帰りのホームルームが終わり、スマホの通知を確認すると、川崎さんからメッセージが来ていた。
川崎さんと言うのは、私の友達の米原花音ちゃんの家政婦さんだ。家政婦と名乗っているけれど、メイドと言った方が近い風貌をしていたりする。
そんな川崎さんを雇っている花音ちゃんの家は当然お金持ちで、上品な振る舞いをできるお嬢様だ。
……って、思っていた時期もあったよね。
彼女はゲーセン通いで、音楽ゲーム「maimai」が好きで、アニメや漫画も嗜み、ちょっとご飯代をケチってプレイ代に回したりする、大分庶民派な……ただの残念なオタク……? みたいな子だ。
まあ、そんなことはどうでもいいんだ。私──和田あかりは、花音ちゃんといると居心地がいいし、楽しいから。
それはそうと、川崎さんからのメッセージの内容だ。……何々、
「ご無沙汰しております、米原家家政婦の川崎でございます。和田様、非常にお勝手で申し訳ないのですが、本日、学校のご帰宅途中に米原家を訪問しては頂けないでしょうか。ご返事お待ちしております」
……メッセージアプリの文面とは思えないほどカッチリした文章だ。
それはそれとして。
そうか、花音ちゃん、今日学校休んでるんだっけ。金曜から具合が悪くて、週が開けた今もまだ良くなってないのかぁ。お見舞いに来て欲しい……ってことなのかな? 全く可愛いなぁ、花音ちゃんは。
私は「勿論行かせていただきます、待っててねとお伝えください」と送り、教室を後にした。
まあまあエグめの広さを誇る米原家のインターホンを鳴らす。
「こんにちはー、花音さんの同級生の和田ですー」
と声を入れると、少ししてから
「ようこそいらっしゃいました。どうぞお入り下さい」
と、川崎さんのいつも通り淡々としながらもはっきりとした口調が聞こえてきた。
門の施錠が開き、私は米原家へ入った。
「花音ちゃんが部屋に入れてくれない?」
家……と言うか屋敷に入ると、よく分からないことを川崎さんに聞かされた。
「ええ、お食事をお渡しする時以外、戸を開けて下さらないのです」
「はあ……」
花音ちゃんが呼んだんじゃなかったんだ。
どうしたんだろう、花音ちゃん。
どうしたんだろう、花音ちゃん。
「それでですね、和田様」
少し声を張って川崎さんが話し始める。
「ちらりと花音様の部屋を見た際、かなり部屋が散らかっておりまして」
……うん?
「とても米原家の人間が過ごしていて良い部屋ではございませんでしたので、お掃除をさせていただきたく願ったのですが、やはり入れて頂けず」
花音ちゃん、妙に頑固だな。元々……だっけ?
「そこで、和田様をお呼びすれば流石に片付けて下さるかと考えまして、お呼び申し上げました」
……??
「……川崎さんの言ってることがあんまりよく分からないのですが」
「問題ありません、策はわたくしにございます、さあこちらへ」
私は言われるがままに花音ちゃんの部屋の前まで連れていかれた。
「花音様、和田様をお招きして参りました」
川崎さんが花音ちゃんを呼んだけど、
「……嘘ついても、わたくしは出ませんわよ」
と返って来た。久しぶりの花音ちゃんの声だ。
「あのー、花音ちゃんー!」
私はドアの向こうに声をかけた。
すると、
「!? あかり!?」
と声を上げて、それから部屋からドタバタと音が聞こえてきた。
「花音ちゃん!?」「花音様!?」
「大丈夫でございますから!」
「いや、大丈夫な音じゃないって!」
「全っ然、大丈夫でございますから!」
「ダメだって! 花音ちゃん、鍵開けて~!」
「はいただいま~……ってダメ!?」
私が頼むとすぐにガチャと鍵が外れ、たまたま手をドアノブにかけていたので、そのままドアが開き、
「あかり……見ないで下さいまし……!」
ネグリジェ脱ぎかけで、フリフリしたシックな私服に包まれた花音ちゃんの姿があらわになった。
「……ひぃん」
「そこまで急いで開けなくたって良いのに……」
「だって、あかりが開けてって言いましたもの……」
着替え終わった花音ちゃんと一緒に、私は散らかった部屋を片付けながら話す。
「花音ちゃんって大分おまぬけだよね」
「そんな、ひどい……」
……ローラ姫構文が似合う本物のお嬢様なんて、日本有数だろうなぁ。そもそもこんな言葉知ってるはずもないし。
「あかりがいるって分かったらびっくりしまして、まず部屋を片付けまして、でもそれより先に服装では、と思ったりしまして、とにかく焦りまして……」
「そんなに、私に会いたかったんだ」
「……はい」
頬が熱くなる。ど直球やめて。
「暇で暇で仕方ありませんの。いつも通り音ゲーでもやろうかと思いましても、だるさのせいか身体が追い付かなく全く楽しくなくて……そもそも頭もついていきませんでしたわね、16分が認識できませんでしたもの」
「……あはは」
「それで部屋のものを色々出してたらこんなことになってしまいまして」
「わかるわかるー、休みの日の家、こんな感じかも」
そう言ってソフトを本棚に戻す。
「終わりですわね」
「これ、弐寺だよね」
「ああ、川崎のものですわね、なぜだかくれましたわ、9th styleとEMPRESS」
maimaiも家庭用があったらよろしいのに、とか言いながら、ソフトケースを手に取る花音ちゃんの横姿をまじまじと見る。……すごくカッコよくて、可愛い。
「花音ちゃんの私服見るの、何気に初めてかも」
「そ、そうでしたわね」
「カッコ可愛い」
「褒めても何も出ませんわよ?」
「ちょっと赤くなってるのに?」
「くぅっ……」
このやりとりも、ちょっと久しぶりだなぁ。
「……ねえ、花音ちゃん」
「なんですの、あかり」
「私のこと、そんなに大切?」
「愚問ですわね、当然でしてよ」
「もし私がいなくなっちゃったら、どうする?」
「後追いするなんて言ったら、……どう致します?」
「それだけは絶対にやめてね。生きていて」
「大丈夫ですわよ……そもそも、わたくしはあかりをどこかに行かせたりしませんもの」
「それでも、急にいなくなるものなんだよ、私は知ってる」
お母さんみたいに。……。
「……それでもあかりが良いんですの。いなくなっても、私はあかりを好きでいる」
「……そっか。」
妙に静かになってしまった。……この話振ったの私だ!
「ごめんね、変な空気にして……!」
「なんで謝るんですの、あかりは悪くない。……さ、川崎に茶菓子を頼んで来ますわ」
そう言って花音ちゃんは床を立った。
どうしてそんなに、私を優先してくれるんだろう。そんな魅力が私にあるとは思えない。いつだってそうだ。無条件の好意を受け取っている気がする。……。
「……ねえ、花音ちゃん。私は君の灯りになれてるのかな」
その声は、彼女に届かない。