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 大破したACのスキャンデータを見つめながら、ムーシェはACがいまだに戦闘可能状態にあるのではないかと警戒していた。
 しかし望遠で見る限り、機体の損傷は想像以上に大きく、外装はボロボロだった。
 スキャンデータの武装覧が欠落していたりする辺り、相当手酷いダメージを受けているのだろうか。

 「ボギー、10時方向に大破したACを視認した」
 『こちらでも視認している。荷台のスペースは充分空きがあるが……どうするんだ、リーダー』

 どこかの勢力が張った罠という可能性も否定できないため、ボギーはムーシェに決定権を委ね、心持ちトレーラーの速度を落とす。
 その様子をモニター越しに観察しながら、ムーシェは数秒ほど考えた後、決断した。

 「そうだな。念のため、接近して搭乗者の有無を確認してくる。許可があるまで待機しててくれ」

 資源が足りないとぼやいていた直後に、もっとも必要としているACがほぼ丸ごと一機落っこちていると言うチャンスは、
 もう二度と巡っては来ないだろうと、そう考えた上での決断だった。

 『テン・フォー』

 了承の意がボギーから返ってくると同時に、ムーシェはシステムを戦闘モードに移行させ、一度深呼吸をしてから、
 両手の操縦桿を握り直し、大破したACへと近づいていく。
 周囲に地雷やトラップと言った類いのものは確認できないが、もしもということがあるかもしれない。
 左手に装備したハンドガンをACに向けながら、ブラヴォー・フォーをそのACの真横につける。
 敵か味方かもわからないACが真横に来たと言うのに、大破したACはピクリとも動かなかった。
 見たところ、防御性能はあまり高くない軽量二脚型のACだった。
 艶消しされた黒と、鮮やかな桜色のツートンが、汎用人型戦術機動兵器であるACを兵器としてではなく、
 一種のオブジェめいた印象を抱かせ、各所にアートのような、どこか女性的なものを感じさせるエンブレムが張り付けられている。
 薔薇と猫があしらわれ、背景に白い枠に囲まれた紫色のシールドが描かれている。
 はっきりとしたゴシック体で書かれた『E.F』というのは、恐らくパイロットのイニシャルだろう。
 それらの情報を分析しながら、もしかしたら、動力だけが生きていて、パイロットは死んでいるのかもしれないと、ムーシェは思った。
 ムーシェは過去に二度ほど、操縦席部分だけを狙撃してACを撃破したことがあるから、パイロットがどうなっているかは想像に容易かった。
 装甲と内部機器に圧迫され押し潰されているか、砲弾に身体を引き裂からているかの、どちらかだ。
 しかし、モニターで視認したACのコアはほぼ無傷の状態だった。
 たしかに装甲が凹んでいたり地金が見えていたりする箇所はあるが、どれもパイロットを押し潰すに足るものではないし、
 パイロットが死んでいると考えられる要点が、まったく存在しない。

 「なんだってんだ、まったく……」

 罠ではないのかと、ムーシェは焦る心情とは裏腹に、冷静そのものの思考で考えながら呟いた。
 ACの駆動音だけが、ブラヴォー・フォーのコクピットに低く響いている。
 損害状況を見る限り、このACは修理さえすれば動くだろう。
 右腕が丸ごとなくなっていて、左足の膝関節が爆破され、ブースターも同様に爆破されているが、目だった損害はそれだけだ。
 だが……と、ムーシェはACのコアを照準していたハンドガンを下ろさせて、
 ブラヴォー・フォーの戦闘システムを切り、ハッチ開放手順に乗っ取った操作をした後、ハッチ開放ボタンを押した。
 対生物・化学兵器用に与圧されていたコクピットに空気が抜けるような、
 気の抜けた音が響いた後、無機質で冷たい駆動音と共に、ハッチは開いた。
 パイロットシートから身体を起こしたムーシェは片耳にヘッドセットをつけ、
 座席下から銃身を極限まで短くしたカービン銃を取出した。
 大きな鳥籠のような形をしたフラッシュサプレッサーに、ブロックのようなプラスティックの積み木を連想させれる銃身の覆いと、
 頑強なアルミ合金製の機関部、それから、伸縮可能なストック。
 銃身が短いことから発射薬が生み出すガスの力を弾丸に伝えきれないため、有効射程は精々100メートルか300メートルそこらだろう。
 使い慣れたボルトアクション式狙撃銃の感触を、久しく味わっていないなと、ムーシェはふと思った。
 もともと俺はスカウト・スナイパーで、こんな鋼鉄の塊を動かす男なんかじゃない。
 俺は文句の言いようがないほど素晴らしい相棒と一緒に、敵陣深くまで潜り込み、情報を収集し、
 時にクソッタレの頭を吹き飛ばす、スナイパーの筈なのに。

 (――なのに、どうして俺はリーダーなんて呼ばれてるんだ)

