投稿者:怨是
「フリーマンさん……」
誰かの事を考えて胸が高鳴ったのは、何年ぶりだったか。最後に恋をしたのはいつだったか。それは確か、ミグラントを始める以前だったと思う。
連絡先くらい訊いておくべきだったと軽く後悔しつつ、メリルは熱を帯びた己の頬を撫でる。
事の発端は、先程出撃してきたミッションだった。
「これ以上は持ち切らない、かな」
牽引しているカーゴへと振り向く。満杯になるまで積み上げられたパーツの山は、少し無茶な動きをすればすぐにでも零れてしまいそうだった。敵の反応も無い。後はこの宝の山を持って、契約先の運び屋が運転している大型輸送車両に乗るだけだ。
「――?」
その筈なのに、気配が一向に消えない。怪訝に思いながらも、探知機を飛ばす。やはり、何処に飛ばしても反応が無かった。嵐の過ぎ去った戦場で、一体誰が見ているというのか。
通信が入る。
マックス・フリーマンという、運び屋の男からだ。今回の出撃は彼が戦闘要員である。近頃は本業である運び屋の仕事が殆ど無いらしく、日銭を稼ぐ為に泣く泣くこの仕事を請け負ったらしい。
《この辺も粗方片付いたぜ。えっと――?》
「メリアドールです」
《生憎と、長ったらしい名前はすぐ忘れちまうんだ》
「メリルでいいですよ」
《よし来た。それで行こう》
此処までで二回か三回くらい名乗ったが、覚えてくれる気配は無かった。覚えにくいのは承知しているが、最初からあだ名で呼んでくれたらこんなに寂しい思いをせずに済んだのだ。
「それにしてもこの作戦領域、何かおかしくないですか?」
《おかしいだろうよ。あの依頼主の頭がな》
そういう意味ではない。と云おうとも思ったが、フリーマンはお構いなしに続ける。
《あの野郎、場所を碌に調べもしないで放り込みやがって。こちとら戦闘は本業じゃねえんだから、真っ只中にブチこむなって話だぜ……まぁ、片付いたからいいが。どうなんだ、メリル。たっぷり持って帰れそうか?》
「はい。久々に大漁ですよ!」
《そいつは良かった。後は邪魔者が出て来なきゃ完璧だが》
「フリーマンさん、それについてなんですけどね――」
《――ヒャッハァー!》
いやに掠れたノイズ混じりの雄叫びが、通信に割り込んでくる。それと同時に、自分の機体と同じ四脚型のACがビルの屋上から躍り出た。視線の正体が漸く解った。
《よォ小鳥ちゃん……巣箱に持ち帰るにャあ、ちょっとでかすぎる餌だぜ、そいつァ!》
くすんだ色合いの迷彩柄に、赤い星のエンブレムが視界に映る。恐らくは
ヴァリャーグ一味だ。随伴機の逆関節型MT――
ダッキーも同じ塗装が施されている。連中は、それほど実力の無い傭兵を片っ端から襲撃して回るという事で、同業者の間でも最悪な評判の持ち主だった。その手口も極めて卑劣で、直前の戦闘で疲弊した所を狙うといったものだ。ハイエナ野郎と呼ばれるのも無理からぬ話であろう。
《……お出ましだぜ。とびきりの碌でなしだ》
「ずっと隠れていたんだ、こいつ」
《何かがおかしいってのは、大方こいつの事だろ》
「はい!」
いずれにせよ予感は当たった。決して喜ばしい事ではないが。
《さっさと片付けようぜ。まだ他にも隠れている筈だ》
《シカトすんなッて。俺ァな、今、運命というか、ときめきというか、そういう何かをお前ェ等から感じてるンだぜェ。折角の出会いだ。楽しめェ!》
頭上からガトリングガンを乱射され、弾丸の雨が降り注ぐ。この付近には倒壊したビルが多く、それがヴァリャーグのAC、フィッシュベッドの足場になっている。フィッシュベッドはビルを次々と飛び移りながら高度を稼いでいる為に、こちらからの攻撃手段がライフルの他に無かった。フィッシュベッドの右肩――歪なスマイルマークが描かれている――がばっくりと開き、ミサイルが射出されると、いよいよ何も出来ない。
《お断りだぜ、酔っ払い》
