照星だ、照星だ、照星だ。
それこそが全ての鍵であり、始まりであり、終わりでもある。原初の言葉であり、最初の光りであり、黙示録の一文であり、最期の闇でもある。
ライフルを構えるように両手でガヴァメントを構えた元中尉は、砂丘を獲物に襲い掛かるコヨーテのように駆け下り、雄叫びを上げている男に狙いを定めていた。
頭を前に出し、がっちりと拳銃を保持する昔ながらのウィーバー・スタンスは、流行りのアイソセレス・スタンスに追いやられて衰退気味ではあったが、元中尉はこの構えを愛していた。
スクリーン上で目にするヒーローたちは皆ウィーバー・スタンスで悪役を射殺しまくっていたし、なにより身近な警官たちはリボルバーをウィーバー・スタンスで構え、犯人に銃口を突き付けていた。
元中尉は今、数多くのヒーローたちがそうしてきたように、聖なる45口径オートマティックを、正義のウィーバー・スタンスによって保持し、全ての鍵である照星を見つめている。
そうさ、俺はヒーローだと、元中尉は口元を綻ばせ、すべての過去をヒーローに付き物の暗黒の経歴へと入れ替え、絶対的な強者としての確信を手に入れた。
確信によって放たれた弾丸は、確信によって命中し、彼が確信していた結果をもたらした。
両腕をマイルドな反動が突き抜けると同時に、男は顔面を砂に突っ込んで転げまわった挙句、マチェットナイフを手放して、無様に砂上に停止する。
「ざまぁ見やがれ……」
皮膚から骨の髄まで染み渡るような快感に、幸福の絶頂を覚えた元中尉は、なおも立ち上がろうとする男に対して、突撃銃で最期の一撃を加えんとしている黒んぼ野郎を視界の片隅に捉えた。
そこからの動作は極めて滑らかに行われ、彼がそれまでの中年親父ではないことを周りに知らしめることになった。右手に持ったガヴァメントで、黒んぼ野郎の足元に鉛玉をぶち込んでやったのだ。
黒んぼ野郎は足元に着弾した弾丸に呆気にとられ、稜線の上に立つ元中尉を見上げ、恐れた。絶対的な強者としての確信を手にいれた軍人は、銃口のように薄暗い瞳で黒んぼ野郎を見た後、静かに言った。
「奴を殺すな。殺した分だけ、罪を償ってもらう」
黒んぼ野郎は黙って頷き、周りにいた阿呆面の白人も同じように頷いた。
だが、狙撃手だけは頷かず、手負いの獣のように殺意と憎悪に満ちた目で元中尉を睨みあげ、今にも喉元を喰い千切ってやろうか屑野郎、と目だけで語っている。
その目は、決して怯まず、絶対的な暴力に屈しない強靭な意志の光りを湛え、反逆の精神を燃やし続ける若者の生き様そのものであるかのように、情熱的だった。
しかし、元中尉はそのような情熱的な事柄を気にするような男ではなくなっていた。快感と幸福だけを求め、そのためなら他者など斬り捨てる、そんな男に成り下がっていた。
黒んぼ野郎が狙撃手の腹を突撃銃のストックで殴打すると、狙撃手は死んだように砂上に倒れ伏し、それまで狩られる側だった男たちが狂ったように歓声を上げ始める。
例外もいた。自走式対空砲のハッチを開け、キューボラから勢いよく出てきた男は、歓声を上げずに元中尉へ詰め寄り、怒りをぶつけた。
「いきがってんじゃねえぞ、おっさん!」
男は死んだヴラジーミルの良き腰ぎんちゃくであり、死んだペインの良き友人のような男だった。馬面で鷲鼻の、頭の足りないユダヤ人のような屑野郎で、どうしようもない無能な男だ。
元中尉は屑野郎が右フックを顔面に叩き込もうとしたのを見て、即座に軍隊格闘術の手本通りに懐に入って男のバランスを崩し、関節を強力な腕力と骨によって固定し、そのまま圧し折った。
乾いた枝が折れたような感触と音が響いた後、屑野郎は目を見開いて悲鳴をあげ、激痛に耐えかねて口から泡を吹きだし、手足をばたつかせてもがき苦しみ、元中尉を見上げ、彼を恐れた。
「黙ってろ。俺たちがやることは、こんなことじゃない。あの狙撃手の野郎を、死んだ野郎の数だけ痛めつけることだ。肉体だけを壊すのではまだ足りない。あの野獣のような目が、失望と絶望で満たされるまで、徹底的に生かして、痛めつけなければならない。分かるか、屑野郎。お前の腕みたいなのは、まだ序の口なんだぞ?」
声なき悲鳴を屑野郎があげ、カーゴパンツに尿をぶちまける。周囲のギャング共は新たな指導者の誕生に歓声を上げず、ただただ絶対的な強者が玉座についたのだと解釈しただけだった。
合理的で悪徳な指導者は、若者の腕を圧し折る時でさえ口元に微笑を浮かべ、触れれば即座に銃弾を叩き込みそうな危険な臭いを漂わせ、欲望のままに狙撃手を痛めつけたいと言う願望のまま足を動かしていた。
かくして、悪徳の英雄はここに生まれた。しかし、彼の脳内で身体を交わらせるのは、かつての妻でも、不倫の相手でもなく、そこには愛する息子などの存在しない、最上の肉体的快楽を与えてくれた女性があった。
ただの一度でも身体を重ねた女ではあったが、ヒーローにはそのような存在が必要である。赤毛に華奢な身体を持ち、くすくすと可愛げのある笑い方をするあの女性。
彼女を手に入れようと、彼は思った。俺のような男を癒してくれるのは、きっと彼女しかいないのだ。
ファム・ファタルよ、俺の元へ来るがいい。俺はお前が必要なのだ――と。
最終更新:2012年11月10日 00:57