 防塵ゴーグルをかけ、サンドイエローのバンダナで口元を覆いながら、
 ムーシェは不満とも、愚痴とも言えない感情を少しずつ吐き出していった。
 声に出さず、自分の胸の内で吐き出すだけだったが、それでもある程度のガス抜きにはなる。
 クーデター後に正規軍人でなくなってから、感傷的になりすぎるきらいがあると、ムーシェ自身も分かっていた。
 だからムーシェは自分が難民キャンプ『エクシーレ』の戦闘部隊リーダーに推薦された時、絶対に俺はやらないと言ったのだが、
 ボギーを含めた老練な古参兵たちの支持もあって、結局ムーシェがリーダーになってしまった。
 リーダーはリーダーたる風格を持たなければならない。だからこうして、自分のことは自分でなんとかするしかない。
 暗澹とした気分はいつものことだと割り切り、ムーシェはカービン銃のずっしりとした重みを右手に感じながら、ヘッドセットに声を吹き込んだ。

 「強制解除して中身を確かめてみる。万が一の場合は、即刻逃走してくれ」
 『ラジャー。慎重に行動しろ、リーダー』
 「……分かっている」

 言外にお前のしていることは慎重な行動ではないと言われたような気がして、ムーシェは不機嫌そうに返した。
 気乗りしない気分がもやもやと広がっていくのを感じながら、ウィンチで四メートルほど下の地面に降り立つと、
 乾ききった大気が頬を撫で、舞いあがった砂塵が肌を突いた。
 地に足がついている感覚に浸りながら、ムーシェは何度目か分からない溜息を吐き出した。
 呆れ果てた、というよりは、妥協した結果にうんざりして、という意味の溜息だった。
 両足で赤茶色の乾いた土を踏みしめながら、ムーシェはカービン銃のボルトを引いて、
 薬室に5.56㎜小口径高速弾が装填されていることを確認し、ぴくりとも動かない軽量二脚型ACに近づいて行った。
 ムーシェがACの傍までくると、稼働状態にあることを主張するかのように、燃料電池の出力音と機体内部に熱が蓄積されないよう、
 ファンが回る排熱音が低く響いていることが分かった。
 しかし、機体各所にあるモーターなどは機能を停止しているらしく、通常なら稼働していることを示すライトが転倒しておらず、消えていた。
 頭部も腕部も同様であり、特にセンサー類が集積されている頭部は、どうやら完全に電力がカットされているようで、
 首が重力に逆らえず、右側に傾ききっていた。
 防刃・耐火素材で編み上げられたグローブに包まれた左手で、ムーシェはACの黒い装甲に手を置き、
 さすってみて、カービン銃のストックでちょっと強めに殴打した。
 もちろんビクともしなかったが、八つ当たりするには手頃な相手だ。
 ふっと湧き出てきた熱い感情の欲するままに、ムーシェは右足で思いっきり装甲を踏み付け、二度、三度と、踏みつけ続けた。
 そして、八回ほど踏みつけ続けたムーシェは、ふと我に返って無意味な行為を止め、束の間の自己嫌悪に浸った後、
 ACのコアまでよじ登り、ハッチを強制解除する緊急ハンドルを覆った蓋を探した。
 生憎ムーシェは正規パイロットではないため、どのコアのどこに緊急ハンドルがあるのかなど、さっぱりだった。
 そのため、緊急ハンドルを見つけるまで、ムーシェはたっぷりと十分間、ACのコアを探し回った。
 へとへとになりながらもやっと見つけた蓋を開けたムーシェのヘッドセットに、ボギーから通信が入った。
 何時も通り、冷静そのものの声に、ムーシェは作業を一時中断して、ヘッドセットに手を当てた。

 『……リーダー、エクシーレから連絡があった。気圧が下がり始めているらしい。天候が悪化する前に帰還しよう』
 「オーケイ。さっさとハッチを爆破して、中身を確認する。罠ってわけじゃなさそうだ。こっちに来てくれボギー」
 『ラジャー』

 重々しいディーゼルエンジンの騒音が背後から近づいてくるのを聞き流しながら、ムーシェはハッチのロックを強制的に解除する緊急ハンドルを握り、
 マニュアル通りに逆時計回りに半回転させた後、セーフティ解除ボタンを押し、ハンドルをグッと引っ張った。
 正常に機能したことを知らせる電子音の後に、規則正しく三度『ピッ』という音が鳴り響いた。
 ムーシェは一度目の『ピッ』が鳴り始めた時点で、地面に滑り降りて、両耳を塞ぎ、口を開けて爆音と衝撃に備えた。
 だが、いつまでたっても爆砕ボルトがコクピット後部を覆っている装甲を吹き飛ばすことはなかった。
 ムーシェは配線の異常も考えに入れて、三十秒ほど待ってみたが、一向に爆砕ボルトは点火せず、頑強そうなACの装甲も、ぴくりともしない。

 「……いったいどうなってるんだ、こいつは」

 カービン銃を片手に、ムーシェはぼつりと零した。
 普通ならこの手順で、爆砕ボルトが点火し、ハッチが吹き飛んで、パイロットはそこから逃げ出す事ができるようになるはずなのに、
 どういうわけか今回は違った。
 政府軍から盗み出したACの操縦マニュアルには、この方法が緊急時の対処方法として一番妥当なものであると書いてあったし、
 ハイテクな装置群が壊れても、この部分だけは起動可能なはずであると、そう書かれてあった筈なのに。
 それなのにハッチは吹き飛ばなかった。
 呆然とするムーシェを嘲笑うかのように一陣の風が吹き抜け、防塵ゴーグルに砂粒がちりちりと音を立てて当たった。





投稿者:狛犬エルス
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最終更新:2012年06月05日 23:03