フリーマンの操るプラズマジェット推進器付き大型輸送車両――名前は忘れた。フリーという単語が付いていた気がするので、この際“フリー何某”と呼ぶ事にしよう――がミサイルを受け止める。
《飲酒運転はするなって教習所のおっさんに云われなかったか?》
お返しとばかりにフリー何某からミサイルが飛び出し、フィッシュベッドの頭部付近にて爆散する。衝撃によって制御系がエラーを起こしたフィッシュベッドは真っ逆さまに落下したが、すぐに体勢を立て直した。フィッシュベッドのガトリングガンがフリー何某を追い縋る。
《知らねェなァ! 学校とかそういうのは生まれてこの方通った事ァ一度も無ェからよォ》
《そいつは気の毒だな。じゃあ幼稚園から出直してくれ》
《あァ? 出直す前に俺のこんなみすぼらしいナリじゃ保母さんがビビっちまってションベン漏らしちまうだろうが。それとも大人になっても入れる幼稚園があンのか? おォ? コラ!》
啖呵と共にミサイルの第二射がフリー何某を襲う。フリー何某は近距離防御システムを作動させ、そのミサイルを撃ち落とした。幾つか撃ち洩らしたミサイルがフリー何某に命中するが、決定打にはならなかったらしい。
《いっぺん死んで生まれ変われって事だよ。俺より頭の悪い奴は久しぶりに見るぜ。ハハハ!》
《気に入らねェ、全く気に入らねェヤロウだゼェ……ACでも無ェ癖に偉そうな口利きやがッて、ブッ潰してやらァ! 野郎共、やっちまえィ!》
雑多なMT達がわらわらと物陰から溢れ出てくる。探知機には何の反応も無かった筈なのに、一体どれだけの数を隠していたというのか。優に数十機は超えるであろうその数は、ひとえに賊と呼ぶには多すぎた。
《がってんです頭目! ヒャッハァー!》
《イィイイイ!》
《アッハァー!》
跳ね上がりそうな鼓動を必死に押さえ付けながらライフルを乱射する。が、奮闘虚しく、メリアドールはとうとう連中に取り囲まれた。街道には、溢れかえらんばかりのMTの大群がひしめき合っている。どうやって隠れていたかだけでなく、どうやって取り囲んだのかという素朴な疑問も頭を過ぎった。
周囲のMT達がじりじりと距離を詰め、嬲る様な銃撃がウォーブラーの機体の傷を緩やかに増やして行く。元より彼らは完全に撃破するつもりなど無いのだ。虐めまくって恐怖するメリルの声を聴いて楽しむというサディスティックな欲求が、彼ら一人一人の行動から見て取れた。
一機のMTが放った榴弾砲が、ウォーブラーのコックピット付近で炸裂する。
「ひぃ――」
《可愛い声してんじゃん? お茶しようぜ、お茶ァ!》
「お、お断りします!」
《荷物重たいよね! 持ってあげッからさ! ついでに高く売ッ払ッてやっからさ! ねぇねぇねぇ!》
「その、ちょっと考えさせて下さい!」
いかん。動揺するあまり変な事を口走ってしまう。とりあえず目の前のMTにカーゴを叩き付け、メリアドールは自機ウォーブラーを空中へと跳躍させた。後方から機銃が音を立てる。ACの装甲は本来、背後からの銃撃はあまり想定していない。その為、命中した部分は容赦なく崩れ落ち、アラームがひっきりなしにがなり立てる。泣き出しそうになるのを必死に堪えながら通信の回線を切ろうとすると、今度は手が滑った。今触れたボタンは空調を弄る以上の役割は持たない。その間にも、通信機のスピーカーからは下劣な笑い声が漏れてくる。
「もう! 何なの、この悪漢のテンプレートみたいな奴等! 今時、テレビドラマでも出て来ないのに!」
《いぃーじゃん、いぃーじゃん。王道ってのァ、それだけみんなに愛されてる証拠だぜェ! ウヒャヒャ!》
逃げども逃げども距離は開かず、また撃てども撃てども数の減る気配が無い。ついには壁に追い詰められ、腕パーツを有するMTがウォーブラーの脚部にがっしりと組み付いてきた。
「愛されてない! あんた達は断じて愛されてないから!」
《解って欲しい!》
《受け入れて欲しい!》
《愛してるんだ君達を!》
