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 不意を打たれたのは狙撃手だけではなかった。
 これから勝負に出てやろうと、足に力を込めた元中尉は、いきなり炸裂した23㎜対空機関砲の発砲音に驚き、思わず身体を硬直させてしまった。
 石になったかのように固まった体が重力に耐えきれずに傾くと、彼はそのまま自走式対空砲の車体から転げ落ち、強かに背中を打つ。
 思わず呻き声をあげた元中尉は、さきほどまでヒーローだった筈の自分に見向きもせず、自走式対空砲に乗り込むギャングたちを見て、今すぐ撃ち殺してやりたい衝動に襲われたが、そうしたところでなにも利益はないとすぐに考え直すした。
 280馬力のディーゼルエンジンの始動音が轟き、自走式対空砲に命が宿る。轟々と黒煙を巻き上げながら驀進する自走式対空砲を眺めながら、元中尉は忌々しい狙撃手を追撃するために、ホルスターから古き良き45口径半自動拳銃『ガヴァメント』と抜く。
 政府、統治者―――それらの意味を持つワードが、どうしてこのハンドキャノンに付けられているか、元中尉は知らなかったが、少なくとも政府軍時代から愛用しているこの銃が、どれほど信頼性に厚いものかは理解していた。

「……畜生が。マウント取ったらすぐこれかよ」

 口中の砂を唾と一緒に吐き出し、元中尉は立ち上がる。
 あれで奴はくたばっただろうかと、彼は『ガヴァメント』のスライドを引きながら思った。
 定期的に行われた射撃訓練と、趣味の標的射撃競技で酷使した『ガヴァメント』は、艶消しされた黒の塗装が擦れ落ち、鉄色がところどころ露出している。
 だがそれでも、しっかりと整備された銃は持ち主を裏切らない。
 金属音を響かせ、ガヴァメントは45口径フルメタルジャケット弾を薬室に受け入れた。
 サム・セーフティーを親指で解除し、グリップセーフティーを解除するため、ぴったりとガヴァメントを握りしめ、呟く。

「頼むぜ相棒。養ってきた餓鬼を殺されたんだ。野郎ぶっ殺さねえと、気も晴れねえ」

 まるでガヴァメントが彼の手に同化したかのような一体感を感じながら、元中尉はふと慣れ親しんだ射撃場の情景を思い浮かべた。
 イル・シャロムのメインストリートから少し外れた地下射撃場の、第3レーンだ。
 口髭を生やした禿げ頭の退役軍人が店主で、彼とは子供のころからの付き合いだった。
 そこで数十年間、ライフルや拳銃を撃ちながら、射撃を趣味に持った同族に家族にさえ言えないことを愚痴ったりもした。
 思い出すのは、射撃場の埃と硝煙の匂い。次に浮かぶのは、結局一緒になれなかった浮気相手の裸体。三番目には、この世にはいない子供の笑顔。
 一人の人間として、軍人として、父親として、元中尉はここまで生きてきた。
 英雄願望も何もくそったれな、腐れ切った官僚主義に犯されてはいるものの、媚び諂えば生きていける世界と、弱肉強食の世界をどちらも知っている類い稀な男だ。
 度胸も無く、大した殺しの技術も持っていない元中尉は、今までの過去を走馬灯のように遡り、そして突然、野心に目覚めた。
 ヴラジーミルという首輪はもういない。後席のペインも死んだ。後は今まで金魚の糞のように、力のある愚か者に従って生きた馬鹿者だけだ。
 そうであるなら、ここで俺が力を見せつければいいと、元中尉は考えた。筋力も金も名声も、ましてや先導者としての器などないただの中年男が、力を見せつけることなど可能なのか?
 答えは可能である、だ。銃を持たない男にチャンスはない。しかし、銃さえ持っていればチャンスはある。
 右手に納まる1.1キログラムの鉄の塊が、英雄さえも容易く殺せる力を男に与えてくれる。
 14.5㎜対物ライフルを積み込んだピックアップに乗り込みながら、元中尉はにやりと口元を吊り上げ、抑圧された世界から、アウトローの世界へ足を踏み入れた。
 法の加護から離れた男が、それまで散々に渡り一方的に撃ちまくっていた男を見つけた時、どうなるか想像するのは、容易いことだ。
 確実に、自分の頭を吹き飛ばすくらい楽には死ねない。待っているのは、死よりも苦しいリンチだけだ。





投稿者:狛犬エルス
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最終更新:2012年10月28日 23:03