛っ」

飛んできたそれが、三人が知覚し振り返る頃には、既に字蔵恵子の身体に叩きつけられ、彼女をビリヤードの球のように吹き飛ばしていた。吹き飛んできたのは天宝寺アニカの身体そのものだった。


「……な、なんですってぇぇ――ッ!?」

金田一勝子は信じられないものをまたしても目撃した。
今度は、人が人がビリヤードのように激突する光景。妄想でも錯覚でもない。そんなチャチなものでは無い恐ろしい光景。そして、それを引き起こした人物(モンスター)は。

「……ふぅぅぅぅ。軽くビンタしたつもりだけど、ちょっと張り切りすぎちゃったんだな……。」
「―――ッ!?」

跳躍し、轟音とともに着地して、既に金田一勝子たちの背後へと立っていた。




「け、恵子ちゃんっ!?」
「あの、ちょっと、これ、どういうことなんで……え?」

動揺しながらも、ひなたは既に吹き飛ばされた恵子の方へと向かっていた。
はすみは尋常ならざる事態に混乱し直後、勝子の直ぐ側にいる怪物に、恐怖した。

「……恵子ちゃん! それにそっちの人も大丈…………!?」

吹き飛ばされた方の恵子は、衝撃で地面に叩きつけられた程度だったが、それでも彼女にとっての痛みは如何程のものか、それでも余り痛そうな反応はしていなかったのが幸運だったのか、それとも。
そして問題は片方、吹き飛んできた金髪の少女の方。思いっきりビンタされたのか、顔が大きく腫れ上がっている、口や鼻からも血が流れており、どのくらい大きな力で張り飛ばされてきたのか伺い知れない。

「……かな、た。かな゛、た゛ぁ………。」

その金髪の少女は、譫言の用に、「かなた」という名前を読んで、倒れ尽くす八柳哉太へと手を伸ばそうとしている。……その瞳に溜まった涙を流しながら。
こっちは身体へのダメージはそこまでではない。だが女の子にとって大切な顔が此処まで痛めつけられて、と言うよりも自分よりもあっちの彼の事がどれだけ心配なのかも、素人目からしても伺い知れる。

「……ひなた、さん。私は、大丈夫。」
「……大丈夫って、大丈夫ってそんな……!」
「だって、痛いのは、慣れてるから。」
「―――――――ぁ。」

恵子の弱々しい笑顔に、烏宿ひなたの思考が静止した。
失念していたわけではない、彼女はこのVHの時まで、実の父親に虐待され続けた。誰にも助けを求めることが出来ず、全てを諦めて。
だから、慣れている。痛みという感覚に、度重なった虐待に、父親に言われて痛みを取り繕う事に、慣れているのだから。
それは、恵子なりにひなたを心配させまいと振り絞ったやせ我慢であることなんて、火を見るよりも明らかな事だから。

「……あい゛つ、は゛、滅茶苦茶………。みんな゛、逃げ………。」

ある意味女として酷い状態だったアニカの方は己の傷も厭わず、声を上げる。
少なくとも、アクシデントがあったとは言え哉太がこうも容易くやられてしまったのだ。
自分の異能で何とか出来る相手なら既になんとかしている、それが出来ない相手に取れる選択なんて、みんなで逃げるぐらいしかない。

「ん~、話し合いはおわったのかぁ~。俺は紳士だからさぁ、話が終わるまで待ってあげるんだなぁ。」

問題の怪物(モンスター)は、自らを紳士と自称し、余裕の態度で待機していると来た。
ただし、目の前の獲物を逃がすつもりなど、毛頭ない。少なくとも、八柳哉太(イケメン)は殺すという意思表明である眼光だけが妖しくギラついている。


「「―――ひなたさん」」
「勝子さん? ひなたさん?」

それは、同時だった。金田一勝子と烏宿ひなたの言葉が一字一句シンクロニティを果たしたのは。
二人の視線の先は欲望を満たさんと舌舐めずりする破壊の異形(フリークス)。今にも襲いかかってもおかしくないそんな怪物。

「……そこの方々を安全な場所に避難させてくださいまし。」
「勝子さん、それってどういう……!」
「あの怪物、一度叩かないと本当に懲りないかも知れませんわ。だからここで再起不能にするのが最適解。」

