ここは戦場でございます。
建造物の廃墟が広がり、その間にMTの残骸が広がっておりました。
残骸の間からは、土色の肌をした人とおぼしき一部や、焼け焦げた黒色の人体が見え隠れしておりました。彼らと機体が敵と味方のどちらだったのか、判別できませんでした。この戦場で、生きている者はどれほどいることでしょうか。
戦闘は、起きていませんでした。
このまま何も起きずに終わるかもしれませんし、再開するかもしれません。あちこちでは、警戒しながら回収作業をしているようでございますが、最前線にいるあたし達のところには待機の命が送られてきただけでした。
あたしゃは、愛機の左足に背を持たれて座っておりました。愛機は膝をついて止まっております。
愛機の《F.B.W.M》は、右手に持ったレーザーブレードも半分ほど焼け焦げておりますし、全体の装甲が損傷を受けておりました。爆風を受け、飛んできた細かな金属片によるひっかき傷だらけでした。頭部も額に当たる箇所が大きくへこみ、カメラアイにもヒビが入っておりました。駆動系全体の摩耗も激しく、多少なりに安堵を与える物と言えば、先ほど拾った誰のものかもわからぬレールキャノンを左手に持っていることでございましょうか。少しばかりこだわっていた左手に持たせていたレーザーブレードは銃弾で砕け散りましたし、オンボロのガトリングガンは弾切れとなった後、何処に捨てたかも忘れてしまいました。元々は、戦場に落ちていたのですから、戦場に捨ててしまっても構わないでしょう。
早く、修理をしたいものでした。愛機への愛着もありますが、あたしの不安を取り除くためにでございます。あたしゃ、根っからの臆病者でございますのでね。
ここは戦場でございます。
人と建物と土と金属が焼け焦げた不快な匂いが漂っておりました。左へ目をやると、遙か彼方には《マザー》と呼ばれるとんでもなく巨大な骸が鎮座しておりました。陽炎に遮られ、その姿は揺らめいておりました。今日も《おっかさん》は悠然としておるようでございます。
不快な匂いから、気を紛らわせようとポケットウィスキーを取り出しまして、唇をぬらす程度に口に付けました。戦闘が続く限り、戦場に居続ける限り、効果があるとは思えませんでしたが、それでも無いよりはましでございましょうか。
左手は、肩を押さえおりました。少しばかり負傷したものですから、包帯を巻き付けておりましたが、今見れば、軽く開き血が滲んでおりました。さらに治るのが遅くなることでございましょうが、傭兵にとってこの程度の怪我は日常茶飯事と言っても過言はございませんでしょうな。もっとも、最近は歳のせいか治りも遅く感じられますが。こういった怪我が原因で死ぬ同業者も数多く見てきましたが、それよりも直接に死んでしまわれることがさらに多かったように思えます。
初めて組んだパートナーは、地図が書き換えられるほどの爆撃に巻き込まれました。
師と仰ぎ、教えを受けた人物は、撃ち落とされたヘリの下敷きになりました。
一緒になろうと心を誓った女性は、銃弾を受けて肉と血に散らばりました。
大切な物を無くす度に忘れようと彷徨い歩きました。いえ、逃げたのです。臆病者ですので、逃げに逃げて逃げ続けてきたのです。逃げ切ることなどはできはせんというのに。
そのうちに、無くした方々の顔も声も名前も忘れてしまいました。自分自身からに逃げたいが故に、行く先々で名前を偽ってきました。とうとう、あたし自身の名前も、とうとうどこかへ置き忘れてしまったようでございます。そのうちに何のために彷徨っていたのかも忘れてしまうのでしょうな。
ただ、死だけは忘れられるまま、確実に私の人生に付きまとっているようです。死を恐れる臆病者でございますので、死は私の影なのかもしれませぬ。影故に、何処へ行こうと付きまとってくるのでございます。お天道様の加減によってはあっても見えない、否、目を背ける程度は出来ますがね。
ここは戦場でございます。
空の彼方に、鳥と思われる黒い点がいくつか見えました。何の鳥か判らりはしませんが、焼けた、潰れた、散った人の肉でも探しているのでしょうか。そんなものは幾らでもあり、幾らでも探せます。見つけるものすらなく、あったとしても見つけようすらないようなあたしより、ずっと利口でございますな。