「そんな愛なんか要らない! っていうか、何をするつもり?!」
巨大な電極の様な物体を振り回しながら、フィッシュベッドが近付いてきた。
《決まってンだろ。お医者さんゴッコだゼェ、お嬢ちゃん! ヒャハハハッ!》
あの棒は恐らく、数世代前に
回収屋でも使われていたパルスブレードだろう。強力な電流で回路をショートさせて行動不能にするといった代物だ。あんな物を喰らったら機体はもちろん、中に居るメリルも無事では済まされない。思わずメリルは両目を覆った。
《――んの野郎ッ!》
《ぎぃヒッ》
しかし悪夢は訪れなかった。フィッシュベッドはフリー何某のフロント部分に弾き飛ばされ、滅茶苦茶な体勢で転げている。付近に居た他のMTも何機か巻き込まれていた。ウォーブラーを組み伏せていた連中は頭目を失った途端に余裕が消え失せ、方々へと走り去った。
《この前修理したばっかのフロントがまたペシャンコだ! 弁償しやがれ!》
フリー何某はジェットエンジンを最大出力にし、再び悪漢共を磨り潰さんと前進した。
《あああがあああ!》
部品を大漁に撒き散らして、悪漢共の機体がバラバラに砕ける。敵側から来ていた通信も、最後はノイズだらけで何も聞こえなくなった。その様子は何ともグロテスクで、今までに幾つもの機械を分解してきたメリルをして、吐き気を催す程だった。
《メリル! 何突っ立ってるんだ、さっさと跳び乗れ!》
「――!」
我に返ったメリルは、グライドブーストを起動させ、フリー何某の荷台に飛び乗る。
《乗ったか? 今からちょいとばかしブッ飛ばすからな。しっかり掴まってろよ》
「え? あ、はい!」
思った以上の速度に軽く眩暈がしたが、何とか戦闘領域を脱出できた。ある程度離れた所で再度脚部をロックし直し、そこで漸く操縦桿から手を離す事が許された。崩れた建物が幾つも並ぶ荒野にて、二人は暫く一言も発さなかったが、意外な事にフリーマンの方から口を開いた。
《……生きてるか?》
「はい。――あっ!」
呼吸を整えると、重大なミスをしでかしてしまっていた事を思い出した。
《今度は何だ》
「その……積み荷を捨てちゃって……」
悪漢達に囲まれた際に中身をぶちまけ、そのままワイヤーを切除してしまった為に、あの場所に置き去りだ。戻る頃には、中身は空っぽになっている事だろう。迂闊だった。
《まぁ、死ぬよりはマシだろ。それに、あれじゃあまともに使えるパーツは殆ど残っちゃいないからな》
フリーマンが怒っている様子は無い。
《お前が生き残ってくれて良かったぜ。目の前で死なれたら、俺は――》
「――……おーい、おーい。もしもし? もしもーし! もしもくしもしもくくもしもしくしくも!」
「ぶふっ――」
眼前から覗き込まれ、奇妙な言葉を羅列されたせいで回想が一気に消し飛んだ。馬鹿な真似をする暇があるという事は、整備はもう終わったという事か。いつの間にか、あれから三時間半が経過していた。
「やっと反応した。被弾反動のショックで軽い脳震盪にでもなってるのかと思ったよ」
「至って良好ですぅ」
「さっきから何を云っても生返事しかしないから、ちょっとオツムの具合を心配するよね……親友に何かあったら、あたし、もう、戦えないっ……!」
ライラはその場に崩れてハンカチを目に当て、さめざめと泣くフリをした。何が「戦えない」だ。白々しい。日頃から人の後頭部をハリセンで叩く奴が、今更になって人の頭の心配をするものか。そして頬に涙が伝っていない事に気付いた整備士仲間と思しき女性が、ライラに目薬を差し出す。
「いや、マジで大丈夫だから……そういう小芝居いいから別に。そこ、しれっと目薬渡さない」
作業着の女性は「あ、はいはいー。すみません、リアリティを演出する為に、つい」と云って去った。一体何のつもりだ。煤が目に入って視力の低下を招くから、それを防ぐ為に目薬を使用する……という理由ならまだ解る。呼び掛けに応答しなかったのは悪かった。だがしかし。