あの怪物は間違いなく自分たちを含めた皆を逃がすつもりはない。というか逆になんか高揚というか興奮している。
だから、この舐め腐った態度をとるこのおデブの傲慢をへし折って再起不能にしたほうが良い。
他に災いを齎す様な相手を、そのままにしておくつもりは、今の金田一勝子には存在しない。
まず、あの跳躍力を見せつけられて、怪我人三名抱えて無事に逃げられるとなんて思ってはいない。
勝算の薄い博打は嫌いだが、これは賭けの舞台に無理やり参加させられたようなもの。退席なんて許してくれない。

「それに、大切な妹さんと合わせる約束をしたのに、それを放って勝手に力尽きるつもりはありませんもの。金田一家家訓その1『迫る困難はメガクラッシュ』ですのよ!」
「意味がよくわかないんですが勝子さん」
「はすみさん。ここは私たちに任せて貰えませんか。」
「ひなたさんまで、任せてって……!」

犬山はすみは察する。この二人は、あの怪物の足止めをするつもりだと。あの人間一人を拳で吹き飛ばす、壁や地面にヒビを入れるようなモンスターに、だ。

「……はすみさん。恵子ちゃんの事、お願いします。」
「流石に怪我人を守りながらでは守りたいものも守れません。はすみさん、この子達のこと、よろしく頼みますわ。」

だが、二人は怯んでなどいない。ちゃんとやることやって戻ってくるという決意の元に燦然と瞳を輝かせている。だから、こうして頼んでいるのだ。

「……ひなた、さん。」
「恵子ちゃん、心配? 私は大丈夫、大丈夫だから。今はこのお姉さんと一緒に安全な場所に隠れておいてね?」
「ほんとに、ほんとに大丈夫!?」

そして一方、未だ痛みを耐える恵子もまた不安を顕にしていた。
何せ相手は文字通りの怪物、欲望と性欲に身を任せる狂戦士にして破壊者。何が起こるかわからない、生まれて初めて感じる別種の恐怖に字蔵恵子は囚われている。

「だいっじょーぶ!! 遭難しかかっても何だかんだで生きていたんだし、大丈夫! ……それにさ、キミにはもっと教えたいことととかあるし、幸せになって欲しいから。――だから、信じて。」

だが、そんな事知るもんかと、天真爛漫、軽快に烏宿ひなたは言葉を返した。
根拠のない自身ではあるけれど、その明るさだけでも、字蔵恵子の不安を取り除くには十分な言葉。

「………わかった。わかったよ、だから、死なないで、死なないでね! 約束、だよっ!」
「うん、約束。必ず守るから。恵子ちゃんも、無事でいてね。」

約束。それはかつて、字蔵恵子にとっては呪いだった言葉。家に縛り付ける為だけに用意された母の呪い。
だがこれは違う、初めて信頼できる、初めて信じることの出来る、そんなヒーローとの約束。
そんな烏宿ひなただからこそ、字蔵恵子は信じるのだ。
勿論、不安もある、心配もある。彼女は完璧なヒーローではない。それを知っているから、字蔵恵子もまた。

「あ、あああの、大丈夫、です、か……?」
「……あな゛た、誰……?」

文字通り酷い顔にされた少女。上手く立てない彼女の手を取る。
近くの家屋に哉太の身体を連れ込む犬山はすみの姿についていくように、彼女を手を取って歩き始める。

「……恵子。字蔵恵子、です。」
「……ケイコ。ケイコ、ね゛。……あり゛、がと。」

恵子の手を取りながら、アニカもまた近くの家に避難する。
彼女にとっての不安は、あの二人であの化け物相手にして無事でいられるのか。
そして何より、真に不安なのが。自分を相棒(パートナー)だなんて言ってくれた、八柳哉太が無事であるのかどうかだった。




「……むふ、むふふふふ………! 巨乳JKに本物のお嬢様と出会えるだなんて、俺は幸運なんだなぁ!」

残された二人の少女の毅然とした表情を前にしても、気喪杉禿夫の気味の悪い笑いは止まらない。むしろ、彼にとってこれは一種の幸運だ。
狙い目である巨乳JKと遭遇し、しかもおまけで見るからに分からせがいのある強気お嬢様もいる。
隠れられたがお目当ての一人であるアニカママとおまけの可愛い二人までいると来た。これは昂ぶらずして何が男か。ついでに気喪杉のビッグマグナムも臨戦態勢である。