あたしの座る向かい側には、タンクタイプの脚部にオートキャノンを両手に持った機体がございました。私の機体同様に、装甲は黒く焼けこげて、あちこちに銃弾の後が残り、万全とは言えぬ状態でございましょうな。タンクの上に、機体の持ち主であるパトリオット・チャリオットさんが目を閉じて腰掛けておりました。
少し横にそれますと、防御型と呼ばれるMTがございました。
「つまらん」
MTの前に座っておりますのは、
アンドルーさんとおっしゃる方でございました。MTの持ち主の傭兵の方です。
「本当に、下らん。つまらん。戦いはつまらん」
「戦場は、全て下らないものでしょうし、つまらない。そうでないのは、戦場ではございませんよ」
あたしも、再び呟くアンドルーさんに、呟くように言いました。
「肩は?どうだ?」
「痛みますが、いつもの事でございます。今はそれより、匂いの方がきついですな」
「匂いも、いつもの事だろう? あんたが何処を巡って来たのかは知らないが、どこでも似たようなものじゃないのか? 」
確かに、アンドルーさんの言う通りでございます。ですが、外に出ていられるなんて不可能なほど汚染が酷い土地もございましたが。
「戦いは、つまらん」
アンドルーさんは、再び呟きました。
「面白い戦いなどございません。戦いは怖いものです」
「知っている。だから、よけいにつまらない。戦いを止めるか?」
「今更、止められません。あたしゃ、刃を振り回すしかできない臆病者でございますんで。どこへ行き、何をしようと、人は死にます。大凡が戦いで命を散らせます」
幾年彷徨ったかも忘れてしまった愚か者でございますが、流れる雲をいくら追いかけていっても、雲の下では人は死んでおりました。この第九領域の外でも、三大勢力の争いを飯の種に、傭兵たちが争っておりまして、日々死んでおります。どこで戦おうと、あたしらみたいなものには大差がないのでしょうな。
「そうか……。そうだ。まったくその通り。死の危険から逃れるには、死ぬしかない。だが、戦いの危険から逃れるには、死ぬ以外には、どうすればいいか」
「一、戦いを無くす。二、平和な地へのがれる」
そこで、パトリオット・チャリオットさんがようやく口を挟みました。眼を開けられていますが、どこか遠く、それとも見えない何かを見ているようでした。
「不可能。どのような世界でも」
「ああ。そうだ」
それきり、無益な会話は途切れました。
空は、青色でしたが、戦場の煙で黒い部分も多くありました。鳥は、更に増えている気がしました。数えていた訳でも、覚えているわけでもないので、判りませんが。私の肩からは相変わらず、血がにじんでいました。
『――らく、連絡。ACを搭載したヘリを発見。迎撃せよ――。繰り替えす――』
傍らに置いたヘルメットから本部からの連絡が入りました。まだ、終わっていなかったようでございます。あたしは、ワイヤーを伝い機体を蹴りながら愛機に飛び込むように乗りました。パトリオット・チャリオットさんがすぐさまに機体に乗っていくのも見えましたが、アンドルーさんはMTに乗ろうともせず、タンクから降りたままでございました。
ここは戦場でございます。
鳥の影に混じって、遠くに、輸送ヘリが見えました。
シルエットからACが吊られているようです。
「アンドルーさん、乗られなさい」
ヘルメットを閉めながら、外部スピーカーを通して言いましたが、アンドルーさんは何かをわめきながら、遠くのヘリを見上げております。
何かが飛んできました。
一瞬の後で判断できました。
何かがアンドルーさんのMTに当たりました。それはもう、一瞬の出来事でした。
機体は、やや姿勢を崩しました。しかし、機体と地がアンドルーさんの体を挟み込むには十分な勢いでございました。
アンドルーさんは、血をぶちまけながら頭部以外を潰されました。血の弧を描きながら、飛ばされた頭部はあたしの機体の足下へと弧を描きながら落ちました。
「ここで眠ってください」
なんとつまらない死に方でしょうか。どんなことでも死んでしまうのが戦場だというのに。
機体の前足近くに、第二射目の弾丸が落ち、土煙をあげました。
距離とだいたいの機体の性能を考えると、大した腕ではないのでしょうな。
この程度の腕なら、当たりはせんでしょう。
