老人が残してくれたのは、ACが格納されたガレージの管理コードだった。そしてそれが遺言であった。
社内に立ち上げられた協議会において、僕がガレージを管理するということに関しては一定の信頼のようなものが寄せられていた。僕は、例の事件以降表面的な精神の安定を保ち続けていた。種々の葬儀に足を運び、昏睡状態の少女の見舞いに赴いた。皆死んだ。それでも基本的に表情を崩すことはなかった。
時々、例の声が聞こえることもあった。それでも、その声が聞こえてくるのは、自分が一人でいる時に限られていたし、そのことで不審がられるようなことはなかったのだ。
ふと、思うことがある。
それは、老人は、僕が一体どういう行動を取るのかを、ある程度予想した上で、管理コードを僕に渡したのではないかということだ。僕が、一体どういう人間であるのかを、老人はある程度見抜いていたのではないかということだ。
結局のところ僕の推測が正しいのかどうかは分からない。というのももし、本当にそうだとしたら、何故彼は自分の孫娘に対してある種の警告を与えようとはしなかったのだろう? そういうことに関して言えば、僕の漠然とした直感が正しいかどうかに自信はない。
しかしそれでも、多分僕にACの操作を依頼しようと思い立ったというその時点から、老人はある程度僕という人間の本質のようなものを見抜いていたのだろう。そしてその上で、僕を信頼してくれていたのだろうと思う。
そのことに思いを巡らせると、僕は少しだけ哀しい気持ちになる。それは、老人が僕という人間が幸福から縁遠い人間であるということを見抜いていたということに他ならなかったからだ。また、そんな時には決まって少女の笑みを思い出した。少女は僕と同じくして不安を抱えていたはずだった。それでも、笑っていたのだ。
結局のところ僕がやったのは簒奪だ。
誰も僕に対して疑いというものを持ってはいなかった。
社の名義によるACの輸送要請――無論これは偽装だ――をACが格納されているガレージに届け出るということ、そして輸送先でACを受領してくれるミグラントの手配をするということ。そういった様々な手続きに関しては、以前から老人の傍らで経営の手腕を一見していく中で、自然と学び取られていた。
ACが移送されているという事実は、無論すぐさま社の首脳部が把握するということになっていた。でも、それはあまりにも唐突で、もっと言えば不自然なことだった。だからこそ、社の対応は致命的に遅れることとなった。何で僕がそんなことをしなければならないのか、誰も理解していなかったし、そして誰もそのことに上手く対応することはできなかったのだ。
結局二時間半足らずの間に僕の離反というものは完了していた。
エンリカ、と僕は思った。彼女もまた、僕と同じように、あるいは他の多くの人間と同様に、ある種の歪みを抱えていた。あるいはそれは僕のせいなのかもしれない。しかし、彼女はその歪みを抱えていながら、それをできるだけ素直な形で表現することのできる娘だった。彼女は、幸福になれるだけの素質を持った娘だったのだ。
でも、今の僕にはそうやって生きていくことができない。
――いや、選べない。
最終更新:2012年06月06日 00:07