「みんな、みんな纏めて白馬の王子様である俺のお嫁さんたちにしてやるんだな!」
「白馬の王子様? 白豚の見にくい王様の方が似合ってるのでなくて?」
「し、白豚だとぉ!?」

あからさまな煽りに反応、「やっぱり」と言わんばかりに気喪杉は蒸気機関車のごとく煙を耳から吹き出し激昂。それを、金田一勝子は冷めた視線で見つめていた。

「おおお俺はドS女にイジメられるより、いじめて分からせるのが良いんだぁ!!!」
「誰がそっちの趣味の話を聞きたいと言いまして? ……はっきり言わせてもらいますわ。貴方のような人の心を踏みにじるような化け物に救いなんて訪れませんわよ?」

明らかに、金田一勝子の言葉に怒りと苛立ちが込められている。
あんな小さな女の子の顔が滅茶苦茶になるような事をしておいて、男の風上にも置けない汚物。
翼はブチギレさえすれど自分に手をだすことはしなかった(たまにジャーマン掛けられる)。いや、翼を知っているからこそ、金田一勝子は目の前のモンスターに対して怒りを顕にしていたのだ。

「――ねぇ。なんであんなこと出来るの?」

一方、烏宿ひなたが気喪杉に発した言葉は、余りにも冷たく低い声だった。
勝子もまたその低すぎる声に反応して其方を見れば、静かに電気が周囲を迸っている。
明らかに、起こっている。自分なんかよりも、数段ほど。

「あんなこと? あーあれはただの愛のビンタなんだんだな! 聞き分けが悪い子供はああやって躾けるって父ちゃんが言ってたんだな! あ、勿論手加減はしたんだよ、なんだって俺は紳士なんだからな!」
「…………。」
「そう、ファミリービンタ。アニカママはもうすぐ俺の家族になるのに、聞き分けが悪かったから愛をこめてファミリービンタをしてやったんだな!」
「…………。」
「ファミリービンタをすれば、どんな気の強い女の子でも素直になるって父ちゃんが言っていたんだな! 父ちゃんも母ちゃんと喧嘩してた時によくやってたんだな!」

黙ったまま、表情を見せないひなたを知ってか知らないか、誰も望んじゃいない気喪杉の勝手な理論がペラペラと響き渡る。

「……なんて身勝手な。」

勝子は、反吐が出そうだった。それ以上に、この男の家族環境もまた、余りにも吐き気を催す邪悪が煮詰まったものだと。
両親に甘やかされ。いや、特に父親に甘やかされて。蛙の子は蛙というが、ここまでねじ曲がった物の怪が生まれるだなんて。
尚更、気に入らなかった。尚更、金田一勝子はこの男を許すわけにはいかなかった。

「身勝手、何が?」

尾びれもせず、楽観的に怪物は返事をする。まるでそれが何も間違っていない、相手が間違っているだけという認識であるように。

「じゃあ、君たちカワイコちゃんにも一発ファミリービンタをお見舞いしないといけませんなぁ。あ、勿論ムカつくさっきのイケメンは処刑確定なんだな、むっふっふ――――。」






「黙って。」

その稲妻にも等しい一言が、気喪杉の言葉を遮るように、雷鳴とともに告げられた。


「すごく痛いはずなのに、恵子ちゃんは私に向かって笑顔だった」

恐らく、この感情は烏宿ひなたという人間が生まれて初めての感情だっただろう。

「子供の身体が剛速球ほどの速さでぶつかってきて、すごく痛いはずなのに、なのにあの子は。」

普通にプロ野球選手の剛速球をもろにぶつけられたらものすごく痛い。いや、痛いというよりも骨が折れてもなんらおかしくはないのに。
「慣れているから」だなんて取り繕って、笑っていて。……骨が折れていただなんて、見るからに明らかだったから。