偵察モードから戦闘モードへと移行しました。リコンの残数は0ですので、頼るものは私自身の目と耳だけでございましょう。見なくてはならないものをから背け、聞きたくないものは聞かない臆病者の目と耳とは頼りないものでございますが。一旦は廃墟の影へと隠れたところで通信が入ります。
『《ロングボウ》が単体で投入されることはまず無い。伏兵がいるかもしれない』
「了解でございます」
パトリオット・チャリオットさんからの通信に応え、気を引き締めなおします。
確認されたACに付いての情報が流れました。バンガードの『ロングボウ』と呼ばれるACの様でございました。つい先日に流れてきたばかりのあたしにゃ、バンガードだの大佐だのクーデターだのよくわからん話でございますが、要は向かってくる者は斬ればいいだけの簡単な仕事でございます。能なしのあたしでもできる簡単なお仕事なのでございます。
廃墟に機体の右半分を隠しながら、レールキャノンを構えました、残り弾数は四。砲身を上空のヘリと四脚機体に向けました。カメラアイも不調のようで画像も乱れがちでございます。
狙いを定めて、距離を詰めるまで、ただ待ちます。冷たく嫌な汗が首筋を垂れていくのが判り、頬を伝って顎から垂れました。
第一撃。
輸送ヘリから降下しかけた機体に突き刺さるようにレールキャノンが命中しました。あたしの腕では当てるだけが精一杯のはずですが、偶然か丁度頭部に当たりました。
敵ACは、宙でバランスを崩しました。
第二撃。
レールガン特有の発射までのタイムラグの間にまた頬から汗が垂れました。
ワンテンポずれまして鋭い閃光が飛び放たれました。
今度はコアに直撃。更に機体のバランスは崩れ、落下していきます。機体も、装甲が傷つき既にそれなりに壊れているようでございます。
第三撃。
ワンテンポずれた後に、妙な衝撃とともに、閃光は大きくそれていきました。
機体の重量は軽くなり、レールキャノンが破損したという表示が現れました。
レールキャノンが、本体ごと後方へと吹き飛んで廃墟に突き刺さっておりました。ジョイント部分が反動に耐えられなかったようでございます。左手に残っているのは持ち手だけでございました。既に壊れかけた代物でございます、撃てただけでもよしといたしましょう。
ですが、別方向から銃弾が撃ち込まれ、輸送ヘリは、ゆっくりと黒煙を出しながら落ちていきます。パトリオット・チャリオットさんが追いついて、ヘリを撃ち抜いたのでしょう。
敵のACもさらにバランスを崩しながら落ちてゆきます。
レールキャノンの持ち手だったものを捨てながら、機体を飛び跳ねるかのように前進させました。廃墟と瓦礫と残骸の上や間を飛び抜けていきます。着地の度に、地を蹴るたびに、機体のバランスが崩れかけ、前へと進みにくさが伝わってきます。脚部の間接も随分と消耗しているようでございます。
《ロングボウ》は地に背の部分から瓦礫やMTの残骸の上に落ちました。誘爆でもしているのか、断続的に大きな爆発を起こします。落下の衝撃と爆発、パイロットは明らかに死んでいるでしょう。
ですが、確認はされておりません。
そして、これで終わりではないはずでございます。
右方向からの衝撃があり、コックピットの中にアラームが鳴り響きます。
反射的にそちらへ向くと、二脚型のACがございまして、ライフルとバトルライフルを撃ってきておりました。確か、《ストライカー》と呼称されている機体でございますな。やはり、伏兵がおったようでございます。開いたままの左手で、《ロングボウ》のコアを掴みながら体当たりするように投げ飛ばしました。予想通りに、《ストライカー》は左へと急激な回避を、それを見越して、あたしゃ、回り込むように水平方向に飛びました。飛んだままの姿勢のまま右手のレーザーブレードで逆袈裟斬りを仕掛け両手に持たれた銃器を切り裂き、赤い炎はコアまでも切り裂きました。《ストライカー》は追撃を回避しようとワンテンポ遅れて飛び直したようですが、先ほど飛ばした《ロングボウ》の残骸にぶつかり、動きを止められました。そうなるように仕向けたのはあたしでございますが、こうも周りが見えていないとは、乗り手はまだ若いのでしょうかな。斬られた武器を捨て、ハンガーの武装に手をかけようとしたところで、《ストライカー》は撃ち抜かれていきました。一発、一発が当たる度に大きく機体を揺らし、装甲がひしゃげて飛んでいき、最後には火が上がり、《ロングボウ》共々に炎と煙に包まれていきました。
