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 俺とて完璧ではない。ただの人間である限りは、その力の及ばないところが必ずある。
 だが、どうして今そうなってしまったのだと、ムーシェは苛立たしげに眉を顰めながら、バラクラバの下で舌打ちした。

 ―――初弾を発砲してからすでに一時間ほど経過し、身体もなにもかもが乾き切っている。

 いや、それは耐えなければならない障害だ。ニアミスの理由にはならない。

 ―――忍耐力で集中力と視力を保ち、キルゾーンに躍り出た敵はすべて射殺するつもりだった。

 この意気込みの所為だろうか。私情がいつのまにか激情になり、俺を狂わせちまっていたのか。
 どちらにせよ一人殺し損ねた、とムーシェはスコープから目を離さずに弾をライフルに込めながら思い、あってはならない失態に畜生と毒づき、その他汚らしい言葉を一頻り呟いた。
 激情に駆られてリラックスできず、放置されているACに意識を取られていたからか。問題はそれだけではないだろうが、とにかく自走式対空砲に取りつこうとした馬鹿野郎を一人、見逃してしまったという事実に変わりはない。

「…………」

 しかし、敵が強大な兵器に取りついたというのに、ムーシェは恐怖を感じなかった。
 自分への失望も感じなければ、弾丸が命中しなかった驚きもなかった。ただ、こう考えるのみ。
 問題はなにか? 対処する。そして、解決するということだけだ。

「…………」

 不意に遠くから雷鳴が聞こえてきた。エクシーレの観測班が言ったとおり荒天になるのかと、ムーシェは再びライフルを己が骨格と地面によって支えながら考える。
 ここは一時撤退して、荒天になるのを利用してゲリラ戦法に切り替えると言うのも手ではないか。幸いにして拳銃とサプレッサーは持ってきているし、愛用のナイフだって腰にぶら下げている。
 恐らく奴らは相当なストレスと恐怖を植え付けられ、その上に戦闘時の昂揚とこの俺を〝出し抜いた〟という奢りがあるはずだ。不安定な精神状態でゲリラ戦をやってやれば、一人や二人は死ぬよりも怖い思いをして泣き喚くに違いない。

「……ああ、そいつはいい」

 ちょうど、ただ単に殺すだけでは足りないと思っていたのだ。こうして論理的に自分がやりたいことをやれるというのは、まさに天の計らいとだとしか思えない。
 彼女が後ろ髪を引かれるような事象があるというなら、俺はこうしてすべてを弾丸と刃によって解決してやれるだろう。もちろん、解決を彼女が望むのならばと言う条件付きではあるが。
 さて、自走式対空砲に取りついた馬鹿野郎を手っ取り早く射殺して、ハンヴィーに戻って少し休憩でもしようじゃないか。天気が荒れるまで、数時間程は普通に息を吸ったり吐いたりできる。
 呼吸を緩めて止めて緩めて、吸って止めて吐いて思い切り吸って吐いて止めて、とランダムに制御していたからか、ムーシェは無意識かつ自然に呼吸をすることに酷く安らかなものを感じ始めていた。
 ストックを肩に引き寄せてスコープをじぃっと見つめ、筋肉繊維が痙攣を起こそうと、心臓発作で血流が交通事故を起こしても、決して見つめる先だけは見失わないよう、人体でもっとも強固な骨と、母なる大地でたった一丁のライフルを支える。
 そんな陳腐にして非道な行いである、狙撃と言う工程の一つ一つをムーシェは愛していた。愛しているからこそ、殺し損ねた目標は必ず仕留めてやろうと思い、自走式対空砲をスコープ越しに見つめ、影に隠れた男をなにがなんでも狙い撃ち、殺そうと思った。
 呼吸を薄くし、自走式対空砲からひょっこり頭が見えた瞬間、ムーシェの視界は砂埃と火炎に覆われ、聴覚と視覚が衝撃を受けて消失し、身体は炎で焼かれ、小さな破片がいくつも皮膚に食い込む激痛が体中を駆け巡った。
 思わず呻き声をあげようとしたムーシェは、熱い塊を左腕に受けて稜線上から吹き飛ばされる。
 あれほど大事にしていたライフルの感覚は失われ、しばしの浮遊感の後、背骨が折れたような感覚と共に肺の空気が強制的に叩き出された。
 平衡感覚も痛覚さえもが消えて、ムーシェは暗闇の中を転げ落ちる。
 左腕どころか、全身がどうなっているかさえも分からない。無感覚状態ではない。感覚器官と脳を繋ぐ神経がどこかでぶっつりと断線してしまったかのようだ。どちらも正常だと言うのに、配線が断たれているから、情報がやってこない。
 なにがおこった? とムーシェは思い、瞼を開けようとした。しかし、瞼を開けることは出来なかった。
 暗闇の向こうから激痛と熱の濁流がやってくると、ムーシェは抗う事などできず、意識を刈り取られた。



投稿者:狛犬エルス
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最終更新:2012年10月19日 10:04