「笑ったの、苦しいはずなのに、辛いはずなのに。私を慰めるような事言ってくれた。」

心が、すごく傷んだ。締め付けられるような、そんな感覚。
今まで味わったことのない、孤独や苦痛とは全く違う、心の痛み。

「……貴方には、わからないんですね? 誰か痛みも、心の痛みも。」

拳を握りしめて、その瞳から雫を零しながら、睨み返すように、烏宿ひなたは眼前の気喪杉禿夫(モンスター)を凝視する。

「……何いってるのかわからないんだな? ……でも、こういう女は一度黙らせて分からせればいいんだな。」

だが、そんなひなたの悲痛にも似た思いを気喪杉は一蹴。既にこの怪物は、女の子を黙らせてハーレムにする、男は殺すの単純明快な思考しか考えておらず。

「……あなたは絶対に許さない。」

雷光が、弾ける。烏宿ひなたが文字通り光り輝く。

「……謝らせる。恵子ちゃんにも、金髪のあの子にも、そしてあの男の人にも。」

烏宿ひなたは人を殺さない。だけど目の前のこいつは許さない。
だから、止めて、謝罪させる。謝らせる。迷惑かけた分、目一杯反省させる。土下座させる。

「……真っ先に謝らせるってなんとまぁ、呑気なのか本気なのかイマイチわかりませんわね。」

そして同じく、気喪杉禿夫(モンスター)と相対するは金田一勝子。

「ですが。……あいつの事が許せないと言うのは、同意見ですわね。」

見るからに、ひなたなる人物の異能は電気に関連する異能であろう。
多少冷静ではなさそうとは言え、彼女の発言から察するに人を殺すような危険人物ではなさそうなのは重畳か。

「詳しい事情は、このお◯ッククソデブ野郎を叩きのめしてからですわね!」









クエスト:気喪杉禿夫(デストロイヤー・フリークス)の撃破――開戦(オープン・コンバット)





(さて、どうするべきか。)

そして、始まろうとしている戦場より少し離れた場所にて。潜む影が一つ。

("ヒナタサン"の臭いを追ってみれば、なんだあの男は。)

独眼熊。烏宿ひなたの臭いを追い、潜むように追跡してみれば。
まるで自分たちと対して変わらない大きさを誇る大男の姿が見えた。少なくとも憎き猟師どもの類ではないが、その体躯は自分のような大型動物にも引けを取らぬ何かを感じた。
それと相対するは目標の一つである"ヒナタサン"と呼ばれていた人物と、見知らぬ妙に派手な女。

(いや、今はそんな事はどうでもいいか。)

問題の大男の相手はあの二人に投げるとして、狙うは家屋に逃げ込むように入った4人。
都合が良い。手負い3名、女一人。手負いの内一人は、小さい方のメス"ケイコチャン"と呼ばれた人間。
だが怪我をしている、それでも警戒を怠るつもりはない。

(次の獲物は奴らにするか。それとも。)

思考する、考察する。羆らしからぬ、羆より進化したその脳で。
逃げ込んだ獲物を喰らうか、このまま去って"山暮らしのメス"を探すか。
前者は手負いの数からしてデメリットは小さい。今後の"ストック"の為に実行するのも手か。
影より潜みて、独眼の怪物は思考する。


【C-4/高級住宅街/一日目・深夜】

【烏宿ひなた】
[状態]:感電による全身の熱傷(軽度・全身・手当て済)、肩の咬み傷(手当て済)、気喪杉禿夫に対する怒り(大)
[道具]:スーパーカブ90cc(路上に放置)、夏の山歩きの服装、リュックサック(野外活動用の物資入り)
[方針]
基本.出来れば、女王感染者も殺さずに救う道を選びたい。異能者の身体を調べれば……。
1.最寄りの避難所(B-2 公民館)か、猟師小屋(B-6)に向かう。(次の書き手さんに任せます)
2.こいつ(気喪杉禿夫)は許さない。絶対にみんなに謝らせる。
3.生きている人を探す。出来れば先生やししょーとも合流したい。
4.VHという状況にワクワクしている自覚があるが、表には出せない。
5.……お母さん、待っててね。