《ストライカー》の燃えて変形した装甲の間から、搭乗者が見えました。揺らめく空気越しにはもがいているようにも見えますが、やがてさらなる炎に包まれて見えなくなりました。
傍らを見ると、《テンペスト》がオートキャノンを2機のACに向けてたたずんでおりました。あたしに代わり、搭乗者を撃ち抜いたようでございます。
APを確認しますと、すでに危険領域でありました。《ストライカー》からの銃撃と今の無理な挙動が祟ったのでしょう、アラームが鳴り響き、機体の破損箇所が画像に現れました。駆動系がジェネレーターも機能低下を知らせております。
もう、動けません。
もう、戦えません。
これだけ保っただけ良い方でございましょう。
修理は、大きな出費を覚悟した方がよろしいでしょうな。
「……終わりましたかな。終わらなければ、これ以上はどうにもなりませんよ」
『判らない……。こちらもオートキャノンの弾が切れた』
パトリオット・チャリオットさんからも疲れた声が聞こえてきました。
装置の幾つかを一つずつゆっくりと押していき、アラーム音を消していきます。
「随分とやられましたな……。毎度、こんな調子でございますかな? 」
『今日は随分と多い方だ。だが、練度の高い兵はいなかったようだが……』
「そうでございますか」
〆
ここは戦場でございます。
花が咲くこともない枯れ果てた大地でございます。
鳥も群れで屍肉を貪っておるようでございます。
風は焼け焦げた臭いを運ぶだけでございます。
月は半分ほど欠けて彼方に浮いてございます。
私の両手には、つまらない表情のまま血と泥に汚れたアンドルーさんがいました。
何故、MTに乗らなかったのでしょうか。
何故、喚くだけであったのでしょうか。
何故、死んでしまったのでしょうか。
今になっては判りません。
ただ、つまらないまま死んだのでしょう。
「あたしゃ、随分と長く、戦場に身を置いてますが、自分より若い者が死ぬのは堪えますなぁ……。慣れてしまいましたが。慣れてはいけないことなのでしょうが、慣れてしまいましたな。涙など涸れ、ため息も品切れでございます。もう、あたしより年上が戦っていることもそうそう無いでしょうし、死ぬこともないでしょうな」
そう呟きまして、浅く掘られた穴にアンドルーさんを置きますと、何かの装甲だった板きれで穴を埋め出しました。
「わざわざ、埋めるのか」
パトリオット・チャリオットさんが腕を組んで、あたしを見ておりました。
「戦場で死ねば、戦場で弔うものだと思いますんでね。流石に、全ての骸をどうこうするなんてまで言いませんよ。この方とは、昨夜からの付き合いですが、家族も何もいないそうですからね」
「詳しくは知らないが、バンガードにやられたらしい」
「そうですか」
穴を埋め終わり、表面の土を軽く叩き、板きれをそのまま上に置きました。鳥に食われることは無いでしょう。食われたところで、最後の最後には誰しも地に還るものでございますが。
あの2機を潰したところで、ようやくに襲撃は終わったようでした。近場で仕事があると飛び込んだはいいのですが、朝から日暮れまで戦い続けるとは、随分と重労働でございました。年寄りの体には芯までこたえますなぁ。
「長期契約を望んでいるとは聞いたが、正直、貴方を雇うかどうかは迷っている」
パトリオット・チャリオットさんが眉間に皺を寄せながら、おっしゃりました。確かに、なんのつてもございませんので、暫くは厄介になれないかとは契約を望んでおります。そして、今日の働きを見て善処するという言葉も頂いております。
「腕は悪くないと思うが、それ以上にその経験の深さは頼りたい。だが、何機か、わざと逃がしただろう? 」
「そうでございますなぁ。あたしゃ、向かってくる者しか斬らぬことにしておりますので。臆病者ですから、罠か何かじゃ無いと疑い、追うことなんてできませんよ」
「……そうか。相手は貴方が逃げても殺しに来る。バンガードはそういった組織だ。いや、傭兵も機体目当てに殺しに追ってくることもある。それでも、あなたは殺さないというのだな? 」
