反逆者は勝者へとのし上がり、支配者は敗者へと転落する。
《第9領域》にて栄華を極めた《政府》が、《大佐》率いる反乱勢に成す術も無く蹂躙されている。英雄が相手だろうが《政府》は揺るがない。彼らの反逆は記憶の片隅に記録され、いずれは風化する……皆がそう思っていた。
だが実際の所はどうだ。人気の無い通りを幾多の残骸が埋め、黒煙を上げる街並みを炎が舐めているその光景は、数日前までは誰も予想だにしなかった惨劇だ。敗走する政府軍を反乱軍が追撃し、首都から脱出を試みる高官のヘリが撃墜される。攻め入った筈のクーデター軍が、逃走する敗残兵を狩り立て街の外へと移動していく様は、ある種滑稽とさえ思える光景だ。
それを知ってか知らずか、微かな残響の支配する中、未だ形を保っているビルの上に3機のACがあった。
その中の1機。鳥に似た逆関節の脚を持つ機体のコクピットハッチから身を乗り出している女が、惨状を眺めながらかぶりを振った。髪で眼が隠れている為その表情を窺う事はできないが、肩を落としているその姿は現状を悲観しているというよりどちらかと言えば脱力している風に見えた。
「友軍は壊滅状態。お偉方は皆を見捨てて駆け落ち中、と……。さて、どうしたものですかねポポちゃん?」
遠方で瞬く閃光に目を眇めつつ、その女――ウェスト大尉は頭を巡らせた。視線の先には箱型の頭部の上に座り込んで、スキットルからウォトカを喉に流し込んでいる――幼児向け玩具の様な呼ばれ方をした――同僚、ポポフ准尉の姿がある。彼は横目でちらりとウェストを見やり、酒臭い息を吐き出すと容器をウェストに投げやった。口髭を扱きつつ、雰囲気だけは重々しげに口を開く。
「連中が祝宴を開くのも、もはや時間の問題であるな。《
埋葬者》が敗走したと先程聞いた」
「あらま――ぶはっ……まっず」
意外そうな顔をした次の瞬間、口に含んだ安酒のあまりの不味さにウェストは顔を顰めて吐き出した。
なんという事を! そう叫んだポポフにスキットルを投げつけパイロットスーツの裾で口元を必死に拭う。だがそれでも収まらなかったのか、コクピットからミネラルウォーターの入ったペットボトルを引っ張り出して念入りに口を濯いだ。
「酷い事しますねポポちゃん。そんなに私が嫌いですかっ」
「それは我輩の台詞である! 心優しき同僚の気持ちを、あっさりと吐き捨てるとはっ! ノット・ハラショウ!」
「ワイン下さいワイン。それなら気持ちになりますよ」
「ノゥ! ノォォォウ! 断じてNOである! 我輩はNOと言えるポポフなのだ!」
「NOと言えないポポちゃんも見てみたいですね。ま、それはさておき……」
ポポフのポはポトフのポ! などと意味不明な事をのたまっているポポフを無視して、ウェストは自機の隣に位置するACに目を遣った。機体の頭部にもたれかかりながらコアの上で器用に寝ている女に声をかける。
「起きなさいライカ。ごはんですよ」
ウェストの言葉にぴくりと反応したライカ伍長が目を醒ました。大欠伸を一発かまし、眠たげに目を擦りながら辺りを見回す。それから口元の涎を拭って、もう一度欠伸をした。
「ん。……あぁ、まだここにいたんだったな。それよりごはんだと言ったか大尉殿」
「いえ、言ってませんよ」
ポポフが唖然とした顔になったものの、それに気づかなかったライカは聞き違いだったかと、悲しげな表情になりうな垂れた。それから首を鳴らし大きく息を吐くと、完全に覚醒したその目つきが平時の鋭い状態になる。狭いコアの上で寝ていたせいで凝り固まった関節を解しながら、ライカは餓えた野犬を思わせる視線をウェストに向け、神託を告げる聖職者の如き厳かな様子で口を開いた。
「素晴らしい夢を見ていた。《大佐》の首を取って、一等地の犬小屋を貰う夢だった」
「どう頑張っても無理ですね。と言うかそれはどうでもいいです。これからどうするかを決めないと」
彼女らは敗残兵だ。現在進行形でもそうだし、過去形でもそうなる。彼女らが勝者となっていればそもそもクーデターは起こらなかった筈だ。クーデター前日の戦闘において、たまたまいた位置が良かった為に死を免れこそしたが、その後犬のように追い立てられる羽目になったのも、今こうしてただまんじりともせず無為に時間を過ごしているのも、彼女らが負け犬だからに違いない。
「ご主人はどうする。まだ生きてるのか?」
「少佐は生きてますよ。結構頑丈でしたね」
ライカの質問に、ウェストは機体を二度も蹴り飛ばされて重傷を負った、擦り切れた靴底みたいな上官を思い浮かべる。彼女は重体ではなく重傷だったし、なにより二度も蹴りやがったあのアマと恨み節を言えていた位なので問題は無いだろう。とはいえ、今の状況では面会どころか自分達が地下に安置されるかもしれないのだ。差し迫った現状を打開しなくては二進も三進もいかない。
「白旗振って投降しますか? それでも構いませんよ」
「であるならば、我輩はウォトカを賛辞すべき反逆者に捧げよう」
「それじゃ私は腹見せようか。おお……素晴らしき服従の姿勢。魅力的だな」
「はい多数決により投降はしません。異論も反論も認めませんよライカ」
ポポフが敵に対して酒を与えるはずもない。そしてウェストも、投降する積もりなど微塵もなかった。
約一名論外の者がいたが、民主主義的多数決により成すべき行動が決まる。
各々がコクピットに身を潜り込ませ、ジェネレータに火を入れて機体を始動させた。低い唸りと共に機体の各所に光が点る。
「少佐にはほとぼりが冷めてから連絡するとしまして……まずは、脱出する事からはじめませんとね」
「うむ。我輩は準備万端である」
「脱出路の候補も幾つかあるぞ。今送る」
「素晴らしい。あとでビーフジャーキーあげますよ」
ウェストはコンソールを操作し、モニタに投影したマップに送られてきた脱出ルートを重ねあわせた。複雑な経路や地下を通る経路は除外し、最短と思える候補を幾つか残す。決して安全とはいえないルートも残ったが、展開の速さこそが売りの部隊にいたウェスト達にとって時間をかけて神経をすり減らしながら進むのは骨が折れる。それに、ACは戦車のような二次元機動しか出来ない半端物ではない。その気になればビルからビルへと飛び移って地形を無視した機動だってできるのだ。
選定したルート情報を二人に送り、モニタを指でなぞりながらウェストは簡素に作戦を伝えた。
「ルート31から北に抜けるのが最短みたいですね。第一候補はこれで。それが難しいようなら、こっちの道使いましょう。《ゴースト・ドッグ》より各機へ、異論は?」
「《タフ・ドッグ》了解である。我輩、脱出に成功したら最高級のウォトカを飲むのである」
「《ハウンド・ドッグ》了解だ。私はステーキ食べよう。付け合わせにはなんとハンバーグ」
「……この場でバラして捨てますよ君達」
ため息をつきながらも、ウェストは機体をしゃがませ跳躍体勢に入った。残る二人もグライドブーストの準備に入る。
「それじゃ、行きましょうか。遅れたら置いていきますからね」
最終更新:2012年06月04日 21:02