【金田一勝子】
[状態]:健康、気喪杉禿夫に対する怒り(大)
[道具]:スマートフォン 、マーキングした小石(ポケットに入る分だけ)
[方針]
基本.基本的に女王感染者については眉唾だと思っているため保留。他の脱出を望む。
1.犬山うさぎとの合流を目指す。
2.このクソムカつくお◯ックデブ野郎をお高い態度をへし折って差し上げますわ。
3.能力は便利ですが…有効射程なども確認しなければいけませんわね。
4.ロクでもねぇ村ですわ。
5.生きて帰ったら絶対この村ダムの底に沈めますわ。

気喪杉 禿夫
[状態]:健康、興奮
[道具]:金属バット、懐中電灯付き鉢巻、天宝寺アニカのパンツ、日野光のブラジャー、日野珠のスパッツ、ブローニング・オート5(5/5)、予備弾多数、リュックサック
[方針]
基本.男ゾンビやキモ男を皆殺しにしてハーレムを作るんだな
1.ロリっ娘、巨乳JK、貧乳元気っ娘みたいにバランス良く属性を揃えたいんだな
2.目の前の巨乳JKとお嬢様を黙らせてハーレムにしてやるんだな
3.隠れた女の子たちも纏めてハーレムにするんだな。後、あのイケメンは殺す。
4.美少女JCJK姉妹(日野姉妹)を探して保護するんだな
5.ゾンビっ娘の×××はひんやりして気持ち良かったんだな

独眼熊
[状態]:健康、知能上昇中、ちょっと喋り方を覚えた
[道具]:なし
[方針]
基本."山暮らしのメス"(クマカイ)を殺す。猟師どもも殺す。
1.人間、とくに猟師たちに気取られぬよう、痕跡をなるべく残さずに動く。
2.家屋に逃げ込んだ手負い込みの獲物を仕留めるか、一先ず離れて"山暮らしのメス"(クマカイ)と入れ違いになったメスを探すか。(どちらかは、後続の書き手さんに任せます)


【C-4/高級住宅街・ある一軒家内/一日目・深夜】

【犬山はすみ】
[状態]:健康、不安
[道具]:なし
[方針]
基本.うさぎを探したい。
1.勝子さんと行動を共にする。
2.勝子さん、ひなたさん、大丈夫でしょうか……?
3.生存者を探す。
4.ごめんね、勝子さん。

【字蔵恵子】
[状態]:ダメージ(中)、骨折(骨折部位は後続の書き手にお任せします)、下半身の傷を手当て済、今までになく満腹、不安
[道具]:夏の山歩きの服装
[方針]
基本.生きて、幸せになる。
1.ひなたさんについていく。
2.ひなたさん……

天宝寺 アニカ
[状態]:全身にダメージ(中)、顔面に大きい腫れ、鼻血。頭部からの出血(中)
[道具]:催涙スプレー、ロープ、スタンガン、八柳哉太のスマートフォン、斜め掛けショルダーバッグ
[方針]
基本.このZombie panicを解決してみせるわ!
1.まずはYamaori Villageの人達にHearingよ。
2.とりあえず人が集まりそうなschoolに行ってみましょうか。
3.Ms.チャコが地下研究施設について何かを知ってるかもしれないわね。
4.私のスマホどこ?
5.……ヤナ、ギ……

※異能の存在に気がつき、任意で発動できるようになりました。
※他の感染者も異能が目覚めたのではないかと考えています。
※虎尾茶子が地下研究施設について何らかの情報を持っているのではないかと推理しました

八柳 哉太
[状態]:意識混濁、全身にダメージ(大・再生中)、臓器破損(再生中)、全身複雑骨折(再生中)
[道具]:木刀(へし折られた)、脇差、打刀
[方針]
基本.生存者を助けつつ、事態解決に動く
1.このバカ(アニカ)を守る。
2.???

※自分にもアニカと同様に何らかの異能に目覚めたのではないかと考えています。


036.光に惑う 投下順で読む 038.郷愁は呪縛に転ず
時系列順で読む
「いただきます」 字蔵 恵子 魔人戦線――絶望への抗い
烏宿 ひなた
独眼熊
禁色モザイク 気喪杉 禿夫
天宝寺アニカの華麗なる事件簿-山折村の厄災編 天宝寺 アニカ
八柳 哉太
逢いたくて 金田一 勝子
犬山 はすみ

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最終更新:2023年09月24日 01:52