「私も悩み多き年頃なんです」
「そうですか。とりあえず終わったよん」
「いつもごめんねぇ、ライラ」
「何、いいって事よ。後は細かいところを調整すればいいだけだから、メリルんのセンスでお願いしたい。価格はさっきの見積の通りでOK?」
「OK。にしても、意外と早かったね」
損壊はほぼ全体に及んでいた筈だ。無理な機動を繰り返したせいで駆動部も歪んでいると思う。にもかかわらず、一日どころかたったの三時間半で終わるという事は、よほど余剰部品を大量に抱え込んでいるか、所々を手抜き――場所によっては最低限の部品だけ取り付けているといった悪徳整備員も居る――しなければ不可能な芸当だ。
「てやんでぇ、あたしを誰だと思ってるんだ」
「ライラ先生ですね」
まぁ、そんな不正を働く輩だったら、今頃こうしてじゃれあっている事も無い。ライラの人柄はよく知っているし、彼女自身の腕前には全幅の信頼を寄せている。素直に信用しようとしないのは、単にミグラント生活で身に付いた猜疑心ゆえの事だ。
「おうよ! ご存じ、こちとら蜥蜴重工の誇る敏腕整備士ライラ先生だぞ。整備の道を歩み始めて早七年! 直せねぇ物と云ったら恋に浮かされた乙女心ぐらいだぜぃ」
「ははっ、何それ」
――少し焦るから。そういう冗談は。
ほんの僅かだがメリルはライラから視線を逸らしてしまった。
「ライラは天才だから、何ぁんでもお見通しだぞ。フリーマンって人に惚れちゃったでしょ?」
「というよりはね。命を助けて貰ったから、どうやってお礼をしよっかなって」
「隠してもバレバレだぜぃ。お礼をする為だけの事で、何も聞こえなくなる程に考え込まないもんね? 普通は」
「う……」
ライラの云う通り、メリルはマックス・フリーマンに惚れてしまっていた。あの時、命を助けられた事に恩義を感じただけでは、断じてない。その後に優しい言葉を掛けられたせいだろう。他にもある。そのどれもが具体的とは云えないものの、恋心に確固たる理由など元より無いのだ。理論的に考える事自体、理性を利用した倒錯的な自慰行為でしかない。
兎に角、どうにか平常を装ってはみるものの、胸中の奥底から湧き出た焦りまでは隠し通せなかった。
「クックック。ネタは上がってるんだ。さっさと吐いちまいな……楽になるぜぃ」
「それは、その……」
それでも云い淀む。バレているなら隠す必要は別に無いが、正直に白状するのはどうも気が進まない。どうすれば良いのだろう。
「おーい、ライラ! 俺らもそろそろ上がんぞ。この後呑みに行くんだけど、お前も来るっしょ?」
よし来た。助け船だ。
「ほいほいー! モチのロンの流局テンパイ国士無双ですよ」
確か修理を始める前に他の整備士に赤ら顔を突っ込まれ、開き直った様子で「休みだから呑んでましたが何か?」等と云っていた気がする。まだ呑むつもりか。
両目を輝かせるその姿は子供そのものだが、以前ライラに背の低さについて冗談を云った時、割と真面目に凹んでいた記憶がある。よし、そっとしておこう。
「今日は誰の奢りですか?」
「馬鹿たれ。割り勘に決まってるだろ」
「えー。あたしがお金無いの知ってるじゃないっすか」
「グッドマンさんでも誘って来いよ……俺もそんなに金無ぇのよ。とにかく、さっさと支度調えて。今すぐ!」
「あーい……」
口先を尖らせたまま、ライラは周りに散らばった工具諸々をケースにしまって行く。
「悪いが、用事が出来ちまったぜぃ。メリルの恋路は酒の席でネタにするからよろしく!」
「ちょ、待っ――!」
ライラの姿は、遙か遠くの方へと消えてしまった。去り際に今日一番の眩しい笑顔を見せてくれたのは、彼女なりのお祝いの気持ちか何かだろうか。取り残されて一人の時間が戻ってきたメリルは、複雑な面持ちで今後のプランについて考え始めた。
最終更新:2012年08月11日 05:04