「不殺なんてものを信念にはしておりません。殺すときは殺しますよ。ですが……」
殺し殺される世界にはすでに、両の脚を突っ込んでおります。どれだけもがこうと這い出ることは出来ないと知っております。
「……逃げはしませんよ。臆病者ですから、怖くて怖くて脚がすくんで逃げられませんよ。殺せるだけ殺して、殺しに殺して、最後にはあたし自身も殺されるしかないと思っております。戦場からは逃げませんよ、どこに行こうと戦場でございますからね。逃げるとすれば、死んであの世へ逃げるしかありませんな」
「……そうか」
さらに何かを考えるかのようにパトリオット・チャリオットさんは黙られました。殺しに行かない老兵など不要というのも一理ありますし、今日の被害を考えれば、一人でも多くは傭兵を抱えておきたいというのも一理でございましょうな。理を突き詰めて、立ち止まれば、どう決めるかでございますな。
あたしは、懐から一つのサイコロを取り出しました。一から六までの目がある一般的な代物でございます。それをパトリオット・チャリオットさんは訝しげに眺められております。
「サイコロで決めませんか? 悩まれているのでしたらね」
パトリオット・チャリオットさんは、何も言わずに小さく頷かれました。渡り鳥の仕事など賭けのようなものですから、こういったこともさほど悪くはないと感じられたのでしょうな。
「一、二、三、四、五、六が出れば、あたしは去りましょう。他に雇っていただきます。それ以外が出れば雇っていただきたい。如何です? 」
「それは……」
パトリオット・チャリオットさんは虚空をそっと見て、軽く鼻から息を出しました。
「貴方は、矢張り、1カ所には留まれないということではないか? 長期契約を結びたいと言いながらも、風に誘われるままに彷徨うのだろう? あなたは極端な例だとは思うが、ミグラントなんて、所詮はそんな生き方しかできないのだと思う」
「ふふ」
「……わかった。運任せだ」
「では、あたしゃ、六分の零の可能性に賭けましょうか」
サイコロを空へと放り投げました。一直線に空へと転がっていきます。パトリオット・チャリオットさんの目線もそれを追っていきます。
あたしは腰にサバイバルナイフ代わりに使っている短刀を取り出しました。空から転がり落ちてきたサイコロが目の前を通過するときに、横にさっと振りました。
サイコロが二つに割れ、地に落ちれば転がることもなく、分かれたサイコロは目のない断面を空へと向けておりました。
小さく口を開ける傭兵を目の前に、あたしゃ、短刀を納めておりました。
「……そんなことを」
「運を試すとは言っておりませんよ。あたしゃ、運は悪いんで、そんなものには頼りません。文字通りに切り開かせて頂きました。六分の零の目を出させていただきました。騙されたと思いなさるなら、とうの昔から、あたしらの仕事なんて騙されているようなものでございましょう。ふふ、お返事は明日にでもお願いしましょうか」
「……わかった。上と相談しておく。りあえず、名前はどうする? 聞いていないのだが? 」
「おや、そうでしたな。そうですな、参りましたな。自分の名前など忘れてしまっておりますのでね……暫くはアンドルーさんの名前でも貸していただきましょうかな」
あたしは、板きれが置かれた地面を一瞥し、パトリオット・チャリオットさんもそちらを一瞥しました。
ここは戦場でございます。
誰かが死んでおります。
誰かが生きております。
誰かが悲しんでおります。
誰かが喜んでおります。
誰かが怒っております。
誰かが楽しんでおります。
誰かが殺されております。
誰かが殺しております。
誰かが喚いております。
誰かが黙っております。
誰かが残っております。
誰かが残しております。
誰かが追っております。
誰かが逃げております。
誰かが無くしております。
誰かが得ております。
誰かが捨てております。
誰かが拾っております。
誰かが騙しております。
誰かが騙されております。
全て戦場でございます。
戦場の境目などありません。
戦場が終わることはありません。
戦場が無くなることはありません。
何処で何か起こるか判らぬ故に戦場でございます。
fin.
最終更新:2013年11月13日 23:43